timeタイム誌が選んだ今年の人は、「あなた」。池田信夫ブログによると記事の内容はYouTubeやブログの話らしいんですが、タイムの表紙は読者に問いかけているのだと思います。「もう、どこの会社が何をしたとか、誰が開発した技術がどうなるとか、誰がカネを儲けたとか、そういう次元じゃないんですよ。いま、この鏡に映っているあなた。あなた自身が、何をどうしようとするのか?それこそが問われている時代なんですよ」。そんな問いかけを感じさせる編集だと思います。今年はグーグルをめぐる出版が多く"Web2.0"も話題になりましたが、来年は「個人がどうメディアに向き合って、自ら何をするのか?」その主体性こそが問われる1年になりそうです。

私は信州にいるので、周囲に伸び盛りのIT企業があるわけではありません。しかし、近所でバーを経営されている方がブログを商売に活かしたり、あるいは地元の若い人たちがパーティの告知にSNSを使っているのを見ると、ITが日常的かつ身近な存在になったことを実感します。これまではホリエモンにせよ、グーグルにせよ、どこか遠いところで変化が起きているような感じでしたが、いまは顔見知りの人たちが自分を表現するために日常的かつ地域に密着した形でITの技術を使っている。マスコミの報道には、どの企業や技術が将来の主流を占めるか?という話が多いんですが、現実的には「月に2万円でも3万円でも収入が増えれば、生活が楽になるのに…」とか、「たとえ5人でも10人でも共感してくれる人がいればハッピー」だとか、そういう小さな、しかし確かな幸せを求める人が多い時代だと思います。

青島幸男青島幸男の訃報が流れています。その政治への賛否はあっても、メディアと政治を考えるうえで欠くことのできない人物であったことは誰にも否定できません。1995年には、青島都知事と横山ノック府知事が誕生。ここから、いわゆる「無党派」の躍進が明らかになってゆきました。あれから10年を経て思うのは、ただ否定したり批判する政治では、もはや説得力を持たないという現実です。青島幸男の時代は、権威が人の心をつかむ力が強かったから、それに反発することにも意味があったのでしょう。いまは「世間体(せけんてい)」というものが弱まっていますから、髪を染めようが、離婚しようが、未婚でいようが、就職をしないままでいようが、昔のように肩身の狭い思いをしなくても済みます。ただ、何をどうして良いか?迷っている人は多いし、暮らしの先行きに不安を持っている人も増えている。

最近は、前向きな新しい中流のイメージを描くことが求められている、と感じることが多くなりました。大学を出て、就職して、結婚して、あとは人並みにやっていけば、何とかなるだろう…というモデルやストーリー性が崩れている。いまは、近い将来の自分をイメージして、そこから逆算し、「これと、あれが大事だ」と意識してゆかないと厳しい時代だと思います。とくに途上国の人たちの「豊かになりたい」という貪欲さが身近に感じられるし、その影響が大きく及んでいる時代ですから、日本人は、なおさら自分の前を見ることが必要です。ところが、マスコミの編集が「勝組か?負組か?」と横を眺めて比べるような意識を煽ったり、いかにも口先だけの安易な同情や感動、あるいは過去のノスタルジーに傾きがちなので、なかなか前を向くという雰囲気が湧き上がっていないように見えるんですね。

「3〜4年前までは、常用する薬がないことを自慢していました」と語るシニア・ブロガーの橘江里夫さんも、いまは年間12万円を薬や通院に使っているとか。いや〜。松本では国民年金として月に7万円ぐらいを受け取っている人が多いという話ですから、かなり厳しいですね。来年は、さらに資産の運用が切実に求められるようになるでしょう。株や、為替や、債券への投資を行う人は、まだまだ少数派と見られています。とくに信州のような場所では。しかし、実際には高齢化が速い信州のような場所でこそ、資産の運用がより切実に求められるのです。高齢者の働き口は少ないし、寒いし、交通にもお金がかかるのですから。

これはクルマの普及に似ています。自動車が普及し始めた頃、自家用車は一部のお金持ちの道楽や、少数のモノ好きのための道具として見られていました。しかし現代では、地下鉄やバスの少ない地方でこそクルマが必需品になっており、その普及率も高いのが現状です。投資信託や外国の債券も、いまは都会の新しいモノ好きが買っているように思われていますが、じつは地方の中高年こそが必需品とするようになるでしょう。ただクルマと投資には、大きな違いがある。クルマはモノですから、目に見えて分かりやすい。投資は、クルマの運転よりも、さらに長い経験と広い視野がモノをいう世界ですから、早くから馴染んでおいた方が安全で有利になると思います。

パソコンやケータイを買いさえすれば「IT革命」という福音がやって来るわけではないし、ネット証券に口座を開いたからといって確かな老後が約束されるわけではない。立派に見える政治家を選んだからといって、それで問題が解決するわけではない。IT技術も、政治も、投資も、それを利用しようとする個人の意思や主体性がなければ、何の意味もありません。