高瀬大介の思い出のプラグインは刹那い記憶

〜高瀬企画発気まぐれ遺言状〜

「新聞記者」を観てきた

この投稿はネタバレになるところが多々あります。

昨夜「新聞記者」を観てきた。

誰もが言うようにこれは現実の日本で起こっていることを物凄くリアルに描いている作品だと思うし、現政権に対してソンタクしないで強烈な批判と疑問を提示する作品でもある。


でも単なるリベラル側の主張を声高に叫ぶだけの反権力映画ではなく、物凄くクオリティの高い人間ドラマでありエンターテイメント作品でもあると思う。


スカッとするようなエンディングが用意されてるわけではいないし、原作者の望月さんまんまのキャラクターを主人公にして、官房長官会見の醜悪さを再現するような見せ場があるわけでもない😅。
そう、望月衣塑子さんの「新聞記者」と同じタイトルの映画だけど、あくまであの本にインスパイアされた、フィクションなのだこの映画は。


二時間ちょうどの映画なんだけど、観たあとにかなりの苦味を残す、重いメッセージを持った作品だった。そりゃそうだ、今の日本の現状がそうなんだし、それをまんま遠慮なく描けばそうならざるを得ない。


だけど凄くエンターテイメント性が高い作品でもある。
観ている間ずっと心が動かされっぱなしで、一瞬だってだれることはない。涙を流したりもした。


説明的なセリフでテーマを述べるような、映画的に不細工になりがちなアジ演出はないし、メディアや政権のありかた、現在の日本をとりまく状況など、物語上不可欠なそういう前提部分は実際の望月さんや前川さんらが出演したネット番組で喋ってるところを挿入することによって上手く回避して、物語自体の緊張感を弱めることがないよう演出されている。まあ、望月さんや前川さんが出演すること自体がある種の期待に応えるサービスになっていることもある😄


いまだベールに包まれたまんまの内閣情報調査室と、そこのなかで「日本を安定した国家にする」という名目であらゆる手段を使って今の政権を維持するための工作をさせられる出向官僚が一方の主役なんだけど、その謎につつまれた内閣情報調査室がこうやって映画に描かれたことは画期的な出来事であると、元官僚で映画評論もする寺脇さんも語ったいた。実際の内閣情報調査室があんな感じなのかは分からないけど(笑)沢山の官僚がパソコンに向かってカタカタやりながらTwitterにネトウヨ書き込みをしている様は本当に不気味だった。


主役の新聞記者・吉岡を演じるシム・ウンギョンさん。
インスパイア元の望月さんとはまるで別なキャラクター造形で(笑)、帰国子女だけど押し出しがそんなに強くなく、しかし真の強さは伝わってくるような人物像で、本当に素晴らしかった。
ちょっと昔の荻野目洋子を彷彿とさせるような凛々しい美人で、韓国では大スターだけど日本の映画で主演を務めるのは初めてだそうな。


あと驚いたのが官僚役の松坂桃李。名前は知ってるし存在も知ってはいたけどちゃんと演技してるのを観たのは初めてだ。たぶん。
この人がラストあたりで見せるあの顔、表情がある意味この作品の一番重要なところだと思う。ワンカットのうちにみるみると顔つきが変わって人格崩壊みたいになるんだけど、とにかくあのシーンは凄かった。


あと田中哲二!インタビューで「今まで色々悪役はやってきたけどこれが集大成です」と語ってたけど、確かに凄かった…恐い😅


加計学園設立問題に相当する、映画の中で描かれる新大学設立案件。
表向きには医学部創設だが政府の目的は生物兵器の開発にあった、とする物語の重要な部分があって、大抵の人は「まさか(笑)、やっぱフィクションだよこれは」となるかもしれないけど、実際の加計学園もバイオハザードが起きるかもしれないような脆弱で危険な設備と立地上件しかないのに化学兵器を作るとしか思えないような設備を擁している、という報道が出たことがあって、それはあまりにもヤバい事実なのか政府が必死で揉み消したかなんかでその後あまり報道されなくなった。
映画ではそこのところをガッツリと、物語の重要な鍵として取り上げててちょっと驚いた。


この件だけでなく、加計学園問題に関しての前川さんの発言に対する報復措置として内閣情報調査室や読売新聞がやったことや、山口敬之による伊藤詩織さんレイプ事件なども社会的事件として、一応フィクションという体裁はとっているけど描かれていて、ここ数年に起こった異常事態をまた改めて思い出した。


facebookなんかで政治のことを投稿しても大抵スルーされるし、多くの人はそんな政治のことよりも日々の生活で大変だし、政治がらみの記事を読んでる暇があったらやるべきことは色々あるでしょ?と言われたこともある。


確かにその通りだと思うけど、でも生活と政治は直結してるし、無関心ではいられないことばかりが起きているのは紛れもない事実だ。
自分に直接は関係無いような事案に対してあーだこーだ言ったってしょうがないでしょ、という物言いはとても危険だと思う。
日々の生活が脅かされるような事態になりつつあるし、勝手に政治家が決めた身勝手な法律によっていつ戦争になって命が奪われるか分かったもんじゃないのだから。


この映画はその危険に思いっきり警鐘を鳴らす、近年の日本では画期的な映画だ。


アメリカではそういう作品はバンバン作られてるし、つい最近観た映画も「バイス」や「記者たち」といった政治や政治とジャーナリズムに関するものだったりして、それらをみるたびに日本ではなにかと圧力がかかってこの手の映画なんか作れねーんだろーなー、「新聞記者」だってどこまで現実を描いてるか分からないしな〜とか書いてたけど撤回します。これは凄い。


映画とか音楽を紹介して「お薦めです」とか「これは観るべき!聴くべき!」みたいな物言いでしめるのはあんまり好きじゃない。
押し付けたところで人は積極的な関心を示すとは限らないし、そういう書き方をしてるのを読んだらなんかイヤな感じがするし、そういう言い方をされたりすると、とたんにその人のことがキライになったりもする。



けれど、この映画は是非とも今のタイミングで観て欲しいと思う。


企画・製作の河村さんという人のインタビューを読んだんだけど、参議院選挙を目前にしたこのタイミングを見計らって公開したとハッキリ言っている。
現実の政治、というか現実の投票行動になんらかの影響を与えたいという意図を持ってこの映画を作ったわけだ。

確かにこれを観たら「本当にこのままでいいのか?」と突きつけられる。


忙しい中、2時間も暗闇の中にいて苦く重い現実を直視するのは中々のハードルだけど、是非とも観て観て欲しいと強く思う。


福山だとコロナシネマでやってるよ。


お薦めです😅❗

リポート ビートルズナイト@神辺ハイダウェイ2017年10月14日

こないだのビートルズナイトはこれまでにないほどの盛況で、多くの方々に来ていただき、盛り上げていただきました。本当にありがとうございます。

しかもあの場に居た人ほとんどが出演者およびセッション参加者だったんではなかろうか。みんな何らか形でステージに上がってパフォーマンスしていただいたはず。素晴らしいです。

今回はへるぷスさんとの共同企画のような形で、広島市方面からの参加も結構あり、こちらも参加バンドがあらかじめある程度決まっていたので、普段のビートルズナイトよりは幾分イベントっぽくしようと思ったんだけど、やっぱりいつものようになんとなくニコピンラーメン食ってなんとなくな感じで会場入りしてなんとなくな感じで音を出してなんとなくな感じで始まりました。すいませんね、いい加減で。

