診察雑感

市井の開業医が患者さんに接して感じた雑多な感想。

2020年10月

意味が違う

知らないと恥をかく

高級家具店の社長が退任した・
「赤字の原因は敷居の高さ」と語った。
たしかに庶民のウサギ小屋に高級家具は似合わない。

辞任の弁に水を差すようで心苦しいが、「敷居が高い」は適切でない。
本来「不義理・不面目で行きづらい」という意味だ。
跨げないほど敷居が高くて「入り難い」のではない。
来訪者を暗に拒絶するという意味は微塵もない。

文化庁の調査では、日本人の70%が誤用しているそうだ。
誤用はそのうち「正しい用例」となるに違いない。

コロナの暮れは忘年会も儘ならない。
宴席で上司が一曲吟じると、太鼓持ちの部下が持ち上げる。
「さすが部長!堂に入ったものですね」
無礼講で無礼して左遷された話はたまに聞く。
卒なくおだてないと結末が怖い。
それなら「堂に入る」は卒があって宜しくない。

出典は論語「堂に升(のぼ)りて室(しつ)に入(い)らず」で、『お堂の中には上ったが、奥の室に入るにはまだ早い』という意味だ。
有体に言えば「なかなかやるが、いまひとつ未熟だ」となる。
誉め言葉でなく、本当は「たいしたことない」という嫌味なのだ。

言った部下も言われた上司も、共に理解していないから大事には至らない。
無知は人を扶ける。

市役所の語彙

日本語がおかしい

野立て看板は3年ごとに更新許可が要る。
設置者本人が担当課に出向いて金銭を納め、恭しく許可証を授かる仕組みだ。
「有難き幸せに存じます」とでも言わせたいのか?

古い話だが、前回の更新を思い出した。
わざわざ出向くほどのことでもないから郵送で済ませることにした。
受け取りを拒否されても困るので、前以て電話で可否を確認した。
「郵送するなら『都合で来庁できません』と書いて申請書類に同封してください」

一筆書き添えるに吝かではないが、そんな奇怪な日本語でいいのか?
「来庁」は市役所庁舎に「来る」ことだ。
役所から見れば「来る」だろうが、市民にすれば「行く」のだ。
「来庁」ではなく「訪庁」でなければ平仄が合わない。
中学校英文法で習うcomeとgoの使い分けは存外厄介だが、日本語の「来る」「行く」は英語ほど難しくない。
尸位素餐の職員でもお分かりだろう。

来遊、来駕、枉駕、来車という文言もある。
「お乗りの駕篭をちょっと曲げてお立ち寄りください」の意だ。
嘗ては広く用いられたが、駕篭も馬車も消退して死語化した。
今では漢和辞典と明治文豪の書簡集に見るのみだ。

竜鉄也は「泣いてまた呼ぶ雷鳥の声も哀しく消えてゆく」と謡う。
『奥飛騨慕情』は「雷鳥」だが、「来庁」はお役所用語にしぶとく生き残る。

余談だが・・・・
『奥飛騨慕情』1番の歌詞に「風の噂にひとり来て」とある。
「人の噂」「風の便り」は聞くが「風の噂」は聞かない。
更に申せば、3番の歌詞「泣いてまた呼ぶ雷鳥の」は「鳴いて」の誤りでは?
声なく涙を流すのが「泣く」で、鳥獣が声を出すのは「鳴く」である。
雷鳥は落涙しない。

閑話休題。

政治家が米国に赴くのを「訪米」、異国人が日本に来るのを「来日」と言う。
移動する側に立てば「訪日」である。
市民が庁舎を「訪れる」のであって、庁舎に「来る」のではない。
市役所にとっては「来庁」でも、申請者が行くのは「訪庁」だ。
いくら米国の属国と雖も英文法comeとgoを真似る必要はない。

看板の許認可権は市役所にあるから黙って仰せに従った。
「故あって『来庁』能わず」
意に沿わないが、これで宜しいか?

