2014年02月01日

■オバマの一般教書演説は酷過ぎる―日本は米国の「不在」を埋める努力を

 オバマ政権が米国の対外関与に消極的であり、自由主義、民主主義、法の支配を是とするグローバル秩序の守護者としての米国の役割を顧みない傾向にあることは、かねてより指摘されているところである。1月28日の一般教書演説は、改めてそれを裏付けたに過ぎないが、やはり、同演説はかなり酷いものであった。

 オバマ大統領は一般教書演説で、「真に必要でなければ、軍を危険な地に送ることはない」といい、アジア太平洋政策については、「アジア太平洋に焦点を当て続け、同盟国を支持し、より安全で繁栄した未来を作る」とだけ短く触れ、具体策は何も示していない。アジア太平洋への言及の少なさが、国内での報道では大きく取り上げられているようであり、それはその通りだが、「アジア太平洋軽視」は第二期オバマ政権の特徴である。

 むしろ、驚かされたのは、シリアに関するくだりである。オバマ大統領は、シリアが化学兵器の廃棄・解体に同意したことについて、「力を裏付けとした米国の外交のゆえである」と述べた。しかし、オバマ政権のシリア政策が支離滅裂であるのは周知の事実である。反乱軍を支援するため空爆すると一旦表明した直後に、法的に全く必要でない、議会の承認を得ると言いだして、結局、取りやめた。そして、ロシアの調停案に飛びついた結果、ロシア主導で、化学兵器の廃棄・解体という妥協案が成ったのである。その化学兵器の廃棄・解体も、前途は必ずしも万全とは言い切れない。これを、米国の力の裏付けに基づいた外交の成果、などと言うのは、オバマ政権の、現実認識能力の著しい欠如、無能力でなければ、不誠実極まりない牽強付会であると言わざるを得ない。これは、オバマ政権の外交姿勢をよく表している。

 保守の立場から定期的にワシントン・ポストのブログを書いている、ジェニファー・ルービン女史は、オバマは「カーター大統領を上回る最悪の最高司令官」であり「史上最も真摯でない最高司令官」である、と1月29日付の同紙ブログで酷評しているが、言い得て妙である。こういうオバマの米国に、あと3年近くは付き合わなければならない。これは、言うまでもなく、世界の秩序にとって大きなマイナスであるが、他の現状維持を是とする国々が協力して補っていく他ない。我が国が果たすべき役割はそれだけ大きく、他方、チャンスも大きいと言える。安倍総理の言う、積極平和主義、地球儀俯瞰外交が、いよいよ価値を持ってくる。

 もちろん、我が国には、世界秩序の維持において、米国の代わりを務める能力はないが、少なくとも、アジア太平洋においては大きな役割を果たし得る。国際的法の支配に基づく海洋安全保障を追求するために、有志国と協力を深めるべきである。地域の主要民主主義国である印豪、また、ASEAN諸国との連携強化をさらに促進する必要がある。この際、武器輸出三原則の見直しは急務である。武器貿易は、外交安全保障政策の重要なツールだからである。安倍総理は、武器輸出三原則に代わる新しい武器輸出ガイドラインを策定する、と言っている。また、集団的自衛権の行使容認も不可欠である。着実にそれらを進めることが、強く期待される。日米同盟の深化も、オバマ政権の姿勢に関わらず、実務者レベルでは進展するであろうし、そうしなければならない。これらは、現在必要であるだけでなく、オバマ政権が去った後、米国にもっと望ましい政権ができた際に、日米関係を大きく進展させる財産になるであろう。(了)

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takami_neko_shu0515 at 00:16|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 | 日米関係・日米同盟

2014年01月29日

■欧州委員会の環境エネルギー目標が示す再生可能エネルギーの地位低下

 欧州委員会は、1月22日に、2030年に向けた温室効果ガス削減目標とそれに関する一連の施策に関する政策文書を発表した。その柱は、既に報じられている通り、EUは、2030年までに温室効果ガスを1990年比で40%削減すること、再生可能エネルギーの割合を2030年に27%まで向上させること、である。

 EUは、2020年までの目標として、温室効果ガス削減については90年比で20%削減し、再生可能エネルギーの割合は20%にすることを掲げている。数字だけを見れば、2030年における温室効果ガス削減目標を40%に大幅に拡大したことが、確かに目を引く。

 ただ、それよりも注目に値するのは、2030年における再生可能エネルギーの割合の目標はEU全体としてのものであり、2020年目標とは異なり、国別の義務は課さない点である。政策文書は、各加盟国はそれぞれの状況に最適な方法で再生エネルギー導入を進める、としている。このことは、欧州が「再生可能エネルギー至上主義」と訣別しつつあることを意味する。国別の義務を課さずにEU全体での目標を達成するというのは、事実上不可能に近い。

 政策文書によれば、再生可能エネルギーの拡大の目的は、EU原産エネルギー資源への移行により、エネルギー貿易収支を改善し、雇用と経済成長にメリットをもたらすことである。再生可能エネルギーがそういうエネルギー戦略に貢献しないのであれば、これにこだわることは合理的ではない、とEUが考えたとしても不思議ではない。

 2030年目標が国別義務を諦めたのは、再生可能エネルギーのコストが低下せず、経済に与える負の影響が大きくなる一方だからである。特に英仏が難色を示していた。欧州員会が最近発表したレポートは、EUの産業用電気料金は、米国の2倍以上であり、中国より約2割高い、と指摘している。欧州の電気料金が上昇を始めたのは2000年代からであり、再生可能エネルギーの導入が活発化した時期と一致している。おそらく、今後は欧州でも、原子力、クリーンコールが柱となり、そして、場合によってはシェールガスが脚光を浴びるということになると思われる。

 日本は、元来、電気料金が高いが、原発の停止に伴う火力発電による代替により、米国の2倍を大きく上回る事態となっている。原発の再稼働を順次進めるとしても、状況が劇的に好転するわけではない。そこに、高コストの再生可能エネルギー導入を進めれば、どうなるかは明らかであろう。欧州は、良くも悪くも、環境エネルギー政策の先駆者である。策定がずれ込んでいる、我が国のエネルギー基本計画では、再生可能エネルギーをめぐって、その影の部分をよく教訓とすべきである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 16:34|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 | 地球温暖化・温室効果ガス削減

2014年01月27日

■靖国参拝から1か月、参拝の反復継続が重要

安倍晋三総理が昨年12月26日に靖国神社を参拝してから、ちょうど1か月になる。この間、予想された通り、様々な反応や議論があった。中韓は激しく反発し、米国は「失望した」と言った。日中の大使が英国の新聞紙上などで舌戦を戦わせる事態にもなった。

国内での議論で目を引いたのは、米国との協調が重要であるこの時期に参拝したのは思慮に欠ける、という類の主張である。普段は日米同盟に冷淡である進歩的なマスコミや知識人がそのような論理を持ち出すのは論外として、現実主義的と思われる論者からの主張としては、当否を検討する価値はあろう。確かに、米政府は失望を表明したが、日米同盟の根幹を揺るがしたとは到底言えない。実務者レベルでの両国の安全保障協力は、何の遅滞もなく進展しており、例えば、日米は、サイバー攻撃への対処能力を向上させるべく、米軍と自衛隊の専門要員を共同で育成する方針を示すなど、大きな進展を見せている。また、昨年策定された日本の新しい国家安全保障戦略は高い評価を得ており、靖国参拝は、それを損ねてはいない。靖国参拝が対米配慮に欠けるという議論は、いささか的外れである。

中国や韓国は反発しているが、言葉で非難するか、首脳会談をしないと言うか、そのようなことしかやりようがなく、大した実害はない。そもそも靖国参拝以前から、首脳会談を拒否している。米国との関係で重大な問題ではなく、中韓の反発が中身を伴うものでないとすれば、靖国参拝は通常の意味での戦略的問題ではないと言える。それでは、今後、総理の靖国参拝をどのようにして行けばよいのだろうか。

大前提として考えるべきは、次の2点である。第一に、国家のために殉じた人を追悼し顕彰することは、国家の責務であり、それをしなければ国家の大きな精神的支柱を欠くことになる。第二は、靖国参拝は、「宣伝戦」の一環となっている、ということである。

まず、一点目からであるが、日本が近代国家としての体裁を整えて以降、国家のために殉じた人を追悼し顕彰する唯一の国家的施設は、現在のところ靖国神社しかない。靖国に祀られているのは、戊辰、日清、日露、第一次大戦、第二次大戦に至る、戦没者の霊である。千鳥ヶ淵戦没者墓苑を挙げる者もあるが、これは、あくまでも第二次大戦中の無名戦士の慰霊施設であり、靖国の代替にはならない。靖国を総理が参拝すべき最大の理由は、ここにある。

次に、「宣伝戦」の観点であるが、一見、総理が靖国を参拝すれば、中韓が反発し、欧米のマスコミに大きく取り上げられ、不利になるようにも思われる。しかし、安倍総理の12月の靖国参拝後浴びせられた厳しい非難にもかかわらず、日米同盟は揺るがされてはいない。一方、米紙の社説や、米国の知識人の論説には、A級戦犯が祀られているので事情が異なるという留保付きではあるが、靖国はアーリントンと類似した性格を持っている、とするものが出てきている。例えば、米国を代表する知日派知識人である、アメリカン・エンタープライズ・研究所研究員のマイケル・オースリンによる12月26日付論説や、12月28日付ワシントン・ポスト紙社説などが挙げられる。したがって、靖国を、戦没者追悼のための施設であり、決して軍国主義を賛美する施設ではない、ということを周知するための広報活動を繰り広げる余地はあるように思われる。実際、安倍総理は、ダボス会議での記者との質疑応答で、国のために殉じた人を追悼するのは、あらゆる国家の指導者が行っていることである、との趣旨の発言をした。そして、日本が平和主義に徹する誓いを改めて表明した。この2点をセットにして繰り返すことが、靖国をめぐる宣伝戦に勝ち抜く正攻法であろう。

さらに、これは、実際の参拝という行動とセットで行われるべきである。語弊を恐れずに言えば、参拝を繰り返されれば、批判する方にも慣れないし免疫のようなものができてくる。春秋の例大祭はもちろんのこと、それ以外にも節目節目に参拝を繰り返す必要がある。

靖国の性格については、国内にも議論があることは承知している。国家のために殉じた人を追悼し顕彰する施設が、神社という一宗教法人であってよいのか、検討の余地はあると思う。しかし、現在は、それに代わる施設がないことを、よく認識すべきである。それ以上に、靖国が宣伝戦の対象となっている最中に、靖国の在り方について議論するのは、全く不適切である。宣伝戦に勝ち、靖国を国際問題から解放し、純粋に国内問題として議論が出来るようになるのを待たなければならない。そのような環境を整えるためにも、総理による靖国参拝の反復継続は重要である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 13:16|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 | 歴史認識問題

2013年09月18日

■韓国による水産物禁輸問題のWTOへの提訴手続きを迅速に進めよ

 韓国政府は、福島第一原発の汚染水漏洩を理由として、福島県など8県の水産物を輸入禁止処分とした。これは、GATT第20条の規定に違反する可能性が濃厚である。これに対して日本政府がWTOへの提訴を検討していると伝えられるが、当然のことである。

 GATT第20条は、「この協定(GATT)の規定は、締約国が次のいずれかの措置を採用すること又は実施することを妨げるものと解してはならない」として、輸出入制限等に関する一般的例外を列挙しており、その(b)項は「人、動物または植物の生命または健康の保護のために必要な措置」としている。一方、第20条但し書きは、一般的例外の適用について、「・・・国際貿易の偽装された制限となるような方法で、適用しないことを条件とする」と規定している。

 まず、韓国の行為は、GATT第20条(b)に該当するか、問題となる。福島第一原発の汚染水による海洋汚染が国際基準を上回るものであれば、確かに、「必要な措置」と言える。しかし、現在のところ、日本は、当該汚染がそのようなものではないと発表し、国際社会は幅広くその主張を認めている。そして、日本は、1キログラム当たり100ベクレル以下との基準を厳守して輸出している。したがって、韓国の禁輸措置は、GATT第20条に認められた範囲を逸脱したものであると考えられる。

 次に、韓国の禁輸措置が、GATT第20条の但し書きにある「国際貿易の偽装された制限」に該当する可能性も、一応問題となる。仮に、日本に対する何らかの政治的意図を持って、禁輸措置を執ったのであれば、「偽装された制限」と言えよう。ただ、これは、証明が困難であり、実際に提訴となれば、GATT第20条(b)に適った措置であるか否かに絞るべきであり、そのようになると思われる。

 日本政府は、提訴の検討に時間をかけるべきではなく、迅速に手続きに入るべきである。間違っても、韓国との摩擦を避ける、などという発想が入り込んではならない。確かに、提訴によって韓国側は反発するであろう。既に、一部の韓国の政治家やマスコミはWTOへの提訴の動きを激しく非難しているようだが、韓国にはWTOのルールを遵守することを学んでもらわなければならない。WTOの手続きにしたがって通商問題に関する紛争を解決することは、ごく当たり前のことであり、慎重になるべき理由は全くない。それに反発して政治的関係が悪化するのであれば、反発する方が国際的法の支配を理解していないとしか言いようがない。

 歴史認識問題と全く異なり、この件では、日本の国際的立場は微妙なものではなく、WTO提訴によって誤解されることはない。米国は、アジア戦略の観点から日韓関係の悪化を望んでいないが、ルールに基づいた紛争解決を支持するしかないであろう。もちろん、大部分の他の国も同様であろう。韓国が自制して粛々と手続きが進められれば結構なことであるし、韓国が過剰反応すれば、ひいてはあらゆる韓国の主張に疑問符がつけられることにもつながる可能性を無しとせず、それだけ自らの立場を悪くするだけである。いずれにしても、日本が困ることは皆無である。

 林芳正農水相は、WTO提訴について、「絶対に提訴しないわけではない」と記者会見で述べ、提訴の可能性を排除しないことを明言している。そう言ってしまった以上、提訴しなければ、福島第一の汚染水問題についての日本の言い分が、国際的に信用を失うことに繋がりかねない。逆に、WTOの紛争解決パネルにおいて事実を明らかにすることは、福島第一による汚染への過剰反応が誤りであることを示す良い機会にもなる。したがって、WTOへの提訴をちらつかせて韓国の禁輸措置を止めさせるよう試みるというのも一つのやり方かもしれないが、ちらつかせるだけでなく、提訴の手続き自体を迅速に進めるべきである。韓国側が譲歩すれば、その時点で紛争はなくなるのだから、手続きを取り下げればよいだけのことである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 17:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 朝鮮半島情勢・日韓日朝関係 | 産業・通商

2013年09月13日

■中国による太平洋島嶼国への関与強化は脅威か?

