2008年08月03日

beck

Modern GuiltModern Guilt
Beck

Iliad / Hostess 2008-07-08


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 ベックが東京の街を歩いていたときのこと、彼は溢れている音を指して「日本は情報に溢れている」と呟いたそうだ。『ミッドナイト・ヴォルチャーズ』が発表された頃の話だったと思う。確かに新宿、渋谷に限らず、東京は情報に溢れているとは思う。しかし、ベックが、街に垂れ流されている音を「騒音」でも「音楽」でもなく、「情報」と表現したことに、僕はなにか違和感を覚えた。それは、彼が、音を、感覚として受け止めているのではなく、文字通り「情報」として受け止めていると感じたからだ。

 実際、ベックの音楽は、まさに「情報」によって成り立っている。『オディレイ』や『ミッドナイト・ヴォルチャーズ』、『グエロ』『ザ・インフォメーション』などは、その最も足るものだろう。ベックの音楽的知識によって成り立っていると言ってもいい。というか、知識がなければ作れない音楽だ。ありとあらゆる音楽要素を楽曲に埋め込み、ジャンルにしても、フォークをやろうがヒップホップをやろうがファンクだろうが、きちんと形になっている。そこにベック流のセンスで、過去の音楽要素であっても古臭くないサウンドに仕上げ、「良い音楽」として成り立たせてしまう。それを指して彼は天才と称されるのだろう。

 僕はベックのことを天才だと思わないが、編集能力は素晴らしいものがあるとは思う。特に『オディレイ』は凄い。過去の音楽に対する真摯な姿勢とユーモアが同居したサウンドは、にやりとしてしまうと同時に驚愕する。次の作品である『ミッドナイト・ヴォルチャーズ』ではユーモアを押し出し、ノリは軽くなった。それを指して否定的な意見があるが、僕は決して駄作だとは思っていない。次なる『シーチェンジ』は、ユーモアか、真摯な姿勢か、で言えば、真摯な作品だった。ベック自身が自らのルーツに立ち返った作品でもあったのだろう。『シーチェンジ』をベックの最高傑作と呼ぶ人は多いと思うし、僕も良い作品だと思う。

 自らのルーツに立ち返ることは、アーティストにとって、自分を見つめ直すことに似ている。過去を振り払う意味合いもある。だからして『シーチェンジ』の次に発表される作品は、どんなものになるのか。もしかしたら、いままでとは全く違うベックの新たな才能が提示されるのではないかという期待があった。しかしベックは、『グエロ』という『オディレイ』の焼きまわしを出した。この二作は全く同じものではないが、ただ、『グエロ』を出した時点で、ベックの才能の限界が見えてしまったのも確かだ。それは、とどのつまり、ベックは音楽を創作する際、最終的な拠りどころは、等身大の自分でもなく、裸の自分でもなく、「知識という情報だ」ということである。中には「ベックはシーチェンジを作ったあと、己の才能の限界を感じ、過去の遺産に頼るしか術は無くなった」という意味で、ベックは終わったという意見もある。

 別に『グエロ』は悪い作品ではない。僕は好きだし、『オディレイ』よりも良い意味でリラックスした雰囲気がアルバム全体を覆っていて、茶目っ気もあって、面白く、そして聴いていて気持ちがいい。ただやはり、知識によって作られた情報的なアルバムなのである。それは『グエロ』の次に発表された『ザ・インフォメーション』も同様だ。なんというか、僕には、ベックから、覚悟を感じない。勝負しようとする気迫も感じない。結局、知識に頼らなければ彼は音楽を作れないアーティストなのだと思う。『シーチェンジ』もアシッド・フォークを拝借した作品だった。

 そこにきて『モダン・ギルト』。正直僕は幻滅したのである。失望したのである。この作品を、ベックが己を曝け出したものだと評する人もいるが、僕にすればどこが曝け出した作品なんだ、と思う。作りに作りこまれた作品じゃないか。等身大のベックがいないじゃないか。妙にサウンドが塗り固められている。サイケデリックというものを、『シーチェンジ』がアシッド・フォークの観点から提示したものだとすれば、本作はドアーズのようなサイケデリックだ。本当にベックは知識という引き出しをまさぐりながら音楽を作っているのだなと思った。ドアーズに限らず、ポスト・ロック的アプローチもあるし、様々な音楽要素がこれ見よがしに散りばめられている。あざとさを感じてしまうのである。いや、良い作品だとは思う。しかし、良い作品どまりなのだ。決して最高だとは、僕は言えない。しかも、知識で作っている点を抜き出しても、同時代を生きるフアナ・モリーナの域に達していない。サイケデリアに対する解釈もフアナに比べて浅い。

 未来のことは分からない。しかし、ベックは一生、己を曝け出すことはできないのだろうなと思う。フォークをルーツとしているにもかかわらず、だ。ベックは器用だ。やろうと思えばどんなジャンルであれ、なんでも上手くこなしてしまうんだろう。ただ、アイデンティティの拠りどころが自分ではなく、知識なのだ。だから彼の音楽には覚悟がない。偉大な天才たちが持っていた、これで勝負してやろうという気迫もない。申し訳ないが、そんな男が論じる現代思想に興味はない。

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