弱気は最大の敵

どんなことがあっても、常に前を向いて進んでいけるような、常に己に打ち克てるような人間になりたいものです。

先輩のありがたみ5

大学時代、ほぼ毎日のようにブログを更新しては、思うことをつれづれと書いてきたボクが、何だかんだもっともらしい理由をつけながら半年以上も更新してこなかったという事実は、当時のボクからしたら驚きに値するようなことなのかもしれないけれど、今のボクにとってはそれほど驚くべきことではないのかもしれない。

当たり前の話だけど、その間において、ボクの周りを取り巻く環境にいろいろと変化が起きたのは確かであって、それは「社会人5年目」という肩書きと「28歳」という現実が作りだした側面でもあるのだけれど、特にここ1年くらいは、社内外を問わず、色んな人と接点を持つ機会が少し増えたような気がしている。

例えば、同じ会社であっても仕事上の接点のない人たちと話をするのも、それはそれで非常に有意義なものであって、ボク自身が辿ってきた道やこれから辿るかもしれない道を既に辿ってきている以上、そこで得たもの、感じたこと、考えた内容とかは、これからのボク自身にとっての考え方・価値観・立ち居振る舞いを改めて考えさせられる「きっかけ」や「ヒント」になったり「アドバイス」になったりするのであり、かつ、それが身近であればあるほど、より真剣に、自分に置き換えて解釈できることもあったりする。

もちろん、今の会社で働き続ける上での貴重なアドバイスでもあるのだが、仮にボクの仕事環境が変わったとしても、一社会人の先輩としての、貴重な意見を頂ける機会でもあることに変わりはない。

だからと言って全てをその通りに受け入れて行動するだけでは、ただ単にその人のクローンができるだけの話になってしまうのだが、ある程度の取捨選択を必要としながらも、それらをボクなりに解釈し、次に活かすという作業は、ボク自身にとってこれからももの凄く必要とされてくるスキルだと言えるのかもしれない。

そういう意味で、公私を問わずいろいろとアドバイスしてくれる先輩の存在というのは、本当に貴重な存在なんだと思うし、そうやって色んな先輩から可愛がってもらっているだけ、まだボクは幸せなのかもしれない。

まだまだ勉強だらけの身ではあるけれど、少しでも色んな人から学んだことを活かしていけたらいいな。

2012年3

2か月ぶりの日記が2012年最初の日記となりました。

新年明けましておめでとうございます。

月並みな表現ですが2011年もいろいろあった1年であり、その中でもやはり、あの日のことだけはどうしても忘れることができないのですが、今こうやって新しい年を迎えられたことを本当にうれしく思います。

2012年は仕事もプライベートも充実した1年になるよう、1日1日生きていることに感謝しながら、1日1日を大切にしていきたいと思っています。


今年もよろしくお願いいたします。

変化と不変2

ボクがブログを書き始めたのは、ちょうど6年前の今頃でした。

当時大学2回生だったボクは、学生生活の多くの時間をアホみたいにモギコクに費やしていた時期でもあって、それこそアホみたいに全国各地に出向いては、色んな仲間と出会い、とにかく知的好奇心と人的好奇心を満たすことに全力を注いでいました。

学生だったからそこまでできたのかもしれないですし、色んな意味で世間をまだまだ知らなかったがゆえにできたのかもしれないですし、単純にボク自身が今まで出会ったことのない人たちに出会える場だと思っていたからなのかもしれません。

今となっては何が本当の動機だったのか、どれもホントのようであり、どれも少しずつ違うような気もするのですが、いずれにせよ、東北という土地でぬくぬく生きてきたボクにとって、強烈な衝撃を与えたものであったことは疑う余地がないのかなと思っています。


それから6年の月日が経過しました。

大学を卒業し、東京で社会人として働くようになり、また違った形での出会いと経験を積み重ねていく中で、ボク自身の中で何がどう変わっていったのか、ボク自身はどう生きていきたいのかなどという、自分への問いかけをする機会は確実に減ったな、と感じることも少なくありません。

少なくとも大学の時は、自分探し─今となって振り返ってみると、それ自体がそもそも何だったのかなと思わずにいられないこともありますが─というものに没頭していたりもしましたが、今はそういうことを深く考えることは、ゼロとは言わないまでも、限りなくゼロに近いレベルになったのかなと思っています。

それが良いことなのか悪いことなのか、正直なところ、今のボクには分かりません。
少なからずこの4年近くで社会というカテゴリーの中に放り込まれ、例え一側面に過ぎなかったとしても世間というものに接して生きてきたことで、「今いる(存在している/所属している)環境の中で、ボクはどうやって生きていくか」ということを嫌が応にも学ばせられている(経験させられている)ことは事実だと思っていますし、生きることに一所懸命になっていたからこそ、なかなかボク自身への問いかけをすることもなかったのかな、とも思っています。

本質的なところはおそらく昔も今もそれほど変わっていないと認識しているのですが、多少なりとも社会とのかかわりを強く意識せざるを得ない環境の中に身を置き続けたことによって、明らかに変わったであろうと自覚せざるを得ない部分も、ボクの中にも出てきているのでしょう。

だからと言って、今の生活が嫌だとは全く思わなくて、社会人になったからこそ得られたものも当然ながら沢山存在していますし、それはそれで今のボク自身にとって非常に貴重で有意義であることを否定するつもりもさらさらありません。

ただ、6年経って環境も変わると、やはり変わる部分もあるんだなぁと思わずにはいられないのです。




と、久々に少しだけ自分と向き合ってみたのですが、文章の稚拙さは相変わらずですね・・・
むしろ自己分析力が落ちた分だけ、余計にしょうもない中身に仕上がってしまった感が否めませんが。

ひとことにっき5

久しぶりにブログを書こうと思ったのですが、夜も遅いのと明日も仕事なので、今回は一言だけ。



日ハム、よくやった

9月11日に生まれた人間の一人として3

世界がテロリズムという言葉の意味と、そこから生まれる悲しみとを認識したのが10年前のこの日。

特に日本が災害の恐怖と、そこから生まれる悲しみとを認識したのが半年前のこの日。


2011年9月11日。


ボクはこの日、27歳になりました。


10年前までは、特に自分の誕生日に深い思い入れを抱くこともなく、

半年前までは、生まれ育った東北で起こった悲しみを思い知らされることもなく、

生きてきた部分が少なからずあるのかなと思っていましたが、

改めてこうやって文字に書き起してみることで、

ボクが今、こうして生きていること、生かされていることに感謝しなければいけないなと、

どうしてもそう思わずにはいられないのです。

9月11日に生まれたことがボクの宿命である以上、一生背負っていくことになるのだと思いますが、

一日一日を大切に生きようと。

生きていることを感謝しようと。

何があっても強く生きていこうと。



27歳の1年間も、ボクは強く生きていこうと思います。
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我是・・・
謝謝
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