2014年10月22日

【FIT崩壊】再エネ固定価格買取制度への信頼回復は至難

 再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)をめぐり、太陽光による電力の急増により送電設備の容量を上回ったり周波数の乱れが生じたりして、大規模停電などの怖れがあるとして、大手電力10社のうち、中部、北陸、中国以外の7社が、受け入れ中断、あるいは、制限を実施する事態となっている。これを受け経産省は、制度の見直しに着手した。民主党前政権が導入したFITは、太陽光による電力の買取価格が異常に高い(当初40〜42円/kWh、現在32〜37円/kWh)値に設定されていたことから、制度の持続可能性に強い疑問が出されていた。それが、2年目にして早くも現実のものとなったということであり、見直しは当然のことである。

 見直しの内容は、各種報道等を総合すると、次のようなことが検討されているようである。

・太陽光による電力の価格を大幅に下げ、地熱などを相対的に優遇する。
・地熱発電による電力を優先的に買い取らせる。
・大規模太陽光発電につき、FIT適用のための認定を一時停止する。
・太陽光発電への新規参入や発電施設の新増設の凍結。
・買取価格に入札制度を導入する。
・電力会社が再生可能エネルギーによる電力を受け入れなくてもよい期間を延長する(現在は30日)。

 全体として、不安定な太陽光による電力を抑制し、安定的な地熱発電による電力を拡大する方向である。それ自体は、妥当な方向性である。日本のFIT制度が崩壊したのは、上述の通り、太陽光偏重が原因だが、とりわけ「メガソーラー」を優遇するような買取価格を設定した点が問題であった。2012年度の買取価格を見てみると、太陽光は、10kW以上が40円+税、10kW未満は42円であった。これに対し、風力は20kWを境に、大規模側は22円+税、小規模側は55円+税、地熱は1万5000kWを境に、大規模側は26円+税、小規模側は40円+税などとなっていた。大規模太陽光発電による電力の優遇ぶりが如何に極端かよくわかる。再生可能エネルギーによる電力には、規模が大きいほどコストが安くなる、いわゆる「規模の経済」が働くから、こういう買取価格設定は、全く合理性を欠く。メガソーラーの過剰な参入により、現在のような問題が起こったのには、こういう背景があり、真っ先に対応しなければならない。

 他国の事例を見ると、英国の例などが参考になろう(というか、なったはずである)。英国では、元来、電力会社に再生可能エネルギーによる電力の割合を一定以上に義務付けるクォータ制をとってきたが、それに加え、2010年から小規模電源を対象にFITを導入し、2014年からは、送配電網の拡充・整備、スマートグリッドの研究開発、系統接続・運用方法の見直しなどと並行して、大規模電源もFITの対象に含めるという、漸進的改革をした。なお、英国では、原子力による電力も、低炭素電力に含められ、FITの対象となっている。

 今回の日本の見直しは、本来、導入時に検討されるべき内容ばかりである。そして、地熱発電を優遇するといっても、2012年に日本の電気全体のうち0.3%であったのを、2030年までに1%まで引き上げるというのが今の目標である。それを、大幅に拡大できるとは到底考えられない。また、地熱発電は確かに安定したエネルギーであり、ベースロード電源たりうるものであるが、温水をくみ上げて水蒸気でタービンを回して発電するものであるから、集中すると、水蒸気の不足により、十分な発電が出来なくなる恐れもある。地盤沈下などについても慎重に調査する必要がある。地熱重視は悪くはないが、拙速は厳に戒めるべきである。

 政府のエネルギー基本計画は、再生可能エネルギーの割合を2030年に約2割にすると言っているが、そこから見直す必要がある。当然、その代わり、原発の割合を増やす(現行基本計画では、出来るだけ依存度を下げるとだけ書いて、数値目標を示していない)べきであろう。再生可能エネルギーへの幻想は捨てなければならない。

 FITを見直したとしても、制度が存続し得るかどうかは疑わしい。一旦失われた信頼の回復は極めて困難であろう。これは、FITの制度趣旨から言って、致命的と言わざるを得ない。地熱を重視するというが、今回の騒動を教訓に、地熱発電の業者が参入に二の足を踏むことが推測される。また、FITは、発送電の分離があって、実力を発揮できるものであるが、我が国ではそうなっていないし、発送電の分離を今さら行うことが適切かどうか大いに疑問がある。極めて抑制された形でFITが生き残るにしても、前途は極めて厳しいと言わざるを得ない。(了)
 
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takami_neko_shu0515 at 09:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 

2014年10月16日

■大西洋クロマグロの漁獲枠は拡大へ―マグロは資源管理、捕鯨はイデオロギー

 太平洋のマグロの漁獲枠は、乱獲による資源の急減を理由に、来年以降、大幅に削減される方向である。「中西部太平洋まぐろ類委員会」は、来年以降、未成魚の漁獲枠を2002~4年平均から半減させると決定している。東部を管轄する「全米熱帯まぐろ類委員会」も同様の規制案を協議する見込みである、と報じられている。日本も、資源管理の観点から、こうした動きに反対していない。むしろ、規制に積極的である。

 一方、「大西洋まぐろ類保存国際委員会(ICCAT)」の科学委員会は、東大西洋・地中海のクロマグロの漁獲枠を、来年度は、2014年の1万3400トンから、2万3000トン程度まで増やすことが出来るとの報告書をまとめている。これは、2007年からの厳しい漁獲規制が功を奏して、資源量が回復したためである。科学委員会の報告書を受け、ICCATは、11月にイタリアのジェノバで開かれる年次総会で、来年から3年程度をかけて、漁獲枠を合計1万トン程度増やすことを検討しているとのことである。ICCATへの影響力の強い、EUのダマナキ欧州委員(漁業・海洋担当)は、14日の記者会見で、東大西洋・地中海におけるクロマグロの漁獲枠を、現状維持か漸次拡大することを、年次会合で表明する見通しである、と報じられている。

 マグロに関しては、資源管理の国際的枠組みが機能していることが分かる。これは、捕鯨問題と好対照である。国際捕鯨取締条約の前文は、「(鯨族は)捕獲を適当に取り締まれば繁殖が可能であること及び鯨族が繁殖すればこの天然資源をそこなわないで捕獲できる鯨の数を増加することができる」「広範囲の経済上及び栄養上の困窮を起さずにできるだけすみやかに鯨族の最適の水準を実現することが共通の利益である」「これらの目的を達成するまでは、現に数の減ったある種類の鯨に回復期間を与えるため、捕鯨作業を捕獲に最もよく耐えうる種類に限らなければならない」としている。文字通り受け取れば、資源量が回復すれば捕鯨を再開してよい、ということになるが、全くそのようにはなっておらず、反捕鯨というイデオロギーがまかり通っている。

 マグロについても、イデオロギー化が懸念されたことがあったが、今回の動きを見る限りでは、そういう徴候は無い。今後とも、我が国は、マグロ資源の国際的管理において積極的な役割を果たし、水産資源としてのマグロの持続的な有効利用を促進していかなければならない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 00:39|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 産業・通商 

2014年10月15日

■米印連携強化のカギを握る日本

 9月末にホワイトハウスで行われた、米印首脳会談では、米印間の戦略的パートナーシップを強化することが表明された。海洋安全保障やテロとの戦いを含む安全保障面での協力、ルールに基づいた国際秩序への支持の確認、インドの安保理常任理事国入り支持、などである。ただ、個別的な課題は残っている。インドの原子力損害賠償法が阻害要因となっていた原子力協定については、両国が新たな省庁横断組織を結成し、引き続き取り組むこととなった。貿易円滑化協定で、インドが食糧備蓄の問題について譲歩を求めており、モディ首相は、近いうちに解決できるであろう、と言っているが、課題として残っている。また、期待されたほどの規模の対印投資も、発表されていない。とはいえ、全体として、米印連携強化に向けた流れが強まったことは間違いない。

 今回の米印首脳会談で、最も注目すべき点の一つは、日米印の連携強化、具体的には、日米印の外相会談の実施で一致したことである。これは、日本が米印連携強化の鍵を握っていることを意味する。もちろん、それは、戦略的利害関係が一致していることが第一だが、インドにある伝統的な親日感情も大きな背景である。インドでは、先の大戦で日本がインドの独立に貢献した、と公言する知識人も少なくない。「モディ首相は訪日時に靖国参拝をすべきであった」とする論説すら、インドの新聞に載ったことがある。

米印関係は、冷戦以来のインドの非同盟主義が障害となり、今までのところ、互いにシンパシーがあったとは言えない。モディ首相は「ルックイースト」政策を掲げ、対米関係重視を打ち出しているし、米印首脳会談に先立ち、8月に訪印したヘーゲル国防長官は、互いの戦略的文脈を理解する必要がある、と述べるなど、過去の行きがかりからの脱却を試みる動きが見えるが、感情の面では、日印間の良好さとは比べようもない。戦略的関係を左右する要因として、感情を過大評価するのは誤りであるが、過小評価するのも誤りであろう。日米印の外相会談を、日本に何の相談もなく発表するはずもないので、当然、事前に日米印で協議してのことであろう。日本が触媒となって、米印関係、日米印関係を進展させ得るということが三国の共通認識になっていると言ってよいであろう。

 こうした構図は、日本にとって、大きなチャンスである。米印の接近は、日本にとり、安全保障環境を好転させることに他ならないが、日本自身が、そうなるように仕向ける潜在的な力を持っているということである。そして、そのレバレッジ効果は、予想以上に大きいように見える。日印は、経済面でも、安全保障面でも、着実に協力を進めている。武器や武器技術の輸出、また、民生用原子力技術の供与は、特に重要である。日印関係、さらに、日米印関係の強化が進めば、ことさら「対中包囲」と言わずとも、自然とそのようになる。中印の経済関係の強い結びつきは続くであろうが、それは、インドに限ったことではなく、日米も程度の差はあっても同じことであり、政経分離で考えるべきことである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 23:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 南アジア | 外交・国際政治全般

2014年10月07日

■香港の抗議運動への対応で、日本は貴重な機会を逸した

 香港の行政長官の選挙制度を、2017年から、実質的に中国政府が認めた者の立候補しか認めないように変更することに対する、学生を中心とする抗議運動「雨傘革命」の帰趨は、予断を許さない。中国政府による、ソーシャル・メディアにも工作員を侵入させるような手法もとり、抗議運動を孤立化させることに成功しつつあるようにも見える。そうであるとすれば、その原因の一つは、英国統治から一国二制度への移行を経た香港の住民が、民主主義を天与のものと思い込んでいることが原因の一つかもしれない。この点、自らの手で民主主義を戦い取り、育てている台湾で起こった、「ひまわり運動」とは対照的である。

 抗議運動がどうなるにせよ、日本が貴重な機会を逸したことは間違いない。米国のオバマ大統領は、10月1日にホワイトハウスで行われた、王毅外相とスーザン・ライス安保担当補佐官の会談に同席するという異例な行動をとり、「香港の安定、繁栄に不可欠な、開かれた社会システムを支持する」と明言した。ケリー国務長官は、「香港基本法に基づく普通選挙を支持する」と、王毅外相に言った。台湾の馬英九総統は、9月29日に「世界台湾商会連合総会」の年次総会で、「香港住民が行政長官の自由な指名と選挙を求めることを、理解し支持する」と述べ、さらに、国民党の会合では「北京が抗議運動への対処を誤れば、両岸関係に影響があるであろう」とまで言った。親中派とされる馬英九にしてこの対応ぶりである。独立派の野党民進党の幹部は、自由、人権、民主主義の価値をさらに前面に出して、香港のデモを強く支持している。英国は、クレッグ副首相が、中国大使に懸念を伝えたが、10月2日付ウォールストリート・ジャーナル社説は、キャメロン首相が沈黙を守っていることを厳しく非難している。

 翻って、我が国の対応はどうか。10月3日の記者会見で、菅官房長官は、記者の質問に答えて次のようなことを言っている。すなわち、「日本は香港と極めて密接な経済関係を有しており、香港の将来は日本の大きな関心事である。一国二制度の下、自由で開かれた体制が維持されることを強く望む」と述べた。また、香港当局が強制排除に乗り出した場合の対応について問われ、コメントしない、と答えた。官房長官が記者から聞かれて初めて答える、ということ自体が、日本がこの問題に鈍感であることを示している。記者会見での発言内容も物足りない。安倍総理は、自由、民主主義、人権、法の支配といった価値観の重要性を掲げながら、「地球儀俯瞰外交」を展開してきた。香港の問題は、まさに、これらの諸価値観が問われているのであるから、本来、総理自身が率先して踏み込んだ発言をすべきである。その内容は、自由、民主主義、人権、法の支配を強調し、当局の弾圧により流血などの事態に至った場合は、経済制裁などの重大な結果がもたらされることを警告すべきであった。さらに、早期に米国や豪州などと相談して、そういう事態が発生した場合には、11月に北京で開催されるAPECをボイコットすることを検討すると明言すべきであった。

