多治見弁 blog

 多治見弁(東濃弁)についての調査・研究内容を、市民の方々向けにまとめたサイト「多治見弁の部屋」とリンクしたブログです。  多治見弁の特徴について紹介していきます。たまに脱線します。

2021年03月

へげへげ

前回、「だんごはげ」のことを書きましたが、
だんごはげのように、皮膚がカサカサして、
細かくめくれ、粉を吹いたようになっている状態を、
多治見の我が家では「へげへげ」という擬態語のようなことばで表すこともありました。

擬態語や擬音語(擬声語)というのは、ある程度は自由なところがあり、
初めて耳にしても、なんとなくわかればいいようなものもありますから、
「へげへげ」とよその人に言ったときに、正確に通じていたかどうかは、
定かではありません。
ただ、我が家では、
「へげへげになっとる」
「へげへげができた」
のように、自然に使うことばでした。

擬態語とは、ものの様子を言語音で真似しようとしたものであり、
擬音語とは、何らかの音を言語音で真似しようとしたものです。
例えば、「犬がワンワン吠える」という時の「ワンワン」は、
犬の声に近い音として「ワ」と「ン」が組み合わされたと考えられます。
犬の種類によっては、「ワンワン」にある程度似た声で吠えますね。

また、「カッコウ」という鳥の名前は、もともとは
鳴き声の一つ一つが「カ」とか「コ」に近いと感じられ、
そのリズムを含めると「カッコー」ということになって、
それが名前になったものでしょう。
「ヒヨドリ」の「ヒヨ」なども、鳴き声の真似からきているとされます。
たしかに、「ヒヨ」あるいは「ピヨ」とか、「ヒーヨ、ヒーヨ」とか、
そんな感じに聞こえます。
「カッコウ」や「ヒヨドリ」は、擬音語が名前になった例と言えます。

擬態語の場合は、擬音語と比べて、うまく真似になっているかどうか、
判断が付きにくいのですが、
綿が「ふわふわ」とか、氷が「カチンカチン」なんかは、よく合っているような気がします。
一方、「こてこて」のような、触感以外のものになってくると、
どうしてその音なのか、よくわからないものもあります。

では、「へげへげ」はどうでしょうか?
「へ」で乾燥してけば立っている感じ、
「げ」でなめらかでない感じが、しなくもないとは思うのですが…。

それで、「へげへげ」もこんなふうに様子を音でまねた、
擬態語のひとつだと私としては感じていたのですが、
もしかすると、「へげる(剥げる)」という動詞からきているかもしれません。
「へげる」は様々な辞書で、
「はがれる」「はげる」「はげ落ちる」といったことばで説明されています。

たとえば「うきうき」は「浮き浮き」と漢字を使って書くこともでき、
心が浮き立つ様子を表していますし、
2回繰り返して様子を表すことばは、
「生きる」→「いきいき」、「熱い」→「熱々」、「棘」→「とげとげ」
のようにいろいろあります。
これらは、それぞれ動詞、形容詞、名詞から派生したわけで、
様子を言語音で真似たところからできたとは言えないでしょう。
2回繰り返すことで、擬音語・擬態語のような感じがしますが、
語源的には必ずしも、擬音語や擬態語とは言えないものもあるのが、難しいところです。

だんごはげ

子供のころ、顔に「だんごはげ」ができたことがありました。
私は運動は苦手でしたが、暑い多治見の夏を冷房なしで乗り切るには
プールが欠かせず、毎日のように小学校のプールに通っていたので、
日焼けして真っ黒になっていました。
その黒い顔の一部に、丸くて色の薄い部分がときどきできたのです。

母に「だんごはげができとるね」と言われて、そういうものだと思っていたのですが、
あまりよそで聞くことはありませんでした。
小学校の友達にも通じなかったことがありますから、
40年前でもすでに消え去りそうなことばだったのかもしれません。
ネットで見ても、この言葉はほとんど出てきません。
私より少し上の年代の、おそらく東濃辺りの人が、15年程前に書いたブログが
探した限り、唯一のヒットでした。

