社会コスト

客引き禁止条例:東京にまたショウモナイ条例が出来た

東京五輪を控えたいわゆる「都市浄化」の一環なのでしょうが、東京にまたショウモナイ条例が出来ました。以下、FNNからの転載。


東京・文京区 客引きに罰金5万円
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20171002-00000229-fnn-soci
10月から、最大5万円の罰金が科せられることになる。東京・文京区の繁華街で、2日に行われたパトロールには、警視庁と地元の住民など、およそ100人が参加した。

客引きを禁止する条例では、指導や警告に従わなかった場合、最大5万円の罰金が科せられるほか、客引きをした人の氏名や住所、店舗名などが公表される。この地域では、2016年の1年間で、客引きをめぐるトラブルが多数あったということで、警視庁は、住民と力を合わせて、対応にあたる方針。


客引き禁止条例の功罪に関しては、今年6月に発売された拙著「夜遊びの経済学」の中でもかなり詳細に言及を行っています。まず大前提として、東京を含めて我が国の主要都市には客引きと、その先に生じる可能性のある飲食店等のボッタクリに対処できる法令は以下のように既に沢山あります。


1. 風営法:
風俗営業者に対して、客引きおよび、立ちふさがり、つきまといなどを禁ずる(法第22条)
2. 迷惑防止条例:
性風俗等の客引き、一般商業者の強引な客引きおよび執拗な付きまとい、性風俗等のスカウト行為
3. ぼったくり防止条例
性風俗店等に対する料金明示義務、不当な勧誘および料金の取立て禁止


このように既に客引きおよびボッタクリ規制が様々な形で存在するにも関わらず、特定の地域において強引な客引きや、その先に生じるボッタクリ被害が絶えないのだとすれば、それは現存する法令が正しく運用されていないからであって、規制が不足しているからではありません。そのような事実をすっ飛ばして、実は現在多くの都市部繁華街において「客引き」そのものを禁止する条例の制定が広がっており、今回東京の文京区において施行されたのもまさにその種の条例であります。

ただ「客引き」というのは、街に広がる繁華街において必要な「機能」でもあります。特に、大通りに面していない裏通りの雑居ビル、もしくは大通りに面しているが地下や高層階に立地するような商業店舗にとって、「客引き」は視認性の悪さを補完し、そういう立地でも商業が成り立つ為に必要不可欠な「営業行為」です。逆に、特定の地域において客引きを認めないということは、そういう視認性の悪い店舗の成立を認めないという事であり、街は裏通りから徐々にテナントを失ってゆく。当然ながら、そういう地域の不動産価値も下落してゆく事になります。

では逆に「客引き」を禁止して、街の平穏が獲得されるのかというと実は全くその逆の減少が起こったのが、2013年に「客引き禁止条例」を施行させた新宿区歌舞伎町の事例。歌舞伎町では2013年以降、表面上「客引き」の数は街から減りましたが、実はその裏側でぼったくり被害件数が急増し2015年に通報件数がピークに達しました。


【参照】歌舞伎町でぼったくりトラブル急増、取り締まり態勢強化

新宿区の歌舞伎町地区で客引きが案内したキャバクラなどが高額料金を請求する「ぼったくり」トラブルが多発していることを受けて、警視庁は同地区の取り締まり態勢を強化し、街頭での注意を呼びかける啓発活動やパトロール活動を始めた。

警視庁によると、今年1~4月のぼったくりの相談件数は歌舞伎町地区だけで約1千件と、前年同期の約10倍に急増した。


それは何故か?実は、2013年の客引き禁止条例の施行によって表面上の「客引き」の数が減少したのは、前出のような一般的な飲食店やカラオケ店などが条例の施行以降に客引き行為を引き上げたから。一方、そもそもボッタクリをするような悪質な飲食店や性風俗店等は客引き行為が条例で禁じられようとも、そんなものは意にも介さないワケで、実は条例の施行後も根強く地域に「客引き」として残ったからであります。

実は新宿歌舞伎町において悪質な飲食店や性風俗店のボッタクリ被害が激減することとなったのは、2013年の客引き禁止条例からではなく、2015年に上記のようなボッタクリ被害がピークに達したことで警視庁がぼったくり防止条例の運用を強化し、これまで民事不介入を貫いていた客と店の間の金銭トラブルに介入を始め、悪質と認めた場合には「摘発も辞さず」のスタンスを取り始めて以降のことであります。

すなわち、繰り返しになりますが悪質な商業者によるボッタクリや、強引な客引き、つきまとい行為は、既存の法令で禁じられた行為なのであって、客引きそのものを禁ずる前にそれら法令を正しく運用することが必要であるということ。その上で「客引き」そのものを禁止すべきかどうかは、「客引き」がすべからく悪いものであるという先入観を除いた上で、その是非を論議する事が必要であるということです。

個人的には「客引き」は街の賑わいを維持する為に必要な構成要素の一つであって、それを十把一絡げに禁じてしまう行為は街そのものの「価値」を減退させる行為であると思います。

「チンチロリン・ハイボール」に見る我が国におけるギャンブル教育の必要性

先の水曜日にBS-TBSで放送された討論番組「外国人記者は見た!日本inザ・ワールド」に出演しました。以下、番組情報。


外国人記者は見た!日本inザ・ワールド
#27 実は賭博大国!ギャンブル好きの日本人
http://www.bs-tbs.co.jp/gaikokujinkisha/20160420.html

スポーツ界で相次いだ賭博問題。 本音と建て前を使い分ける日本人の ギャンブル観を外国人記者はどう見る? ゲスト:木曽 崇(カジノ研究家)
 

上記番組内でも滔々と訴えさせて頂いたワケですが、我が国日本はイギリスと並んで世界にも稀にみるギャンブル大国でありながら、あまりにもギャンブルの「リスク」に関する基礎教育が不足しています。昨今、スポーツ選手の賭博問題で大騒動となっていますが、実はギャンブルに対する基本的な教育が不足しているのはスポーツ選手だけの話ではなく、我々日本人全体の問題です。

