グローバルに考えれば、「ソニー低迷」の裏側は「サムスンの躍進」ですね。しかし、日本の新聞は「デジタル家電の値崩れ」とか、日本の他社との比較ばかりを書いている。あるいは「ソニー神話」という過去の成功と比較したり・・・。日本のメディアが非常に内向きになっている点が気になります。ソニーはグローバル企業なのだから、国内のシェアだけを考えてみても、あまり意味がありません。
今週の"The Economist"誌は、表紙に書いています。「サムスンの驚異的な上昇についての特別レポート」。記事は、新しいケータイの可能性を切り拓くサムスンが、ブランド力でもソニーに迫っていることを伝えています。"Business Week"誌の表紙には、「韓国のLG それはサムスンになれるのか?」というタイトルが踊っている。サムスンが利益でマイクロソフトを抜いたのですから、世界の主な経済誌が、その特集を前面に出してくるのは当然です。ところが日本のメディアは、あいかわらず国内シェアにばかりこだわって、過去の神話を振り返ってばかりいる。これは明らかに偏向した報道だと思います。

私の目にソニーと重なって見えるのは、フォードやクライスラーです。世界の自動車市場に君臨していたビッグ3は、フォルクスワーゲンや日本車に押されてゆきました。デイビッド・ハルバースタムは、その栄枯盛衰を「覇者の驕り」というノンフィクションにまとめています。1970年代に起きたオイルショックは、低燃費でなる日本車の評価を高めました。ところが世界の中心がデトロイトだと信じ込んでいたビッグ3の経営者たちは、内向きで反応が鈍かった。自分たちは優れている。自動車のメイン・ストリームは自分たちである。あのような驕(おご)りが、今の日本にもあるのではないでしょうか。

ハルバースタムは、1950年代のアメリカ文化を描いた「ザ・フィフティーズ」という本の最後で、次のようなことを言っています。キング牧師の説教やエルビス・プレスリーのビートは、単なるブームではなく、黒人文化の隆盛という大きな流れを示す現象だった。なのに当時の自分は気がつかなかった。バスを待つ黒人の家族を目の当たりにして、自分は南部で取材もしていたのに、どうして気づかなかったのか?あれもこれも知っている気になって、本当に重要な歴史の変化を見逃していた。そういう後悔の気持ちを綴っているんですね。

いま、日本の私たちは「韓流」という名のブームを目の当たりにしているわけです。それは単なるオバサマたちの酔狂のように思われているんですが、そうじゃないかもしれない。背後にはサムスン電子やLGのようなメーカーの隆盛があり、さらにはアジア経済の新展開というドラマがあって、じつは歴史的な現象の一端が「ヨン様ブーム」なのかもしれない。そういう想像力が大切だと思います。「覇者の驕り」に陥らないためにも。

私がテレビ朝日の「ニュース・ステーション」に失望したのは、いまから何年も前のことです。北朝鮮による拉致の問題がメディアを賑わす少し前、番組が珍しい映像として北朝鮮の学校の様子を報道しました。当時、ニュースを読んでいた渡辺真理というアナウンサーが、映像を振り返ってこう言いました。「みんな制服を着ているってことは、これは私立なんですかね」。私は、驚きました。渡辺真理は、大学の卒業証書を持っているはずです。そして、難関といわれる民放キー局に採用されて、日本を代表する報道番組でニュースを読んでいる。その人が隣国の政治体制について無知であり、かつ、それを恥としないんですね。あの瞬間、私は確信しました。東京キー局の採用は、何か重大な問題をはらんでいる。

したがって、日本の経済をめぐって偏向した報道が繰り返されても驚きはしません。また、それを批判してみても、お金が儲かるわけでもないし、株の含み益が増えるわけでもない。ただ、自分はメディアの偏向に流されてしまわないように、複数のメディアや市場や街の声に耳を傾け、あれこれ考えたことをお伝えしたいと思うだけなのです。

毎度ありがとうございます。

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