高瀬大介の思い出のプラグインは刹那い記憶

〜高瀬企画発気まぐれ遺言状〜

ロス・タイム

 ダイアナ・ロスのベスト・アルバムを聴いていてたら、なんだか名曲バラードのパロディーみたいなもんを作りたくなってきて、茶化しながらコードとメロディーを探っていたら、ホントに結構な名曲が出来てしまった。それこそ大袈裟なストリングスとかブラコン的なアレンジが合いそうなやつ。


 これを自分のモノにするには歌詞とビートを精選しなきゃだよなぁ。今のままじゃそれこそダイアナ・ロスとマーヴィン・ゲイに歌ってもらわにゃならん風味だ。
 俺にはあんな風格も歌唱力も人生経験も人間性もカリスマ性も大御所感も背負ってる感も金持ち感も緊張感もルックスも無い…ってそこまで卑下するこたぁないが、まあ自分の身の丈にあったパッケージングってのが一番ポップになるもんね。どうも自分じゃない自分を演じようとするかのような楽曲やアレンジの曲が俺には多いもんで。


 それにしても60年代後半から70年代中盤にかけてのダイアナ・ロスには名曲が多いな。全然ファンじゃない俺のようなもんでも鳥肌が立つようなトラックがいっぱいある。シュープリームス時代の曲はよく知ってたし勿論好きだけど、ソロになってからも素晴らしいもんがいっぱいあるんだなぁ。改めて気付いた。


 あの時代ってロックもソウルもジャズもファンクも熟れきってたんだなぁ。と、いつもの60オーバーのジジイみたいなことを思ってしまう真夜中。


 あとまあどうでもいいことなんだが、ブックレットにはシュープリームス時代の写真は載ってなくて、70年代後半くらいのイケテる女風の写真のみ。やっぱ整形してっからか?

空気感

 昨夜のライブ、来てくれた人、聴いてくれた人ありあがとう。


 なんか終わった直後は今一つ煮え切らないライブをしてしまったなぁと思ったのだけど、録音したやつを聴いてみるとそれほどそれほど悪くはなかった。



 不思議なもんだ。その時の磁場は弱かったのに音源にはその弱い磁場が集音されてないんだよな。
 逆に言うならどんなに強い磁場を放っていようと、それを音源に定着させるにはなにがしかの作為が必要になってくるのだ。レコーディングってのはそんなバーチャルな作為の塊だからね。ライブにおけるテンション、生演奏から発せられるテンションとは別のテンションが必要になってくる。



 昔上岡竜太郎が語っていたけど、テレビ創世記の頃、お笑い番組を放送するのに取り合えずは寄席をそのまんま中継してみたが、芸の内容を伝えることは出来ても、寄席独自の空気感、すなわち芸の本質的な部分、グルーヴはテレビでは伝えられないことに気付いた芸人と業界人。


 そこで新たな「テレビ芸」というのが生まれたという。要するに一度電波というフィルターを通すことによって成立するお笑い、本芸ではなく失敗すらもドキュメントとしてとらえて面白がる、素人芸や人間ドキュメントこそがブラウン管内においては輝くという、今に通ずる新たな感覚が生まれたという。そんな転換がテレビ創世記にあったと龍太郎が喋ってたけど、そんなことを音源を聴きながらふと思ってしまった。


 そう、そんなことを考えてしまうくらいの時間があったわけだ。なんせ真昼の月から高円寺まで1時間半かけて歩いて帰ったんだからね!
 しかも昨日の衣装、着物にハットに懐手という、俺が女なら声をかけたくなるような格好で月を見ながら帰って来たんだ。今到着。雪駄だから足にマメが出来たわ。


 取り合えずそんなに悪い出来じゃないにも関わらず、色々と反省点など考えさせられるライブだったんで、ぜひともこの思いは次のライブに生かしたいもんです。


 ほんっと「空気」とか「磁場」ってぇのはいつまでたっても上手く掴みきれないもんだ。タチは悪いけどいい女、みたいだ。

サム&デイヴとエド

 サさしたる興味もなかったんだけど、ふとサミーヘイガーの自伝を立ち読んでしまった。で、これが実に面白かった。


 本中に出てくるモントローズやヴァンヘイレンの曲を、スマホのyoutubeで聴きながら検証しつつ読み進める、というね。実に便利な世の中になったもんだ。


 で、やっぱり面白くなってくるのはヴァンヘイレン加入後のところで、徐々にエディーヴァンヘイレンとサミーヘイガーの間に確執が生まれつつも、商業的な要請から繋がりつつ、しかし遂にはケンカ別れし、また再結成したり、前任のヴォーカルのデヴィッドリーロスと確執ありつつも一緒にツアーやって(サム&デイヴ・ツアー!)結局はケンカ別れしてなどなど、バンドやロックスターにまつわるめんどくさいことてんこ盛りの歴史はとにかく面白い。


 これを読んでるとエディーってなぁなんちゅうめんどくさくて付き合いづらいヤツなんだろうと思ってしまう。
 サミーヘイガーが実に建設的にバンド運営を謀っていこうとしているのをことごとく邪魔していて、サミーじゃなくともエディーみたいなヤツとは関わりたくねぇわ、と言いたくなってくる。


