診察雑感

市井の開業医が患者さんに接して感じた雑多な感想。

何様のつもりか

計画停電は回避したが・・・

北海道民に節電を強いる経産大臣の不遜な言い草は癇にさわる。
道民への謝罪が先で、威丈高な節電要請は筋が違う。
電力危機に際する2%節電に道民の異論はない。
道民も不自由に堪えるに吝かではあるまい。
だがこの御仁、ご自分の立場がおわかりでない。

1週間後、「一部復旧したが猶1%の節電を要請する」由。
地震から2週間、「発電量は震災前に回復した」とのこと。
薄野の繁華街にネオンサインが灯った。
経産大臣は「今後の需要増を鑑みて節電努力を怠るな」と念を押す。
原状回復を装ってはいるが内実は心許ない。
抑もブラックアウトに至ったのは危機管理能力の甘さに起因する。
北電の責任は大だが、所管する経産省の指導監督責任も問われて然るべきだ。

世耕弘成大臣の『汝臣民は節電に努めよ』的な睥睨した言辞は好ましくない。
己の責任を棚に上げた傲岸不遜な物言いは、節電を懇願する態度ではない。
揉み手で請えとは言わないが、せめてエラソーな言い方は改めた方がいい。
言うなれば、エライあなたも北電と共同正犯の下手人なのだ。
ヤブ医者は全道停電を人災と疑ってやまない。

参照;過去ブログ
2018年9月9日「釈然としない」

Formation 4-3-3

サッカーの陣形ではない

老いたせいか、3〜4時間寝ると目が覚める。
起き出して酒飲みつつラジオ深夜便と読書で3時間を過ごす。
眠くなれば再度寝床に入るが3時間も寝ると再び覚醒する。
4−3−3のフォーメーションと勝手に称している。

サッカーの陣形同様かならずしも一定せず、3−4−3や4−4−2の夜もある。
この歳になれば6時間も眠れば事足りる。
ノンレム睡眠とレム睡眠は90〜120分周期というから概ね生理的だ。
合計睡眠時間は6〜7時間、良質ではないが特段不満はない。

「熟睡できない」と訴えるご老人がいる。
青壮年と違って頭も体も活動は停滞しているから睡眠は短時間で事足りる。
“睡眠の質”云々と、今以上を欲するのは『隴を得て蜀を望む』に等しい。
後漢書はそれを『望蜀の嘆』と戒める。
遠からず目覚めぬ眠りに就くのだから眠らないぶん人生が長くなる。

「眠れない」と訴えるご老人がいるが実はしっかり眠っている。
話を聴けば夕刻7時には床に就く。
深夜に目覚めて、ひとり悶々と夜明けを待つという。
生活のリズムが違うだけで、べつに「眠れない」わけではない。
ヤブ医者に言わせれば寧ろ「寝過ぎ」だ。

「8時間は眠らないと体に良くない」と言い張る高齢者もいる。
8時間睡眠説はいったい何歳の話だ?
成長期の少年でもあるまいし、8時間も寝たら脳ミソがますます緩む。

「朝5時前に目が覚めてしまう」のが不満な人もいる。
何時に就寝したか知らないが、たっぷり寝たから自然覚醒したのだ。
とっとと寝床から出て新聞配達でもした方が身のためだ。
サマータイムとは夏時間ではなく老人時間のことかもしれない。

参照;過去ブログ
2018年8月17日「サマータイム」
2012年9月7日「うつ病の謎」

五輪ボランティア

学徒動員

五輪ボランティアは11万人が必要だそうだ。
組織委員会は大学生に参加を呼びかけた。
無償で1日8時間、10日間の奉仕活動を要求する。
交通費・食費は自前、しかも事前講習必須ではよほどの物好きでも躊躇する。
Volunteerは志願兵の意味だが、志願して滅私奉公するほどのイベントか?

銭儲けの商業五輪を義勇兵士の滅私奉公で支える魂胆なら虫が良すぎる。
学生まで駆り出すに至っては国家総動員令の再現だ。
先の大戦の勤労動員、学徒出陣を想起する人も多かろう。
出陣学徒壮行会は雨の神宮外苑だろうか?