 最近、中国は、太平洋の島嶼国への支援を活発化させるなど、同地域への関与を急速に強めている。中国は、トンガに110億円相当の資金援助をして、その資金の一部により、トンガのヌクアロファ港を改修し、軍港としても使えるようになっている。また、パプアニューギニアの二つの港の拡張工事を、中国の企業が落札している。こうした動きを脅威と捉える論調が散見される。例えば、9月4日付の読売新聞は、9月3日から5日にかけてマーシャル諸島で開かれた太平洋諸島フォーラム(PIF)に合わせる形で特集記事を組み、『太平洋 増える 「中国港」』『軍港化 日米豪が警戒』といった見出しを付けて、中国の脅威を強調している。

 しかし、中国の太平洋の島嶼国への関与強化は、多面的に見る必要がある。まず、軍事的側面からは、トンガに軍港を確保したからといって、到底、脅威とは言い難い。中国が太平洋の島嶼国に軍港を確保すれば、グアムやハワイといった米軍の拠点の後背地を脅かすことになる、と解説されることがあるが、広大な太平洋の制海権を確保して、ハワイやグアムの米軍の行動を牽制するには、中国軍は明らかに力不足であるし、効率的なやり方とは言えない。中国は、そのような戦略をとらないであろう。中国にとって軍事的意味があるとすれば、せいぜい、太平洋島嶼国の軍港に立ち寄ることができるので、遠洋航海訓練が出来る、といったことであろう。前掲記事は、インド洋での「真珠の首飾り」につづく「第二の首飾り」の可能性について触れているが、ミスリーディングである。そもそも「真珠の首飾り」すら、ミャンマーの西側接近により、あまり言及されなくなってきている。

 次に、外交的側面では、太平洋の島嶼国には、台湾との間で外交関係を持っている国が多いことが重要である。中国の援助攻勢は、こうした国々に、台湾との断交を促す意図がある。中国の脅威と言うならば、これは、台湾にとって脅威かもしれないが、台湾も経済援助によって島嶼国との外交関係を得ており、中台が一部の島嶼国によって両天秤にかけられている側面がある。また、もっと抽象的な意味で、中国が大国としての面子から、関与する地域を拡大する意図もあるであろう。

 そして、経済的側面、より具体的には、資源獲得の意図がある。南太平洋は水産資源が豊富であるし、パプアニューギニアには多くの天然ガスが埋蔵している。パプアニューギニアの港拡張は、漁港としての整備を目指すものであると伝えられている。中国は、資源の開発と利用について、国際的ルールを逸脱することを厭わない。中国の最大の脅威は、むしろ、太平洋における水産資源の持続可能な利用や、環境に対するものであろう。

 我が国は、PIF加盟国・地域との間で、1997年から3年ごとに太平洋島サミット(PALM)を開催しており、太平洋の島嶼国との良好な関係は、長い歴史を持っている。そして、PALMにおける重要なテーマは、水産資源管理、そのための海上保安能力向上、環境問題である。日本は太平洋における海洋ガバナンスを先導することで、海洋国家としての地位を向上させることができる。日豪に加えて、米国も太平洋島嶼国への関与を深めており、昨年のPALMには初めて米国代表が招かれ、PIF域外国対話にはクリントン国務長官(当時)が参加するに至った。そして、日米豪の援助方針は、一言でいえば、「良い統治」に資するという、対外援助の王道に沿ったものである。太平洋島嶼国への中国の関与に対して言うべきことは、水産資源の乱獲や環境汚染にノーと言うことであり、援助は、今まで通りのやり方を堅持すればよい。また、太平洋島嶼国は、地球温暖化による海面上昇を強く懸念しており、温室効果ガス削減にあまり冷淡な態度をとると、彼らの失望を招くことにも繋がる。

 中国が軍事的脅威であることは厳然たる事実であるが、何でもそれに無理やり結びつけるのは誤りである。中国が南太平洋に進出することは、同地域を「裏庭」と看做している豪州の警戒を招く可能性があり、中国をどう見るかで外交安保政策が分裂している豪州の国論をかえって統一する効果すらあるかもしれず、そうなれば、脅威と言うよりもチャンスである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 07:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 豪州・オセアニア・太平洋島嶼国 | 海洋政策

2013年09月12日

■尖閣周辺空域で中国の無人機に空自がスクランブル―「無人機大国」中国にどう向き合うか

 9月11日で尖閣の日本による国有化から一周年を迎えたが、それを前に、中国のものと思われる無人機が、日中中間線を越え、尖閣北方約100キロの空域で旋回し、これに対して空自のF15がスクランブル発進した、と統合幕僚監部が9日発表した。中国当局は、これが、中国の無人機であると認め、今回の行動は国際法に違反しておらず、今後とも同様の訓練を行うと明言している。確かに国際法違反をしているわけではないが、挑発的行為を継続することを宣言したものであり、やはり重大である。

 実は、中国は「知られざる無人機大国」である。中国は、既に1950年代後半には、ソ連の無人機をリバースエンジニアリングしており、それ以来、無人機の開発を半世紀以上にわたって続けてきたという積み重ねがある。その結果、現在では、280機以上の無人機を保有しているとの見積もりがあり、質量ともに米国に次いで第二位である。その用途については、中国国防部は、当面東アジアにおける無人機の使用を偵察に限る、との公式声明を出しており、既に、尖閣の写真撮影に用いている。中国が尖閣に対して無人機を何らかの形で用いるのは、今回のスクランブル以前から既に始まっていることであり、今回の件によって大きくクローズアップされただけのことである。

 そして、中国国防部が「当面」と留保をつけていることからも推測できるように、将来は、攻撃的な無人機を配備することも十分に考えられる。仮にそこまで行くには時間があるとしても、無人機の使用は、有人機による場合と比して、偵察の敷居を下げ、偵察活動の活発化に繋がるであろう。これは、出来る限り抑止する必要がある。そのために、日本は、真剣に対策を考えなければならない。

 第一に、無人機の領空侵犯があった場合への対応である。自衛隊法84条は、領空侵犯への対応について「着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」と規定しており、正当防衛に当たる場合以外は、原則として撃墜することを認めていない。しかし、国際法は撃墜を認めており、自衛隊法の規定は、極めて抑制されている。自衛隊法84条にいう「必要な措置」というのは、要するに、退去要請や警告射撃のことだが、無人機が相手では効果のほどは疑わしい。領海侵犯した無人機も含む軍用機を撃墜できるように、国際基準に合った形に自衛隊法を直ちに改正し、そういう対応を執ることを宣言すべきである。

 第二に、我が国も偵察目的の無人機の導入を急いで進めなければならない。そして、東シナ海において、偵察活動を活発に実施するべきである。それは、中国軍の動きを知るのに役に立つであろう。中国側は反発するだろうが、それで初めて、無人機での偵察を相互に自粛する交渉の可能性が出て来る。そうならなくとも、どうせ必要な装備なのだから、無駄になることは決してない。

 そして、第三に、長期的な検討課題として、サイバー攻撃能力を持つことも検討すべきであろう。中国が、無人機を攻撃目的にも使うようになったならば、無人機をコントロールしている場所を破壊する必要が出て来る。そのための対地攻撃能力を持つのは現実的でも適切でもなく、サイバー攻撃によって無力化するのがよいであろう。

 今回の中国の無人機に対するスクランブルを、一過性のものとしてしまっては、中国の圧力を増長させるだけである。無人機を、偵察目的限定から、攻撃目的にも用途を広げて来る可能性がある。まずは、中国の無人機に無関心でないという強いメッセージを出す必要があり、上記自衛隊法の改正が喫緊である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 04:22|PermalinkComments(3)TrackBack(1) 日中関係・米中関係 | 安全保障・自衛隊

2013年09月08日

■韓国大統領、メルケル独首相との会談でも歴史問題で日本批判

 韓国の朴槿恵大統領による日本に対する歴史問題をめぐる注文は度を越しており、遺憾ながら常軌を逸しているとしか言いようがない。オバマ米大統領と会談した時も、中国の習近平主席と会談した時も、この話題を持ち出したが、今度は、ドイツのメルケル首相との会談でも言及したと伝えられている。サンクトペテルブルクのG20会場でメルケル首相と顔を合わせた朴氏は、「(メルケル首相が)ダッハウ収容所追悼館を訪問して行った演説を、韓国の国民も感銘を受けながら聴いた。歴史の傷を治癒しようという努力がなければならず、度々傷に触れていては難しくなるのではと考える」「日本が歴史を眺めながら、未来志向的な関係を発展させることを希望する」と述べ、「日本は北東アジアの共同繁栄と平和のため協力していく重要な隣国であり、協力推進のために韓国は努力している」と、自己正当化も忘れなかった。

 韓国にも、日本の左派の間にも、日本は歴史問題についてドイツを見習うべし、と言う者は多い。しかし、日韓関係において、日本がドイツに学ぶとすれば、韓国はフランスの寛容に学ばなければ、両国の和解はあり得ようもない。これは、米アジア太平洋安全保障研究センター准教授のジェフリー・ホーナンが、5月に米国の外交専門誌The National Interestのウェブサイトに掲載された論説で述べたことである。まことに常識的な意見だが、独仏関係と日韓関係には大きな違いがある点は見逃してはならないであろう。欧州は、バランス・オブ・パワー、コンソート・オブ・パワーなどといった、対等な国家同士による戦争と平和についての試行錯誤を繰り返してきた。これに対して、日韓関係では、韓国には中華帝国を中心とする華夷秩序の残滓が色濃く残っており、その秩序の中では、日本を格下と見ているように思われる。歴史問題を政治カードに使うという意図以上に、そういう背景があると想定しなければ、合理性を遥かに越える対日批判は理解しがたい。

 しかし、朴大統領の日本批判は、そろそろ逆効果になる可能性がある。訪米時の朴氏の米議会での演説は、自由、民主、人権の価値を米韓が共有していることを強調して、大いに米国の共感を呼んだが、度重なる日本批判に、米国の国防当局者は辟易しつつあるようである。米国としては、対北朝鮮を考えれば、日米韓の連携が望ましく、日韓の対立は困ることである。安倍総理が予想に反して、歴史問題で自重していることと比べて、朴氏の突出が目立つことになる。

 また、他国の批判をして回るというのは、品の良いこととみなされるはずもない。外交というと特殊な世界のように思われがちだが、人間の営みである以上、人間の常識は意外と通用するものである。そういうわけで、日本としての歴史問題に関する対韓国政策は、騒がないことに限る。ただし、竹島領有権問題や日本海呼称問題といった、事実関係を争う場面では、声を大にして反撃しなければならない。この点は、明確に分けなければならない。(了)
 
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takami_neko_shu0515 at 05:25|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 朝鮮半島情勢・日韓日朝関係 

2013年09月06日

【COP19】温室効果ガス削減目標を原発復活の梃子にせよ

 我が国は、現在、福島第一原発事故を受けた原発稼働停止により、温室効果ガス削減目標についての国際公約が棚上げとなっている。11月にポーランドで開かれる、国連気候変動枠組み条約の第19回締約国会議(COP19)においては、新たな削減目標が提示されることが望まれるが、経済産業省と環境省の対立から難航しており、数値目標を示せない可能性が指摘されている。

 報道によれば、経産省と環境省が共同で事務局を務める、中央環境審議会と産業構造審議会の専門合同会合が、温室効果ガス削減の数値目標をめぐって対立し、暗礁に乗り上げているとのことである。経産省は、将来の電源構成における原発の比率が決定していないので数値目標の議論は進められないと主張している。これに対して、環境省は、概算であっても原発の比率を仮定すれば数値目標を決めることはできると主張し、折り合いがつかずにいるようである。