とりあえずしんがりは俺の弾き語りだったんだけど、色々忙しかったり気になる案件があったりで準備が出来てなくて、今回は本当にノープランで一曲目からなにやろうか悩んでしまった。
ほぼ思い付きで「ドライヴ・マイ・カー」をブルースにしてやってみたり、しばらくやってなくてどう変則チューニングやるんだっけ状態ながらも「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」をチャンプルー風味でやったり、ジョンの誕生日がこないだあったばかりということで「クリップルド・インサイド」を日本語でやったりと、なんとかやりきった。

次はThe beenさん。正統派ビートルズカバーバンドで、ちゃんとビートルズらしいパート振り分けがなされたハーモニーが聴けるこの日唯一の真っ当な四人編成で(笑)、そのバンドがいきなり2番目というね。他はもう自由な編成のバンドばかりなんだよねえ😅。そこがうちのビートルズナイトのユニークなところだろうかと逆説的に自画自賛してみる。
3曲で終わろうとしたので「恋のアドバイス」をリクエストした。ラストの「デヴィル・イン・ハー・ハート」や「アスク・ミー・ホワイ」もそうだがやっぱ三声コーラスが入るとビートルズ感があって盛り上がるね。
The beenさんは俺のビートルズナイトのかなり初期からの参加バンドで、とにかくまあナニからナニまでお世話になってます。

お次は広島市からマット&ウッチーさん。
マットさんは前回の横顔アップルジャムの夏のビートルズナイトで、そのガレージ声を活かしたジョンレノンがメインのロックンロールを連発していてそれが素晴らしかったのでまた聴けるかと思ったら今回メインヴォーカルはウッチーさんだった。
女性の美しい声でのビートルズも一味違っていいもんだ。まあ歌が上手い。心地のいいビブラートがキマッていて落ち着いて聴けました。ラストにポールの「マイ・ラブ」をやってくれて、それが特に良かった。大好きなんだよね〜、あのベタなバラードが。最後のかなり思いきったタメは、普通なかなか恥ずかしくて出来ないけどそれをやるのがポールだから😁

お次はふたりBEATLESさん。ビートルズ・リアルタイマーのご夫婦で、見た目からしてキマッてる、お洒落、かつ燻し銀の色気が黒光りするデュオ。日本のジョンとヨーコのようだ。ヨーコは元々日本だけど。
「ユア・マザー・シュッド・ノウ」や「オブラディ・オブラダ」などポール寄りの選曲ながらもその声はどちらかといえばジョン寄り。というかJ−WALKのあの方に声も風貌も似ていた。というと本人は怒るのだろうか😅
キーボードとギターの編成ということでこちらも落ち着いて聴ける大人のロック。素晴らしかった。
最後は「イマジン」。このキナ臭い世の中に一言いいたい、という思いを込めて。

お次は、ありがたいことに突然の若い参加者。俺が楽器屋に貼ったチラシでこのイベントを知って来てみた、という20代の男デュオのユニット、マージナルマンのお二人。
非常にボクトツな感じの歌と演奏におじさんちょっとウィズ・ア・リトル・ヘルプしたくなって「ひとりぼっちのあいつ」や「イエスタデイ」や「トゥー・オブ・アス」にドラムで参加した。
本人たちの弁によるとライヴらしいライヴをやるのは初めてだと言う。昨夜のお客さんはかなり暖かい反応で盛り上げてくれてたので、これに味をしめてまた参加して欲しいなあ。

お次は福山のキャロルのコピーバントCAROTS。このへんから出演者の年齢やジャンルの高低差がありすぎて耳キーンなるわ的展開になってきた。
市川さん率いるCAROTSも何度かビートルズナイトに出ていただいたけど、ビートルズじゃなくてもビートルズに多少なりとも関連があったり風が吹けば桶屋が儲かる的にこじつけて自分の好きなバンドの曲をやっても我がビートルズナイトはオッケーですので色んな参加者を求めております。どんな風が吹いたのか、石原裕次郎の「夜霧よ今夜もありがとう」を唄ったおじさんもいますたのでね😁

それはさておき、キャロルの誰でも知ってる代表曲「ルイジアンナ」や「ファンキー・モンキー・ベイビー」がまあ盛り上がる盛り上がる。元ポニーテイルか元ビーハイブヘアーだったであろうギャル達も踊るし、俺もツイストを踊る💃。
先程はシャウトしきれなかったマットさんがギターとコーラスで急遽参加。よりロックンロール度が上がる。いいね。初対面だよ。こういう思いもよらぬコラボレーション。これがイベントの醍醐味。

お次はへるぷスさん。ここも仲睦まじい夫婦デュオ。仕事終わりで駆けつけてくれたアツシさん、お疲れ様です。
ベースのちえこさんはいつもテンション高いんだけど今回は日本酒をかなり飲んでたのでさらにターボがかかって、ま〜よう喋るわというくらい色々な人をいじりながら楽しいステージをやってくれた。いつものように。へるぷス、好きなんだよなあ。
またウィズ・ア・リトル・ヘルプしたくなった俺はハッチポッチステーションのメドレーの時にドラムで参加。衝動で生きてます。
ここにかつて、というか今も?ちえこさんと美女部というギャルバンを組んでいたウサピーがキーボードと歌で参加。
ちえこさんのMCによると美女部は英語表記だとB-JOBとなるらしく、女性バントでB-JOBとなればどう考えても素敵なスラングを思い出してしまって、ついまんまのツッコミを入れてしまった。この時から酔い始めてました。
本人としては意図してなかったらしいのだが、もし意図した上で命名していたならかなりハイ「ブロウ」なセンスだと思う。
さてそんな笑ウサピーを招いてのセッションは俺がそのままステージかな残ってピアノにコンバート。マットさんがドラムに入って「恋をするなら」と「サムシング」というジョージ・ハリスン特集。2曲とも大好きなナンバーだ。いいねえ、ジョージを大事にするビートルズイベント。楽しかった〜。マットさん、ドラムもお上手。サムシングのあのリンゴの派手なタム回しもしっかりとやっておられて、思わずドラムの方を向いて微笑みかける。

続いてはビートルズナイト第一回目から毎回俺とコンビを組んで出ている幼馴染みの児玉くんとのデュオ、ヤッチモニャー。
大学の頃(なんと彼とは小中と大学が一緒なのだ)、回りの浮かれたバカ学生に冷や水を浴びせるが如く、大学祭に一緒に「ゲシュタポ」という不謹慎なユニット名で出たもんなんだが、今じゃ地域密着型のユニット名になってピースフルにビートルズを奏でてます。若気の行ったり来たりは恥ずかしい…結果誰よりも自分たちが一番バカ学生だったというね。

まあいいや。今回「アンド・アイ・ラブ・ハー」のギターソロはこしゃくにもアドリブフレーズを足してきやがった児玉くん。それを待ってたよ。
「ゲッティング・ベター」では突然ブロウジョブの女子二人がコーラスで参加してくれていい仕事してくれました。気持ちよかったです。
新たに加えたナンバー「アイ・ウォント・ユー」ではマットさんが再びドラムを叩いてくれてありがたかった!例の突然終わる所もほぼブレがなく終わる。さすが分かってらっしゃる。「アイ・ウォント・ユー」は結構評判良かったな。またやろう。

