多治見弁 blog

 多治見弁(東濃弁)についての調査・研究内容を、市民の方々向けにまとめたサイト「多治見弁の部屋」とリンクしたブログです。  多治見弁の特徴について紹介していきます。たまに脱線します。

らっしもなぁ

能登地震のことで、多くの方からご心配頂いています。
ありがとうございます。
この場で無事をご報告いたします。

お亡くなりになった方や、今も避難所で耐えていらっしゃる方がいることを思うと、
ほんとうに心が痛みますが、
できるだけ多くの方に、今後の災害に備えていただきたいという思いで、
記しておきます。

発災時は帰省中で、多治見の坂上あたりを車で走っており、
スマホの緊急地震速報に驚いた後、
車でも揺れを感じました。

翌日、道路情報を確認しながら富山(最大震度5強)に戻ると、
家の中はテレビや低いタンスが倒れ、
転倒防止の突っ張り棒をした家具が30センチほど動き、
家具に押された照明のスイッチが壊れて、照明が付きっぱなしになり、
CDやら本やらが散乱していました。
まさに、たじみべんかるたの
「らっしもなぁ てれこけ こてがっとるやんか」
という状態でした。

大学の研究室は7階で、さらに、わやでした。
研究室片付け_地震

多治見中学30周年記念の日本手ぬぐいを頭に巻いて、片づけをしています。
写真の部分は、きょう一日でなんとか復旧しました。
がんばるでね!

いんね

共通語だと「いいえ」や「ううん」と言う返事に当たる多治見弁といえば、
「いんね」です。
とはいえ、「いいえ」「ううん」=「いんね」とも言えません。
「いいえ」「ううん」にはない使い方が「いんね」にはあるのです。

まず、下の (1) は「いいえ」と同じ使い方の例です。
これは、相手(A)の質問に対して、Bが「違う。そうではない」と否定の返事をするときの使い方です。

(1) A「さぶぅ?」(=寒い?)
     B「いんね。ちょっともさぶなぁよ。」(=ううん、ちっとも寒くないよ。)

(2) A「なにー。朝、食べ―へんか。どっかわるぅか。」(=えっ、朝、食べないのか。どこか悪いのか。)
  B「いんねよ。昼にごっつぉお食べるで、腹すかぁとくやわ。」(=いや、昼にごちそうをたべるから、腹を空かしておくんだよ。)

(2)も、Aの「どっかわるぅか」という質問にBが否定で答えているのですが、
「よ」が付くという点で、「いいえ」「ううん」と異なります。
共通語では、「いいえよ」「ううんよ」にはなりませんよね。
東濃弁では、(2)の例のように、「いいえ、そうじゃなくて、こうなんです」と
何か説明を付け加えるときに、
「違うんだよ」という感じで、「いんねよ」と言うように思います。
「よ」は、低いイントネーション「いんね↓よ」になります。

ちなみに、富山弁では、「いんね」ではなく「なーん」と言いますが、
東濃弁の「いんね」と同様に、「違う」という意味があるそうで、

 A「か あんたの 傘け。」(=これはあなたの傘?)
 B「なーんだ。」(=違う。)
(小西いずみ (2015: 119)「富山方言の「ナーン」」『感動詞の言語学』ひつじ書房)

…というやり取りができるそうです。
「なーんだ」って、がっかりしているのかと誤解しそうですね。

東濃に話を戻すと、(3) のように、質問されているわけではなくても、
「いや、実は、こういう事情で」と説明し始めるときに、「いんねよ」と言う人もいます。

(3)A「なんたら、けっちなかっこしとる。」(=なんて奇妙な格好をしているんだ!)
  B「いんねよ、あした肝試しやるもんで、まわししとるどおりよ。」(=いや、明日肝試しをやるから、準備しているんだよ。」

アンケート調査の中で、土岐市で子供さんたちにテニスを教えている方から、
さらにおもしろい言い方を教えていただきました。
子供がボールを狙った方向に打てず、ボールがあらぬ方向ばかりに行ってしまうので、

(4) ボールが、いんねの方ばっか行っとるやらぁ。

と指摘したところ、子供たちには通じなかった、というのです。
ここでは、「変な方向」「あらぬ方向」ということを「いんねの方」と
言っているわけですが、
これも共通語で「いいえの方」とは言えませんよね。
「いんね」が、「違う」「正しくない」というような意味で使われているわけです。
「よ」だけでなく「の」も付けられるのですね。
「いんね」の上級者ならではの用法だなあと思いました。


ひどろぉ

現在、東濃弁についてのアンケートをおこなっています。
どんなアンケートでもそうですが、
調査の狙いに直接答えていただく質問項目の回答は、
研究に必須のもので、心して分析します。
これに対して、自由記述欄に書いていただいた内容は、
調査目的に直接関係があってもなくても、読むのがとても楽しいものです。

今回のアンケートで、
自由記述欄に複数の方々が書きこんでくださった単語がありました。
「まぶしい」という意味の、次のような単語です。

・ひどろぉ
・ひどろっこい
・ひどろしい

おもしろいことに、書かれていたことに共通するのが、
「子供たちに通じなかった。」
「私は東濃育ちだけれど、この言葉がわからなかった。最近知った。」
という東濃弁の例として挙げられていることです。
つまり、消えゆく方言の代表として挙げられる存在だということです。

実は、私も、実際に使っていた記憶がありません。
多治見弁の番付表や、昔の文献にあるのを見たから知っているだけです。

挙げてくださった方によって、語形はいろいろありますが、
「ひどろ」までは共通しています。
では、「ひどろ」って、何でしょうか?

