診察雑感

市井の開業医が患者さんに接して感じた雑多な感想。

時の将軍は空位

話が複雑だ

中途で挫折した呉座勇一『応仁の乱』(中公新書)に再挑戦し、めでたく読了した。
登場人物が錯綜して史料も多岐に亘る。

第二章に『尋尊と大乗院寺社雑事記』が、第七章に「山城の国一揆」と『大乗院寺社雑事記』が詳述されている。
昔、予備校の問題集に「正長の土一揆は尋尊の『大乗院寺社雑事記』に記載されている」は○か×かという設問があった。
「正長の土一揆」は『大乗院日記目録』、「山城の国一揆」は『大乗院寺社雑事記』だから、正解は×だ。
どちらも興福寺大乗院門跡尋尊の著作で、尋尊は○だから紛らわしい。
重要なのは一揆に至った社会状況で、「ニッキモクロク」と「ゾージキ」ではない。

「正長の土一揆の時の将軍は誰か」との設問もあった。
正長一揆の蜂起は四代将軍義持の没後だから足利義持ではない。
足利氏系図を見ると五代将軍義量は四代義持より先に夭逝している。
後継は天台座主義円だが未だ将軍ではない。
義円改め義教が六代将軍に就いたのは一揆の翌年だ。
つまり「将軍はいない」が正解だ。

重箱の隅を突く引っかけ問題と格闘しても何の役にも立たない。
クイズ並みの珍問奇問ばかりで、須臾にして歴史嫌いになる。
好もうが好むまいが、受験には日本史と世界史のどちらか1科目が必須だった。
文系教科が苦手だから理系なのに、漢文や古文まで入試科目にあった。
入試シーズンになると高石ともや「受験生ブルース」が脳裡に甦って暗くなる。

それにしても、史料満載の呉座勇一『応仁の乱』が本当にベストセラーか?
こんな難解な大作がそんなに売れているのだろうか?
読了はしたものの、諸氏が絶賛するほど面白くはない。
日本人はずいぶん勤勉だ。

参照;過去ブログ
2017年9月7日「ウソだろう」

意味がわからん

奇妙な文言だ

深川富岡八幡宮で神職同士の刃傷事件があった。
日テレニュースは『自殺を図り死亡しました』と報じる。
翌日早朝のBS日テレ「ニュース24」もまったく同じ文言だ。
誰も奇異に感じないから修正されない。

難解な言い回しだ。
「自殺を図った」人と「死亡した」人は別人のように聞こえる。
同一人物とあっては愈々わからない。
報道通りに解釈すれば、自殺を試みたが果たせず、他の誰かがとどめを刺した。
或いは自傷したが絶命せず、失血して徐々に死に至ったのか?
報道からは「自殺を企図しただけで死んでいない」と受け取れる。
では「死亡した」のは誰なのか?

ふつう「自殺を図った」は死にきれなかったときに使う言葉だ。
自殺企図は自殺未遂と同義語である。
死んでいないから「自殺企図」なのだ。
女子アナの言葉を借りれば、『自殺を図り死亡しません』となる。
変だと思わないか?

『自殺した』だけで充分言い尽されている。
『図り』と『死亡しました』の文言はまったく不要だ。
余計な語句を挟むから難解なのだ。

視聴者は疑問に思わないのだろうか?
こちとら日本語に疎いから考え込んでしまう。
鈍感なヤブ医者にもわかるように、ニュース原稿は簡明に願いたい。

参照;過去ブログ
2014年8月4日「ルビ付き原稿にすれば?」
2014年6月5日「重言の重複」
2009年10月2日「おかしな日本語が闊歩する」

怖い病院

職分を弁えた事務員

とある病院に入院中の知人を見舞った。
事務員に面会の旨を告げると、目も合わさずに「エレベーターはそこ」と指さす。
容姿が不細工な上に態度が横柄だ。
見た目と性格は一致する。

