数日前、スーパーの惣菜売り場には、トンカツの売れ残りが目立ちました。その次の日からは鶏肉の仕入れが増えたせいか、から揚げに値引きのシールが貼られていました。桜が咲いて暖かくなったときには、レタスがひとつ100円。霜注意報が出るほど気温が下がると、レタスは150円に上がりました。いつもと同じように見えるスーパーも、インフルエンザや天候によって日々変化しています。

米国債アメリカのGDP(1Q)は予想よりも弱く−6.1%と出ましたが、ダウは8,000を維持しています。米国債10年の金利は、3%に戻りました。日本の10年債は、1.4%より少し上で動いています。ともに低い金利ではありますが、米国の3%は03年に強く下げたときと同じぐらいの水準で、日本の1.4%は同じ03年の0.435%から比べれば約3倍。アメリカも日本も、ともに中央銀行が国債を買うことで長期金利を低く抑え込もうとしていますが、中長期でみると日本の方がやや強く金利が上がっているように思えます。いまの日本では、03年のころよりも強く景気が落ち込んでいますから、すでに不況下の金利上昇が緩やかに起きていると言えそうです。

03年から日本の銀行は、個人の住宅ローンを含めた不動産投資と、製造業による設備投資という2つの分野に活路を見出して来ました。地方の街にもマンションができて、輸出企業は好業績。テレビにはモノづくりとは無縁の人たちが登場し、「日本はモノづくりだ」と繰り返していました。しかし、不動産が値下がりを続け、貿易黒字がゼロになってしまうと、銀行は新たな貸し出し先を探すことが大変になりますから、地銀の合併や統合は、さらに進むと予想されます。

このごろ思い出すのは、80年代にヒットした「アレンタウン」という曲。ビリー・ジョエルが、ベツレヘム・スチールという鉄鋼会社によって栄えたペンシルバニア州の街の歴史を歌っています。08年の大統領選では、バラク・オバマもここを訪れました。いまは日本のあちこちで、似たような光景が広がっているように思えます。

 

僕らはここアレンタウンに住んでいる
町の工場は次々に閉鎖されていく

ベルツヘルムでは誰もが暇を持て余し
申し込み書に記入をしては
列に加わって並んでいる

僕らの親父たちは第二次世界大戦を戦い
ジャージー・ショアで週末を過ごした

そしてUSOでお袋たちと知り合い
ダンスを申し込み
そしてゆっくりと踊ったのさ

僕らはここアレンタウンに住んでいる
安らぎは得られないし
この町はますます住み難くなっていく

僕らはアレンタウンで待っている
ペンシルバニアに逃れる道は見つけられなかったけど
教師たちはいつも言っていた

一生懸命働けば
立派に振る舞えば
必ず報われると

壁に飾られた卒業証書も
結局は何の役にも立たなかった

彼らは何が本当の事なのかも教えてはくれなかった

鉄とコークス そしてクロムニウム鋼

僕らはアレンタウンで待っている
だけど地下の石炭を残らず掘り尽くすと
組合の連中も 次々と逃げ出した

だが子供たちはまだ大丈夫
少なくとも親父たちぐらいのガッツは持っている

しかしあの場所に行く途中で何かが起こった
ヤツらは僕たちの顔めがけてアメリカ国旗を投げつけたのだ

僕はここアレンタウンに住んでいる
善人をここに留めておくのは難しい
だけど僕は出ていこうとは思わない

この町はますます住み難くなっていく

だけど僕らはアレンタウンに住んでいる