「高度成長って、バブルのことでしょ」。20代の人から言われ、私はハッとしました。不況だ、デフレだで、もう15年が経つのです。いまの20代には「景気が良いって、どういうことか分からない。おカネがあるってことですか?」と聞いてくる人もいる。彼らが分かっているのは、世の中にはカネがある人と無い人がいるという、90年代後半から明らかになった現実です。もう「世間なみ」という日本社会の一体感は、過去のイメージとなりつつあるのです。
80年代のバブル経済は、「円高不況→金融緩和」の流れがもたらした現象です。1985年のプラザ合意で円は急激に強くなり、日本社会が突然お金持ちになってしまった。不動産ばかりが融資の基準のように考えられていた社会に、ドッとお金が流れ込んだ。これが過剰な投資となって膨らみ、弾けた残りカスが不良債権です。
「グローバル経済」や「資本主義」と言うと、アメリカ的な弱肉強食の競争というイメージが強いんですが、じつは新興国が資本主義の世界に入ってきたことが大きい。資源の価格は上がり、安くて大量の労働力が市場に入ってきたので、日本社会は、資源ではインフレ的な、賃金ではデフレ的な影響を、それぞれ受ける状態になっている。ガソリンは高いが、給料は上がらないというのが象徴的です。まるでインフレとデフレが共存しているような状態。靖国神社とか、竹島とか、いろんなことが騒がれていますが、まず考えておかなきゃいけないのは、グローバルに経済が変化している現実だと思います。
大量に安いモノを作る競争は、これからも厳しいでしょう。中国や韓国の背後には、ベトナム、マレーシア、インドネシア、それにインドが控えている。グローバルに考えると、日本人は海外の労働者と競争していると言える。日本の企業は、海外に工場を移す。だとしたら、国内で作る意味のあるものは、熟練した職人技であったり、ローカルな地域密着の商品だったり、あるいは洗練されたデザイン性の高いものになる。
日本経済に活路があるとすれば、それは日本の多様性が高まることだと私は考えています。それぞれの地域に、それぞれの風味がある。私が「信州松本」を意識しながらコーヒー豆を焙煎して売っているのは、「多様性のある日本」が意識される時代の訪れを予感しているからです。どこでも同じファミレスやコンビニは便利である反面、どこか味気ないと感じることも多いものです。
バブル経済に教訓があるとすれば、横並びの投資はリスクが高い、ということです。2000年の株式市場では「ITバブルの崩壊」があったんですが、あれも多くの投信や個人が横並びで投資を進めていたことがリスクになっていた。かつて日本にあった「横並び」とか「世間なみ」という感覚は、私たちに分かりやすい常識とか安心感を与えてくれていたんですが、一方で高いリスクも含まれていた。地方の街にいると、「昔は良かった」という話もよく聞くんですが、でも昔は人と違うことをするのに凄くエネルギーが必要だった。結婚、離婚、就職をめぐっては、つねに世間体が付いて回った。いまは他人と違ったことをするのに、昔ほどのエネルギーはいらない。
明日はACCESS(4813)の株価に注目される人も多いと思うんですが、つまるところは異なる意見が行き交う場所が市場であり、そこで「ダメ」という意見が強けりゃ株価は下がり、「いいぞ」という声が強まれば上がるだけのことだと思います。いまは市場全体が膠着した感じになってるんですが、これも日本経済のイメージをめぐって、異なる意見が拮抗している状態だと考えれば腑に落ちる。株がグングン上がれば、そりゃ嬉しいですけど、株価がひとつの方向に流れにくくなったのは、多様な意見が拮抗する社会になってきた証という見方もできるのではないでしょうか。
■毎度ありがとうございます。
いろんな投資関係のブログは→こちら
いろんな株のブログは→こちら
コーヒーのブログは→こちらです。
「グローバル経済」や「資本主義」と言うと、アメリカ的な弱肉強食の競争というイメージが強いんですが、じつは新興国が資本主義の世界に入ってきたことが大きい。資源の価格は上がり、安くて大量の労働力が市場に入ってきたので、日本社会は、資源ではインフレ的な、賃金ではデフレ的な影響を、それぞれ受ける状態になっている。ガソリンは高いが、給料は上がらないというのが象徴的です。まるでインフレとデフレが共存しているような状態。靖国神社とか、竹島とか、いろんなことが騒がれていますが、まず考えておかなきゃいけないのは、グローバルに経済が変化している現実だと思います。
大量に安いモノを作る競争は、これからも厳しいでしょう。中国や韓国の背後には、ベトナム、マレーシア、インドネシア、それにインドが控えている。グローバルに考えると、日本人は海外の労働者と競争していると言える。日本の企業は、海外に工場を移す。だとしたら、国内で作る意味のあるものは、熟練した職人技であったり、ローカルな地域密着の商品だったり、あるいは洗練されたデザイン性の高いものになる。
日本経済に活路があるとすれば、それは日本の多様性が高まることだと私は考えています。それぞれの地域に、それぞれの風味がある。私が「信州松本」を意識しながらコーヒー豆を焙煎して売っているのは、「多様性のある日本」が意識される時代の訪れを予感しているからです。どこでも同じファミレスやコンビニは便利である反面、どこか味気ないと感じることも多いものです。
バブル経済に教訓があるとすれば、横並びの投資はリスクが高い、ということです。2000年の株式市場では「ITバブルの崩壊」があったんですが、あれも多くの投信や個人が横並びで投資を進めていたことがリスクになっていた。かつて日本にあった「横並び」とか「世間なみ」という感覚は、私たちに分かりやすい常識とか安心感を与えてくれていたんですが、一方で高いリスクも含まれていた。地方の街にいると、「昔は良かった」という話もよく聞くんですが、でも昔は人と違うことをするのに凄くエネルギーが必要だった。結婚、離婚、就職をめぐっては、つねに世間体が付いて回った。いまは他人と違ったことをするのに、昔ほどのエネルギーはいらない。
明日はACCESS(4813)の株価に注目される人も多いと思うんですが、つまるところは異なる意見が行き交う場所が市場であり、そこで「ダメ」という意見が強けりゃ株価は下がり、「いいぞ」という声が強まれば上がるだけのことだと思います。いまは市場全体が膠着した感じになってるんですが、これも日本経済のイメージをめぐって、異なる意見が拮抗している状態だと考えれば腑に落ちる。株がグングン上がれば、そりゃ嬉しいですけど、株価がひとつの方向に流れにくくなったのは、多様な意見が拮抗する社会になってきた証という見方もできるのではないでしょうか。
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僕は22歳で、バブル期はまだガキだったので、実際その恩恵を肌身で感じたことはないのですが、当時よりも、今の方が楽しいというか、大きなチャンスがゴロゴロ転がっているように思います。
それも、簡単に手に入れられろような気がしています。
たぶん、バブル期を経験してしまっていたら、また考え方も変わっていたのかもしれませんが、私から見て、バブル期というのは、「つまらない時代」のように思います。
うまく表現できませんが、昔は良かった、という人の感覚が理解できないですね。
昔は可能性が今よりも限られていて、みんなと同じことしかできない、ってイメージがあります。
違ってたらごめんなさい。