街の話題は、ライブドアですね。一昨日は、松本市内の小売店の経営者の方から電話。ライブドア・デパートへの出店について、「どう?」と質問がありました。昨夜は、いつも行っている銭湯で近所の60代の方から聞かれました。「ありゃ、むかし東急の五島慶太がデパートを乗っ取ったのと同じせ。だが、カネは何処から出てるずら?」さらに、きょうは理髪店で友人に髪を切ってもらったあと、「堀江さんも大変だね〜」と、やはり60代のお父さんから言われた。ライブドアの話題は、信州の日常の会話に何度も出るような状態です。これは、もう全国的な現象でしょうね。
伊藤洋一さんは、こう書いています。「堀江社長は、突然に裏口のドアを足で強く蹴飛ばした。俺を入れろ、と」。伊藤さんはフジテレビの番組のレギュラー出演者ですから、そう書くのは分かる。ただ、経済の専門家としては、「じゃあ、どういう入り方が良かったのか?」を書かないと説得力がない。フジテレビがニッポン放送の株を買うと宣言していた以上、他に選択肢は考えづらいですね。

私には、銭湯で聞いた五島慶太の話が印象に残った。東急グループを創始した五島は、長野県の青木村の出身で旧制・松本中学の卒業ですから、地元では立志伝中の人物です。その強引な手法は「強盗慶太」と恐れられたほどですが、同時に現代の東京に広がる消費文化を創った人でもある。ライバルの西武を築いた近江商人の堤康次郎は、「ピストル堤」と恐れられた。現代の日本人は、いつのまにか資本主義の活力を忘れてしまったのではないか?と思わざるを得ない。

私が働いている店は、私の亡くなった祖母が作ったようなものです。終戦直後の闇市の時代に、リュックサックを背負って満員の汽車に乗り込んだ話は、子供の頃から聞かされました。山梨県の貧しい家に育った祖母は、信州に来てリンゴを仕入れ、それを都会で売ることを思いついた。「リンゴの唄」という歌謡曲が大ヒットしていたからです。ところが東京では米や芋が売れるばかりで、リンゴは売りづらかった。それで、お金持ちや文化人がいると噂で聞いた鎌倉まで足を伸ばして売ったとか。帰り道のリュックを空にしたままでは「もったいない」と思い、都会で手に入り易かった米軍放出の缶詰などを仕入れて松本で売り始める。当時、まだ信州の人々には目新しかった商品のひとつがコーヒーだったという話で、これが当店の創業です。

終戦直後は、店といっても道端で板を敷き、その上に菓子を並べて売る状態だったそうです。そこで、祖母は場所を考えた。映画館の近くなら人だかりがある。とくにカラーになったばかりの洋画は目新しく、スクリーンに映る欧米の生活は人々の憧れだった。それで映画館の近くで海外の商品を売れば、かならず売れるだろうと確信したんだそうです。私の祖母は名もない行商人のひとりだったわけですが、それでも、いや、そうであるがゆえに厳しい時代を創意と工夫で乗り切れたのだと思う。きっと多くの日本人が、同じように時代の困難を乗り越えたはずです。

ライブドアの手法をめぐっては批判もあるんですが、それが、どうしても私には育ちの良いお坊ちゃんの意見に見えてしまう 。そして、いま日本はアジアや新興国の追い上げの中にあるわけです。ブラジル人の逞しさ、したたかさ。韓国人や中国人の商売強さ。その光景を目の当たりにしながら、「ニート」という報道を見ると、やはり日本人は活力を失いつつあるような気もしてしまう。

ライブドアとフジテレビの攻防は、外国のメディアも注目するでしょう。欧米のメディアが、どうドラマを描くのか?が楽しみです。こんな私にはフジテレビの「ヒルズに恋して」というドラマのタイトルが、なんとも甘ったるく聞こえてしまう。日本人は、もっと逞しい可能性を持っているはず。私は、そこに期待をしたいと思います。

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