我が国では、義務教育期間中に酒やタバコに関するリスク教育が行われるよう文科省の定める学習指導要領に指定されていますが、一方でそれらと同様に「大人になってからリスクをキッチリ理解しながら嗜むべきもの」とされている賭博に関しては、一切のリスク教育が為されていないんですね。一方で、世に出れば合法、非合法に関わらず賭博性を持つ遊びというのもの溢れているワケで、昨年発生したプロ野球選手、そして今回発生したバドミントン選手に例を見るまでもなく、当然のように「賭博との付き合い方」を間違えてしまう人間がそこに発生するワケです。

一方、昨日のことでありますが、オフィス近所の初めて入った食堂でランチを喰っていたところ、以下のようなプロモーションを見かけ、改めて「ギャンブルに関するリスク教育」の必要性を感じた次第です。

P_20160422_114518

こういうのを見ると、私としては溜息をつくしかないのですが、この商品を「プロモーション」と称して平気で掲げている店が普通に存在している事自体が私の指摘する「ギャンブルリスク教育」の不足の象徴です。

現在、文科省が定める学習指導要領では中学数学において確率を教えているようですから、少なくともこの国で教育を受けている限りは、サイコロを二つ振って「ゾロ目」、「遇数(ゾロ目以外)」、「奇数」が出る確率は一応、皆が理解をしているハズです。

ゾロ目:6/36
偶数(ゾロ目以外):12/36
奇数:18/36
 
ただ、ギャンブルにあまり馴染みのない多くの人は、上記のサイコロの「出目」の確率がギャンブルリスクの判断に繋がっているという事を理解していない。例えば、このお店の通常のハイボールの値段は350円ですから、それぞれのシナリオで発生しうる客の支払いは、店側の観点から見ると以下の通りになります。

ゾロ目:6/36 →0円
偶数(ゾロ目以外):12/36 →175円
奇数:18/36 →700円

このゲームから期待される収益は、すべてのシナリオにおける発生確率とその時に起こる結果の「積の総和」、即ち非常にシンプルに表現するのなら「横に数字を全部を掛け合わせた上で、更にそれを縦に足し合わせる」ことで求められます。よって、このゲームの期待収益は:

 6/36*0
 12/36*175
+)18/36*700 
----------------
 408.33

即ち、このゲームは通常価格350円で提供されているハイボールを実質408.33円で販売するという商品であって、少なくともプロモーションには全くなっていないわけです。

後で聞くところによると、このチンチロリン・ハイボールなるゲームは、巷の居酒屋では結構広く存在しているようで、通常は「奇数が出た場合には料金が二倍、かつ二倍に増量」というルールが採用されている模様。おそらく私がランチに入った店の経営者は、この一般的なチンチロリン・ハイボールのルールを誤って導入してしまったのだろうと想像しますが、これが何の違和感もなくメニューに載せられ、通常価格のハイボールと並んで商品として存在してしまっている事自体が冒頭で述べたとおり我が国のギャンブルリスク教育の不足を象徴しているとも言えるでしょう。

ちなみに、実はこのような基本的なギャンブルリスク教育の必要性に関しては、昨年4月に行われた衆院文科委員会における下村大臣(当時)の答弁で、文科省として検討に着手するというコメントが既に為されております。その後、国立競技場の建替え問題のゴタゴタで大臣が馳大臣へと変わってしまったワケですが、当時の文科大臣答弁の内容は堅持した形で、ひき続き文科省の方での検討を進めて頂きたいと思います。


【参考】文科省がとうとうギャンブル依存教育の検討着手
 http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8794366.html

「疑似カジノ化している日本」なるレポートについて

Big Issueは、僕も街角で売り子を見かければ買うようにしています。

ただ、僕がかの雑誌を買っているのは純粋に社会復帰に向かって頑張って「売り子」をやってるホームレスさん達を応援したいからであって、雑誌としてのBig Issueは、ホームレスが読者の相談に応える「ホームレス人生相談」以外は全く読みどころのない、その辺のフリーペーパー以下の雑誌という評価です。正直、彼らが売ってるのがポケットティッシュであったって、僕は多分買います。てか、ポケットティッシュの方がただ右から左にゴミ箱に捨てられる紙束よりは、鼻が咬めるだけ僕にとっては意味があります。寧ろポケットティッシュを売ってください。

…と、雑誌としての評価を全くしていないBig Issueさんから、どうもギャンブル依存症に関するレポートが発行されたようです。てか、これ、「高知の片田舎でまだ消耗してる」でお馴染みのイケダハヤト氏が、「俺、スゲェの作ったぜ」的に例のごとく壮大にアピールしていた奴ですよね。(イケダ氏はBig Issueオンライン版の編集長)


疑似カジノ化している日本 ギャンブル依存症はどういう形の社会問題か?【PDF】
 http://www.bigissue.or.jp/pdf/gambling.pdf


このレポートのどこがロックなのかは不明でありますが、「ギャンブル依存症は問題だ」という主題に関しては仰る通りですし、今のパチンコ業界の取り組みが不足だという点に関しても全く異論はありません。ただ、私としては端々に記述される先入観のみで語られる「煽り文句」が鼻について仕方がないんですよ、正直。


曰く
「パチンコは、海外のスロット・マシンゲームとは違って、物語性を前提にして強烈な視覚・音響効果を駆使し、大勝ちの高揚感を繰り返し刷り 込むように開発されてきた」


大変申し訳ないですけど、カジノを専門にする研究者として言うならば「物語性」だとか、「視覚・音響効果」とか、「大勝ちの高揚感」とか、別に海外のスロットマシンとそれほど大きな差はありません。「物語性」に関してはレトリックを求める日本人の方が追及度合は強いでしょうか。一方、音響効果なんかに関しては、海外のカジノスロットの方が日本よりも先を行っています。いずれにしても、両者とも開発側が見ている方向性は大きく変わるものではありません。


曰く
「国内的にどの ような政治的文脈(これについては後述)で運用 されていようと、国際的にはパチンコは明確にギャ ンブルである。」


「パチンコは日本では『遊技』などと呼ばれているけど、国際的にはどう見てもギャンブルだ」という巷で良くあるご主張なのですが、海外にも日本でいうところの「遊技」と同じ概念は普通に存在していまして、そういうゲームを我々は「SWP:Skill with Prize」と呼びます。例えば、海外のSWP機は以下のようなもの。


SKill with Prize
 http://www.healthcorner.com.au/?page_id=898

The Skill with Prize (SWP) game is a low-stake entertainment option; modest cash prizes are awarded but the outcome of all games is solely determined by player skill, […]These games are strictly non-gambling in nature, The typical price per play for a single SWP game is $1 and the maximum prize in a single game is $100.

