2014年08月26日

■原発再稼働が先か?電源構成の提示が先か?―資源エネルギー調査会の分科会再開

経済産業省の有識者会議「総合資源エネルギー調査会」の基本政策分科会が、8月19日に、約8か月ぶりに開催された。同調査会は、国のエネルギー政策につき、経産相に意見を諮問する役割を持っており、政府は、その意見を踏まえて「エネルギー基本計画」を概ね3年毎に見直すことになっている。現行のエネルギー基本計画は今年4月に閣議決定されており、それをどう見直していくか、具体的には、現段階ではほぼ白紙となっている電源構成のベストミックスを示すことが最大の任務となる。
 
 今回の分科会では、ベストミックスをいつ決めるのか、まず原子力の割合を決める必要がある、などといった意見が出されたという。それは当然のことである。ところが、分科会の坂根正弘会長(コマツ相談役)は、「原発の再稼働がなければ、ベストミックスを示す議論のしようがない」と記者団に述べたと、報じられている。これは、本末転倒と言わざるを得ない。

 現行の「エネルギー基本計画」は、2030年の電源構成の目標について、再生可能エネルギーの割合を2割以上にすることしか触れていない。原発をベースロード電源と位置付けていることをもって、現行の計画は、原発推進であるかのように評価されることがあるが、現行の計画は、原発への依存度は出来るだけ低下させるべきである、と言っている。ベストミックスを数値で示していないなど、「エネルギー基本計画」の名に値しない欠陥品と言うべきものであり、原発への依存度を出来るだけ低下させるべしとの要請も根拠が十分とは到底思えない。

 この欠陥品である現行の計画を正すのが、調査会の役割である。原発再稼働が進んでいない中で数値を示すことが困難なのは、理解できないことはないが、2030年におけるベストミックスを早期に示し、それに整合するように原発の再稼働を促していくのが、理に適った流れであろう。それを、「原発の再稼働がなければ、ベストミックスを示す議論のしようがない」と言ってしまっては、調査会の存在意義が問われる。現状の後追いではなく、長期的目標を示すことが、調査会の任務である。有識者会議は、世論など気にしなくてもよいのであるから、堂々と、原発依存度低下を目指す現行計画を見直す長期的目標を提示し、そのためにも原発の再稼働を急ぐべきであると、提言出来るはずである。

 電源構成が決まっていないことは、温室効果ガス削減交渉にも悪影響を与えている。2015年末に予定されている、国連気候変動枠組み条約の第21回締約国会議(COP21)では、2030年の温室効果ガスの削減目標を示すことが求められ、来年3月末までに提出するよう努力することが求められている。しかし、我が国は、その前の段階の2020年までの数値目標として、原発再稼働が無い暫定的目標として、2005年比でマイナス3.8%(1990年比ではプラス3.1%)という、いささか見劣りのする数値しか出すことが出来ずにいる。もとより、民主党政権下で打ち出されたような、2020年に1990年比マイナス25%のような馬鹿げた目標を求めるものではないが、原発を活用すれば削減可能であるのにそれをしないというのは、非難に値する。特に、島嶼国との関係への影響が懸念される。島嶼国は、小国だが数は多いので、彼らを味方につけることは、国連での発言力確保には不可欠である。仮に地球温暖化論が間違いであったとしても(そういう可能性は高くないが)、原発の活用は、温室効果削減だけでなく、エネルギー安全保障に役立つので、何の問題もない。

 調査会は、原発再稼働が先か電源構成のベストミックス決定が先か、という不毛な前提に立つのではなく、現行「エネルギー基本計画」の根本的欠陥を正すために、先導的役割を果たすべきである。「原発の再稼働がなければ、ベストミックスを示す議論のしようがない」との分科会会長発言は、政府に原発の再稼働を促す意図であったのかもしれないが、こういう本末転倒と受け取れる発言は良くない。ただし、この問題では、責任を持って指導力を発揮しようとしない、政府に最大の責めがあることは言うまでもない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 23:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 | 地球温暖化・温室効果ガス削減

2014年08月25日

■小平「文集」が示す、尖閣「棚上げ論」への幻想の愚かさ

  8月22日は、小平の生誕110年記念であった。これを記念し、中国共産党は、同氏の1949〜1974年の発言や文章を収集、編纂した「文集」を、国営の人民出版社から出版させた。その中には、小平の尖閣に対する発言も収録されており、その一部が、本邦マスコミでも紹介されている。尖閣についての、いわゆる「棚上げ論」は、さすがに日本国内でこれを支持する者は激減したが、一部の政治家、文化人、マスコミ関係者などには、いまだに「棚上げ論」に未練があるように見える。小平の発言は、「棚上げ論」に日中友好の希望を託すことが、如何に無駄な幻想であるか、改めて教えてくれる。

 「文集」によれば、小平は、1974年10月に、華僑たちとの会見で、尖閣について「我々は決して放棄せず、闘争は長期にわたる」「棚上げしても問題が存在しないことにはならない」と言っている。小平は、「保釣(尖閣防衛)運動は、高くも低くもなる、長期的で、波のような運動だ」とも言っている。これは、小平の有名な「韜光養晦」戦略、すなわち、能ある鷹は爪を隠す、あるいは、十分な力を蓄えるまでは目立たない姿勢に徹する、という外交戦略そのものである。韜光養晦戦略を、単に、周辺国に比較的穏健な態度をとる戦略と認識し、中国は韜光養晦路線を転換したのか否かと問う議論があるが、それはあまり意味がない。韜光養晦は、裏を返せば、十分な能力を蓄えた暁には、威圧的行動も辞さないと言うことになる。実は、小平自身、韜光養晦とセットで「有所作為」、すなわち、やるべき時にはやらねばならない、と言っている。そして、相手国、地域、国際社会に警戒感を抱かせ過ぎたと感じた時には穏健な素振りを見せ、逆に、相手が弱みを見せれば巧みに衝いてくる、ということを試行錯誤的に繰り返すのが、中国の外交戦略の本質であると理解してよい。

 尖閣の「棚上げ論」は、1972年9月の日中国交正常化に際しての、田中角栄・周恩来会談で、初めて中国側が公式に言い出し、日本側はこれに合意していないとの立場である。1978年10月の日中平和友好条約交渉では、小平は「われわれの世代では知恵が足りなくて解決できないかもしれないが、次の世代は、われわれよりももっと知恵があり、この問題を解決できるだろう。この問題は大局から見ることが必要だ」と言っている。しかし、1992年に領海法を制定して尖閣への領有権を明記したのは、他ならぬ小平自身である。そして、領土問題で中国が譲歩したことが皆無であることを考えれば、「保釣運動は、高くも低くもなる、長期的で、波のような運動」というのが、中国の一貫した方針であると考える以外にあり得ない。そして、中国の軍事的能力は増す一方であるから、尖閣への圧力は、益々高まっていくものと覚悟しなければならない。この期に及んで、「棚上げ論」に理解を示すべきであるというような幻想的議論が、日本国内に残っているとすれば、それは愚の骨頂と言って過言ではない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 23:39|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 日中関係・米中関係 | 中国

2014年08月22日

■国連人種差別撤廃委員会、普天間移設問題にも注文―同委員会のレベルが知れる

 国連人種差別撤廃委員会による、日本の人種差別の状況についての審査は、在日韓国・朝鮮人を主に念頭に置いたヘイト・スピーチ対策を実施するよう要求していることが、国内での議論の対象になっているが、審査では、沖縄問題についても注文が付けられたようである。8月22日配信の琉球新報(電子版)の記事は、次のような指摘が委員からあった、と報じている。

 まず、普天間移設に関して:
・沖縄の人々の伝統的な土地、資源への権利を認め、それを十分に保障し、彼らに影響を与える政策については、その策定に参加できるようにすべきだ。特に米軍基地の問題については初期の段階から地元住民の参加が大切だ。
・地元に関わる問題は事前に地元の人たちと協議して同意を得ることがとても重要だ。
・政策に地元住民を参加させるべきだ。


 次に、沖縄の人々を「先住民」として扱うことに関して:
・琉球の人たちが自らをどう考え、どう定義付けているかも重要で、それに注意すべきだ。
・琉球・沖縄はユネスコによって独自の言語や歴史、伝統を持っていると認められており、その特異性をなぜ認めないのか。保護すべきだ。
・琉球王国は中国の明や清と深く関係した長い歴史がある。1879年に日本に併合され、その後、同化政策が取られた歴史を考えると、日本が沖縄の先住民性を認めないのは正しくない。歴史を踏まえ、住民の意思を尊重し、当然の権利を保障すべきだ。


 日本政府代表は、沖縄に居住する人や沖縄県出身者は、憲法の規定により法の下に平等であり、日本国民としての全ての権利が等しく保護されている、と反論している。また、沖縄の居住者・出身者は、そもそも人種差別撤廃条約の対象に該当しない、とも反論した。当然の反応である。

 沖縄の人々を先住民として扱うべきかどうかについては、委員から出て来た指摘には到底同意できないが、同委員会の審査対象には、確かに、なり得るであろう。しかし、普天間移設の問題は、日本の安全保障政策の問題であり、人種差別とは何の関係もない。これに注文を付けるのは、どう考えても権限を逸脱している。

 在日韓国・朝鮮人と沖縄は、日本の左翼が好んで取り上げる対象である。日本国内から、委員会に働きかけをした者がいることが示唆される。おそらく、虚構の慰安婦問題を「注進」して回った結果、取り返しがつかないことになってしまっているのと同じ構図なのであろう。対象外の普天間移設問題にまで注文をつける、委員会のレベルも知れようというものである。あからさまに言ってしまえば、胡散臭いと言う他ない。こういう組織が求めるヘイト・スピーチ対策をまともに取り上げる必要があるのか、極めて疑問である。自民党は、ヘイト・スピーチ対策のプロジェクトチームを作ったが、再考を求めたい。これに対し、政府は、ヘイト・スピーチ対策のための立法措置に消極的であり、それを貫くべきであろう。(了)

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takami_neko_shu0515 at 17:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 国連 

2014年08月21日

■ミャンマー政府と少数民族の和解交渉進展―連邦制導入で合意

 ミャンマーは、2011年に軍政からテイン・セイン大統領による文民政権に移行して以来、民主化が進展し、欧米による制裁が解除され、今年は、ASEANの議長国を務めており、今月行われた、関連外相会議や、ASEAN地域フォーラム(ARF)では、大過なくその役割を果たした。ARFで南シナ海問題に関する拘束力のある行動規範の策定を声明に盛り込むことが出来なかった点について、ミャンマーが中国に配慮した結果であるなどといった批判もあるが、それは、ミャンマーの責任というよりも、全会一致を原則とするASEANの意思決定の仕組みが原因である。ミャンマーは、今や、国際社会の一員として完全な復帰を遂げたと言ってよい。

 しかし、ミャンマーの民主化と安定化には、まだ大きな課題が残っている。まず、来年の総選挙を円滑に実施する必要があり、そして、カレン族やカチン族などの少数民族との和解という重要な問題がある。この点、後者について、最近、大きな進展が見られた。すなわち、断続的に進められている、ミャンマー政府と少数民族勢力代表の停戦交渉において、政府側が、自治権を認める連邦制導入を受け入れた、と報じられている。自治権を認める連邦制導入というのは、少数民族側の一貫した主張であり、政府側が譲歩したことにより、停戦の機運が大きく高まったと言える。ミャンマーの少数民族問題は、独立以来60年以上も続いている問題であり、少数民族問題があるから軍の力が強くならざるを得なかったという事情がある。したがって、少数民族の武装をどうするかという重要な課題が先送りされたのは不安要因ではある。しかし、それでも、歓迎すべき進展であることに間違いない。仮に9月に見込まれる停戦合意が成らなかったとしても、交渉を重ねるうちに、両者の間に信頼関係が醸成されつつあるように見受けられる。