 人権は、それ自体重要な価値であるし、有用な外交カードでもある。特に、日本が踏み込んだ発言をしていれば、台湾のような国は、一層親日的になったことであろう。もちろん、米国も価値観の共有ができたということで、大歓迎したであろう。中国に対しては、日本も人権カードを持っていることを知らせることが出来た。しかし、今や、タイミングを逸してしまった。何としても避けるべきことではあるが、流血の事態に実際になってしまった時ぐらいしか、もはや言う機会が無い。あくまで仮定の話だが、APECでの日中首脳会談実現の支障にならないよう抑制しているなどということがあれば、重大な誤りであると言わざるを得ない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 00:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 中国 | 外交・国際政治全般

2014年10月06日

■米の大学で「孔子学院」閉鎖の動き―日本も中国による思想の自由侵害を阻止せよ

 10月6日付『読売新聞』は、米国の二つの大学(シカゴ大学とペンシルベニア州立大学)で、中国政府直轄の中国語・中国文化教育機関「孔子学院」との契約が打ち切られたことを報じ、そうした動きは2大学にとどまらないであろうとの、全米大学教授協会幹部の見通しを紹介している。

 「孔子学院」は、中国政府の教育部の下にある、「国家漢語国際推広領導小組弁公室」が管轄しており、表向きは、中国語・中国文化の教育や普及、友好関係の醸成などを謳っているが、中国によるプロパガンダ戦略を担うものである。そして、「孔子学院」は、それ自体が、設置された大学内で直接活動を行っている点が特異である。2009年には、政治局におけるプロパガンダのボス格の李長春が、「孔子学院」は、中国の海外におけるプロパガンダ機構の重要な一部である、と明言している。「孔子学院」は、我が国でも儒教の祖として歴史的に親しまれている孔子とは、何の関係もない。

 米欧では、最近、急速に「孔子学院」への警戒感が高まっている。6月14日付ワシントン・ポスト紙、8月7日付ウォールストリート・ジャーナル紙は、相次いで、米国の大学への「孔子学院」の浸透に警鐘を鳴らす社説を掲載した。WP社説は、「授業において、敏感な話題(民主化、チベット、台湾、法輪功など)を避ける訓練を北京で受けていた」という、学院の教員の証言を紹介し、中国政府は、孔子学院に関する雇用契約やカリキュラムの選択をコントロールしている、と指摘している。WSJ社説は、欧州中国研究協会の会合において、「孔子学院」の本部長が、気に入らない資料を、「中国の規制に反している」として強制的に回収し、中国の意に染まないページを破り去って返却したことを報じている。もちろん、米欧側も、こういう振る舞いに黙ってはいない。欧州中国研究協会は、厳しく抗議し、資料の破却された部分を再印刷し再配布することを命じた。全米大学教授協会は、「孔子学院」を設置している100近い大学に対して、関係を再検討するよう要請している。カナダ・オンタリオ州のマクマスター 大学は、「孔子学院」の教員が、契約上、法輪功への信仰を隠すことを要求されている、と証言したことを受け、昨年、「孔子学院」を閉鎖した。

 当初は、中国側の出資による、教員派遣、教材供給という「孔子学院」の運営形態は、低予算で、ニーズの高い中国語や中国文化についての教育・研究を可能にすると考えられ、急速に広まったのであろうが、今や、中国によるプロパガンダ戦略、思想統制の道具としての弊害が極めて大きいことが認識されるようになった。日本の大学にも「孔子学院」が設置されている所があるので、決して他人事ではない。まずは、大学側の自主的取り組みが急務だが、必要があれば、政府と大学当局が協力して、思想の自由、学問の自由への侵害の実態を調査し、その結果次第で、閉鎖を含めた是正措置をとる必要がある。かつて、我が国の大学関係者は、大学の自治や学問の自由をヒステリックに強調し、国の介入に過敏に反発したが、今日の「孔子学院」を通じたプロパガンダ戦こそ、思想の自由、大学の自治への挑戦である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 17:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 中国 | アメリカ

2014年10月05日

■米の対ベトナム武器輸出の一部解禁は絶妙

 米国が、1975年のベトナム戦争終結以来40年ぶりに、ベトナム向けの武器輸出を一部解禁することになった。10月2日に、ケリー国務長官は、ベトナムのファム・ビン・ミン副首相兼外相との会談において、哨戒機や艦船などの海上警備目的に限定し、殺傷力のある武器も含む防衛装備の移転を認めるよう、米国の政策を見直す方向であることを伝えた。この措置の目的は、言うまでもなく、南シナ海で攻撃性を強める中国を牽制することである。なかなか中身のあるアジア回帰を打ち出せない中で、象徴的にとどまるものの、米国は、絶妙にメッセージを発することが出来たと評価できる。それは、相手、タイミング、条件が適切であったからである。

 中国は、5月から7月にかけて南シナ海のパラセル諸島沖の、ベトナムの200海里経済水域(EEZ)内に石油掘削リグを持ち込み、調査を強行した。それゆえ、ベトナムは、南シナ海問題を象徴する存在として、まさに旬である。さらに、米越は、ベトナム戦争の当事者であるから、両者の関係強化は、強いインパクトを与えることになる。好敵手であったからこそ、良き協力相手になることが出来るのだともいえる。

 タイミングの面では、第一に、上述の通り、ベトナムのEEZ内での中国による石油掘削の記憶がまだ新鮮である。第二に、米国は9月に「イスラム国」の壊滅に本格的に乗り出したところであり、中東に力を割くのと反比例して、アジア回帰がますます形骸化するのではないかという懸念がある。この時期における対ベトナム武器輸出の一部解禁は、米国がアジアへの関心を失ってはいないという、一定のメッセージを発することになる。第三に、11月に行われる北京でのAPECの直前に当たる。それゆえ、中国に対し、アジアの海洋安全保障に米国がコミットする意思を失っていないことを示し、強く牽制することになる。

 他方、ベトナムの人権状況についての懸念が、米越の関係改善の妨げになって来た。人権問題を全く無視するということは出来ない。この点、米国務省は、ベトナムの人権状況が若干の改善を見せていると指摘しつつ、引き続き改善を求めていくとのことである。武器禁輸解禁との対応で言えば、ベトナムの人権状況の改善に対応して、海上警備に資する装備の移転を認めるが、戦車、ミサイルなどの殺傷力の強い他の兵器は、今後も禁輸対象となり、それは人権状況の改善次第ということになる。このように、人権問題についても、理屈が通っている。さらに、実は、海洋安全保障以外の装備を米国からベトナムに直ちに提供する必要性は乏しい。ベトナムにとって、そういう武器の調達先としては、まずもってロシアであり、最近は、インドが対越武器輸出に関心を強めている。ということは、ベトナムの人権状況があまり改善されず、さらなる武器輸出禁止の緩和がなされなくても、両国ともさほど困らないと言える。むしろ、いたずらに手を広げるよりも、海洋安全保障に焦点を集中させる方が正解かもしれない。

 米国の今回の決定は、アジア回帰にとって、もとより象徴的なものに過ぎないが、相手、タイミング、条件を適切なものとすることにより、発するメッセージを最大限に強いものに出来るという、見習うべき、よい手本であると見ることができる。(了)

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takami_neko_shu0515 at 19:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 東南アジア | 外交・国際政治全般

2014年10月04日

■「イスラム国」空爆をめぐる自衛権の論点

 6月に「イスラム国」の樹立を宣言した、テロ組織「イラク・シリア・イスラム国」(ISIS)を壊滅させるべく、米国および米国率いる有志連合が、9月から、イラク、シリア領内のISISの拠点に対する空爆を実施している。この作戦は、軍事的有効性の評価はさておき、自衛権行使に関する論点、国際的実行の面で、注目すべき点を含んでいる。

 米国は、対ISIS軍事作戦を、自衛権の発動であると明確に位置付けている。テロ組織が自衛権の対象となり得るかには議論があった。2001年の9・11同時多発テロを受けたアフガン戦争も自衛権の行使であるとされた。テロ組織のような非国家主体であっても、国家による武力攻撃と同視し得るような行為を実行すれば、自衛権の対象となるということである。そして、国連は、安保理決議をもって、その主張を認めた。今回の空爆については、サマンサ・パワー米国連大使は、9月23日に国連事務総長あてに提出した書簡において、国連憲章51条(自衛権の規定)に基づくものである、と述べている。これに対して、潘基文事務総長は理解を示した。したがって、今回の件は、非国家主体による武力攻撃と同視し得るような重大な行為は自衛権の対象となる、という解釈を一層定着させることになろう。

 次に、テロ組織が自衛権の対象になるとして、その拠点を空爆することの可否が問われる。アフガン戦争の際は、アフガンのタリバン政権がアルカイダを支援したことが、正当化根拠とされた。国際司法裁判所の1986年のニカラグア事件本案判決は、ある国家が、1974年の「侵略の定義に関する決議」に該当する(要するに武力攻撃と同視し得るような)重大な武力行為を実行する集団等の派遣をしたり、あるいは実質的関与をすれば武力攻撃に該当するが、そうした行為への黙認や支援のみでは、武力攻撃には該当しないと判示している。9.11への対応は、この判決の趣旨に従ったものとは言えないが、先にも述べた通り、国連安保理は是としている。この論点で、今回問題となるのは、シリア領内への空爆である。シリアは内戦状態にあるとはいえ、政権の座にあるのは、一応はアサドである。米国は、パワー国連大使の、前出書簡において、「自国領土をテロ組織に使われることを防ぐことが出来ず、その意思もないときは、自衛権を行使し得る」と言っている。ロシア、中国、イランなどは、アサドの許可なくシリア領内を空爆するのは国際法に違反する、と主張している。アサドはISISとは戦っており、決して支援などしていないから、反対説に理があるようにも見える。しかし、潘基文事務総長は、空爆がアサド政権に事前に知らされていたこと、アサド政権の実効支配が及んでいない場所で行われていることを指摘し、米側の通告に理解を示した。これは、テロ組織の拠点への攻撃に関する基準となり得る。

 そして、集団的自衛権の問題がある。イラク領内の空爆に関しては、イラクからの要請があるので、テロ組織が自衛権の対象となり得ることを認める以上、集団的自衛権の行使ということで、何の問題もない。シリアとの関係では、アサド政権は、確かにシリア領内のISIS拠点への空爆を要請してはいないが、少なくとも黙認している。集団的自衛権行使の要件として、被攻撃国からの援護要請というのがあるが、これは、明示的なものではなく、黙示的なものであってもよい。アサド政権の対応は、後者に該当するようにも思われる。憶測を逞しくすれば、これまで、激しく敵対してきた米国とアサド政権は、互いに、あからさまに協力しているところを見せるわけにはいかないので、水面下で合意している可能性があり、そうであれば、シリアとの関係でも、集団的自衛権の行使が成立し得る。

 国際法にも、いわゆる「法の欠缺」がある。国連憲章には、テロ組織のような非国家主体による重大な脅威への対処について、何も書いていない。「法の欠缺」といえば、サイバー攻撃などもそうであろう。2012年に出された「タリン・マニュアル」は、武力攻撃と同視し得るようなサイバー攻撃は自衛権の対象となり得る、と指摘している。テロ組織への自衛権行使の正当化と同じ論理である。9.11への対応、タリン・マニュアル、そして、今回の対ISIS軍事作戦も、「法の欠缺」を埋めるための国際的努力を示しており、国際法の動的側面をよく示している。

 ちょうど、我が国は、今年7月に、集団的自衛権の限定的行使を容認する閣議決定をしたところだが、我が国の自衛権をめぐる論争は、如何にも硬直化している。本来、自衛権は、個別的・集団的を問わず、国際法上の権利であって、憲法で厳しく制約を与えるという性質のものではない。自衛権について、もっと、国際的実行に即した捉え方をしないと、サイバー・セキュリティなどで困難に直面することにもなるであろう。いささか煩雑になったが、ISISへの攻撃をめぐる国際法上の論点を概観してみたのは、そういう問題意識からである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 23:05|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 国際法 | テロとの戦い

2014年09月28日

■反捕鯨国こそ条約を無視している―IWCは加盟し続けるに値するのか?

