CNBCは、経済専門のチャンネル。登場する大統領も、知事も、経済学者も、経営者も、キャスターも、それぞれ意見や立場の違いはあっても、みなが「雇用」の重要性を強調しています。で、日本の放送を見ると、やっているのは「小沢」と「朝青龍」。コマーシャルは、パチンコ、競馬、健康食品、それにカードローン。ときには宗教団体の広告も入っています。たまたま午前中のワイドショーみたいな番組を見たら、一度に何十万円分も宝くじを買って当たった人などが紹介されていたりする。私は、さすがに異様だと思うようになりました。あれれ?「マネーゲームは、けしからん」じゃなかったの?という気持ちにもなります。

1年前には「民主党は寄り合い所帯だ」と言っていた人が、いまは「小沢の独裁だ」と言っている。いったいどっちなんだ?と思いますが、あるのは、そのとき、その瞬間の反応だけなのでしょう。こうなると、もはや不況という生やさしい話ではなく、日本の社会が質的に大きく変化したと考えた方が良さそう。経済大国は、老人大国へと変わりつつある。テレビに対して徹底して受身で、何か出てきたら、「けしからん」「間違っている」。あるいは「日本の選手に感動した」。会話の途中で、「えーっと、何だっけ?あれ。あれだよ、あれ」と言うようなことは、私にもよくあります。

この数年間、「美しい日本」とか「とてつもない日本」という自己愛にアピールしようとする宣伝文句が増えましたが、現実としては生活が厳しい家庭が増えています。そこで成長が必要だという話になるわけですが、私は、ちょっと無理なんじゃないか?と思うようになりました。白馬に乗った王子様のような政治家が突如として現れるわけはないし、ダイナミックな資本の動きも弱い。実際に進んでいるのは「とてつもない高齢化」ですから、有権者の意識に新しい名前が浸透することも難しい。やはり自分にできることを、できる範囲でやってゆくしかありません。

なぜ、世界では深刻に語られている雇用が、日本では中心的な話にならないのか?その答えは簡単で、とりあえず目先の「小沢」や「朝青龍」の良し悪しを論じていた方が楽だからではないのか。投資と雇用は表裏一体というのが世界の常識であり、だからこそオバマ大統領も「競争力をつけたいなら、我々は喜んで投資する」と学生を励ますわけですが、そんな常識は高齢化した日本には、もはや面倒なだけ。それよりマネーゲーム礼賛のテレビでも見ていた方が楽。役所が仕切るゲームなら、安心して宣伝もできる。

松本の街では、高齢者たちが挨拶のように言っています。「そういやぁ○○さんは、今どうしてるだ?」。で、定年で会社を辞めたとかいう話になると、「そうかい。あの人も良いときに辞めたねぇ」。電機であれ、商業であれ、いまの現場が厳しく、かつての職場が楽だったことを、高齢者たちが認めているように私には聞こえます。