ありゃ〜。ACCESS(4813)が業績を下方修正です。こりゃ月曜日は下げますね。新興マザーズを代表する銘柄ですから、他への影響も大きそう。今年は日本の新興市場にとって受難の1年となってしまいました。ACCESSは私が持っている唯一の新興市場の株で、ここまで割りと下落が小さいと感じていたんですが、まだまだ辛抱が続きそうです。まあ、その分を他のところで稼いでゆくしかありません。今年の前半は「日本のIT革命は、第二幕に入った」と日経が書き、Web2.0という言葉も流行りましたが、振り返ってみればクルマのような製造業の強さばかりが目立つ1年でした。私の場合は、資源高、中国株、それに自動車部品のおかげで、何とかやって来れたようなもの。前半の勢いからすると日経平均も2万円台に乗せるかに見えましたが、どうやら17,000円あたりで終わりそうです。

私は、このブログを地方に住んでいる同じ年代や年上の方を意識して書き始めました。投資について詳しく書いているのは、地方の商売をめぐる環境が厳しくなる一方で、もはや目先のサービスとか安売りなどで対応しきれるような段階ではないと考えているからです。数年前まではネットでの売り上げを伸ばしている県外のコーヒー屋さんが眩しく見えたものですが、価格競争の激しさや在庫の負担の大きさで、そこにも他社の資本が入る状態。田中康夫さんなどの選挙も手伝い、政治の限界を自分なりに触れて実感し、「力強い投資。たいへん厳しい道だが、それしかない」という日銀の福井総裁の言葉に頷かざるを得なくなりました。

日本の製造業は、海外の売り上げに支えられており、同時に外国人の投資家による株式の保有率も高くなっています。会社にとって大事なお客さんや株主は外国人だけれど、経営者や社員は日本人が圧倒的に多いという構図なんですね。高まらない内需と、強い輸出への依存は、このギャップを広げていくことになると思います。この数日、私は「こんな状態がいつまで続くのだろう?」と考えることが多くなりました。株主も顧客も工場の担当者も外国人であれば、やがては経営の意思決定に関わる外国人だって増えないと不自然になるのではないか?という疑問です。

日本の製造業がここまで来れたのは、海外に赴任したサラリーマンたちの活躍によるところが大きいんですが、同時に単身での長い生活だとか、日本の社会に馴染みきれない帰国子女だとか、母親の教育への不安だとか、それなりの負担もあったわけです。日本人がこれまで通りの「サザエさん」的な社会を維持するには、あまりにも日本経済が大きくなってしまったのかもしれない。昔なら、お父さんが東京の本社に戻ることを考え、子供は東京の大学に入ることが当たり前の目標のように思われていましたが、いまは外資に転職する人や外国の大学を目指す若者も少なくありません。そもそも「外資」が「外国資本」という意味であるなら、キャノンやHOYAあたりは、すでに「外資」と呼ばれてもおかしくはないのです。

きょうは日銀の短観も出て、あいかわらず景気は回復を続けているという話になってますが、その実感がないという人は多い。私は、もう「日本企業=日本経済」とは言えない時代に入りつつあるのではないか?と思い始めています。かなり大雑把かつ極端に言ってしまえば、株主も、顧客も、製造の現場の責任者も、とっくに日本ではなくなっているにも関わらず、たまたま本社の住所と社員が日本人で、しかもマスコミの報道が「日本経済=日本企業」というイメージを固定しているから、私たちは「日本企業=日本経済」と信じているだけなのかもしれない。さらにいえば、もう「日本」という言葉に代表されるようなイメージや考え方が、日本人だけのものではなくなっているのかも…と思うこともあります。それは例えば大相撲の中継や、日本を「クールだ」という外国人の姿を見たときです。

私がACCESSの株を持っているのは、世界に出てゆける可能性の高い日本のソフト産業だからというのも理由なんですが、来年は、もう一歩考えを進め、「その企業は、日本を脱しているか?」という判断で株を見る必要が出てくる予感がしています。もう多くの日本人が、程度の差こそあれ「脱・日本」を、心のどこかに意識せざるを得ない時代が始まっているのかもしれません。