診察雑感

市井の開業医が患者さんに接して感じた雑多な感想。

言語不明瞭

字幕なしでは意味不明

ずっと前から気になっていたが・・・・
安倍総理のコメントは音声だけでは何を言っているのかわからない。
言葉を短縮するから頗る聞き取りにくい。
老いて耳が遠くなったのかもしれない。

「ヒャチュセンの暴挙は・・・・」
北朝鮮のことである。
「トァプ大統領との会談で・・・・」
トランプ大統領だ。
少し前、「日本をトリモズス」という自民党のテレビCMがあった。
安倍総理がガッツポーズで言っているのは「日本を取り戻す」だ。
何の仕事もしていない「仕事人内閣」は「仕事人ナカク」で、「衆議院解散」は「シュギンカサン」である。

最早テレビ画面下の字幕がないと理解不能だ。
生来の早口なのか潜在的吃音なのか、滑舌が甚だ悪い。
学会発表も演説もぶら下がり会見も、適正な速度がある。
木下是雄「理科系の作文技術」は10分間の口演原稿なら6枚が限度と言う。
400字詰め原稿用紙1枚の内容は1分40秒かけなければ伝わらない。
現代人のスピーチに較べるとずいぶん遅い。
総理はもっとゆっくり話しては如何か。
“巧遅は拙速に如かず”と諭す君側の臣はいないのだろうか?

総理批判の意図は毛頭ないが、政治理念や政策以前に話し方が生理的にイヤだ。
幼児的発音、曖昧な文節、話す速度、この三点を改めれば印象はずいぶん変わる。
中身のない演説が名演説に変身すること請け合いだ。
政治家は言葉が命だ。
安倍サンの言葉に命はあるか?

唐突に解散風が吹き出した。
野党は「解散の大義がない」と非難するが解散権の行使に“大義”は無用だ。
衆議院の解散は憲法第7条と69条に基く。
7条解散は内閣の助言と承認による解散であり、69条解散は内閣不信任案可決(信任案否決)による解散である。
憲法には総理が勝手気儘に解散権を行使できるとは何処にも書いてない。
解散権の帰属については学者の間では議論百出である。
テレビ解説は「総理の専権事項」と言うが、理解のほどは疑わしい。

王様の権力は吾身を護るためにある。
発声練習を重ねてから「シュギンカサン」すれば多少の説得力はあるかも。

参照;過去ブログ
2014年11月24日「慣例に則って何が悪い?」
2013年7月5日「世間は忙しない」
2011年11月28日「言うべきことは多くない」

ラジオの解説者

ロジックが頓珍漢だ

都民ファーストの会代表が小池都知事から都議会議員に交替した。
ラジオでコメンテーターが私見を語る。
1)都民ファーストの会は小池知事が代表だから最大会派になれた
2)国会は与党の総裁が総理大臣になる
3)都議会最大会派の代表が都知事でも何ら問題ない
だから代表交替の用無しと言う。

一見説得力ある三段論法だが、それは違う。
政治評論家ではないコメンテーターに話を振るアナウンサーが悪い。

総理は国会議員の中から選出するから与党の総裁が就任する。
直接選挙で選ばれる知事とは生立ちが違う。
都議会与党の代表が知事では二元代表制の根幹が揺らぐ。
建前上、行政の長とそれを監視する議会の最大会派の長が同じでは宜しくない。
だから小池知事は都民ファーストの会代表を降りたのだ。

「新代表は知事と幹部が勝手に決めた」と非難する。
小池マジックで当選した陣笠足軽の素人が、既にいっぱしの議員のつもりだ。
代表の選出過程が面白くないなら新しい会派を作って代表を選び直せばいい。
阿弥陀くじ、選挙、じゃんけん、腕相撲、選出方法はいくらでもある。
「知事こそブラックボックスだ」と糾弾する奴は誰もいまい。

小池知事は空き家になった都民ファーストの顧問に過ぎない。
会派から離れれば中傷の種は尽きる。
これを“発展的解消”という。
アガサ・クリスティの小説『そして誰もいなくなった』を彷彿する。
元より行政の長は孤高で、王様は裸だ。

門外漢の床屋政談、居酒屋横議だから反論ご無用、悪しからず。

核保有国

認めるか否かが問題か?

国連の北朝鮮制裁決議が全会一致で可決した。
北狄は「お前ら覚悟しろよ」と威嚇した翌朝、太平洋にミサイルを撃った。
けたたましいJアラートで眠りを妨げられた。
今さら逃げても助かるまい・・・布団に潜って再び寝た。

「断固として容認できず、厳重に抗議する」と毎度お決まりの遠吠えだ。
米大統領は「米国本土までは届かない」と言ったとか。
北狄のデブは本気だがアメリカはまだ対岸の火事気分だ。
非公式発言に日米安保の正体を見た。

いまひとつ分らないのだが・・・・
北朝鮮を核保有国として認めるかどうかが議論になるのは何故だ?
複数回の核実験を断行し、核弾頭搭載ミサイルの発射実験も回を重ねる。
核武装が万端整ったのは明白で、国連が認めようが認めまいが核兵器はある。
それでも「核保有国とは認めない」って、どういうこと?

自分達は大量の核兵器を所有しながら「お前は持つな」は理不尽だ。
「何が悪い!」と開き直るデブにも一理ある。
核不拡散条約から脱退したのだから、“カラスの勝手でしょ”とはならんのか?
インド、パキスタン、イスラエルとどう違うのだ?