そして本編最後はポール森谷とハー・マジェスティーズ改めポール森谷とリッケン民主党が努めさせていただきました。
リズム隊はThe beenのポール森谷さんとドラムのベアフット元さん。
一週間前に初ライヴをやって昨夜が2回目だったんでいい感じにこなれててまとまりのあるライヴになったとおもう。前回思いっきりミスった所も改善されてたし😅

枝野さんの心意気にやられて、思い付きでバンド名を変えたからにはあんまり弾いたことないけどリッケンバッカーを弾こうと思って元さんにお願いしてリッケンを貸してもらった。
いつものレスポールの丸く太いトーンに比べると若くてヤンチャなギャンギャントーンで、これはこれで気持ちいい。なんかジャムの頃のポール・ウェラーみたいなジングルジャングルな音でテンション上がってしまって、ただでさえお前は弾きすぎるとトクさんに怒られるのにさらにターボがかかって弾きまくった。ビートルズイベントであんなに早弾きギターソロをやる奴は居ないだろう。…何故なら誰も望んでないからだ😰。
とにかく四曲、日本語ビートルズをハードにやりきって本編終了。

第二部はこれまで参加出来てない人も交えてのセッション大会。
と思ったらいきなりThe beenさんが再び登場(笑)!「いい娘じゃないか」というシブイ選曲でグッと来る。好きなんだよなあ、この曲のジョンの青臭いシャウト。

シミーシェイクスのベースのまゆみさんと一緒に「リーブ・マイ・キットゥン・アローン」をやったりまゆみさんが歌う「のっぽのサリー」をやったりと、第二部もロックンロールで盛り上がる。

マットさんが歌う「バッド・ボーイ」や「ロックンロール・ミュージック」では俺はドラムを叩く。昨夜はドラムをかなり叩いたのでお陰でタコが出来てます。

オッキーさんという方がベースを弾きながらハイトーンで「アイム・ダウン」を歌ってくれたり、キクさんがドラムで参加してくれてふたりBEATLESの落合さんが歌うところの「ドント・レット・ミー・ダウン」で叩いてくれたり、マージナルマンのベースの子か歌うところの「ア・ハード・デイズ・ナイト」や「オール・マイ・ラヴィング」でもキクさんがドラムやってくれたな。彼女はまだドラム始めて間がないんだけど、こういうセッションには慣れてるらしく物怖じしない。いいことだ。

このへんから俺も酔ってきてヘロヘロになってきたので、なんか「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」は珍しくソロを弾かずにジョンのリズムギターのパートをやったなとか、マットさんと「アイ・フィール・ファイン」やったなとか、大勢で「レット・イット・ビー」やったなとか、誰かの歌で「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」やって誰かシブイギターの人とギターバトル的なことをしたな、とか、そういやへるぷスさんが中心となってやった「バースデー」でドラムを叩いたんだけど「テンポが早い❗」と怒られたな、とか記憶が断片的になってきた。酔うとBPMが早くなるんです。

そういや昨夜は司会的なこともしたんだけど、マイクの前にたったら何を言っても良いだろという誰に教わったんだお前?的な勝手なイズムでかなり失礼な事をくっちゃべったように思うが、アルコオルによってあまり記憶がない。とりあえず謝っておこう。ごめんなさい。

とにもかくにも12時くらいになとつたんで終わらなきゃと思って、とにかくジョン・レノンで締めたかったんで急遽思い付いたのが季節外れの「ハッピークリスマス」(笑)
ただまあキナ臭い御時世になってきたんであながち間違ってない選曲だったんじゃないだろうか?

終わったあともダラダラと楽しくくっちゃべったりピアノ弾いたりギター弾いたり、といつものパターンで時を過ごすが、時間というものは残酷なもんで必ず終わりはやってくる。
でも意外とあっさりとハイそれまでョ、となるのが大人の良いところ。三々五々帰宅しました。

またこれはヤりたい。是非ともヤりたい。

これを読んでるビートルズにあまり関心がない人も是非とも参加していただきたいな。
別にビートルズを好きじゃなくても非国民扱いしないしそもそもビートルズは日本産じゃないしまとにかくいいとしこいた大人かいっぱい集まって音を出しあって楽しむのは、きっかけがビートルズだろうがブルースだろうがバーベキューだろうが選挙だろうが乱行パーティーだろうがなんだろうがたいした理由は要らない。いや、最後のは要るか。

毎月ハイダウェイのビートルズナイトはやってます。11月は勤労感謝の日23日です。日頃の勤労を自らネギらって楽しみましょう労働者諸君!ほ

ジャスラックについて身近な人に話を聞いてきた

ジャスラックが音楽教室からも著作権料を徴収するということで騒ぎになってます。


昨夜、地元行きつけのライヴバーのハイダウェイに行ってわーわー言うてましたんやけど、やはり話したかったのがジャスラックの話。


色々本で読んだりした通り、坪数とか席数とかで奴等が「勝手に」算出した「月7000円」を徴収しますと。


いうのを10年くらい前ある日突然やって来て突き付けてきたそうです。


しかもその時点でハイダウェイは20年くらい経営していたんだけど、その過去の分のもさかのぼって支払っていただきます、ということでざっと80万円払えと、こう言ってきたわけです。


で、当然マスターは色んな同業者と話し、色んな所へ相談しにいきました。法律相談所へも。
しかしどこへ行っても諦め顔で


「ああ…もう素直に払った方がいいですよ。過去にごねて裁判になったこともありますが、ひとつとて勝った判例がありません。勝てないような法律を勝手に向こうさんは作ってるんです」と言われたそうな。


ある日突然「あなたにはワタシに80万円の借金がありますから払って下さい」と言われたようなもんです。しかもそれは有無を言わさないほど強硬に巻き上げるんです。いくらごねても裁判になったら勝てないよ?なら素直に払っておきな、と。

音楽を扱ったりBGMとして流して営業している全ての飲食店からくまなくそうやって徴収しているようです。


マスターも仕方なくその80万円を分割で払い、今も毎月のものはしっかりと払っているそうです。


で、ジャスラックは一応「どういう曲を何曲使用したか?」みたいな紙を毎月送ってくるらしいけど、当然のことながらマスターはそんなめんどくさいことはせず、その紙は破棄。そしてジャスラック側もそれを放置。提出しろしろとはせっついてこない。


かつて1度、一体どういう感じで店を経営してるのかライヴの様子を録音させて欲しい、とジャスラックが言ってきたそうでマスターもそこはどうぞどうぞと了解したけど、待てど暮らせど調査員はやって来なかったそうな。


あとから色んな仲間に聞いたらムダに交通費も人件費もかかるから一応調査しにいくという形にはするけど実際には行かず、へたすりゃその経費を着服してるらしい(この辺はあくまで憶測なので断言はできないけど、往々にしてこの手の事は行われてるだろうと思います)とか…


そういえば300人以下のホールでやる発表会とかの場合、著作権料は徴収するけど、調査員の足代や人件費に消えてしまうので著作者には一円たりとも分配されないそうです。
著作権料を払った人たちは一体誰の何のために金を払ってんだかさっぱり分からないですね。だったら最初っから300人以下の客数の発表会みたいなもんは除外しとけや‼ってなもんだ。


金だけは徴収しといて、その金を著作者に配分するという、本来の彼らの仕事のために必要な書類や資料などの詳細に関しては超テキトー。恐らくテキトーなパーセンテージでメジャーどころにガッツリ支払い、マイナーどころは基本無視…みたいなところでしょう。


