1ユーロは155円、1米ドルは117円と円安になりました。円が外へ出てゆく流れは太いので、来年も緩やかな円安が続きそうです。1月か2月に日銀の利上げが近づいて円が買われたら、そのときは外国の債券や株式、私の場合ならコーヒー豆を買うタイミングだと思います。円高は、せいぜい1ドル=112円あたりまでではないでしょうか。私は07年の日銀による利上げは、2回ぐらいと見ています。

大きなテーマは「投資立国ニッポンへの歩み」です。この流れは2007年以降も継続します。これは、もはや単なる「株ブーム」などという生やさしい話ではありません。団塊の世代が退職すれば、運用の利回りで生活することの大切さが意識されてゆきますから、債券や株式や不動産の利回りを意識する人が増えます。松本では月に7万円ぐらいの国民年金を受け取っている人が多いのですが、病院に行くことが多い高齢者が生活してゆくには余りにも不十分なのです。戦後の日本は、早く、安く、大量に良いモノを作ることで外貨を集め、それで豊かさを享受してきましたから、どうしても「豪邸」だとか「ブランド品」だとか「クルマ」のように、モノを中心にして豊かさを計るような傾向が強かった。しかし、投資によって生活を安定させることが重要になると、時間に対する意識が強まるでしょう。どこで、どういう人と、どんな時間を過ごしたか?そういう豊かさを意識する人が増えるし、投資先の政治や経済や文化に対する興味を深めようとする人も増えますから、内弁慶な日本のマスコミに飽き足らないと感じる人が増えると思います。

『国家の品格』という本が売れたそうですが、私から見ると、これは後ろ向きな現象です。いまだに『News23』という番組が続いているのと同じ。日本は、オカシクなってしまった。狂っている。嘆かわしいことだ。昔の日本を取り戻そう。同じ訴えを右側からやっているのが『国家の品格』で、左からやっているのが筑紫哲也さんの番組というだけの違いです。今年の私はNHKの『クローズアップ日本』とか、長いドキュメンタリーに加えて、世界遺産や自然を扱った番組を見ることが多くなりました。ひとつの株式を2年3年と持ち続けて、その流れを見ていると、ほとんどのニュースが目先の変化ばかりに右往左往しているように見えてしまうのです。それよりも、ひとつのテーマを掘り下げた番組や、文明の興亡、あるいは動物や植物が生き残るために過酷な中を生き抜いている映像に惹かれる。まあ、オジサンになったということでしょうか。

少し前のオジサンならば、とりあえずプロ野球とゴルフの話にしとけばいい、みたいな感覚が強かったと思います。しかし、もう「巨人が勝とうが負けようが、それより松阪と松井の対決の方が楽しみ」という人も多いし、30%もの視聴率を取るドラマもない。地方の街からは路地や赤提灯が消え、もう昔のオジサンの世界は、懐古の対象となってゆくばかり。しかし、横浜FCのような地域のサッカークラブを応援している人たちは、充実した時間を過ごしているように見える。スポーツであれ、投資であれ、仕事であれ、地方自治であれ、何かに対して主体的に参加していた人の言葉と、現象を眺めながら「それ知っているよ」と解説する人との言葉には、その説得力に雲泥の差があるんですね。

パスカル。最近よく思い出すのは、パスカルの言葉です。「人間は一本の葦にすぎない。自然の中でもいちばん弱いものだ。だが、それは考える葦である」。これは考えることの大切さを訴えたものとして有名なんですが、パスカルは、ただ単に「よく考えましょうね」と新聞の社説のような暢気な話をしているわけではありません。世の中には、病気もあれば災害もある。弱肉強食の自然界の中で、人間は本当に弱い存在なんだ。だからこそ考えることを武器として生き延びよう。そういう切実な話なんですね。個人投資家や零細企業も、市場の荒波の中では一本の葦に過ぎませんが、だからこそ考える葦にならないといけないのでしょう。

文明や自然を紹介する番組も、少し前なら「美しい」とか「素晴らしい」でしたら、いまは違います。「水の確保が難しい場所で、いかに人々は生き延びたか?」とか、「花たちは自らの子孫を残すために、いかに進化を遂げてきたのか?」というタッチが多い。背後に切実さがあるがゆえに、文明や生命の興亡も「ドラマチック」に見えるのです。それは「メルヘンチック」とは違う。来年は、この違いが、もっとハッキリすることでしょう。