 しかしいざ本から目をはなし、youtube でライブ映像なんかを観ると、やっぱりエディーヴァンヘイレンてのは紛れもなく天才だなと感じてしまう。破綻した性格も、ダルでいながら神経質で偏執狂的なところも許せてしまうくらい、とてつもない才能だと驚嘆してしまう。
 むしろやたらと上手いけどスリルが無くて生真面目なサミーヘイガーのヴォーカルはつまらなくて退屈だ。


 でもまた本を読むとサミーの生真面目なところ、上手く金を運用(笑)していこうとする前向きなスタイルにはワクワクしてしまうのだ。なんか男の子の冒険活劇って感じでイヤミなくサミーのサクセスストーリーに入り込める。通俗的なアメリカンドリームって感じだね。たまにゃこういうの読むのもいい。ハリウッド映画みたいなもんか。





 昔から今に至るまで、ヘヴィーメタルと呼ばれる音楽は大嫌いだった。
 やたらとバカでかい音で下品なくせに、限り無く保守的な質感しか感じられない音。ちっともファンキーじゃないどんくさいリズム。大袈裟で鬱陶しい物語性等々。



 そんな中でヴァンヘイレンだけはギリギリのところで爽快なハードロックを鳴らしていて、あの産業メタル全盛の時代に唯一マトモに聴く気になるバンドだった。


 それはひとえにエディーのあのやたらと巧いのに暑苦しいエモーションが皆無の、まるで高性能のマシーンのようなギターがあったからだ。ハードでありながら透明感のあるギター。他のハイテクギタリストよりも明らかに違うスピード感覚。エディーより速くて巧いギタリストは他にもいるだろうが、エディーの絶妙な軽いスピード感とグルーヴは唯一無二だ。


 まあとは言ってもそれほどヘヴィーなファンではなかったので、バンド内部でどんなことがあったのかはこの本を読むまでは知らなかった。やたらとヴォーカリストの交代が多い、ディープ・パープル伝来のいかにもヘヴィメタっぽい展開をしてるなぁくらいの関心しかなかった。


 あと単純にサミーヘイガーってのは良くも悪くもヴァンヘイレンの産業メタル化を促進したヤツで、マッチョな見た目も含めていかにもアメリカンハードロッカーって感じで嫌いだった。


 しかし本を読んでみるとサミーというのは努力の人。立身出世の人だ。
 デヴィッドリーロスのような天性のエンターテイナーでもなく、順風満帆にキャリアを築いてきたわけでなく、極貧も挫折も経て、コツコツとライブで実力を研磨していって、サイドビジネスなんかもやりながら実に実直にメイクマニーしてきた人。で、悠々自適な今のステータスを手にしていて、いわゆる勝ちとなっておりるわけだ。
 今はレッチリのチャドやジョーサトリアーニなんかとバンドをやっていて、儲ける気の無いなんのヘンテツもないロックをやっている。ディープ・パープルやジミヘンの曲をライブでカバーしていて実に楽しそうだ。まさにバンドマンの憧れの「アガリ」を手にしていて羨ましい。



 でもやっぱり感動してしまうのは狂ったギター少年エディーの魔法のようなギターなんだよな。
 あまりにもありふれた言い方なので言いたかないが、やっぱ天才ってな破綻してるし、破綻してるくらいじゃないと人を感動させられないんだなぁと、このヴァンヘイレンを聴いてると思う。まあそれはヴァンヘイレンに限ったことではないのだけどね。



 今、ヴァンヘイレンはまたしてもデイヴィッドリーロスをヴォーカルに向かえて再結成してニューアルバムを発表したらしい。デイヴが歌うヴァンヘイレンのアルバムとしては28年ぶりだそうだ。というかヴァンヘイレン自体の新作としても10数年ぶりなのだ。そんなに長い間出してなかったんだ?!と驚いてしまった。エディーは長年のアル中やガン手術のリハビリで活動が出来なく、デイヴなんかはソロ活動がどんどんフェイドアウトしていって近年は救助隊員なんかをしてたらしい。


 いわば満身創痍のヴァンヘイレンが再びハードロックの王者奪還を目指しての復活。やっぱこっちの方がロックだよなぁ。
 まあ、しつこいようだけどいち人間としてはサミーヘイガーの「アガリ」っぷりは羨ましいけどね。



 さて、そんなアガリなど程遠い俺、明日ライブです。別な意味でアガったりして。
 真昼の月夜の太陽にて、18時45分から。やるよ!
 