国連が制裁を加えるのであれば、北朝鮮が国連加盟国である道理は失せた。
松岡洋右は満洲国不認可で国際連盟を脱退した。
北のデブだって、敵対集団に属するのは本意ではあるまい。
国連はそんなに偉くない。

話が逸脱したが、知りたいのは「核保有国と認める」ことの意味だ。
認めなければどうだと言うのだ?
どなたか、ヤブ医者にもわかるように噛み砕いて説明しては貰えまいか。

参照;過去ブログ
2017年5月29日「ミサイル迎撃システム」

NHKは夜が短い

深夜0時半が未明か?

NHK「ラジオ深夜便」は臨時ニュースで番組が中断した。
宇都宮の福祉施設での傷害事件で姿をくらました容疑者が捕まったそうだ。
「逮捕状が出ていた女が今日未明に逮捕されました」
一地方都市で起きた傷害事件の容疑者逮捕が、NHK臨時ニュースとは驚いた。
まるで地震速報並みの扱いだ。
番組を中断して報じるほどのニュースだろうか?

もっと驚いたのは、「今日未明」だ。
ニュース速報は午前0時半だから「今日」は30分しか経ってない。
逮捕直後に報じるNHKの情報収集力を誇示したかったのかもしれない。
日付が変わって30分で「未明」は流石に変だろう。
江戸時代なら子の刻、九つ半。
“草木も眠る丑三つ時”の一刻も前で、辺りは咫尺を弁ぜぬ暗闇だ。

気象台によれば宇都宮の日の出は5時23分だ。
東の空が白むにはまだまだ間がある。
一体どこが「未明」なのだ?
NHK近辺の空は早くも夜明け前の様相らしい。

午前1時の定時ニュースもニュース速報と同じ原稿を読み上げた。
「今日未明」は5時以降に使う予定の原稿だったかもしれない。

参照;過去ブログ
2017年6月2日「深夜の雷鳴」
2009年9月26日「日本語は難しい」

奇怪なNHK用語

「ひもとく」は変だ

日曜日の朝、NHKニュース解説は「北朝鮮情勢をひもとく」である。
過去のミサイル発射や核実験の時系列解説で、特段の新情報はない。

北の動向よりも番組の表題「ひもとく」が気になって仕方がない。
タイトルが間違ってやしないか?

「ひもとく」を辞書で引くと「繙く」と「紐解く」のふたつある。
他動詞「繙く」は書物を収めた帙の紐を解いて中を検めることである。
書籍を入れた帙は「書帙」、巻物なら「巻帙」で、辞書の用例は「帙を繙く」だ。
自動詞「紐解く」は下紐をほどく「おびとき」で、源氏物語蜻蛉に用例を見る。
古い大型辞書は両者を区別して立項している。

「歴史を繙く」は頻繁に耳にする。
まるで慣用句の如く用いるが、歴史に紐は付いてない。
明らかに誤用で、こんな文言が市民権を得るのは容認し難い。
ところがなんと、『三省堂国語辞典 第6版』の用例に「歴史を繙く」とある。
歴史研究は史書を繙くから許容範囲と言えなくもないが、強引なこじつけだ。
誤用が浸透すれば辞書が追認するから母語は愈々混乱する。
「辞書に載っている」と言う輩が必ずいるが、辞書にあっても“ならぬものはならぬ”のだ。

「謎をひもとく」や「原因をひもとく」に至っては論外だ。
「謎」も「原因」も、ない紐は解き様がない。
「謎の解明」「原因の究明」で事足りる。
「ひもとく」が高尚な表現とでもお思いなら改めた方がいい。
分析・研究・検討・推察するなら「閲する」という由緒ある言葉がある。
あらぬ「ひもとき」は源氏物語の艶話と勘違いする。

何でも彼でも繙いては視聴者が困惑する。
言葉の番人を自負するNHKだが、近頃は箍の緩みが頓に目につく。

参照;過去ブログ
2017年6月22日「堂々たる誤用」
2017年5月23日「手をこまねく?」
2016年11月22日「今や違和感なし」
2013年8月1日「誤用では?」

ウソだろう

話が大袈裟だ

テレビの歴史座談会で呉座勇一著『応仁の乱』(中公新書)が話題になった。
司会の歴史家が「40万部も売れたそうですね」と持上げる。
パネリストの著者は「おかげさまで」と照れた。
購入層はサラリーマンが多いそうだ。
それほど評判の本なら読んでみようと購入した。
これで販売部数は40万プラス1部だ。

胸躍る歴史読み物を想像していたが、とんでもない。
史学論文そのもので、サラリーマンが「面白い」と読み耽る内容ではない。
巻末の膨大な「主要参考文献」と「史料」は大作のほどを物語る。
こんな難解な歴史論文が40万部も売れたという。
歴史家や史学科の学生なら兎も角、主たる購買層が若いサラリーマンとは驚きだ。

ワシントン・ポストの発行部数は55万部、シカゴ・トリビューンは43万部だ。
本邦の大衆週刊誌は50万部前後で『応仁の乱』に比肩する。
通勤電車で新聞や週刊誌を読む人はいても『応仁の乱』に熱中するサラリーマンは見たことがない。
週刊誌は銀行のロビーや床屋の片隅に置いてあるが、『応仁の乱』はない。
出版社も新聞社同様に「押し紙」があるのだろうか?

佐藤愛子『九十歳。何がめでたい』(小学館)は80万部を突破したそうだ。
販売部数はニューヨーク・タイムズの90万部に匹敵する。
「サンデー毎日」9万部の10倍も売れた勘定だ。
閨秀の操觚者の筆致は頗る平易で、騎虎の勢いで読了した。
小難しい歴史論文よりも売れたのは確かだろう。

「読まない人に買わせるのがベストセラーだ」と何かで読んだ。
ヤブ医者、図らずもベストセラーに貢献した。

参照;過去ブログ
2013年4月13日「出版社の商法」
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