診察雑感

市井の開業医が患者さんに接して感じた雑多な感想。

堂々たる誤用

テレビは一向に改めない

平成の治安維持法が公布される。
テレビは「いやがおうにも一般市民も対象」と解説する。
「いやがおうにも」という日本語はない。

「否応なく」と「いやが上にも」を混淆して「いやがおうにも」を創作した。
「否応」は不承知と承知で、「否応なく」は是非を言わせずの意だ。
「いやが上にも」の「いや」は「ますます」の意で、漢字で「弥」と書く。
数詞「八」(や)と同源で、物事がたくさん重なるさまをあらわす。
陰暦3月、草木がいよいよ生い茂る頃を弥生という。
「御国の弥栄(いやさか)」の「弥」で、「嫌」や「否」とは何の関係もない。

ニュースは大荒れの天候を報じていた。
風雨で客足が伸びず「早々と店じまい」と、シャッターを閉じる映像を流す。
定刻前の閉店は「早じまい」だ。
「店じまい」は廃業の意で、店主が聞いたら怒るだろう。
雨風如きで廃業したら商売は成り立たない。
「店じまい」と「早じまい」を混同しては報道人の矜持が廃る。

架線が切れて電車が立往生した
相も変わらず「運転を見合わせています」と報じる。
けっして「不通」と言わない確たる理由があるのだろうか?
可能でも敢えてやらないのが「見合わせる」だ。
電気なしで動く電車はない。

寛ぐためのテレビなのに精神衛生上まことに宜しくない。
テレビは消した方が身のためだ。

参照;過去ブログ
2016年11月22日「今や違和感なし」

人を謀る悪い奴

お天道様は見ているぞ

休診日、玄関の硝子戸から腰をかがめて院内を窺う人影発見。
監視モニターに映る姿は盗人さながらだ。
暫く見ていたが、どうやら盗人ではなさそうだ。
重い腰を持ち上げて応対に出た。

訊けば、昨日から下痢と吐き気がひどい由。
「大病院では時間がかかるので、ここで薬でも貰えないかと・・・」
たしかにここは小さな診療所だ。
生憎今日は休診だが、辛いだろうから手立てを講じよう。

「保険証はお持ちですか?」
「今はない。薬だけ貰えれば・・・」
薬を見繕って1日分だけさしあげた。
「料金はわからないので、明日保険証確認と一緒で結構です」
上等な衣装を纏った御仁だから、たぶん間違いはあるまい。
高級車に乗ってお帰りあそばされた。

翌日、件の患者は姿を見せない。
きっと病状が軽快して仕事しているのだろう。
8日経ち、9日が経った。
10日経っても音沙汰が無い。

職員に事の顛末を伝えたら、「親切もほどほどに」と釘を刺された。
保険証なしで名前も住所も聞かずに薬を渡したのは確かに軽率だった。
でも、悪そうな人じゃなかったし・・・・
「悪人は善人を装って騙します」
なるほど・・・・・謀られたらしい。

監視モニターの怪しい人影はやはり怪しい人だった。
「盗人さながら」ではなく盗人そのものだ。
第一印象は正しかった。
まったくもう、油断も隙もありゃしない。

受動喫煙

害ある科学的根拠を示せ

親の仇のようにタバコを忌み嫌う一団が跋扈する。
副流煙被害などと尤もらしい理屈をこねてタバコ撲滅に血道を上げる。
煙害は方便で、実は単なる個人的嫌悪に過ぎないとヤブ医者は見ている。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いようで、不遜にも愛煙家の人品骨柄者まで厭う。
要するに彼らは生理的にタバコが憎いのだ。
二言目には「欧米では禁煙が進んでいる」と外国崇拝の島国根性が情けない。

魯迅が歎息した「煙害」は阿片だが、今やタバコの副流煙が標的だ。
受動喫煙の害がまことしやかに喧伝されるが、実は何の証拠もない。
龍馬の海援隊ならぬ「戒煙隊」ともいうべき集団ヒステリーは度し難い。
養老孟司『バカの壁』(新潮新書)の冒頭に「“話せばわかる”は大嘘」とある。
バカと話しても無駄だが、無駄を承知で筆誅を加える。

世界で初めて副流煙の害を唱えたのは1981年「平山論文」である。
http://www.scielosp.org/scielo.php?pid=S0042-96862000000700013&script=sci_arttext
僅か3ページ、恣意的な統計手法で元データが開示されない不思議な論文だ。
掲載誌British Medical Journalには異議、批判のコメントが相次いだ。
「日本には統計学者がいないのか」とまで罵倒され、専門家会議で「科学的証拠に欠ける仮説」との結論に至った。

ノーベル賞に輝いたDNA二重螺旋モデルの論文も僅か3ページだ。
“世界一美しい論文”ともてはやされたが、実は剽窃の疑いが持たれている。
(『ロザリンド・フランクリンとDNA~盗まれた栄光』アン・セイヤー著 草思社)
同じ3ページでも、平山論文は学術論文の体を成していない。
平山はBMJに「論文撤回」を申し出て然るべきだ。

医学界で否定された平山はWHOでロビー活動に勤しんだ。
反タバコ運動を展開するWHOには渡りに船で、“受動喫煙=悪”の図式が構築された。
嫌煙運動は日本に逆輸入され、外国製を有難がる島国は無批判に受け入れた。
否定された平山論文を持出すに至っては、もはや科学的考証は不可能だ。