よていをしらせたい

日本が誇るトップアーティスト30名によるビートルズカバー、先行配信でTOP10に迫る
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1901398&media_id=51


 日本が誇るトップアーティストもいいが真昼の月夜の太陽でお馴染みのトップドブ野郎が集まってビートルよ。


 今月の25日に真昼の月夜の太陽にて行われるカバーナイトで、なんとついにビートルズのコピーバンドをやりますねん。


 ただ今回は俺主導じゃなくサルパラダイスの田中さんが全て段取りしたので、選曲もパートの振り分けも基本的には人任せ(笑)。ま、田中さんは俺のビートルズのツボは知ってるのでゴムタイな選曲もなく、イイ感じですすんでます。まあ俺に選曲権があったらアレモコレモアレモコレモで纏まんなかったろうしね。


 今月は三回ほど真昼の月夜の太陽でライブをやることになるんだな。お世話になります。


 今度の日曜日の5日は独り弾き語り。オープニングアクト前座って感じで6時45分からかっ飛ばすよ。こないだの談志の感動をフィードバックさせて思いっきり自由にやるぜぃ。


 18日はtwo peas in a podでギター弾くよ。今回も完成形のギターを目論見ながら暴れるぞ。どうも俺は暴れようと思って暴れるとロクなことにならんのでね。こないだのセッションナイトでは我ながらスゲェいい歌とギターが弾けたんで、リラックスして楽しんでハイテンションでやろう。


 で、25日が件のビートルズカバーバンド。この日は対バンにお馴染みさんがいっぱいおっぱい出るし、おそらくお客さんも顔馴染みがたくさん来てくれるだろうからただただ楽しむのみ。
 無論プレイは極めて真剣に、だけど気持ちは宴会のように、学園祭のような気分ではしゃごう!大人の学園祭!夜の学園祭!


 つうことでどれでもいいから時間があったら是非遊びに来てくださいね。


 あ、でも出来れば今度の日曜日来ていただけるとありがてぇ(笑)。身を削って唄い、身悶えてギターを弾き、身ラクルなグルーヴを出すんでよ。

 今日はユーコさんにまた銀杏をもらったんで、日本酒でやろうっと。

伝説の「芝浜」

 立川談志の代表作というと「芝浜」という条件反射は、ビートルズの最高傑作は「サージェントペパーズ」というのと似ているかもしれない。


 ファンからすると代表作とか傑作とか世間で言われているような「完成品」よりは、もっとゴツゴツとした問題作とかいったようなものの方が愛着があったりする。



 談志の本懐としても「芝浜」や「文七元結」や「人情八百屋」のような教訓じみた紳助的「深イイ話」みたいな人情噺よりも、ちっともためにならない噺、暴力的な「らくだ」や不条理な「粗忽長屋」や虚無的かつ洒脱な「居残り佐平次」みたいな噺の方が自らのテーゼである「人生成り行き」を体現出来るはずだろう。俺もそちらの方が好きだし、ファンもそうなんだと思う。



 しかし古典落語に現代性を持ち込むという、談志ならではの特性が光るのは人情噺の方ではないか。
 で、人情噺も談志はべらぼうに巧い。というか人情噺に対して懐疑的な談志だからこそ、その深い洞察力とアレンジ力を発揮する。



 特に「芝浜」は演じる時代によって人物描写、特におかみさんの演じ方に変化が見られ、その変遷がそのまま各時代の女性像の変遷とリンクしているようである。



 30代の頃に演じた「芝浜」の音源が残っているが、その頃はまだ古典落語の巧者といった感じで、勿論談志ならではの個性は出しつつも、基本は噺の骨子を端正に伝えるような演じ方をしている。で、それはそれでやっぱりいいのだ。
 もともとはべらぼうに落語が巧いということで評価された人なのだから非常に聴きやすい。スイスイと内容が身体に染み込んできて、情景描写も人物描写も簡潔で無駄がなく、淀みのない語り口もまた見事だ。



 しかし年を経るごとに「芝浜」は変化する。枝葉末節が増えていくというのもあるが、物語としてのリアリティーを表現するための描写の抜き差しがなされ、それまでになかった描写も増えていき、結果として一時間近い大演目になっていく。
 それはこの噺の中に入り込み研究し、また演じていくうちに新たな景色が談志の中で見えてきたのだろう。このどこか説教くさく教訓じみた噺の核心を少しずつずらし、だらしなさや弱さといういつの時代にも通用する人間の業と、夫婦の感情の機微を特に精緻に描写することによって、壮大な物語性と深みを持った、ちっとも説教くさくない談志独自の「芝浜」が、長い間かけて完成された。



 そんな談志独自の「芝浜」の中でも自他ともに認める伝説の「芝浜」をこないだ有楽町にあるよみうりホールで観た。勿論映像でだけど。



 だいぶ前からそんな伝説の「芝浜」があり映像も残されているということは知っていたけれど、実際観たのは初めてだったし、何より多くの人と一緒に、しかもその伝説が生まれた同じ会場で観るというのは中々感慨深いもんだった。



 精緻にして無駄の無い情景描写、奥深い感情表現ともども、声の不調を差し引いても文句なしの出来だったけれど、やはりおかみさんの人物描写の深さは凄かった。後半は殆んど憑依していたと言ってもいい。



 談志自身「アドリブでこれ程のものが演じられたという奇跡」云々といったことを、一度幕が下りてまた上がったあと独り言のように喋っていた。アドリブということはつまりミューズが降りてきて談志の身体を使って演じていたといってもいいのだろう。