「だんごはげ」を画像検索してみると、「だんごはげ」そのものの画像はなく、
逆の「はげだんご」がたくさん出てきます。
香川、鹿児島、山口などで、「半夏生(はんげしょう)」の時期に食べる、
あんこがまだらに(はげた感じで)ついているお団子とのことです。

そこで、「だんごはげ」を『日本方言大辞典』(小学館)で調べてみると、
愛知県知多郡のことばとして、
「だんごはげ【団子剥】 皮膚病の一つ、白なまず。」
と書かれていました。

「ナマズ!?」と思って調べてみると、
「なまず」は魚の「鯰」ではなくて、「癜」という漢字で、
「癜風菌」という真菌に感染することによって起こる皮膚病だそうです。
「黒なまず」ということもあるそうですが、
色の黒い人ではかえってその部分のほうが薄い色に見えることもあるとか。
この記述を見るかぎり、まさに子供のころの夏の私に当てはまりそうです。

いくつかの辞書では、「白なまず」は「尋常性白斑」との説明があります。
この尋常性白斑を、インターネットで画像検索してみると、
(すべての写真が本当にそれに該当するとは限りませんが)
形はかならずしも丸ではなく、いろいろな形のものがあるようですし、
思っていたより色のコントラストがずっとはっきりした症状の画像ばかりが出てきました。
代表的なわかりやすい症状を載せているサイトが多いからかもしれませんが、
「本当に、だんごはげ=白なまず=尋常性白斑?」という疑問がわいてきます。

そこで、「子供、顔、皮膚、白い、症状」などの検索語で検索してみると、
こんどは「はたけ」という言葉が出てきました。
「はたけ」は、やはり「畑」ではなく、『日本国語大辞典』(小学館)によると
「【疥・乾瘡】額や頬にできる皮膚病。十円銅貨ぐらいまでの大きさの丸いもので、白く粉をふいたようにみえる。湿疹の一種。疥瘡(はたけがさ)」
『日本大百科全書』(小学館)によると、
「顔面単純性粃糠疹 の俗称で、小児ことに学童に好発し、ほおに100円硬貨大の境界明瞭な円い白く粉をふいたような斑が1個ないし数個できる。」
との説明があります。
十円玉か百円玉かの違いは大したことではなく、
これのほうが、私の思い出にはぴったりくるように感じます。

「顔面単純性粃糠疹」で画像検索すると、私の思っていた「だんごはげ」と
似たものが多く出てきました。
ということで、少なくとも私の知っている「だんごはげ」は、
「はたけ=顔面単純性粃糠疹」
という可能性の方が高いのではないかと思います。

「粃糠疹(ひこうしん) 」というのは、皮膚の表面の角質が増殖して、
米糠(こめぬか)のように細かく剥がれ落ちてくる症状だそうです。
だんごはげはカサカサして、粉っぽくなっていましたから、
それが剥がれ落ちる過程なのだろうと思います。

『日本方言大辞典』にあったとおり、
愛知県知多郡では「だんごはげ=白なまず」なのかもしれませんが、
「だんご」のような丸い形で、皮膚がハガレ落ちてくるという意味で、
「はたけ=顔面単純性粃糠疹」が「だんごはげ」だというほうが、
しっくりくる気がします。

「たわ汁」の件でもそうでしたが、医学的な用語と俗称、それに方言の間で、
意味が1対1で対応しているとは限りません。
多治見弁のわかる皮膚科のお医者さんに、「だんごはげ」について聞いてみたいものです。

へら噛んだ

先日のぎふチャンラジオ「岐阜弁まるけ」の冒頭で、
「たじみべんかるた」がちょこっと紹介されました。

ひとつは、「へ」の札で、
「へらだぁて くるくっとると かむに おけ」でした。
意味は、「舌を出して ふざけまわっていると 噛んでしまうから やめろ」ということです。