 我が国の調査捕鯨については、今年3月に国際司法裁判所(ICJ)が豪州の提訴に基づき、南極海で実施されてきた分につき、従来の実施方法は調査捕鯨ではなく商業捕鯨に当たり認められないとの判決を下している。同判決の根拠は、大略、次の通り。すなわち、日本が、(1)「非致死的調査」にについて十分な検討を行っていなかった、(2)捕獲頭数の算定基準が不透明であった、(3)実際の捕獲頭数が当初の計画を大幅に下回っていた。特に、(3)は、科学的調査であるとの日本の主張への大きな疑問とされた。計画を下回っても実効性があるのであれば、当初の計画は何であったのかということになるし、当初の計画通りでなければ実効性に欠けるのならば、それを大幅に下回る調査は科学的意味がないということになる。

 9月15−18日にスロベニアで開かれた国際捕鯨委員会(IWC)では、2015年度からの南極海における調査捕鯨再開を目指す日本に対し、調査捕鯨の計画への評価・手続きを厳格化する、ニュージーランド提出の決議を採択した。これは、事実上、日本の南極海における調査捕鯨再開の先送りを求めたものだが、日本は、決議には拘束力がないとして、ICJ判決での指摘を改善した上で、2015年度から再開する意思を表明している。

 捕鯨問題をめぐっては、日本が国際規範に遵おうとしていないかのような構図が作られつつある。しかし、国際規範を無視しているのは、むしろ、反捕鯨国の側であると言うべきである。IWCは、国際捕鯨取締条約に基づいて設立されている機関であるが、同条約の前文は、次のように条約の目的を宣言している。すなわち、「鯨族という大きな天然資源を将来の世代のために保護することが世界の諸国の利益である」「鯨族が捕獲を適当に取り締まれば繁殖が可能であること及び鯨族が繁殖すればこの天然資源をそこなわないで捕獲できる鯨の数を増加することができる」「広範囲の経済上及び栄養上の困窮を起さずにできるだけすみやかに鯨族の最適の水準を実現することが共通の利益である」として、「これらの目的を達成するまでは、現に数の減ったある種類の鯨に回復期間を与えるため、捕鯨作業を捕獲に最もよく耐えうる種類に限らなければならない」としている。あくまでも、鯨の水産資源としての持続的な利用を可能にすることが前提なのであって、反捕鯨が目的であるわけではない。

 最も問題であるのは、商業捕鯨モラトリアムとサンクチュアリである。IWCは、1982年に商業捕鯨モラトリアムを採択し、その結果、商業捕鯨は停止されることとなったが、モラトリアムは、遅くとも1990年までに再検討されることが明記されている。にもかかわらず、モラトリアムの見直しはなされず、あまつさえ、1994年には、南極海をサンクチュアリ(捕獲禁止区域)と設定し、反捕鯨のイデオロギー化を加速させている。但し、日本はこれに異議申し立てをしているので、南極海での調査捕鯨が認められてきた。

 反捕鯨国の動きは、国際捕鯨取締条約の目的を無視したものであり、商業捕鯨モラトリアムに定められた見直しを拒否するなど、国際規範を重視しているとは到底言い難い。日本は、このように目的から外れてしまっているIWCに留まる意義があるのか、再検討すべきであろう。鯨は、国土の狭い海洋国である日本にとり、重要なタンパク源となり得る。正しく管理して持続可能な利用をすべき水産資源である。したがって、IWCを脱退して、細々と認められている小型鯨の沿岸捕鯨にとどまらない商業捕鯨を実施する方が理に適っていると思う。ただ、国連海洋法条約の第65条は「鯨類については、その保存、管理及び研究のために適当な国際機関を通じて活動する」と定めているので、他の捕鯨国とともに、IWCとは別の、新たな国際機関を設立するのが望ましい。カナダ、フィリピンは脱退しているし、アイスランドも2003年まで脱退していた。ノルウェーはモラトリアムに異議申し立てをして商業捕鯨を続けている。こうした国々との連携が求められる。

 南極海での調査捕鯨は、日本のこれまでの主張は、要するに資源管理のための国際貢献ということだが、これだけとやかく言われてまで奉仕する謂れは無い。先人の努力を無にするのは忍びないが、これまでの貢献の実績をアピールしつつ、「もはや十分な成果を得た」と宣言して撤退するのが良いのではないだろうか。(了)

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takami_neko_shu0515 at 06:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 産業・通商 | 国際法

2014年09月27日

【国連気候サミット】日本は気候変動への適応と途上国対策重視―資金拠出要求が強まることを懸念する

 9月23日にニューヨークの国連本部で開かれた、国連気候サミットでは、(1)2020年までに温室効果ガス排出量を減少に転じさせ、産業革命前と比べた気温の上昇を2度以内に抑制するよう努力すること、(2)今年12月にリマで開かれる国連気候変動枠組み条約第20回締約国会議(COP20)において、2020年以降の温室効果ガス排出削減の新たな枠組みの草案を作り、来年末パリで開催されるCOP21で最終決定すること、が主要な目標として決定された。

 我が国は、安倍総理が、2020年以降の削減目標については、「出来るだけ早期の提出を目指す」と述べたが、原発の取り扱いが決まっていないので、削減目標を立てる目途が立っていない。そこで、原発の再稼働が無いものとして、2020年に、2005年比マイナス3.8%という暫定的目標を掲げている。

 おそらく、上記の事情の埋め合わせの意味も込めて、日本は、途上国の気候変動への適応支援を前面に打ち出している。安倍総理は、気候サミットでの演説で、「日本は昨年初めから3年間で約160億ドルの途上国支援を約束したが、これを1年半あまりで達成した」と強調し、「新たに、3年間で気候変動分野で1万4000人び人材育成を約束する」「さらに『適応イニシアティヴ』を立ち上げ、途上国の対処能力を包括的に支援する」と述べている。

 これは、考え方としては悪いものではない。気候変動枠組み条約には、島嶼国をはじめとする、気候変動に脆弱な途上国に対して十分な考慮を払うべしとの規定がある。また、同条約の究極的な目標は、温室効果ガスの排出削減であるが、「気候変動の悪影響を緩和すべきである」とも明記しており、気候変動への「適応」というのは、それに合致している。そもそも、温室効果ガスによる地球温暖化は緩慢な現象であるから、予防(=削減)より適応の方が合理的である場合が少なくないであろう。

 したがって、本来、日本の提案は、理に適ったものである筈だが、今のままでは、日本への資金拠出要求が必要以上に強まる懸念がある。第一に、やはり、引っかかるのは原発の稼働停止である。他国が、日本が原発を大幅に再稼働させた場合に見込まれる、温室効果ガス削減の見込みを試算したとすると、日本にもっと資金を出すよう迫る梃子として、それが使われてもおかしくない。第二に、安倍総理は演説で「日本は昨年初めから3年間で約160億ドルの途上国支援を約束したが、これを1年半あまりで達成した」と言っているが、少し大盤振る舞いが過ぎるのではないか。これでは、日本が約束を上回る援助をすることを当然視させ、援助のペースを少し緩めた場合に、かえって不満を持たれることになりかねない。もっと地に足の着いた気候政策が求められる。(了)

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takami_neko_shu0515 at 08:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 地球温暖化・温室効果ガス削減 

2014年09月24日

■九州電力、再エネ電力の受け入れ制限へ―FIT崩壊の序曲か?

 九州電力は、再生可能エネルギーによる電力(RES電力)の受け入れを、管内全域で制限することを本格的に検討することになった、と報じられている(追記:24日に正式発表)。九州電力は、他の電力会社と同様、固定価格買取制度(FIT)に基づき、RES電力を受け入れてきたが、既に、鹿児島県および長崎県の一部の離島からのRES電力を遮断している。この措置を、九州本土全域に拡大するということである。

 こうした措置をとる理由は、太陽光発電の導入が急速に進んだ結果、送電設備の容量が追いつかなくなる可能性が出てきたためである。太陽光発電による電力の買取価格が不当に高いと指摘されてきたが、早くもその弊害が明確になったことになる。

 9月20日配信の毎日新聞(電子版)の記事『九州電力:再生エネ買い取り中断検討 送電パンクの恐れ』は、次のように解説している。

九電は昨年3月、既存の送電設備で接続可能な太陽光・風力発電容量を400万キロワット増やして700万キロワットと定め、2020年までに導入を図るとしてきた。だが、太陽光発電の買い取り価格が高かったこともあり、今年7月末の実績で既に385万キロワットに達するなど、想定を上回っている。

太陽光は出力の変動幅が大きく、さらなる導入には変動幅を抑える技術開発や、設備の増強工事が不可欠。再エネ事業者が多額の工事費用を自己負担するケースも出ており、九電は、導入目標拡大を検討する一方で、FITを推進する国に対しても、制度見直しを含めた対応を求める意向だ。


 FITは、買取価格が実体と乖離した高値になり持続可能でなくなることが、欧州の例からも明らかであった。また、RES電力が、変動が大きく不安定であることも、かねてから指摘されていた。後者に対しては、再生可能エネルギーの種類が増えれば、それぞれの変動が打ち消し合って、結果として安定的な供給が出来るとの反論があった。しかし、そういう机上の議論の通りには上手く行かないことを、九州電力の件はよく示している。今回の件が、日本のFIT崩壊への序曲となるかどうかは、まだ分からないが、今後、FIT制度の解体的見直しが必要であることは間違いないであろう。国の関与は、各種エネルギーの研究開発への援助に限るべきであり、特定の発電方法による電力を優遇し、それの普及を図る、といったやり方は弊害が大きすぎる。

 なお、上で紹介した毎日新聞の記事では「受け入れ中断には、(中略)、世論の反発も予想されるため、九電は月内にも、国と対応策を協議する」と言っている。これは、奇妙な論理である。再生可能エネルギーの導入への逆行に世論が反発すると(おそらく毎日新聞の期待を込めて)言いたいのであろうが、そんなことよりも、送電設備がパンクして大規模停電が起これば甚大な被害が引き起こされ、世論の反発どころの騒ぎではない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 11:01|PermalinkComments(2)TrackBack(0) エネルギー・資源 

■スコットランド:独立否決でも英国の地位低下は止まらない

 9月18日に実施された、スコットランド独立の是非を問う住民投票では、周知の通り、賛成約45パーセントに対し反対約55パーセントという結果となり、独立は否決された。スコットランドが独立すれば、英国の国際的地位は、一気に低下したことであろう。特に、独立派の公約に非核化が含まれていたことから、英国唯一のSLBM(潜水艦発射型弾道ミサイル)搭載原潜の基地であるクライド海軍基地を失うことが、安全保障上の大きな懸念事項であった。ただ、今般のスコットランド独立否決は、英国の国際的地位に対する致命的な一撃を辛うじて食い止めたに過ぎず、英国の凋落自体は、進行がとどまる見通しが立たないと言うべきであろう。

 英国が第二次大戦後、大英帝国の崩壊にもかかわらず、国際社会で極めて高い地位を保ち続けることが出来たのは、自由主義、民主主義、人権の擁護を共通の価値とする、米英のいわゆる「特別な関係」が最大の要因である。大西洋同盟は、米英の「特別な関係」を中核とし、英国は、米国と大陸欧州の橋渡し役を務めることで、発言権を保ってきた。

 ところが、近年、英国の姿勢は、大きな変化を見せている。2010年は、一つの画期と言える。同年、英下院の外交委員会は、米英関係を「特別な関係」と呼ぶのは非現実的であり、英政府は「米英の特別な関係」という表現の使用を控えるべきである、という報告書を採択している。この報告書は、米英関係自体は充実させるよう求めてはいたが、その後の英国の外交・国防政策を見ると、「特別な関係」と呼ぶか否かに関わらず、米英関係は間違いなく弱体化している。同年10月には、キャメロン首相が国防費を4年間で8パーセント削減する方針を示し、11月には、英仏間で、軍事協力を強化し、合同部隊の設置、核実験施設や空母の共有化にまで踏み込んだ、二つの条約が調印された。これらは、大西洋同盟における英国の立場を大きく変更するものである。