 談志という人は自分の芸人としての才能に絶大なる自信がありそれを隠そうともしないが、そのぶん自分の芸の評価に対しては人一倍厳しい。すぐ「こりゃ駄目だね」「どうしょうもねぇや今日は」とか「こんなもんじゃねぇんだ」とか言う。落語の名人、大師匠はあんまりこういうことを人前では言わない。談志自身が「演じ手としての自分よりも批評家としての自分の方が上にいるから始末が悪い」といつもボヤく。



 その談志をして「こういう芸が出来た、そんな素晴らしい夜になりました、ありがとうございました」と呟いた。これはかなりレアなケースだと思う。



 なんか壮大な物語を観たというか、プログレッシブ・ロックの二枚組の名盤を聴いたような満腹感があったが、勿論これもまた談志。パンクのように噺の骨子のみを叩きつけつるような落語もあれば、フランクザッパのように摩訶不思議であっちこっちに飛び火しながら爆発するような落語をするときもあるし、イリュージョンといって不条理の塊のようなアヴァンギャルドな談志も、これまた談志。
 「芝浜」にしたって時代時代によって全然違う表情を見せるし、語り口や表現方法は色々あれど、結局は噺の骨子を借りながらその瞬間瞬間の「己自身」を「談志の落語として」語っているのだ。



 だから談志は一度ハマると抜け出せないしファンにとってはいつまでも飽きない芸人。
 で、苦手な人にとってはいつまでも理解に苦しむとてつもなくめんどくさい人なのだ(笑)。人に勧めようにも結局は「分かるヤツにしか分からねぇよ」とサジを投げたくなってくる。



 落語を聞こうと思って談志を聴いてもあまり意味はない。談志を通じて落語の凄みは伝わるが、「これぞ落語」といった落語をやっていた初期の談志はともかく、基本的には永遠の改革者であり応用編なのだ。少なくとも落語の様式を知ろうと思っても、あまりにも解体され先にいきすぎているので不可能だ。



 で、基本をスッ飛ばしていきなり応用編に行きたくなる俺のような不埒なヤツにとっては堪らなく魅力的な芸人なのだ、談志は。好きになって追いかけていたら、いつのまにかいきなり全てが解ってしまったような気にさせてくれる。



 大瀧詠一さん曰く「参考書とかの第一章って、その参考書を最後まで読んで初めて本当に理解出来るもんだよ。第一章ってのは最後に読むべきものなんだ」と。
 非常に含蓄のある言葉だし、まさにこれって談志のことだよなぁと思う。



 まあ良くも悪くも談志を通じて落語を身体に取り込んだので、落語本来の享受の仕方をしてないのかもしれない。
 実際たいていの落語家の落語はユルく感じてしまうし、少なくとも再聴しようという気が起きないという不幸は背負ってしまったのだが。


 もっと談志を聴きまくって聴きまくって聴きまくったら、基本に立ち返って文楽や圓生の本当の凄さが理解できるんだろうかな?
 同じ古典の巨匠でも志ん生は本ッ当に大好きだけど、あの人も応用編だしなぁ。というか落語を通して己を表現するというイズムの元祖だしね。



 まあ俺は落語家じゃないんでそんなことはどうでもいいんだ。音楽をやるんだ。



 今度の日曜日、いつもの真昼の月夜の太陽にて弾き語りライブをやるよ。伝説の「芝浜」がフィードバックされたライブになるのかどうかは分からんけど、アグレッシヴでパワフルなパフォーマンスドールになるので、時間があったら遊びにきてちょうだいな。
 時間はトップバッターの6時45分から。あとなにかと因縁のあるGALVOSと初の対バンだよ。共演はしないけど。

タカセックスハルミックス

 昨夜のライブに来てくれた方々、どうもありがとうございました。


 久々に人前で歌うライブだったんだけど、よりにもよって数日前から喉風邪で声がかすれてたんだわ。自分でもなんつう間の悪さだと思ったんだけど、本番前に焼酎を呑み始め、本番も呑みながら歌ったらなんだかリラックスしていい声が出た、というダメなミュージシャンが自分に対する甘えを生むような展開になった(笑)。


 でもやってる瞬間瞬間、終わった時の充足感から「いいライブになったんじゃないか」という感触があった。お客さんの感想を聞いても概ね好評のようでホッとした。



 昨夜は田中治美さんのキーボードとのデュオ。キーボードとのデュオってのは自分としては初めてだったんだけど、通常のバッキングをやってもらうってのではなく、サウンドを色付けてもらおう、景色を描いてもらおうっていうことでインプロで自由に漂ってもらったんだわ。


 軌道や回転速度が違う恒星同士のように、しかし折に触れて影響を与えながらゆっくり交わって行くように、てな感じでやろうと。そんな感じのユニットです。


 こないだ死んだ立川談志の座右の銘「人生成り行き」を自分なりに実践してみようと思い、自分が「こうしよう」と目論んだことに無理矢理二人を持っていくのではなく、お互いが出来ることの中から良いものを生んでいこうと。
 黒澤明のように自分の望む画が撮れるまで徹底的に粘るよりも、北野武演出のように「これがダメならこうすりゃいいや」っていう風にさっさと現場で方針転換をするってスタンス。というと偉そうに言い過ぎだな。


