春名幹男著「仮面の日米同盟 米外交機密文書が明かす真実」より。
<第三章 アメリカ依存を誘導する戦略>
p76〜77
『日本は今、中国が「一帯一路」と呼ぶ将来の投資・開発領域、さらにその地域と重なって、朝鮮半島から中東に至る「不安定の弧」とも呼ばれた紛争地帯の東端に位置する経済大国であり、日本の地政学的重要性は非常に大きい。
地政学的に有利な位置に加えて、物資が豊富で武器、艦船、航空機などの修理に必要な技術・設備にも恵まれ、米軍の日本駐留のメリットは「最高点に近い評価を得ている」といわれる。』
p77
『日本は、在日米軍に守られているわけではないのに、かなりの額の駐留負担経費を負担している。』
p78
『米財政赤字増に伴って米側の対日圧力が強まり、1970年代以降は、本来米国が負担すべき基地労働者給与や光熱水費などの基地経費までも日本が支払うという状況で、現在に至っている。』
p86
『アメリカ側の基本路線には、米軍を日本から撤退させる選択肢はない。平時は基地を空にして、有事だけ駐留するという「有事駐留」も選択肢にない。だから、有事駐留論が出ると、正面から相手にすることを避けて、そんな動きをつぶし、論議の拡大を抑えた。』
p91
『戦後の日米関係では、日本の政権が独自外交路線をとり、アメリカを排除した東アジア共同体のようなグループ形成に動くと、米政府はそんな政権を可能な限り相手にせず、徹底的に冷淡な対応をしてきた。』
p91
(民主党政権当時の)『日本の官僚は「政治主導」を掲げる民主党政権に事実上、面従腹背を貫いており、民主党政権は官僚を全くコントロールできていなかった。』
p94
『現実に、日米の外交・安保を動かしているのは、外務省・防衛省と国務省・国防総省のエリート官僚たちだ。彼らは漠然とした形ではあるが、日米外交・安保コミュニティのようなものを形成していて、秘密を共有し、問題も露呈させず、日米安保体制の維持・強化に努めてきたように見える。』
p94
『アメリカ側は往々にして、同盟国相手といえども、真意を隠し、米国益の追求に邁進する。沖縄返還交渉でもそんな局面が見えた。そして沖縄返還が基点になって日米同盟にかかわる基本政策が形成されていった。』

<第四章 裏切りの沖縄返還>
(アメリカはなぜ沖縄を返還したか。米国立公文書館およびニクソン大統領図書館の大量の文書から読み解いた正解、それは、実は、アメリカは在日米軍基地を維持するために、沖縄返還交渉に応じたのだった)。
p98
『沖縄県民の復帰要求はますます熱を帯び、沖縄だけでなく、本土でも沖縄の復帰を求める運動が高まっていった。』
p101
『日米双方の外交文書などを比較すると、沖縄返還交渉は最初から最後まで米国が「三つの大きいカード」を手にして主導権を握り、終始米国ペースで進められたことがよくわかる。ニクソン政権は政権発足直後から積極的に作業を進め、「核」と「米軍基地」を重要ポイントに掲げて、政権発足から四カ月余りで交渉のスケジュールと戦略を決めた。現実の交渉では、アメリカは相手側が同盟国であろうと、手の内を明かすことなく強気の交渉態度を貫き、「米軍基地の最大限自由使用」という米側の目標を達成した。』
p103
『問題は、ニクソン政権がなぜ、そんなに急いで沖縄交渉を進めたか、だ。「われわれが交渉を拒否すれば、現実的な問題として、基地をすべて失うことにつながる恐れがあった」。キッシンジャー回顧録に残したこの一文が沖縄返還で合意した米側の立場を端的に象徴している。アメリカはそれほど日本国内および沖縄の情勢を深刻視していた。』
p104
(キッシンジャーの部下のスナイダーは沖縄出張報告で返還の時期決定を1969年末以降に引き延ばすことはできないと、訴えた)。
p105
『日米が1969年中に沖縄返還で合意できれば、佐藤は衆議院を解散して勝利し、政権を維持、日米安保条約も問題なく自動延長できるだろう。しかし、沖縄返還で合意できなければ、佐藤は厳しい非範囲さらされ、情勢は流動化する恐れが強まっていた。』
p112
『沖縄返還交渉は1969年6月3日の日米外相会談で、正式に始まった。(中略)佐藤が返還の基本原則にした「核抜き本土並み」をいかにして実現するかが課題になった。(中略)ニクソン政権との間で始まった正式交渉では、在日米軍基地からの自由な「出撃」と「核」問題の扱いが具体的に交渉の中心課題となった。他方、アメリカ側は同盟国だからと言って日本に手加減することなど一切なく、冷徹な交渉を進めた。』
p113
(米国の機密文書「国家安全保障決定メモ13号」によると『「核兵器撤去」を交渉の最後まで約束せず、それを罠にして「米軍基地の自由使用」を確保するため、日本側からの譲歩を勝ち取るとしている。その間、「核」の問題は密使との秘密交渉で詰める、という作戦である。日米の文書からは、そんな構図が浮かび上がる。日本側で密使の存在を知っていたのは、佐藤と密使本人の若泉敬ら一部だけだった。(中略)外務省は一切関知していなかった。(中略)外務省は密使の関与を全く知らされず、最後には前代未聞のドタバタ外交まで強いられた。』