 2013年には、シリアのアサド政権が自国民に化学兵器を使用したことに対する武力制裁への承認を、英政府に対して議会が与えなかった。このことは、英国の、国際規範の守護者としての意思と能力に大きな疑問符をつけた。さらに、2014年6月には、中国の李克強首相の訪英に際し、英王室のプロトコルに反して、中国側によるエリザベス女王との謁見の要求に屈した。中国との経済関係を重視したためである。これが、トーリー党(王党)の流れを組む保守党政権下の出来事であるのは、何とも皮肉なことである。そして、対中関係では、中国が、1997年の香港返還の際の、50年間香港の自由選挙を保障するとの約束を反古にして、2017年の選挙からは中国当局の認める人物しか立候補出来ないとしたことに対して、英政府は抗議らしい抗議をしていない。これでは、自由主義、民主主義の守護者としての価値も、大国としての威信も捨てたに等しい。

 総じて、英国は、内向きになっていると言ってよいであろう。スコットランド独立をめぐる住民投票に際し、キャメロン首相は、拙速にスコットランドへの強大な権限移譲を約束したが、これに対し、他地域からは、スコットランド優遇に過ぎ不公平ではないかとの不満が上がっている。今後、英国は、こうした地方自治、地方分権に関する内政上の課題に、ますます忙殺されることが予想される。覇権国家である米国についての内向き論や衰退論は、あまり信頼に足るものではないが、英国は、それ自体が覇権国であるわけではないので、米国とは同列に論じられないであろう。

 元来、アーミテージが長年主張してきたように、米英関係は、日米関係の手本とすべきものであり、日英間で安保協力を推進することにも特別な価値があった。英国は、EUにおいて、対中武器輸出推進論の急先鋒であったフランス等を長年強く牽制してもいた。しかし、今の英国には、そこまでの価値は認められない。とはいえ、通常の友邦の一つとして、安保協力を進めるべきであり、とりわけ、諜報面では英国にはまだまだ学ぶべき点が多いであろうし、武器や武器技術の共同開発のパートナーともなり得る。そして、英仏の安保協力が強化されている時にあって、我が国が英仏両国と2プラス2を持っていることは適切である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 02:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 欧州・EU・NATO | 外交・国際政治全般

2014年09月22日

■「日本版台湾関係法」より日台FTAを

 自民党には、かねてより、日台関係強化の法的根拠とすべく「日本版台湾関係法」(仮)の策定を目指す動きがある。最近の風潮として、何でも「日本版○○」と言いたがるのは気に入らないが、それはともかくとして、日台関係を強化すべきであるという問題意識自体は間違っていない。そして、19日に来日した、台湾の李登輝元総統も、これを支持し、推進を呼びかけた。

 本家である米国の台湾関係法は、1979年の米国と中華民国との断交に際し制定されたもので、(1)外交関係の事実上の維持、(2)台湾に対する武器供与、(3)台湾防衛、を柱とする。これは、米国の国内法に基づく「米台同盟」に他ならない。「日本版台湾関係法」を制定するとすれば、同様のものとすべきだが、果たして実現可能であろうか。確かに、法的には、武器輸出三原則は防衛装備移転三原則に改められているし、集団的自衛権の行使も容認されたので、上記三点とも可能ではあろう。しかし、米国は、外交関係を「維持」したが、日本の場合はそうではないので、政治的ハードルが高く、法制化が極めて困難であることは、容易に想像される。問題は、それだけの政治的エネルギーを使って、それに見合ったものが得られるか否かである。

 現在、日台の交流は、交流協会と亜東関係協会を通じて行われている。外交関係が無いのは確かに不便であろうが、日台漁業協定が昨年結ばれたことに象徴されるように、現行法の下でも、日台の実務的関係は良好である。また、日本から台湾への武器あるいは武器技術供与、台湾防衛へのコミットメントは、米国との協力という形で実施し得るであろうし、長期的な話である。こうした議論は、もちろん進めていくべきだが、実現したとしてもせいぜい象徴的なものに留まる「日本版台湾関係法」が無くとも可能と思われる。

 対台湾戦略で最も重要なことは、台湾を地域において、政治的にも経済的にも孤立させないことである。日本や地域は、台湾を政治的に疎外しているとは思われない。むしろ、台湾は、馬英九政権発足後、中台間の経済的結びつきを求める余り、経済の対中依存度が高まっていることが問題となっている。すなわち、地域における、経済的孤立の方が懸念される。台湾の中からも、これは不都合なのではないかとの声が高まっている。その象徴が、今春の立法院占拠事件(ひまわり運動)である。日本として最優先になすべきことは、台湾との経済関係を強化することである。具体的には、日台FTAの早期実現に向けた交渉の開始である。台湾は、昨年、シンガポール、ニュージーランドとFTAを締結したが、日本とのFTAが実現すれば、経済的のみならず政治的にも意義は格段に大きい。「日本版台湾関係法」も悪いとは言わないが、現行の法制度の下でなし得る、実質的な日台関係の充実を図る方が、政治的エネルギーを投下する優先順位としては、より適切であると思う。(了)

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takami_neko_shu0515 at 09:45|PermalinkComments(2)TrackBack(0) 台湾 

■円安のデメリットを増幅する原発稼働停止

 9月18日に、東京外国為替市場の円相場は、108円台後半まで円安ドル高が進み、ニュース等でも大きく取り上げられた。円安は、アベノミクスの結果ではあるが、政策目標ではない。アベノミクスの三本の矢は、1.金融緩和、2.財政出動、3.成長戦略、である。このうち、金融緩和が、ゼロ金利政策も量的緩和政策も大きな円安要因となる。今回の急激な円安は、米FRBが早々に出口戦略を打ち出したために起こったが、今後とも、常に円安圧力が掛かった状態にあることが予想される。

 日本は輸出大国であるから円安は望ましい、と考える専門家は皆無に等しいと思うが、円安が日本にプラスになるという漠然とした一般的イメージはなかなか拭い去れないように見受けられる。欧米の経済紙などにも、アベノミクスは為替操作である、という誤った批判が載ることがある。

 しかし、実際は、日本は輸出大国とは到底言えない。2011年の世界銀行の統計によれば、日本の輸出依存度(GDPに占める輸出の割合)は14%だが、世界平均は26%である。この数値は、対象の185か国・地域の中で148位である。「産業の空洞化」が叫ばれる通り、工場の海外移転が著しい。自動車産業などは、現地生産が主流となり、利益をドルから円に換算する際に、円安は確かにプラスに働く。しかし、これは帳簿上の話であって、日本経済を潤すことにはあまりならない。他方、食品など、原料を輸入し、それを国内で加工しているような業種にとっては、明らかにマイナスである。

 円安の確実かつ深刻なデメリットは、原発の稼働停止に伴って輸入されているエネルギー源(主としてLNG)の価格が高騰することである。エネルギー価格の高騰は、間接的にあらゆる物価を押し上げ、景気に悪影響を与える。物価が上がる一方で消費活動が冷え込むという、教科書に書いたようなスタグフレーションになり得る。消費者に対する痛手の面で言えば、低所得者ほど大きくなり、社会的公正の観点からも問題がある。政府は、そういう点ももっと正確に伝えるべきである。

 金融緩和は、もとより景気対策のために行っているのであるが、その効果が、円安を通じて、却って減殺されることになる。だからといって、消費税を8%に上げ、来年10月には10%に上げようとしている今、金融緩和を止めるという選択肢はあり得ない。むしろ、金融当局は、追加的な金融緩和を示唆している。金融緩和の必要性は長期化すると予想される。それは、原発稼働停止の悪影響の増幅が続くことを意味する。影響を少しでも食い止めるためには、原発の再稼働を急ぐ必要がある。逆に、原発を早期に再稼働させなければ、景気回復の見込みが低くなるから、金融緩和政策からなかなか脱することができず、円安が進み過ぎないようにすることは困難であろう。原発の迅速な再稼働が無ければ、アベノミクスは画餅に帰するのと言っても過言ではない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 04:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日本経済全般 

2014年09月15日

■13年後の9・11:「新しい脅威」と「伝統的脅威」が併存する世界

 2001年9月11日の米同時多発テロから今年で13年がたった。今年は、9月10日にオバマ大統領が、「イスラム国」を打ち負かすためにシリア領内の拠点を空爆すると発表し、時期を同じくして、ロシアによるウクライナ侵攻への対応をめぐり、NATOが集団防衛というその存在意義に立ち戻りつつある。こうした動きは、現在のグローバルな安全保障環境を象徴している。

 9・11を受け、テロのような非国家主体、ならず者国家による脅威、大量破壊兵器の拡散といった「新しい脅威」への対応を中心に据えた「新しい安全保障」論が勢いを得た。そして、これからの安全保障は「脅威基盤」ではなく「能力基盤」であるという戦略論が喧伝され、距離的に離れていても駐留への困難が小さな地域から、ハイテクで軽量な兵力を、危機が起こっている地域に迅速に投入することが重要であるというラムズフェルド理論が一時もてはやされ、イラク戦争の行き詰まりとともに衰退していった。「新しい安全保障」論は、テロ、ならず者国家などに重点を置く余り、従来の大国やそれに準ずる国々によるパワーポリティクスを閑却してきたきらいがあった。

 しかし、ブッシュ政権の後を継いだオバマ政権は、米国民に広がる厭戦気分も背景にあったことは確かだが、米国の対外関与に極めて消極的と受け取れる政策をとり、「新しい脅威」にも「伝統的脅威」にも十分な関心を示さず、双方からの脅威を高める結果となった。前者はテロや中東の騒乱であり、後者は、ロシアによるウクライナ侵略、中国の好戦的姿勢などである。

 「新しい脅威」と「伝統的脅威」のどちらを重視すべきか、敢えて問うとすれば、後者の方が長期的に深刻な問題であると言ってよいであろうが、イスラム国への対応は、短期中期的には不可欠である。さらに、オバマ政権が前者への対応を怠ったことが、中露に、米国の対外不関与との誤ったメッセージを与え、事態を悪化させた側面が否定できず、必ずしも無関係とも言えない。そして、それに加えて、米国の国防予算の削減という厳しい制約がある。これが、9・11から13年を経て明確になった、グローバルな安全保障環境である。

 我が国は、こうした状況下でどう振る舞うべきか。アジア太平洋では、「新しい脅威」と「伝統的脅威」の関係で言えば、後者を重視すべきである。ところが、米国の関与は、アジア回帰と言ってはいるが、全く不十分なものにとどまっている。日本が米国の役割を丸ごと肩代わりすることなどは望むべくもないが、米国がイスラム国との戦いに力を割かなければならない以上、日本が肩代わりすべき役割は増えることになる。自助努力を高め、地域においては利害を同じくする国々との間で、安全保障面を含む協力を一層推進すべきであり、地域にとどまらずグローバルに、国際的法の支配、自由主義、民主主義、人権といった価値観の共有を進めていかなければならない。その点、安倍総理の「地球儀俯瞰外交」は適切である。こうした取り組みは、しばしば日本のマスコミの報道で言われるような、単なる対中牽制ではなく、日本を含む西側諸国にプラスとなるグローバルな安全保障環境を下支えする意味がある。そして、日本の努力は、ポスト・オバマの米国の世界戦略、日米関係にとっても貴重な財産となろう。(了)

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takami_neko_shu0515 at 03:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 

2014年09月11日

■「慰安婦問題」の汚名返上には大局的戦略が必要

 先月、朝日新聞が「従軍慰安婦」の強制連行に関する、いわゆる吉田証言を誤報と認めたことを契機に、河野談話の見直しあるいは撤回、国連での広報活動強化などへの主張が高まっている。特に、後者に関しては、9月5日の菅官房長官の記者会見でも、吉田証言に基づき、日本が「性奴隷」を強制連行したとする、クマラスワミ・レポートの不適切性を引き続き指摘していく、と述べている。

 我が国に着せられた謂れなき汚名を雪ぐのは当然のことだが、「事実に基づいた正しいことを言えば理解される」といった、単純な発想は排されなければならない。まず、日本がこの問題で置かれている立場をよく理解する必要がある。河野談話が発せられたのは1993年、クマラスワミ・レポートが出されたのは1996年であり、長年の積み重ねにより、日本が「性的奴隷」を強制的に連行したというのが、国際的共通認識になってしまっており、日本の積極的な味方は皆無と言ってよい。この国際世論戦では、全面勝利ではなく、批判を最小化することに目標が置かれるべきである。河野談話や広報活動をどうするかは、そうした観点から、戦略的かつ慎重に考える必要がある。