権力あるバカは母語さえもたがえて疑わない。
次の更新時も市役所用語「来庁」と明瞭に書こう。

参照;過去ブログ
2018年1月12日「惜しい!」
2013年9月4日「どこに書いてある?」
2010年9月3日「規制強化」

釈然としない

またも富岳登場

スパコン富岳による飛沫飛散シミュレーション第2弾が大々的に報じられた。
繰り返し報じても猶ヤブ医者を釈然たらしめないのは浅学菲才の故だろう。
テレビ解説は拠って立つところに誤謬がありはしないか?
どうも納得が行かない。

飛沫=ウイルスとする短絡的論法はいかにも稚拙で科学的ではない。
かつて空気感染説と接触感染説が取沙汰されたが、実は飛沫感染主体なのか?

プリミティブな疑問だが、ウイルスは飛沫中にどれくらい存在するのだろう。
スパコン富岳を使っても「見えない飛沫が見える」わけではない。
ましてやウイルスは見えない。
『富岳が可視化した』とする新聞の見出しは甚だ不適切だ。

飛沫を可視化した京都工繊大学のシミュレーションはすでに公表されている。
ブラックライト照射下の高感度カメラ映像は10μm以下の飛沫を捉える。
マスクから漏れたマイクロ飛沫は20分間以上に亘って空中を漂うという。
咳やクシャミばかりか、マイクロ飛沫は会話でも吐息から放出される。

NHKは『可視化ここまで見えてきた!新型コロナ感染のメカニズム』と題し、 レーザー光と高感度カメラでマイクロ飛沫を映像化した。
理研のスパコンもNHKのレーザー光も、京都工繊大学の追試である。
いずれの実験もコロナの「コ」も言わないが、「コロナウイルスは飛沫内にあり」が大前提だ。

「たぶん、おそらく」の推定がいつの間にやら事実とされて揺るがない。
間接的推量は必ずしも真実とは限らない。
スパコンが示したのは「飛沫の拡散」で、ウイルスの飛散ではない。
マイクロ飛沫内のウイルスを証明しない限りヤブ医者の猜疑心は失せない。

予測と事実の間には相当の乖離がありはしないか?
高名な科学者の実験だろうがインパクトポイント大の科学誌掲載の論文だろうが、論理に飛躍がある限りヤブ医者は懐疑的だ。

考えてみれば、うどん粉を吹きつけるアナログ方式でも可能な実験だ。
身近なアナログ実証できるのに、わざわざスパコン登場には及ぶまい。
温度と湿度を変えた多様な分析ではあるが、京都工繊大の二番煎じでは“阿倍野の犬”の誹りを受けかねない。

富岳によれば「飛沫を浴びる量は前席より隣席の方が多い」と言う。
テレビが居酒屋のおばちゃんに問うと、「ずっと前から知ってる」と鮸も無い。
スパコン使っても周知の事実は新たな知見にはならない。
おばちゃんの経験則を後追いした実験では科学者の立つ瀬がない。
IT、AI、スパコン然り、新技術を駆使しても高級な論証になるわけではない。

前にも陳べたが、世界1位のスパコンの用途が飛沫飛散シミュレーションか?
“阿倍野の犬”の実験よりも、もっと実のある活用に用立てて欲しい。
今更ながら「2位でよかったのでは?」と思う今日この頃である。

参照;過去ブログ
2020年6月22日「スパコン富岳の使途」

ガキの使いと嗤う勿れ

学者に直談判は荷が重い

日本学術会議は6名の任命拒否理由の説明と再任命要求を決議した。
会長の梶田卓越教授が議決書を持参して菅総理と対峙した。

総理に「なぜだ」と問い質して押し問答・・・・と誰しも察する。
豈謀らんや、議決書は手渡したが口頭では伝えなかったそうだ。
「今日はそういう目的で来たのではありません」
何じゃそりゃ?