図に乗った平山は『肺癌に限らずすべての癌はタバコが原因』とまで言い出した。
「馬」や「鹿」同様、走り出したら止まらない。
何の因果か、平山は1995年に癌死した。

類は友を呼んで、『受動喫煙で1万5千人死亡』との論文まで出る始末。
「癌に限らず、あらゆる疾病はタバコに因る」と断じてはカルト宗教に近い。
新生児突然死症候群までもタバコが原因とはこれ如何に。
論文の出処は「厚労省研究班」とあるが、厚労省のページには掲載されていない。
いったいどの学会誌に発表されたのか、論文検索してもどこにもない。
これでは新聞にのみ公開した独りよがりの放言に過ぎず、論評に値しない。
似非科学論文に準拠した後発論文は、所詮似非の域を出ない。
副流煙と発癌の立証は疫学調査では不可能だ。

CO2地球温暖化説同様、今やタバコ有害説は全世界共有の宗教的信心である。
「科学的真実」と「一見科学的推論」は全く別で、混同するから話が拗れる。
「世界では」だの「常識的に」は通用しない。
科学は多数決ではないのだ。

「衆寡敵せず」の箴言にひとり頷く。
誰か副流煙の発癌作用を”科学的に”立証しては貰えまいか。

参照;過去ブログ
2010年9月29日「受動喫煙」

死因報道の違和感

病理組織型は無用だ

芸能人が肺癌で他界した。
テレビは「ハイセン癌で死去」と報じる。
死因は肺癌で、病理組織型が腺癌という意味だ。
原発性肺癌は腺癌、扁平上皮癌、大細胞癌、小細胞癌等、多彩である。
多少医学に通じた人なら「肺の腺癌」とわかるが一般視聴者はその限りでない。
「ハイセンという癌なのか」と解釈しかねない。
そもそも音節の区切りが違う。
組織型を言うなら「ハイ・センガン」で、「ハイセン・ガン」ではない。

なにも病理組織型を報じる必要はなく、「肺癌」だけで充分だ。
殊更adeno., suamous., smollcell. を区別することに何の意味もない。

参照;過去ブログ
2012年10月6日「名優去る」
2010年10月2日「名女優旅立つ」

体内被曝

本当はどうなの?

『作業員の肺内からプルトニウム22,000ベクレルを検出』
原子力開発機構の被曝事故当日のテレビ報道である。
『史上最悪の事故』と報じた。
翌日、原子力開発機構は『総被曝量は推計36万ベクレル』と公表した。
事態は深刻だ。
ところが3日目には一転して「体内被曝はない」と全否定した。
『肺からプルトニウム非検出』、総被曝量は『過大評価』と言う。
まるで何事もなかったような物言いで、続報はまったくない。
「なかったこと」にする力学でも作用したのだろうか?
被曝者の臨床経過が気になるが、「内部被曝はない」のだから公表されまい。

プルトニウムはビニール袋と金属缶で保管するシロモノらしい。
この人たちに任せて大丈夫だろうか?
原発は次々と再稼働する。
お上は「安全基準を満たす」と言うが、原発村の方々はどうも信用ならん。

行政の抵抗

正論は撞着する

共有地の固定資産税「代表者請求」を解消した経緯は拙ブログに既述した。
ネット検索したところ、「代表納税」に憤怒する諸氏は思いのほか多い。
悪しき慣習は改めるべきだが、改めないのが行政だ。

地方税法第10条は「共有物に対する地方団体の徴収金は納税者が連帯して納付する義務を負う」と定める。
本来、固定資産税は所有割合を按分して個別に課税しなければならない。
代表者に請求するのは「面倒くさい」からに他ならない。
条文の「連帯して」とは「総額納付」の意で、「課税」ではないのだ。
地方税法343条には「固定資産税は固定資産の所有者に課する」と書いてある。
所有者個人に課税するのが法の定めだ。

行政に筋論はなかなか通らない。
どこの市町村も、「代表者請求は条例で決まっています」と頑なに拒む。
条例は法の運用上の便宜で、手間簡略のための方便に過ぎない。
「代表者請求が可能」であって、「決まっている」のではない。
行政が楽をして納税者に負担を強いるのは公僕の理念に反する。
税法は所有者課税が原則である。
現に個別徴収の自治体もなくはない。

無用の「条例」を盾に、役所は頑なに抵抗する。
「代表者変更届を出せ」と言いながら、他の共有者の名前も住所も開示しない。
無理を承知で難題を吹っかける傲慢さに辟易する。
だいいち誰も代表者にはなりたくなかろう。

個別徴収以外に選択肢はない。
税法の「所有者に課する」原則に還って、労苦を惜しまず働いたらどうだ。

役所が動かないなら、覚悟の上で納税を拒否する意思を伝えた。
「司法判断を仰ぐとなると厄介ですね」
憲法と地方税法を楯に法廷闘争を匂わせたら、何故かたちどころに折れた。
「条例」はあんがい脆弱だ。

「なんで俺が代表納付するのだ?」とお思いの諸兄は是非交渉すべきだ。
必ずや道は拓ける。

参照;過去ブログ
2017年5月9日「狸に化かされた話」
月別アーカイブ
livedoor 天気
アクセスカウンター

    livedoor プロフィール
    記事検索
    QRコード
    QRコード
    最新コメント
    最新トラックバック