*「ばくち打ち」からリンクを辿っていらっしゃった方は、こちらもお読み下さいね。

え~、月末で忙しいにもかかわらず、大王製紙のバカ御曹司がやらかしてくれたお陰で、問い合わせがジャンジャン入っており仕事になりません。現在、大王製紙関連で「カジノ専門家としてのコメントを欲しい」というご要望を沢山頂いておりますが、一律にお断りを申し上げております。私はカジノの研究者ではありますが、残念ながら例の御曹司サマとは(当然ながら)何も関与がありません。当該事件に対して軽々にコメントをする立場にはありませんので、その点はご了承下さい。

さて、とはいえこのような事件が起こった事は事実、かつ間違った情報を流布し始めている人間もいるので、この事件に関する私なりの総括をここに記します。



まず、この事件に関与する事業者として3つの存在が浮かび上がっています。それが、カジノ運営事業者、カジノ運営事業者の日本法人、そしてジャンケット事業者の3つです。


大王製紙前会長、106億円全額カジノか
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20111027-567-OYT1T00665.html

大王製紙の井川 意高前会長(47)による巨額借り入れ問題で、井川前会長が連結子会社から借り入れた計約106億円のうち約90億円が、海外のカジノ関連会社の口座に前会長名義で入金されていたことが27日、関係者の話でわかった。[...]


カジノの運営事業者とは、文字通りラスベガスやマカオなどカジノを合法とする国々でカジノ施設を開発、運営する事業者のこと。井川氏に対して、ゲームを提供したのは当然この事業者です。一方、カジノ運営事業者の日本法人というのは、このカジノ事業者が井川氏のようなVIPの渡航のお世話をするために日本につくる現地法人のこと。我々の業界では「マーケティングオフィス」などという呼び方をしますが、VIP顧客を本国に送客すること、および新規顧客の開拓を担います。また、今回の井川氏の事件でも報道されているように、VIPが本国のカジノで遊んだ資金の清算を引き受けるのもお仕事です。(多額の資金をカジノに「現金」で持ち込んで頂くのは現実的ではないので、VIPのお客様に限っては多くの場合、現地法人が仲介役となって交遊費を事後清算するのが一般的)

大王製紙内に設置された特別調査委員会の発表によると、この日本法人は「LVSインターナショナル・ジャパン」であるとの事。ということは、報じられている「カジノ事業者」とはLas Veags Sands社になりますね。LVS社は、米国、マカオ、シンガポールでカジノ施設を展開している大手カジノ運営事業者です。


大王製紙株式会社元会長への貸付金問題に関する 特別調査委員会 調査報告書
http://www.daio-paper.co.jp/news/2011/pdf/n231020a.pdf
いずれの貸付についても,事前に元会長から7社の常勤役員に電話して同人が指定する金額を指定する本人名義あるいは「LVSインターナショナルジャパン」名義の銀行預金口座(注1)へ振り込ませ,あるいはエリエール商工に送金させたものである。[...]


そして、この日本法人とは別に存在が報じられているのがジャンケット事業者と呼ばれる存在。ジャンケット事業者とは、上で紹介したカジノ事業者の現地法人の替わりにVIPの送客と新規顧客の開拓を行う外部事業者です。これら業務を肩代わりする見返りとして、自分が送客したVIPの「総ベット金額の○%」という契約でキックバックを貰います。詳細は過去に解説したことがあるのでこちらの記事を読んで頂ければと思いますが、今回の大王製紙の事件においてもカジノ事業者の日本法人とは別に、上記のようなジャンケット事業者の存在も確認されているようです。

また、ここに関しては一部で間違った情報も流布されているので、一応繰り返し強調しておきますがジャンケット事業者への報酬はあくまで送客したVIPの「総ベット金額」(ゲームに賭けた金額)をベースとして支払われるもの。そのゲームで顧客が「勝つor負ける」事は、ジャンケット事業者の報酬には全く影響がありません。下記のリンク先では「客が負けてくれればくれるほど、ジャンケット事業者としては実入りが大きくなる」ので、「負けた人にはどんどん金を貸す」などというコメントをしている人が居ますが、これは完全に間違いです。


大王製紙・井川氏 マカオでヒルズ族とプレイしていた【後編】 「負けた人にはどんどんカネを貸して打たせる」
http://nikkan-spa.jp/83041

[...]ジャンケット業者には『負けた人にはどんどんカネを貸して打たせる』という特徴がある。なぜならジャンケット業者は、客が勝った金額も負けた金額もハウスと折半する決まりとなっているから。客が負けてくれればくれるほど、ジャンケット業者としては実入りが大きくなる[...]