 まあめんどくさいコダワリは棄てて、思い付いたらなんでもやってみようってことで。


 なので着物を着てステージに立とうと思ったのも前日にハルミックスとメールしてて成り行き上決まったコンセプト。
 お客さんのユキエさんが着物女子着物男子をプロデュースしたい欲が強いということもあって、頼んでみたら嬉々としてやってくれた。結果、このユニットは着物がユニフォームということでやるか、と次回を匂わすようなことにまでなった。ありがとぉ。



 田中治美さんは「こうしよっか?」って提案したらすぐに「やってみよう!」と実践する。俺のように頭でっかちに「それは俺の主義じゃない」みたいに否定から入ったりしない。だから曲の途中でフリーインプロビゼーションが入ったりすんのもリハーサルで自然発生的に生まれて自画自賛しあってたんで本番でもやってみるか、となった。いいなぁ、スッスッと物事を素直に進めていくのって。


 その代わりリハーサルでやたらと盛り上がって絶対これをやろう!と決まりながらも、なんだか冷静になってみるとバカらしくなったんで止めた「月火水木金正日」なんていう曲もあったけど、それはまたいつかの機会に。

 

 あとね、彼女の着物姿は男子も女子も萌えると思うよ。イヤミの無い可愛らしさがあるっつうかね。次にやるときは萌えきぼんぬの人はきたほうがいいよ。
 あ、俺の着物姿も知り合いのガチホモから御墨付きを頂いたことがあるくらいいい感じにムッチリなので、そっち方面の人は是非とも見にきてほしいねぇ。


 まあ次のライブではあっさりとコンセプトが変わって宇宙服を来てるかもしれませんが。



 つうことで次回もやりたいなぁ。色々くりあわせてみよ。


 ま、ギタリストとしては人前でクリムゾンのロバート・フリップごっこをしたいだけってハナシもあるが。

 

2012年 告知初め

 年も開けて早7日。昨夜は初ライブハウス詣で。スモークポークのミカさんが素晴らしかった。


 で、明後日9日は今年の歌い初め。というかかなり久々に人前で謳います。どれぐらいぶりだろう
か?



 今回は前々から没妙に接点がありながらもガッツリ話し出したのはごく最近というキーボーディストの田中治美さんとのデュオ。
 実は昨夜のライブで彼女は初の弾き語りをしたというオボコい所もある人なのだけど、キーボーディストとしてはそのガーリーな見た目には似つかわしくないノイズ娘だったりする。そんな彼女とコラボります。萌えたいヤツは来るべし。



 考えてみりゃ今までギターデュオやパーカッションとのデュオはあったけどキーボードとのデュオは無かったなぁ…ということでこちらも初ものライブだ。



 期待と不安が交錯するコラボレーションだけど、それぐらいの未確定要素がないと擦れっ枯らしの俺は駄々羅なライブをやってしまいそうだからいいのだ。



 それと今回は通常の弾き語りとは違って、お互いが自由にサウンドをデザインするっちゅうことでインプロ要素が多いと思われます。ギターもキーボードもエレクトリックで挑むのさ。弾きまくり及びノイズ出しまくりもありかもしれないし、でもじっくりと歌うつもりでもありと。ま、ハッキリ言ってまだどうなるのか分からんのですけどね。



 是非是非来て下さいな。オメェの音楽にはビタ一文も払いたくねぇけど冷やかしには行きてぇな!っていう芳ばしい人はメエルして下さい。なんとかします。


1月9日(月祝) 「満月の夜に」
open18:15 start18:45 ticket¥2000(ドリンク別)
出演:Maluhia、高瀬大介、川合伸弥、Re:UPS

今回はうちらは2番目で19:25から19:55の出番。

場所はいつもの

 LIVE HOUSE 「真昼の月 夜の太陽」
〒169-0072
東京都新宿区大久保2-6-16 平安ビル地下1階
TEL&FAX 03-6380-3260
HP http://mahiru-yoru.com/


 と、その前に明日8日、two peas in a pod のライブでいつものようにロックギターをかまします。最近ちょっとスタンスがブレつつあったので8日のライブは完成形を目指します。もしよかったら来てね。場所は同じく真昼の月夜の太陽。時間は20時20分から。

2011年

 昨夜MXテレビにて放送された立川談志追悼特集、さすが地上波の治外封建と言われるMXテレビだけあって凄まじいばかりの舌鋒を繰り出す談志が観られて最高だった。


 歯に衣着せぬ毒舌とかよく言われるけど、この人の言っていることは衣を被せて言っては意味の無いことばかりなのでいいのだ。
 不快に思うヒトも居るんだろうけど、そういった本音や毒の中にも裏もあれば表もあるわけで、人の言うことを真に受けるしか脳の無い人には談志は分からないのだ。