 確かに、経産省の主張は理に適っている。しかし、一方で、COP19において日本が数値目標を示せないとなると、面目を失うことになる。我が国が温室効果ガス削減の数値目標を棚上げしているのは、原発への消極姿勢が最大の原因である。その一方で、我が国は、国策として原発輸出を推進するというのであるから、全く理屈が通っておらず、国際的非難を浴びても仕方がない。そうなると、我が国が提唱している二国間クレジット制度(JCM)も、温室効果ガス削減の手段として認められない可能性が高まる。さらに、今後、温室効果ガス削減の国際的約束にコミットしないという方針に転換するのであれば話は別だが、そうでなければ、日本は削減目標という交渉の最重要カードを持たないことになり、温室効果ガス削減に関する国際交渉において大いに不利な立場に立たされるという、実質的な不利益がある。

 そこで、経産省の言い分に一理あることは認めるが、逆に、温室効果ガス削減の数値目標を先に決め、それを梃子に原発の再稼働を推進する方が国益に資するのではないか。原発の復活が無ければ、燃料費の圧迫を受けて、アベノミクスも画餅に帰する可能性がある。米国発のシェール革命の恩恵を受けることができるかもしれないと言っても、まだ先の話である。

 それでは、数値目標はどの程度に設定すべきか。もちろん、鳩山元首相が2009年9月に示した、2020年までに1990年比で25%削減というのは論外である。これは原発の比率を50%以上にすることを前提としており、エネルギ安全保障の大原則である、エネルギーのベストミックスという観点からも問題がある。2009年6月に当時の麻生政権が示した、2020年までに2005年比で15%削減(90年比では8%削減)というのが一つの基準になるのではないかと思う。これは、一度国際公約として提示した数字であるという意味もある。他の主要国の数値目標を見ると、いずれも2020年までに、米国は2005年比で約17%削減、カナダも2005年比で17%削減、オーストラリアは2000年比で5〜15%削減、などとなっており、麻生目標はこれらに比して遜色がなく、我が国の、温室効果ガス削減の国際的取り組みのプレイヤーとしての立場を大きく弱めることはない。なお、EUは、1990年比で20%削減と言っているが、これは京都議定書の時と同じく、数字のマジックを利用した、一種の誇大広告である。欧州では、ちょうど1990年ごろを境に、石炭から天然ガスへのエネルギーの近代化が進んだこと、また、経済状態が悪く温室効果ガス排出量の少ない東欧諸国を加盟させたことで、それらの分が努力無しで削減されたという事情がある

 どうせ温室効果ガス削減の数値目標が必要であるのならば、それを国益に最大限にプラスになるよう活用すべきで、その一つの大きな柱は原発の復活である。福島第一原発の汚染水処理に関する不手際から、原発への風当たりは強く、迅速な対応による信頼回復が重要であることは言うまでもないが、そのことと電源構成についてのマクロな議論や温室効果ガス削減問題は分けて考えるべきである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 19:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 | 地球温暖化・温室効果ガス削減

2013年08月30日

■集団的自衛権をめぐる最高裁判事の発言は重大問題

 前内閣法制局長官で最高裁判所判事に転任した山本庸幸氏が、8月20日に就任会見において、集団的自衛権の行使について、憲法解釈の変更によって容認するのは困難であり、憲法改正によるのが適切であるを改正しなければ難しい旨の発言をした。これは、三権の在り方の根本にかかわる重大な問題発言である。

 周知の通り、最高裁判所は、一切の法令や処分が憲法に適合するか否かを審査する、最終的な権限を有している。そして、我が国では、憲法適合判断は具体的な事件についての裁判に際してなされることになっている。仮に、「憲法裁判所」のような、抽象的審査権があったとしても、司法の本質は事後判断である。したがって、最高裁判事が憲法解釈について予断を与えるような発言をすることは、厳に慎むべきことである。山本氏の発言は、内容に賛同しかねることもさることながら、こうした原則を全く無視して、予断を与えるどころか自説を明確に述べてしまっているいる点が、何よりも問題である。菅官房長官が「違和感がある」と批判したのは当然である。

 こういう発言が出て来るのは、内閣法制局に憲法の有権解釈権があるかのごとき錯覚が、長年の運用を通じて醸成されたことが背景にあると思われる。推測になってしまうが、山本氏の中では、既に内閣法制局長官として、有権解釈を示してきたので、最高裁判事としての記者会見で憲法解釈についての発言をするのは不思議なことでも何でもない、ということなのかもしれない。それは、重大な司法軽視である。山本発言がそれほど批判を浴びていないことからすれば、日本国内の全体的意識が麻痺しているのであろう。

 本来は行政機関の一員として憲法や法律などの解釈についてのアドバイザーであるべき内閣法制局の見解を、あたかも最高裁か「憲法裁判所」の判断であるかのように、金科玉条のように取り扱ってきた歴代内閣にも責任はある。安倍政権が、内閣法制局長官を交代させてまで集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈を示そうとしていることは、内閣法制局の位置づけ、ひいては、司法と行政の関係を正常化できるか否かの試金石でもある。(了)

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takami_neko_shu0515 at 16:00|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 憲法・憲法改正 | 司法

2013年08月28日

■潘基文国連事務総長の歴史認識をめぐる対日批判は黙殺せよ

 韓国出身の潘基文国連事務総長が、韓国帰国中の8月26日に、記者会見に答えて、日本の歴史認識を批判する発言をしたのは、中立を求められる国連事務総長の立場を大きく逸脱しており、容認できるものではない。同氏は、日本の憲法改正について訊かれて、「正しい歴史認識が、善き国家関係を維持する。日本の政治指導者には深い省察と、国際的な未来を見通す展望が必要だ」と答えている。さらに、日本と中韓との領土問題を含む対立についても、「歴史について正しい認識を持つことが必要だ。そうしてこそ、他の国々から尊敬と信頼を受けるのではないか」と言っている。そもそも、日本は民主国家なのだから、政府が唯一の「正しい歴史認識」を持つなどということは、無理な注文である。しかも、韓国側の主張は、韓国政府の歴史認識をそのまま日本が受け入れるべし、というものである。

 しかしながら、今回の潘基文発言は、黙殺すべきであると主張したい。一つには、潘基文氏は、国連事務総長としては、縁故主義を指摘され、能力にも疑問を投げかけられており、真正面から相手にするに足る人物ではない。したがって、国連事務総長の発言であるからといって、説得力を増すものであるとは考えられない。もっと重要なことは、現在、日本が韓国の言う歴史問題に反論すればするほど逆効果になる状況にあるということである。欧米のマスコミまでもが、韓国の尻馬に乗って、安倍首相の右傾化や「歴史修正主義」を言い立てる傾向にある。韓国に対して反論して、ことを荒立てて自分の首を絞めるのは、賢明な対応とは言えない。相手にするに足らない人物相手にとなれば尚更である。毅然と反論しなければ、ますます日本の立場が悪くなる、という議論もあるだろうが、残念ながら今はそれは無理である。政府は、発言の真意を問いただすとしており、それは悪いことではないが、過剰反応にならないように気を付けるべきである。

 ただ、そうはいっても、歴史認識をめぐって、いつまでも韓国による対日批判を続けさせることは国家の尊厳に関わることである。日本にとって、環境を好転させる必要がある。そのヒントは、訪韓中のマッケイン米上院議員による発言が与えてくれる。マッケイン議員は、潘基文発言と奇しくも同日、ソウルのシンクタンクでの記者会見で、「韓国と日本は慰安婦問題などがあり、歴史的に芳しくない関係だが、21世紀のアジア情勢は60年前と違う」「日本が、アジアで平和と安保に寄与すると強調しているように、韓国も未来志向で前に進まねばならない」「朴大統領と安倍首相が力を合わせて両国間の差を克服し、対話を始めるべきだ」と言っている。これは、北朝鮮や中国の脅威を念頭に、日米韓の連携を説いたものである。このことは、日本の戦略的重要性が高まれば高まるほど、韓国による歴史問題の申し立ては障害となり、米国は韓国に同調しなくなるということを示唆する。そして、日本が米国にとって必要不可欠な同盟国であれば、歴史問題など目をつぶることになる蓋然性が高い。小泉政権は、ブッシュ政権に対テロ戦争とイラク戦争で大いに協力したので、米国は、小泉元首相の靖国参拝を問題視したことはない。

 結局、日本がなすべきことは、防衛費を大幅増額し、集団的自衛権の行使を容認し、武器輸出三原則を緩和して、米国と共同で、地域の安定と平和に深くコミットし、負担の分担あるいは責任の分担をすることである。英国のブレア元首相の外交面での知恵袋でもあった、英国の著名な外交官ロバート・クーパー氏は、著書『国家の崩壊 新リベラル帝国主義と世界秩序』(原題:The Breaking of Nations -Order and Chaos in the Twenty-First Century)の中で、米国との緊密な連携の重要性を説くくだりで、「アメリカのすぐ近くまで接近し、アメリカの政策に合意しないことがあれば、アメリカ政府と国民にショックを与えるくらい、緊密になることが必要になる」と説いている。日米関係も、こうした関係を目指すべきである。それは、第一義的には、もちろん、安全保障上の観点からそうするのだが、副次効果として、歴史問題に関する日本を取り巻く環境を決定的に好転させることにも繋がるであろう。そして、歴史問題をめぐって、米国が日本の足を引っ張りさえしなければ、それ以外の国々の申し立ては、無視できる雑音と言っても過言ではない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 06:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 | 朝鮮半島情勢・日韓日朝関係

2013年08月17日

【書評】「いま、学ぶべき偉人伝! 至誠通天」(田村重信)−真の修身とは

 昨今、道徳心の衰退を憂える声はますます高まっている。この重要課題に対して、日本を代表する安全保障・憲法の第一人者として活躍を続ける一方、美しい日本を取り戻したいとの信念から日本論語研究会を自ら主宰している、田村重信氏(自民党政務調査会調査役、慶応大学講師)による本書『いま、学ぶべき偉人伝! 至誠通天』(田村重信著、内外出版)は、良い解答を与えてくれる。本書を貫くコンセプトは、善き生き方を知るには、すなわち修身には、偉人・賢人に学ぶことが最適であり不可欠であるということである。以下の通り、本書で取り上げられている人物とテーマを章立てにしたがって挙げれば、本書の目指すところを、より明確に窺い知ることができよう。

1. 吉田松陰「至誠通天」 孟子と大和魂
2. 西郷隆盛「敬天愛人」 代表的日本人
3. 渋沢栄一「論語と算盤」 日本ブランドをつくった男
4. 聖徳太子「以和為貴」 聖徳太子の十七条憲法
5. ソクラテス「無知の知」 善く生きるとは

 日本論語研究会における、著者による講演をまとめた本書は、これら全てを、できるだけ『論語』の精神―それは普遍的な倫理道徳に他ならない―を通じて吟味することを試みている。いずれも読み応えのある素晴らしい講演録である。中でも圧巻は、やはり、著者自身が、果敢に挑戦してみたと言っている、ソクラテスであろう。ソクラテスはアレテー(人間としての徳)の実践を強調し、「無知の知」を説き、最後は人民裁判によって死刑判決を受け、生き延びる術があったにもかかわらず、信念に従って死を受け入れた。著者は、この生き方には、『論語』にある「朝に道を聞けば夕に死すとも可なり」(朝に人の道を体得し得たならば、夕に死んでも構わないほど、人の道は重要である)という言葉に通ずるものがあると指摘する。本書では言及されていないが、『葉隠』にある「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」との有名な一節も、そういうことなのであろう。

 他には、聖徳太子の十七条憲法全体を平易に解説しているところなど、他書にはない、本書ならではのユニークな特色であると言えよう。

 それにしても、修身には、なぜ偉人伝を学ぶことが必須なのであろうか。本書も指摘する通り、倫理道徳の学問はあくまで理論である。儒学であれ、ギリシャ哲学であれ、洗練され過ぎていているので、頭では理解できようが、それだけでは自ら実践するには距離がある。具体例が必要なのである。そのギャップを埋めてくれるのが偉人伝に他ならない。

 何事も、学ぶための最良の道は、一流のものに触れることである。著者は、「善いと思ったことは実行する」のが『論語』の真骨頂である、と指摘する。『論語』だけでなく、倫理・道徳は全てそうである。しかし、「善いと思ったこと」が、的外れであったり、まして、不適切であったりしたら、意味がないどころか、有害である。そういう独善を排し、善悪を正しく弁別できるためには「知」が必要であり、その手引きとなるのが本書のような偉人伝である。本書は、世界の四大聖人である、キリスト、釈迦、孔子、ソクラテスのうち、ソクラテスを直接取り上げ、孔子については『論語』を通じて全編を貫くテーマとなっている。まさに超一流の人物の生き方や考え方に触れることができるのである。

 巻末には、陸上自衛隊幹部候補生学校における、著者による「田村文庫」設立に際しての講演も併録されている。「田村文庫」とは、自衛隊幹部候補生にとって有用な書物を著者が寄付している活動である。著者の日本を善くしたいとの熱意を、専門の安全保障の分野である自衛隊に向けた行動で示した貴重な記録であり、興味深く読むことができる。