 ミャンマーから産出が見込まれる天然資源の多くは、少数民族の居住地域に賦存すると見られており、そういう観点からも、早期の和解をサポートする必要がある。我が国は、和平と安定の基礎作りに貢献すべく、少数民族に対して、ODAや日本財団を通じた援助を行っている。ミャンマーにおける法制度の整備、運用を支援するための、人材育成も行っている。こうした努力は、着実に続けられるであろうし、そうされなければならない。

 なお、ミャンマーの民族問題には、イスラム教徒のロヒンギャという重大な問題があるが、これは、カレン族やカチン族などの問題とは根本的に異なる。ミャンマーとバングラディシュの国境地帯に居住するロヒンギャは、そもそも、ミャンマー国民として認められていない。これは、ミャンマーの総意であり、アウンサン・スーチー女史さえも、立場を異にしていない。そして、ロヒンギャは、周辺各国から難民認定されず、受け入れが拒否されている。ロヒンギャの問題は、国際的に取り組むべきものであり、ミャンマーだけを非難して解決する性質のものではない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 17:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 東南アジア 

■米WP紙社説、韓国系住民に迎合のバージニア州政治家に苦言

 米ワシントン・ポスト紙(電子版)は、7月19日付で、バージニア州北部の政治家が、韓国系住民にあまりにも媚び、日韓間での対立事項について韓国寄りの立場を取っていることにつき、厳しく非難する社説を掲載している。この社説は、米言論界が持ち合わせている理性をよく表していると思うので、ご紹介したい。

 社説は、冒頭から、「韓国系コミュニティに取り入ることは結構だが、それは、政治家が、歴史家の判断の代替をしようとする場合を除く」と言っており、政治家が歴史問題、それも米国と関係のない歴史問題に深入りすることを戒めることに主眼がある。

 そして、社説は、連邦下院バージニア州第10選挙区の、共和党、民主党双方の候補者が、当選した暁に、各州に「日本海」ではなく、韓国が主張する「東海」を併記した教科書を採用するよう働きかけると公約しているのは、韓国系住民が、日系住民の4倍もいるので、そう考えるのかもしれないが、両候補が米国の同盟国である日韓間の論争に首を突っ込むべきであるか、問われるべきである、と指摘している。さすが、かつて、一国の首相をつかまえて「ルーピー」呼ばわりした(それは確かに間違っていなかったが)同紙だけあって、「両候補とも外交問題の専門知識など持ち合わせていない」と切り捨て、日本はバージニア州にとり最大の投資源の一つであると、痛いところを衝いている。

 さらに、社説は、同州フェアファクス郡の庁舎敷地内に「日本により性的奴隷とされた女性」を記念する石碑が設置されたことについても疑問を表明し、慰安婦が受けた苦悶と虐待については論争の余地はないが、それでは、他の歴史上の虐待、例えば、英国によるアイルランド人迫害、トルコによるアルメニア人虐殺、14世紀のコソボの戦いにおけるオスマントルコによるセルビア人絶滅についても、フェアファクス郡は庁舎敷地内で記念することに賛成するつもりなのかと、至極尤もな問いを投げかけている。

 そして、郡庁舎は、歴史の悲劇を記念するのに正しい場所なのか、さらに、連邦議会が日韓間を隔てている海の呼称について仲裁し、政治家が日韓に意見を押し付けることにも疑問を持つ、と結んでいる。

 バージニア州など、韓国系住民が多い州では、彼らのロビー活動により、慰安婦を記念する像が続々と建てられているが、私は、米国という第三国を舞台に、日韓間の論争を持ち込むことには、いずれ、米国の間で不快感が出て来るのではないかと思ってきた。紹介したワシントン・ポストの社説は、一流紙がそういう考えを表明したということに他ならない。また、日本海呼称問題を歴史問題の文脈で論じている点も、韓国がそう主張している以上、的確である。もちろん、米国の言論界がすべて正しいなどということがあり得ようはずもないが、いざとなれば、肝心な点をきちんと押さえたものが出て来るものらしい。

 ただし、今回の社説は、韓国系住民への過剰配慮を戒めてはいるが、決して、日本の肩を持ってくれているわけではない。日本における報道ぶりは、社説が「日本による性的奴隷」は疑う余地がないと明言しているにもかかわらず、その部分を伝えておらず、ミスリーディングである。「日本による性的奴隷」などという事実無根の不名誉を晴らす必要があることは言うまでもない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 05:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0) アメリカ | マスコミ批評

2014年08月08日

■WTO最終判断、「中国のレアアース輸出規制は不当」

 中国は、2010年7月にレアアースの輸出枠を大幅に削減し、レアメタルに分類される、タングステン、モリブデンとともに、輸出税を課していた。これに対して、2012年に、日米欧は、中国の措置は、WTO協定が禁止している数量規制に当たるとして、WTOの紛争処理パネル(小委員会)に提訴していたが、8月7日に、WTOは、中国の輸出規制は不当であるとの最終的判断に達し、中国に対して是正勧告が出されることとなった。

 中国のレアアース輸出量は、2009年に4万トン強、2010年に4万トン弱であったが、2011年には2万トンを下回るレベルまで激減した。明らかに、尋常ではない。

 国際貿易についての紛争が発生した場合の、WTOの紛争解決手続きは、原則は、当事国間での二カ国協議である。それが、60日以内で決着がつかない場合は、申し立て国は、パネル(小委員会)の設置を全加盟国により構成される紛争解決機関(DSB)に対して要請し、パネルに紛争を付することができる。この、パネルを通じた解決は、「二審制」をとっており、紛争の当事国は、パネルの判断に不満がある場合には、さらに上級委員会に申し立てをすることができ、上級委員会の決定が最終決定となる。今回の件では、パネルが、今年3月に、日米欧の主張を全面的に認める報告書を出していた。これに対し、中国側が、輸出規制は、WTO協定で例外的に認められた、天然資源の保全のためである、として上級パネルに上訴していたが、その上級委員会が、中国の主張を全面的に退けたということである。

 レアアース輸出規制については、時あたかも、2010年秋に尖閣沖衝突事件が起こり、中国による対日報復措置ではないかと、大きな問題となった。中国は、既に同年7月から自国の天然資源保存を理由に制限していたのであって、報復ではない、と主張していた。中国の行動は、対日報復の意味が、確かに後から付け加わったのであろうが、そもそもは、価格の維持が主眼にあったのかもしれない。しかし、いずれにせよ、中国が行った輸出制限は「天然資源保存」が目的とは認められないとの判断が下されたのである。

 今回の決定は、当然、WTOにおけるパネルを通じた貿易紛争解決の判例となる。資源保存を理由とした輸出規制を濫用してはならないという、規範が強化されたことになる。2011年頃には、日本の一部に、中国をそれ以上刺激したくないとして、パネルへの提訴に消極的な声があったように記憶している。国際規範に基き、筋を通すことができたことは、歓迎すべきことである。今後とも、中国の国際規範違反には、あらゆる分野で強い対応を執っていく必要がある。(了)

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・参考過去記事
『日本政府はレアアース問題で中国をWTOに提訴すべし』(2011年7月7日)

takami_neko_shu0515 at 16:48|PermalinkComments(0)TrackBack(1) 産業・通商 | 中国

2014年08月07日

【書評】「安倍政権と安保法制」(田村重信)―憲法解釈変更を理解するための必読書

 憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を柱とする、安全保障法制の見直しは、7月1日の閣議決定を受けて、ついに現実のものとなろうとしているが、この問題についての検討が始まったころから、一部マスコミや“知識人”からの、「軍国主義を目指している」「米国の戦争に巻き込まれる」「徴兵制の復活をもくろんでいる」などといった、悪質なデマやレッテル貼りが激しさを増した。これに対して、「安保の田村」こと、自民党政務調査会調査役の田村重信氏が、敢然と真正面から反論に立ち上がった。それが、本書『安倍政権と安保法制』である。

 まず、章立てをご紹介すると、第1章 憲法と自衛隊に関する一般常識、第2章 集団的自衛権と日本の安全保障、第3章 第2次安倍政権の安全保障法制の整備、第4章 憲法9条と自衛隊、第5章 安保法制に関する閣議決定 疑問に答える「これを読めばわかる Q&A35」となっている。そして、巻末には、7月1日の閣議決定や、昨年12月の国家安全保障についての閣議決定の全文などが、資料として掲載されており、充実している。

 本書では、全編を通じて、実務家、それも、今回の安保法制見直しの最先端で奮闘した実務家の視点から、今回の安保法制見直しが、なぜ必要なのか、如何に憲法の法規範性を損ねないよう慎重に慎重を期して行われたか、説得力をもって描かれている。

 詳細は、是非、本書を実際に手に取って読んでいただきたいが、キーワードは「必要最小限度」であろう。つまり、昭和47年の政府見解は、「外国の武力行使という急迫不正の侵害に対し、必要最小限度のやむを得ない措置は容認されるが、それには集団的自衛権の行使は含まれない」と言っているが、「必要最小限度」は、安全保障環境によって左右され得るものであり、まさに、近年の中国の台頭などといった安全保障環境の変化により、集団的自衛権の行使が「必要最小限度」と言えるようになった、というのが、今回の解釈変更のカギである。本書は、そうした流れを分かりやすく解説してくれている。もちろん、グレーゾーン事態や集団安全保障への参加のあり方の見直しについても、同様に読者の理解を深めてくれる。

 今回の安保法制見直しについては、集団的自衛権、集団安全保障について、今一歩踏み込むことが出来ないか、物足りなく思う向きもあるかもしれないが、そういう読者にとっても本書は極めて有益であると思う。本書を熟読玩味した上で、本書の重要な教えの一つである、法的安定性を守る形で、安保法制のより一層の充実を図るにはどうすればよいか考察すれば、机上の空論から、少しでも免れることが出来よう。
 
 本書を読むことは、偏向したマスコミや“知識人”の言説に惑わされないための戦いに参加することであると言っても過言ではない。一人でも多くの人に本書が読まれることを期待し、必読書として、広く推薦したい。(了)

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安倍政権と安保法制
田村 重信
内外出版株式会社
2014-07-31



 

takami_neko_shu0515 at 12:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書評 | 安全保障・自衛隊

2014年08月06日

■朝日新聞の慰安婦誤報問題、国会で検証を

 朝日新聞による「従軍慰安婦」報道が、虚偽に基づくものであったことは、既に広く知られている事実であるが、朝日新聞は、5日付朝刊で、ようやくその一部、すなわち、発端となった吉田清治証言が誤りであったとして、取り消した。吉田氏は、先の大戦中、自らが、済州島における200人の若い朝鮮人女性を狩り出した、と虚偽の証言をし、朝日新聞は、1982年9月に、それを日本政府による慰安婦の強制連行の根拠として、そのまま報道した。今回の取り消しは、遅きに失したとはいえ、当然の処置である。

 朝日新聞の報道により、慰安婦問題が日韓間の重大な外交問題となったばかりか、日本は「性的奴隷」を徴収した国とのレッテルを貼られ、国益が深刻に損なわれた。1996年の国連人権委員会の特別報告書『クマラスワミ報告』は、日本軍が設置した「慰安所」が国際法に違反しており法的責任をとること、元慰安婦への国家賠償をすること、「慰安所」への募集・収容に関与した者の処罰、歴史的現実を反映するよう教育内容を改善すること、などを求めている。2007年には、米下院で、慰安婦問題をめぐる対日謝罪決議案が可決され、近年、韓国側ロビー活動により、米国内で慰安婦記念像が次々と設置されている。慰安婦問題が日韓関係を損ねたことは、我が国の死活的利益である、朝鮮半島の安定に不可欠な日米韓の連携にとり、大きな障害となっている。韓国側の頑迷な対応ももちろん問題だが、そもそも、朝日新聞の誤報と、それに乗じた日本の「進歩的文化人」による、事実に基づかないキャンペーンが原因である。

