2007年01月17日

「教育ってなんだろう? 8」

5acdffcc.jpgみんなはそれぞれの住む地区にしたがって、べつべつに”子どもの家”にほうりこまれました。
こういうところでなにかじぶんで遊びを工夫することなど、もちろん許されるはずもありません。
遊びをきめるのは監督のおとなで、しかもその遊びときたら、なにか役に立つことをおぼえさせるためのものばかりです。
こうして子どもたちは、ほかのあることを忘れてゆきました。
ほかのあること、つまりそれは、たのしいと思うこと、むちゅうになること、夢見ることです。
しだいしだいに子どもたちは、小さな時間貯蓄家といった顔つきになってきました。
やれと命じられたことを、いやいやながら、おもしろくもなさそうに、ふくれっつらでやります。
そしてじぶんたちの好きなようにしていいと言われると、こんどは何をしたらいいか、ぜんぜんわからないのです。
たったひとつだけ子どもたちがまだやれたことはといえば、さわぐことでした。
でもそれはもちろん、ほがらかにはしゃぐのではなく、腹だちまぎれの、とげとげしいさわぎでした。

(ミヒャエル・エンデ 『モモ』より)

takasenpost at 22:51│教育ってなんだろう?