はい、ヤクザです。音楽文化の発展と著作者の権利の保護という大義名分をかざしたヤクザ。この辺りの治安と揉め事からお前らを守ってんだからショバ代を払えと飲食店に言いがかりをつけてたかつてのヤクザと同じことです。テメエらが一番のガンのくせに。


マスターをはじめ、同業者の人達は口を揃えて言ってるそうです。


「音楽になんも愛の無い金の亡者。わしらにとっちゃあ奴等は諸悪の根源」と。



まあ、本でもネットでもどこにでも書いてある事実の羅列ですが、身近な人の憤りと諦めを直に感じると改めて怒りが湧いてきます。

ジェフ・ベック広島公演、観た

ジェフ・ベック、最高だった‼

もう始まる結構前からお客さんが手を叩いてジェフ・ベックを迎えるための暖かい空気を作っていた。こんなん初めて。


新作「ラウド・ヘイラー」からの曲を結構やっていて、さすが今のジェフ・ベックのやりたいこととあって生き生きとプレイしてた。

ジェフ・ベックの場合あの曲ははずせない、あの曲はやってくれないと、っていうのは個人的にはそれほどなくて、どんな曲だろうといいプレイさえしてくれたら満足なわけです。
そういう意味で新作からの曲はジェフ・ベックのロック度とファンク度が高い曲ばかりなので凄いフレーズ連発で良かった。

ちなみに今回は珍しくキーボードレスの編成だったのであのヤン・ハマー的なダサい音色のシンセが鳴らない俺好みのバントサウンドだった。フュージョン時代の曲をあのヤン・ハマー・サウンド抜きで聴けたのは貴重だ。


しかしジェフ・ベックのストラトサウンド、最高に気持ちいいんだよな〜。
で、気持ちいいんだけど、その気持ちよすぎる所はほどよい塩梅で抑えてしかるべき時にギャーンとやるので下世話にならない、本当ちょうどいいさじ加減で、なおかつプレイは当然ながら最高、隙間さえあれば弾きまくりやりまくりだったんで、もうずーっとワクワクしっぱなし、次にどんなフレーズを弾くんだ?って気持ちをずっと持続したままだった。だからちっとも冗長な所はなく、あっという間に時間が経った。


当然ながら過去の代表曲のオンパレードではあったけれど、新作からもガンガンやってるし何よりそのたたずまいから攻撃的なサウンドから何から全てが「現役感」の塊だったので、マシで72歳のおじいちゃんには思えない。
クラプトンは過去の偉業で積み立てた年金でライヴやってる感じがするけど、ジェフ・ベックはまだまだ年金は貰ってない感じだった。別にクラプトンはクラプトンで愛してるけど。


とにかくこんな凄いライヴやってくれてるんだからちゃんとこっちからもエネルギーを返さなきゃ申し訳ないってんで、全力で拍手して全力でシャウトして応えた。ジェフ・ベックやバンドをいい気持ちにさせてやったぜ。二階席から笑

まあそれは俺だけじゃなく会場全体がそんな空気で、いたるところから歓声や絶叫が聴こえてきた。ジェフ・ベックもこの広島の観客の熱さとロック・リテラシーの高さには喜んだんじゃなかろか。そう思えるくらいいいお客さんだったと思う。

結局「レッド・ブーツ」も「スキャッター・ブレイン」もやらなかったけど全然問題ない、最高に盛り上がったライヴだった。

俺的にはず〜っとワクワクしてテンション上がりまくって、ウェットな要素などヒト欠片もなかったライヴなのに、一緒に行った児玉くんは感動のあまり泣いていた。浮けとめ方は様々である。全然違う反応があるということはそれだけ多様性のあるいいライヴだったという証なのです。

ただ、アンコールが2回あったんだけど、3回目ジェフ・ベックが出てきて一人で「ホエア・ワー・ユー」をやってくれたら泣いてたかも知れない。


ベタだけど今夜は「ブロウ・バイ・ブロウ」のラストナンバー「ダイヤモンド・ダスト」をリピートにして眠りにつこう。ジョージ・マーティンの壮麗なオーケストレーションに飾られてジェフがシンプルにただ主メロを寂しく奏でて、そのあと永遠に終わって欲しくないマックス・ミドルトンのフェンダー・ローズにバトンタッチしてジェフが曲の途中で消えていくドラマチックなナンバー。

ジェフ・ベックを観に行く

いよいよ本日はジェフ・ベックを観に行く❗初のジェフ・ベックなのだ…(笑)


ジェフ・ベックを聴き始めてもう25年以上。

最初は必須科目のようにヤードバーズやジェフ・ベック・グループや「ブロウ・バイ・ブロウ」やベック・ボガード&アピスを聴きまくり、当然好きな曲も、名演だと思えるプレイも、コピーした曲も沢山沢山あったけど、どういうわけかクラプトンやツェッペリン、ジミヘンのようには今一つのめり込むことが出来ず、自分の中ではかなり長い間つかみ所のないミュージシャンとして位置づけられていた。

多分これ見よがしな早弾きや、スタンドプレー的な盛り上げ、あるいは感情ほとばしるブルージーなプレイをほとんどせず、散発的でトリッキーなフレーズで鋭角的に斬り込んでくるジェフ・ベック独特のスタイルに、なんか感情移入が出来なかったんだろう。
元よりジェフ・ベックはそういった感情移入を許すような情緒過多なプレイをする人ではなく、どんだけ盛り上がっても感情に溺れずバッサリとドライに打ち切ってしまう、ある種「粋」なプレイヤーなのだ。
曲のエンディングでジャーンと打ちならしてもメンバーの誰よりも早く音を鳴らすのを止めて〆のジャン!を弾かない、というせっかちな人なのだ。あれを聴くとああジェフ・ベックだなあ(笑)と今なら思うけど、やっぱもっともっと爆発して狂いまくって果てたやつを聴きたい盛りの10代20代の頃にはそんな粋さなど理解できなかった。

が、齢30を数年越えて、2000年代以降に発表されたいくつかのライヴアルバムを聴いて改めてぶったまげた。
世界中探してもこんな音でこんなフレーズが弾けるのはジェフ・ベックしか居ない‼と確信が持てて以降は慌てて90年代以降のアルバムを聴き、その凄まじさを再確認した。

ジェフ・ベック・グループ時代あたりのプレイからは隔世の感があるくらいテクニックも表現力もレベルアップしてるんだけれども、いわゆるジェフ・ベック印というかジェフ・ベック節ってのは全く変わらず保持しているのが素晴らしい。

この人はハードロックをやろうがフュージョンをやろうがメタルをやろうがテクノをやろうがデジロックをやろうがロカビリーをやろうがブルースをやろうがカントリーをやろうが何一つそのジャンルに合わせたプレイスタイルに変えず、常にジェフ・ベック・スタイル一本で押し通して、それが申し分無くハマっているんだから恐ろしい。

器用なんだか不器用なんだかよく分からないけど、とにかく唯一無二でありながら同時に物凄く汎用性があるプレイスタイルを持っているという奇跡の人なのである。

そこまで思い入れながら、今回が初ライヴってんだからなあ。なんなんだよ俺は。

上原ひろみザ・トリオ プロジェクトfeat アドリアン・フェロー&サイモン・フィリップス 広島国際会議場フェニックスホール2016年11月23日

最高のライブだった。
壮絶なライブだった。
圧巻のライブだった。


最上のジャズであり、ロックであり、ジャズロックであり、プログレであり、アバンギャルドミュージックであり、ミニマルテクノであり、クラシックであり、そのどれでもない別物のなにかであり…じゃないな、それら全てがクッキリと姿を表しながら溶解せずにどんどん配列されていって、みるみるうちに巨大な音の塊、音の壁になっていくような、そんなライブ、そんな上原ひろみトリオだった。