 で、さんざっぱら勝手な方言を流したあとに一時間にも及ぶ絶品の「芝浜」をノーカットで放映しぐうの音も言わせない、というMXテレビの粋さ。石原慎太郎と談志の仲だからこんな番組が出来たんだろう。


 立川談志という人は本音と建前を上手く使う人だったし、その建前ですら建前であるということはっきりとこちらに分かるように示してくれた人で、その辺はさすがに照れ屋の江戸っ子らしい心意気だけど、今年はその照れもなければ恥も外聞もない「建前」ばかりを聞いた年だった。


 あの東日本大震災以降、むちゃくちゃ顕著になったけれど、政府も東電もマスコミも識者も建前とか自分達にとって都合のいい嘘しか言わない、ということを、連日突き詰められ続けた一年だった。


 色んなものを見聞きし、もやもやと考えてたらこういう構造が延々、何千年にもわたって繰返されてきて歴史というのが出来上がってきたんだろうなぁ…とすっかり厭世的になって塞ぎこんでしまって音楽をやる気が失せてしまった。まあ時代や国のせいばかりではなく、殆どは自分のせいなんだろうけどね。



 世の中なんて根本的には変わりゃしない、あるのはマイナーチェンジだけであってお上と国民の関係性とか、大きな流れに逆らうことの出来ない国民性、人間が持つ「業」なんかは不変なんだなぁと改めて感じた。



 時間というのがは一方方向へしか流れないものなわけで、タイムマシンかなんかが発明されない限りは人間は前に進むしかない。ということは「前向き」でいることを強いられる存在なんだということも強く感じた。なんて残酷なんだろう。選択肢がひとつしかないなんて。


 でもだからこそ少しずつでも復興は進むし、人の心は時と共に治癒される。震災以降すっかり厭世的で自暴自棄気味だった自分の生活も幾分ましになってきた。



 今年は真昼の月夜の太陽というライブハウスで多くの人と知り合いになれたし、それに正比例するように幾人かの人に迷惑をかけたり不愉快にもさせたろうと思うけど、プラスマイナス含めてとっても有難い一年であったとも思う。



 ほっとくと家に閉じ籠ってしまう俺なのだけど、能動的に人と会う気にさせてくれたのはこのライブハウスのお陰だ。なんせあの震災の日に真っ先に向かったもんね。あの時独りで家に帰ってテレビで津波の映像を観てたらどんな気持ちになってたんだろうと思うと…。


 で、そういった縁もありまして明後日の大晦日、真昼の月夜の太陽で年越しイベントに参加させてもらいやす。今回もtwo peas in a pod でギターを弾きます。時間は何時だったか、まあいいやイベントは6時くらいから始まるんで是非遊びに来てください。


 あと来年の1月9日に久々に歌います。ソロ名義だけど今回は新しい試みとしてキーボードの田中治美さんとのデュオでちょっとアヴァンギャルドな方向のライブをやります。まあ歌うのは自分の歌だけど、だいぶテイストが違うというかサウンドデザインが違うというか。楽しみ。是非是非遊びに来てくださいな。


 とううわけで総括的な文章になってしまったけど、ひょっとしたら年内にまた更新するかもしれないので「良いお年を」とはまだ言わねぇよ。

DQNラーメン

 昨日は前々から気になってたラーメン屋「松波ラーメン」に行ってきた。


 世田谷線という東京ローカルな沿線の「松陰神社前」という駅近くにある、ちょっと洒落た、しかしちょうどいい感じにひなびたたたずまいのラーメン屋。
 この辺りのちょっと古びた商店街にピッタリとハマるような感じの店で、女性一人でも入れそうな雰囲気、地元民だけを相手にしている夫婦経営の喫茶店みたいな感じのラーメン屋だ。


 そういや高円寺に引っ越してくる前は殆ど毎日のようにこの辺りをチャリで通ってたのに、この店は知らんかったんだよなぁ。知ってたらしょっちゅう行ってたろうに。



 そう、地元や通り道にあったらつい寄ってしまいそうな「程よさ」や「品のよさ」が店の佇まいだけじゃなく味にもあって、濃厚背油醤油!!!みたいなジャンク感が無く、見た目アッサリ、しかしちゃんと出汁の味が濃厚に効いていて美味く、麺も素直な細麺ながらしっかりコシがあって小麦の匂いがするし、トッピングも過剰な盛り付けじゃなく、脂身ギットギトじゃなく、かといってパサパサしてなく、味がちゃんとついてるチャーシューと、メンマにホウレン草っていう昔ながらの東京ラーメン。



 雰囲気的に女性的なラーメン。 表情や元の目鼻立ちがいいから薄化粧するくらいでどんな場所にも行っちゃう人って感じの、俺が好きそうなタイプ。


 のラーメン。



 ファッション雑誌丸写しの格好じゃなく、どちらかと言えば地味なんだけど、そこにしっかりと自分のセンスとちょっとした主義主張が滲み出てるっていう、俺が大好きなタイプ。


 のラーメン(笑)。


 近所にあったらしょっちゅう行くのになぁ。


 で、近所にあって、たまに中毒患者がナニかを吸引するように通ってしまうラーメン屋が「ラーメン花月」だ。


 もうこっちはバッキバキの男臭がするラーメン、しかもいわゆるDQNな感じがプンプンするチェーン店だ。これをたまに喰いたくなる!