全国に広がる方言の様々な言い方のうち、似たものを比較していくと、
元がどうだったのか、語源を探るのに役立つことがあります。
「まぶしい」の意味で、似た言葉としては、
千葉県など関東地方を中心に、「ひでりっぽしい」という言い方があります。

『日本方言大辞典』(小学館)によると、
「ひでり」で始まるところでは、次のような語形があります。
(辞典に載っているのがそれぞれの地域というだけで、
他の地域でこの言い方をしないとは限りません。)
「ひでりっぽしい」千葉県印旛郡
「ひでりっぽおしい」東京都利島
「ひでりぽい」茨城県稲敷郡
「ひでりぼったい」静岡県
「ひでりしい」静岡県賀茂郡

こうした「ひでり」系の言い方からは、「日照り」っぽい、ということだろうと
容易に想像がつきます。

少し音が違って、「ひだりい」「ひだりっぽい」「ひだりっぽしい」のように
「ひだり」で始まるところも、神奈川県や山梨県にあります。

「ひだり」となると、「左?」と思ってしまいそうですね。
仮に「日照り」が出発点だとすると、「日」は残るものの、
発音がずれることで、語源が分かりにくくなっています。

さらに、「ひでり」や「ひだり」の周辺、特に西方向に多く、「ひど…」が広がっています。
「ひどるい」山梨県、愛知県
「ひどろい」山梨県、岐阜県加茂郡、愛知県尾張
「ひどろしい」山梨県南巨摩郡、岐阜市、静岡県
「ひどっこい」岐阜県恵那郡
「ひどろこい」岐阜県羽島郡
「ひどろっこい」長野県、岐阜県土岐郡
「ひどろったい」長野県諏訪
「ひどろっぽい」茨城県北相馬郡、神奈川県足柄上郡

岐阜県は「ひどろ」系なので、よかったです。
もし「ひだり」系の「ひだりぃ」だったとしたら、
岐阜県各地の「ひだるい」(=空腹だ)と似すぎていて、
まぶしいのか、空腹なのか、ややこしくなりそうですから。

でも、「ひどろ」となると「日照り」から2音も変わってしまい、
語源にたどり着くのが難しく、意味も想像しにくいです。
「ひどろ」は、「ひだり」=「左?」「ひだるぃ?」ほどには
ぴったり間違えそうな単語はありませんが、
「ひどろい」=「ひどい」+「とろい」?とか、「ヘドロ」とか?
違うことばを連想しそうでもあります。

さらに、「まぶしい」を意味する方言は、ほかにもあります。
江戸時代の方言辞典である『物類称呼』では
「マバユシの意味で、中国地方ではマボソシと言い、江戸ではマボシイと言い、
東奥ではマジポイと言い、美濃・尾張辺りでは、カカハユイと言い、
土佐の子供はババイイと言う」
といった意味のことが書かれています。

マバユシ→「まばゆい」は、「目映ゆい」と書くことがありますが、
これの系統で、近畿を中心に、
「まばいい」「まばい」「ばばいい」「めばいい」などの分布があります。
恵那や飛騨の文献では「ままっこい」というところもあるようです。

マボソシ→「まぼそい」は、「目」+「細い」でしょうから、なるほどという気がします。

カカハユイ→「かがはいい」系の言い方は、「輝く」と関係がありそうです。
大垣などの文献に出てきます。
(「かがはいい」は「恥ずかしい」という意味だとする人もいます。)

こんなふうに、近いところでもいろいろな言い方があって、
通じない人に出くわす可能性が高かったり、
語源から形が変わっていて、違う意味を想像してしまいそうだったりすると、
どうしても不便に感じます。
そんなことが、ひとつずつ方言の単語が使われなくなっていく理由にあるのかもしれませんね。

「まぶしい」という共通語の言い方には、
上記の「まぼそい(目細い)」→「まぼしい」→「まぶしい」という説があります。
(増井典夫 (1992)「形容詞「まぶしい」の出自について」『淑徳国文』33: 45-64)
この説が正しいとして、江戸時代の江戸ではマボシイで、
それが「まぶしい」に変化したものの、
60年程前の調査に基づく『日本言語地図』では、
埼玉・東京・神奈川を中心とした狭い地域の分布となっています。
それが今では、「ひどろぉ」などの他の言い方を消し去っていく、
すごい勢いになっているわけですね。

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