 朝日新聞の誤報が、これだけ、重大な国益の損失の原因となった以上、国民の代表者である、国会によって検証される必要がある。報道の自由は尊重されなければならないが、それは当然責任を伴わなければならない。ただし、国会での検証は、糾弾になるべきではなく、あくまで真相の解明であるべきである。真相の解明こそが、国際社会に対し有効な武器となり得る。本来、「知る権利」というのは、公権力が行ったことについて国民が知る権利のことであるが、マスコミは「第4の権力」と言われるほど大きな力を持っているのであるから、マスコミに対して国民が「知る権利」に類似した権利を持つことを観念するのは不思議なことではない。そして、今回のような重大な案件については、例外的に、国会が積極的な役割を果たすことが望ましい。朝日の誤報は、国政調査権の対象となるに値する。

 吉田証言について、事実誤認であったとする一方で、朝日新聞は、問題の本質は、慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことである、と問題のすり替えを行っている。事実ではない強制連行を報じたことへの反省が全く不十分であると言わざるを得ない。マスコミ他社による、さらなる検証、追及も必要である。

 河野談話については、既に、再検証により、日韓関係に配慮して、事実を曲げてまで発せられたこと、両国政府がその点につき了解しつつ明らかにしないことで同意していた、ということが判明している。事実上死文化したといってよい。現段階では放置しておくのが得策であり、それよりも、日本政府が「性的奴隷」を強制連行した事実などなかったということを明らかにする方が先決である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 14:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 朝鮮半島情勢・日韓日朝関係 | マスコミ批評

2014年08月05日

■ベトナムに海洋巡視目的の中古船を6隻供与―日越外相会談

 8月1日に、ハノイで、日越外相会談が行われた。会談では、岸田外相が「力や威嚇を用いない、平和的な解決が必要である」と述べ、ファム・ビン・ミン副首相兼外相は「日本が国際法の重要性を繰り返し表明していることに感謝する。南シナ海の平和と安定を継続的に支持してほしい」と述べ、海洋における法の支配が重要であるという認識を確認し合った。言うまでもなく、中国による、南シナ海での挑発的行動を念頭に置いたものである。ミン副首相兼外相の発言は、日本が法の支配の重要性を折に触れて力説していることが、中国の横暴に悩まされている近隣国を勇気づけていることを示している。今後とも、日本は、海洋における法の支配、力による現状の変更への反対を、繰り返し訴えていかなければならない。

 南シナ海での、ベトナムと中国の緊張は高まり続けている。5月には、ベトナム、中国、台湾が領有権を主張する、パラセル諸島近海の、ベトナムの200海里経済水域内に、中国が、一方的に石油掘削リグを設置し、掘削を強行するという行動に出ている。ベトナム漁船が、中国漁船に衝突され、沈没するという事件も起きた。ベトナムが、海洋巡視能力の強化を目指しているのは、当然のことである。今回の外相会談では、それに応え、日本が、中古の漁業監視船6隻などをODAの無償資金協力の枠組みで供与することで合意している。ベトナムは、それを海上警察の巡視船に改修して用いるとのことである。

 昨年12月には、日越間で、日本が新造の巡視船を供与することで合意している。しかし、南シナ海での緊張の高まりを受けて、巡視船の新造には数年かかるということで、ベトナム側は、中古船を早期に供与してくれるよう要請してきた。その上で、新造の巡視船の早期供与への期待も表明している。ことさら感心するようなことでもないのだが、ベトナム柔軟な姿勢は合理的である。

 日本とベトナムの関係強化は必然的なことであり、一層推進していくべきである。今回は、ODAの枠組みによる、非軍事的な法執行船の供与であったが、武器輸出三原則が、防衛装備移転三原則に変更されたこともあり、軍事的な装備や技術の輸出についても模索する必要がある。ベトナムは、武器輸入先としてはロシアが主であるが、最近、インドからの輸入を検討し始めるなど、輸入先の多角化を進めようとしている。ベトナムにとって、日本は魅力的に映るのではないかと思う。(了)

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takami_neko_shu0515 at 13:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 東南アジア | 外交・国際政治全般

■要注意、家庭用ルーター経由のサイバー攻撃多発

 8月2日付け読売新聞は、家庭用ルーターを介したDDoS攻撃(大量のデーターを送り付けることによりサーバーをダウンさせる、サイバー攻撃の一種)が今春以降多発しており、最低でも480万世帯が通信障害の影響を受けている、と報じている。記事によれば、今回の攻撃は、DNSアンプ攻撃と呼ばれるものであるとのことである。これに対して、総務省、警察庁が注意喚起をしている。

 少々煩雑だが、その攻撃の態様は、凡そ以下の通り。ネット上の各コンピュータには、識別のため、IPアドレスが重複なく付与されているが、IPアドレスは数字の羅列の形となっており扱いにくいので、アルファベット、数字、記号によるドメイン名が別名として与えられ、運用されている(ブログやホームページを運用している人は、アクセス解析を行うと、12.34.56.78のような数字と、u-takamine.ac.jpのような文字列を見ることがあると思うが、前者がIPアドレス、後者がドメイン名)。そして、IPアドレスとドメイン名を対応させるシステムがDNSであり、それを運用しているのがDNSサーバである。家庭用ルーターもDNSサーバである。DNSサーバには、各パソコンなどからの要求に応じ、ドメイン名からIPアドレスを検索したりIPアドレスからドメイン名を検索し、その結果を問い合わせ元に返信する機能がある。このうち、所属するネットワークの外からの問い合わせにも応答するような設定になっているものを「オープンリゾルバ」という。当然のことながら、問い合わせ元のIPアドレスに返信されるのが、DNSサーバの正常な動作であるが、オープンリゾルバになっていると、要求元のIPアドレスを偽装した問い合わせにも応答してしまう。その結果、偽の送信先にデータが送られ、それにより、攻撃ができる。しかも、その際送信されるデータは、増幅し得る。今回の件は、家庭用ルーターの一部がオープンリゾルバになっており、そうした家庭用ルーターから、大量のDNSの問い合わせを行い、攻撃対象となるDNSサーバの運用を妨害している、ということのようである。

 DNSアンプ攻撃は、手法としては極めてシンプルだが、オープンリゾルバとなっているルーターを集中攻撃することにより、日本全体のネットワークをもダウンさせ得る。サイバー攻撃の脅威度としては、決して低いとは言えない。サイバーセキュリティの要諦は、官民の連携である。この点、総務省が、こうした攻撃に際し、プロバイダーが通信を遮断しても電気通信事業法に違反しないとの見解をまとめたことは評価できる。大手ルーター製造会社バッファローが、不備を公表し、利用者に更新を呼びかけているのも、当然の対応とはいえ、迅速かつ適切である。そして、今や「第5の戦域」となっているサイバー空間は、極度にアナーキーな空間であるから、最終的には、個人の意識向上が肝要であり、サイバーセキュリティに関する情報には敏感にならなければならない。(了)

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 なお、自分が使っているルーターやパソコンがオープンリゾルバになっているかどうかは、サイバーセキュリティを支援する独立機関JPCERTコーディネーションセンターの『オープンリゾルバ確認サイト』で簡単に確認できるので、是非活用していただきたいと思う。

takami_neko_shu0515 at 08:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 情報・通信 | 広義の安全保障・危機管理

2014年08月04日

■「憲法と自衛権に関する一般常識」チェック10問

 安全保障とそれに関する憲法問題は、多くの人々の関心を集めており、ブログやツイッター等でも人気の高いテーマの一つと思う。もちろん、それは喜ばしいことだが、独善的に陥らない、説得力のある議論をするには、どうしても、気に入ろうが入るまいが、政府見解を正確に把握しておく必要がある。この分野の第一人者である、自民党政務調査会調査役の田村重信氏が、昨年10月に2回にわたって、党所属国会議員全員を対象に行った政策研修会の冒頭での11問が、「憲法と自衛権に関する一般常識」のチェックに有益と思うので、是非チャレンジしていただきたく、その中から10問を以下の通り選んでみた。設問は全て正誤問題、条件は、現段階での法律、国会等での政府の公式見解に合致するもの、とする。

1.自衛隊は、憲法上では軍隊である。
2.自衛隊は、国際法上では軍隊である。
3.自衛官は、ジュネーブ諸条約上、捕虜として扱われる。
4.自衛官が犯罪を犯せば、軍事裁判所で裁判にかけられる。
5.非核三原則は法律になっている。
6.日本は、憲法上、核武装を禁じられている。
7.自衛隊の主たる任務は、災害派遣である。
8.集団的自衛権と集団安全保障は同じである。
9.自衛隊がPKOで海外に派遣された場合、外国軍隊から助けてもらえるから、そのお返しで、駆けつけて行って外国軍隊を助けることができる。
10.日本の防衛関係費には対GDP1%枠があり、これを超えることができない。

 こんな簡単な問題など馬鹿にするな、という方が一人でも多ければ、心強いことと思う。 解答解説は、「続きを読む」にお進みください。

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takami_neko_shu0515 at 08:53|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 安全保障・自衛隊 | 憲法・憲法改正

2014年07月31日

■マラバール演習に日本招待、日印安保協力の次元をさらに高めよ

 7月24日から30日にかけて、米印合同軍事演習「マラバール演習」が、日本近海の太平洋上で、日本をゲストとして迎えて実施された。マラバール演習に日本が招待されたのは、2007年、2009年に続き3回目であり、今回は、実施海域が日本近海であったこともあり、事実上、日米印3国合同軍事演習となった。アジア太平洋の三大民主国家が、太平洋で合同軍事演習を行ったことの象徴的意義は極めて大きい。海洋における、国際規範に基づく秩序を乱すような行動、すなわち、中国の威圧的で一方的な姿勢のようなものは認められないというメッセージを発することができた。日印、日米印の安保協力を一層進展させる必要がある。ただ、マラバール演習は、救難、海賊対策、人道支援などでの共同対処能力の向上に主眼が置かれたものである。戦略的協力に次元を高めるには、こうした演習を繰り返すのは、もちろん必要ではあるが、不十分である。

 日印、日米印の安保協力推進には、インドの外交方針を理解し、尊重する必要がある。インドの外交政策は、冷戦時代を通じて、非同盟主義であった。非同盟といっても、実体は、親ソ連で、米国から距離を置くということである。中国による脅威の高まりとともに、非同盟主義ではなく、東南アジア、日本、米国などをもっと重視する、ルックイースト政策に変化しつつあるが、非同盟主義の残滓は今でも残っている。モディ新首相は、歴代インド首相の中で、日米との安保協力に最も理解がある人物であり、期待できるが、インドを対中封じ込めの一部にするという考えには与しないであろう。インドは、膨張主義的でも攻撃的でもないが、誇り高き大国として、グローバルな政治に関与したいと考えている。それを、こちら側にとって害にならない限りにおいて尊重した上で、海洋安全保障の分野における協力を深化させることで、結果的に、対中封じ込めにインドが役割を果たすことになる。インドを対中カードとして「利用する」ことが戦略的思考だと単純に考える傾向が一部に見受けられるが、それでは上手く行かない。