ホールの後ろの方だったんで若干音量や音圧は足りなかったけど、まあそれはライブハウスでライブを体感するのに馴染み過ぎてるからしょうがない。
もしこんなライブをジャズクラブで最前列で浴びたなら、座りしょんべんしてバカになっちゃうだろう。我を忘れて叫びまくって野人になってしまうだろう。


でもアンプリファイにそれほど頼らないサウンド、その肉体性のみでこのトリオはとてつもない迫力を産み出していた。


サイモン・フィリップスのドラマなんて生音まんまじゃないか?と思えるくらいドラムの素性そのものが鳴っている感じだった。無茶苦茶な迫力だった。
本当に手足が伸びきりまくっているような全能感丸出しのプレイの連発で何度叫び声を上げそうになったか。あれだけ余裕なバカテクのベテランがああまで猛烈なプレイをするってのは、よほどこのトリオでの演奏に充足感を感じてるんだろうなぁと、あらためて上原ひろみの吸引力を感じさせられた。
本編最後の曲に及んで圧巻の長尺ドラムソロをぶちかましていたりと、もうほんま凄かったです。


アドリアン・フェローというベーシストはしらなかったんだけれど、まあとにかくバカテクであり、物凄くイマジネイティヴなサウンドとフレージングを出しまくりながらも、基本はとっても控え目な佇まいで、しかもなおかつステージの立ち位置同様にバンドのグルーヴの中央に鎮座ましているという奇跡のようなベーシストで、アンソニー・ジャクソンの不在を十二分に埋めてあまりあるプレイをしていた。世界レベルのプレイヤーってやっぱ凄い。


上原ひろみさんを聴いていると、観ていると、改めて鍵盤楽器ってのは打楽器でもあるなあと思う。上原ひろみさんの物凄いところって色々あるけど、個人的に一番グッとくるのは鍵盤を非常にマッシヴなリズム楽器として十全に生かしきっているところだ。人間、気持ちが高ぶったら何かでその高揚感を発露したいよねってなったときの原初的な反応のような凶暴なプレイ。ジェリー・リー・ルイスの初期の頃のような抑制が利いてないような発情感を思わせながら、そこで鳴っているフレーズは正確無比なメロディ。
また、スティーブ・ライヒかテリー・ライリーか、はたまたロバート・フリップかというようなシーケンシャルで変拍子なミニマル・フレーズを延々と正確に機械的に、かつめっちゃ攻撃的に弾き続けるとこなんざ、最強に理知的な原始人のようだ。


で、その真逆の、繊細の極致のようなプレイ、楽曲もなんの違和感もなく同居しているんだからもう唸るしかない。まああそこまでハードエッジなプレイが出来るなら北野武の振り子の原理を持ち出すまでもなく、真逆の繊細なプレイも極まるのは当然の事。その極致のようなプレイが聞けたのがちょっと長めのお喋りのあとに演奏された曲だ。



 私は楽しい、という言葉が、楽、と書かれるのが小さい頃から納得いかないんです。本当に楽しいことは決して楽ではないよ、結構大変な事なんだよって思います。
 私は6才の頃からピアノを弾いていて、いつかピアノを弾いて世界中を回れたらいいなあって思ってて、その頃はドラえもんのどこでもドアみたいに世界をひょいひょいと行き来してるイメージだったんですけど、実際に世界中を回るっていう夢が叶ってみると、まあかなり体力的にも大変なわけで…(笑)
 次の曲は私一人のピアノソロで「ウェイクアップ・アンド・ドリーム」という曲なんですけど、直訳するなら起きてなお夢見る、っていうことで、こうやって私が実際に夢を実現出来ているのもこうやって集まってくれる皆さんのおかげなんです。ありがとうございます。聴いてください。


と言って演奏された「ウェイクアップ・アンド・ドリーム」の美しいこと美しいこと。涙がこぼれてきた。本当にひろみさんな気持ちがまんまメロディに、ピアノタッチに表れていて、緊張感と集中力の使いすぎでいささかぐったりきていた体と心に染みまくった。


あと。


 今日は祝日で皆さんそれぞれ過ごし方があったでしょうけど、私たちのためにわざわざ時間と労力をさいてくださった皆さんのために、私も全力でピアノに向きあって、皆さんにお返しをしたいと思います。



て言っていて、文字だけ読めば綺麗事に思えるしミュージシャンなら誰もがステージで言いそうなことなんだけど、この人の場合は本当に、その言葉以上に体現しているので、その言葉に微塵のウソくささや気恥ずかしさが感じられなかった。
本当に命を削ってエネルギーを与えてくれたんだ。あんな小さなからだであんなとてつもない迫力の音楽を現出させるんだから。


だからこちらも全力でエネルギーを返さなければいけない、そんな気持ちに掻き立てられて全力で拍手をし、歓声を上げた。独りで(笑)。いや、会場全体で。お約束ではなく本当に心からのスタンディング・オベーションが何度も出ていた。

手がちょっと腫れて痛い。でもいい。素晴らしいものにはちゃんと意思表示をし、貰ったエネルギーは出来る限り返さないと。


朝から色々あってぐったり疲れきっていたけど、今めっちゃ元気だ。文字通りエネルギーを貰った。こんな文章なんか書いてないでギターを弾きまくりたい。

ビートルズ「エイト・デイズ・ア・ウィーク」を観て

やっと観てきた‼

見慣れた映像でもレストアされたりカラーリングされてたりして新鮮に感じたし、バスドラとベースの音圧が効いたライヴ感のある音も素晴らしかった。

ハリウッドボウルのライヴ盤の感想とも被るんだけど、やっぱりファンの女の子達の絶叫、阿鼻叫喚な様を観てると感動で涙が出てくる。
それってどういう心理なんだろうな?
十代の抑圧された精神を、ビートルズを媒介として暴力的に開放して、し過ぎて我を忘れている様(笑)に同調して、こっちも感極まってしまうんだろうか?

とにかく女の子達が泣き叫び、全力で自分のビートルズに対する愛を彼らに投げ返しているその無邪気さに感動する。
リンゴは鼻がセクシーよ!ジョージは睫毛がセクシーよ!とかカメラの前で泣き叫んでる女の子達の健気さ。

シガニー・ウィーバーがインタビューで「ビートルズのライヴを観に行く前の晩から自分のクセっ毛を直すために必死だった。だってジョンが見るから!3万人のファンのうちの一人だったとしてもジョンが見たときのことを気にしてたのよ」と語ってた。

ウーピー・ゴールドバーグ「ビートルズは白人じゃない。ビートルズはビートルズ。初めてコンサートに行ったときも思った。皆ビートルズを愛してたし、私が周りの子達とは肌の色が違ってても関係無かった」

ビートルズはまだまだ人種差別が色濃く残る地域の人種隔離政策にも抗った。
「黒人と白人を隔離するような会場じゃ俺らは演奏しないよ。そんなのバカげている。イギリスじゃそんなことはしない」と記者会見でハッキリ言い切っている。
事実、ビートルズがそう宣言して以降、ビートルズがライヴする会場では人種隔離が無くなったという。
ビートルズは黒人音楽から多大な影響を受けている。ロックンロールそのものがもともとは黒人音楽、レイス(差別)ミュージックと呼ばれていた。
ビートルズがそんな人種差別に反対するのは当然のことだけど、それをあの時代にちゃんと表明したビートルズに感動した。
映画を観ながら、いまだに残る人種差別と、そこからくる悲しい事件がいまでも頻発しているアメリカの事が頭をよぎったが、いかんいかん、ビートルズの映画だったと我に返る。