 修身というと、軍国主義や封建思想の復活を言い立てる者が必ず出て来るが、とんでもない誤りである。本書は、そのことも、改めて教えてくれる。本書が広く読まれ、修身に対する国民の正しい認識が広まることを強く望む。そして、一人でも多くの日本人が修身を志し(評者も本書に取り組んでその志を新たにした一人である)、また、学校での修身教育を求める声が高まることにも期待したい。

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takami_neko_shu0515 at 16:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書評 | 歴史・古典

2013年08月12日

■集団的自衛権行使容認の前提として、定義を正せ

 集団的自衛権の行使を可能にするための憲法解釈変更をめぐっては、新しい内閣法制局長官に、集団的自衛権行使容認論者とされる小松一郎駐仏大使が起用され、安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(通称:安保法制懇)における議論も加速しつつあるようである。政局上の問題から予断は許されないが、次期防衛大綱に集団的自衛権の行使容認が盛り込まれる可能性が高まっている。

 集団的自衛権の行使容認には、もとより大賛成である。そして、それを憲法改正を待たずに、解釈変更で実現することも、極めて適切であると思う。ただ、その大前提として、集団的自衛権の定義を適正化することが必要不可欠である。

 政府による、現在の、集団的自衛権の定義は、1981年5月29日の国会答弁で示された、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにも関わらず、実力をもって阻止する権利」である。これは、集団的自衛権についての国際的な共通認識からは、かけ離れたものである。

 1986年に国際司法裁判所がニカラグア事件について出した判決において、集団的自衛権の行使要件として、武力攻撃があったこと、被攻撃国が来援要請をしたこと、が挙げられている。日本政府が言う「自国と密接な関係」など、どこにも出て来る余地がない。集団的自衛権は、被攻撃国の来援要請に対して応諾しさえすれば、いかなる国でも行使できるのである。安保法制懇の柳井俊二座長は、集団的自衛権の行使について、国内法でいうところの、他者のためにする正当防衛と類似の概念であると述べたことがあるが、その通りである。そして、そもそも、法の問題に「自国と密接か否か」という政治判断に係る問題を持ち込むのが理に適っていない。

 「自国と密接な関係」を定義に入れてしまうと、上述のような理論上の問題だけでなく、実際上の問題も生じる。例えば、台湾有事に際しては、我が国は当然関与することになるが、台湾を「自国と密接な関係にある外国」と言うのは難しい。そうなると、政府の解釈をそのままにしたのでは、台湾空軍の戦闘機を空自の戦闘機が支援する根拠がないことに変わりない。やはり、「自国と密接な関係」の部分は何としても削除すべきである。

 次に、「自国が直接攻撃されていないにも関わらず」も、一見正しそうで、必ずしもそうではない。確かに、自国が直接攻撃されていれば、それは個別的自衛権の問題となるが、自国と他の国が攻撃されて、その国との間で相互支援、あるいは一方的支援をすれば、それも集団的自衛権の範疇に入るという説が有力である。入っていてもあまり害のない文言ではあるが、正確を期するには、やはり削除する方が適切であろう。

 そして、「実力をもって阻止する」というのも不正確である。実力をもって阻止するのみならず、いわゆる後方支援でも集団的自衛権を行使したことになる。日本政府自身、1960年3月31日の予算委員会で、岸伸介首相が、「集団的自衛権という内容が最も典型的なものは、他国に行ってこれをまもるということでございますけれども、それに尽きるものではない(後略)」と述べたことがある。さらに、時の法制局長官は、基地の貸与や経済的な援助を集団的自衛権行使の例として挙げ、憲法の認めるものである旨述べている。

 「実力をもって阻止する」のが集団的自衛権で、戦闘と一体化しない後方支援(そのようなものがあり得るかどうかはここでは措く)は集団的自衛権に当たらない、などという珍説は、日本国内でしか通用しない議論であり、例えば、周辺事態法に基づいて後方支援をすることを、日本は戦闘と関係ないと考えるが、他国は集団的自衛権の行使と看做すという齟齬が生じ得る。それは危険なことである。

 日本政府の定義から抜け落ちている要素もある。ニカラグア事件判決にもある、被攻撃国の来援要請である。同盟は、来援要請とそれへの応諾を、あらかじめ条約で約束しておくということである。

 以上を踏まえれば、集団的自衛権の適切な定義は、次のようになるはずである。すなわち、集団的自衛権とは、他国への武力攻撃に際し、被攻撃国の求めに応じ、あるいは、そのような約定に基づき、これを支援する権利である。権利を行使するというからには、行使する権利の内容は正しく定義されていなければならない。まず、集団的自衛権の定義を正すべきである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 08:48|PermalinkComments(5)TrackBack(1) 憲法・憲法改正 | 国際法

2013年08月11日

■注目すべき英国のシェールガスの可能性

 シェール革命といえば、まずは北米であり、北米がその中心であり続けることに変わりはないことは確実だが、最近注目を集めているのが英国である。6月末に、英国の気候変動省(DECC)と英国地質調査所(BGS)は、イングランド北部に約 800〜2200兆立法フィートのシェールガス埋蔵量があるとの報告書を発表した。これはあくまで基礎的調査であるが、かなり大規模な埋蔵量である。例えば、ボウランドのシェール層は、米国最大のシェール層を二つ合わせたよりも50%も多い埋蔵量が見込まれ、世界最大であるとのことである。

 英国政府も、欧州の中では、シェールガスの開発には積極的である。今年3月には、DECCに、「非在来型ガス石油局」を設置して、シェールガス等の開発に乗り出す方針を示している。さらに、7月には、英財務省は、シェールガス生産から得る収益に課せられる税率を、62%から30%に下げるとの減税措置草案を発表し、シェールガス開発のための投資を促進する意図を明確にしている。北海のガス田が成熟し生産量が減ってきているため、天然ガス輸入量が増加しており、シェールガスに目を向け始めたのであろう。

 もちろん、ハードルは高い。まず、シェールガスの採掘に不可欠な水圧破砕法(フラッキング)に伴う環境汚染に対して、強い抵抗があるのは確実である。欧州の大部分でシェール層の開発が事実上禁じられているのも、これが原因である。また、2010年に固定価格買取制度を導入して大々的に進めている洋上風力発電との兼ね合いもある。これは、2020年までに7000基の風力タービンを設置し、全消費電力の3分の1をそれによって供給するという壮大な計画である。そして、英国のシェール層についての調査が進むにしたがって、6月の報告書が過大評価であったという結果になることもあり得る。

 しかし、英国のシェールガスについての高いポテンシャルには、やはり注目すべきであろう。シェールガス開発についての環境面からの見方は、一つはフラッキングに伴う汚染への懸念だが、天然ガスのCO2排出が比較的少ないことから、温室効果ガス削減の観点からの推進論というのはあり得る。

 もし将来、英国からシェールガスを輸入できることになれば、日本のエネルギー安全保障にとって大きなプラスである。日本が輸入に関心を示すことで、開発促進につながる可能性もある。英国との間で、シェールガスに関して、特に経済連携についての協議の場で、よく意見交換をすべきであろう。(了)

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takami_neko_shu0515 at 08:14|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 

2013年08月08日

■約10か月ぶりの更新

 本日、約10か月ぶりにブログを更新いたしました。『これで納得!日本国憲法講義』(田村重信)著の書評です。

 更新が滞っている間に、再開を期待して見に来てくださっている人がいらっしゃったとすれば、申し訳なく存じます。文章を多数書いていると、どうしてもインプット期間が欲しくなってしまうというのが、私の思考回路のようで、期限を明示すれば読者の方に親切であるということは分かっているのですが、つい、期限不明の長期休載となってしまうことがあります。

 もしも、今後とも懲りずにお付き合いいただけるならば、これに過ぎる喜びはございません。何卒よろしくお願いいたします。

 とりとめのない文章になってしまいましたが、取り急ぎ、再開のご挨拶まで。

2013.8.8
高峰康修

takami_neko_shu0515 at 07:06|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 個人的なこと・随想 

【書評】「これで納得!日本国憲法講義」(田村重信)−日本を牢から解放せよ

 7月の参院選では、憲法論議はいささか尻すぼみに終わった感はあるが、憲法改正がいよいよ現実的な政治課題に上ってきたことは間違いない。自由民主党政務調査会において憲法問題と安全保障問題に長年取り組み、慶応大学でも教鞭をとっている、憲法問題の第一人者である田村重信氏による、本書「これで納得!日本国憲法講義」(内外出版)は、まさに時宜を得た良書である。

 憲法改正の柱は、本書のサブタイトル「前文、九条、九六条などの正しい解説」が端的に示している通りである(九六条は改正条項)。著者は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という前文の文言について、「泥棒さん、あなたを信用します」とドアに張っているようなものだと厳しく批判し、国際安全保障環境から如何に乖離しているか改めて教えてくれる。九条については、これのせいで、自衛隊が、国際法上は軍隊だが国内法上は軍隊ではない、という不当かつ矛盾した地位を強いられているとして、改める必要性を強調する。九六条が定める改正手続きについては、発議要件に特別多数を要し、なおかつ改正に国民投票を要求している点を、他国の憲法改正要件と比較して、いかに高いハードルであるかを分かりやすく説く。二院制をとる日本の両院で三分の二を取ることが極めて困難であり、一院制の国と単純に比較すべきでない、という著者の指摘は、忘れられがちな論点である。

 上に挙げたような、憲法改正に関する重要課題について、平易な言葉で、時に大胆な例えを用いるなどして語っている点が、本書の最大の魅力である。もちろん、平易というのは、決して初歩的ということではなく、専門的なことをも分かりやすく解説しているという意味である。

 それにも増して、本書が素晴らしいところは、著者の国家観が明確に示されている点である。日本を日本たらしめているのは何か。著者は、それは天皇陛下であると喝破し、「なぜ日本が長きにわたって継続できているか、それは天皇陛下の存在があります」と言っている。これこそ、保守本流の国家観、歴史認識であると思う。

 本書の最初と最後には、次のような印象的かつ根本的な問いかけがある。すなわち、「戦後の日本および日本人を信用できない人が、憲法九条改正に反対するのです。例えば、悪いことをして牢屋に入ったひとが、牢屋から出たら自分に自信が持てなくて、また同じ過ちを繰り返してしまう可能性がある。だから牢屋から出さないでくれというのと同じことです。(中略)憲法改正とは、あなたが戦後の日本および日本人に、自信を持てるか否かなのです」と。国連PKOへの参加の是非に関する議論が喧しかったころ、日本ハンディキャップ国家論が一時流行ったことが思い出される。それは、日本は、先の大戦で悪いことをしたので、軍事面に関してはハンディキャップを負うのが当然である、という考えである。著者の言葉でいえば、まさに「牢屋から出さないでくれ」ということである。日本国の繁栄、存続にとって、牢屋から解放されるのがよいのか、入ったままでいるほうがよいのか、日本国民は、この根本的な問いに答える必要がある。当然、前者が正解であるし、いずれそういう選択がなされると信じているが、その際の良い手引きとなるのが本書である。

 本書の巻末には、平成17年、同25年の自民党憲法草案、現行憲法の対照表があり、資料的価値も高い。憲法問題を考える上で、一家に一冊、否、一人一冊持つ価値のある書物であるとして、本書を強くお薦めしたい。

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これで納得! 日本国憲法講義 -前文、九条、九六条などの正しい解説-これで納得! 日本国憲法講義 -前文、九条、九六条などの正しい解説- [単行本(ソフトカバー)]
著者:田村 重信
出版:内外出版株式会社
(2013-07-29)



takami_neko_shu0515 at 06:49|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 憲法・憲法改正 | 書評

2012年10月26日

■イタリアの地震予知失敗に対する実刑判決を日本は嗤う資格があるか?