 安保協力の次元を高めるには、利害関係、相互の必要性の認識を共有することが必要不可欠である。日印間で言えば、インド洋における海洋の安全保障が共通の利害である。しかし、相互の必要性については、まだ十分とは言えないであろう。特に、日本がインドに対して何をなし得るか、より積極的になる必要がある。やはり、鍵となるのは、インドへの武器技術供与であろう。インドは、インド洋に中国海軍が原潜を含む潜水艦を展開することを強く警戒している。今後、インドも潜水艦の隻数を拡大する見込みだが、隻数だけでなく、潜水艦戦における能力向上も重要である。それは、日本の得意分野である。具体的には、救難、掃海、対潜哨戒能力である。武器輸出三原則が防衛装備移転三原則に改められたのであるから、こうした技術の供与につき、インドとよく協議し実現させるべきである。もちろん、それ以外の必要な技術も供与すべきある。既に、海自の救難飛行艇US2が輸出される方針が決まっており、歓迎できる。

 インド洋での海洋安全保障における協力の中核は、シーレーンの安全確保における協力である。先の、集団的自衛権行使容認の決定に際して検討された、8類型の中に、米軍とのシーレーンの合同パトロールがあったが、インド軍との合同パトロールも目標とすべきである。まず、それを念頭においた、合同演習の実施を模索することから始めてはどうかと思う。(了)

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takami_neko_shu0515 at 07:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 安全保障・自衛隊 | 南アジア

2014年07月30日

■「ODA卒業」島嶼国に対する防災・気候変動対応支援継続への支持と注文

 ラテンアメリカを歴訪中の安倍総理は、7月28日に初開催された日本・カリブ共同体(CARICOM)首脳会合で、国民1人当たりの所得水準が基準を上回りODAの対象外となった島嶼国への防災・地球温暖化対策支援を、新たな支援制度によって継続することを検討すると表明した。

 現在の日本のODA供与基準は、OECDの開発援助委員会が定めた、1人当たりの国民総所得が1万2275ドル以下、という国際基準を採用している。この基準では、例えば、今回のCARICOM加盟国でいえば、バハマ、トリニダード・トバゴ、バルバドスが対象外となり、サンクトクリスファー・ネビス、アンディグア・バーブーダが間もなく対象から外れる見込みである。これらの国々を含む、津波などの災害や温暖化による海面上昇に対して脆弱な島嶼国を、ODAの対象外になった後も支援するというのが、今回示された方針である。

 この方針は、多くの意義を持っており、評価できる。まず、災害に弱く温暖化による海面上昇の影響を真っ先に受けることになる島嶼国を援助することは道義的に適っており、支援継続は、我が国の道義国家としてのブランド確立に役立つ。我が国は、昨年11月に「攻めの地球温暖化外交戦略」(ACE)を掲げ、多くの途上国からの歓迎と期待を受けている。今回の首脳会合でも、CARICOMの議長国である、アンティグア・バーブーダのブラウン首相は、災害・気候変動の被害軽減のための基金設立を表明し、日本の援助を求めた。第二に、温室効果ガス削減交渉にも役立ち得る。島嶼国は、当然、温暖化には敏感であり、低い温室効果ガス削減目標を設定した国への視線は厳しくなる。しかし、我が国には、野心的(あるいは大風呂敷を広げるような)目標を提示できる余裕がない。支援継続は、島嶼国の反発を少しでも和らげるのに貢献し得る。第三に、島嶼国は、小国ではあるが、数が多く、1国1票が原則の国連の意思決定において、支援継続が、日本の立場への支持獲得に繋がることは、既に、指摘されている通りである。

 政府は、今年度中に、ODA大綱を見直し、上述の方針が実現できる見込みである。ただ、気になるのは、防災・気候変動だけでなく、景気変動に対して脆弱な観光産業に依存した国への配慮があると報じられていることである。支援継続は、防災・気候変動への対応に限るべきで、「ODA卒業国」への野放図な資金援助に繋がるようなことはすべきではない。中国による大々的で巨額の資金投下に対抗する焦りはあろうが、中国と熾烈な援助競争を繰り広げることには、大きなマイナスがある。その良い例が、太平洋の島嶼国への中国と台湾の援助競争である。太平洋の島嶼国の中には、台湾との外交関係の断絶、再開を繰り返すことで、両国からの援助をしたたかに獲得している国がある。援助の額自体は、国家予算から見れば微々たるものに過ぎないが、だからといって、税金を役に立たないことに使ってよいことにはならない。そして、被援助国にとっても、法の支配に則ったグッド・ガバナンスに資する支援でないと、かえって、その国を国際社会の良き一員でなくしてしまうことになる。安倍総理は、今回、CARICOMは、法の支配に基づく海洋秩序を重視し、共通の価値観を有するグローバルパートナーである、と言っている。この原則を曲げずに、真に有意義な支援継続を実施していただきたいと思う。(了)
 
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takami_neko_shu0515 at 06:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 | 地球温暖化・温室効果ガス削減

2014年07月29日

■経済同友会の「縮原発」見直しを歓迎する

 経済同友会は、東日本大震災に伴う福島第一原発の事故を受け、2012年に、原発への依存度を低下させ再生可能エネルギーの導入を推進するとした「縮原発」の方針を掲げていた。しかし、長谷川閑史代表幹事は、7月17日から行われた同友会の夏季セミナーにおいて「縮原発」を見直すことで一致した、と表明している。考えてみれば、経済性を無視した「縮原発」のような方針を、経済団体である同友会が掲げていたのは理解に苦しむことであるが、それだけ常軌を逸した反原発の風潮が我が国を覆っていた(今でも払拭されたとは到底言い難いが)ということの証左である。何はともあれ、「縮原発」の見直しは歓迎できる。

 原発依存度を出来るだけ低下させるという方針は、我が国の原子力技術の衰退をもたらす可能性が高い。そうなれば、結局、原発の維持に必要な技術を失い、福島第一原発の廃炉にも悪影響があり、政府が国策として推進しようとしている原発輸出も画餅に帰することになろう。この点、6月28日付読売新聞(夕刊)は、大学および大学院の原子力関係の専攻を受験した人数が、2014年度に震災後初めて増加に転じたと報じ、その背景には、政府が進めている原発再稼働と、今年4月に策定されたエネルギー基本計画が原発を「重要なベースロード電源」と位置付けたことがあると指摘している。ただ、併願による増加という面もあるようであり、優秀な原子力技術者の育成に直結する力強い回復であるとまでは言えない。そして、エネルギー基本計画は、確かに、原発は重要なベースロード電源だとしているが、原発依存度については、「可能な限り低減させる」としている点が大きな問題である。これは、経済同友会の従来の方針、「縮原発」とあまり変わらない。

 原発技術が衰退し、必要な原発を維持できなくなれば、電気料金が上昇することになるが、それは、製造業の海外への流出を促すとともに、単に電気料金のみならず物価全体の上昇をもたらす。家計にとっては、逆進性を持った影響があるということである。消費税については、逆進性が厳しく指摘され、軽減税率などの措置が検討されている。物価水準の上昇は、軽減税率のような措置をとることが出来ない分だけ、消費税よりも逆進性が強いと言える。現在までのところ、こうした観点からの議論が、あまりにも乏しい。経済団体には、そういう問題提起も期待したい。

 政府のエネルギー基本計画が言う、原発依存度を可能な限り低下させるとの方針は、見直す必要があるが、政治的困難が大きいことは容易に想像できる。経済同友会の「縮原発」見直しにより、原発推進で、経団連、日本商工会議所と足並みが揃うことになった。もとより、政治のリーダーシップが第一であることは言うまでもないが、財界には、原発推進の必要性を訴え、エネルギー基本計画のさらなる見直しへのアシストをすることを望みたい。(了)

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takami_neko_shu0515 at 00:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 

2014年07月25日

【書評】「国際秩序-18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ」細谷雄一著

 外交・国際政治の理解には、国際関係史、さらに具体的に言えば、1648年のウェストファリア体制確立以降の、近代欧州に端を発する、主権国家をアクターとする国際システムの歴史の素養が不可欠である。その要求を最もよく満たしてくれる必読書は、例えば、キッシンジャーの大著『外交』だが、分量も膨大であり、難解な部分も多く、到底手軽に取り組めるようなものではない。といって、コンパクトでありながら、国際関係史のエッセンスを学ぶことのできる良書というのは、なかなか無いように思う。本書『国際秩序 18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(細谷雄一著、中公新書)は、そういう要求を満たしてくれる書物の一つといってよいであろう。
 
 著者は、本書の意図は、国際秩序の全体を面的に捉え、その多国間関係の移り変わりを歴史的文脈の中で展望することである、と言っている。最近の中国の台頭は著しいが、歴史的に見て、新興国の台頭が国際秩序にどのように影響を与えて来たか。そして、時間的、空間的に、日本をより大きな文脈に位置づけ、進むべき道を考えたい、としている。これは、歴史から学ぶやり方の王道である。

 それでは、国際秩序の柱は何か。本書によれば、それは、均衡、協調、共同体の3つである。均衡は、要するに、ホッブズ流の国家の自己保存を第一とする、バランス・オブ・パワーであり、著者は「勢力均衡とは国際社会における多様性を守るための最後の手段であって、諸国の行動の自由やその独立を維持するために不可欠な基盤となっていた」と主張する。協調は、力への恐怖だけではなく、理性に基づき、自己の利益を追求しながらも他者へのシンパシーを持つという本性が人間にはあり、そこから国際公益が生じ、大国間の利益の調和が実現され、もって国際秩序が維持される、という考え方である。それが最もよく開花したのが19世紀のいわゆる「会議体制」である。第三の柱、共同体は、エマニュエル・カントの「平和連合」論に端を発する。すなわち、諸国家が合一しようとする意思により、大規模な国家間連合が可能であり、それにより国際秩序において平和が確立できる、というリベラルな考え方である。ただ、3本柱と言っても、著者は、均衡と協調(とりわけ均衡)を重視し、共同体の原理からは少し距離をいるようである。それは、現実的な考え方であると思う。

 本書の第2章では、近代ヨーロッパの国際政治において、3つの秩序原理がどのように展開されてきたかが概観される。詳細は、実際に読んでいただきたいが、主として、18世紀に開花した勢力均衡体制、ナポレオン戦争後の、均衡による協調としてのウィーン体制、1860年代の、協調なき均衡としてのビスマルク体制について触れている。そして、均衡と協調による国際秩序の安定には、同質性と価値観の共有が必要であることを確認しているが、これは、価値観外交の有用性ないし必要性という今日的意義を改めて思い起こさせてくれる。続く第3章では、ドイツ、アメリカ、日本といった新興国の台頭で、均衡、協調といった原理がいかに作動しなくなり世界大戦に進んでいったか、また、共同体の原理に基づくウッドロー・ウィルソンの国際連盟の失敗が描かれる。第4章では、まず、冷戦期のグローバルな「平和」について、3つの原理がどのように作用していたか考察される。著者は、冷戦期の「長い平和」を、均衡の原理だけから理解するのではなく、均衡の体系と協調の体系が奇妙に結びついていたと言う。妥当な解釈であると思う。さらに、欧州統合という共同体の原理も展開していたと指摘する。後半では、ブッシュ(父)の「新世界秩序」、クリントンの「民主主義の共同体」、ブレアの「国際共同体」、ブッシュ(子)の勢力均衡への回帰が概観され、結尾の部分では、最近の米中関係が協調から均衡の原理に基づくものに回帰している、と指摘している。そして、日本の目指すべき方向性として、まずは東アジアにおける勢力均衡を回復することである、と適切に指摘している。そのための政策論としては、日米同盟の強化を挙げており、オーソドックスというか新味はないが、かえって、本書の分析の信頼性を高めているように思われる。

