田中知事が、新党の党首です。会見で目が左右に頻繁に動いていたのは、マスコミ各社の顔ぶれと、その反応を追っているから。一緒に食事をし、温泉にも入り、あちこちの選挙や講演の現場を共にしてきた私には分かります。田中さんは、つねにマスコミという名の鏡に自分を映し、自分を確認してきた人なのです。
2003年、私は祈るような気持ちで田中さんにメールを書き送っていました。これからは経済というテーマが重要になる。田中さんは、他人と自分とを比較する気持ちが強い人ですから、「村上龍のJMMなどを引用すれば、負けん気に火がつくかも・・・」と思ったりもしました。しかし、再選を目の前にして絶頂だった田中さんは、松本の中町商店街で私にこう言いました。「あの村上龍のも、大したことないよな」。

ダムに反対し、住基ネットに反対し、小泉内閣に反対してきた田中さんが、郵政の民営化にも反対という立場になりました。淺川ダムの代替案は、いまだに地元の理解を得られていない。住基ネットは、侵入実験をさせた部下を左遷し、その後はウヤムヤのままです。郵政の民営化も、公務員の削減や預貯金をどうするか・・・な〜んてところまでは考えずに反対しているのだと思います。その時々のマスコミで話題になっていることに食いついていくので精一杯なのが分かる。

顔が大きく中心に載った新党「日本」のポスターは、田中さん自身の細かい指示によるものでしょう。背後で3名の男性がプレートを持ち上げていましたが、あれは2度目の選挙に勝利したときの演出と同じ。サッカーの日本代表やサポーターを意識した新党「日本」ですが、私は「どうして、もっと早く気づいてくれなかったのか?」と思ってしまいます。

2002年の6月4日、ワールドカップの開催中、知事の後援会の幹事長から私のところに電話がありました。私は知事に近いことを誇示する人たちにウンザリしていたので、自分から知事のケータイに電話したことは2回しかありません。何か指示がある場合は、後援会の誰かを通じてくることが多かった。あのときは、田中さんが松本の『バーデン・バーデン』という店で夕食をするので、私にも来るように言っている・・・という指示でした。私は答えました。「えーっ、ベルギー戦ですよ、今日は」。県知事からの食事の誘いを取るべきか?それとも日本代表の中継を見るべきか?私にとっては、やはり日本代表の方が重要ですから、遅れて参上する旨を伝えて電話を切りました。

「お前は、いつから右翼になったんだ?」。遅れてレストランに着いた私に知事は言いました。「そういうわけじゃないんですけど・・・やっぱりサッカーは重要だと思います」と私は答えた。松本にはJ1規格のアルウィンという県営のサッカー場がありますが、いまだにJリーグのクラブはありません。地元では若い人たちを中心に、「松本にサッカークラブを!」という声が強いことを改めて申し上げました。しかし、あの晩も「電気代が高いんだよ〜」とか、否定的な答えしか返って来なかった。

その田中知事が、自民党にいられなくなった議員と一緒に目立つために、サッカー日本代表を利用するような言動をしました。地元の県営サッカー場の活用をしないまま、知事はマスコミで目立つために代表を利用しているのです。私は、とても悔しい気持ちがします。知事にはクラブの重要性を訴える。知事選に協力してくれた地元の人たちとの約束を、私は未だに忘れていません。