 しょっちゅう期間限定ラーメンを発表していて、それがまた「ラーメン花月BLACK」とか「ラーメン花月DEVIL」とか「ラーメン銀次郎」とか「ラーメン一番星」とかいった暴走族の名前かデコトラか、はたまた本宮ひろし的世界観がプンプンするネーミングセンスで押してくるあたりまさにDQNというか元ヤンキーって感じがする。



 ちなみにDQNというネットでよく出てくるこの単語、最初は何を意味するのか分からなかったけど、ある時気になって調べたら思わず膝を打って納得してしまうほどイーエテーミョーなセンスで笑ってしまった。あったなそんな番組。



 そういったDQN文化圏はバカにしながら素通りしてきたワタシなくせに、ラーメンDQNに関してはついリピートしてしまう。ネクラならぬネDQN?



 注文するのはそういった期間限定DQNメニューじゃなく、いつも決まって塩ラーメン。
 ところがこれが塩ラーメンとは名ばかりで、ガッチョリ背油は入ってるという代物。で、これに生ニンニクをギョリギョリ絞り入れ、メッチャ辛い壺入りニラキムチをつまみつまみ喰らうとそこは宇宙。
 俺的にはラーメン二郎よりもトリップ感がある。つうかあの二郎は好きじゃないんだよね。量が多いばっかりで旨味に乏しいっつうか。とか言うとジロリアンから睨まれそうだけど。


 まとにかく、食ったあとにその吸収したカロリーと塩分を考えると空恐ろしくなってくるような、しかしそれでもついリピートしてしまうこのジャンキーでDQNなラーメン花月の塩ラーメン。



 チェーン店なのであなたの住む街にも在るかもしれない。そしてあなたの正常な味覚を破壊するためにその牙を研いで待っているのだと思うと、そんな日本を憂いでワタシは夜も眠れない。



 というかメチャ早く目覚めてしまったので、朝飯を食う前に腹が減る日記を書いちゃいました。


 にしてもなんで近所にあるのが松波ラーメンじゃなくラーメン花月なんだ…。東京に来てから半分は近所にこのラーメン花月が近所にあるという巡り合わせを恨む。おかげで名店とか人気店と言われているラーメンの殆どがたいして美味いと思えない舌になっちまった。

31年目の12月8日/ジョン・レノンの声

 「ビートルズ」と聞いて何を連想するかといううと、ごくごく一般の人なら「ヘイ・ジュード」や「レット・イット・ビー」のような有名曲を思い出すかもしれないし、ちょっとミュージシャン寄りの人だったらサイケ期のリンゴの微妙にハネたドラムだったりするかもしれない。



 で、俺の場合は圧倒的に初期のジョン・レノンの声だ。リアルタイムでビートルズを聴いた人の多くはそうなのだろうと思う。まあ俺はリアルタイムでは全然ないんだけど。



 「抱きしめたい」や「シー・ラヴズ・ユー」といった初期の大ヒット曲ではジョンとポールがユニゾンで歌っているものが殆どだけど、圧倒的にジョンの方が声量もあり押し出しも強い。
 ジョンの破裂音のような声が初期ビートルズのイメージを決定付けていることに間違いはないと思う。



 ジョン・レノンの声というのはビートルズの初期の頃はとてもハスキーでドスが効いていて、絶妙な倍音を含んでいた。
 ロックンロールナンバーではハードで性急に響き、バラードナンバーにおいてはそのかすれが甘さを醸し出している。
 弱冠23,24歳にして既にどんな曲を歌おうとジョン・レノン印を刻印できるような貫禄のあるシンガーの佇まいさえある。



 「ア・ハード・デイズ・ナイト」や「ノー・リプライ」や「アイム・ア・ルーザー」や「
ミスター・ムーンライト」の歌いたいだしの迫力と色気は尋常ではないし、「マネー」や「スロウ・ダウン」「ロックンロール・ミュージック」といったロックンロールのカバーでもオリジナルを軽く凌駕するような凄まじい歌を残している。



 この初期ビートルズのジョン・レノンの声というのは、世界に立ち向かうために身に付けたマッチョなタフガイ的なイメージと不可分だと思う。要するにカッコつけていたということ。ロックンロールには大事な要素だと思う。


 エルヴィスもジーン・ヴィンセントもバディ・ホリーもチャック・ベリーも、どこかしらナチュラルではない技巧のようなもの、独特の気取りと虚勢のようなものが感じられる。弱味など見せねぇよといった気概のようなものだ。



 同様にジョンの激しくかつクールなシャウティングにも、弱味など見せねぇという強がりが感じられて、そこが実にロックンロールなのだが、1965年発表された「ラバー・ソウル」辺りからジョンはシャウトをしなくなる。