p114
『焦点は二つ。在沖縄米軍基地に配備された核兵器(「推定千発以上」の扱いと、米軍統治時代は行動が自由だった米軍の沖縄からの出撃が規制されるかどうか、だった。』
(アメリカ側の返還交渉の基本政策は)朝鮮半島、台湾、ベトナムへの出撃に当たって在沖縄米軍基地が最大限自由に使用できれば、緊急時の核の貯蔵と通過の権利を保持したうえで、核兵器を撤去する方針であり、核兵器撤去については、交渉の最終段階まで了承しない、という条件付きであった。)
p116
(アメリカの機密文書によると、交渉の「主要な三つのカード」がアメリカ側にあると認識していたという)
『三つのカードとは、‘本政府は、「日米間の深刻な摩擦」に発展するほどまで沖縄返還問題で日本側の主張を通そうとは考えていない、日本国民にとって望ましい条件での返還は保守派、特に佐藤派にとって、政治的成果となる、8鮠弔僚盤になれば核兵器撤去の可能性を検討する、との米側の態度は相当な交渉のテコになる・・・という内容である。,呂弔泙蝓不利な条件でも日本側は最後には降りる、という見通しをアメリカ側が持っていたということ。△蓮∈監の政治的課題である「核抜き本土並み」を表向き標榜すれば佐藤の成果になる、と読んでいたこと、は、NSDM13で指示したように、最終的な合意の場となる日米首脳会談で決めるという姿勢を示し、それまでに米側が最も重視する「米軍基地の自由使用」で日本側の同意を引き出す、というもくろみだ。』
p117
『外務省は「核抜き」でも「本土並み」でも、一貫して米国側の立場に配慮して妥協点を探る交渉態度で臨んでいた。』
p117
『アメリカ側は、日本も「いくつかの良いカード」を持っていると冷静に分析していた。第一に、アメリカはアジアにおける唯一の非共産主義大国である日本との同盟関係維持に強い関心を持っていたこと。第二に、当時の安保上の必要性と安保公約を満たすため沖縄の基地使用権を必要としていたこと。第三に、日本本土と沖縄で返還への圧力が強く、Tっ優位深い対応が必要だったことだ。しかし、日本政府はこうした日本側の強みを交渉で生かすことを考えてもいなかったようだ。』
p119
『核の問題は密使・若泉敬が取り組み、孤軍奮闘していた。(中略)9月30日ホワイトハウスで、キッシンジャーは若泉に、緊急事態に沖縄に核兵器の「再導入と通過」を看取遠る密約文書を見せ、これを保証してくれなければ「沖縄の返還に応じることはできない」と言い渡した。』
p120
『首脳会談の第一日目の11月19日、最大の難関とみられていた核問題が決着した。(中略)両首脳は会談していた大統領執務室に通訳を残したまま、隣接する小部屋に入った。そこで二人は、「沖縄返還時に米国はすべての核兵器を撤去する」が、有事の際には「核兵器を負い名和に再び持ち込む」ことを認めるという密約の秘密合意議事録に署名した。』
p121
『密約のことなど全く知らされていない外務省は、別の方法で「核」の問題をクリアしようとした。それが、以下の日米共同声明第八号だった。密使が絡んだドタバタのうちに、日米間で合意が成立して、日米首脳会談後に発表された。
 第八項 総理大臣は、核兵器に対する日本国民の特殊な感情およびこれを背景とする日本政府の制作について詳細に説明した。これに対し、大統領は、不かい理解を示し、日米安保条約の事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく、沖縄の返還を、右の日本
政府の制作に背馳しないよう実施する旨を総理大臣に確約した。  』
p127
『正に、前代未聞のドタバタ外交劇だったが、すべては佐藤の責任だった。佐藤は正規の外交ルートと密使を使った秘密ルートを完全に混同してしまっていたのだ。』
p130
『密約は、日本側では首相の佐藤栄作の「腹芸」で結んだが、アメリカ側は組織的に機関決定していた。恐らく米軍は現在も、密約に従って嘉手納、那覇、辺野古で緊急時の核兵器受け入れ準備態勢を維持しているに違いない。(中略)米海兵隊普天間基地の移設先として日米政府が断念しない理由と核貯蔵施設に何かかんけいがあるのか、ないのか。疑問が残る。密約は今も生きている。』
p134
『沖縄返還後、1970〜80年代にアメリカでは、日本の「安保ただ乗り論」や「バードシェアリング(防衛の責任分担)増」の要求が強まった。同時に、米議会では日本に対して防疫・投資市場の開放を求める動きが強まった。』 (今日はここまで)
<戦争を語り継ぐ・NHKドキュメンタリーテレビ番組より概要紹介と所感):沖縄返還と密約   〜アメリカの対日外交戦略〜>
http://www5a.biglobe.ne.jp/~t-senoo/Sensou/okinawa_henkan/okinawa_henkan.htm
<ウィキペディア:若泉敬>
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A5%E6%B3%89%E6%95%AC