2007年09月22日
The Original DAMPA
フィリピンでの最後の日の夕食は、パラニャーケ市の空港近くにあるThe Original DAMPAでとった。
中に大きな市場があり、そこで魚介類を買う。そして市場を取り囲む食堂で調理してもらうというシステムである。このようなシステムはフィリピンに限らず、他の国にもあったように思う。
また、メトロマニラでもリビスやSMモール・オブ・アジア近くのマカパガル通り沿いにも、同じような店があり、同じくDAMPAという名前がついている。でも、ここパラニャーケのはThe Original DAMPA とあるので、ここのが元祖なのだろう。ちなみに手元の比英辞典で調べてみると、DAMPAとは小屋という意味らしい。
中に入ると写真のような空間が広がる。決してお洒落なつくりではないが、マーケットというのはなんとなくワクワクする空間である。また店の人たちも非常に気さくであった。
多少時間がたっているので記憶が定かで無いが、僕らが食べたのは、
ラプラプ(フィリピンを代表するハタ科の魚、白身で淡白な味わい)のスチーム。
マグロの切り身のグリル。
イカでカラマリス(イカのてんぷら)。
だったように思う。連れが甲殻類アレルギーのため、写真のような立派なロブスターは食べなかった。
また、マーケットの中に八百屋もあったので、カンコンを一束買ったものを、オイスターソースで炒めてもらった。シーフードだけでは飽きるので、野菜を買っておいたのも良かったと思う。
さて、値段の方は、マカティ市内の外国人向けのレストランや和食屋に比べるとかなり安いのだが、ムチャクチャ安いわけでもなかったと思う。那覇の牧志公設市場のように、このDAMPAも純粋に近所の人たち用のマーケットではなく、やや観光地化しているのだろうと思う。また、マーケットで魚を買う際に十分にディスカウントしてもらわなかったせいもあるのかも知れない。
だが、このマーケットの雰囲気、食堂の素朴な感じ、そして気さくな人たちとも、フィリピン最後の夜を飾るのにふさわしかったと思う。
2007年09月18日
Krispy Kreme
今年の2月、赴任して間もない会社の先輩と、マカティから車で10分のところにある フォート・ボニファシオ に行った。ボニファシオ・グローバル・シティ の中心付近(と言ってもまだまだ開発途中で、空き地も多いのだが)に、当時のフィリピンでもそこそこ話題になっているドーナツ屋があるということで、行ってみた。
看板には “Krispy Kreme” と書かれていた。また “Since 1937 ” とあったのでアメリカのドーナツ屋が進出してきたのかな?と思った。
まだ出来て間もなさそうなピカピカの店舗の中や外のテーブルでは、フィリピンでも裕福そうな人たちがドーナツを食べながら、土曜の午後を楽しんでいた。
店の前には行列ができていたので、2人でふと並んでしまった。待っている間も、ガラス越しにドーナツの製造過程(機械で全自動化されていた)を見ることができるので、飽きることは無かった。
待った時間は5分ぐらいだったかと思うが、行列の先端では、出来立てのドーナツが無料で配られていた。その先に注文用のカウンターがあり、店としてはドーナツを1個無償で提供した後、何個も買わせるという魂胆なのだろう。僕は、特にお腹も空いていなかったので、ジュースだけを買った。先輩はドーナツを1ダースぐらい注文し、大きな箱に入れて貰っていた。メイドへの土産とするらしい。(この時点では僕らはこのドーナツの日本での価値を知らなかった)
さて、ドーナツの方は出来たてでアツアツだったが、砂糖ベチョリで、辛党の僕としてはイマイチだった。
帰任してからはじめて知ったのだが、東京新宿のサザンテラスにある “Krispy Kreme” は平日でも1〜2時間待ちの行列が出来るらしい。フィリピンの場合はタダで貰うために並ぶ人もいるのかもしれない(僕もその中の1人である)が、日本でそれだけ長時間待つというのは、やはりそれだけ欲しいという願望があるからであろう。特に、テレビや雑誌、または口コミで行列の出来るドーナツ屋という情報が広まるにつけ、更に人気が出たのであろう。
僕だったら、たかがドーナツに1〜2時間も並ぶのだったらミスター・ドーナツに行ったほうがマシだと思う。日本でも “Krispy Kreme” のドーナツを貰って食べたが、味はフィリピンで食べたものと変わらなかった。ドーナツをくれた後輩は「何時間も並んでやっと買えるドーナツです。」と言う。三蔵法師が天竺から持ち帰ったお経のように、非常にありがたいものであるらしい。
ま、モノの価値観というのは、場所や時間によって刻々と変わるものなのであろう。少なくともフィリピンでこのドーナツを食べたときは、そんなにありがたいドーナツだとは全く思わなかった。
また、僕がフィリピンに駐在していた時はフィリピンが全て(?)で、どちらかというとフィリピン中心に考えていたが、今は違う。残念ながらやはり日本では、一般的にフィリピンに対する関心も薄いと感ずる今日この頃である。日本国内だけでも様々な情報に満ち溢れ、また世界からも沢山の情報が入ってくるので、フィリピンの影は薄くなって見える。ま、そんなに情報に踊らされる必要もないのかも知れないし、それぞれの価値観のどちらかが正しくてどちらかが間違いという訳でもないのだが。。。?