SWPは低射幸のエンターテイメント機であり、軽微な賞金が付与されますが、その結果はプレイヤーの技術に左右されます。[…] この種のゲームは、一般的なゲームプレイに一回あたり$1、ゲームあたりの最大賞金は$100とされており、厳格にギャンブルとは異なる性質のものとされています。
 

ということで、海外にも日本でいうところの「賭博未満の射幸性を持つ技術介入ゲーム(=遊技)」という概念は普通に存在するもの。この他にも「技術介入が存在しない賭博未満の低射幸ゲーム」を意味する、AWP(Amusement with Prize)という概念も海外のゲーミング産業にはあります。

上記、ビッグイシューによるレポートでは「海外の研究者の眼には、日本のパチンコ産業は 非常にわかりにくい」とか、「パチンコは、国際的にみれば EGM の代表的機種でありギャンブルである」とか、無根拠の煽り文句が散見されるのですが、海外でこの分野を研究していて「SWP/AWP」の概念を知らない人間が居るとしたら、その人は完全にモグリですよ。米国カジノ産業からの「逆輸入」研究者として、私が明言しておきますわ。

繰り返し申し上げておきますが、「日本には更なるギャンブル依存症対策が必要である」だとか、「パチンコ産業の対策は不十分」だとかの文脈には全く異論はないですし、当ブログでもその点に関しては何度も主題として扱っているわけですよ。


【参照】有るべきギャンブル依存症対策の形
 http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8709670.html
 

ただ、「問題は問題として正しく指摘すればいい」のであって、何で先入観のみの煽りエピソードとかをイチイチ挟むのでしょうか? それとも、この種の人達は「知りもしない余所の国の話とか持ち出して『海外では』とか『国際的には』とか無駄な煽りをしないと死んじゃう病」か何かなんですかね。そういう病気は早く直した方が良いと思います。あぁそうか、その辺の無根拠かつハチャメチャな煽り記述も含めて、イケダ氏はこのレポートを「ロックだ」と総評しているのですね。だとすれば、最高にロックです。

…ということで、私としては「まぁ、引き続き、その調子でロックに頑張ってくれや」と思いつつ、ホームレスさん達の再チャレンジ支援として、私にとっては全くもって無価値な紙束をせっせと街角で購入したいと思います。

「公認心理師法案」が再提出されました

再提出までエラク時間がかかりましたが、ようやく「公認心理師法案」が国会に再提出されたようです。以下、 本法案の提出者の一人となった古屋範子議員(公明)のTweetから。


公認心理師法案は、現在、民間資格として乱立する国民の「心のケア」にあたる資格職を、国による公認資格とし、国民の心の健康の保持増進の促進を図る法案です。この公認心理師法案は、昨年6月にも国会に提出が為されていたのですが、その年冬に起こった衆院解散によって廃案になっており、再提出が期待されていました。

しかし、再提出にあたっては、既存の民間資格保持者と新設される資格との間で、一種の利害対立がおこっており再提出がずっと遅れてきた状況。この法案の進捗をかねてからウォッチしてきた私としては、「ひょっとしてこのままお蔵入りしてしまうのではないか?」などと、ヤキモキしておった状況です。公認心理師法案に関しては、以前もエントリでご紹介したことが有りますので、詳しくはそちらをご参照頂ければと思います。

ギャンブル依存症対策: 公認心理師法案の早期成立を
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8503547.html


本法案は、必ずしもギャンブル依存症対策のみの文脈で起案されているものではありませんが、我が国国民の包括的な「心のケア」および、特に今、依存症対策として求められている予防、および依存症の早期発見においては、非常に重要になる法案です。現国会には、我が国のカジノ合法化と統合型リゾート導入を推進するIR推進法案が提出されておりますが、これと併せて公認心理師法案の早期成立を期待したいと思います。

また同様に、今国会で文科大臣が検討着手を明言した、学校教育における「ギャンブルリスク教育」の実施に関しても着実に前に進めて頂き、包括的なギャンブル依存症対策の拡充に邁進して頂きますよう、関係各所の皆様には心よりお願いを申し上げたいところであります。


文科省がとうとうギャンブル依存教育の検討着手
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8794366.html

公明党のカジノ慎重論について

今期国会の最大のお荷物案件になっている安保法案関連で自公間の微妙な調整が続いている昨今、同じく自公で割れている本案件に関しても、公明党サイドからはこういう牽制が出て来ざるを得ない状況は理解できます。以下、日経新聞からの転載。


公明幹事長、カジノ法案反対を重ねて表明
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS26H6I_W5A620C1000000/

公明党の井上義久幹事長は26日の記者会見で、カジノを中心とする統合型リゾート施設(IR)整備推進法案について、ギャンブル依存症対策が不十分だとして反対する意向を重ねて表明した。「依存症は病気だ。『対策は大丈夫だ』と国民に示すのが法案提出者の責任だが、具体的に示されていない」と述べた。


「(IR推進法に依存症対策が)具体的に示されていない」というご指摘なのですが、本件に関しては本質の部分を正しく理解をして欲しいというのが正直なところです。

大前提としてIR推進法は、IR議連が中心となって作成&提出した議員立法であり、この法の成立をもって政府の各担当省庁に具体的な施策案の作成を指示するプログラム法案です。プログラム法案の役割というのは、立法府の立場で大枠の方向性を示すことであって、各種施策を「具体的に示す」ことではありません。

同時にIR推進法案は、我が国のカジノ合法化とIR導入推進を目的とした法律であり、ギャンブル依存症対策を目的とした法律ではありません。その法案内で対策を示唆するとしても、あくまで我が国で合法化される(かもしれない)カジノ産業内に限定された論議にならざるを得ず、我が国の包括的なギャンブル依存症対策をそこで示すことは出来ません。