 国際関係史を、均衡、協調、共同体の原理から眺めてみるというのは、如何にも抽象的な感じを受けるかもしれないが、国際秩序の展開が生き生きと描かれており、決して、無味乾燥なものにはなっていない。その意味で、著者の試みは成功しているといってよいのであろう。国際問題に関心のある向きには、一読の価値があり、お薦めしたい。ただ、あまり日本の進むべき道を考えるという問題意識にとらわれ過ぎず―最終的にはそれが目標であるとしても―、まずは、国際秩序の歴史そのものを虚心坦懐に理解するよう努めるのが良いかもしれない。それが、歴史に学ぶことと、過去との安易な類推を混同しないための、最善の方法と考えるからである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 00:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書評 | 外交・国際政治全般

2014年07月24日

■RIMPACでの中国の情報収集、NHKの「珍解釈」

 環太平洋合同演習(RIMPAC)において、中国海軍の艦船が背信的な情報収集活動を行っていたことについては、昨日の記事で詳述した通りであるが、この件を報じたNHKの22日のニュースが不思議なことを言っていた。

 すなわち、同報道は、本件のあらましを報じた後、最後に次のように背景説明を加えていた。
アメリカ軍は、中国のリムパックへの参加を通じて米中両国の軍どうしの信頼醸成につなげたい考えですが、今回の情報収集用の艦船の派遣から中国側に不信感があることが浮き彫りとなった形です。

 前半の、米国が軍事交流を通じて信頼醸成につなげたい考えであるというのは、その通りである。しかし、後半は、いかにも理に適っていない。中国の対米不信感が強いのは確かだが、わざわざ情報収集用の艦船を派遣したのは、初めから諜報活動を行う意図を持っていたからである。そして、全体としては、NHKの解説は、「米側は信頼醸成を意図しているが、それは中国の不信感を取り除くのには不十分であるから、もっと中国に対して宥和的姿勢をとるべきである」と言っているように受け取れる。また、中国に対米不信感があるのだから招待された軍事演習で情報収集活動をするのはやむを得ない、とも示唆しているように見える。そういう印象を与える意図があるのだとすれば、極めて遺憾であると言わざるを得ない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 17:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) マスコミ批評 

2014年07月23日

■RIMPACにおける中国軍艦船による情報収集活動―米中軍事交流による信頼醸成という幻想

 現在、6月26日から8月1日までの日程で、米海軍が主催する、環太平洋合同演習(RIMPAC)がハワイ沖で開催されている。RIMPACは、ほぼ隔年で行われており、日本を含む、米国の環太平洋の同盟国、友邦の海軍が中心に参加し、今回は22か国が参加している。今回の最大の目玉は、中国が初めて招待されたことである。

 その中国海軍の艦船が、情報収集目的で周辺海域を航行していたことが明らかとなり、問題となっている。米太平洋艦隊の担当者によれば、演習が行われている海域の周辺において中国の艦船が通告無くして監視に当たっていることを確認したとのことである。米海軍は、これに対して、機密情報保護の措置をとり、ペンタゴンの当局者は、不快感を表明している。今回の中国艦船の行為は、明らかに背信行為であるが、中国としては「渡りに船」というべき機会が与えられたということであろう。

 RIMPACへの中国海軍の招待は、オバマ政権による、米中軍事交流による信頼醸成を目標とした措置である。しかし、中国を招待することには、米国内からも懸念が表明されていた。例えば、米国の有力な保守系シンクタンク、ヘリテージ財団の中国専門家である、ディーン・チェン研究員は、報告書や論説で、中国のRIMPACへの招待を止めるよう、繰り返し主張していた。その重要な根拠の一つは、同盟国、友邦を中国の諜報活動の危険に晒すことになる、ということである。中国艦船の今回の行為の最大の問題点は、まさにここにある。

 オバマ政権は、米中間の軍事交流により信頼醸成がなされ、米中間の緊張緩和に繋がると考えているが、楽天的に過ぎる。確かに、軍事交流には、お互いの手の内を見せ合うことにより、信頼が醸成され、その結果過度の軍拡に走ることが抑えられ、ひいては軍縮に繋がるという効果が期待できるケースがあるが、それは、冷戦末期の米ソのように、両者がそういう共通認識を持ち、なおかつ軍事力がほぼ拮抗している場合に限られる。しかし、現在の中国は、自らの能力を隠しつつ米軍の能力を知り、米軍の能力に出来るだけ追いつくことを大目標としているので、全く当てはまらない。軍事交流を通じた信頼醸成など、幻想と言って過言ではない。

 RIMPACへの中国の招待は、オバマ政権のそうした幻想が、同盟国、友邦にも大きなリスクを負わせたことになり、大失策であるという他ない。米国は、今回の件を重大な教訓として、米中の軍事交流への幻想を捨てるべきであり、次回のRIMPACには中国を招待しないことが求められる。そして、我が国は、アジア太平洋の友邦と共同で、懸念を表明してはどうかと思う。(了)

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takami_neko_shu0515 at 16:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日中関係・米中関係 | 安全保障・自衛隊

■佐賀空港へのオスプレイ配備正式打診

 政府は、陸上自衛隊自衛隊に新設され、佐世保に配置される水陸機動団が使用する輸送機として、2019年度までに、17機のMV22オスプレイを導入することとしている。そして、その配備先として、佐賀空港が検討されていたが、22日に、武田防衛副大臣が佐賀県の古川知事に対して正式に打診をした。

 具体的には、佐賀空港の隣接地に、駐機場、格納庫、給油施設などを整備し、佐賀空港を自衛隊との共同使用とし、オスプレイの配備に加え、佐賀県吉野ヶ里町の陸上自衛隊目達原(めたばる)駐屯地に配備されたヘリコプター50機も佐賀空港に移駐させる計画であり、同空港に配置される部隊は700〜800人規模になるとのことである。

 これに対して、古川知事は、「県民の生活を守るのが私の責任だ。なぜ佐賀空港なのか、オスプレイが安全なのか、政府が責任を持って県民に説明して理解を得るとともに、安全を確保してもらうことが必要だ」と述べ、「賛否は白紙である」と言った。これは、防衛装備の新たな配備に際しての、自治体の長の常套句である。古川知事は、継続協議すると言っており、拒否するような非常識な人物であるとは到底思えないが、自治体と国を対置し、まるで、国が危険を押し付けているかのような言いぶりは、やはり違和感を拭えない。こういう常套句は、日本の安全保障についてのいびつさをよく表しており、自治体と国が協力して日本の安全保障体制を強化するという発想があってしかるべきである。

 佐賀空港に配備するというのは簡単な理屈で、水陸機動団が配置される佐世保にごく近いからである。そして、佐賀空港からであれば、人員や装備を、尖閣まで一息に運ぶことが出来る。南西諸島の防衛にとって、軍事的合理性は大いに高い。また、佐賀空港は、有明海の干拓地に存在し、周辺住民への騒音などの問題も比較的低い。政府に説明を求めるまでもなく、県として率先して受け入れ、説明することが出来る筈である。誤解の無いように、念のために申し添えておくと、もちろん、政府が何も説明しなくて良いなどと言いたいわけではない。

 政府は、佐賀空港を、自衛隊のオスプレイ配備に加えて、普天間移設までの暫定措置として、米海兵隊普天間飛行場のオスプレイの訓練にも用いたいという意向を持っている。沖縄の負担軽減措置のためである。米海兵隊のオスプレイと自衛隊のオスプレイが共同訓練をより密にできるというメリットもある。合理的に沖縄の負担軽減に寄与できるのであるから、もったいぶらずに、快く受け入れるほうが、沖縄と本土の間のわだかまりを小さくすることにもつながるであろう。(了)

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takami_neko_shu0515 at 05:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 安全保障・自衛隊 

2014年07月22日

【ご挨拶】半年ぶりの更新およびコメントについての新方針

読者の皆様

ご無沙汰いたしております。

職務多忙につき、なかなか更新できませんでしたが、約半年ぶりに更新いたしましたので、御高覧頂ければ幸甚に存じます。相変わらず不定期な更新になるとは思いますが、宜しくお願いいたします。

なお、今後は、頂戴いたしましたコメントにつきましては、有り難く拝読させていただきますが、こちらからの返信は基本的に省略させていただきたく、宜しく御了承のほど、お願い申し上げます。

2014.7.22
高峰康修 拝


takami_neko_shu0515 at 05:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 個人的なこと・随想 

■中国を増長させる米国の言葉遊びと建前論

 7月9、10日に北京で開催された、第6回米中戦略経済対話(S&ED)では、米国は、中国に対して、一応は言うべきことは言ったと、最低限の評価はしてよいのであろう。
 
中国は、アジアの問題はアジア人が解決する「アジア安全保障観」という名の、米国のアジアからの締め出しを主張したが、米側は、米国は太平洋国家であると言って譲らなかった。海洋安全保障問題では、中国が、自国の海洋権益保護と米国の「公正な立場」を主張したのに対して、米国は、領有権についての一方的な行動は許されないと反論した。サイバー問題では、米国は、中国のサイバー攻撃を止めるよう要求した。そして、これまで閑却されてきた人権問題では、米国は、人権活動家などの逮捕や嫌がらせに懸念を示し、さらに、新疆ウイグル地区でテロ対策を口実に人権弾圧をしないよう釘を刺した。

 しかし、今般のS&EDの結果、中国が態度を変えるということは、到底あり得そうもない。その大きな原因の一つに、米国の、行動を伴わない言葉遊びと建前論があるように思われる。

 まず、前者の最たるものは、「米中の新しいタイプの関係」である。習近平は「新型の大国間関係」を打ち上げ、太平洋は米中の二大国を受け入れる余地があると言った。こんなことは、かつて人民解放軍の将校が言った、ハワイを境とした太平洋分割論とほぼ同義であるのは明らかだが、オバマ政権は、これを拒否せず、「新型の大国関係」から「大国」を抜いて「新しいタイプの関係」という言葉を使うことで、米中の立場の違いを表そうとしている。今回のS&EDでも、米側は、全面的に拒否すべきところ、「新しいタイプの関係」とは、実質的な協力を強化し、相違点には建設的な対処をすることである、と言った。いかにも官僚的な言葉遊びと言わざるを得ず、これでは、中国に侮られるのは当然である。2005年に当時のゼーリック国務副長官が、中国を「責任あるステークホルダー(利害関係者)」にする、と言ったのも言葉遊びの悪い例であったが、今回は、中国側の概念に乗せられてしまっている点で、より拙劣である。我が国としては、米国に、「新しいタイプの関係」という考えや言葉から離れるようアドバイスする必要があろう。

 そして、領有権に関する建前論も、大いに問題である。米国は、南シナ海での領有権問題で「領有権については特定の立場を取らない」との原則論を繰り返している。領有権をめぐる一方的な行動を認めないと主張するときも、枕詞のように「米国は特定の立場を取らないが」という留保がほぼ必ず付く。しかし、この原則は、紛争当事国がいずれも、国際法に則った主張をしている場合にのみ当てはまる。現に、北方領土問題では、米国は、ロシアの統治は不法占拠であり、日本に領有権がある、という立場である。南シナ海においては、中国が南シナ海のほぼ全域に主張している9点線が最大の問題である。中国は、9点線は歴史的根拠に基づく、と主張しているが、海洋法はそういう根拠は認めていない。米国も、当然、9点線は問題視している。とすれば、9点線に基づく南シナ海の島嶼への中国の領有権主張には異を唱えるべきであり、その限りにおいて「特定の立場を取らない」というのは論理矛盾である。我が国は、関係国とよく協議して、米国が建前論、それも誤った建前論は引っ込め、9点線への反対をより明確にするよう求めるべきであろう。尖閣問題でも、米国が、日米安保条約第5条の対象になる、と繰り返し言明してくれるのは、もちろん結構なことであるが、領有権自体に関しては、やはり、特定の立場を取らない、としている。これはおかしな話で、尖閣諸島は琉球列島の一部として戦後米国が統治し、それを日本に1972年に返還したというのが歴史的事実である。米国と協議して、日本がそういう主張をすることを容認させるべく、働きかける余地があると思われる。(了)