話は変わるがフィリピンの “Krispy Kreme” の周辺では、写真のような商業施設が建設中、あるいは一部オープンされており、近未来的な雰囲気を醸し出していた。
2007年09月05日
フィリピンでの匂い
嗅覚は視覚ほど直接的なイメージを与えてくれないし、記録に残すことも難しい。
しかし、匂いというものは、非常に印象深く、記憶(というか感覚神経のどこかに)に残るものであり、官能的ですらあると思う。
以前、このブログでマニラの下町では、ドブ、小便、生ごみの臭いがすると書いた。また、読者の方からいただいたコメントに、排気ガスの臭いも加えた方がいいという意見もあった。
さて、僕の中で、フィリピンの思い出の匂いと言えば。。。。
洗濯物の匂い
フィリピンでメイドがしてくれた洗濯物からいい匂いがした。フィリピンで使われている洗剤(アメリカのブランドの物だろう)の香料はかなり強く、日本のものとは大きく違う。最初は違和感を覚え、そのうちそれが普通になったが、日本にいる今、この匂いがしなくて少し寂しく感じる。この洗剤を東京の錦糸町のTapsilogというフィリピン雑貨屋で見つけたが、やはり日本でこの匂いを漂わせるのも?と思い、買うのを控えた。
ペンキの匂い
日本の建物の内装ではビニル壁紙が使われていることが多いのだが、フィリピンでは壁、天井、ドア、クロゼット等、ペンキ仕上げの場合が多い。最初は違和感を覚えたが、これも今となっては懐かしい匂いである。フィリピンの塗料にはシック・ハウス症候群の原因となる溶剤が含まれているのかも知れないが、僕の場合はこのペンキの匂いを思い出すとホーム・シックになる。(???)
洋書の匂い
先々週の日曜の午後、新丸ビルの丸善(本屋)の洋書コーナーに行ったのだが、とても懐かしい匂いがするのを感じた。胡椒のような香辛料の匂い。。。。どうも洋書に使われているインクの匂いだろうと思う。
フィリピン駐在時、休日の午後にNational Book StoreとかPower Booksといった現地の本屋に冷やかしに行ったものである。東京の丸善で、その時の記憶が突然甦った。洋書に囲まれているというシチュエーション。外国人の客(特にはしゃぎまわる子供)。そしてこの匂い。。。。
やはり匂いに刻まれた印象は、とても大きいと感じた。
番外編
初めて(と言っても2006年の3月だが)スモーキー・マウンテンに行った時は本当に臭かった。車の窓を開けたと同時に閉めてしまった。
スモーキー・マウンテンとはマニラ市北部にある“ゴミの山”で、ゴミから出るメタンガスが発火してくすぶっていたのが名前の由来らしい。
現在はゴミの山も植物で覆われており、一見普通の山のようである。また付近にはこの辺の住民用に鉄筋コンクリート造のアパートも立ち並んでいた。(昭和40年代の公団住宅っぽいデザインだったが)
見かけだけではここが有名なスモーキー・マウンテンだったということを想像するのは難かった。ただ、ここがスモーキー・マウンテンだったということを本当に人々の記憶から消すためには、この臭いが消えるまで待たねばならないだろうと感じた。
それから約1年後、フィリピンを去る直前の2007年4月に行った時には臭いはしなかった。臭いはたまたましなかったのか、完全に消え去ったのかは定かではない。
また、別の場所に新しいスモーキー・マウンテンというかゴミの山(集積地)が出来ており、そこでも相変わらず貧しい人たちがゴミを漁って、収穫物?をジャンクショップに売っているようである。
ここで取り上げたものは、一般的なフィリピンの匂いという訳ではなく、僕個人が印象に残ったものを取り上げただけである。人によってはスーパーマーケットにそこはかとなく漂うドリアンの匂いや、交差点で貧しい子供たちが売り歩くサンパギータの匂い(フィリピンの国花でトイレの芳香剤のような匂いがする)が懐かしいという人もいらっしゃるかと思う。