それにしても1964年のアメリカでのライヴ、特にワシントンでのお馴染みのライヴにおけるビートルズのテンションたるやとんでもない。
もうね、リンゴのぶちギレ方は半端ではなかった。ロックドラムの基本にして究極のブッ叩きまくりドラム。
この時点ではビートルズも、観客も、時代も、全てがこの初めてのとんでもない情況に興奮していて、ひたすらアッパーなライヴになっていたのが伝わってくる。デビュー前の、パンクみたいな発情したロックンロールをやってたビートルズの匂いを残す最後の時期だったんだろう。

1965年になってくるともうビートルズはビートルズでいることに疲れだしている。観客はまだまだビートルズに興奮しているけど、ビートルズ自身は前の年ほどライヴのテンションは高くないし、グルーヴやBPMも落ち着いている。王者の貫禄とも思えるが、世界を相手する挑戦者のような猛り狂うような勢いはない。
それでも史上初のスタジアムコンサートであるシェイスタジアムの映像は感動的だし、さすがのビートルズも5万6千人の金切り声を上げる大観衆を前にして、その異様な光景には興奮したらしく、テンション高いライヴをしている。

ただこれもずっと続けばウンザリしてくるんだろう。観客はまるで音を聴かずただ騒いでるだけだし、ライヴが終われば身の安全のためとはいえ窓もない囚人護送車に乗せられ会場を後にしたり、あるいはツアー場所各地の記者会見における悪意ある質問や、毎度毎度聞かれる頭の悪い質問に対して、ジョークで返す気力も無くなっていってるのが伝わってくる。

「ヘルプ」がガッツリと流れたんだけど、歌詞を見て改めて思った。
本当にこの時期のジョンの、頼むから誰か助けてほしいっていう気持ちがストレートに表現されていて、おおよそアイドルが歌うような歌詞じゃないのに、映画の主題歌になりシングルカットされて世界中でNo.1になってしまって、ライヴでは絶叫する女の子の前で歌わざるをえない。そのときの無力感たるやとんでもなかったんだろうなと。どんなに自分の気持ちをストレートに言っても、ビートルズという巨大な現象の前にはジョン・レノン個人の思いなんてどうでもいいんだ、という事実をつきつけられた時のジョンの心情を思うと辛くなってくる。
だからジョンがキリスト発言をしたときも、ビートルズというものが自分とは別物の、象徴的ななにかと本気で思っていたんだろう。
釈明会見でも「確かに若者の間ではキリストの影響力は落ちてる、キリストよりもビートルズの方が影響力があるとは言ったけど、別にそれがビートルズでなくても良かった、別にテレビでもなんでもよかったんだ」と言っていた。

ジョンが「ヘルプ」を作った時からビートルズの解散は用意されていたし、ビートル・ジョンではない、ジョン・レノンを確立するための道程が出来てたんじゃなかろうか。

この映画はビートルズがライヴをやる気力を失っていく過程をドキュメントしたものと言ってもいいかもしれない。観ていてだんだん辛くなってしまった。

だからこそツアーをやめてレコーディングに専念した最初のアルバムである「サージェント・ペパーズ」があれだけ画期的でとんでもない作品になったのもよく分かる。抑圧がでかければでかいだけ開放されたときの弾けっぷりは凄いことになるんだな。ビートルマニアの女の子じゃないけど。

最後に、この映画で好きなシーン。
シェイスタジアムん時の「ア・ハード・デイズ・ナイト」ん時のジョン。
ポールのパートになるときにジョンが「さあポールが歌います」みたいな感じで手をポールの方へ向けながらヒョコンと跳び跳ねるるとこ。で、そのポールのパートでポールがちょっとタメ気味に歌いすぎてジョンのパートにもつれこみそうになってジョンが「おいおい」みたいな表情になってるとこ。今まで気付かなかった〜。

あと、インタビューされてるとき後列上段のジョージが、前列下段のジョンの頭に灰皿のようにタバコの灰を落としてるとこ。しかも2回も!でもジョンは笑いながら慌てて頭を振って灰を落としてた。
この二人、三歳年の差があって兄貴と弟って関係みたいだったけど、弟の結構キツいイタズラにジョンは怒らないもんな。いかに仲良かったか。このシーンは初めて見たけど笑ったな。

久しぶりです

久しぶりにもほどがあるほど久しぶりの更新です。

興味を持ってここを訪れてくれる人がどれ程いるかは分からないけど、今回はどうしても来てほしいイベントがあるので書きます。



今月25日は地元神辺のハイダウェイで高瀬企画というか、俺と俺がリスペクトするシンガーソングライター、山崎怠雅さんとガジュマルさんを東京から招いてスリーマン・ライヴをやります。


山崎怠雅(やまざきたいが)君は、繊細で詩情豊かなシンガーソングライターとしての側面と、狂気のノイズブルースハードロックギタリストとしての側面が、全く違和感無く同居した、まさに奇才と言うべきアーティストで、その超然とした佇まいも含めて滅多にお目にかかれるもんではない才人だと思う。


出会いは10年くらい前だろうか、彼が捻転時計というバンドをやっており、俺がワイセッツというバンドをやっていた頃、たまたま渋谷のエッグマンで対バンしたのがきっかけだった。
最初はリハーサルの時、彼が弾くブルースフィール溢れるフレーズがあまりにもサマになっていて、一聴して「お仲間だ」と思った。本当にペンタトニックとブルーノートで「ちゃんと歌ってるフレーズ」が弾ける人は東京においてもレアだったんですよ、ライヴハウス界隈にいるようなミュージシャンだと。だからすぐに声をかけたように記憶している。人見知りなくせにレアで素晴らしい才能に対しては図々しくいくんだよ、俺。

しかし本番のライヴを観て度肝を抜かした。
とにかくライヴハウスが完全に音で飽和状態になったように感じたくらいの大爆音のギターが鳴っていて、しかもそれがちっともうるさくない。下手なクセに「ロックンロールは音がでかくなきゃあよぉ」みたいなこと言ってバカでかい音で鳴らしているギターってホント耳障りなんだけど、怠雅君のギターは「本当のノイズというのは美しいんだ」ということをよく理解しているギターだと思った。第一回フジロックで観たボアダムスの超爆音ライヴと同じような感じだった。


そんな第一印象だったけど、彼が優れたソングライターであり、リスナーとしても博覧強記の人だということに気づくのはもう少し親しくなってからのことだった。

捻転時計はヴォーカルは怠雅くんではなかったが、曲は全て怠雅君が作り、歌もそのヴォーカリストよりもよっぽど歌えるという、まさに捻転な山崎怠雅だが、彼がソロでアコースティックギターで弾き語りをしているのを聴いて、捻転時計の爆音ギターに目眩まし、いや耳眩ましさせられていた繊細でリリカルな楽曲の素晴らしさに気付いた。
夜の空気感と情景が皮膚感覚で伝わってくるような、そんな歌とアコースティックギターのプレイだった。
捻転時計ではない自分のバンドではさらに過激な大爆音ギターと絶叫シャウトをぶちかますのに、ソロでは真逆ともいえる内省的で繊細な世界観を見せる。でも矛盾はしていない。北野武の振り子の理論の通り、その二つの極限の世界観は両方が等しく存在してうまくバランスが取れている。