エレベーターを待つパジャマ姿のお婆さんがいた。
並んで待っていると、あろうことか突然お婆さんが崩れるように尻餅をついた。
自力で立ち上がるも再び崩れ落ちて大の字に横たわり、「ウ〜」と呻いて瞑目した。
死んだ?
職掌柄、脈と呼吸を確認するも異常はない。
お婆さんは我に返って、「膝に力が入らなくて・・・」と申し訳なさそうに言う。
手を添えて立たそうと試みたが、カネと力のないヤブ医者には無理だ。

不細工な事務員は一部始終を見ていながら知らぬ顔を決め込んでいる。
「おい、そこのあなた、黙って見てないで看護婦を呼びなさい」
何処ぞに連絡したらしいが誰も現れない。
事務員は依然として素知らぬ顔だ。
「こっちに来なさい!」
ヤブ医者の剣幕に仰天したのか、太めの体を揺すりながらのんびりとやって来た。
『なんで私が? 私の仕事じゃないわよ!』
口には出さずとも顔にそう書いてある。
不平不満を顔に出すと、元より眉目麗しくない器量がよけい醜くなる。

職員に引き渡せば部外者の責務は果たした。
丁度ドアが開いたエレベーターに乗ってふと思った・・・・
入院患者が床に倒れているのは誰の目にも尋常ではない。
異常事態にも拘らず職員が少しも慌てないのはなぜだ?
もしかすると、この病院では日常茶飯事の見慣れた光景なのかもしれない。
「これしきの事、騒がずに放っておけばいいのよ」が本音なら実に怖い。
倒れている入院患者を平然と無視する神経は信じ難く、背筋が凍る。

見舞いを終えて階下に戻ると、なんと、お婆さんは依然横たわったままだ。
傍らに看護婦さんが一人いたが何をするわけでもない。
せめて話しかけたらどうだ。
かなりの時間が経つのに、ストレッチャーも車椅子の用意もないのは何故だ?
医者はどうした?
床に寝かせてそのまま眺めているとは・・・・ここは本当に病院内か?
窓口に戻った事務員は『私の仕事じゃない』から、相変わらず眺めている。
呼ばれた看護婦さんも、たぶん『私の仕事じゃない』のだ。

横たわったお婆さんの脇を通り抜けて恐怖の病院から退散した。
お婆さんは夜になっても床に寝たままだろう。
医療の質は職員の質に反映する。

どこかズレている

相撲記者の感覚

此度の関取同士の騒動を伝えるワイドショーには相撲記者が頻繁に登場する。
業界通を自負して解説するが何か変だ。

相撲記者は渦中の横綱を「17歳で単身一人で日本に来た」と、艱難辛苦を労う。
何だそりゃ?
一人は即ち単身のことだ。
お遍路さんの『同行二人』以外、単身は一人と決まっている。

相撲記者のコメントには首を傾げる。
恰も協会の広報担当と見紛いそうだ。
協会に阿るから思考回路も協会色に染まる。

某相撲記者OBは「医者は被害者の傷の程度や治療内容を開示すべき」と言う。
間抜けな意見で、医師法の守秘義務をまるで御存じない。
永年相撲記者をしていると視野狭窄に陥るらしい。

相撲協会評議員議長の池坊保子は「相撲は国技」と言って憚らない。
不見識にも程がある。
いつ誰が「国技」と決めたのか?
何処に「国技」と書いてあるのだ?
国旗国歌法は「日の丸」を国旗、「君が代」を国歌と定めるが、『国技法』はない。
勝手な思い込みはいい加減にして欲しい。

大相撲は木戸銭を徴収する興行である。
番付表に「蒙御免」とあるのは幕府が許可を与えた名残で、古来勧進興行なのだ。
プロ野球やプロレスと同列なのに、勝手に国技を自称されては迷惑だ。

「品格」を問うに至っては違和感満点だ。
『品格力量が抜群』で推挙した横審が今さら疑問視する自己矛盾は嗤うしかない。
品格とは「総合的に判断される優れた人間性」と辞書にある。
土俵を割った力士にダメ押しして土俵下に落したり、張り差し、かちあげ、肘打ちするのが「総合的に優れた人間性」の振舞だろうか?
推挙した横綱審議会の見識こそ問われるべきだ。

下手人の引退で世間の風向きが変わったか、被害者側に逆風が吹きだした。
司直の手に委ねるのは正当な手段で、非難される謂れはない。
狷介孤高、不撓不屈の精神で悪行を質す行為のどこが悪い?
世間の風は何とも気まぐれだ。

参照;過去ブログ
2011年2月7日「国技か?」
2010年6月29日「調査委員会」

違うだろ〜!

