国債の発行額が増え、「破綻」を語る人が増えました。しかしブラジルでインフレを体感した私からすると、いまだ長期金利が2%に届かない日本において「破綻」や「ハイパー・インフレ」を強調するのは大げさに思えます。「もうダメだ」「終わりだ」という感情が、「一億玉砕」のように「破綻」という言葉に結びついているのでしょうか。

60歳をすぎた近所の飲食店のオッサンが、こんなことを言っています。

昔はなあ。5.5%の固定金利で30年なんてのがあった。借りたカネを倍にして返してたんだよなあ。いま思えば、よく返したもんだ。最近は銀行の審査も厳しくなって、直近3ヶ月の収入を見せないといけないらしい。それでも通るのは、公務員と看護士だ。これじゃあ、家なんか売れるはずがねぇだ。

いまアメリカの住宅ローン金利は、5%ぐらい。日本は、2%あたりでしょうか。日本では住宅ローン残高の3割が変動金利による借り入れになってますから、長期金利がアメリカなみに4%を超えただけでも、多くの人たちの生活が逼迫する可能性があります。もちろん中小零細の企業にも大きな負担。それでも持っている不動産が値上がりしたり、あるいは収入を増やせる可能性が高ければ問題ありませんが、人口が減って投資が逃げている現実では、それも難しい。高度成長のころは、たとえ金利が高くても、不動産が値上がりして、かつ給料が上がったから返済ができたんですね。

日本は、長期金利が他の先進国なみになっただけでも大変な重荷になる状態にあるといえます。逆にいえば、それだけ低い金利が当たり前のように長く続いてきたということ。長期金利が低いのは、中高年の金融資産が預貯金に偏っていて、それが日本の国債を買い支えているから。いわば、高齢者が預貯金にしがみついているおかげで、現役世代がマンションを買うことができる状態になっていたわけです。この均衡が、どこまで続くのか?

ブックオフに行くと、この10数年間に出版された経済の本が並んでいます。大きくわけると2種類あって、ひとつは「もうダメだあ」と悲観を煽るもの。もうひとつは、「日本は、すごいんだぞ」と楽観を煽るもの。事実は、そのどちらでもなく、結局のところ書店の店頭に残るのは、「××力」という言葉で処世術を売り込む新刊ばかり…という状態ですから、これでは本を手にとってみようという気持ちにはなれません。

香港の鳳凰衛視は、この1年の世界の出来事を振りかえりつつ、2010年代を展望する『中国新10年』という企画を打っています。CNBCにも、"Next Decade"という言葉が頻繁に出てきて、バフェットやビル・ゲイツなどが"Keeping America Great"に参画しています。日本では、目先の出来事や現象をめぐって「さあ、今は○○が話題になってますが…」と近視眼的に群れるばかりで、現実を踏まえつつ中長期の展望を考える雰囲気が弱い。

アジアの新年といえば、台北101の花火が有名です。上海や香港のカウント・ダウンが、やがてタイムズ・スクエアの大騒ぎへとつながる流れは、さまざまな都市が自分たちの存在をアピールする競演。「僕たちを見て!私たちのところに来て!」という外向きの感情の延長線上に投資があり、そして成長があるのだと感じます。この流れとは、まるで無関係のように内向きで何かをやってる日本の放送が、とても奇異に思えてしまいます。