 2009年4月にイタリアのラクイラ地方を襲った地震で、大地震の危険性を適切に警告できなかったとして、10月22日に、イタリアの地震予知専門家7人(科学者6人、元政府職員1人)に対して禁錮6年の実刑判決が下され、世界中の批判を浴び、呆れられている。
 当時ラクイラで続いていた群発地震に関して、国の委員会が開いた会合で、イタリアのトップレベルの地震学者らが状況を分析した結果、「地震活動はラクイラに危険を与えない」と発表されたが、実際には、会合の6日後に地震が発生し、約12万人が被災し、300人を超える死者が出た。そこで、検察側は、「専門家が『不完全で、的外れの、不適切で犯罪的に誤っていた』分析を提供したため、住民の多くは最初の揺れが起きたときに屋内にとどまった」と主張し、住民に地震が起きる危険性を警告することを怠ったとして、各被告に禁錮4年を求刑していた。これに対して、裁判所は求刑を上回る禁錮6年を言い渡したのである。
 当然の反応として、世界中の科学界から、これでは地震予知に協力できなくなる、などと、判決が科学者に与える萎縮効果への懸念が続出している。イタリアの地質学者マリオ・トッツィ氏は、「今後は群発地震のたびに、専門家が住民避難を命じざるを得なくなる」と批判しているが、もっともな主張である。また、米国の民間団体「憂慮する科学者連盟」のメンバーは、米政府に対してこの判決を非難するよう求めたと報じられている。内政干渉に当たりかねないので、そういうことは出来ないと思うが、言いたいことは理解できる。
 地震大国であり、昨年、東日本大震災に見舞われ地震予知への関心が特に高まっている日本でも、このニュースには批判や揶揄をもった目が向けられているようである。しかしながら、最近の日本の風潮を見ていると、果たしてこの判決を批判する資格があるのか、疑問の余地なしとしない。
 東日本大震災の後、我が国では、「想定外はあってはならない」ということになった。これは、予想の完全性を求める点において、イタリアの判決と同根である。また、原因究明よりも責任追及に重きを置く傾向は、これまたイタリアの判決と同類である。もちろん、司法的責任を問われるというのは、次元の異なる事態であり、同一視はできないが、無謬性の追求と過度の責任追及は、既に、関係学界の在り方を歪めている。地震や津波の想定は、想定外とならないよう、非現実的なまでに大きなものが出てくるようになっている。その典型が、政府の有識者会議「南海トラフの巨大地震モデル検討会」の報告である(9月4日付『「南海トラフ巨大地震」の極端な想定は防災上マイナスにならないか?』参照)。こういう極端な想定は、非現実的な費用のかかる対策を強いる結果となり、かえって対応を困難にさせる危険性がある。また、極端な想定の乱発は、「狼少年」ともなりかねず、やはり防災上マイナスをもたらす。
 イタリアの判決から得られるもう一つの教訓は、予知を行う専門家と、避難を指示する行政当局の間で、責任の在り方が明確に区別されるべきだということである。前者は原則として責任から解放されるべきであり、後者が責任を負うべきである。とはいえ、司法的責任を問われるべきものではない。
 災害大国である日本では、防災は極めて重要な課題である。それを正常な形で進めるには、「想定外はあってはならない」という愚かな発想から、一刻も早く脱却する必要がある。イタリアの判決の愚かさを批判したり揶揄したりするのも結構だが、自らを省みることこそ、なすべきことである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 06:08|PermalinkComments(4)TrackBack(1) 防災・減災 

2012年10月25日

■遠隔操作パソコン冤罪事件は「国家安全保障問題」

 遠隔操作されたパソコンからインターネット上に犯罪予告が連続的に書きこまれた事件の容疑者として、今年の7月から9月にかけて、4人の容疑者が逮捕され、いずれも誤認逮捕であることが明らかになるという冤罪事件が発生し、大きく取り上げられている。この件は、警察当局が、脅迫的かつ誘導的な尋問によって、被疑者に強引に自白を迫った、典型的な冤罪事件として、捜査当局への厳しい批判がわき上がっている。確かに、こういう冤罪事件は、我が国の犯罪捜査への信頼を大きく損ねる人権問題であり、真犯人の逮捕、そして、十分な検証と再発防止策が求められるのは当然のことである。
 ただ、本件は、単なる冤罪事件の枠にとどめるべきものではなく、国家安全保障にもかかわる問題であるとの認識が必要である。しかし、報道等を見ていると、この側面にあまりにも目を向けていないように思われる。
 サイバースペースは、今や、領土・領海・領空や宇宙空間と並んで、国家安全保障の対象である。サイバー攻撃は、原発、高速鉄道、水道網、電力網といった重要インフラの誤作動などを通じて、国家に甚大な被害をもたらす可能性がある。米国は、昨年7月には、既に、サイバー攻撃に対して通常兵器をもって報復することもありうべし、という戦略指針を打ち出している。さらに、パネッタ国防長官は、10月11日に行ったサイバー攻撃についての講演で、「サイバー真珠湾」の危機が迫っていると警告を発するとともに、サイバー攻撃に対する先制攻撃を示唆する、踏み込んだ発言すらしている。我が国の自衛隊も9月に発表したサイバー攻撃に対する指針において、サイバー攻撃を態様によっては自衛権発動の対象になると位置付けている。
 サイバーセキュリティへの対処における重大な困難は、主に次の2点である。まず、サイバースペースにおける害意ある行為は、発信源の特定が極めて困難である。サイバースペースにおいて何らかの悪意ある行為を実行するアクターは、今回の犯罪予告冤罪事件の真犯人がやったように、IPを偽装し他者になりすますのが常識である。2点目は、その強度がどの程度のものになるか、直ちには把握することが困難なことである。すなわち、単なる悪戯から、企業等の脅迫、そして、自衛権発動の対象となるようなサイバー攻撃まで、極めて広範にわたる。
 深刻なサイバー攻撃を自衛権の対象とする以上、発信源の特定と、態様の正確な把握は必須である。さもなければ、「踏み台」とされた国に、誤って自衛権を発動しかねない。我が国のサイバースペース防衛に当たるのは、主として、警察、そして自衛隊であるが、今回の冤罪事件は、我が国のサイバーセキュリティを司る主要当局の一つである警察が、これほど重要な発信源の特定を、どれほど軽視したかということを、如実に示した。警察当局には、IPアドレスを特定すればそれで終わりだと思った、という声がある、と報じられているが、それが事実ならば、あまりにもサイバーセキュリティに関する常識を欠いており、開いた口が塞がらない。   
 もちろん、直ちに自衛権発動の対象になるようなサイバー攻撃が発生するような状況は、さしあたって考えられない。しかし、今回の冤罪事件で明らかになった、サイバーセキュリティへの意識の低さと取り組みの致命的な不備は、我が国に対する比較的低強度のサイバー犯罪をより多く惹起させることになるかもしれない。また、サイバーセキュリティの確保においては、同盟国・友好国との連携が不可欠だが、こうした国々が我が国との連携に二の足を踏む可能性もある。そうなれば、我が国のサイバースペース防衛戦略は大きなハンディを負うことになる。
 まずは、警察組織においてサイバーセキュリティの専門家を大幅に増員する必要があり、専門の部署により大きな権限を与える必要がある。さらに、サイバーセキュリティは自衛隊の問題でもあるのだから、両者の緊密な連携による、情報やノウハウの共有は、促進されなければならない。もちろん、自衛隊は法執行機関ではないので、なかなか困難であろうが、サイバー犯罪の捜査においては、場合によっては、自衛隊の専門家も加わったダブルチェックの仕組みができないか、検討してみる余地もあろう。
 今回の冤罪事件を契機として、我が国のサイバーセキュリティ対応の意識と能力を大きく変革させることが最重要課題であり、そうしなければ、サイバースペースが「第5の戦域」となっている現在の戦略環境においては、国家の安危そのものに関わると言っても過言ではない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 02:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 広義の安全保障・危機管理 

2012年10月20日

■米=ミャンマーの軍事関係促進への動きは地政学的インパクト大

 米国は、ミャンマーとの経済的関係のみならず、軍事的関係をも促進しようとしている。米国のバーンズ国務副長官は、アジア歴訪の途次、日本の一部マスコミとの会見で、米国とミャンマーの間の軍事交流再開を検討している、と述べた。さらに、米国防総省のリトル報道官は、米国とタイが中心となって行われる多国間軍事演習「コブラゴールド」に、「ミャンマー軍の小規模な将校団を参加させたいというタイの要請を検討することに異存はない」として、ミャンマーの来年からのオブザーバ参加を打診することを表明している。コブラゴールドには、自衛隊も2005年から参加している。
 米国とミャンマーの軍事的関係が進展することは、地政学的インパクトが極めて大きい。アジア太平洋地域、あるいはインド=太平洋地域(Indo-Pacific region)は、これからの世界の繁栄の源泉であり、グローバルな安全保障にとって最重要の関心対象である。もちろん、我が国にとってもそうである。この地域において、民主主義と自由主義経済を是とする国が一国でも多く増え、政治的・経済的・軍事的にネットワークを作ることが肝要である。
 周知の通り、ミャンマーは、これまで軍事政権による独裁を理由に、西側による、いささか厳しすぎる経済制裁を受け、対中依存を高めざるを得なかったが、テイン・セイン大統領のもと急速に民主化が進展し、地域における民主主義と自由主義経済を是とする国の仲間入りを果たそうとしている。米国とミャンマーの軍事的関係促進は、こうした動きを加速させることになるであろう。
 ところで、インドは、アジア太平洋(インド=太平洋)地域の大国であり、日米にとっても友好国だが、インドの周辺国に中国が軍港などの拠点を次々と確保する、いわゆる「真珠の首飾り作戦」の脅威を感じてきた。その「真珠の首飾り」を構成する国の一つとして、ミャンマーが入っていた。しかし、米国がミャンマーとの軍事的関係を深めて行けば、インドの安全保障環境は大いに改善されることになる。
 米国とミャンマーの軍事的関係促進は、このように、大きな地政学的インパクトを持つ。ただ、そのためには、ミャンマーの民主化が不可逆的なものとなることが大前提となる。我が国は、10年以上の長期的視点で、ミャンマーの法整備を支援することを打ち出している。これは、法律案の起草や法改正に対する助言、整備した法体系の適切な運用のための人材育成や研修を含む壮大なプロジェクトである。適切な法整備が進み、民主化と「良い統治」が進めば、ミャンマーの投資環境が改善されることはもちろんのこと、米=ミャンマー軍事関係の促進を側面支援することにもなる。そうした、戦略的視点も持って、対ミャンマー法整備支援を進めて行く必要がある。また、ミャンマーの民主化と安定化には、少数民族問題の解決が不可欠だが、我が国は、外交ルートに加えて、トラック2のルートも用いて、これにも深くコミットしようとしている。ミャンマーの民主化進展について、我が国は、米国ともよく協議して、米国とミャンマーの軍事的関係の深化を促すべきであろう。
 そして、自衛隊とミャンマー軍の軍事的交流の促進も視野に入れるべきである。コブラゴールドへのミャンマーのオブザーバ参加が実現すれば、両者の関係強化の機運が高まるであろう。ミャンマーが経済的に成長することになれば、シーレーンの安全確保が重要となってくる。将来の課題として、海洋の安全保障についての、二国間あるいは多国間の取り組みに、ミャンマーを取り込む必要があろう。さらに、先に述べた通り、ミャンマーはインドの安全保障にとっても重要な存在であるので、日印対話において、ミャンマーとの関係をどう深化するか、積極的に取り上げて行くべきである。
 ミャンマーに関して、我が国が出来ることは数多くあるし、実際に適切な方策を打ち出している。地域の繁栄と我が国自身の国益のためにも、さらなる取り組みが求められる。(了)

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takami_neko_shu0515 at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 東南アジア 

2012年10月18日

■ドイツの再生可能エネルギー普及賦課金高騰が示す脱原発の非現実性

 ドイツは、福島第一原発の事故を受けて、脱原発と再生可能エネルギーによる代替に舵を切った、経済大国としては、極めて珍しい例であり、我が国もそのやり方に追随しようとしている。しかし、ドイツの再生可能エネルギー普及のための賦課金が来年から約5割もの引き上げを余儀なくされる見込みであることは、再生可能エネルギーによって原発を代替することが非現実的であることを改めて示した。
 ドイツは、再生可能エネルギー導入推進のために固定価格買取制度を1990年から導入しており、電力供給会社の負担は、電気料金に上乗せされ、賦課金という形で消費者に転嫁されることになっている。これは、我が国が7月に導入した制度も同様である。
 ドイツの送電事業者大手4社が15日に共同発表したところによれば、来年の賦課金額は、1キロワット時あたり0.053ユーロ(約5.4円)に引き上げられ、今年の賦課金額0.036ユーロ(約3.7円)と比較して、47%増となる。その結果、標準世帯(年間電力消費量3500キロ・ワット時)の賦課金の年間負担は、現在の125ユーロ(約1万3000円)から185ユーロ(約1万9000円)になり、約6000円の負担増になる。これに環境税などを加えると、年間約10000円の負担増になるとのことである。
 再生可能エネルギー普及のための賦課金がこれほど大幅に上昇する一つの要因は、太陽光バブルである。ドイツの固定価格買取制度においても、太陽光による電力の買い取り価格は相対的に高く、安価な中国製太陽光パネルを使った、太陽光発電施設への過剰投資が起こり、その電力を買い取る費用が増大している。実は、これを受けて、ドイツ政府は、太陽光による電力の買い取り価格を切り下げることと、全量買い取りを廃止することを決めている。しかし、今回の発表は、そうした措置も、現実に全く追い付いていないということを示している。
 ドイツは2010年の新しいエネルギー政策において、2050年に電力の80%を再生可能エネルギーによって賄うことを決めている。さらに、福島第一原発の事故を受けて、2022年までに原発を全廃することを法制化した。現在、ドイツの電力需要に占める再生可能エネルギーの割合は2割強、原発は2割弱である。再生可能エネルギー普及賦課金の高騰から、「脱原発」は非現実的であることは明白である。我が国の場合、電力供給に占める再生可能エネルギーは1%程度(マイクロ水力を入れても2%程度)に過ぎない。需要に占める割合と供給に占める割合であるから、直接比較できる数字ではないが、我が国において、原発を再生可能エネルギーで代替することの非現実性は、ドイツの比ではないことは明らかであろう。
 ドイツでは再生可能エネルギー普及のための負担に耐えかねて、経済界からは、再生可能エネルギー普及のためのコストを早急に縮減するよう要求が出ており、一方、左派の緑の党などは、企業に対する賦課金の軽減措置を縮小して家計の負担減に回せ、と言っている。緑の党のような企業に負担を求める主張は、産業の空洞化と雇用の喪失を招くのだから、一般国民のためにもならないが、こういうポピュリズム的な不毛な議論は、日本でも間違いなく出てくる。
 我が国に蔓延している、「脱原発・再生可能エネルギーでの代替」論は、ドイツの過ちをそっくりそのまま繰り返すことに他ならない。固定価格買取制度における太陽光の買い取り価格が高すぎるというところまで同じである。これが、日本経済に災厄を招かないはずがない。私は、決して再生可能エネルギー自体に反対するものではないが、現実的なエネルギー戦略を立てるには、「脱原発・再生可能エネルギーでの代替」という呪縛から解放されなければならないと強調したい。(了)