組織委員会が安直なナショナリズムを鼓吹するから嫌悪感は愈々増幅する。
時代錯誤も甚だしい。
学徒は国際運動会に殉ずるほど愚かではない。

医者までもボランティアに頼る腹積もりらしい。
本業を擲って運動会に奉仕する間抜けはいまい。
人を駆使するなら然るべき対価を払え。

胡散臭い輩が見え隠れして、ほとほと厭になる。
組織委員会は脳ミソが機能していないのでは?

豪雨の災禍や震災で日本列島の西と北が機能不全に陥っている。
予算やマンパワーを投入すべきは五輪ではなく被災地支援ではないのか?
社謖を憂うるより国際運動会に重きを置く為政者はいらない。
今からでも遅くないから東京五輪は返上しようじゃないか。

つけ加えれば・・・
戦時歌謡『嗚呼 紅の血は燃ゆる』は出陣学徒を謳ったのではない。
ネット上には「出陣学徒を讃える」という頓珍漢な解説が溢れるが、間違いだ。
You Tube もバックの映像は雨の外苑の出陣学徒壮行会だから誤解する。
この曲は「学徒勤労動員令」による勤労奉仕を鼓舞する目的で創られた。
作曲は昭和19年9月で、出陣学徒壮行会は11月だから時間軸が異なる。
“勤労動員”が“学徒出陣”に進展した厳しい戦局だった。

歌詞に「国の大義に殉ずるは 我ら学徒の本分ぞ」とある。
学生を徴用する東京五輪はまるで戦争末期の悪あがきだ。
場当たり的構想に頼るようではこの先はなはだ心許ない。

参照;過去ブログ
2016年10月26日「この際だから」

釈然としない

北海道ブラックアウト

震度7で全道停電に陥るとは・・・・
若杉冽『原発ホワイトアウト』(講談社)を想起した。
3.11の震災でも作為的な計画停電はあってもブラックアウトはなかった。

重要な機械や装置はバックアップシステムが不可欠だ。
北海道電力はフェイルセーフへの投資を惜しんだのだろうか?
北の大地では火力発電所もテロリストの標的になり得る。

全道停電の報を聞いても理由が呑みこめなかった。
ニュースは「火力発電所が地震で緊急停止し」と報じる。
解説者は「最大発電量の苫東が緊急停止し、他3か所の発電所も順次停止した」と言う。
1か所ダウンしたら他の発電所が分担すればカバー可能な筈だ。
発電ネットワークは構築されていないのだろうか?

火力発電は需給均衡が原則で、過負荷になると自動的に停止する仕組みだそうだ。
苫東のダウンで他の発電所の負荷が増大したため安全機構が働いて停止した。
では、苫東が「地震で緊急停止」したのは何故だ?

仔細に聞けば、苫東は「ボイラー損傷」と「タービン火災」による発電停止だ。
あたかも安全装置が機能したかのような「緊急停止」ではない。
装置劣化による損傷を「自動停止」の如く言い換える狡猾な報道はやめてくれ。

閲すれば地震発生時の苫東火力発電所は1〜4号機のうち3機が稼働中だった。
3号機はトラブル続きで修理コスト増のため2006年に廃止した。
1、2、4号機は経年劣化が懸念されるが火力発電所の新設計画も頓挫したという。
わずか4か所の火力発電所で全道を賄い、その大半を苫東が担っていた。
なんと脆弱なインフラか。

まさか泊原発の再稼働を目論んで資本投下を控えたわけではないだろう。
電力消費が北海道の10倍ある首都圏がブラックアウトを免れたのだ。
然るべき設備投資で避け得た事態ではなかったか?
この全道停電は人災と言ったら言い過ぎか?

参照;過去ブログ
2014年1月4日「年が明けた」
2011年4月11日「計画停電は原則廃止」

文言が変化した

『氾濫』の復活

以前は「洪水」が主で、「氾濫」の報道は最近のような気がする。
過去の水害報道と比べたわけではないから単なる印象にすぎない。

洪水と氾濫はどう使い分けるのか?
広辞苑の語釈には、「洪水」は「河川の水が氾濫して流出すること」、「氾濫」は「洪水になること」とある。
洪水を氾濫で、氾濫を洪水で説明するふざけた辞書で、何の参考にもならない。

気象庁は「氾濫注意情報は洪水注意情報に相当し、氾濫の警戒・危険・発生情報は洪水警報に相当する」とし、主として「洪水情報」を用いている。
ホームページによれば「堤防の決壊や越水による氾濫が洪水」とある。
両者の違いは明確でない。
思うに、堤から溢れるのが氾濫、その結果地面に水が溜まるのが洪水だろうか。
河川は「氾濫」、地面は「洪水」なら、着眼点が違うだけで意味は同じだ。
「氾濫」と「洪水」の使い分けの原則はかならずしも明確ではない。
気象庁は両者を統一したが、メディアはどう区別しているのだろう?