その他、パティス(フィリピンの醤油)の匂い、カラマンシー(柑橘類でレモンのように使われる)の匂い、マッサージ屋のメンソール入りのオイルの匂い。エアコンから吹き出してくる冷たい空気の匂い。エドサ通り沿いにあるCoreというサウナの薬草系の匂い。。。。
それらの匂いを嗅ぐためにそろそろフィリピンに行かなければ。。。。と感じる今日このごろである。
2007年08月22日
パワイの8角形の家
前々回取り上げた パワイのサン・アウグスティン教会 から北へ1ブロック離れたところに、写真のような8角形の民家がある。この屋根の形は、グーグル・アースでも確認できる。パワイのような小さな町でもグーグル・アースの解像度はかなり上がったようだ。
この家は、“ ILOCOS NORTE, a travel guidebook ” というフィリピンのガイドブックに取り上げられている。この本によると、この家はアメリカ植民地時代のもので、8角形なのは宗教的な理由と、あらゆる方向から太陽の日差しや風を取り入れつつ、広い内部空間を確保するという実用的な理由によるものらしい。
実際に僕が行ったときにも、窓は開放されており、外が暑くても中は風が通り抜けて涼しそうだった。本当はもっと中を覗いてみたかったのだが、今も使われている現役の民家だったので 、じろじろと覗くのは失礼だと思い差し控えた。
玄関脇に “ICE FOR SALE (氷売っています)” という貼り紙があったので、氷を買うふりをして中を見せてもらえば良かったと思う。
フィリピンの夏である今年の4月にイロコスのパワイ、ラワグ、ビガン等を炎天下歩き回り、かなり暑いと思ったのだが。。。?

2007年08月14日
バンカーボート
7月からNHKのBS2で土曜深夜に スター・トレック(宇宙大作戦)のデジタル・リマスター版 が放映されるようになった。
スター・トレックのオリジナル・シリーズなんて今更?と思いつつも、やはり見ると面白い。しかもデジタル・リマスター版ということで画面がきれいで、古臭さがなくなりむしろ新鮮な感じさえした。
1年ほど前、ディスカバリー・チャンネルの「スター・トレックのテクノロジー」(というようなタイトルだったと思う)でカーク船長役のウィリアム・シャトナーがホストをしていたが、ヨボヨボで小太りのおじちゃんだったのにショックを受けたが、やはり1960年代のオリジナル・シリーズでは若々しく勇敢で、僕の中では理想のリーダーの一人である。
さて、スター・トレックに登場する地球の宇宙船には、船の大小に問わず、またシリーズの新旧に問わず2つのワープ・エンジンがついている。この2つのワープ・エンジンがスター・トレックに出てくる宇宙船の印象を決定づけている。
フィリピンを代表する船にバンカーボートがあるが、フィリピンの古典的な丸木舟にルーツを持つそうである。大きさは数人乗りの小さなものから、100人ぐらい乗れそうな大きなものまであるが、船の両舷にアウトリーガーとよばれる竹製のフロートが出ている。これを見る度に何故だかスター・トレックを思い出すのである。
僕が経験した範囲内だが、バンカーボートはよく揺れる。転覆するのでは。。。とさえ思っているが、アウトリーガーがしっかりと支えてくれ、船は転覆しない。昔のフィリピン人は良く考えたものだと思った。また、喫水が浅いので、浜辺にも近づくことができる。
ただ、喫水が浅いので元々船の復元力が弱く、限界を超えると転覆しやすいとか、フィリピンに海難事故が多い理由の一つがバンカーボートにあるらしいという話も聞いたことがある。
まあ、揺れまくる船に乗るのも気分が良くないので、バンカーボートに乗るには波の高い日は避けた方が良いであろう。