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takami_neko_shu0515 at 16:37|PermalinkComments(4)TrackBack(0) エネルギー・資源 | 欧州・EU・NATO

2012年10月16日

■仏専門家、「日本が電力システム改革でEUを参考にすることに危惧」―STSフォーラム参加識者インタビュー

 10月7日に、STSフォーラム(科学技術と人類の未来に関する国際フォーラム)が京都市で開催された。その中で行われたシンポジウム「原子力の安全性と将来の発展」では、IAEAの天野之弥事務総長が「原子力は多くの国で重要な選択肢となる傾向がますます明確になっている」と述べたほか、参加者から、温室効果ガス削減、電気料金の高騰防止、再生可能エネルギーによる化石燃料代替の非現実性、といった観点から、原発の必要性を指摘する意見が相次いだ。そして、日本政府が9月にまとめた「革新的エネルギー・環境戦略」において、2030年代に原発稼働をゼロにするという目標を立てたことに対して批判の声が上がった、とも報じられている。
 ところで、STSフォーラムに参加した、インド、フランス、ドイツの専門家が読売新聞のインタビューに応じて、いずれも我が国の原子力政策や電力供給を考える上で重要な指摘をしている(同紙10月8日付)ので、以下にご紹介したい。
 まず、インド工学アカデミー代表のバルデフ・ラジュ氏は、福島第一の事故原因の究明が重要だとして、次のように述べている。
福島の原発事故は、非常に不幸な出来事だが、避けられた問題だ。日本は事故の原因分析などを進めるべきで、脱原発を決めるのは乱暴だ。日本の原子力技術は素晴らしく、インドは輸入を検討している。日本が原発ゼロを推進すれば、10年、20年先に輸出国としての優位な立場は揺らぐことになるだろう。

 フランス電力会社科学顧問のイブ・バンベルジェー氏は、日本が電力供給策でEUを参考にすることに対して次のように警鐘を鳴らしている。
日本が欧州連合などを参考にしながら電力システム改革を進めていることには危惧を感じる。日本は島国で送電網が他国とつながっているわけではない。原発が止まっても電力が供給できているのは、余力のある設備投資を行ってきたからだ。電力自由化で競争が進めば、そうしたことが出来なくなる恐れがある。

 そして、ドイツ研究振興協会会長のマティアス・クライナー氏は、次のように、原子力研究の衰退への懸念を表明している。
原発をなくすということは研究者の流出も招く。核融合や放射線治療などの原子力の研究は必要だ。将来の世代にあらゆる選択肢を残せるように、最低限の規模を維持しなければならない。

 STSフォーラムでの議論や、3人の専門家の指摘は、いずれも極めて適切だが、全く目新しいものではない。しかし、「革新的エネルギー・環境戦略」をはじめとして、我が国のエネルギー政策についての議論は、こうした当然押さえるべきポイントをことごとく閑却している。そして、政治家は、専門家の意見に虚心坦懐に耳を傾け、責任を持って決断すべきところ、「民意を大事にする」と称して判断の回避に走ろうとする。また、国内の専門家が堂々と意見を開陳することがはばかられるような雰囲気が醸成されてしまっているようにも見受けられる。そういう状況下では、ヒステリックな喧騒の外側にいる外国の専門家の意見は有用であり傾聴すべきである。
 政治家も国民も、ポピュリズムの負の連鎖から早急に脱する必要があり、そうしなければ、まっとうなエネルギー政策など(もちろん何の政策でもそうだが)望むべくもない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 11:08|PermalinkComments(2)TrackBack(0) エネルギー・資源 

【書評】「日中国交正常化と台湾」丹羽文生著

 本書『日中国交正常化と台湾―焦燥と苦悶の政治決断』(丹羽文生著、北樹出版)は、新進気鋭の若手政治学者による、日中国交正常化交渉過程の活き活きとした描写である。外交・国際政治の分析には、大別すれば、携わった個々の人間の言動や心理を相当程度捨象して国家による国益追求のパワーゲームの側面から切り込むマクロ的アプローチと、それとは逆に、関係者の言動や心理を積み上げる中から真理を追求するミクロ的アプローチがある。本書は、明確に、後者のミクロ的アプローチに立って書かれたものである。
 我が国と「中共」は、1972年の日中共同声明によって、国交正常がなされた。これに際して、親台湾派と親「中共」派の厳しい対立があったことは周知の通りだが、著者は、この対立が日中国交正常化の原動力としてどれほど強力に働いたか、また、それは如何に微妙なバランスの上に成り立っていたのかを、生々しく描いて見せる。
 親中派と目されている田中角栄は、実は反共であるにもかかわらず、政権奪取のために党内で勢力を拡大する親「中共」派を取り込むべく、何のためらいもなく、日中国交正常化を強力に推進したという側面が強く伝わってくる。一方、前任者の佐藤栄作は親台湾派とされており、確かにその通りなのだが、本書の記述によれば、必ずしも台湾一辺倒ではなく、国内の両派対立、ベトナム戦争を有利に運ぶには米国は「中共」を無視できないという情勢判断、それに親台湾感情が複雑に入り混じった様相を呈していたようである。評者は、佐藤のバランス感覚に軍配を上げたいが、田中のエネルギーを買う向きがあっても不思議ではない。
 「中共」との国交正常化がなれば、次は、中華民国(台湾)との関係をどうするかである。椎名悦三郎が特使として派遣され、非常に厳しいやりとりを重ねた末に、日華平和条約は終了し、両国の外交関係は断絶した。筆者が、その下準備を調えるために日台間の青年交流に活躍していた松本彦を巧みに用いた、大平正芳の判断を高く評価し、それが今日の緊密化した日台関係の礎を築いたのだと指摘しているのは興味深い。あえて注文をつけさせていただくとすれば、その後の日台関係についてさらに詳しい記述があれば、より一層充実したものとなったと思う。
 筆者は、日中国交正常化について、「官僚の精緻な作業をベースにして、政治家は汗を流し、知恵を絞り、自らの責任において断を下す。それこそ命を投げ打つ覚悟を持って、事に臨まなければならない時もある。日中国交正常化は、その顕著な例と言えるのではないだろうか」と総括している。今流行りの言葉で言えば「政治主導」ということである。ただ、評者としては、日中国交正常化の過程において、政治家があまりに政局重視に走らなかったか、検証する必要はあると思う。
 今年は日中国交正常化40周年にあたり、尖閣問題をめぐり日中関係が急速に悪化したこともあり、日中関係は国民的関心事であるといってよい。本書は、日中関係の出発点について理解を深めることができるばかりでなく、外交・国際政治の貴重なケーススタディともなっている。本書を、広く推薦したい。内容とは直接的には関係ないことだが、本書には、若手の学者にありがちな、生硬さや肩に力を入れ過ぎた感じが全く無く、学術書でありながら読者を引き込んで一気に読ませてしまう魅力がある。今後の筆者のさらなる活躍に期待したいと思う。(了)

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日中国交正常化と台湾―焦燥と苦悶の政治決断
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takami_neko_shu0515 at 08:02|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 書評 | 日中関係・米中関係

2012年10月01日

■尖閣問題でしたたかに振る舞う台湾―歓迎すべき台湾の存在感の高まり

 先月、尖閣諸島周辺の日本領海に、台湾の抗議船・漁船が侵入し、さらに台湾の巡視船と海保の巡視船が放水合戦を繰り広げた。台湾による尖閣の領有権主張の自体は、今に始まったことではないが、今回の領海侵犯等は、いささかやり過ぎであり、日本側が抗議するのは当然である。
 しかし、台湾による尖閣領有権の主張が強まったことをもって、「親日国」台湾が「反日」に転じた、などと嘆くのは余りに皮相的に過ぎる。日台関係が良好であることに変わりはなく、さらに、台湾を支持すべき戦略的環境にいささかの変化もない。
 注目すべきは、台湾が尖閣問題を通じて、極めて戦略的でしたたかに振る舞っていることである。我が国ではほとんどまともに取り上げられていないが、8月に、台湾の馬英九総統は、「東シナ海平和イニシアティヴ」を発表している。これは、次のような骨子からなる。すなわち、日中台は、紛争を棚上げして挑発的行動を慎む、国際法に遵って行動規範を作る、資源の共同開発を目指す、という内容である。さらに、馬総統は、国際調停に従う用意があることをも示唆した。
 台湾のこうした提案は、実現性には大きな疑問符が付く。とりわけ、最終的には、中国の強硬な反対に遭うことが予想される。しかし、台湾が、領有権を主張しつつ、妥協案を提案するという行為自体、台湾が主権国家であることを明確にするものである。おそらく、台湾自身、そのことを十分計算しているはずである。そして、台湾に関わる最も重要なアクターである米国から、このような台湾のやり方を支持する声が上がっている点は、大いに注目すべきである。
 保守派のシンクタンク、ヘリテージ財団のマイケル・マッザ研究員は、台湾の英字紙Taipei Timesに寄稿した論説で、台湾の提案の実現可能性に厳しい見方を示しつつ、少なくとも出発点としては結構であり、東アジアの海洋紛争は、台湾にとって機会を提供しており、台湾は、それをつかむことによって、地域の平和と安定にとってより重要なプレイヤーとなることができるだろう、と論じている。また、民主党系シンクタンクCNASのアジア太平洋安全保障プログラムのシニア・ディレクターを務めるパトリック・クローニン氏も、外交専門誌The Diplomatのウェブサイトに、台湾は、日米ASEAN諸国の支持を得ながら、東シナ海や南シナ海の領域紛争の緩和に貢献していくことで、戦略的利益を得ることができるだろう、という趣旨の小論を掲載している。
 米国の識者、それも民主・共和系双方のアジア太平洋政策の専門家から、こうした「一つの中国」の建て前と真っ向から衝突するような見解を引きだすことができたことは、台湾の戦略的成果であるといってよい。そして、友好国である台湾の存在感が高まることは、当然、我が国にとっても歓迎すべきことである。日台が尖閣をめぐって衝突することは、中国の利益にしかならない。もっとも、中国が台湾に尖閣問題で共闘を呼び掛けることは、自ら台湾を国家と認めていることであり、自殺行為というべきである。
 我が国は、台湾による尖閣の領海侵犯には厳正に対応するとしても、台湾へのサポートを弱めるべきでなく、むしろ強化すべきであろう。10月3日にも再開される予定であった日台漁業交渉が、尖閣問題を理由に延期となってしまったが、こうした交渉は、台湾を一人前の国家として扱うことに他ならず、これが日本側から延期の提案をしたのだとすれば、いささか短絡的であり遺憾なことである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 18:09|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 台湾 | 領土問題

2012年09月29日

■10月からの環境税導入は極めて不合理―白紙に戻して再設計せよ

 10月から温室効果ガス削減を目的に化石燃料への課税を強化する、地球温暖化対策税(いわゆる環境税)が導入される。例えば、原油・石油製品の場合、本年10月には1リットル当たり0.25円、2014年4月には同0.25円、2016年4月には同0.26円が上乗せされることになる。
 この地球温暖化対策税の導入により、家計は1世帯当たり年間平均1228円の負担増となる、との試算を政府は発表している。しかし、原発の稼働が停止し、火力発電によってそれを代替しているため、産業界の負担は大きくなり、物価の上昇を通じた家計へのさらなる負担は確実であろう。産業の空洞化の加速による雇用の大規模な喪失も予想され、日本経済への影響は大きなものとなろう。
 一方、温室効果ガス削減のために何らかの国民的負担が発生すること自体は、必ずしも否定されるべきではない。むしろ、適切に制度設計された効果的なものならば、そういう負担は甘受すべきである。10月からの環境税導入が問題なのは、確固たる原理原則に基づいておらず、理にかなったものではないという点である。
 環境税は、税収増を目的とするものではなく、汚染者負担の原則に基づいて、汚染物質(この場合温室効果ガス)を経済的合理性に基づいて削減することを趣旨とする。すなわち、環境税による負担増と温室効果ガスの限界削減費用を比較し、前者のほうが大きければ、温室効果ガスを削減するという行為をとることになる。したがって、環境税の税率を決めるには、まず何よりも、削減目標が明確でなければならない。そのためには、エネルギー政策との整合性が不可欠である。
 しかし、民主党政権は、2020年に1990年比25%削減という無謀な目標を掲げていたが、福島第一原発の事故を受けた原発停止と再稼働の遅滞という事態に直面して、政府が9月に発表した「革新的エネルギー・環境戦略」では、削減目標を2030年に1990年比で約20%とした上で、「不断に見直していく」ということにした。「1990年比25%削減」が事実上撤回されたのは歓迎すべきこととはいえ、新たな削減目標は不明確であるし、温室効果ガス削減目標とエネルギー政策の有機的結合がなされているとは到底言い難い。こうした状況で、温室効果ガス削減の手段である環境税の導入を強行するのは、全く不合理であり、そういう不合理な負担は受け入れられない。
 また、環境税の目的は、温室効果ガスの削減だが、原発の稼働停止は温室効果ガスを増加させる政策である。再生可能エネルギーの導入を大幅に増やせばよいという反論もあろうが、急速に達成できるわけもなく、火力発電の増加による温室効果ガス排出は、確実に、トータルで大幅に増加する。まさにブレーキとアクセルを同時に踏むような矛盾した政策であるとしかいいようがない。10月から導入される地球温暖化対策税は、一旦白紙に戻して、環境政策とエネルギー政策を整合的なものに見直す(「革新的エネルギー・環境戦略」の提言は到底そのようなものとは言えない)中で、あらためて環境税も再設計するのが筋である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 19:33|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 地球温暖化・温室効果ガス削減 | エネルギー・資源