昨年の厚生労働省研究班による「国内ギャンブル依存症リスク者が540万人」という発表以来、何かと本件をIR推進法に絡めて「政府の対策が不十分」とする論調が出ていますが、今、そこで語られている540万人は、現在日本には存在しないカジノではなく、現在日本に存在する各種賭博、もしくはそれに類するものによって、リスクに晒されている人達です。

今、社会が必要としている論議は、「カジノを合法化するにあたって必要」な論議でもありませんし、「カジノを合法化しないならば必要ない」論議でもありません。今必要とされているのは、「カジノを合法化する/しないに関わらず必要」となる、包括的なギャンブル依存症対策論議なのです。

井上幹事長による「依存症は病気だ。『対策は大丈夫だ』と国民に示すのが(IR推進法案の)法案提出者の責任だが、具体的に示されていない」というコメントは、どうもその辺のご理解頂いておらず、ギャンブル依存症をカジノ合法化論議だけに矮小化して語っているようにしか見えず、非常に残念であるとしか言い様がありません。

我が国では、昨年6月から「アルコール健康障害対策基本法」が施行され、現在、アルコール依存症対策(&急性アルコール中毒)への総合的対策が急速に構築されているところでありますが、ギャンブル依存症対策に関しても同様の政治的リーダーシップが求められているということです。


【参考】アルコール健康障害対策(内閣府)
http://www8.cao.go.jp/alcohol/

カジノ法案反対はただのだだっ子(by 萩生田光一)

これまた何とも煽るような切り抜き方を朝日新聞がしてきました。以下、朝日新聞より転載。


「カジノ法案反対はただのだだっ子」 自民・萩生田氏
http://www.asahi.com/articles/ASH6L6FJSH6LUTFK01V.html

萩生田光一・自民党総裁特別補佐

統合型リゾート(IR)の整備を促す法案(カジノ解禁法案)に反対されるみなさんの論点の一つは、マネーロンダリング(資金洗浄=マネロン)で、盛んにとってつけたように言うが、カジノでどういうマネロンが起きてるのか聞くと、誰もきちんと説明できない。そんなの当たり前だと言うが、そんなの論破でも何でも無くて、ただのだだっ子だ。そういう人たちに限ってカジノフロアの奥にマフィアの事務所があると信じ込んでいる。誤解に基づいた反対には堂々と思いを伝えていきたい。
(国際観光産業振興議員連盟の総会で)


以上は昨日開催されたIR議連総会での萩生田光一議員によるコメントからの引用のようです。

まぁ、表現こそちょっと「アレ」ではありますが、萩生田議員のいう「(カジノ反対派は)カジノでどういうマネロンが起きてるのか聞くと、誰もきちんと説明できない」というのは事実で、彼らも中国辺りから発信される報道などをそのまま右から左に引用しちゃっているに過ぎないんですよね。その内容もちゃんと理解しないまま。

これは以前もどこかで書いた事があるのですが、中国共産党当局が「マカオカジノの売上の大部分はマネロンが関与している」として発表しているマネロンと、我が国でいうところの「マネロン」というのは、その内容が全く異なります。

我が国で言うところのマネロンとは、それを規制する法律「犯罪収益移転防止法」(通称:マネロン防止法)の名が示す通り、「犯罪収益の移転」を意味します。犯罪収益とは、売春、麻薬取引、銃器売買、横領など違法な手法で獲得した資金のことで、この出所を誤魔化すためにその他不特定多数の資金の流れの中にこれを紛れ込ませること、これがマネーロンダリング(=資金洗浄)です。

一方、中国共産党当局がいうところの「マネロン」は、必ずしも「犯罪収益の移転」を意味しません。共産主義国家である中国では、例え正当な商行為によって獲得された資金であっても、原則的に「人民共有の国富」であり、それを個人が自由に国外に持ち出すことが認められいません。具体的には、中国政府は自国民に対して年間5万ドル(約615万円)、一回あたり1万ドル(約122万円)を上限とした資金の「持ち出し制限」をかけており、それを上回る資金の海外への持ち出しを実質的に禁止しているのです。

海外への個人財産の移転というのは、我が国を含む自由主義国家においては「経済的自由権」にあたる基本的人権の一つであり、それを国家が制限するというのは特別な事例(例:テロ国家等に対する送金規制)を除いて有り得ない話です。しかし、共産主義国家たる中国では、その様な国家による経済的自由権の制約が当たり前のように存在しており、それら「持ち出し制限」を超えた人民による資金移送を中国共産党当局は「違法な資金移送(=マネーロンダリング)」と呼んでいるのです。

一方、国の経済に完全に陰りの見えている中国では、多くの人民が自国の将来に対して不安を抱えており、リスクヘッジの為に己の私有財産を海外に分散所有しようと考えています。その際の資金の海外移送のハブとなって来たのが、中国国内にあって一国二制度の下で異なる経済制度の採用がなされてきた香港とマカオであり、特にここの所の経済の急成長もあって近年はその中心がマカオに移ってきました。対して、減速する中国経済の「軟着陸」をめざず現・習近平政権は当然ながらそれを面白く見るはずもなく、「漏れだす国富」の流出元であるマカオを押さえようと「マネロン(=彼らのいうところの「違法な資金移送」)の温床」として糾弾し始めた、というのがここ数年のマカオをめぐるマネロン騒動の真の構図です。

その他、例えば近年我が国では、中国人観光客による「爆買い」とも呼ばれる観光消費が注目されており、TVの特集などでは家電量販店やブランドショップで札束を握りしめて中国人が買い物をする姿などがしばしば放送されたりします。しかし、前出の通り中国当局は一回の旅行あたり122万円を超える現金の持ち出しを禁じているワケですから、原則的に中国本土からの観光客がそれ以上の札束を握りしめて高額ブランド品を現金一括購入をしているような姿自体が、共産党当局からすれば「マネロンの疑いあり」ということになってきます。同様に、近年では我が国のみならず全世界で中国人による高額不動産の購入が一種のブームとなっていますが、中国共産党当局はこのような中国人民の海外での不動産購入に関しても「マネロンの疑いあり」という事で実態調査を始めている。


