切り込み隊長@山本一郎。その経歴にウソが多いんじゃないか?という話が、2ちゃんねるで賑やかです。著名ブログの人たちは、遠巻きに眺めている様子。磯崎哲也さんは、<「けなす技術」が大切だというのは確かにそうなんですが、「技術」でいいのかしらん?というか。>と、やんわり言及。木村剛さんは、<攻撃するために「ボヤク」ばかりではなくて、自分が「ボヤカレル」ことに対する自重心があれば、もう少し、ブログワールドも市民権を得られるようになるかも、と思う今日この頃でした。>と書いてます。
私は、陪審員でもジャーナリストでもないので「正しい・正しくない」ではなく、どうしたら、その人の持ち味が活きるか?という商売的な角度から考えます。「ブログ草創期にあったカッコ悪い売り出し方として記憶されたい」とか何とか書いて淡々と経歴を修正し、気づいたらブログ作家として再び歩み始めていた。それで良いんじゃないか?と思います。

切込隊長のブログは、ネットが持つ独特の「裏っぽさ」が魅力のひとつです。2ちゃんねる的な雰囲気が濃厚に漂っている。切込隊長の文章には長いものが多いんですが、自尊と屈折、それに社会観察が複雑に入り乱れていながら、スピード感で一気に読ませてしまう力がある。現在進行形の私小説を、ブログという形で書いているんですね。大石英司さんが「読み手を酔わせるものがある」と言ってますが、私も同感です。

ただ、荒々しい新興企業も上場した後には紳士的であることが求められるように、新聞や雑誌にコメントする立場となれば「裏技」だけでは乗り切っていけない。とくに株式の世界では、魑魅魍魎が多いだけに公正が求められる。だから、もう経済とか政治を解説する「有識者」の路線は捨て、偏屈な作家として活躍して欲しいと思います。

有名な社長ブログと比べてみると分かります。みな、おしなべて「IT長者たちの優雅な宴の日々」なんですね。それは華麗ではあるんだけれど、どこか陰影に乏しい。私は、高校時代に隣の席にいた女性が三島由紀夫について書いた感想文を思い出します。「これってホント?いや、ウソさ。三島の作品は、そんな、あからさまでキラキラとした虚構で満ちあふれている。私は、それが身震いがするほど好きなのだ」。人は退屈な事実ばかりでなく、陰影の豊かな虚構を求めるときもある。

私は、日本の作家たちが何処かに置き忘れてしまった危うさやスキャンダラスな香りを、現代の人々がブログやネットに求めていて、その受け皿になっていたのが切込隊長ブログだったような気もする。多くの人々が切込隊長の動向に関心を持つのは、ウソを暴こうとする正義感ゆえ・・・だけではないと思います。虚構が図らずも照らし出してしまった、その人の陰影の深さ。そこに関心を持ち、可能性の片鱗を感じている人も少なからずいる。私は、その一人ですね。

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