2012年09月25日

■中国の「三戦」戦略に対抗せよ―尖閣に牙をむく「三戦」戦略

 中国人民解放軍の戦略に「三戦」、すなわち、(1)法律戦、(2)世論戦、(3)心理戦、というのがある。法律戦とは、自国の主張を通すために国際法・国内法を駆使すること、世論戦は、宣伝戦あるいはプロパガンダ、心理戦は、相手国の戦意を喪失させることである。「三戦」戦略は、戦わずして勝つことを最上とする孫氏の兵法に基づいた理論であり、2003年には既に人民解放軍の戦略の一環とされていたが、近年とみに注目を集めるようになり、南シナ海における領有権問題、そして尖閣問題でその正体が明確になったと言える。
 自国の主張を通すために、法に訴え、国際世論に訴え、あるいは相手国に心理的に働き掛けるということは、いずれの国も多かれ少なかれやっていることである。しかし、中国の「三戦」は、それとは形式的には同じであっても、性質の上ではかなり異なる。
 とりわけ、「法律戦」の特異性には注目すべきであろう。中国は、紛争を有利に運ぶために、国際法のみならず国内法をも大々的に駆使する。また、国際法の解釈も、国際的に確立されたルールにしたがうというのではなく、自国に都合よくあまりにも恣意的なやり方をする。前者のよい例が領海法の制定や三沙市の設置であり、後者の例は、東シナ海における大陸棚延長の国連大陸棚委員会への申請や、EEZ内での他国の軍艦の活動禁止である。中国がこういうことを平気でするのは、「法」に対する中国の伝統的な考え方が根にあると思われる。すなわち、中華帝国にとって「法」は、自らも法の支配に服すべきという考えは希薄で、あくまでも中華帝国による支配に奉仕させるために「法」がある、という伝統である。結局、「法律戦」の本質はここにあると言ってよい。
 「世論戦」と「心理戦」にも特異性が見られる。官製デモを操り、相手国の心理を揺さぶるのは、独裁国家中国ならではの手法である。
 このたびの尖閣問題では、中国は「三戦」戦略を駆使して、我が国の「領土問題は存在しない」という従来の主張を覆すことに成功した。海外では、尖閣問題では日中どっちもどっちだという論調も散見される。その意味では、中国側は得点を稼いだと言えるだろうが、我が国が尖閣を実効支配しているという事実には変わりはない。実効支配を弱めるようなことがあってはならない。
 我が国は、「三戦」戦略への対応が急務である。我が国なりの「法律戦」の戦略を打ち出す必要がある。もちろん、それは、中国流の恣意的な法の駆使ということではなく、国際標準に則った法の解釈によるものでなければならない。それは、一見ハンディのようにも見えるが、逆に、中国が法をいかに恣意的な解釈をしているか、国際世論に訴えることができるということでもあり、そういう「世論戦」を展開していくべきである。「法律戦」に積極的になるという意味では、日本政府が、中国による国連の大陸棚委員会への大陸棚延長の申請に異議を唱えたのは、ささやかだが適切な一歩である。さらに、ICJ(国際司法裁判所)への尖閣領有権確認の提訴も検討に値するであろう。
 もちろん、「三戦」への対応だけでは不十分であり、最後にものを言うのは実際の軍事力である。動的防衛力構想の具体化と日米同盟の深化は必須である。肝心の軍事力を閑却するようになっては困るが、我が国が不得手とする「三戦」の分野を特に取り上げ、その能力強化を促すことには意味があろう。(了)

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takami_neko_shu0515 at 10:06|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日中関係・米中関係 | 中国

2012年09月23日

【日中摩擦】中国による経済的報復は深刻な脅威ではない

 日中の間で大きな摩擦が起こると、中国との経済関係悪化に起因する日本経済への影響を懸念する声が必ずといってよいほど出てくる。2010年の尖閣沖衝突事件に際しては、中国は、レアアースの事実上の対日禁輸措置という報復的手段をとった。今回のような大規模反日暴動は、中国における日本企業の活動そのものにとって障害であることは間違いない。しかし、領土問題という国家主権そのものに関する問題と経済的利益を天秤にかけるのは論理的に全く誤りである。経済に影響を理由にした対中配慮が必要か否かの議論は、これで終わりにしてしまっても一向に差し支えないのだが、中国による経済的報復が我が国にとって深刻な脅威となるのか検討してみることに、価値がないわけでもないであろう。
 日中間の貿易規模は貿易額でいうと、2006年には約2100億ドル、2011年には約3500億ドルであり、我が国にとって中国は最大の貿易相手国である。日本企業の中国進出も大いに進んでいる。こうしたことから、中国の対日経済カードは一見極めて有効のように思われるかもしれないが、それは、経済活動の大原則を無視した議論である。すなわち、経済活動は、双方が得るところがあるから行われる、ということである。
 仮に、中国当局が日本製品をボイコットしても、中国国民が日本製品を必要とする限り、迂回してでも輸入することになろう。例えば、台湾と中国はECFA(経済協力枠組み協定)を結んでいるから、台湾経由というルートは有望であろう。それでは、対日禁輸はどうかといえば、レアアースのような限られた品目ならばともかく、広汎に実施すれば、中国企業が打撃を受けることになる。そうなれば、経済発展を唯一の正統性としている共産党支配が揺らぐことにつながる。もっとも、それ以前に、やはり迂回輸出が行われると思われる。暴動などによって、日本企業の現地法人の生産活動に深刻な影響が出る場合も、中国経済の成長が阻害されることに変わりはない。
 こうして見ると、中国側は、経済カードは極めて限られたやり方でしか行使できないということが分かる。レアアースのように限られた重要品目の禁輸を行うか、せいぜい日本企業に対するハラスメントをするかといったところだが、前者は日米欧によってWTOに提訴される事態となっており、こういう手段もこれ以上は困難である。さらに、中国は意に沿わない国に対して経済的報復措置をとる国であると、世界に周知されれば、外資を呼び込んで経済成長を続けるというシナリオは崩壊する。既に中国はそういう警戒を招きつつある。中国当局が反日運動の収束化に一気に舵を切ったのは、体制批判への転化の危惧とともに、こうしたことも一因ではないかと思う。
 そして、賃金の上昇やバブル家崩壊の懸念により、中国自身の経済的魅力もかなり薄れてきている。我が国の経済界も、中国の代わりにもっと東南アジアに目を向けようという趨勢に変わってきているようである。これは、大いに歓迎すべきことである。はじめに述べた、国家主権の問題と経済的利益を比較衡量すべきでないという筋論だけでなく、経済的実態からも、中国による経済カードや中国との経済関係悪化を恐れるべきではない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 12:39|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 日中関係・米中関係 | 日本経済全般

2012年09月20日

■「革新的エネルギー・環境戦略」の閣議決定見送り―エネルギー戦略不在はさらに続く

 2030年代に原発稼働ゼロを目指すとして、大いに物議を醸した、政府の「革新的エネルギー・環境戦略」の文書としての閣議決定が見送られることになった。「2030年代に原発稼働ゼロ」に関しては、電気料金がほぼ倍増する見通しから、経済界から経済空洞化や雇用喪失の強い懸念が上がっていた他、原子力技術を通じても日本と密接な関係にある米国、使用済み核燃料処理を委託してきた英仏といった、関係諸国からも憂慮が示されていた。
 2030年代に原発稼働ゼロを目指すという方針は、民主党の反原発派の議員のゴリ押しによって、急遽盛り込まれたものであるが、野田首相は柔軟な解釈をとる姿勢を見せていた。さらに、「革新的エネルギー・環境戦略」を発表した直後に、青森県の大間原発と島根県の島根原発3号機の建設再開と稼働を容認する方針が示された。これらが原子炉等規制法の規定に従って40年間稼働すれば、2030年代には稼働中ということになり、全く矛盾である。また、「革新的エネルギー・環境戦略」では、高速増殖炉もんじゅの実験終了も決められていたが、これも継続すると、発表直後に方針転換している。
 しかし、閣議決定の見送りによって「2030年代に原発稼働ゼロ」という愚かな目標が事実上取り下げられように見えるからといって、今回の決定を評価するということには全くならない。問題なのは、国家の存立に関わるエネルギー戦略が、目先の選挙のための人気取り(になるのかどうかも私は疑問に思っているが)の道具とされ、結局、確固たるエネルギー戦略の不在が続くということであり、深刻な事態である。首相や閣僚の言動も、極めて曖昧である。野田首相は、民主党代表選での討論で、原発ゼロは国民の覚悟だ、と述べた。また、古川国家戦略相は、戦略の決定内容を変えたわけではない、と言っている。これでは、結局どういう方針なのか、全く分からない。こういう、曖昧で姑息なやり方は、政治不信を助長する。私は、政治不信の増大を軽々に口にしたり煽ったりする風潮に賛成ではないが、民主党政権のやり方には、そうであるとしか言いようがない。
 我が国が、きちんとしたエネルギー戦略を打ち出さなければ、米国が強く望んでいる日米間でのエネルギー協力など望むべくもない。そうなれば、今、世界の注目を集めている米国発の「シェールガス革命」の恩恵を得ることも困難になる。さらに、米国の中東依存からの脱却という方向性とも戦略的に齟齬をきたすことになり、日米関係にも悪影響をおよぼしかねない。
 民主党政権に期待できない以上、次期政権を担うことがほぼ確実な自民党に期待する他ない。自民党総裁選で各候補者が「原発ゼロ」に消極的姿勢を示したのは結構なことだが、もう一歩進んだ議論が求められる。エネルギー戦略不在という異常事態は、一刻も早く解消されなければならない。(了)
 
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takami_neko_shu0515 at 09:26|PermalinkComments(1)TrackBack(0) エネルギー・資源 | 民主党(日本)

2012年09月19日

■中国反日暴動は、日中関係にとって根本的ではない―センセーショナルさに目を奪われていると本質を見誤る

 中国では、日本による尖閣国有化を名目に反日でもが発生し各地に飛び火するとともに、暴徒化している様相がしきりに報道されている。これは、ゆゆしき事態であり、邦人の安全確保を中国政府に強く要求するのは当然である。また、意に染まない事態に対してはこうした極端な行動が起こる可能性がある、という「チャイナ・リスク」を国際社会に広く訴える必要もあろう。外資が逃避すれば中国経済は急失速するので、経済成長を唯一の正統性とする共産党政権への、ささやかな牽制にはなるかもしれない。
 今回の反日デモ・反日暴動も、やはり大きく見れば「官製デモ」の部類に属すると言ってよい。中国当局がこうした反日暴動を許している理由は、もちろん日本への圧力が大きいが、今直ちに日本と全面衝突に至るようなことは望んでいないと考えてまず間違いない。暴動は確かに激しいが、深刻な人的被害が出ていないのは、そうした当局の意向に沿ったものであると言えるのではないか。中国版ツイッターなどのインターネット上での書き込みには、冷静さを呼びかけるものが見られるが、これは、中国外交部(外務省)報道官による「要求は合法的になされなければならない」という記者会見の内容と同じである。中国当局のネットを厳しく管理しようとする姿勢を考えれば、どういうことが起こっているのか、およそ想像がつくというものである。そして、中国当局の最大の懸念は、日本批判が政権批判に転じることだが、それはまだ抑え込むことができている。
 一方、今回の反日デモには、共産党内部での権力闘争があるのではないかという推測もある。中国共産党は、今月中にも習近平を次期総書記に選出することがほぼ確定しているが、権力を温存しておきたい胡錦涛派が揺さぶりをかけているのではないかという推測である。習近平は党幹部の子女を中心とする「太子党」に属し、胡錦涛は共産党青年団を中心とする支持を受けていることは、よく知られている。習近平と同じ太子党の薄煕来前重慶市長の失脚も、両者の暗闘が原因であった。習近平が9月に入ってしばらく姿を現さず「行方不明」となる事件があり、その間に健康不安説が流されたりした。歴史を振り返ってみれば、文化大革命のとき、林彪を失脚させるのに、林彪を孔子になぞらえて孔子排斥をする「批林批孔」というのがあった。そういうわけで、反日デモと共産党内部での権力闘争に関係があるという確たる証拠はもちろんないが、疑いを抱く理由はある。
 ただ、いずれにしても、今回の反日暴動は、日中関係において根本的なものとはいえない。むしろ、中国の国内問題である。
 日本人が反日暴動に目を向けるのは自然なことではあるが、そればかりに目を奪われることには、危惧を覚える。尖閣沖での中国の海洋監視船「海監」の示威行為、そして、さらに深刻な、中国による尖閣を領海の基点とする海図の国連への提出という事態があった。マスコミの取り上げ方を見ていると、日中関係にとってより本質的な、こうした重要な出来事を閑却して、「絵になる」センセーショナルな暴動シーンばかり取り上げたり、あるいは、経済への影響を心配するかである。これは、極めてミスリーディングで危険なことである。結果的に、反日暴動が目くらましとなって、その裏では、尖閣を危うくする事態が着々と進行している。日本国民は、このことに強く危機意識を持つ必要がある。大いに警鐘を鳴らしたい。(了)

