「苦しいという言葉だけは、どんな時でもよそうじゃないか」
                      高杉晋作


高杉晋作は幕末に活躍した長州の志士の一人です。
幕末の志士の人気投票をしたら多分、
龍馬の次に来るのは高杉晋作であることは間違いありません。
あの時代に長州は馬関海峡を通る外国船に攻撃を加え、
アメリカ、フランスから手ひどい仕返しを受けます。
要するに下関戦争です。
その交渉相手を若干24歳の高杉晋作が受けて堂々とやりあうのです。
関門海峡にある彦島を租借せよと強烈に脅かされるのだが、
晋作は神職姿に刀を腰にぶら下げて、
古事記の一文を読み出して通訳のアーネストサトーも通訳が出来ずに
ホトホト参って彦島は租借を免れます。
また、日本で始めて百姓や相撲取りや一般人に武器を持たせ、
訓練して軍隊の「奇兵隊」を創って勝ち進んだのも高杉晋作でした。
あの時代のアイデアマンであり、実に魅力的な武士でした。
最後は畳みの上で、28歳の生涯を閉じることになるのですが、見事な一生でした。
人間、長生きだけが人生ではありません。
短い人生でも何をしたかが大切です。
また、歴史に残らなくても、やはり大きな歴史のうねりの中で何をしたかが大切です
当時の志士は当に命懸けの人生を歩んでいたのでした。
その高杉晋作が命絶え絶えになって絶命の寸前に、
「苦しいという言葉だけは、どんな時でもよそうじゃないか」
と言ったそうです。
いくら苦しいからとて「苦しい、苦しい」と言っても楽になるはずがありません。
益々苦しさが増幅するだけです。
苦しいと嘆けば苦しさが倍加するだけです。
逆に「この苦しさが俺を強くする。苦難よもっと来い」
位の雄たけびをあげるくらいになると、苦しさが弱まります。
高杉晋作は「どんな時でもよそうじゃないか」といっているのです。
ようするに、ネガティブな言葉を使うのはよそうぜとのことを言っているのです。
辛い時こそ、厳しいときこそポジティブシンキングで行こうと言っているのです。
京セラ創業者の稲盛和夫さんも
「もう駄目だと思ったところからが勝負のしどころだ」
と教えてくれております。
相撲も土俵際に行ってからが勝負の見せ所です。
苦しさこそがバネになるのです。
世の中の成功者の全ての人がこの苦しさを苦しいとは言わずに、
「これを乗り越えさえすれば」
と泣き言を言わずに奮起して試練に耐えたのです。