【参考】北京が、違法資金によって購買された不動産を調査
Beijing goes hunting for overseas real estate bought with dirty money
http://qz.com/143017/beijing-goes-hunting-for-overseas-real-estate-by-corrupt-officials/


繰り返しになりますが、我が国を含めた自由主義国家においては彼らが「マネロン」と呼んでいる私有財産の移送は、万人に認められた基本的人権に基づく経済行為です。そのように元々、中国と我が国では「マネロン」と呼ばれている行為の定義が違うワケですから、中国当局、もしくはそれに近しいメディアが「マカオカジノはマネロンで成り立っている」などとしている主張を、右から左に引用したところで意味はありません。

…と、長々と書きましたが、萩生田議員のコメントの意味するところは、大体そのようなものであろうと(勝手に)解説を付しておきたいと思います。当然ながら、ご本人の承諾は得ていません(笑

朝日新聞の「カジノ批判」に改めて見解を求めたい

実は、類似したエントリは以前、毎日新聞の論説に対しても行ったことがあるのですが、今回は改めて朝日新聞に対してエントリを書きたいと思います。以前のエントリは以下参照。


毎日新聞の考える「健全な賭博」とは?
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8759291.html


1. 朝日のカジノ反対論

昨日の朝日新聞の社説にて先月末に国会に再提出が行われた我が国のカジノ合法化と統合型リゾート導入を推進するIR推進法案に関連する論評が行われました。以下、5月8日朝刊からの引用。


統合型リゾート(IR)でカジノを解禁する法案を先月末、自民、維新、次世代の3党が国会に再提出した。昨年の衆院解散でいったん廃案になったものだ。法案をつくった超党派議連は「20年東京五輪までに実現を」という。

ギャンブルは、犯罪を誘発したり、暴力団など反社会的勢力の資金源となったりする恐れがある。遊びとはいえ、金を賭けて射幸心をあおるカジノの設置は、ギャンブル依存症や多重債務者を生む恐れもある。[…]


…という記述で始まり、

・すでに日本にはパチンコのほか、競輪、競馬などの公営競技で、ギャンブル依存症の患者は相当数いる
・依存症の人たちへの対策は今すぐにでも国の責任でやるべき課題
・すでにギャンブル大国と言われるこの国で、カジノを新たに認める必要があるのか。

と、反対論調一色となっております。ただ、これは以前、毎日新聞の社説に対するコラムにも言えることですが、このような朝日の論調を見るにつけて、私はそこに違和感を持たざるを得ません。

2. 朝日は我が国の賭博関連産業においては「善意の第三者」ではない

朝日新聞はギャンブル依存症やその他の社会的影響を懸念する立場から、如何にも「善意の第三者」かの如くカジノ反対論を展開していますが、我が国におけるギャンブル産業の発展においては朝日新聞社はけっして「第三者」ではありません。

第一に、朝日新聞は大手マスメディアの中では戦後最も早くから我が国の競馬産業の大衆娯楽としての普及に取り組んできた企業の一つです。朝日新聞社は、1949年から現在までに亘って、毎年「朝日杯フューチュリティステークス」という競馬レースの提供者となっています。このような提供者名を冠したレースは業界内では「冠レース」と呼ばれるのですが、朝日杯は大手メディア提供による冠レースの「走り」であり、この朝日杯をキッカケに多くのメディア企業は競馬における冠レースの提供に乗り出しました。この朝日新聞提供による朝日杯の誕生をきっかけに、大手全国紙のみならず、全国の地方新聞紙に同様の動きが広がり、現在ではほぼ全ての(公営競技場のない沖縄を除く)新聞メディアが、自社の名称を冠した冠レースを提供しています。

ちなみに、朝日杯はその中でも「G1」と呼ばれる中央競馬の中でも最も「格」の高いレースとされており、昨年の実績では12月21日に開催されるたった一日のレースを対象に125億632万1500円の馬券を売り上げています。

また、朝日新聞社は我が国のパチンコ産業の大衆普及においても、全くもって「第三者」ではありません。朝日新聞のような大手新聞紙は、全国のパチンコ店にとっては最も重要な広告媒体の一つです。特に日曜版には、地域パチンコ店の折込チラシが大量に封入されることが常であり、2010年4月には、朝日新聞グループ内にあって折込チラシの広告代理業を行っている系列企業、朝日オリコミ社は以下のような統計も発表しています。


朝日オリコミ、2010年4月の折込広告出稿統計 上位業種は「食品スーパー」「パチンコホール」「塾」
http://www.findstar.co.jp/articles/view/2302

株式会社朝日オリコミは6月2日に、2010年4月次における折込広告出稿統計を発表した。4月の首都圏1世帯平均の折込広告枚数は539.8枚、前年同月より2枚の増加となった。1世帯平均の折込枚数を業種別に見ると、「流通(スーパー、家電など)」がもっとも多く250.9枚。これに次いで「各種サービス(パチンコ、外食、塾)」160.9枚、「不動産(仲介、マンション)」68.1枚と続く。前年比で見ると「流通」「各種サービス」「通販」が前年を上回っており、とくに「各種サービス」が110.0%と好調だった。

小分類で出稿量を見ると、上位は「食品スーパー」(52.6枚)、「パチンコホール」(37.7枚)、「塾・予備校」(31.4枚)などとなっている。


朝日新聞社にとってパチンコ産業は主要なクライアントであり、その営業拡大を助力する広告サービスを提供している事業者であることが判ると思います。ここにおいても、当然ながら我が国のパチンコ産業の普及、ひいては彼ら自身が問題視するギャンブル依存者の拡大において、朝日新聞は「当事者」の中の一人であると言えます。

3. 朝日新聞のギャンブルに対する見解を問う

以上のように朝日新聞社は我が国のギャンブル産業の普及および依存症の拡大においては決して第三者ではないワケですが、そこで改めて朝日のギャンブルに対するスタンスを問いたいのです。

a) 冒頭にご紹介した社説の中では「すでに日本にはパチンコのほか、競輪、競馬などの公営競技で、ギャンブル依存症の患者は相当数いる」などとしているが、朝日新聞社を含むメディアが我が国においてギャンブル産業の拡大に与えた役割、もしくはその責任をどのように捉えているのか?

b) 「依存症の人たちへの対策は今すぐにでも国の責任でやるべき課題」などと国による対策不在の不作為を糾弾しているが、公営競技やパチンコ産業の国民的普及においてその一翼を担ってきた新聞社にが同様の不作為は無いのか?

