2009年07月13日

マンガ・アカデミー

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論文を何百万稿も読まなければならない仕事をしたことがあったので
別に内容を読む必要なんか全然なく、一部だけ見ていればいいのですが、
気になったものが何件もありました....



宝塚造形芸術大学紀要 No.19 2005
マンガ・アカデミー
西上晴雄



氾濫するマンガ・アニメを過去の文化史の中で見つめ、現代文化の中で分析、理解を深めます。
連続絵画と印刷文化、現代のメディア変遷の中で、神から与えられた表現方法なのか、人間のなせる技の一つなのかを問い、根源的視野でマンガを観察、次代に期待します。




マンガとマンガ的なもの

まず、マンガとマンガ的なものは区別して論じることに、どれほど意味があるのか、
考えてみましょう。
言葉上は狭義と広義の差であることはすぐにわかりますが、
昨今、マンガはマンガ的なものを包括して使われだしたものであり、
そこには広義の解釈しか存在していないのです。


...........


マンガはアイコンである

かつて、手塚治虫が「ぼくのマンガは記号」と言ったことがあります。
本格的な絵画の練習から書き始めたのではなく、
感とイメージによる約束事を利用した手塚マンガはそういった側面を多く持っていたし、
それが読者にとってはその記号を読むのが大きな快感でした。



マンガはマンガ的記号を多用するから、マンガだといえます。ここでいうマンガ的記号とは、形而上はデフォルトと単純化をメインにしたもので、それが約束になっています。
その約束が理解できないとマンガは理解できない表現になります。
今日、マンガが世界に流通しだしたのは、日本マンガの持つ記号性が世界の文化国に紹介され流通しだした現象です。

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小国日本のマンガが世界に流通しだしたのは、日本独自の文化形態ではなくわかりやすい記号だから読み取りがスムーズであり、万人の共通意識に訴える部分が多くあるという点、記号解釈には巾があり、少々の困難やギャップを超える存在、文化習慣の差を超える部分を多く含んでいるからだと解釈できます。
一部の人はこのマンガ的記号が理解できないで遠ざかってしまうのですが、
世界の成長期の若者の柔軟思考には歓迎されます。
何しろ、文字のようにキッチリした意味の範囲が限定されているわけではなく、読者の感性だけが頼りの表現形態なのですから、それが理解されないと戸惑いが優先してしまうのです。


※これは西上氏の持論であるようです。他の文献にも同様の記述が見られます。
※本文中にはエロス( 「性欲望という枠をはるかに越え、生物にあまねく存在し、その成長を促し、より大きな統一と維持、発展と躍動とに導き、詩を遠ざけるもの」)とか イデア などと関連した説明が織り込まれています。
哲学的に歴史的な記述が多く締めています。
.....................






エロス的人間 (中公文庫)
「つまりエロティシズムとは、直線的な歴史の方向に沿ったパースペクティブのなかで眺めるべきものではなく、
むしろ既存の文化体系や社会生活を解体し、古代と現代とを同一平面上に均等化するような、
いかなる意味でも弁証法の介入する余地のない、あらゆる時代において共通した、一種の反社会的な危機の表現として眺めるべきものではないか。」
とあり、
名言だと思います。
ここで言う「反社会的な危機」とは、説明を加えるとエロシティズムは
「本質的に個人的、恣意的なものであって、モラルとの関係が断ち切れている」となり、
本来、「空想することは、自由であるのに、社会は私たちの頭の中にまで禁止の手を伸ばすことはできない」となるのです。







国策として取り組みだした外国勢に、今、日本はマンガ大国だといって安心していたのでは、
一種の「井の中の蛙」状態なのかもしれません。
本当の自由化が起こった場合、
映画産業では質と量で外国映画に完全に水をあけられてしまったように、
繊維産業が零落してしまったように、IT産業でも、日本は苦戦状態です。
そうした差が見えてからでは遅いのです。



国立メディア芸術総合センタ−(仮称)
go



マンガがグローバル化の最先端だといっても、各国のお国事情はそれぞれ違います。
エコノミックアニマル振りを日本マンガで発揮していくことの意味も考えさせられます。日本標準が世界標準とは限りません。
確かに、今、日本のマンガやアニメは隆盛を極めており、世界に流通しています。
しかし、日本標準の低次元を世界に押し付けていませんか?
相手の未開拓をよいことに先進国だと慢心していませんか?
考えないといけない問題は、技術的問題、経済的問題、人格権の問題といろいろあります。
ここにきて、各国の大学が、マンガやアニメのアカデミックな研究に参加しだしたことは、地球の自然環境を守る研究と同じレベルで大切です。
マンガは人間の内部問題でもあり、外部社会との問題でもあり、広がりは地球規模の問題だからです。




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