2008年05月16日

曽我部恵一BAND

キラキラ!キラキラ!
曽我部恵一 上野智文

ROSE RECORDS 2008-04-15
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 ど真ん中ストレートじゃん! どうぞ打ってくださいと言っているようなロックが再生ボタンを押した途端、耳に飛び込んできたのには驚いた。この曽我部恵一という男、僕にはポップ職人というイメージがあって、様々な方法でいかにポップであるか、つまりは楽曲構築が優れているかを追っているアーティストだなという感じが好印象だったのだけど、この『キラキラ!』という名前もまた直球なアルバムは、単純にグッド・メロディ、グッド・サウンドであることを、衝動で、なのか、確信犯的に、なのか、やっている。

 直球とは言うものの、熟練ポップ魔術師、曽我部にかかれば一聴、単調に思えるロックも味がある。シンプルにすればするほど曽我部という男の味が出てくる。その味はゆったりとした大人の余裕とでも言うか、寛大さとでも言うか。十代のバンドが『キラキラ!』なんてタイトルでアルバムを出そうものなら、笑い者にされるか、無視されるか、なのだけど、30代が『キラキラ!』と言いきっちゃうと、そこにはどうしてか説得力が生まれる。

 で、まあ、肝心の音楽なわけだけど、取り立ててここが良いというのは、ない。よくドライブしてスウィングするロックンロールですよ、と言ってしまえば、それで十分な音であり、まあそれでも何かを言うとしたら、あえてなのか、ざらついた音質にしナマっぽさを出していたり、ヴォーカルが全面に出るような音の処理をしている、ということなのだけど、この突っ走っちゃってる音楽にそんな野暮なことは言わないでおこう。言っちゃったけど。

 突っ走っているといっても、盗んだバイクでなんちゃら、みたいなものではなく、自転車を必死こいてこいでいる感じだ。そこにあるのは一所懸命、という言葉なのだけど、一所懸命であることが素晴らしいのだと、それが輝くということなのだと、言い放っているかのような楽曲が清々しい。ザ・フーが「俺達の世代だ」と叫び、ニルヴァーナが「大人ファック!」と叫んだことと反対に、この音楽には先がない。一所懸命、何かを訴えても咲けんでも、その「何か」に実体がない。それは頑張った末に何かが手に入るといった類のものではなく、頑張ることが重要だと、結果としてどうなるかは知らないが、何かを目指すことに意義があるというメッセージ。

 それは仏教的な意識ではあるが、あながち、間違いではない。そういう意味ではアメリカでもイギリスでもなく、日本で生まれた「マイ・ジェネレーション」。走った末に、見えるものがあるかどうかは知らん。しかし知ることができないからこそ、先が見えないからこそ、それは希望でもあるという言い方もできるわけで、「希望」などという安っぽい言葉にズドンとミットに収まる説得力を持たせている音楽は、これなんじゃないのかなと、そんな気がする。音楽史に残るものではないと思うが、今しか感じ取れないキラキラが眩しすぎる。

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