 まず、河野談話については、吉田証言とは直接的な関係はない。6月に発表された、検証プロジェクトチームの報告書によれば、河野談話は、事実関係の正確さを後回しにしてでも、「日韓友好」のお膳立てをするために、日韓政府間で文言のすり合わせがあったことが明らかになっている。したがって、河野談話は、事実上死文化したと言ってよい。これを破棄したり新談話を発したりすることは、わざわざ蒸し返し、日本が反省していないとか、人権意識に欠けるといった非難を付け入らせる隙を作りかねない。しかも、政府は一旦、河野談話を継承すると発表しており、見直しは、朝令暮改の誹りを免れない。むしろ、6月の検証結果とあくまでセットで継承することを、大々的に宣伝する方が良いのではないか。それは、河野談話の真の意味を周知徹底し、死文化を完全なものにすることであり、韓国にとって必ずしも有利なこととはならないであろう。

 次に、国連での広報活動については、まず、アジア女性基金の創設など、日本が戦時中の悲惨な行為への償いにどれほど真剣に取り組んできたか、また、現在、如何に人権や女性の尊厳に真剣に取り組んでいるか、アピールしていくことが考えられる。そして、そういう日本ならば、「性的奴隷」の強制連行など無かったのではないか、そこまで行かずとも、過去(実際には無かった過去だが)を責める必要があるであろうかと、国際社会に少しでも思わせることが出来れば、成果があったとすべきであろう。この点でも、河野談話の継承は、日本が戦時中の女性の尊厳に関心があるとの印象を与えるのに役立つであろう。なお、代案としては、黙殺することが検討に値しよう。

 最後に、米国との関係では、韓国の意向を聞き入れて日本に謂われなき中傷を浴びせることが、安全保障戦略上の観点から、全く考えられないほどに、日米関係を強化することが、一つの有益な対策となろう(もちろん、それ自体、慰安婦問題に関係なく必要不可欠なことだが)。ブレア元英首相の知恵袋であった、英国の外交官、ロバート・クーパーは、「アメリカのすぐ近くにまで接近し、アメリカの政策に合意しないことがあれば、アメリカ政府と国民にショックを与えるくらい、緊密になる必要がある」と著書で述べているが、そのような関係である。こういう関係になれば、米国が、慰安婦問題のような取るに足らないことで非難をすることは無くなるであろうし、日本としてもノーと言うことの効果が高まる。

 本来、慰安婦問題のような国家的恥辱には、直ちに断固として反論すべきであるが、そもそも日本自身が引き起こした側面が大きく、極めて遺憾ながら、溜飲の下る解決法というのは無いと覚悟する必要がある。朝日新聞が誤報を認めたからとか、まして、来年は戦後70年の節目の年であるから、といった理由で軽々に行動するのは自殺行為である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 03:32|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 

2014年08月26日

■原発再稼働が先か?電源構成の提示が先か?―資源エネルギー調査会の分科会再開

経済産業省の有識者会議「総合資源エネルギー調査会」の基本政策分科会が、8月19日に、約8か月ぶりに開催された。同調査会は、国のエネルギー政策につき、経産相に意見を諮問する役割を持っており、政府は、その意見を踏まえて「エネルギー基本計画」を概ね3年毎に見直すことになっている。現行のエネルギー基本計画は今年4月に閣議決定されており、それをどう見直していくか、具体的には、現段階ではほぼ白紙となっている電源構成のベストミックスを示すことが最大の任務となる。
 
 今回の分科会では、ベストミックスをいつ決めるのか、まず原子力の割合を決める必要がある、などといった意見が出されたという。それは当然のことである。ところが、分科会の坂根正弘会長(コマツ相談役)は、「原発の再稼働がなければ、ベストミックスを示す議論のしようがない」と記者団に述べたと、報じられている。これは、本末転倒と言わざるを得ない。

 現行の「エネルギー基本計画」は、2030年の電源構成の目標について、再生可能エネルギーの割合を2割以上にすることしか触れていない。原発をベースロード電源と位置付けていることをもって、現行の計画は、原発推進であるかのように評価されることがあるが、現行の計画は、原発への依存度は出来るだけ低下させるべきである、と言っている。ベストミックスを数値で示していないなど、「エネルギー基本計画」の名に値しない欠陥品と言うべきものであり、原発への依存度を出来るだけ低下させるべしとの要請も根拠が十分とは到底思えない。

 この欠陥品である現行の計画を正すのが、調査会の役割である。原発再稼働が進んでいない中で数値を示すことが困難なのは、理解できないことはないが、2030年におけるベストミックスを早期に示し、それに整合するように原発の再稼働を促していくのが、理に適った流れであろう。それを、「原発の再稼働がなければ、ベストミックスを示す議論のしようがない」と言ってしまっては、調査会の存在意義が問われる。現状の後追いではなく、長期的目標を示すことが、調査会の任務である。有識者会議は、世論など気にしなくてもよいのであるから、堂々と、原発依存度低下を目指す現行計画を見直す長期的目標を提示し、そのためにも原発の再稼働を急ぐべきであると、提言出来るはずである。

 電源構成が決まっていないことは、温室効果ガス削減交渉にも悪影響を与えている。2015年末に予定されている、国連気候変動枠組み条約の第21回締約国会議(COP21)では、2030年の温室効果ガスの削減目標を示すことが求められ、来年3月末までに提出するよう努力することが求められている。しかし、我が国は、その前の段階の2020年までの数値目標として、原発再稼働が無い暫定的目標として、2005年比でマイナス3.8%(1990年比ではプラス3.1%)という、いささか見劣りのする数値しか出すことが出来ずにいる。もとより、民主党政権下で打ち出されたような、2020年に1990年比マイナス25%のような馬鹿げた目標を求めるものではないが、原発を活用すれば削減可能であるのにそれをしないというのは、非難に値する。特に、島嶼国との関係への影響が懸念される。島嶼国は、小国だが数は多いので、彼らを味方につけることは、国連での発言力確保には不可欠である。仮に地球温暖化論が間違いであったとしても(そういう可能性は高くないが)、原発の活用は、温室効果削減だけでなく、エネルギー安全保障に役立つので、何の問題もない。

 調査会は、原発再稼働が先か電源構成のベストミックス決定が先か、という不毛な前提に立つのではなく、現行「エネルギー基本計画」の根本的欠陥を正すために、先導的役割を果たすべきである。「原発の再稼働がなければ、ベストミックスを示す議論のしようがない」との分科会会長発言は、政府に原発の再稼働を促す意図であったのかもしれないが、こういう本末転倒と受け取れる発言は良くない。ただし、この問題では、責任を持って指導力を発揮しようとしない、政府に最大の責めがあることは言うまでもない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 23:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 | 地球温暖化・温室効果ガス削減

2014年08月25日

■小平「文集」が示す、尖閣「棚上げ論」への幻想の愚かさ

  8月22日は、小平の生誕110年記念であった。これを記念し、中国共産党は、同氏の1949〜1974年の発言や文章を収集、編纂した「文集」を、国営の人民出版社から出版させた。その中には、小平の尖閣に対する発言も収録されており、その一部が、本邦マスコミでも紹介されている。尖閣についての、いわゆる「棚上げ論」は、さすがに日本国内でこれを支持する者は激減したが、一部の政治家、文化人、マスコミ関係者などには、いまだに「棚上げ論」に未練があるように見える。小平の発言は、「棚上げ論」に日中友好の希望を託すことが、如何に無駄な幻想であるか、改めて教えてくれる。

 「文集」によれば、小平は、1974年10月に、華僑たちとの会見で、尖閣について「我々は決して放棄せず、闘争は長期にわたる」「棚上げしても問題が存在しないことにはならない」と言っている。小平は、「保釣(尖閣防衛)運動は、高くも低くもなる、長期的で、波のような運動だ」とも言っている。これは、小平の有名な「韜光養晦」戦略、すなわち、能ある鷹は爪を隠す、あるいは、十分な力を蓄えるまでは目立たない姿勢に徹する、という外交戦略そのものである。韜光養晦戦略を、単に、周辺国に比較的穏健な態度をとる戦略と認識し、中国は韜光養晦路線を転換したのか否かと問う議論があるが、それはあまり意味がない。韜光養晦は、裏を返せば、十分な能力を蓄えた暁には、威圧的行動も辞さないと言うことになる。実は、小平自身、韜光養晦とセットで「有所作為」、すなわち、やるべき時にはやらねばならない、と言っている。そして、相手国、地域、国際社会に警戒感を抱かせ過ぎたと感じた時には穏健な素振りを見せ、逆に、相手が弱みを見せれば巧みに衝いてくる、ということを試行錯誤的に繰り返すのが、中国の外交戦略の本質であると理解してよい。

 尖閣の「棚上げ論」は、1972年9月の日中国交正常化に際しての、田中角栄・周恩来会談で、初めて中国側が公式に言い出し、日本側はこれに合意していないとの立場である。1978年10月の日中平和友好条約交渉では、小平は「われわれの世代では知恵が足りなくて解決できないかもしれないが、次の世代は、われわれよりももっと知恵があり、この問題を解決できるだろう。この問題は大局から見ることが必要だ」と言っている。しかし、1992年に領海法を制定して尖閣への領有権を明記したのは、他ならぬ小平自身である。そして、領土問題で中国が譲歩したことが皆無であることを考えれば、「保釣運動は、高くも低くもなる、長期的で、波のような運動」というのが、中国の一貫した方針であると考える以外にあり得ない。そして、中国の軍事的能力は増す一方であるから、尖閣への圧力は、益々高まっていくものと覚悟しなければならない。この期に及んで、「棚上げ論」に理解を示すべきであるというような幻想的議論が、日本国内に残っているとすれば、それは愚の骨頂と言って過言ではない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 23:39|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 日中関係・米中関係 | 中国

2014年08月22日

■国連人種差別撤廃委員会、普天間移設問題にも注文―同委員会のレベルが知れる

 国連人種差別撤廃委員会による、日本の人種差別の状況についての審査は、在日韓国・朝鮮人を主に念頭に置いたヘイト・スピーチ対策を実施するよう要求していることが、国内での議論の対象になっているが、審査では、沖縄問題についても注文が付けられたようである。8月22日配信の琉球新報(電子版)の記事は、次のような指摘が委員からあった、と報じている。

 まず、普天間移設に関して:
・沖縄の人々の伝統的な土地、資源への権利を認め、それを十分に保障し、彼らに影響を与える政策については、その策定に参加できるようにすべきだ。特に米軍基地の問題については初期の段階から地元住民の参加が大切だ。
・地元に関わる問題は事前に地元の人たちと協議して同意を得ることがとても重要だ。
・政策に地元住民を参加させるべきだ。


 次に、沖縄の人々を「先住民」として扱うことに関して:
・琉球の人たちが自らをどう考え、どう定義付けているかも重要で、それに注意すべきだ。
・琉球・沖縄はユネスコによって独自の言語や歴史、伝統を持っていると認められており、その特異性をなぜ認めないのか。保護すべきだ。
・琉球王国は中国の明や清と深く関係した長い歴史がある。1879年に日本に併合され、その後、同化政策が取られた歴史を考えると、日本が沖縄の先住民性を認めないのは正しくない。歴史を踏まえ、住民の意思を尊重し、当然の権利を保障すべきだ。


 日本政府代表は、沖縄に居住する人や沖縄県出身者は、憲法の規定により法の下に平等であり、日本国民としての全ての権利が等しく保護されている、と反論している。また、沖縄の居住者・出身者は、そもそも人種差別撤廃条約の対象に該当しない、とも反論した。当然の反応である。

 沖縄の人々を先住民として扱うべきかどうかについては、委員から出て来た指摘には到底同意できないが、同委員会の審査対象には、確かに、なり得るであろう。しかし、普天間移設の問題は、日本の安全保障政策の問題であり、人種差別とは何の関係もない。これに注文を付けるのは、どう考えても権限を逸脱している。

 在日韓国・朝鮮人と沖縄は、日本の左翼が好んで取り上げる対象である。日本国内から、委員会に働きかけをした者がいることが示唆される。おそらく、虚構の慰安婦問題を「注進」して回った結果、取り返しがつかないことになってしまっているのと同じ構図なのであろう。対象外の普天間移設問題にまで注文をつける、委員会のレベルも知れようというものである。あからさまに言ってしまえば、胡散臭いと言う他ない。こういう組織が求めるヘイト・スピーチ対策をまともに取り上げる必要があるのか、極めて疑問である。自民党は、ヘイト・スピーチ対策のプロジェクトチームを作ったが、再考を求めたい。これに対し、政府は、ヘイト・スピーチ対策のための立法措置に消極的であり、それを貫くべきであろう。(了)

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takami_neko_shu0515 at 17:10|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 国連 