森巣さんは確かにカジノプレイヤーとしては有名な方ですが、あくまでお客様として有名な方でありカジノの専門家ではありません。私が井川氏に対する個別のコメントを控えているのと同様に「よく知らない事」に対して適当にコメントするのは控えましょう。間違った、もしくは憶測の情報が世に広まる事は、けして全体にとって良い結果を生みません。



さて、以上がこの事件に関する解説ですが、以下は私なりに考えた事の総括です。

まず第一に、これは各種報道機関の方々には是非ご理解を頂きたいことですが、この事件の本質は大王製紙の社内における特別背任事件、そしてその先にひょっとしたら認定される横領事件であり、カジノ業界側に事件性、犯罪性はみられないということです(少なくとも今のところは)。今回の事件の舞台となった米国やマカオなど世界の主要なカジノ市場では、カジノ事業者、もしくはジャンケット事業者に対して免許制度が布かれており、それぞれの事業者は各地域で事業を行うにあたって行政の認可を受けています。その際には、申請主が組織犯罪に関与するものではないかなどの背面調査も行われており、けっして非合法な事業を行っているわけでは有りません。

一方で業界人として残念であった事は、このような事件を未然に防ぐ事が出来なかったこと。今回、井川氏は会社法上の特別背任を犯してまで、ギャンブルを行おうとした。この状態を見る限り、「ギャンブル依存症」と認定されてもおかしくはない状態にあります。実は、特に米国のカジノ業界などでは、こういったギャンブル依存症から引き起こされる様々な「不幸」を最小限に留め置くための様々な工夫がなされているのですが、残念ながら今回に限ってはそれら施策は事件を未然に防ぐ効力は発揮しなかった。これに関しては、業界人として忸怩たる敗北感を禁じえません。

私も元事業者にいた人間ですからその気持ちも理解できるのですが、カジノ従業員の立場では例え目の前にいるお客様が「依存症であるかもしれない」と疑念を持ったとしても、そのお客様の交遊行為をとめ、代わりに依存症対策プログラムをご案内するという事は難しいものです。ラスベガスのカジノなどでは「依存症と疑われるお客様に対しては上記のような対応で望む事」という社員教育も為されており、私も事業者に居た時はその様な趣旨の社内セミナーを受けました。また当然今回、日本側で窓口となったマーケティングオフィスの人間も同様の教育を為されているものと想像しますが、残念ながらそれは機能しなかったという事なのでしょう。もちろん一義的には特別背任を犯したご本人が悪いのですが、今回の事件を業界の中に張り巡らされている依存症対策プログラムによってそれが未然に防げなかったことは、業界全体の敗北といってもよいでしょう。この道の研究者として非常に悔しい。

今後、我々が考えてゆかなければならないのはプレイヤーやカジノ事業者の自主性に任せるのではなく、公的プログラムの中でプレイヤーに対しても、事業者に対しても、強制力を持った形で依存者をカジノから締め出す施策を充実させること。我が国のカジノ合法化論議においても、このような施策が依存症対策の中心に置かれて論議をされるべきでしょう。そういう意味では、我が国のカジノは私が以前より提唱している「全登録制」を前提としてスタートさせる事が不可欠であると改めて感じた次第です。(詳細は以下のリンク先を参照)


カジノ合法化に向けたディスカッションペーパー⑫
カジノによる社会コストの低減と経済効果の最大化
http://www.zumodrive.com/share/bBvpYTk5Nz



そして最後に申し上げたい事は、今回はこのような残念な事件とセットになってしまいましたが、一方で我々が確実に知覚したのは日本にカジノがない事によって海外にこれほどまで巨額な消費が移転しているという事実です。今回の大王製紙事件は起こってはならないものではありますが、一方でこの一件によって世の中には毎年、海外に流出している日本VIP消費が確実に存在する事を示唆するものでもありました。そのような消費の流出を国内で流通させ、同時に世界のVIPから消費を呼び込むためにも、現在、国政で進められているカジノ合法化の検討の火を消してはならない。

実は、先週の金曜日にはIR議連の総会が行われ、我が国のカジノ合法化の推進に対して改めて決意表明が行われたばかりなのですが、今回の大王製紙の特別背任事件が我が国の今後のカジノ合法化の論議に対して間違った方向に作用しない事を祈るばかりです。


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