新聞は「政府との対立を避けた」と解説する。
“忖度”の極みである。
決議に賛同した会員の面目が立たない。

「人事に関する説明はしない」は人事権者の言うことだ。
学術会議の推薦人事に、形式だけの任命者が拒否すること自体が既に違法だ。
形式だけの任命者に人事権はない。

温厚な会長が官邸に乗り込むと聞いてひそかに懸念した。
蓋を開ければ案の定の展開だ。
会長は「会議のあり方を見直す」と言い、総理は「頑張って下さい」と応じた。
「あり方」ではなく「除外理由」を問うている。
いったい何用あって官邸まで赴いたのか、訳が分からん。
科学者にケンカは無理だ。

学術会議は一丸となって反内閣の“蹶起趣意書”を起草しては如何か。
組織は内閣府、身分は特別公務員ではそれも無理な注文だ。
忖度と保身は官僚も学者も遜色ない。
日本学術会議は学者の隠居所か?

「継続は力」か?

国勢調査

国勢調査の締切が迫る。
「回答の義務があります」と大書してある。
応じないと罰金50万円が課せられると法律にあるが、処罰された例はない。
ひょっとするとヤブ医者が初例になるやも知れん。
罰金を払う財力はないから労役に服そう。

100年前の法律を後生大事に遂行する意味はあるのだろうか?
お上はいろんな理屈をつけて必要性を説くだろうが、所詮は藉口に過ぎない。
今や国勢調査の必然性はとうに失せた。
お役人は旧套を墨守して疑わない不思議な人種だ。

国民には住民基本台帳、住基ネット、マイナンバーまで備わる。
この上さらに国勢調査が必要だろうか。
余計な個人情報を遍く収集してどうするつもりか、疑問が尽きない。

継続は力なりというが、国勢調査の「力」は見たことがない。
100年も続いたからにはその成果を少しは示したらどうか。
お上の頭脳構造は100年前から一向に進化しない。

役人の性か、先例を踏襲するしか能がない。
『前に倣え』なら子供でもできる。
「こんな調査はやめよう」と提言する勇気ある役人がいないのが不思議だ。
これしきの提案に勇気が要るとは笑止だが、前例主義の役人には要るのである。
それが役人の本意なら国の行く末は明るくない。

100年前は有用だった調査でも、回収率が甚だ低い現代は役に立たない。
明治の“腰便”をいまだに税金で養う必然性は疑わしい。
このぶんでは今後さらに100年経っても国勢調査は存続するだろう。
この国は壮大なムダで成り立つ。

附記:
“腰便”をネット検索すると腰痛と便秘にまつわる解説しか見当たらない。
辞書には辛うじて載っているが、今は意味を知る人も居ない。
言葉は100年で死語化するが国勢調査は頑として継続する。

参照;過去ブログ
2015年10月2日「まだやっていたのか」
2010年10月6日「国勢調査」

憲法23条

学問の不自由

菅総理は日本学術会議が推薦した会員105名中6名を却下した。
日本学術会議法7条2項に、推薦する会員を総理が任命するとある。
「任命できる」のではなく「任命する」のだ。
総理に会員の業績を評価する能力はなく、拒否権も指揮監督権もない。

任命拒否は前代未聞の椿事である。
教授6名は安倍政権の提言に盾ついたからスケープゴートにされたのだ。
意趣返しが総理大臣の所業では情けない。

報道は「学問の自由の侵害」と息巻く。
憲法23条『学問の自由』に直結する大仰なテーマだからメディアには好都合だ。
しかし一体どこが「学問の自由の侵害」だ?
学問はいつも自由で、何の侵害も受けてはいない。
憲法違反に結びつけたいメディアの論法は無理がある。
侵害されたのは会議側の人事権で、政治介入に屈した日本学術会議の「独立性」こそ問題なのだ。