2014年08月21日

■ミャンマー政府と少数民族の和解交渉進展―連邦制導入で合意

 ミャンマーは、2011年に軍政からテイン・セイン大統領による文民政権に移行して以来、民主化が進展し、欧米による制裁が解除され、今年は、ASEANの議長国を務めており、今月行われた、関連外相会議や、ASEAN地域フォーラム(ARF)では、大過なくその役割を果たした。ARFで南シナ海問題に関する拘束力のある行動規範の策定を声明に盛り込むことが出来なかった点について、ミャンマーが中国に配慮した結果であるなどといった批判もあるが、それは、ミャンマーの責任というよりも、全会一致を原則とするASEANの意思決定の仕組みが原因である。ミャンマーは、今や、国際社会の一員として完全な復帰を遂げたと言ってよい。

 しかし、ミャンマーの民主化と安定化には、まだ大きな課題が残っている。まず、来年の総選挙を円滑に実施する必要があり、そして、カレン族やカチン族などの少数民族との和解という重要な問題がある。この点、後者について、最近、大きな進展が見られた。すなわち、断続的に進められている、ミャンマー政府と少数民族勢力代表の停戦交渉において、政府側が、自治権を認める連邦制導入を受け入れた、と報じられている。自治権を認める連邦制導入というのは、少数民族側の一貫した主張であり、政府側が譲歩したことにより、停戦の機運が大きく高まったと言える。ミャンマーの少数民族問題は、独立以来60年以上も続いている問題であり、少数民族問題があるから軍の力が強くならざるを得なかったという事情がある。したがって、少数民族の武装をどうするかという重要な課題が先送りされたのは不安要因ではある。しかし、それでも、歓迎すべき進展であることに間違いない。仮に9月に見込まれる停戦合意が成らなかったとしても、交渉を重ねるうちに、両者の間に信頼関係が醸成されつつあるように見受けられる。

 ミャンマーから産出が見込まれる天然資源の多くは、少数民族の居住地域に賦存すると見られており、そういう観点からも、早期の和解をサポートする必要がある。我が国は、和平と安定の基礎作りに貢献すべく、少数民族に対して、ODAや日本財団を通じた援助を行っている。ミャンマーにおける法制度の整備、運用を支援するための、人材育成も行っている。こうした努力は、着実に続けられるであろうし、そうされなければならない。

 なお、ミャンマーの民族問題には、イスラム教徒のロヒンギャという重大な問題があるが、これは、カレン族やカチン族などの問題とは根本的に異なる。ミャンマーとバングラディシュの国境地帯に居住するロヒンギャは、そもそも、ミャンマー国民として認められていない。これは、ミャンマーの総意であり、アウンサン・スーチー女史さえも、立場を異にしていない。そして、ロヒンギャは、周辺各国から難民認定されず、受け入れが拒否されている。ロヒンギャの問題は、国際的に取り組むべきものであり、ミャンマーだけを非難して解決する性質のものではない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 17:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 東南アジア 

■米WP紙社説、韓国系住民に迎合のバージニア州政治家に苦言

 米ワシントン・ポスト紙(電子版)は、7月19日付で、バージニア州北部の政治家が、韓国系住民にあまりにも媚び、日韓間での対立事項について韓国寄りの立場を取っていることにつき、厳しく非難する社説を掲載している。この社説は、米言論界が持ち合わせている理性をよく表していると思うので、ご紹介したい。

 社説は、冒頭から、「韓国系コミュニティに取り入ることは結構だが、それは、政治家が、歴史家の判断の代替をしようとする場合を除く」と言っており、政治家が歴史問題、それも米国と関係のない歴史問題に深入りすることを戒めることに主眼がある。

 そして、社説は、連邦下院バージニア州第10選挙区の、共和党、民主党双方の候補者が、当選した暁に、各州に「日本海」ではなく、韓国が主張する「東海」を併記した教科書を採用するよう働きかけると公約しているのは、韓国系住民が、日系住民の4倍もいるので、そう考えるのかもしれないが、両候補が米国の同盟国である日韓間の論争に首を突っ込むべきであるか、問われるべきである、と指摘している。さすが、かつて、一国の首相をつかまえて「ルーピー」呼ばわりした(それは確かに間違っていなかったが)同紙だけあって、「両候補とも外交問題の専門知識など持ち合わせていない」と切り捨て、日本はバージニア州にとり最大の投資源の一つであると、痛いところを衝いている。

 さらに、社説は、同州フェアファクス郡の庁舎敷地内に「日本により性的奴隷とされた女性」を記念する石碑が設置されたことについても疑問を表明し、慰安婦が受けた苦悶と虐待については論争の余地はないが、それでは、他の歴史上の虐待、例えば、英国によるアイルランド人迫害、トルコによるアルメニア人虐殺、14世紀のコソボの戦いにおけるオスマントルコによるセルビア人絶滅についても、フェアファクス郡は庁舎敷地内で記念することに賛成するつもりなのかと、至極尤もな問いを投げかけている。

 そして、郡庁舎は、歴史の悲劇を記念するのに正しい場所なのか、さらに、連邦議会が日韓間を隔てている海の呼称について仲裁し、政治家が日韓に意見を押し付けることにも疑問を持つ、と結んでいる。

 バージニア州など、韓国系住民が多い州では、彼らのロビー活動により、慰安婦を記念する像が続々と建てられているが、私は、米国という第三国を舞台に、日韓間の論争を持ち込むことには、いずれ、米国の間で不快感が出て来るのではないかと思ってきた。紹介したワシントン・ポストの社説は、一流紙がそういう考えを表明したということに他ならない。また、日本海呼称問題を歴史問題の文脈で論じている点も、韓国がそう主張している以上、的確である。もちろん、米国の言論界がすべて正しいなどということがあり得ようはずもないが、いざとなれば、肝心な点をきちんと押さえたものが出て来るものらしい。

 ただし、今回の社説は、韓国系住民への過剰配慮を戒めてはいるが、決して、日本の肩を持ってくれているわけではない。日本における報道ぶりは、社説が「日本による性的奴隷」は疑う余地がないと明言しているにもかかわらず、その部分を伝えておらず、ミスリーディングである。「日本による性的奴隷」などという事実無根の不名誉を晴らす必要があることは言うまでもない。(了)

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takami_neko_shu0515 at 05:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0) アメリカ | マスコミ批評

2014年08月08日

■WTO最終判断、「中国のレアアース輸出規制は不当」

 中国は、2010年7月にレアアースの輸出枠を大幅に削減し、レアメタルに分類される、タングステン、モリブデンとともに、輸出税を課していた。これに対して、2012年に、日米欧は、中国の措置は、WTO協定が禁止している数量規制に当たるとして、WTOの紛争処理パネル(小委員会)に提訴していたが、8月7日に、WTOは、中国の輸出規制は不当であるとの最終的判断に達し、中国に対して是正勧告が出されることとなった。

 中国のレアアース輸出量は、2009年に4万トン強、2010年に4万トン弱であったが、2011年には2万トンを下回るレベルまで激減した。明らかに、尋常ではない。

 国際貿易についての紛争が発生した場合の、WTOの紛争解決手続きは、原則は、当事国間での二カ国協議である。それが、60日以内で決着がつかない場合は、申し立て国は、パネル(小委員会)の設置を全加盟国により構成される紛争解決機関(DSB)に対して要請し、パネルに紛争を付することができる。この、パネルを通じた解決は、「二審制」をとっており、紛争の当事国は、パネルの判断に不満がある場合には、さらに上級委員会に申し立てをすることができ、上級委員会の決定が最終決定となる。今回の件では、パネルが、今年3月に、日米欧の主張を全面的に認める報告書を出していた。これに対し、中国側が、輸出規制は、WTO協定で例外的に認められた、天然資源の保全のためである、として上級パネルに上訴していたが、その上級委員会が、中国の主張を全面的に退けたということである。

 レアアース輸出規制については、時あたかも、2010年秋に尖閣沖衝突事件が起こり、中国による対日報復措置ではないかと、大きな問題となった。中国は、既に同年7月から自国の天然資源保存を理由に制限していたのであって、報復ではない、と主張していた。中国の行動は、対日報復の意味が、確かに後から付け加わったのであろうが、そもそもは、価格の維持が主眼にあったのかもしれない。しかし、いずれにせよ、中国が行った輸出制限は「天然資源保存」が目的とは認められないとの判断が下されたのである。

 今回の決定は、当然、WTOにおけるパネルを通じた貿易紛争解決の判例となる。資源保存を理由とした輸出規制を濫用してはならないという、規範が強化されたことになる。2011年頃には、日本の一部に、中国をそれ以上刺激したくないとして、パネルへの提訴に消極的な声があったように記憶している。国際規範に基き、筋を通すことができたことは、歓迎すべきことである。今後とも、中国の国際規範違反には、あらゆる分野で強い対応を執っていく必要がある。(了)

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・参考過去記事
『日本政府はレアアース問題で中国をWTOに提訴すべし』(2011年7月7日)

takami_neko_shu0515 at 16:48|PermalinkComments(0)TrackBack(1) 産業・通商 | 中国

2014年08月07日

【書評】「安倍政権と安保法制」(田村重信)―憲法解釈変更を理解するための必読書

 憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を柱とする、安全保障法制の見直しは、7月1日の閣議決定を受けて、ついに現実のものとなろうとしているが、この問題についての検討が始まったころから、一部マスコミや“知識人”からの、「軍国主義を目指している」「米国の戦争に巻き込まれる」「徴兵制の復活をもくろんでいる」などといった、悪質なデマやレッテル貼りが激しさを増した。これに対して、「安保の田村」こと、自民党政務調査会調査役の田村重信氏が、敢然と真正面から反論に立ち上がった。それが、本書『安倍政権と安保法制』である。

 まず、章立てをご紹介すると、第1章 憲法と自衛隊に関する一般常識、第2章 集団的自衛権と日本の安全保障、第3章 第2次安倍政権の安全保障法制の整備、第4章 憲法9条と自衛隊、第5章 安保法制に関する閣議決定 疑問に答える「これを読めばわかる Q&A35」となっている。そして、巻末には、7月1日の閣議決定や、昨年12月の国家安全保障についての閣議決定の全文などが、資料として掲載されており、充実している。

 本書では、全編を通じて、実務家、それも、今回の安保法制見直しの最先端で奮闘した実務家の視点から、今回の安保法制見直しが、なぜ必要なのか、如何に憲法の法規範性を損ねないよう慎重に慎重を期して行われたか、説得力をもって描かれている。

 詳細は、是非、本書を実際に手に取って読んでいただきたいが、キーワードは「必要最小限度」であろう。つまり、昭和47年の政府見解は、「外国の武力行使という急迫不正の侵害に対し、必要最小限度のやむを得ない措置は容認されるが、それには集団的自衛権の行使は含まれない」と言っているが、「必要最小限度」は、安全保障環境によって左右され得るものであり、まさに、近年の中国の台頭などといった安全保障環境の変化により、集団的自衛権の行使が「必要最小限度」と言えるようになった、というのが、今回の解釈変更のカギである。本書は、そうした流れを分かりやすく解説してくれている。もちろん、グレーゾーン事態や集団安全保障への参加のあり方の見直しについても、同様に読者の理解を深めてくれる。

 今回の安保法制見直しについては、集団的自衛権、集団安全保障について、今一歩踏み込むことが出来ないか、物足りなく思う向きもあるかもしれないが、そういう読者にとっても本書は極めて有益であると思う。本書を熟読玩味した上で、本書の重要な教えの一つである、法的安定性を守る形で、安保法制のより一層の充実を図るにはどうすればよいか考察すれば、机上の空論から、少しでも免れることが出来よう。
 
 本書を読むことは、偏向したマスコミや“知識人”の言説に惑わされないための戦いに参加することであると言っても過言ではない。一人でも多くの人に本書が読まれることを期待し、必読書として、広く推薦したい。(了)

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安倍政権と安保法制
田村 重信
内外出版株式会社
2014-07-31



 

takami_neko_shu0515 at 12:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書評 | 安全保障・自衛隊

2014年08月06日

■朝日新聞の慰安婦誤報問題、国会で検証を

 朝日新聞による「従軍慰安婦」報道が、虚偽に基づくものであったことは、既に広く知られている事実であるが、朝日新聞は、5日付朝刊で、ようやくその一部、すなわち、発端となった吉田清治証言が誤りであったとして、取り消した。吉田氏は、先の大戦中、自らが、済州島における200人の若い朝鮮人女性を狩り出した、と虚偽の証言をし、朝日新聞は、1982年9月に、それを日本政府による慰安婦の強制連行の根拠として、そのまま報道した。今回の取り消しは、遅きに失したとはいえ、当然の処置である。