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takami_neko_shu0515 at 04:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 | 日中関係・米中関係

【集団的自衛権行使容認】日本の「ハンディキャップ国家」からの脱却への道は遠い

 集団的自衛権に基づく実力行使容認(注)をめぐる憲法解釈に関する議論は、周知の通り、7月1日の閣議決定により、「ある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」を要件に、他に適当な手段が無い場合に、必要最小限度の実力行使をすることが憲法上容認されることとなった。集団的自衛権の行使は、憲法上許されないと言わざるを得ないとした、1972年の政府資料の提出から42年、集団的自衛権は国際法上保有しているが憲法上行使を許されないとした、有名な1981年の答弁書から33年ぶりの、歴史的転換である。そして、もとより、その方向性は間違っていない。

 しかし、大いに懸念すべき材料が残っている。今回の再解釈は、集団的自衛権の「限定的容認」と言われる。個別的自衛権の行使について、専守防衛の考え方を改めない以上、それとの整合性を考えれば、やむを得ないことではある。問題なのは、集団的自衛権の行使を容認する必要性を説くよりも、むしろ、今回の決定が如何に限定的なものであるかを強調し、歯止めがかかっているかを強調することを迫られた点である。これは、自公協議では、公明党がブレーキ役となり、原案の「根底から覆されるおそれ」から「根底から覆される明白な危険」と改められたのが象徴的である。ただ、これは、公明党云々というよりも、国民の意識の問題と言った方が正確であろう。

 閣議決定直後のいくつかの大手マスコミの世論調査では、再解釈に対する反対が過半数に上った。それは、再解釈に対する、「戦争の出来る国になる」「手続きを経ない解釈改憲である」などといった、一部マスコミの異常なキャンペーンの結果であるが、そういうキャンペーンを受け入れる素地があったということでもある。すなわち、憲法9条の特殊性を維持し、普通の国に近づくことへの拒否感である。そもそも、集団的自衛権の行使には、国際法上、厳しい制約が課せられている。国連憲章では、集団的自衛権に基づいてとった措置は直ちに安保理に報告する義務があると規定されている。1986年の国際司法裁判所の「ニカラグア事件」本案判決では、集団的自衛権の行使の要件として、被攻撃国の来援要請を挙げている。そして、個別的と集団的とを問わず、自衛権の行使には、国際法上、必要性と均衡性が求められている。政府は、こうした諸点をもっとよく説明すべきであったし、そうすべきであろう。

 憲法9条の特殊性を強調し、日本が軍事的に出来ることが可能な限り制限されるのは当然とする立場は、1990年代に著名な外交官らが唱えた「ハンディキャップ国家論」である。この点、自民党政務調査会の田村重信調査役は、著書『これで納得!日本国憲法講義』(内外出版)の中で、憲法9条の改正への反対につき「悪いことをして牢屋に入った人が、牢屋から出たら自分に自信が持てなくて、また同じ過ちを繰り返してしまう可能性がある。だから、牢屋から出さないでくれというのと同じことです。」と言っている。正鵠を射た指摘であり、今般の再解釈にも当てはまる。こうした意識が払拭されなければ、安全保障上の必要性に基づいた政策論が困難になってしまう。政府は、「ハンディキャップ国家」を良しとするような風潮を打破するよう指導力を発揮すべきであり、今後の関連法改正の議論において、さらに「限定」が厳しくなり、集団的自衛権の行使を容認した意義が没却されるようなことのないようにしなければならない。(了)

(注)集団的自衛権は本来武力による援護に限られないので、敢えてこのような表現にした。

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takami_neko_shu0515 at 04:20|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 安全保障・自衛隊 | 憲法・憲法改正

2014年02月01日

■オバマの一般教書演説は酷過ぎる―日本は米国の「不在」を埋める努力を

 オバマ政権が米国の対外関与に消極的であり、自由主義、民主主義、法の支配を是とするグローバル秩序の守護者としての米国の役割を顧みない傾向にあることは、かねてより指摘されているところである。1月28日の一般教書演説は、改めてそれを裏付けたに過ぎないが、やはり、同演説はかなり酷いものであった。

 オバマ大統領は一般教書演説で、「真に必要でなければ、軍を危険な地に送ることはない」といい、アジア太平洋政策については、「アジア太平洋に焦点を当て続け、同盟国を支持し、より安全で繁栄した未来を作る」とだけ短く触れ、具体策は何も示していない。アジア太平洋への言及の少なさが、国内での報道では大きく取り上げられているようであり、それはその通りだが、「アジア太平洋軽視」は第二期オバマ政権の特徴である。

 むしろ、驚かされたのは、シリアに関するくだりである。オバマ大統領は、シリアが化学兵器の廃棄・解体に同意したことについて、「力を裏付けとした米国の外交のゆえである」と述べた。しかし、オバマ政権のシリア政策が支離滅裂であるのは周知の事実である。反乱軍を支援するため空爆すると一旦表明した直後に、法的に全く必要でない、議会の承認を得ると言いだして、結局、取りやめた。そして、ロシアの調停案に飛びついた結果、ロシア主導で、化学兵器の廃棄・解体という妥協案が成ったのである。その化学兵器の廃棄・解体も、前途は必ずしも万全とは言い切れない。これを、米国の力の裏付けに基づいた外交の成果、などと言うのは、オバマ政権の、現実認識能力の著しい欠如、無能力でなければ、不誠実極まりない牽強付会であると言わざるを得ない。これは、オバマ政権の外交姿勢をよく表している。

 保守の立場から定期的にワシントン・ポストのブログを書いている、ジェニファー・ルービン女史は、オバマは「カーター大統領を上回る最悪の最高司令官」であり「史上最も真摯でない最高司令官」である、と1月29日付の同紙ブログで酷評しているが、言い得て妙である。こういうオバマの米国に、あと3年近くは付き合わなければならない。これは、言うまでもなく、世界の秩序にとって大きなマイナスであるが、他の現状維持を是とする国々が協力して補っていく他ない。我が国が果たすべき役割はそれだけ大きく、他方、チャンスも大きいと言える。安倍総理の言う、積極平和主義、地球儀俯瞰外交が、いよいよ価値を持ってくる。

 もちろん、我が国には、世界秩序の維持において、米国の代わりを務める能力はないが、少なくとも、アジア太平洋においては大きな役割を果たし得る。国際的法の支配に基づく海洋安全保障を追求するために、有志国と協力を深めるべきである。地域の主要民主主義国である印豪、また、ASEAN諸国との連携強化をさらに促進する必要がある。この際、武器輸出三原則の見直しは急務である。武器貿易は、外交安全保障政策の重要なツールだからである。安倍総理は、武器輸出三原則に代わる新しい武器輸出ガイドラインを策定する、と言っている。また、集団的自衛権の行使容認も不可欠である。着実にそれらを進めることが、強く期待される。日米同盟の深化も、オバマ政権の姿勢に関わらず、実務者レベルでは進展するであろうし、そうしなければならない。これらは、現在必要であるだけでなく、オバマ政権が去った後、米国にもっと望ましい政権ができた際に、日米関係を大きく進展させる財産になるであろう。(了)

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takami_neko_shu0515 at 00:16|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 | 日米関係・日米同盟

2014年01月29日

■欧州委員会の環境エネルギー目標が示す再生可能エネルギーの地位低下

 欧州委員会は、1月22日に、2030年に向けた温室効果ガス削減目標とそれに関する一連の施策に関する政策文書を発表した。その柱は、既に報じられている通り、EUは、2030年までに温室効果ガスを1990年比で40%削減すること、再生可能エネルギーの割合を2030年に27%まで向上させること、である。

 EUは、2020年までの目標として、温室効果ガス削減については90年比で20%削減し、再生可能エネルギーの割合は20%にすることを掲げている。数字だけを見れば、2030年における温室効果ガス削減目標を40%に大幅に拡大したことが、確かに目を引く。

 ただ、それよりも注目に値するのは、2030年における再生可能エネルギーの割合の目標はEU全体としてのものであり、2020年目標とは異なり、国別の義務は課さない点である。政策文書は、各加盟国はそれぞれの状況に最適な方法で再生エネルギー導入を進める、としている。このことは、欧州が「再生可能エネルギー至上主義」と訣別しつつあることを意味する。国別の義務を課さずにEU全体での目標を達成するというのは、事実上不可能に近い。

 政策文書によれば、再生可能エネルギーの拡大の目的は、EU原産エネルギー資源への移行により、エネルギー貿易収支を改善し、雇用と経済成長にメリットをもたらすことである。再生可能エネルギーがそういうエネルギー戦略に貢献しないのであれば、これにこだわることは合理的ではない、とEUが考えたとしても不思議ではない。

 2030年目標が国別義務を諦めたのは、再生可能エネルギーのコストが低下せず、経済に与える負の影響が大きくなる一方だからである。特に英仏が難色を示していた。欧州員会が最近発表したレポートは、EUの産業用電気料金は、米国の2倍以上であり、中国より約2割高い、と指摘している。欧州の電気料金が上昇を始めたのは2000年代からであり、再生可能エネルギーの導入が活発化した時期と一致している。おそらく、今後は欧州でも、原子力、クリーンコールが柱となり、そして、場合によってはシェールガスが脚光を浴びるということになると思われる。

 日本は、元来、電気料金が高いが、原発の停止に伴う火力発電による代替により、米国の2倍を大きく上回る事態となっている。原発の再稼働を順次進めるとしても、状況が劇的に好転するわけではない。そこに、高コストの再生可能エネルギー導入を進めれば、どうなるかは明らかであろう。欧州は、良くも悪くも、環境エネルギー政策の先駆者である。策定がずれ込んでいる、我が国のエネルギー基本計画では、再生可能エネルギーをめぐって、その影の部分をよく教訓とすべきである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 16:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 | 地球温暖化・温室効果ガス削減

2014年01月27日

■靖国参拝から1か月、参拝の反復継続が重要

安倍晋三総理が昨年12月26日に靖国神社を参拝してから、ちょうど1か月になる。この間、予想された通り、様々な反応や議論があった。中韓は激しく反発し、米国は「失望した」と言った。日中の大使が英国の新聞紙上などで舌戦を戦わせる事態にもなった。

国内での議論で目を引いたのは、米国との協調が重要であるこの時期に参拝したのは思慮に欠ける、という類の主張である。普段は日米同盟に冷淡である進歩的なマスコミや知識人がそのような論理を持ち出すのは論外として、現実主義的と思われる論者からの主張としては、当否を検討する価値はあろう。確かに、米政府は失望を表明したが、日米同盟の根幹を揺るがしたとは到底言えない。実務者レベルでの両国の安全保障協力は、何の遅滞もなく進展しており、例えば、日米は、サイバー攻撃への対処能力を向上させるべく、米軍と自衛隊の専門要員を共同で育成する方針を示すなど、大きな進展を見せている。また、昨年策定された日本の新しい国家安全保障戦略は高い評価を得ており、靖国参拝は、それを損ねてはいない。靖国参拝が対米配慮に欠けるという議論は、いささか的外れである。

中国や韓国は反発しているが、言葉で非難するか、首脳会談をしないと言うか、そのようなことしかやりようがなく、大した実害はない。そもそも靖国参拝以前から、首脳会談を拒否している。米国との関係で重大な問題ではなく、中韓の反発が中身を伴うものでないとすれば、靖国参拝は通常の意味での戦略的問題ではないと言える。それでは、今後、総理の靖国参拝をどのようにして行けばよいのだろうか。

大前提として考えるべきは、次の2点である。第一に、国家のために殉じた人を追悼し顕彰することは、国家の責務であり、それをしなければ国家の大きな精神的支柱を欠くことになる。第二は、靖国参拝は、「宣伝戦」の一環となっている、ということである。

