いまは大量のお金が世界の市場を駆け巡っている時代です。先進国の中央銀行が透明性を求められているとしたら、その政策の説明に使われる言葉は世界共通でなければならない。だから、数字が掲げられる必要が強まっているのだと思います。グリーンスパンの時代が終わり、バーナンキの時代が始まったのです。より分かりやすく、より明確な説明が、日本でも、欧州でも、アメリカでも求められている。『ルービン回顧録』が明かすグリーンスパンと議会との関係は、とても印象的です。
アラン・グリーンスパンはこの点にかけて卓越した才を兼ね備えていた。グリーンスパンが質問に答える際には、たとえ少々的はずれな質問であっても、まずそれに敬意を表する。そして「地球が平らであるとは、面白いお考えですな」などとコメントするのだ。それから「ご質問を言い換えさせていただいてもよろしいでしょうか」と言いながら、まったく違う質問をみずからに問い、相手を煙に巻くような絶妙なニュアンスで答えるので、質問者はもっともらしい顔をしてうなずくか、よく分からないとみとめるしかなくなるのである。
アメリカの財務長官までやった人が、連邦準備制度理事会の議長のごまかしの巧さを堂々と披露している。「地政学的リスク」だとか、「質への逃避」だとか、「謎だ」という言葉は、魔術のような技でもあったのです。福井総裁も、就任したときには「お金を隅々まで届ける出前持ちのような仕事」とか、「景気は持続的回復というバスに乗っている」とか、いろんな比喩を使っていましたが、ついに目標とする数字を出す決断をしたわけです。
量的緩和が終わっても、資産インフレの流れは止まらないでしょう。年に1%なんていう利回りでは困る人が多いのです。先進国では高齢者が増え続け、しかも寿命は延びており、暮らしや医療にお金がかかることは明らかですから、利回りを求める切実さは強まるばかり。だからこそ、年金基金やヘッジファンドが活発に投資を続けているんですね。先進国の内外には意欲にあふれ、高い成長を目指す若い人々やエリアも多いですから、彼ら(あるいは彼女たち)に投資をすることで、高い利回りを得ようとする動きは止まらない。21世紀の世界は、先進国と途上国とに分けられるほど単純ではありません。欧州にはイスラム教徒が、日本にはアジアからの出稼ぎが、アメリカにはヒスパニックが、それぞれ浸透している。
デフレになったら「ヘリコプターでお金をバラ撒けばよい」と語ったバーナンキ議長は、そのお金で「トマト・ケチャップでも買えばよいのだ」と付け加えています。彼は、アメリカで誰もが知っている最も一般的な商品としてトマト・ケチャップをイメージしたのでしょう。しかし、時代は、サルサ・ソースがトマト・ケチャップを売り上げで凌ぐような状態になっている。それだけ、アメリカの消費や文化の中で、若いラテン・アメリカの影響力が強まっているんですね。
一方に、利回りを切実に求める人々がおり、もう一方には高い成長を目指す人々がいる。この両者のエネルギーが、ぶつかり合い、交錯し、ときにすれ違い、軋む音を出すのがマーケットという場所です。そこへ向けられる言葉は、古典のように難解な英語でも、曖昧な日本語でもなく、数字でなければならない時代に入った。日銀が掲げた1%という物価の上昇率には、そういう歴史的な意味があるのだと思います。
こんにちわ、おじゃまします。

白馬出身で、今東京に住んでいます。
いつもブログ参考にさせていただいています。
量的緩和についてのご考察を、自分のブログで参考にさせていただきました。
もし不都合な点があればすぐに訂正しますので、このコメントの下に書いていただければと思います。
以上、よろしくお願いします。