大阪出身のアナウンサーの神田さんは、
「ヘラ」の「ラ」のほうを高く発音していましたが、
私の発音としては、「ヘ」を高く言います。

ちなみに、「竹ベラ」「粘土ベラ」などの道具の「ヘラ(箆)」は共通語で、
アクセント辞典によると、「ヘ」が高い言い方も「ラ」が高い言い方もあるそうです。

子供の頃は、舌の意味の「ヘラ」が方言だなどと、考えたこともありませんでしたが、
転校してきた同級生に「ヘラ噛んじゃったで、痛ぁ」と言ったら、
「え?粘土ベラを噛んだの?なんで噛むの!?」と言われ、
通じない人がいるということを知りました。
舌を指さして、「口の中のこれ、ヘラって言わん?」と聞くと、
「ベロなら言うけど」とのこと。

もちろん、「シタ」が標準的な言い方ですが、
全国的に俗語・口語的な言い方として「ベロ」が優勢らしいということは、
だいぶ後になって知りました。
「ベロ出しチョンマ」というお話は知っていましたので、
「ベロ」と言う人がいるのはわかっていたのですが、
私にとってベロと言えば、アニメ「妖怪人間ベム」に出てくる子供の妖怪だったのです。

その転校生がどこから来た子だったかは覚えていませんが、
「ベロ」の主な分布は、東北南部~関東地方と、中国・四国・九州という具合にかなり広く、
岐阜県では西濃地域、さらに愛知県や静岡県にもあるようです。

一方、国立国語研究所が50年ほど前に作成した「日本言語地図」によると、
舌のことを「ヘラ」という地域は独特な分布になっています。
「ヘラ」が優勢な地域は、東濃~三河を西の端として、
長野県を通り、新潟県中部~群馬県にかけての斜めの帯状に伸びているのです。
他に、飛騨地方の一部と福井県北部にも少し現れています。

『日本方言大辞典』(小学館)によると、
岐阜県加茂郡の方言の文献には、「へらがこわい」という成句が載っていて、
「言葉が流暢でない」という意味だそうです。
「こわい」は方言で「固い」「つらい」「困る」「恥ずかしい」など
様々な嫌な感じの意味がありますが、
ここでは「舌が固い(=うまく動かない)」というくらいの意味から
来ているのかな、と思います。

また、長野県には「へらをきる」「べらを利く」という成句があり、
「いろいろと弁を弄する」という意味だそうです。
これも「へら(べら)」が「舌」の意味を介して「弁=言葉」を表していますね。

岐阜県・愛知県・静岡県には、ほかに「シタベラ」というところも多いようです。
「ヘラ」=舌だとすると、シタベラ=舌舌、みたいにも感じますが、
竹ベラ、ゴムベラ、粘土ベラといろいろなヘラがある中で、
「どういうヘラかというと、舌のヘラ」というように、
前につく「シタ」が説明している形なのではないかと思います。

「ベロ」については、
ベロベロといったなめる音の擬音語とする説もありますが、
「平(ひら、へら)」からきているという説もあります。

「ヘラ(=舌)」の語源については、『お国ことばを知る方言の地図帳』(小学館)に
「かたちがへら(=箆)にも似ていることからベロから変化したものであろう」と
述べられていますが、上記のように、逆にベロがヘラやヒラから来たのかもしれません。

道具の「へら(=箆)」の語源も「ひら(=平)」からとされており、
「ひら(=平)」の語源は「開く(ひらく)」や「広い」が挙げられていますが、
薄くペラペラな様子の擬態語からきていても不思議ではないと思います。

語源の話は無限ループになることがあり、確かめようがないのですが、
何かつながっていそうだな、というくらいにとらえる分には面白いですね。

20代の半ばから、あちこちで音声学の授業を担当するようになりましたが、
最初の数年は、発音の仕方を説明するのに、舌の位置や形を言うとき、
つい、「ヘラ…じゃなくて…シタの先を上の前歯に付けて…」などと、
方言が出てしまっていました。
そのくらい、私にとっては、ヘラにしみついた言葉だったのです。

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あんどうともこ

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