リスナーとしてもとても共有できるところが多く、少なくとも早川義夫さんやはっぴいえんど、レッド・ツェッペリンやクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングやゴールデンカップスについて俺が本気で語り合える人は彼をおいて他には居ない。元々早川義夫さんを呼ぶ捻転時計のイベントに声をかけてもらったのがきっかけで彼と親しくなったんだった。
俺がキチガイになるくらい好きなエリック・クラプトンとキング・クリムゾンを真っ向から否定するのも、ちゃんと聴いて良いところは認めた上での否定だから納得できる。


怠雅くんとはお互いの弾き語りにギターで参加したり、怠雅〜スと称してジュリーやカップスやはっぴいえんどをカバーするユニットをやったり、キョドルト・ヴァレルというハードロック・バンドをやったりと色々絡んできた。ついこないだも久々の俺のライヴに参加してもらったりもした。

それでもまだ理解してないとこもあるし、つかみどころが無いと言えば無いままだ。けれど別にそれはそれで構わない。クソ爺ィになってもたまにライヴ一緒にやって、終わったあと酒呑みながらツェッペリンのあの曲でジミー・ペイジが使ってるエフェクターはああでこうで、とか言えりゃそれでいい。



ガジュマルさんとの本格的な出会いは、ワイセッツが解散した2008年とかだから、かれこれもう8年くらいになるのか❗自分で書いててビックリした。

当事彼女が店長をしていたライヴハウス、代々木ブーガルーにライヴに出ることになったのがきっかけで知り合いになったんじゃなかろか。
話をしているなかで彼女もバンドやソロでやっているシンガーソングライターなのだということを知り、見た目もとても可愛い人だから(笑)ライヴに行ってみた。人が行動を起こす動機なんてそんなもんよ。

彼女がやっているバンド、サルパラダイスのイベントで、ナチュラル・レコード、うつぼ、いろちがい、踊り場ソウルというバンドが出ていた。
当事、自分のバンドが無くなった虚脱感と、自分一人の作品作りやなんやを早くやりたいのに煮詰まっているという状態で、かなりネガティブな気持ちの時に観たそれらのバンドは、とてもとても新鮮に感じられ、その高い音楽性や熱量の高さに興奮した。それと同時に俺はこういったシーンには今まで全くコミット出来ていなかった、あんだけ頑張ってたのにこういうバンドとは巡り会えなかった、自分はまだまだ駄目なんだなぁととても悔しさを感じた。

そしてトリのサルパラダイス。横揺れの物凄く気持ちのいいグルーヴ、ハッピーなバイヴス(笑)、ニュー・ソウルをルーツにもつ緩やかだけど熱いサウンド、そして何よりヴォーカルのガジュマルさんの圧倒的な存在感と声、下ネタも辞さないガハハなキャラクター、全てが当事の俺にとって必要としていた栄養であり契機であった。
自分にはそれらがまるで欠けていたけど、それが悔しさを通り越して発火剤になった。
ライヴイベントが終わったあと、挨拶もせずにすぐにライヴハウスを抜け出して自分の家に戻ってすぐ創作に打ち込んだのを今でも覚えている。


その日がきっかけになって俄然サルパラダイスが好きになり、ガジュマルのソロライヴにも行ってみたいと思うようになった。
で、初めてガジュマルのライヴを観て、さらに驚いた。サルパラダイスとは全然違う、もっともっと個人的な音楽で、独自性、オリジナリティという意味ではサルパラダイス以上のものがあると思った。
寓話をクラシックピアノの伴奏で聴いてるような、物凄く起伏に富んだ物語が一曲のなかで展開されてるような、凄い世界がそこにはあった。
また、曲の中で引用される笠置シヅ子さんの「ジャングル・ブギー」や、笠置シヅ子さんのカバー「買い物ブギー」など、俺が大好きな笠置シヅ子をこんな形でピアノ1つで自分でアレンジして歌ってる女の子が居たんだ‼と訳もわからず興奮した。いつかこの人と高峰秀子さんの「銀座カンカン娘」か越路吹雪の「ろくでなし」をデュエットしたい!と思った。後者は後に実現するのだが。


とにかく一時はとりつかれたようにサルパラダイスのアルバムを聴き、サルパラやガジュマルのライヴに行き、人見知りをアルコールで腹に流し込んでサルパラダイスのリーダーの田中さんやキヨさんとも話せるようになり、いつのまにか彼女らがやっているライヴハウスに出るようになり、そこでの仲間と繋がり、近所付き合いもし、と非常に幸福なコミュニティに属させてもらえるようになった。

何度もヒドイ迷惑をかけて、見棄てられてもしょうがないようなことしたのに、こないだ東京に行った時も昔と変わらずライヴハウスで呑んだくれながら話し倒したり、高円寺駅北口のバスロータリー広場の、ネズミが這ってるような地べたに座り込んで発泡酒呑んだりと、本当に楽しい時間を過ごした。

そのきっかけとなったのがガジュマルさん、サルパラダイスの音楽であり人となりだ。向こうは俺のことなんかもう呆れているかもしれないけど、俺は相変わらず彼女を、サルパラダイスをリスペクトしている。



そんなお二人、山崎怠雅くんとガジュマルさんを招いてのライヴ、是非是非多くの人に来てもらいたいし、その音楽や人に触れてほしい。素晴らしいから。


当日は俺自作の酒のツマミ、たぶんホルモン炒めかなんかを安価で提供して、イベントにニンニクくさい華をそえようとも思ってます。

いや〜来てもらいたいなあ。

〒720-2117
広島県福山市神辺町下御領1383-4
TEL:084-965-0410 
HIDEAWAY

9月25日、夕方19時から。
1500円、ワンドリンク付きです。

閣議決定並みの拙速なリリース、本日!

 本日5日、東新宿のライブハウス真昼の月夜の太陽にて、俺とドラムの河野瞬とのユニットでライブをやります。時間は20時50分くらいからっす。



 ひと月ぶりくらいなので新しい曲でも増やそうかと思って作ってたら3曲も出来てしまい、それのアレンジのためにスタジオ入ったら割とすんなり出来たんでだったら録音しようということになり、どうせなら発売出来るようなクオリティにしようということで一発録音ながらカッチリとミックスしたりなんかして(只今進行中)、あれよあれよという間にライブ当日になってしまった。実質作業期間5日というどう考えてもムチャな進行なんだがこれが結構いい調子。俺史上で最もハードでスピード感のある音源に仕上がりつつある。


 例によって発売後も勝手にミックスとかテイクを変えてしまって、知らぬ間にコレクターズアイテムを増やしてしまう俺だけど、なんかそういういい加減さとか、レコーディングからリリースに至るまでのせっかちなスピード感まで、河野瞬とやってるこのユニットはそういうのがしっくりくるんだわ。



 ジョン・レノンの名曲「インスタント・カーマ」にまつわる有名なエピソードに、朝起きたジョンはふとメロディーを思いつきピアノで曲を仕上げ、昼くらいにはミュージシャンを手配しフィル・スペクターも連れてきてレコーディングをその日のうちに完成させ、一週間後にはリリースしたというのがあるが、ジョン曰わく「新聞みたいなペースでレコードがリリース出来たらいいね」という彼らしいコメントを残してる。