 朝日新聞の報道により、慰安婦問題が日韓間の重大な外交問題となったばかりか、日本は「性的奴隷」を徴収した国とのレッテルを貼られ、国益が深刻に損なわれた。1996年の国連人権委員会の特別報告書『クマラスワミ報告』は、日本軍が設置した「慰安所」が国際法に違反しており法的責任をとること、元慰安婦への国家賠償をすること、「慰安所」への募集・収容に関与した者の処罰、歴史的現実を反映するよう教育内容を改善すること、などを求めている。2007年には、米下院で、慰安婦問題をめぐる対日謝罪決議案が可決され、近年、韓国側ロビー活動により、米国内で慰安婦記念像が次々と設置されている。慰安婦問題が日韓関係を損ねたことは、我が国の死活的利益である、朝鮮半島の安定に不可欠な日米韓の連携にとり、大きな障害となっている。韓国側の頑迷な対応ももちろん問題だが、そもそも、朝日新聞の誤報と、それに乗じた日本の「進歩的文化人」による、事実に基づかないキャンペーンが原因である。

 朝日新聞の誤報が、これだけ、重大な国益の損失の原因となった以上、国民の代表者である、国会によって検証される必要がある。報道の自由は尊重されなければならないが、それは当然責任を伴わなければならない。ただし、国会での検証は、糾弾になるべきではなく、あくまで真相の解明であるべきである。真相の解明こそが、国際社会に対し有効な武器となり得る。本来、「知る権利」というのは、公権力が行ったことについて国民が知る権利のことであるが、マスコミは「第4の権力」と言われるほど大きな力を持っているのであるから、マスコミに対して国民が「知る権利」に類似した権利を持つことを観念するのは不思議なことではない。そして、今回のような重大な案件については、例外的に、国会が積極的な役割を果たすことが望ましい。朝日の誤報は、国政調査権の対象となるに値する。

 吉田証言について、事実誤認であったとする一方で、朝日新聞は、問題の本質は、慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことである、と問題のすり替えを行っている。事実ではない強制連行を報じたことへの反省が全く不十分であると言わざるを得ない。マスコミ他社による、さらなる検証、追及も必要である。

 河野談話については、既に、再検証により、日韓関係に配慮して、事実を曲げてまで発せられたこと、両国政府がその点につき了解しつつ明らかにしないことで同意していた、ということが判明している。事実上死文化したといってよい。現段階では放置しておくのが得策であり、それよりも、日本政府が「性的奴隷」を強制連行した事実などなかったということを明らかにする方が先決である。(了)

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takami_neko_shu0515 at 14:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 朝鮮半島情勢・日韓日朝関係 | マスコミ批評

2014年08月05日

■ベトナムに海洋巡視目的の中古船を6隻供与―日越外相会談

 8月1日に、ハノイで、日越外相会談が行われた。会談では、岸田外相が「力や威嚇を用いない、平和的な解決が必要である」と述べ、ファム・ビン・ミン副首相兼外相は「日本が国際法の重要性を繰り返し表明していることに感謝する。南シナ海の平和と安定を継続的に支持してほしい」と述べ、海洋における法の支配が重要であるという認識を確認し合った。言うまでもなく、中国による、南シナ海での挑発的行動を念頭に置いたものである。ミン副首相兼外相の発言は、日本が法の支配の重要性を折に触れて力説していることが、中国の横暴に悩まされている近隣国を勇気づけていることを示している。今後とも、日本は、海洋における法の支配、力による現状の変更への反対を、繰り返し訴えていかなければならない。

 南シナ海での、ベトナムと中国の緊張は高まり続けている。5月には、ベトナム、中国、台湾が領有権を主張する、パラセル諸島近海の、ベトナムの200海里経済水域内に、中国が、一方的に石油掘削リグを設置し、掘削を強行するという行動に出ている。ベトナム漁船が、中国漁船に衝突され、沈没するという事件も起きた。ベトナムが、海洋巡視能力の強化を目指しているのは、当然のことである。今回の外相会談では、それに応え、日本が、中古の漁業監視船6隻などをODAの無償資金協力の枠組みで供与することで合意している。ベトナムは、それを海上警察の巡視船に改修して用いるとのことである。

 昨年12月には、日越間で、日本が新造の巡視船を供与することで合意している。しかし、南シナ海での緊張の高まりを受けて、巡視船の新造には数年かかるということで、ベトナム側は、中古船を早期に供与してくれるよう要請してきた。その上で、新造の巡視船の早期供与への期待も表明している。ことさら感心するようなことでもないのだが、ベトナム柔軟な姿勢は合理的である。

 日本とベトナムの関係強化は必然的なことであり、一層推進していくべきである。今回は、ODAの枠組みによる、非軍事的な法執行船の供与であったが、武器輸出三原則が、防衛装備移転三原則に変更されたこともあり、軍事的な装備や技術の輸出についても模索する必要がある。ベトナムは、武器輸入先としてはロシアが主であるが、最近、インドからの輸入を検討し始めるなど、輸入先の多角化を進めようとしている。ベトナムにとって、日本は魅力的に映るのではないかと思う。(了)

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takami_neko_shu0515 at 13:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 東南アジア | 外交・国際政治全般

■要注意、家庭用ルーター経由のサイバー攻撃多発

 8月2日付け読売新聞は、家庭用ルーターを介したDDoS攻撃(大量のデーターを送り付けることによりサーバーをダウンさせる、サイバー攻撃の一種)が今春以降多発しており、最低でも480万世帯が通信障害の影響を受けている、と報じている。記事によれば、今回の攻撃は、DNSアンプ攻撃と呼ばれるものであるとのことである。これに対して、総務省、警察庁が注意喚起をしている。

 少々煩雑だが、その攻撃の態様は、凡そ以下の通り。ネット上の各コンピュータには、識別のため、IPアドレスが重複なく付与されているが、IPアドレスは数字の羅列の形となっており扱いにくいので、アルファベット、数字、記号によるドメイン名が別名として与えられ、運用されている(ブログやホームページを運用している人は、アクセス解析を行うと、12.34.56.78のような数字と、u-takamine.ac.jpのような文字列を見ることがあると思うが、前者がIPアドレス、後者がドメイン名)。そして、IPアドレスとドメイン名を対応させるシステムがDNSであり、それを運用しているのがDNSサーバである。家庭用ルーターもDNSサーバである。DNSサーバには、各パソコンなどからの要求に応じ、ドメイン名からIPアドレスを検索したりIPアドレスからドメイン名を検索し、その結果を問い合わせ元に返信する機能がある。このうち、所属するネットワークの外からの問い合わせにも応答するような設定になっているものを「オープンリゾルバ」という。当然のことながら、問い合わせ元のIPアドレスに返信されるのが、DNSサーバの正常な動作であるが、オープンリゾルバになっていると、要求元のIPアドレスを偽装した問い合わせにも応答してしまう。その結果、偽の送信先にデータが送られ、それにより、攻撃ができる。しかも、その際送信されるデータは、増幅し得る。今回の件は、家庭用ルーターの一部がオープンリゾルバになっており、そうした家庭用ルーターから、大量のDNSの問い合わせを行い、攻撃対象となるDNSサーバの運用を妨害している、ということのようである。

 DNSアンプ攻撃は、手法としては極めてシンプルだが、オープンリゾルバとなっているルーターを集中攻撃することにより、日本全体のネットワークをもダウンさせ得る。サイバー攻撃の脅威度としては、決して低いとは言えない。サイバーセキュリティの要諦は、官民の連携である。この点、総務省が、こうした攻撃に際し、プロバイダーが通信を遮断しても電気通信事業法に違反しないとの見解をまとめたことは評価できる。大手ルーター製造会社バッファローが、不備を公表し、利用者に更新を呼びかけているのも、当然の対応とはいえ、迅速かつ適切である。そして、今や「第5の戦域」となっているサイバー空間は、極度にアナーキーな空間であるから、最終的には、個人の意識向上が肝要であり、サイバーセキュリティに関する情報には敏感にならなければならない。(了)

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 なお、自分が使っているルーターやパソコンがオープンリゾルバになっているかどうかは、サイバーセキュリティを支援する独立機関JPCERTコーディネーションセンターの『オープンリゾルバ確認サイト』で簡単に確認できるので、是非活用していただきたいと思う。

takami_neko_shu0515 at 08:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 情報・通信 | 広義の安全保障・危機管理

2014年08月04日

■「憲法と自衛権に関する一般常識」チェック10問

 安全保障とそれに関する憲法問題は、多くの人々の関心を集めており、ブログやツイッター等でも人気の高いテーマの一つと思う。もちろん、それは喜ばしいことだが、独善的に陥らない、説得力のある議論をするには、どうしても、気に入ろうが入るまいが、政府見解を正確に把握しておく必要がある。この分野の第一人者である、自民党政務調査会調査役の田村重信氏が、昨年10月に2回にわたって、党所属国会議員全員を対象に行った政策研修会の冒頭での11問が、「憲法と自衛権に関する一般常識」のチェックに有益と思うので、是非チャレンジしていただきたく、その中から10問を以下の通り選んでみた。設問は全て正誤問題、条件は、現段階での法律、国会等での政府の公式見解に合致するもの、とする。

1.自衛隊は、憲法上では軍隊である。
2.自衛隊は、国際法上では軍隊である。
3.自衛官は、ジュネーブ諸条約上、捕虜として扱われる。
4.自衛官が犯罪を犯せば、軍事裁判所で裁判にかけられる。
5.非核三原則は法律になっている。
6.日本は、憲法上、核武装を禁じられている。
7.自衛隊の主たる任務は、災害派遣である。
8.集団的自衛権と集団安全保障は同じである。
9.自衛隊がPKOで海外に派遣された場合、外国軍隊から助けてもらえるから、そのお返しで、駆けつけて行って外国軍隊を助けることができる。
10.日本の防衛関係費には対GDP1%枠があり、これを超えることができない。

 こんな簡単な問題など馬鹿にするな、という方が一人でも多ければ、心強いことと思う。 解答解説は、「続きを読む」にお進みください。

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takami_neko_shu0515 at 08:53|PermalinkComments(1)TrackBack(0) 安全保障・自衛隊 | 憲法・憲法改正

2014年07月31日

■マラバール演習に日本招待、日印安保協力の次元をさらに高めよ

 7月24日から30日にかけて、米印合同軍事演習「マラバール演習」が、日本近海の太平洋上で、日本をゲストとして迎えて実施された。マラバール演習に日本が招待されたのは、2007年、2009年に続き3回目であり、今回は、実施海域が日本近海であったこともあり、事実上、日米印3国合同軍事演習となった。アジア太平洋の三大民主国家が、太平洋で合同軍事演習を行ったことの象徴的意義は極めて大きい。海洋における、国際規範に基づく秩序を乱すような行動、すなわち、中国の威圧的で一方的な姿勢のようなものは認められないというメッセージを発することができた。日印、日米印の安保協力を一層進展させる必要がある。ただ、マラバール演習は、救難、海賊対策、人道支援などでの共同対処能力の向上に主眼が置かれたものである。戦略的協力に次元を高めるには、こうした演習を繰り返すのは、もちろん必要ではあるが、不十分である。

 日印、日米印の安保協力推進には、インドの外交方針を理解し、尊重する必要がある。インドの外交政策は、冷戦時代を通じて、非同盟主義であった。非同盟といっても、実体は、親ソ連で、米国から距離を置くということである。中国による脅威の高まりとともに、非同盟主義ではなく、東南アジア、日本、米国などをもっと重視する、ルックイースト政策に変化しつつあるが、非同盟主義の残滓は今でも残っている。モディ新首相は、歴代インド首相の中で、日米との安保協力に最も理解がある人物であり、期待できるが、インドを対中封じ込めの一部にするという考えには与しないであろう。インドは、膨張主義的でも攻撃的でもないが、誇り高き大国として、グローバルな政治に関与したいと考えている。それを、こちら側にとって害にならない限りにおいて尊重した上で、海洋安全保障の分野における協力を深化させることで、結果的に、対中封じ込めにインドが役割を果たすことになる。インドを対中カードとして「利用する」ことが戦略的思考だと単純に考える傾向が一部に見受けられるが、それでは上手く行かない。