という事で、朝日新聞は「すでにギャンブル大国である日本にカジノを新たに認める必要があるとは思えない」などと、如何にも「善意の第三者」ヅラをしながら論評を展開しているワケですが、賭博関連業界を俯瞰して研究対象としている私からすれば、既存の賭博関連産業における中心的関与者が、己の身分を隠しながら都合の良いポジショントークを展開しているようにしか見えないのです。

是非、貴方達が戦後から長らく産業の拡大と普及に関わって来た既存の賭博関連産業と、今、観光振興を目的として語られているカジノの合法化と、どこが質的に違うのか。まずは、その辺りの朝日新聞社としての立場をハッキリと示して頂いた上で、この論議に参加して頂きたいのです。

「文科省がギャンブル依存教育の検討着手」に関するこぼれ話

左派系web論壇誌「マガジン9」にてカジノに関連する記事があったので読みに行ったんですよ。そしたら珍妙な衣装で超「お堅い」TV討論番組に出演して、毎回、世の中の大多数から「この人、なに??」と冷たい視線を送られる事で有名な雨宮処凛氏のカジノ反対論と、その「空気の読めなさ」っぷりにとにかく驚いた次第です。

以下、マガジン9からの引用。


カジノ法案とギャンブル依存。の巻
http://www.magazine9.jp/article/amamiya/18813/

カジノの解禁で、数千億の経済効果――。カジノを作りたい人たちは、お金儲けのことばかり考えている。しかし、ここまで書いてきたように、依存症は深刻な社会問題である。そしてもっと問題なのは、この国の人たちの多くは、そんな依存症に対しての理解や基礎知識が圧倒的に足りないということだ。

カジノを作る前に、「カジノ法案」成立に前のめりな議員たちがすべきこと。それは国内の依存症の問題に政治が取り組むよう、様々な働きかけをすることではないだろうか。


昨日、お伝えしたとおり、一昨日は衆院の委員会質疑の中で文科大臣による学校教育におけるギャンブル依存教育へのコミットメントが示されたばかり。そのように我が国のギャンブル依存症対策に関連する大きな第一歩が踏み出された日の更新記事の中で、上記のようなコラムをしたためてしまう雨宮女史の天性の「間の悪さ」はもはや才能であります。

以下、一昨日の文科大臣答弁からの引用。


文科省がとうとうギャンブル依存教育の検討着手
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8794366.html

下村文科大臣:
子供の頃からしっかりとしたギャンブル依存症についての学習、勉強する機会を設けるという事は重要なことだと思いますので、何らかの子供の教育の発達段階において適時、適切な社会の変化に対応した学習をしっかり身に付けるということは学校教育の中でも必要な事だと思います。検討したいと思います。


雨宮女史の論に代表されるように、カジノ反対派の方々は「推進派はカネの事ばかりで社会問題には全くコミットしない」という構図を一生懸命描くワケですが、当該委員会で質問をした初鹿議員、そしてそれに回答した下村文科大臣とも我が国のカジノ合法化とIR導入を推進するIR議連のメンバーです。

一方、委員会審議の中で過去にカジノが取り上げられた回数は、寧ろ共産党や社民党などカジノ反対派の質疑によるもの方が私が認知している限り多いワケですが、「こんなに依存症が蔓延している日本でカジノ合法化を進めるなんてトンデモナイ」と、政権批判の材料としてギャンブル依存を持ち出すワリには、その対策に関してこれまで何ひとつ具体的な提案を行って来なかった。今、日本に存在しないカジノに向かってどれだけ石を投げた所で、現在、依存症に苦しんでいる人、もしくはそのリスクに晒されている人達にとっては何の解決にもならないワケで、問題を煽る割には実際の対策には全くコミットしないのは寧ろ反対派であると言えます。

先月のBSフジ「プライムニュース」によるカジノ討論で共演させて頂いた「ギャンブル依存症対策を考える会」の代表である田中氏は、同じく先月のブログエントリで以下のような言及を行っています。


大阪府議会代表質問に!
http://gamblingaddictions.info/archives/287

本当に不思議なことなのですが、私たちの発信に対して、話を開いて下さったり、勉強会を開いて下さったり、人を紹介して下さったり、「一歩でも進めよう!」と実際に動いて下さる方は、推進派、もしくは中立のお立場の方ばかりで、明確に反対、もしくは懸念を示されている皆さんとは、殆ど何も実現しないのが現実なのです。これは一体どういうことなのでしょうか?

私たちは「反対のための道具として、ギャンブル依存症が利用されているのでは?」と感じています。カジノ反対運動だけでは私たちは救われません。カジノの反対運動により、ギャンブル依存症対策推進の目がつぶれてしまわないよう、どうか私たちの願いや現実をせめて知って頂くチャンスを頂けないでしょうか?宜しくお願い致します。


ギャンブル依存者による当事者団体から、こんな事を言われてしまうカジノ反対派ってのは一体、誰のために、どこに向かって「反対論」を打っているのか? 「批判のための批判」に始終する反対派の言動には、いささか疑問を持たざるを得ません。

文科省がとうとうギャンブル依存教育の検討着手

昨日の国会において、我が国のギャンブル依存症対策に関して非常に大きな第一歩が踏み出されました。以下、ちょっと長いですが昨日の衆院文科委員会の初鹿明博議員(維新の党)による質疑の文字起こしです。


衆院インターネット審議中継
http://www.shugiintv.go.jp/jp/index.php?ex=VL&deli_id=44735&media_type=wb