 世界の頂点に立ったことによる安堵と倦怠を反映しているのか、はたまたドラッグでラリっていただけなのか、ジョンの声からはハードなエッジが取れ、ハスキーというよりは寝起きのかすれ声のような疲れた質感になっていった。「ノルウェーの森」や「ガール」「ノーウェア・マン」でのジョンの声の気怠さと色気は凄いし、1966年発表のアルバム「リヴォルバー」における「アイム・オンリー・スリーピング」や「シー・セッド・シー・セッド」「アンド・ユア・バード・キャン・シング」ではどこか甘えたような、弱々しいようなしんなりした声に変わっている。時代はマッチョなロックンロールではなく、フラワーでピースでフェミニンなサイケに突入しようとしていた。



 そんなサイケ期を経てジョンが再びシャウトするようになるのは1968年、ホワイトアルバムの頃からだが、初期のタフでクールなカッコいいシャウトではなく、もっとへしゃげたような、線の細い、ノイズのようなシャウト声になった。



 「レヴォリューション」「ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン」「ヤー・ブルース」「アイム・ソー・タイアード」といった曲におけるジョンのシャウトは、カッコつけや鎧を着ることを止め、歌詞も含めて自分の弱い部分も強がりも全てひっくるめて歌声で表現しちまおうという開き直りを感じる。



 この時期はオノ・ヨーコとの蜜月時代になるわけで、タフガイを気取ることも、倦怠感で内に籠ることもやめ、身も心も剥き出しにしていくことによる解放感を感じていた時期である。実際に自分達のヌードをアルバムジャケットにして発禁を食らっている。



 よくオノ・ヨーコがビートルズ解散の原因であるという言われ方をするが、直接的な引き金を引いた戦犯が誰かはともかく、ジョンに本音をぶちまける解放感を与え、「人気者のビートル」を演じることのバカらしさをジョンに促したという意味では、オノ・ヨーコという存在がビートルズの解散を用意したと言えるかもしれない。



 ソロになってからのジョン・レノンの声は、当然の事このオノ・ヨーコ元年を起点に変化した、線の細い、ひしゃげたような、しかし心をわしづかみするような独特な声で晩年まで貫かれている。




 タフなロックンローラーの真似でもない、黒人っぽくもない、技術でどうこう出来るものでもない、自分の心の裂け目を表出した以外の何者でもない声。



 世界を魅了したビートル・ジョンの艶っぽい美しいハスキー声ではなく、一人の情けなくだらしない女房ボケの夢想家のジョン・レノンの声こそが、ソロのジョンの曲のリアリティーを支えている。



 生前最後のアルバムである「ダブル・ファンタジー」、このアルバムからギター・ベース・ドラム・キーボード・歌のみを抜き出し、余計なエフェクトを外した「ストリップド・バージョン」というのがあって、それこそyoutubeで検索すればすぐ出てくるので是非とも聞いてほしい。勿論ブートじゃなくてちゃんと手に入るものだ(笑)。



 ここでのジョンの声の説得力、特に「スターティング・オーバー」や「ウーマン」におけるジョンの声の剥き出しの美しさは尋常ではない。
 ヒットソング的な口当たりのよさは通常版の方があるのだろうけど、「ロック」としてのヒリヒリした緊張感や美しさは比べようもないくらいストリップド・バージョンの方が圧倒的だ。



 死の直前、ジョンの声はこんな境地まで来ていたのだ。それなのに余計なリバーヴや加工を施したりするなんて…まあその弱さがジョンなのだが(笑)。ジョンは元々自分の声が嫌いだったしね。天才の感性ってのはようわからん。



 ここまでジョンの声の変遷と精神的変化をリンクさせてもっともらしく書き連ねてきたのだが、実際のところはもっとフィジカルなもんかもしれないという気もしなくもない。



 ビートルズ初期の頃は過密スケジュールのせいで声が疲弊してたから良い感じでかすれていて絶妙なシャウティングが可能だった、ツアーを止めて以降は歌入れの時ぐらいしか本気で歌わないからひしゃげた声で集音されただけかもしれない、と乱暴に考えることも出来るがそれじゃあファンタジーが無い(笑)。



 それにその論で行くと一つ合点が行かないことがあって、実はデビュー前のデッカ・オーディション・テープにおけるジョンの声はソロのジョンの声のように細くひしゃげているのだ。あれだけ毎晩ハードなステージを毎晩やっていて喉を酷使していたのに、質感はビートルズデビュー後のタフでクールなジョンの声とは違うのだ。だから精神的変遷論という妄想に思いを寄せてしまう。



 デビュー前のジョンはソロ時代のジョンと同じくらい剥き出しで、人気者でもカリスマでもない、何にも盛っていないただの不良少年でロックンローラーだったから、素のままの線が細くノイジーな声なのだ。



 結局ジョンはオノ・ヨーコと出会って何が嬉しかったかといううと、虚栄と有象無象に囲まれた人気者であるビートルジョンの自分を忘れさせ、ハンブルク時代のような自由で剥き出しのジョンに戻してくれるからだったのではなかろうか。


 そのような妄想をしてしまうくらいデビュー前のジョンの声とソロのジョンの声は酷似している。
 そしてそれは世界を魅了したビートル・ジョンの声と同じくらい美しい。
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