まず、一点目からであるが、日本が近代国家としての体裁を整えて以降、国家のために殉じた人を追悼し顕彰する唯一の国家的施設は、現在のところ靖国神社しかない。靖国に祀られているのは、戊辰、日清、日露、第一次大戦、第二次大戦に至る、戦没者の霊である。千鳥ヶ淵戦没者墓苑を挙げる者もあるが、これは、あくまでも第二次大戦中の無名戦士の慰霊施設であり、靖国の代替にはならない。靖国を総理が参拝すべき最大の理由は、ここにある。

次に、「宣伝戦」の観点であるが、一見、総理が靖国を参拝すれば、中韓が反発し、欧米のマスコミに大きく取り上げられ、不利になるようにも思われる。しかし、安倍総理の12月の靖国参拝後浴びせられた厳しい非難にもかかわらず、日米同盟は揺るがされてはいない。一方、米紙の社説や、米国の知識人の論説には、A級戦犯が祀られているので事情が異なるという留保付きではあるが、靖国はアーリントンと類似した性格を持っている、とするものが出てきている。例えば、米国を代表する知日派知識人である、アメリカン・エンタープライズ・研究所研究員のマイケル・オースリンによる12月26日付論説や、12月28日付ワシントン・ポスト紙社説などが挙げられる。したがって、靖国を、戦没者追悼のための施設であり、決して軍国主義を賛美する施設ではない、ということを周知するための広報活動を繰り広げる余地はあるように思われる。実際、安倍総理は、ダボス会議での記者との質疑応答で、国のために殉じた人を追悼するのは、あらゆる国家の指導者が行っていることである、との趣旨の発言をした。そして、日本が平和主義に徹する誓いを改めて表明した。この2点をセットにして繰り返すことが、靖国をめぐる宣伝戦に勝ち抜く正攻法であろう。

さらに、これは、実際の参拝という行動とセットで行われるべきである。語弊を恐れずに言えば、参拝を繰り返されれば、批判する方にも慣れないし免疫のようなものができてくる。春秋の例大祭はもちろんのこと、それ以外にも節目節目に参拝を繰り返す必要がある。

靖国の性格については、国内にも議論があることは承知している。国家のために殉じた人を追悼し顕彰する施設が、神社という一宗教法人であってよいのか、検討の余地はあると思う。しかし、現在は、それに代わる施設がないことを、よく認識すべきである。それ以上に、靖国が宣伝戦の対象となっている最中に、靖国の在り方について議論するのは、全く不適切である。宣伝戦に勝ち、靖国を国際問題から解放し、純粋に国内問題として議論が出来るようになるのを待たなければならない。そのような環境を整えるためにも、総理による靖国参拝の反復継続は重要である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 13:16|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 | 歴史認識問題

2013年09月18日

■韓国による水産物禁輸問題のWTOへの提訴手続きを迅速に進めよ

 韓国政府は、福島第一原発の汚染水漏洩を理由として、福島県など8県の水産物を輸入禁止処分とした。これは、GATT第20条の規定に違反する可能性が濃厚である。これに対して日本政府がWTOへの提訴を検討していると伝えられるが、当然のことである。

 GATT第20条は、「この協定(GATT)の規定は、締約国が次のいずれかの措置を採用すること又は実施することを妨げるものと解してはならない」として、輸出入制限等に関する一般的例外を列挙しており、その(b)項は「人、動物または植物の生命または健康の保護のために必要な措置」としている。一方、第20条但し書きは、一般的例外の適用について、「・・・国際貿易の偽装された制限となるような方法で、適用しないことを条件とする」と規定している。

 まず、韓国の行為は、GATT第20条(b)に該当するか、問題となる。福島第一原発の汚染水による海洋汚染が国際基準を上回るものであれば、確かに、「必要な措置」と言える。しかし、現在のところ、日本は、当該汚染がそのようなものではないと発表し、国際社会は幅広くその主張を認めている。そして、日本は、1キログラム当たり100ベクレル以下との基準を厳守して輸出している。したがって、韓国の禁輸措置は、GATT第20条に認められた範囲を逸脱したものであると考えられる。

 次に、韓国の禁輸措置が、GATT第20条の但し書きにある「国際貿易の偽装された制限」に該当する可能性も、一応問題となる。仮に、日本に対する何らかの政治的意図を持って、禁輸措置を執ったのであれば、「偽装された制限」と言えよう。ただ、これは、証明が困難であり、実際に提訴となれば、GATT第20条(b)に適った措置であるか否かに絞るべきであり、そのようになると思われる。

 日本政府は、提訴の検討に時間をかけるべきではなく、迅速に手続きに入るべきである。間違っても、韓国との摩擦を避ける、などという発想が入り込んではならない。確かに、提訴によって韓国側は反発するであろう。既に、一部の韓国の政治家やマスコミはWTOへの提訴の動きを激しく非難しているようだが、韓国にはWTOのルールを遵守することを学んでもらわなければならない。WTOの手続きにしたがって通商問題に関する紛争を解決することは、ごく当たり前のことであり、慎重になるべき理由は全くない。それに反発して政治的関係が悪化するのであれば、反発する方が国際的法の支配を理解していないとしか言いようがない。

 歴史認識問題と全く異なり、この件では、日本の国際的立場は微妙なものではなく、WTO提訴によって誤解されることはない。米国は、アジア戦略の観点から日韓関係の悪化を望んでいないが、ルールに基づいた紛争解決を支持するしかないであろう。もちろん、大部分の他の国も同様であろう。韓国が自制して粛々と手続きが進められれば結構なことであるし、韓国が過剰反応すれば、ひいてはあらゆる韓国の主張に疑問符がつけられることにもつながる可能性を無しとせず、それだけ自らの立場を悪くするだけである。いずれにしても、日本が困ることは皆無である。

 林芳正農水相は、WTO提訴について、「絶対に提訴しないわけではない」と記者会見で述べ、提訴の可能性を排除しないことを明言している。そう言ってしまった以上、提訴しなければ、福島第一の汚染水問題についての日本の言い分が、国際的に信用を失うことに繋がりかねない。逆に、WTOの紛争解決パネルにおいて事実を明らかにすることは、福島第一による汚染への過剰反応が誤りであることを示す良い機会にもなる。したがって、WTOへの提訴をちらつかせて韓国の禁輸措置を止めさせるよう試みるというのも一つのやり方かもしれないが、ちらつかせるだけでなく、提訴の手続き自体を迅速に進めるべきである。韓国側が譲歩すれば、その時点で紛争はなくなるのだから、手続きを取り下げればよいだけのことである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 17:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 朝鮮半島情勢・日韓日朝関係 | 産業・通商

2013年09月13日

■中国による太平洋島嶼国への関与強化は脅威か?

 最近、中国は、太平洋の島嶼国への支援を活発化させるなど、同地域への関与を急速に強めている。中国は、トンガに110億円相当の資金援助をして、その資金の一部により、トンガのヌクアロファ港を改修し、軍港としても使えるようになっている。また、パプアニューギニアの二つの港の拡張工事を、中国の企業が落札している。こうした動きを脅威と捉える論調が散見される。例えば、9月4日付の読売新聞は、9月3日から5日にかけてマーシャル諸島で開かれた太平洋諸島フォーラム(PIF)に合わせる形で特集記事を組み、『太平洋 増える 「中国港」』『軍港化 日米豪が警戒』といった見出しを付けて、中国の脅威を強調している。

 しかし、中国の太平洋の島嶼国への関与強化は、多面的に見る必要がある。まず、軍事的側面からは、トンガに軍港を確保したからといって、到底、脅威とは言い難い。中国が太平洋の島嶼国に軍港を確保すれば、グアムやハワイといった米軍の拠点の後背地を脅かすことになる、と解説されることがあるが、広大な太平洋の制海権を確保して、ハワイやグアムの米軍の行動を牽制するには、中国軍は明らかに力不足であるし、効率的なやり方とは言えない。中国は、そのような戦略をとらないであろう。中国にとって軍事的意味があるとすれば、せいぜい、太平洋島嶼国の軍港に立ち寄ることができるので、遠洋航海訓練が出来る、といったことであろう。前掲記事は、インド洋での「真珠の首飾り」につづく「第二の首飾り」の可能性について触れているが、ミスリーディングである。そもそも「真珠の首飾り」すら、ミャンマーの西側接近により、あまり言及されなくなってきている。

 次に、外交的側面では、太平洋の島嶼国には、台湾との間で外交関係を持っている国が多いことが重要である。中国の援助攻勢は、こうした国々に、台湾との断交を促す意図がある。中国の脅威と言うならば、これは、台湾にとって脅威かもしれないが、台湾も経済援助によって島嶼国との外交関係を得ており、中台が一部の島嶼国によって両天秤にかけられている側面がある。また、もっと抽象的な意味で、中国が大国としての面子から、関与する地域を拡大する意図もあるであろう。

 そして、経済的側面、より具体的には、資源獲得の意図がある。南太平洋は水産資源が豊富であるし、パプアニューギニアには多くの天然ガスが埋蔵している。パプアニューギニアの港拡張は、漁港としての整備を目指すものであると伝えられている。中国は、資源の開発と利用について、国際的ルールを逸脱することを厭わない。中国の最大の脅威は、むしろ、太平洋における水産資源の持続可能な利用や、環境に対するものであろう。

 我が国は、PIF加盟国・地域との間で、1997年から3年ごとに太平洋島サミット(PALM)を開催しており、太平洋の島嶼国との良好な関係は、長い歴史を持っている。そして、PALMにおける重要なテーマは、水産資源管理、そのための海上保安能力向上、環境問題である。日本は太平洋における海洋ガバナンスを先導することで、海洋国家としての地位を向上させることができる。日豪に加えて、米国も太平洋島嶼国への関与を深めており、昨年のPALMには初めて米国代表が招かれ、PIF域外国対話にはクリントン国務長官(当時)が参加するに至った。そして、日米豪の援助方針は、一言でいえば、「良い統治」に資するという、対外援助の王道に沿ったものである。太平洋島嶼国への中国の関与に対して言うべきことは、水産資源の乱獲や環境汚染にノーと言うことであり、援助は、今まで通りのやり方を堅持すればよい。また、太平洋島嶼国は、地球温暖化による海面上昇を強く懸念しており、温室効果ガス削減にあまり冷淡な態度をとると、彼らの失望を招くことにも繋がる。

 中国が軍事的脅威であることは厳然たる事実であるが、何でもそれに無理やり結びつけるのは誤りである。中国が南太平洋に進出することは、同地域を「裏庭」と看做している豪州の警戒を招く可能性があり、中国をどう見るかで外交安保政策が分裂している豪州の国論をかえって統一する効果すらあるかもしれず、そうなれば、脅威と言うよりもチャンスである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 07:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 豪州・オセアニア・太平洋島嶼国 | 海洋政策

2013年09月12日

■尖閣周辺空域で中国の無人機に空自がスクランブル―「無人機大国」中国にどう向き合うか

 9月11日で尖閣の日本による国有化から一周年を迎えたが、それを前に、中国のものと思われる無人機が、日中中間線を越え、尖閣北方約100キロの空域で旋回し、これに対して空自のF15がスクランブル発進した、と統合幕僚監部が9日発表した。中国当局は、これが、中国の無人機であると認め、今回の行動は国際法に違反しておらず、今後とも同様の訓練を行うと明言している。確かに国際法違反をしているわけではないが、挑発的行為を継続することを宣言したものであり、やはり重大である。