初鹿議員:
依存症の対策についてお伺いいたします。いま、統合型施設、いわゆるIR法案が審議に入るか入らないかということで、それに対してカジノが解禁をされて、反対をする人達は依存症が増えるのではないかという指摘がされているわけです。

ただ、私はこの指摘自体は正しくないんだと思います。それよりも寧ろ、我が国は今、駅を降りたら誰でも歩いて行けるところにギャンブル場があるんですよ。国はギャンブルと認めてませんが、パチンコ屋さんがどこにでもあります。そして現状、パチンコの依存症になっていて、いろんな問題を起こしていることも実際にあります。

パチンコだけじゃありません。公営競技の名の下に、競輪、競馬、競艇、誰でも入りやすい、しかもテレビでCMまでやっている。そして、子供まで連れて行ける。しかも未成年者が排除をされていなくて、パチンコ屋さんだって未成年者で入って、やっている人が実際に居る。こういう状況にあって、それが野放図にされていて、依存症になった人たちの対策がされているかというと、それは全くされていない中でカジノが出来たからといって特別に急に依存症が増えるということはなくて、寧ろ今いる依存症の人達に対してしっかりした対策を取る事の方が最優先ではないかなと思っているんですね。

厚生労働省の研究班の調査によりますと、病的ギャンブラー、依存症にあたる人というのは、全国で536万人居るという事なんですよ。男性は8.7%で、女性は1.8%で成人人口の4.8%くらいになるんですが、これは海外と比べると非常に高いんですね。アメリカで1.58%なんですよ。香港で1.8%、韓国で0.8%、最近カジノを解禁したシンガポールでは0.7%というように、日本が非常に高くてですね、これは調査の仕方によって数字は変わってくるという事もありますが、要は何が言いたいかというと、日本は依存症の対策をきちんと取ってこなかった。特に予防について殆どやってこなかったという事に、私は一つの原因があるのではないかなと思うんです。

そこで提案なんですけど、今文科省として薬物については、薬物乱用防止教室というのを小学校の高学年、中学生、高校生、年に一回特別な授業として行っています。これは私は一定の効果があると思います。実は私もライオンズクラブに入っておりまして、薬物乱用防止教育の講師の資格を持っているので、これまで何十回も学校に行って講師をやってきましたので、子供たちの関心や、それによる意識の変化なども実際に見て来て効果があると思っています。ですので、ギャンブル依存についても、小学校、中学校…ま、小学校が早いかどうかの議論はありますが、中学校、高校では是非年に一回教室をやって貰いたいと思うんですよ。

薬物だとかアルコールの依存というのはモノに対する依存なんですけれども、ギャンブル依存というのは行為に対する依存、行動依存だとか、プロセス依存と言われていて、スマフォに対する依存だとか、ゲーム依存と同じ種類の依存なわけです。スマフォ依存というのは大問題となっているじゃないですか。あとゲーム依存も問題になっていますよね。そういうゲームやスマフォも併せて、行為依存自体に対する教育というのが、あって良いんじゃないかなと思うんですよ。

これはやっちゃいけないものではないじゃないですか。ゲームにしても、スマフォにしても、ギャンブルにしても、キチンとお小遣いの範囲でやれていれば、悪い事ではないと思うんです。それが病気になってしまって、依存所になってしまうと大変だという事なので、まず病気になる可能性があるということなどをキチンと知識として持ってもらうというのは必要だと思いますので、依存症に対する教育をこれから進めていって頂きたいと思いますが、ご見解をお願いします。

丹羽副大臣:
先生のご質問の配布された資料を見させて頂きますと、特に最近は若い子たちのギャンブル依存も増えて来ておりまして、現在、学校教育において保健体育の時間を通して欲求やストレスの及ぼす影響や、適切な対処が必要なことについて理解し、自分にあった対処法を身に付けられるようにすること、さらには道徳の時間などを通しまして、衝動にかられた行動に陥ることなく、望ましい生活習慣を身に付け、自分自身の生活を豊かなものにしてゆけるようにすること、また家庭科の時間などを通じて適切な意思決定に基づいた消費行動が出来るようにすることなどを指導させて頂いております。

先ほど先生の質問などにございました、行為依存というのは薬物とは違って、自分の身の処し方一つによって、また学習の中身によって対応することも可能かなと思っておりますので、今後ともしっかりと検討をしていきたいと思います。

[中略]

初鹿議員:
この資料にもありますように、10代から20代前半でギャンブルを始める人が多いわけです。この原因として高校を卒業して、大学、専門学校等に行って、アルバイトを始める。自分で使えるお金が出て来たころくらいから、親のお小遣いをもらっている時と意識が変わって、使い始めるようになるのかなと思うんですよ。特に大学生などで、東京や都市部の方に大学に入る為に上京したりして来て、一人暮らしを始めて、親から離れた開放感や不安などもあって、そういうところに通うようになって、結果としてどんどんハマっていくということがあるんじゃないかと思います。

私も大学生の時に、友人の一人が授業料をパチンコに使って無くなってしまって、そういうのを繰り返した結果、結局中退をしたという友達がいました。当時、私の学校、国立大学は現金で授業料を窓口に収めていた時代でして、現金を貰うからそれを使っちゃうと。依存症になるとそういう見境が無くなってしまうものなのですね。

ですので、特に小、中、高校もそうなんですが、大学に入った年にですね、新入生に対して依存症の教育というのはキチンとやっておく必要があるんじゃないかと、非常に強く思うんです。大臣、どう思いますか?

