「小泉が日本をボロボロにした」。「鳩山が日本をダメにしてしまう」。よく言われることですが、どちらが本当なのでしょう。小泉内閣は弱肉強食の競争を、鳩山内閣はバラマキを、それぞれ日本にもたらしたしたといわれています。いずれにせよ日本は外国の占領下にあるわけではなく、日本人の手による投票によって政治が決まるわけですから、ありがちな政治への批判は、結局のところ「日本人による選択が日本をダメにしたんだ」と言っているようにも聞こえてしまいます。

選挙が近いので、いろんな方から質問をされますが、自分の選挙への関心は以前よりも低くなりました。選挙によって何かが変わると期待ができた時期は、せいぜい4〜5年ぐらい前までだったのではないかと思います。ここまで高齢化と財政の悪化が進むと、どんな政党が政権を担ったとしても、選択肢の幅は限られています。

BSでベトナムのニュースを見ていたら、果物の出荷が報道されていました。行政の担当者は、「農家は農業に投資をしています。私たちは、それが報いられるようにしなければなりません」と話し始めていました。日本では農業といえば、「自給率が…」などと国家意識を前面に出した論議や、あるいは季節の風物詩のように伝えることがお馴染になっていて、投資なんていう話は、ほとんど出てこない。ベトナムのニュースは、コーヒー豆の価格変動を伝えることもありますが、農業が市場や投資と密接に関係しているという意識は、社会主義の国であるベトナムの方が強いように思えます。

雇用も同じ。世界の各地では、雇用を守って税収を確保するために、まずは投資を呼ぶことが必要だという話が常識になっていますが、日本は違う。企業の説明会だとか、担当者が高校へ出向いただとか、なんだか小手先の工夫だけで乗り切ろうとしているように見えてしまいます。まあ、テレビに見入っている高齢者には、投資と聞いただけで悪いことのように思う人が多いのが現状ですから、選挙に出る人も投資などと言わない方が当選につながりやすいと分かっているのかもしれません。

私は、新聞を開いても以前より読むところが少なくなりました。新聞の中身は、大きく分けて4つの内容に分類できてしまう。批判と美談と年中行事、それに広告。テレビも概ね同じ編集なので、「あの人が悪い!(批判)」、「すばらしい、感動した!(美談)」、「いつもと変わらぬ美しい日本だ(年中行事)」、それに「××が流行っているから買いましょう(広告)」というメッセージが繰り返し登場するばかりのように思えてしまいます。

高齢化する社会を支えるためには、ヒト、モノ、カネ、そして情報が行き交う豊かさが必要ですが、そういう意見は、未だ少数派のように見える。人口が減ってゆく日本人の枠の中だけで何とかしようとしても、すでに限界。この世論が変化するためには、少なくとも4〜5年ぐらいの歳月がかかりそうです。最近の日本の社会は、まるでテレビと抱き合うようにして地盤沈下が進んでいるかのようです。