「汎濫」と書く古い石碑や古文書があるが、誤記ではない。
『「氾濫」は「汎濫」とも書く』とたいがいの辞書に書いてある。
学校の試験では誤りとされるから、先生の知識を試してはいけない。

「浸水」と「冠水」も使い分けがむずかしい。
水が浸入した後の様子のみでなく現に侵入しつつある事態も「浸水」という。
「冠水」は文字通り水を貯えた様子だが、『新明解』は「農作物などが一時的に水をかぶること」として用例を限定している。
家屋は「浸水」、道路は「冠水」が慣用句だが、「床上冠水」や「道路浸水」も誤りではない。

「氾濫」して「洪水」になり、「浸水」して「冠水」する。
立ち位置の視点の他に時間軸も加味した難解な言葉だ。

首都大学改名

都立大学に復する

東急東横線の都立大学駅に大学はない。
隣の学芸大学駅にも大学はない。
東急電鉄は大学が移転しても駅名は変えない。

小池都知事は首都大学東京の名称を都立大学に戻すそうだ。
旧に復するのは名前だけで、キャンパスが都立大駅に帰るわけではない。
石原元知事肝煎りの首都大学東京だが、いまひとつ馴染めない名称だ。
だいいち、私学の東京都市大学と紛らわしい。

各地にある『首都大学』のうち東京にあるのが首都大学東京と誤解しそうだ。
首都大学“神奈川”や首都大学“埼玉”はないから“東京”は不要だ。
東急電鉄に倣って『都立大学』に戻すのが賢明だ。

『首都大学東京』と言うが、そもそも東京は日本の首都なのか?
東京都を日本の首都と定める法令は存在しない。
中央政府があって天皇が御座するから首都だと思いがちだが、実は東京を日本の首都と定める法令は存在しない。

明治元年、天皇は江戸行幸の折りに「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」を発した。
単に「江戸を東京に改める」と言っただけで、「首都」とは言ってない。
遷都は天皇の詔勅によって行われる。
ナクヨウグイスの「平安遷都の詔」以降、遷都の詔は発せられていない。
鎌倉と江戸に幕府が置かれた時代も首都は御所のある京の都だ。
幕府の所在地が首都ではない。

皇居は京都御所に御座する天皇が行幸で立ち寄った仮住いだ。
それが証拠に玉座の高御座も三種の神器も京都御所にある。
京都こそが首都だとする説も根強い。

余談だが・・・・
帝都京都の東にあるから「東京」だ。
東京の西にある「西東京市」は“京都の西東”みたいで違和感が否めない。
首都大学東京ともども改称しては如何か?

石原慎太郎は「首都東京」の既成事実を遺したかったのかもしれない
そういえば杜撰融資で破綻した“新銀行東京”も元知事の発案だった。
後ろに東京がつく「○○東京」という名称は総じて予後が芳しくない。

ルビが必要か?

常用漢字外とはいえ

NHK BSプレミアム「新日本風土記」の『廃墟(きょ)』は気が滅入った。
軍艦島はじめ閉鎖した鉱山の住居跡やら、閉じた遊園地の朽ちた遊具やら・・・
日本が元気だったころの残骸を辿ることにどんな意味があるのだろう?
もの哀しい映像で故きを温めても新しきを知るとは限らない。

新聞のラテ欄は「廃墟」の「墟」のみにルビが振られた「廃きょ」だ。
「墟」は常用漢字表にないから「廃きょ」としたのだろうか?
二文字から成る熟語「廃墟」は、「はいきょ」としか読みようがない。

タイトル映像には『廃墟』の文字がデザイン性豊かに書かれている。
きれいな絵だが、よく見れば『はいきょ』とルビがある。
『廃きょ』も『はいきょ』も要らぬお節介で、せっかくの映像が台無しだ。
タイトル文字と背景画像はワンセットで作品だ。
制作者はルビ付き映像に納得しているのだろうか?

参照;過去ブログ
2014年11月9日「えん罪」
2014年9月15日「消えたまぜ書き」
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