 実は、中国は「知られざる無人機大国」である。中国は、既に1950年代後半には、ソ連の無人機をリバースエンジニアリングしており、それ以来、無人機の開発を半世紀以上にわたって続けてきたという積み重ねがある。その結果、現在では、280機以上の無人機を保有しているとの見積もりがあり、質量ともに米国に次いで第二位である。その用途については、中国国防部は、当面東アジアにおける無人機の使用を偵察に限る、との公式声明を出しており、既に、尖閣の写真撮影に用いている。中国が尖閣に対して無人機を何らかの形で用いるのは、今回のスクランブル以前から既に始まっていることであり、今回の件によって大きくクローズアップされただけのことである。

 そして、中国国防部が「当面」と留保をつけていることからも推測できるように、将来は、攻撃的な無人機を配備することも十分に考えられる。仮にそこまで行くには時間があるとしても、無人機の使用は、有人機による場合と比して、偵察の敷居を下げ、偵察活動の活発化に繋がるであろう。これは、出来る限り抑止する必要がある。そのために、日本は、真剣に対策を考えなければならない。

 第一に、無人機の領空侵犯があった場合への対応である。自衛隊法84条は、領空侵犯への対応について「着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」と規定しており、正当防衛に当たる場合以外は、原則として撃墜することを認めていない。しかし、国際法は撃墜を認めており、自衛隊法の規定は、極めて抑制されている。自衛隊法84条にいう「必要な措置」というのは、要するに、退去要請や警告射撃のことだが、無人機が相手では効果のほどは疑わしい。領海侵犯した無人機も含む軍用機を撃墜できるように、国際基準に合った形に自衛隊法を直ちに改正し、そういう対応を執ることを宣言すべきである。

 第二に、我が国も偵察目的の無人機の導入を急いで進めなければならない。そして、東シナ海において、偵察活動を活発に実施するべきである。それは、中国軍の動きを知るのに役に立つであろう。中国側は反発するだろうが、それで初めて、無人機での偵察を相互に自粛する交渉の可能性が出て来る。そうならなくとも、どうせ必要な装備なのだから、無駄になることは決してない。

 そして、第三に、長期的な検討課題として、サイバー攻撃能力を持つことも検討すべきであろう。中国が、無人機を攻撃目的にも使うようになったならば、無人機をコントロールしている場所を破壊する必要が出て来る。そのための対地攻撃能力を持つのは現実的でも適切でもなく、サイバー攻撃によって無力化するのがよいであろう。

 今回の中国の無人機に対するスクランブルを、一過性のものとしてしまっては、中国の圧力を増長させるだけである。無人機を、偵察目的限定から、攻撃目的にも用途を広げて来る可能性がある。まずは、中国の無人機に無関心でないという強いメッセージを出す必要があり、上記自衛隊法の改正が喫緊である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 04:22|PermalinkComments(3)TrackBack(1) 日中関係・米中関係 | 安全保障・自衛隊

2013年09月08日

■韓国大統領、メルケル独首相との会談でも歴史問題で日本批判

 韓国の朴槿恵大統領による日本に対する歴史問題をめぐる注文は度を越しており、遺憾ながら常軌を逸しているとしか言いようがない。オバマ米大統領と会談した時も、中国の習近平主席と会談した時も、この話題を持ち出したが、今度は、ドイツのメルケル首相との会談でも言及したと伝えられている。サンクトペテルブルクのG20会場でメルケル首相と顔を合わせた朴氏は、「(メルケル首相が)ダッハウ収容所追悼館を訪問して行った演説を、韓国の国民も感銘を受けながら聴いた。歴史の傷を治癒しようという努力がなければならず、度々傷に触れていては難しくなるのではと考える」「日本が歴史を眺めながら、未来志向的な関係を発展させることを希望する」と述べ、「日本は北東アジアの共同繁栄と平和のため協力していく重要な隣国であり、協力推進のために韓国は努力している」と、自己正当化も忘れなかった。

 韓国にも、日本の左派の間にも、日本は歴史問題についてドイツを見習うべし、と言う者は多い。しかし、日韓関係において、日本がドイツに学ぶとすれば、韓国はフランスの寛容に学ばなければ、両国の和解はあり得ようもない。これは、米アジア太平洋安全保障研究センター准教授のジェフリー・ホーナンが、5月に米国の外交専門誌The National Interestのウェブサイトに掲載された論説で述べたことである。まことに常識的な意見だが、独仏関係と日韓関係には大きな違いがある点は見逃してはならないであろう。欧州は、バランス・オブ・パワー、コンソート・オブ・パワーなどといった、対等な国家同士による戦争と平和についての試行錯誤を繰り返してきた。これに対して、日韓関係では、韓国には中華帝国を中心とする華夷秩序の残滓が色濃く残っており、その秩序の中では、日本を格下と見ているように思われる。歴史問題を政治カードに使うという意図以上に、そういう背景があると想定しなければ、合理性を遥かに越える対日批判は理解しがたい。

 しかし、朴大統領の日本批判は、そろそろ逆効果になる可能性がある。訪米時の朴氏の米議会での演説は、自由、民主、人権の価値を米韓が共有していることを強調して、大いに米国の共感を呼んだが、度重なる日本批判に、米国の国防当局者は辟易しつつあるようである。米国としては、対北朝鮮を考えれば、日米韓の連携が望ましく、日韓の対立は困ることである。安倍総理が予想に反して、歴史問題で自重していることと比べて、朴氏の突出が目立つことになる。

 また、他国の批判をして回るというのは、品の良いこととみなされるはずもない。外交というと特殊な世界のように思われがちだが、人間の営みである以上、人間の常識は意外と通用するものである。そういうわけで、日本としての歴史問題に関する対韓国政策は、騒がないことに限る。ただし、竹島領有権問題や日本海呼称問題といった、事実関係を争う場面では、声を大にして反撃しなければならない。この点は、明確に分けなければならない。(了)
 
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takami_neko_shu0515 at 05:25|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 朝鮮半島情勢・日韓日朝関係 

2013年09月06日

【COP19】温室効果ガス削減目標を原発復活の梃子にせよ

 我が国は、現在、福島第一原発事故を受けた原発稼働停止により、温室効果ガス削減目標についての国際公約が棚上げとなっている。11月にポーランドで開かれる、国連気候変動枠組み条約の第19回締約国会議(COP19)においては、新たな削減目標が提示されることが望まれるが、経済産業省と環境省の対立から難航しており、数値目標を示せない可能性が指摘されている。

 報道によれば、経産省と環境省が共同で事務局を務める、中央環境審議会と産業構造審議会の専門合同会合が、温室効果ガス削減の数値目標をめぐって対立し、暗礁に乗り上げているとのことである。経産省は、将来の電源構成における原発の比率が決定していないので数値目標の議論は進められないと主張している。これに対して、環境省は、概算であっても原発の比率を仮定すれば数値目標を決めることはできると主張し、折り合いがつかずにいるようである。

 確かに、経産省の主張は理に適っている。しかし、一方で、COP19において日本が数値目標を示せないとなると、面目を失うことになる。我が国が温室効果ガス削減の数値目標を棚上げしているのは、原発への消極姿勢が最大の原因である。その一方で、我が国は、国策として原発輸出を推進するというのであるから、全く理屈が通っておらず、国際的非難を浴びても仕方がない。そうなると、我が国が提唱している二国間クレジット制度(JCM)も、温室効果ガス削減の手段として認められない可能性が高まる。さらに、今後、温室効果ガス削減の国際的約束にコミットしないという方針に転換するのであれば話は別だが、そうでなければ、日本は削減目標という交渉の最重要カードを持たないことになり、温室効果ガス削減に関する国際交渉において大いに不利な立場に立たされるという、実質的な不利益がある。

 そこで、経産省の言い分に一理あることは認めるが、逆に、温室効果ガス削減の数値目標を先に決め、それを梃子に原発の再稼働を推進する方が国益に資するのではないか。原発の復活が無ければ、燃料費の圧迫を受けて、アベノミクスも画餅に帰する可能性がある。米国発のシェール革命の恩恵を受けることができるかもしれないと言っても、まだ先の話である。

 それでは、数値目標はどの程度に設定すべきか。もちろん、鳩山元首相が2009年9月に示した、2020年までに1990年比で25%削減というのは論外である。これは原発の比率を50%以上にすることを前提としており、エネルギ安全保障の大原則である、エネルギーのベストミックスという観点からも問題がある。2009年6月に当時の麻生政権が示した、2020年までに2005年比で15%削減(90年比では8%削減)というのが一つの基準になるのではないかと思う。これは、一度国際公約として提示した数字であるという意味もある。他の主要国の数値目標を見ると、いずれも2020年までに、米国は2005年比で約17%削減、カナダも2005年比で17%削減、オーストラリアは2000年比で5〜15%削減、などとなっており、麻生目標はこれらに比して遜色がなく、我が国の、温室効果ガス削減の国際的取り組みのプレイヤーとしての立場を大きく弱めることはない。なお、EUは、1990年比で20%削減と言っているが、これは京都議定書の時と同じく、数字のマジックを利用した、一種の誇大広告である。欧州では、ちょうど1990年ごろを境に、石炭から天然ガスへのエネルギーの近代化が進んだこと、また、経済状態が悪く温室効果ガス排出量の少ない東欧諸国を加盟させたことで、それらの分が努力無しで削減されたという事情がある

 どうせ温室効果ガス削減の数値目標が必要であるのならば、それを国益に最大限にプラスになるよう活用すべきで、その一つの大きな柱は原発の復活である。福島第一原発の汚染水処理に関する不手際から、原発への風当たりは強く、迅速な対応による信頼回復が重要であることは言うまでもないが、そのことと電源構成についてのマクロな議論や温室効果ガス削減問題は分けて考えるべきである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 19:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 | 地球温暖化・温室効果ガス削減

2013年08月30日

■集団的自衛権をめぐる最高裁判事の発言は重大問題

 前内閣法制局長官で最高裁判所判事に転任した山本庸幸氏が、8月20日に就任会見において、集団的自衛権の行使について、憲法解釈の変更によって容認するのは困難であり、憲法改正によるのが適切であるを改正しなければ難しい旨の発言をした。これは、三権の在り方の根本にかかわる重大な問題発言である。

 周知の通り、最高裁判所は、一切の法令や処分が憲法に適合するか否かを審査する、最終的な権限を有している。そして、我が国では、憲法適合判断は具体的な事件についての裁判に際してなされることになっている。仮に、「憲法裁判所」のような、抽象的審査権があったとしても、司法の本質は事後判断である。したがって、最高裁判事が憲法解釈について予断を与えるような発言をすることは、厳に慎むべきことである。山本氏の発言は、内容に賛同しかねることもさることながら、こうした原則を全く無視して、予断を与えるどころか自説を明確に述べてしまっているいる点が、何よりも問題である。菅官房長官が「違和感がある」と批判したのは当然である。

 こういう発言が出て来るのは、内閣法制局に憲法の有権解釈権があるかのごとき錯覚が、長年の運用を通じて醸成されたことが背景にあると思われる。推測になってしまうが、山本氏の中では、既に内閣法制局長官として、有権解釈を示してきたので、最高裁判事としての記者会見で憲法解釈についての発言をするのは不思議なことでも何でもない、ということなのかもしれない。それは、重大な司法軽視である。山本発言がそれほど批判を浴びていないことからすれば、日本国内の全体的意識が麻痺しているのであろう。

 本来は行政機関の一員として憲法や法律などの解釈についてのアドバイザーであるべき内閣法制局の見解を、あたかも最高裁か「憲法裁判所」の判断であるかのように、金科玉条のように取り扱ってきた歴代内閣にも責任はある。安倍政権が、内閣法制局長官を交代させてまで集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈を示そうとしていることは、内閣法制局の位置づけ、ひいては、司法と行政の関係を正常化できるか否かの試金石でもある。(了)

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takami_neko_shu0515 at 16:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 憲法・憲法改正 | 司法
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