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takami_neko_shu0515 at 06:11|PermalinkComments(5)TrackBack(0) 日中関係・米中関係 | 中国

【尖閣問題】中国による尖閣基点海図の国連への提出が、現下最も深刻な問題

 尖閣諸島をめぐっては、日本による国有化宣言の後、中国国家海洋局所属の海洋監視船「海監」が尖閣周辺の海域の領海侵犯や接続水域への立ち入りを繰り返したり、中国・浙江省から漁船団が尖閣沖に約1000隻の規模で押し寄せる動きを見せたり、そして、中国国内では反日デモが暴徒化の様相を見せている。
 これらは、確かに、重大な問題には違いない。領有権問題のある海域では、まず漁船が押し寄せてきて、続いて、中海上保安当局の艦艇がそれを護衛する名目で進出してきて実効支配を強める、あるいは相手国の実効支配を崩していくという、いわゆるサラミ戦術をとるというのは、南シナ海でも何度も目にしている、中国の常套手段である。
 しかし、尖閣の場合、「海監」や「漁政」といった監視船による示威行為は今に始まったことではなく、中比間でのスカボローをめぐるにらみ合いなどとは異なり、我が国の海保の能力は高く、中国の圧力に直ちに屈するようなことは考えられない。漁船団の問題は、今回に関して言えば、むしろ、中国の中央政府が地方組織を掌握しきれなかった結果と考えるべきである。すなわち、漁業当局の浙江省における組織は、大規模漁船団の出漁を許可したが、これは中央の許可を得ずにした、跳ね返り的なものである可能性が高い。漁船が実際に押し寄せてきていないのは、そういう事情があるからであろう。考えてみれば、1000隻もの漁船がいっぺんに押し寄せてくれば、中国当局のコントロールが利かなくなる可能性が高く、そんなことを許すとは想定し難い。
 結局、領土問題が存在しないとしている日本側の立場に対して、挑発して、何とか国際化しようという、中国側の意図が最大の問題である。そして、その意図について、今や最も深刻に捉えるべき事態は、監視船による侵犯ではなく、中国当局が尖閣を、国連海洋法(UNCLOS)に基づき、領海(したがって排他的経済水域も)の基点とする海図を国連に提出したことである。中国外交部は、「UNCLOSが規定する義務を履行し、釣魚島の領海、基線を公布するためのあらゆる法的手続きが完了した」と言っている。
これにより、我が国は、もはや、単に「領土問題は存在しない」という原則論だけを繰り返しているわけにはいかなくなった。国際法という「戦域」において、尖閣をめぐる「日中紛争」が本格化したことは疑いようもない。中国が仕掛けてきた「法律戦」を受けて立たなければならない。
 UNCLOSは、海洋に関する紛争を平和的に解決する手段として、海洋法裁判所、国際司法裁判所(ICJ)、仲裁裁判所、特別仲裁裁判所の4つを定め、いずれか一方の当事国の要請により、強制的にこの4つのいずれかの受け入れ、なおかつ拘束されることを定めている(拘束力を有する決定を伴う義務的手続き)。ただ、UNCLOSは、境界画定に関しては、「拘束力を有する決定を伴う義務的手続き」の例外であるとしている。すなわち、ICJと同様に両当事国の同意がなければ、裁判は開かれないということである。中国がUNCLOSに基づいて裁判の実施を求めてくるかは分からないが、そういうことになった場合は、我が国は、応訴する方向で考えてしかるべきであろう。さらに、賛否が分かれることとは思うが、UNCLOSが定める紛争手続きの規定に則って、我が国の方からから提訴するという選択肢も、必ずしも排除される必要はないのではないか。
尖閣をめぐる「法律戦」に備えるためには、我が国は、尖閣を実効支配していることを世界に向けて明らかにすることが肝要である。尖閣における生態系の調査や環境調査、気象観測、海保や海自の艦船が停泊できる港の整備などが望まれる。尖閣をめぐる歴史的事実の広報も、今まで以上に、効果的かつ活発に行われる必要がある。
 もちろん、尖閣をめぐる「紛争」は国際法の空間にとどまるものではない。島嶼防衛能力の向上と日米のさらなる連携強化が必要であるのは言うまでもない。尖閣の戦略的意義は、これを取られれば、沖縄全体や台湾が危機に瀕するということであり、それは結局我が国が危機に瀕することに他ならない。あらゆる手段を動員して事態に対処する必要があるが、「法律戦」という要素の比重が増したことを、まずよく認識すべきであろう。(了)

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takami_neko_shu0515 at 05:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日中関係・米中関係 | 領土問題

2012年09月14日

■「原発ゼロ」方針は深刻な外交問題を引き起こしつつある

 政府・民主党が、2030年代に原発稼働をゼロにすることを目指すことを明記した、「革新的エネルギー・環境戦略」案を示すことになった。この案では、2030年代に原発稼働ゼロが可能となるよう、あらゆる政策資源を投入する、としつつ、最も注目される核燃料サイクルについては、これを維持するとの方針を打ち出している。核燃料サイクルの継続に言及したことで、再処理工場があり、中間貯蔵施設が建設中である、青森県が各原発に対して使用済み核燃料を返送して、核燃料サイクルが直ちに破綻する、ということはなくなった。
 しかし、、「革新的エネルギー・環境戦略」案では、当面は原発を重要電源として活用すると言っており、これまでに貯まっている使用済み核燃料と新たに出てくる使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出していくことになる。核燃料サイクルがフル稼働すれば、2030年代には大量のウランとプルトニウムが生産されているはずだが、そこで原発稼働をゼロにすれば、一体何に使うというのか。再処理事業を大幅に縮小していくしかないであろう。青森県、六ヶ所村、日本原燃が1998年7月に交わした覚書は、「再処理事業の確実な実施が著しく困難となった場合には、(中略)使用済み核燃料の施設外への搬出を含め、速やかに必要かつ適切な措置を講ずる」ことを定めている。「2030年代に原発稼働ゼロ」となれば、結局、覚書に書かれているような状況に陥ることは確実であり、核燃料サイクルが破綻のリスクを負い続けるに変わりはない。
 ここで問題となってくるのが、英仏との関係である。我が国は、英仏との間で原子力協定を締結し、この両国に使用済み燃料の再処理を委託していた。そして、今後とも再処理を施された放射性廃棄物が、両国から搬入される予定である。しかし、上記覚書に基づいて、青森県、六ヶ所村が廃棄物の受け入れを拒否する事態に陥れば、英仏に対する重大な背信行為となる。英仏の駐日大使は、相次いで首相官邸を訪問し、この件への「関心」(実際は「懸念」)を示した。これは、日本一国の問題にとどまらず、外交問題化しているということに他ならない。
 さらに深刻なのは、日米関係に与える影響である。米国は、核兵器非保有国として唯一フルスペックの核燃料サイクルの能力を持つ日本を、原子力政策の最良のパートナーと位置づけてきた。そして、日米の企業が原発輸出で連合体を組むなど、極めて深い連携がある。米国は、我が国の潜在能力が持つ戦略的意義も大いに認めている。米エネルギー省のダニエル・ポトマン副長官は、訪米中の前原政調会長に対して、強い調子で懸念を表明したと報じられている。
 同副長官は、「経済大国である日本が石油を買いあさるようなことになれば、原油価格に影響する。供給源の多様化が円滑に進まない場合も想定し、経済性や安全性を十分に検討せよ」という注文も付けたとのことである。これは、まことにもっともな指摘であり、我が国が「原発ゼロ」を掲げてその他の資源の獲得に血道を上げることは、極めて自己中心的で、到底理解され得るものではない。原子力についての高い技術を持っていながら、なぜわざわざ資源獲得競争を激化させるような真似をするのか、理にかなった説明などできない。昔ならば、それこそ、戦争を仕掛けるに値する暴挙であると言っても過言ではない。
 また、原発ゼロの方針を示したならば、我が国の原子力に関する学問・技術は廃れることは確実である。政府の戦略案は、人材・技術の育成を謳っているが、先がない分野の研究が活発になることなどあり得ないはなしである。そうなると、稼働中の原発の安全性が低下するのはもちろんのこと、ここでも国際的な問題が起こる。すなわち、核セキュリティへの国際的取り組みへの貢献ができなくなるということである。これは、国際社会にとっても大きな損失であるばかりでなく、我が国の信頼を大きく損ね、外交力を低下させることに繋がる。
 実際のところは、「2030年代に原発稼働ゼロ」というのは、達成できもしないしする気もない、国内向けのお題目なのであろうが、そんな理屈は、「日本の常識は世界の非常識」で、深刻な外交問題を引き起こしつつある。ちょうど、普天間の県外・海外移設を言い出したのと同じ構図である。ただちに、このような愚かなことは止めるべきであり、現実に立脚した理にかなったエネルギー政策を提示する必要がある。そうしなければ、我が国のエネルギー安全保障だけでなく、日米関係や国際社会における立場をも大きく損ねることになる。(了)

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takami_neko_shu0515 at 08:21|PermalinkComments(3)TrackBack(0) エネルギー・資源 | 外交・国際政治全般

2012年09月12日

■TPPとRCEPの「二者択一」という愚を犯すな

 TPP(環太平洋経済連携協定)について、かねてから、2012年内の交渉妥結という当初の目標は達成が困難なのではないかとの指摘があったが、その通りになった。米豪など9か国のTPP交渉参加国は、9日に公表した閣僚報告書において、年内に出来る限り多くの分野の交渉を終える、として、年内の交渉妥結を事実上断念した。これは、TPPが目指すレベルの高い貿易自由化をめぐり、例えば、知的財産権の分野などで、各国の利害調整に難航しているためである。
 TPP交渉妥結の先送りは、我が国にとっては、ルール作りに参加する余地がそれだけ大きくなるというメリットがある。今さら参加してもルール作りに参加できない、という反対論があるが、それは当てはまらないということになる。我が国は、直ちにTPP交渉への参加を表明すべきである。野田首相は、参加表明を先送りしたが、これは重大な判断ミスであった。
 一方で、TPPには、通商上の意義だけでなく、極めて重要な地政学的意義、すなわち、米国のアジア太平洋へのコミットメントを経済的側面から下支えするという意味がある。この点からすれば、交渉妥結の先送りは必ずしも望ましいとは言えない。
 ところで、TPPは、APEC全加盟国によるFTAAP(アジア太平洋自由貿易地域)構想に至るルートの一つと目されている。FTAAP構想に至るルートとしては、もう一つ、RCEP(包括的経済連携)というものがある。RCEPの枠組みは、ASEAN加盟国プラス日中韓豪印NZの16カ国である。8月30日に、この16カ国が経済閣僚会合を開き、11月にもRCEPの交渉に入ることで合意した。
 TPPとRCEPを比較すると、まず、規模では、前者の域内人口は約5億でGDPは約18兆ドル、後者の域内人口は約34億でGDPは約20兆ドルである。しかし、RCEPの枠組みは、圧倒的に一人当たりGDPが小さい。そして、TPPには米国が参加しており中国は参加していないが、RCEPはその逆である。また、TPPが目指す自由化はレベルが極めて高いが、RCEPではそれほどハードルは高くならないのではないのではないかとの説がある。
 そこで、「我が国はTPPとRCEPのどちらに軸足を置くか難しい選択を迫られる」(9月9日付読売新聞)といった論調が出てくるが、この両者は、決して二者択一的にとらえてはならない。TPPは米国との関係で不可欠である。RCEPは、先に指摘したように、自由化のハードルがそれほど高くならないのではないかという観測があるが、むしろ、我が国が率先して知的財産の分野におけるハードルを上げることによって、世界最大の知的財産侵害国である中国を牽制すべきであろう。両者の特色や意義をよく見極めて、両者ともうまく利用して国益の増進を図ることが肝要である。
 TPPとRCEPを二者択一的に捉えることは、米中の二者択一という誤ったメッセージを与えることになる。これは、日米関係を悪化させかねないのはもちろんのことである。さらに、我が国のような地域大国がそういう姿勢をとれば、地域の各国が米中のいずれかを選択することを迫られるという構図にしてしまうおそれがある。それは、アジア太平洋地域の安定と繁栄にとって大きなマイナスである。RCEP交渉への参加は結構だが、TPPを決して閑却してはならず、慎重に取り組む必要がある。そして、いずれにしても、我が国自身が積極的に貿易自由化に取り組むことが肝要である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 18:08|PermalinkComments(3)TrackBack(0) 産業・通商 | 外交・国際政治全般
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