下村大臣:
それは仰る通りだと思います。今後、今国会で議員立法でIR法案を審議になるのではないかと思いますが、その中で依存症問題というのは、同時に議論されるということの中で、ご指摘のように昨日今日の話ではなくて、我が国ではいろんな環境の中であるわけでありますけども、子供の頃からしっかりとしたギャンブル依存症についての学習、勉強する機会を設けるという事は重要なことだと思いますので、何らかの子供の教育の発達段階において適時、適切な社会の変化に対応した学習をしっかり身に付けるということは学校教育の中でも必要な事だと思います。検討したいと思います。


思い起こせば、私がtwitter内(@takashikiso)での論議から、「義務教育の中にギャンブル依存症教育を」と主張し始めたのが2011年5月の事。当時は国内でそのような主張を行っている人間はほぼ存在していなかったワケですが、公向けのシンポジウム、役所や議員との面談など所構わず、4年間にわたってアチコチに火を付けまくって来たのが実態です。そのような主張がじわじわと拡散し、いよいよ文科省にまで届いたというのは、私としては非常に感慨深いと言えます。


【参照】義務教育の中に賭博教育を(2011年5月31日)
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/4902320.html


ちなみに、このような依存症教育に関する動きは国レベルのモノだけではなく、実は先日、面談を行ったカジノ導入を検討している某都道府県の担当者様からは、国の動きとは別として、自治体として「生活」の授業の中で対応が出来ないか検討を行いたいとのご報告も頂いております。このような動きは、国、自治体を含めて確実に広がりを見せている状況です。

一方、私自身が主張しているギャンブル依存症対策は教育の拡充のみによるものではなく、1) 予防教育、2) 早期発見、3) 治療/回復体制の拡充などが連動した、包括的な依存症対策であります。なかでも次のアクションの「鍵」となるのは、国民の「心のケア」に当たる専門職である「心理職」の拡充であり、昨年の衆院の解散に伴って廃案になってしまった国家資格制度の創出なのではないかなと思っておるところ。

こちらに関しても、微力ながら引き続き出来る限りの形で推進支援をしてゆきたいと考えているところです。


【参照】有るべきギャンブル依存症対策の形
http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8709670.html

「カジノ幻想(by鳥畑与一)」の問題点

さて、ここ1年くらいでしょうか、カジノ反対を唱える共産党系の市民団体()によってカジノ反対派の論客として引き上げられてきた鳥畑与一氏がいよいよ書籍を発刊いたしました。「カジノ幻想」(ベスト新書)です。


カジノ幻想 鳥畑与一(ベスト新書) 

鳥畑氏の主張に対する問題点の指摘はこれまでも同氏の雑誌寄稿などをもとに本ブログ内で幾度となくご紹介してきましたが、これから何回かにエントリを分けながら、この新刊の中に散見される主張の間違いを一つ一つご紹介してゆこうと思います。

ちなみに、これもまた過去のエントリの中でご紹介してきた通りですが、鳥畑氏はこれまでどちらかというと感情的、もしくは直情的な反対論が主流であったカジノ反対論者の中において、何とか反対論拠になるであろう数値分析を持ち出して理性的な反対論を構築しようとしてる面においては、これまでの多くの反対論者とはその性質が大きく異なっています。カジノの事に関してはシロウトながら、一方で多くの文献を読み、またデータを収集するといった努力を積み重ねており、「お手盛り」で適当な反対論をぶちまけているその辺の反対論者とは全く違う。その点において、私自身は推進派と反対派と立場は異なれど同氏を高く評価している…という前提で、一連のエントリは彼の主張の間違いを指摘してゆくものであります。

200ページそこそこの同氏の著書を拝読して、私自身が最初に気になったのは同書に内包されているご自身の主張/分析の矛盾です。前半の章の中で自身が説明したことを、後半の章で否定するような記述をご自身で行うという現象が、同書の中に散見されます。

同書の最も肝心な部分ともいえる論旨部分においてすらもそのような自己矛盾が存在してしまうような状況で、例えば「カジノ推進論の問題点」と題された第一章のハイライト部分において鳥畑氏は以下のように主張しています。


しかし、IRの面積の5%に満たないカジノが、シンガポールのIR収益の8割近くを稼いでいるように、カジノの高収益があってこそ成り立つのがIRというビジネスモデルだ。それは推進派も認める現実である。[…]ただし、この論理は、IR施設という巨大な「箱モノ」を建設・維持するためにはより大規模にカジノのへの集客を行い、より巨額のギャンブル収益を稼ぎ続けなければならないことを意味している。
(鳥畑与一 「カジノ幻想」, 22pg)


このような状況をもって、「統合型リゾート(IR)の構成要素においてカジノは一部であると言えども、実態はその大規模な開発を支える為に国民をギャンブル漬けにするものだ」というのが、鳥畑氏が主張するカジノ反対論の主要部分となります。

ところが、同氏は同じく「カジノ幻想」の後段で出てくる第五章で、シンガポールに存在する2つの統合型リゾートの決算報告書を持ち出して、以下のように分析しています。


(シンガポールにおける)このIR施設の展開が、カジノ収益があればこそ可能になったと推進派は主張するが、サンズとゲンティンの決算報告書を見る限り、それぞれの部門は黒字を十分確保しており、赤字をカジノ収益で賄うことでIRが成立しているわけではない。単独でも十分黒字が確保できる魅力的な施設とサービスの展開があればこそ顧客を誘致できるのであり[…]
(鳥畑与一「カジノ幻想」, 160pg、カッコ内は筆者加筆)


この様に、鳥畑氏は自身の著書におけるカジノ反対論の中核部分として掲げた最も重要な「カジノ推進論の問題点」すらをも、その後に出てくる分析の中でご自身の手で真っ向から否定してしまっている。読んでる側からすれば「なんだそりゃ」の世界であって、私がどこかから反証データを持ち出すまでもない状況が発生してしまっています。

この部分は、鳥畑氏の「カジノ幻想」の中に含まれている問題点を最も象徴的に現わしている記述と言えますが、この他にも自身の主張の矛盾、業界知識の不足からくる解釈間違い、論理の飛躍など様々な問題点が同書の中には散見されており、それらに関しては一つ一つシリーズ投稿という形ででご紹介してゆくつもりです。
著者プロフィール


木曽 崇(キソタカシ)

国際カジノ研究所 所長
エンタテインメントビジネス総合研究所 客員研究員
諏訪東京理科大学 地域連携研究開発機構 客員研究員

経歴:
日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒業(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者での会計監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長に就任。

2014年よりアジア圏最大のカジノ国際会議&展示会であるGlobal Gaming Expo Asiaのアドバイザリーボード委員。2018年より公立諏訪東京理科大学 地域連携研究開発機構 客員研究員。

より詳細なプロフィール

各種連絡はtakashikiso@gmail.comまで
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