都会の空[051]揺籃[053]

May 01, 2007

インポートハット[052]

▶小さな美容院の扉が開いて、おそろいの黄色いインポートハットを被った母子が出て来た。まだ20代と見える若い母親はリズムよく後ろに振り返り、出て来た扉の方に向かって丁寧な会釈をした。間もなく扉の奥から長髪の男性が顔を出した。いかにも美容師といったこじゃれた男性は、「ありがとうございました」と軽くお辞儀を返すと、母親の横に立っているピンクのワンピースを着た少女に目線を落として言った。「ナナちゃん、優しいお母さんの言う事をきちんと聞くんだよ」と。少女は照れくさそうに満面の笑顔を浮かべながら、すぐにそれを隠そうと母親のスカートの後ろへと回った。「あら?お返事は?」母親の言葉にますます恥ずかしくなってか、少女は上半身を大きく横に倒したり、体を大きく揺らしながら、母親のスカート後ろから天使の笑顔をふりまいた。母親はもう一度、扉の所に立っている男性に笑顔で会釈をして、母子は仲良く手をつないで歩き出した。少女はつないだ手を大きく振りながら、うれしそうに顔を上げ、母親の顔を下からのぞき込んだ。10を数える程長い間母親の顔をじっと観察のあと、少女は透き通るような言葉をつぶやいた。「お母さんはどうして優しいの?」母親はりんとまっすぐ向いたままだが、微笑むように少し口元が緩んだ。「ナナちゃんが、おりこうさんだからよ」アスファルトの路面の上に桜の花びらがワッと踊った。時折思い出したようにふく暖かな春風が少女の帽子をさらって行こうとして、少女は慌てて頭の上の帽子を両手で押さえた。「ん?何て言ったの?ナナ、聞こえなかった」母親は相変わらずりんと前を向いたまま、ただ口元で微笑みを浮かべていた。(690)


takanori_1983 at 11:12│Comments(1)TrackBack(0)生活 

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この記事へのコメント

1. Posted by あおな   May 02, 2007 20:01
田舎のあおなです。返事ありがとうございます。これからも、ブログを楽しみに見ます。表現がピュアでいいですね

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