堀江貴文の当選は、難しいでしょう。それは本人も分かっていると思います。それでも広島6区からの立候補にこだわったのは、相手が亀井静香だから。古い自民党を象徴していて、かつメディアへの露出が多い亀井氏だから、堀江社長は当たってみたかったのだと思います。
ライブドアは、社会変革への期待プレミアムが乗っている会社です。分かりやすくいえば、世の中を変えてくれそうなドキドキ感を売りにしている会社なんですね。それがハッキリしたのがフジテレビをめぐる攻防劇でした。あのときはフジテレビの日枝会長が守旧派、ライブドアの堀江社長が改革派の代表のように見られていたんですが、2つの会社は一転して和解をしました。あの会見を見て、何だか肩透かしをくらったように感じた視聴者も多かったのではないでしょうか。「なんだよ。これで手打ちかよ」。そんな後味が残りました。

「選挙は、お祭りですから」と語る堀江社長は、選挙をコンテンツとして意識しているんでしょうね。誰が、どういう役まわりで登場しているのか?自分の役は、何になるのか?そこを考えている。それを「売名行為」とか「目立ちたがり」と批判するのは、とても簡単なことです。お金もかからないし、ネットに書き込みするだけでいいわけですから(笑)。しかし、実際に体を張って名前を売っていくのは大変なことです。

成熟した日本のような先進国でモノを売っていく、あるいはサービスを提供するのは、とても大変なことです。家もある。クルマも普及してる。人口は減っていくから、競争も激しい。そういう中で、何かを売っていかなきゃいけない。となるとストーリー性とか、エンターテイメント性とか、幻想とか、イメージとか、マーケティングとか、そういう要素が重要になってくる。日本は、世界で最も鮮やかに映るテレビが普及している国であり、顔の皺まで良く見えてしまう視覚の帝国です。視聴者は飽きやすく、常に目新しいものを求め、そして簡単に批判することに慣れている。ここでは、よほどのことをしない限り、存在感が際立たない。

途上国へ行くと、人々が必死に生き抜いていることを実感します。カネを持っていそうな外国人の観光客がいれば、何とか商品やサービスを買ってもらおうと懸命だし、工夫もするし、目立とうとするし、ときにはズルイこともする。そういう光景に出会ってしまうと、日本という国が、何だか口先だけの、贅沢な、満足しきった、甘〜い社会に見えてしまうこともあるんですね。もちろん日本には日本なりの大変さがあり、問題もあるわけですが、ときには途上国の人々に会って、その貪欲さ、上昇志向の強さ、生命感の強さに触れたいと思う気持ちも湧いてきます。

亀井さんたちは、別に悪いことをしたわけではありません。ただ、環境の変化や状況を甘く見すぎたから、窮地に陥っているのだと思います。今の小泉純一郎の政治には「独断」という批判もあるんですけど、逆に考えると、竹下登のような気配りが行き届いた曖昧な政治はどうだったのか?とも思います。なるべく敵や摩擦を作らない。できるだけ嫉妬されないようにする。そんな手法が、いまの地方の自民党に濃密に残っているから、高齢の議員やら、世襲やら、後援会やらが、昭和の頃のような影響力を保っているのではないか。

私は、なんとなく皆で集まり、合意めいた雰囲気の中で話を進めていく政治こそが、選挙の焦点のような気がしてきました。お金は貯金として国に預けておけば大丈夫。その投資先のことは心配しなくてもいいし、個人はリスクを負わなくてもいい。そんな金融のあり方が、個人の創意や工夫、そこに投資する流れを阻んできたのではないか?と感じています。「亀井静香vs堀江貴文」の対立は、郵政だけでなく、社会やお金のあり方を私たちに問いかけることになりそうです。

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