大和路ぶらぶら

ほぼ奈良県内の撮影情報を掲載します。 日々起こる事の正直なコメントを発します。

この所の低温で明日香の河津サクラは見頃を迎えています。

もう少しで満開ですが、週末には最高になるでしょう。

今日(28日)、再度見てきました。

栽培者の話を聞くことが出来ました。

みかん畑の植樹したとのことですが、幼木を植えても鹿に幹をかじられて枯れてしまう。

猪は穴を掘るだけでサクラは枯れない。

幼木を金網で囲ったりして、出費もバカにならないらしい。

おかげで私たちは無料で楽しむことが出来ます。

ありがとうございます。

こんな場所に咲いています
あすかかわず1
車は栽培者の白い軽トラ
あすかかわず2
あすかかわず3
あすかかわず5
葛木、金剛山
あすかかわず6
二上山 このあたりは5分咲き
あすかかわず4
あすかかわず10
あすかかわず11
あすかかわず9
あすかかわず7


75歳を過ぎるとどうしても自己の終活について考えることが多くなります。

私の周辺の知り合いも鬼籍に入られることが多くなってきました。

私は機会があるごとに家族に(娘と息子)“俺が死んだらこうしてくれ“と言っていますが、家族の方が「そ
んなことを言っても、親類や周辺からの圧力に屈してしまうわ、書いたものを残してくれ」と言いま
す。

それもそうだなと思い、書くことにして、それを葬儀屋や親族に見せたらいい。それが一番説得力があるかもしれないと思う。

日本の法律では人が死ねば普通は火葬で荼毘されることが決まっている。

遺体を隠したりたり、放って置くと逮捕される。(死体遺棄)

わしは風葬や鳥葬がいいと言っても、それも許されない。

昭和の初めまでは許されていましたがね。

死はいつ訪れるか分からない。

今の日本人の死は7割ぐらいは病院で迎えるらしい。

3割は自宅です。自宅で死ぬと警察による検死がある。

それは事件性があるかどうかの捜査です。

私みたいに旅が好きだと旅先で亡くなることもある。


葬式の形式は無宗派で家族式又は式なし直葬でいい。

イメージは亡くなった場所の街で、そこの葬儀屋さんに電話して直葬にしてくれと言えばいい。

葬儀屋さんも商売だから色々言ってくるかもしれないから、棺桶などの値段も一番安いのでいい。

私はどう見ても唯物論者だから死して土に還るか宇宙の塵になるのがいい。

あえて宗教的に見ても原始神道に近いかなと思うがどうでもいい。

森羅万象に神が宿る思想が一番合っていると思う。

原子から生まれて原子に還る、それが真実だと思う。

だからお墓はいらない。供養もしなくていい。

死して世話になるのは親族だから、連絡するのは私の兄弟だけにして、従弟などには後日伝えればいい。

無理に斎場に来てもらわなくていい、私以上に年を取っているからね。

実家が浄土真宗なので追善供養はないが、年忌供養だ33回忌まである。
それに関しては生前に33回忌までのお願いを自身してきたものがあるので、それを枕屏風にして、棺に入れておくれ。それで実家の方の親族も納得するだろう。

取りあえずここまで考えたがもう少し整理してプリントしておこう。






奥村彪生さんをご存じですか?

写真はネットから
奥村さん
2000年頃かな、テレビの料理番組で顔と名前を知りました。

名前の呼び方が分からなかったのですぐ覚えました。

彪生が分からなかった。とらお?いや、あやおと発音します。

この名前とダジャレで一度で覚えてしまいました。

記憶の引き出しに入ったままの奥村彪生さんを2度にわたる偶然で記憶がよみがえってきました。

一度目の偶然は新聞配達時です。JR香芝駅すぐ東のある家の前に来ると、非常にいい料理の香りがするのです。

それが毎日するのです。パンやケーキの香りとか、バターやチョコレート、香辛料など本当にいい香りがしました。

その家に新聞を配達していたので苗字だけは覚えていました。(当たり前だが)
新聞受けが2つあったので同じ主だとわかりましたが、一方に奥村彪生とあったので記憶がよみがえってきました。びっくりしたのを覚えています。名前があったのは料理スタジオの方だったのかな。
ただそれだけのことで名前は記憶の引き出しに再び入りました。

昨年、再びその名前に出くわします。
昨年、後半の半年間に若狭小浜に3回行きました。

はじめは琵琶湖の今津から小浜までJRバス走っているのを知り、乗って見たくなって出かけたのが最初でした。途中に熊川宿があったので、どちらかというと小浜より熊川宿に興味があった。

小浜も行ってみるといい所なので、ウロウロするうちに小浜の魅力に引き込まれた。

杉田玄白や梅田雲浜などの生地であり、歴史を調べるうちに、小浜の農海産物が都に運ばれた鯖街道が京だけではなく、古く大和の都にも運ばれたことが平城宮発掘の木簡からも明らかになった。
小浜が朝廷の食の供給元である御食国(みけつくに)だったことが明らかになってきた。

そこまで知るともう少し調べてみようかと足を運ぶことになった。
本当は美味しい海鮮丼を食べるのが目的だが、大義名分として歴史を取って付けた。
小浜市も御食国(みけつくに)若狭おばま食文化館を作った。

その展示の中に奥村コレクションあるものがある。
奥村コレクションは古代からの食のレプリカが奥村氏から寄贈されたもので、奥村氏は奥村彪生氏であることを知ったのが2番目の偶然でした。たったそれだけのことで長々文章が書けた。

その奥村氏は昨年の7月31日、85歳で亡くなられた。

小浜と奈良との関係は東大寺のお水取りにある。もう少し小浜に深入りしてみよう。






↑このページのトップヘ