昨夜はアメリカの有名な大学病院で働いているお医者さんから電話がありました。久しぶりに松本に来たというので、中町の"Quatore Gats"で飲むことに。アメリカの医療は金持ち優先と聞いてはいましたが、私が想像していた以上ですね。「カルテを見ると、まず患者さんの資産が載っている。で、一枚めくってみると、そこに症状が書かれている」。「ある医師は少数の金持ちの患者しか診ないから、時間的には忙しくない。午後になって貧乏な人も来るから、なんだ?と思っていたら、その患者は実験台」。

「アメリカは日本以上のコネ社会」というのも興味深い話でした。大学への入学では、成績のほかにボランティア活動が重視される。となると、いったん大学に評価されたボランティア活動は、次にやりたい人が出てくる。「ウチの息子は、この活動が評価されて合格できたんだけど、来年はお宅の息子さんにお譲りするわ」。そんな感じで、学生のお母さんたちがお友達に紹介するんだそうです。ジョージ・ブッシュが大統領になれたのも、こうしたコネ社会のおかげなのでしょう。人種の壁を越えて人を採用すべきとする、いわゆるアファマティブ・アクションも、角度を変えれば、ある一定のマイノリティさえ確保しておけば、あとはエスタブリッシュメントたちの既得権を守ることができるという、非常にしたたかなディフェンシブ戦略として見ることも可能です。

松坂大輔の移籍金の話題は、米国でも大きく報道されているそうです。反対に、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の扱いは非常に小さかったとか。ボストンの球場には大勢のお客さんが入っているという話ですから、私は放映権の値上がりや市場の広がりを見込んで高い値段が付けられたんだ、と改めて思いました。松坂を獲得するために大きなお金が出たのは、NBLの影響もあるのかも。中国ではバスケット・ボールが人気のスポーツですから、第2第3のヤオ・ミンが続けば、アメリカのメディア企業は12億人の市場にガッチリ食い込むことができます。アメリカがアジアから野球の選手を高額で引き抜いている事実は、アジア市場への期待の高さを示していると思います。

私たちは、つい与えられた編集に従って現象をとらえがちです。「医療は医療、スポーツはスポーツ」というように。しかし、そこに「資本」という名のピースを押しはめて全体を眺めてみると、よりハッキリと構図をとらえることができます。アメリカの大学病院で医師が高額な給料を得ているのも、莫大な寄付の蓄積と、それを運用する技術があるからこそ。「とにかくアメリカの大学にはカネがある。専用のスタジアムなんて日本じゃ東大でも持ってないけど、向こうの大学にはゴロゴロある」とドクターは言ってました。とくに医師の待遇を聞くと、日本のお医者さんたちの報酬が安すぎるのではないか?と思えるほどです。

よ〜く考えてみると、米国の大学を支えているお金も、ドルという名前の紙切れに過ぎないんですね。にも関わらず、その紙切れに価値ある、もっと正確にいえば「価値がある」と信じられているのは、中国や日本が米国債を買っているから。アメリカは国も個人も借金だらけですが、投資を呼び込み、それを世界へ還流させることで豊かな消費生活を謳歌してきました。ただ、その流れも21世紀に入って変調を強めている、というのが私の見方です。

お金なら、日本にもあります。それは個人の金融資産。それが預貯金という形になったまま、いわば静かな止まった状態に置かれているのです。このお金が利回りを求めて動き始めないと、なかなか大学の運営も財政的に厳しい…というのが日本の課題ではないでしょうか。そのためには、日本の大学がお金を稼ぐ努力を低く見ないことが必要になります。だから「世の中、カネじゃないっ!」ではなく、「お金を稼ぐ人もいるから、医療も大学も支えることができる。そのための仕組みを、どう作るか?」という外向き&前向きの話になっていかないと厳しい。私はアメリカの医療が良いとは思わないし、むしろ次の大統領選の争点になって論議をよぶと予想しています。ただ国や地方の財政が厳しくなっている現実を考えると、客観性や中立性に強くこだわる大学も、主体性と戦略を発揮した経済活動によって支えられる時代に入ってきたような気がします。