インテルナシオナウクラブ世界一は、インテルナシオナウ。ある選手が、「このシャツはブラジル代表のものではないけれど、きょう勝ったことで世界を代表するチームのシャツにすることができた」という意味の話をしていましたが、この言葉には多くのブラジル人の共感が集まったことでしょう。ロナウドもロナウジーニョもブラジルの国内チームで頭角を現した後は、欧州のクラブに高額な報酬で引き抜かれてゆきました。ブラジル代表(セレッサオン)とはいっても、「いつもプレイする場所は、ブラジルの外」というパターンが定着しています。

だから私には、紅白のシャツを着たブラジル人たちが、こう言っているように思えました。「自分たちは欧州のクラブで莫大なお金を稼いでいるわけじゃないし、代表にも選ばれていないけど、地元のリーグを戦い抜いて世界一になった自分たちこそが本当の代表なんだ」。これはドゥンガ監督に対して「自分たちを選んでくれ!」と強烈にアピールしているようにも聞こえますし、欧州に引き抜かれた連中に対する対抗心の現れとも言えます。そんな彼らも、もしも欧州のクラブからの誘いがあれば、ロナウジーニョやロビーニョと同じように大西洋を渡ることでしょう。このように、あらゆる機会をとらえて自分を売り込もうとするところにもブラジル人選手の強さを感じます。

いまは太平洋を挟んだプロ野球の世界でも、似たようなことが起きています。松井秀喜や松坂大輔のような日本の球界を代表する選手が、次々と桁外れの報酬でアメリカに引き抜かれている。多くの日本の野球ファンは、「頑張れ!」という期待と、「国内のリーグがつまらなくなってゆく」という気持ちの間で揺れていると思います。もしも日本の国内リーグを勝ち抜いた北海道ファイターズが、松井秀喜のいるN.Y.ヤンキーズと戦って勝ったとしたら、これは日本人にとって嬉しいですね。だからポルト・アレーグレ(意味は「喜びの港」)の人々の歓喜は、これまで積もってきたモヤモヤを吹き飛ばすようなものだったと想像します。

ロナウジーニョも、ブラジル人たちの叱咤激励の声が強くなることを充分に意識しているでしょう。とくに自分の出身地がインテルナシオナウの本拠地ですから、いろんな想いがアタマを過(よ)ぎっているに違いありません。「自分だけが有名になって、金持ちになって、なのに地元の格下の連中に負けていて、それで代表のユニフォームを着る資格があるのか!」。そういう声が聞こえているはずです。世界一のサッカー選手と絶賛されるロナウジーニョも、クラブ世界一の実績は未だ達成していません。私は、呆然とした表情のロナウジーニョが、国代表とクラブの2つの世界一に貢献したホベルト・カルロスのことを考えているのではないか?と勝手に想像しました。

このような話は、ブラジルのサッカーに興味を抱く人にとっては常識だし、きっと多くのサッカー関係のサイトでも話題になっていると思います。ただ新聞やテレビの報道があまりにもロナウジーニョ一辺倒に偏っており、しかもブラジル人の気持ちを汲み取っていないように感じたので、ちょっと感想をまとめてみました。日本のテレビ局は、ロナウジーニョがサッカーに求める「アレグリーア」を「楽しさ」と訳していましたが、これは「喜び」、あるいは一歩踏み込んで「心からの喜び」とした方がポルトガル語のニュアンスに近いように思います。最近はサッカーに限らず、「見たぁ?」「すげーッ!」「超やべー」という、なんだか声が大きいだけの会話のパターンを多く街で見かけるのですが、これも、きっとテレビの影響が強いからでしょう。