 作ったそばからネットを通じて配信できる現在の状況をジョンは狂喜したかもしれないが、今回の俺もそれに近い心境だ。といったらおこがましいとは思うが、まあとにかく粗製濫造とも言えるスピード感の中から名作を生み出していた昭和のクリエイター達(漫画家や映画監督など)を見習って「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」的方式でいけりゃあなあと思う。100曲トライして一曲でも快心の作が出来りゃいいじゃないの。トロイのはイライラすんだよ。




 今回の音源は新曲3曲+河野瞬とのユニットのいつものライブでやってる曲3曲の計6曲をレコーディングし、それにプラスしてスタジオでのリハーサル時に気まぐれにやったジャムやらカバーやらの音源から面白いものを選んでハードコアリマスターして収録、なんだかんだでCD収録時間をフルに使った大盤振る舞いのもんになってます。自分で聞いてても疲れるくらいハードな音源で、それを80分も聞かされる方はたまらんわなぁとは思ったけど、「出るもんは出せ」by横尾忠則、ということで現在の記録としてぶち込みました。ホント、ライブにきてほしいし音源もゲットしてほしいわー。

近況とライブ告知

 最近の事を箇条書きにしてみる。



 ワイセッツの頃からの知り合いで、かつてバンドで一度ライブもやったことがあるドラマーの河野瞬と久々に会って、居酒屋呑みだの路上呑みだのしてるうちに一度ライブでもやってみっかということになり、やってみたらこれが楽しくてしょうがない感じになった。
 俊敏で柔軟性のあるドラマーの河野瞬とやってると、どんなインプロヴィゼーションも、リズムアプローチも、方向転換も、気まぐれも対応してくれるので俺の自由度が半端ない。
 元々そういったフリーミュージックが好きなのにも関わらず、ちゃんとした構成のある歌ものに留まるような音楽を長らく自分に義務付けていたようで、それが自分の資質にブレーキをかけていたということに改めて気付かされた。
 このユニットでのライブ、次は7月5日にある。真昼の月夜の太陽にて。是非是非みにきてほしい。



 その河野瞬と再開したのがヒゲとボインとして出演した下北沢でのライブ。そこで出演していた沖ちづるさんというシンガーソングライターの歌に惹かれ、後日改めて彼女のライブに行き、すっかりハマってしまった。
 趣味的な共通項やなんかもあるが、そんなことよりも彼女の独特のヴォーカルスタイルと、それと不可分なシンプルなメロディーを持った、ほんとうに素晴らしい楽曲にやられてしまった。
 特に彼女が高校時代に録音した4曲入りの音源のあまりの純粋な音に感動してしまって、今やヘヴィーローテーションだ。
 「無垢」というのが褒め言葉なのかどうかは分からないが、そんなものを久々に感じた。これ以上何も足さなくていい、何も引かなくていいという絶妙な温度が心地いい。



 時を同じくして以前フラッとライブを観に行ったお返しに俺のライブに来てくれたシンガーソングライターのmiinaのライブにも改めて行った。
 沖さんに比べれば歌もギターもはるかに巧いんだけど、その巧さによってぼやけない「したたかな純粋さ」があるヴォーカルと楽曲で、これまたやられてしまった。声から出ている心地良い周波数の含有量が半端ではない。



 ちょうどこの時期色々バンドに関して考えることがあり、イライラしたり、悩んで考えが逡巡したりして疲れていたので、この二人の若い女性シンガーソングライターの純粋な美に、あんまりいい表現じゃないかもしれないが「癒された」。



 なんかあんまり余計なことを考えたり、純粋な創作面以外の部分で煩わされるのは、自分の残りの時間がどれだけあるのか知らないが、邪魔くさくなってきた。しょせん自分の脳は、どこに向かってとか、どこに照準を合わせてとか、自分を客観視してとか、そういった事を深く思考するように出来てねぇんだなぁと思った。瞬と一緒になってどこに向かうか分からないインプロヴィゼーションに突入するときに一番スリルを感じるようなヤツで、人様をどうこうしようとか、全体を俯瞰してどうこうとか、向いてねぇわ。そこに対する意識を蔑ろにするつもりは無いが、自分がもっともっと集中して「音楽」となる、という修行をしてからじゃないと偉そうにできない。




 と言いながらここ最近立て続けにラジオの音楽番組の企画と台本作成の仕事をすることがあって、改めて音楽について深く考えを致す時間が増えた。



 A→B→サビという定型に囚われない楽曲構造、組曲形式をロックやポップスに持ち込んだ冒険作「ロックンロール・スィート」特集。


 長らく活動を続けているアーティストなら誰でもやっている「セルフ・カヴァー」の様々な有り様から、それぞれのアーティストの特性や真正を探るという特集。



 芸術を創作する上で外せない「オマージュ」という行為を、模倣やパロディ、本家取りなどなど様々なパターンの楽曲から分析する「オマージュ」特集。



 などなど。こういうのを改めて考えてると、結局自分の創作にいい形でフィードバックしてくる。
 所詮「真のオリジナル」なんてもんは虚構であって、自分がインプットしたものをどうアウトプットするか?ということこそが「創作」という行為であり、「自分」というのはフィルターであり中継地点でしかなく、自分自身になにがしかの独自性や個性が無ければなにをそのフィルターに通したって創造行為にはなりえないんだということを再確認した。怖い怖い。



 そのラジオ番組、自分が喋ってるわけじゃないので、いつか自分が喋ってるバージョンでレコーディングして無料配布用のCDにでもしようかなと、イリーガルな考えを持ってる。




 さて、そんなこんなしてるうちに生誕日を迎えてしまい、ヒゲとボインの結構深刻な会議の途中で、どうリアクションしていいか分からない苦手なサプライズパーティー的なものもしてもらい、別の友人宅に行く用事があったためホロ酔いでチャリンコに乗って急いでたらチェーンが外れて派手にすっ転び、今にも残るパックリ生傷を作る。
 結局その日は友人宅で酔いつぶれてしまい、二日酔いで朝帰りというクソみてえな第一日目を迎えてしまった。



 そんな屑野郎の俺だけど明日と明後日ライブがあります。


 13日金曜日は新宿歌舞伎町にあるソウルキッチンというライブバーにて。時間は20時半くらいから。
 ただ、もう今夜だっつうのに具体的なビジョンがまだ見えてないというカオス状態。
 というのも今日の昼は、真昼の月夜の太陽でPAをやってくれたりヒゲとボインのCDのミックスもやってくれてるエンジニアの篠原くんとスタジオに入るので、流れによっては今夜のライブは一緒にやるかもしれないんだよね。その辺は柔軟に、いい加減に、インプロな感じで。



 で、なんでそんな篠とスタジオに入るかというと、14日土曜日に真昼の月夜の太陽にてデュオ・ライブをやるからなのだ。
 デュオといっても彼は楽器ではなくて、ノイズだったりミキサーだったりエフェクターだったりと、なにがどうなるかまだよくわからない相棒。
 こういう不確定要素だらけの時にこそ本領を発揮出来なけりゃミュージシャンやってる意味がない!といういい頑固なヤツなので、楽しむさ。
 いいライブになるよう祈って、あるいは呪っていてほしい。時間は20時45分くらいから。



 とにかく、きてほしいわ。居てくれたらそれだけで俺らの演奏にフィードバックさせるんでさ。どうせならハッピーな音楽を生み出したいもんね。
Profile

高瀬大介

最新コメント
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