 安保協力の次元を高めるには、利害関係、相互の必要性の認識を共有することが必要不可欠である。日印間で言えば、インド洋における海洋の安全保障が共通の利害である。しかし、相互の必要性については、まだ十分とは言えないであろう。特に、日本がインドに対して何をなし得るか、より積極的になる必要がある。やはり、鍵となるのは、インドへの武器技術供与であろう。インドは、インド洋に中国海軍が原潜を含む潜水艦を展開することを強く警戒している。今後、インドも潜水艦の隻数を拡大する見込みだが、隻数だけでなく、潜水艦戦における能力向上も重要である。それは、日本の得意分野である。具体的には、救難、掃海、対潜哨戒能力である。武器輸出三原則が防衛装備移転三原則に改められたのであるから、こうした技術の供与につき、インドとよく協議し実現させるべきである。もちろん、それ以外の必要な技術も供与すべきある。既に、海自の救難飛行艇US2が輸出される方針が決まっており、歓迎できる。

 インド洋での海洋安全保障における協力の中核は、シーレーンの安全確保における協力である。先の、集団的自衛権行使容認の決定に際して検討された、8類型の中に、米軍とのシーレーンの合同パトロールがあったが、インド軍との合同パトロールも目標とすべきである。まず、それを念頭においた、合同演習の実施を模索することから始めてはどうかと思う。(了)

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takami_neko_shu0515 at 07:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 安全保障・自衛隊 | 南アジア

2014年07月30日

■「ODA卒業」島嶼国に対する防災・気候変動対応支援継続への支持と注文

 ラテンアメリカを歴訪中の安倍総理は、7月28日に初開催された日本・カリブ共同体(CARICOM)首脳会合で、国民1人当たりの所得水準が基準を上回りODAの対象外となった島嶼国への防災・地球温暖化対策支援を、新たな支援制度によって継続することを検討すると表明した。

 現在の日本のODA供与基準は、OECDの開発援助委員会が定めた、1人当たりの国民総所得が1万2275ドル以下、という国際基準を採用している。この基準では、例えば、今回のCARICOM加盟国でいえば、バハマ、トリニダード・トバゴ、バルバドスが対象外となり、サンクトクリスファー・ネビス、アンディグア・バーブーダが間もなく対象から外れる見込みである。これらの国々を含む、津波などの災害や温暖化による海面上昇に対して脆弱な島嶼国を、ODAの対象外になった後も支援するというのが、今回示された方針である。

 この方針は、多くの意義を持っており、評価できる。まず、災害に弱く温暖化による海面上昇の影響を真っ先に受けることになる島嶼国を援助することは道義的に適っており、支援継続は、我が国の道義国家としてのブランド確立に役立つ。我が国は、昨年11月に「攻めの地球温暖化外交戦略」(ACE)を掲げ、多くの途上国からの歓迎と期待を受けている。今回の首脳会合でも、CARICOMの議長国である、アンティグア・バーブーダのブラウン首相は、災害・気候変動の被害軽減のための基金設立を表明し、日本の援助を求めた。第二に、温室効果ガス削減交渉にも役立ち得る。島嶼国は、当然、温暖化には敏感であり、低い温室効果ガス削減目標を設定した国への視線は厳しくなる。しかし、我が国には、野心的(あるいは大風呂敷を広げるような)目標を提示できる余裕がない。支援継続は、島嶼国の反発を少しでも和らげるのに貢献し得る。第三に、島嶼国は、小国ではあるが、数が多く、1国1票が原則の国連の意思決定において、支援継続が、日本の立場への支持獲得に繋がることは、既に、指摘されている通りである。

 政府は、今年度中に、ODA大綱を見直し、上述の方針が実現できる見込みである。ただ、気になるのは、防災・気候変動だけでなく、景気変動に対して脆弱な観光産業に依存した国への配慮があると報じられていることである。支援継続は、防災・気候変動への対応に限るべきで、「ODA卒業国」への野放図な資金援助に繋がるようなことはすべきではない。中国による大々的で巨額の資金投下に対抗する焦りはあろうが、中国と熾烈な援助競争を繰り広げることには、大きなマイナスがある。その良い例が、太平洋の島嶼国への中国と台湾の援助競争である。太平洋の島嶼国の中には、台湾との外交関係の断絶、再開を繰り返すことで、両国からの援助をしたたかに獲得している国がある。援助の額自体は、国家予算から見れば微々たるものに過ぎないが、だからといって、税金を役に立たないことに使ってよいことにはならない。そして、被援助国にとっても、法の支配に則ったグッド・ガバナンスに資する支援でないと、かえって、その国を国際社会の良き一員でなくしてしまうことになる。安倍総理は、今回、CARICOMは、法の支配に基づく海洋秩序を重視し、共通の価値観を有するグローバルパートナーである、と言っている。この原則を曲げずに、真に有意義な支援継続を実施していただきたいと思う。(了)
 
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takami_neko_shu0515 at 06:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 外交・国際政治全般 | 地球温暖化・温室効果ガス削減

2014年07月29日

■経済同友会の「縮原発」見直しを歓迎する

 経済同友会は、東日本大震災に伴う福島第一原発の事故を受け、2012年に、原発への依存度を低下させ再生可能エネルギーの導入を推進するとした「縮原発」の方針を掲げていた。しかし、長谷川閑史代表幹事は、7月17日から行われた同友会の夏季セミナーにおいて「縮原発」を見直すことで一致した、と表明している。考えてみれば、経済性を無視した「縮原発」のような方針を、経済団体である同友会が掲げていたのは理解に苦しむことであるが、それだけ常軌を逸した反原発の風潮が我が国を覆っていた(今でも払拭されたとは到底言い難いが)ということの証左である。何はともあれ、「縮原発」の見直しは歓迎できる。

 原発依存度を出来るだけ低下させるという方針は、我が国の原子力技術の衰退をもたらす可能性が高い。そうなれば、結局、原発の維持に必要な技術を失い、福島第一原発の廃炉にも悪影響があり、政府が国策として推進しようとしている原発輸出も画餅に帰することになろう。この点、6月28日付読売新聞(夕刊)は、大学および大学院の原子力関係の専攻を受験した人数が、2014年度に震災後初めて増加に転じたと報じ、その背景には、政府が進めている原発再稼働と、今年4月に策定されたエネルギー基本計画が原発を「重要なベースロード電源」と位置付けたことがあると指摘している。ただ、併願による増加という面もあるようであり、優秀な原子力技術者の育成に直結する力強い回復であるとまでは言えない。そして、エネルギー基本計画は、確かに、原発は重要なベースロード電源だとしているが、原発依存度については、「可能な限り低減させる」としている点が大きな問題である。これは、経済同友会の従来の方針、「縮原発」とあまり変わらない。

 原発技術が衰退し、必要な原発を維持できなくなれば、電気料金が上昇することになるが、それは、製造業の海外への流出を促すとともに、単に電気料金のみならず物価全体の上昇をもたらす。家計にとっては、逆進性を持った影響があるということである。消費税については、逆進性が厳しく指摘され、軽減税率などの措置が検討されている。物価水準の上昇は、軽減税率のような措置をとることが出来ない分だけ、消費税よりも逆進性が強いと言える。現在までのところ、こうした観点からの議論が、あまりにも乏しい。経済団体には、そういう問題提起も期待したい。

 政府のエネルギー基本計画が言う、原発依存度を可能な限り低下させるとの方針は、見直す必要があるが、政治的困難が大きいことは容易に想像できる。経済同友会の「縮原発」見直しにより、原発推進で、経団連、日本商工会議所と足並みが揃うことになった。もとより、政治のリーダーシップが第一であることは言うまでもないが、財界には、原発推進の必要性を訴え、エネルギー基本計画のさらなる見直しへのアシストをすることを望みたい。(了)

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takami_neko_shu0515 at 00:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0) エネルギー・資源 

2014年07月25日

【書評】「国際秩序-18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ」細谷雄一著

 外交・国際政治の理解には、国際関係史、さらに具体的に言えば、1648年のウェストファリア体制確立以降の、近代欧州に端を発する、主権国家をアクターとする国際システムの歴史の素養が不可欠である。その要求を最もよく満たしてくれる必読書は、例えば、キッシンジャーの大著『外交』だが、分量も膨大であり、難解な部分も多く、到底手軽に取り組めるようなものではない。といって、コンパクトでありながら、国際関係史のエッセンスを学ぶことのできる良書というのは、なかなか無いように思う。本書『国際秩序 18世紀ヨーロッパから21世紀アジアへ』(細谷雄一著、中公新書)は、そういう要求を満たしてくれる書物の一つといってよいであろう。
 
 著者は、本書の意図は、国際秩序の全体を面的に捉え、その多国間関係の移り変わりを歴史的文脈の中で展望することである、と言っている。最近の中国の台頭は著しいが、歴史的に見て、新興国の台頭が国際秩序にどのように影響を与えて来たか。そして、時間的、空間的に、日本をより大きな文脈に位置づけ、進むべき道を考えたい、としている。これは、歴史から学ぶやり方の王道である。

 それでは、国際秩序の柱は何か。本書によれば、それは、均衡、協調、共同体の3つである。均衡は、要するに、ホッブズ流の国家の自己保存を第一とする、バランス・オブ・パワーであり、著者は「勢力均衡とは国際社会における多様性を守るための最後の手段であって、諸国の行動の自由やその独立を維持するために不可欠な基盤となっていた」と主張する。協調は、力への恐怖だけではなく、理性に基づき、自己の利益を追求しながらも他者へのシンパシーを持つという本性が人間にはあり、そこから国際公益が生じ、大国間の利益の調和が実現され、もって国際秩序が維持される、という考え方である。それが最もよく開花したのが19世紀のいわゆる「会議体制」である。第三の柱、共同体は、エマニュエル・カントの「平和連合」論に端を発する。すなわち、諸国家が合一しようとする意思により、大規模な国家間連合が可能であり、それにより国際秩序において平和が確立できる、というリベラルな考え方である。ただ、3本柱と言っても、著者は、均衡と協調(とりわけ均衡)を重視し、共同体の原理からは少し距離をいるようである。それは、現実的な考え方であると思う。

 本書の第2章では、近代ヨーロッパの国際政治において、3つの秩序原理がどのように展開されてきたかが概観される。詳細は、実際に読んでいただきたいが、主として、18世紀に開花した勢力均衡体制、ナポレオン戦争後の、均衡による協調としてのウィーン体制、1860年代の、協調なき均衡としてのビスマルク体制について触れている。そして、均衡と協調による国際秩序の安定には、同質性と価値観の共有が必要であることを確認しているが、これは、価値観外交の有用性ないし必要性という今日的意義を改めて思い起こさせてくれる。続く第3章では、ドイツ、アメリカ、日本といった新興国の台頭で、均衡、協調といった原理がいかに作動しなくなり世界大戦に進んでいったか、また、共同体の原理に基づくウッドロー・ウィルソンの国際連盟の失敗が描かれる。第4章では、まず、冷戦期のグローバルな「平和」について、3つの原理がどのように作用していたか考察される。著者は、冷戦期の「長い平和」を、均衡の原理だけから理解するのではなく、均衡の体系と協調の体系が奇妙に結びついていたと言う。妥当な解釈であると思う。さらに、欧州統合という共同体の原理も展開していたと指摘する。後半では、ブッシュ(父)の「新世界秩序」、クリントンの「民主主義の共同体」、ブレアの「国際共同体」、ブッシュ(子)の勢力均衡への回帰が概観され、結尾の部分では、最近の米中関係が協調から均衡の原理に基づくものに回帰している、と指摘している。そして、日本の目指すべき方向性として、まずは東アジアにおける勢力均衡を回復することである、と適切に指摘している。そのための政策論としては、日米同盟の強化を挙げており、オーソドックスというか新味はないが、かえって、本書の分析の信頼性を高めているように思われる。

 国際関係史を、均衡、協調、共同体の原理から眺めてみるというのは、如何にも抽象的な感じを受けるかもしれないが、国際秩序の展開が生き生きと描かれており、決して、無味乾燥なものにはなっていない。その意味で、著者の試みは成功しているといってよいのであろう。国際問題に関心のある向きには、一読の価値があり、お薦めしたい。ただ、あまり日本の進むべき道を考えるという問題意識にとらわれ過ぎず―最終的にはそれが目標であるとしても―、まずは、国際秩序の歴史そのものを虚心坦懐に理解するよう努めるのが良いかもしれない。それが、歴史に学ぶことと、過去との安易な類推を混同しないための、最善の方法と考えるからである。(了)

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takami_neko_shu0515 at 00:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 書評 | 外交・国際政治全般
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