朝鮮人民軍にアメ車はない

板門店で北の兵士が越境した。
逃走に使った車が溝に嵌り、車を放棄して駆け足で逃げた。
韓国側の監視カメラが逐一捉えている。

テレビは亡命兵士が運転する車を「ジープ」と言う。
朝鮮人民軍の軍用車はアメリカ製なのか?
そんなバカな!
北朝鮮の軍用小型四駆はソ連製のコピーUAZ-3151だ。

Jeepは1940年に米国陸軍がバンタム社に製造を命じた軍用小型車である。
バンタム社は量産に応えられず、後にフォードとウイリスが製造に参加した。
米軍ジープの大方はウイリスMBとフォードGPWである。
Jeepの名称は大戦後にウイリス・オーバーランド社が商標登録し、今はクライスラー社に引き継がれている。

追手の人民軍兵士が拳銃と自動小銃を発砲し、5発被弾して倒れた。
北の兵士が手にするのは自動小銃AK-47(5.45mm弾)と拳銃Cz-75(9mm弾)だ。
女子アナは逃走する兵士を「5発当りながらも全速で走っています」と報じる。
あり得ない。
生身の人間なら1発でも被弾したら全力疾走は不可能だ。
被弾する前の映像と考えるのが妥当で「5発当っても走る」とする根拠はない。

閑話休題:
ジープのような軍用車は「ジープ」ではない。
泥棒の道具が「バールのようなもの」なら、「ジープのような車」でいい。
臆測や私見を交えた報道は甚だ危険だ。

参照;過去ブログ
2017年2月2日「三寒四温」

今はそう読むの?

温故知新

史跡足利学校で孔子を祀る恒例行事「釋奠」が行われた。
足利の小学校では論語の素読が復活したそうだ。
「観学院の雀は蒙求を囀る」の喩えもある。
声を出して読むことが重要で、中身の理解は二の次でいい。

NHK“とちぎ640”は小学生の素読光景を報じた。
小学生が誦詠する、
「古きをあたためて新しきを知る」
為政篇の「温古而知新 可以為師矣」である。
昔は「古きをたずねて新しきを知れば以て師たるべし」と読んだ。
今は「古きをあたためて」と読むらしい。
先生が「よく出来ました」と褒めるから正しいのだろう。

国語辞典で温故知新を引くと「古きをたずねて」と書いてある。
広辞苑も岩波も三省堂「新解」も、総ての辞書にそうある。
「簡明漢和辞典」(永岡書店)も「古きをたずね(たづね)て」だ。
「温」は「くりかえし学ぶ・復習」の意で、「温習」の用例が載っている。

「日本国語大辞典」(小学館)によれば温故知新の初出は『太平記』で、「古キヲタツネテ」とあるそうだ。
「タツネ」は濁点省略表記で、読みは「タヅネ」である。
『太平記』の成立は14世紀半ばだが論語の本邦伝来は5世紀頃だ。
論語伝来の頃から「タツネテ」と読んだかどうかは定かでない。

今の教科書には「あたため」とルビが振ってある。
文科省の役人や教科書審議会が決める検定教科書はじつに味気ない。
歴史ある読みを文科省役人が修正して許されるのか?

ヤブ医者は「たずねて」と教わって「たずねて」と読んだ。
誤読と揶揄されようが、この齢になって今さら「あたためて」は無理だ。
月別アーカイブ
livedoor 天気
アクセスカウンター

    livedoor プロフィール
    記事検索
    QRコード
    QRコード
    最新コメント
    最新トラックバック