加藤官房長官の会見は質問と答弁が永遠に齟齬する。
説明責任の放棄である。
ひょっとすると、質問の意味がまるで分っていないのかも知れない。
加藤某は厚労大臣時代もお粗末だった。
到底官房長官の器ではないだろう。

ついでに一言・・・・

菅総理は遂にパンドラの箱を開けた。
新聞は官邸批判一色だ。
管見によれば産経新聞のみが「日本学術会議側にも問題がある」と指摘する。
衆口一致した政権叩きの最中に視点を変えるのは勇気が要る。
産経に触発されたわけではないが、一言申し添える。

パンドラの箱には少なからず闇がある。
日本学術会議は内閣府に属し、日本学術会議法第1条は「内閣総理大臣の所轄」とし、第3条は「内閣の指揮命令から独立する組織である」と謳う。
難解だが、要するに“経費その他は内閣が担うが指揮監督権はない”のだ。
「カネだけ出して口は出すな」では政府も愉快ではなかろう。

年間運営費は10億円超と仄聞する。
会員210名は特別国家公務員の報酬を得る。
学会の長老重鎮が任期6年を安寧に過ごすには格好の職種だ。
決算報告はどうなっているのか、叩けばホコリが出ないとも限らない。
日本学術会議は新進気鋭の研究者には無縁で、「廃止せよ」との声もある。
「利権集団」と揶揄する赤貧のポスドクは少なくない。

会議の活動内容は政府への勧告・提言である。
政府の意に沿わない勧告・提言であれば疎まれて排除される前例が確立した。
前車の覆轍を踏むような勧告・提言は期待できまい。

メディアは『学問の自由が損なわれる』と主張するが、果たしてそうか?
学問は常に自由で、『学問の自由』が侵された事実は今もない。

抑も日本学術会議は必要だろうか?
欧米のアカデミーは若干の間接的補填はあっても会費運営が基本だ。
会員報酬と運営経費その他を全額税金で賄うのは日本だけだ。
会議が死守したいのは、内閣府に属し、税金で賄われ、公務員報酬を得ることかと勘繰ってしまう。

舛添要一は「廃止せよ」と言い、経済学者高橋洋一は「民営化せよ」と言う。
小手先の法改正でなく、会議の在り方を抜本的に見直す必要がありはしないか?
廃止がイヤなら、内閣府と訣別して独立法人化するのが賢明だ。
自分たちの経費は自分たちで稼ぐのが筋だ。
目先のカネは失っても「学問の自由」は保たれる。
それこそ学者の本懐と思うが、違うだろうか?

木乃伊と書いて

ミイラと読む

ミイラ盗りがミイラになった。
共同通信記者、柿崎明二の話である。

首相補佐官に就任した。
政権批判の先鋒なら請われてもふつうは辞退する。
行政を監視する身が、翻って側用人に就くとは驚天動地、慮外である。
批判者を篭絡するには政権に取込むに限る。

政府のメディア懐柔策は粛々と浸透する。
共同通信は政府広報と化すのだろうか?
目指すのは支露北鮮か?

舌鋒鋭く批判した御仁が変節漢とは知らなかった。
『昨日勤皇、明日は佐幕、その日その日の出来心』
“侍ニッポン”の歌詞は『どうせオイラは裏切り者よ』と続く。
幕末は変わり身の早さが生き残る術だった。

柿崎氏は墓泥棒に入ったのではない。
はじめからミイラなのだ。
これだから評論家は信用できない。

参照;過去ブログ
2019年9月8日「大使の任命は」

メガネ破損

諦めるのはまだ早い

メガネが落下してフレームが割れた。
レンズは無傷だ。

フレームの断裂部を接着すればまだまだ使える。
瞬間接着剤で固着して蘇り、愁眉を開いた。
我ながら上々の仕上がりだ。

元はといえば百円ショップの老眼鏡である。
100円の品に瞬間接着剤300円を投じる是非を問われても返事に窮する。
吝嗇漢と蔑む勿れ、これが持って生まれた性分だ。
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    高野院長

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