不意にネットで“分析データをもとに作曲された「最も幸せなクリスマスソング」”なる記事が目に留まったんで、早速その曲を聴いてみたんですが、んーまぁなんというか、予測の範囲は超えないなぁ、というのが僕の率直な感想でした。(^^;



 ヒットしたクリスマスソングの要素を最大公約数的に取り込んでいることは分かるんですが、そこから先の一押しがないと感じる不思議。「あー、わかる!」ではあっても「イイ!」とまでは言えない、その感じ。。。やはり感性の領域というのは、分析からは導き出せないもんなんでしょうかねぇ。

 ちなみに、僕が好きなクリスマスソングは、幸宏さんの『神を忘れて、祝へよX'mas time』(こちらは合法っぽい動画が見あたらないので、興味のある人はタイトルで検索!)。この曲を挙げた時点で、僕がひねくれ者なのがバレバレですがw、トランプ大統領がエルサレムの件で不穏な騒動を巻き起こした今年のクリスマスにこそ、特にこの曲を推したいという気分なのでありますよ。四半世紀以上前の曲ですけども……。あぁ、なんでこの曲歌詞が日本語なんだろう……。

 作詞したのは鈴木慶一さん。この詞のメッセージって、外国の人にも伝わるものなんだろうか。それとも、独特な宗教観の日本人特有の感覚なのかなぁ……? そんなこともぼんやりと考えつつ、大過なく年が越せるといいなぁと願う師走です。

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 さて。fujico overdriveのリハ。このところスランプ気味だったのが、ようやく抜け出すことができて少し安堵しました。元々大して上手くもないのに、そこにスランプが重なるとなると、もはや災難でしかないので。。。(^^;

 日頃、エレドラで練習していると、“自分好みのバランスで音が聞こえている状態”が当たり前になってしまうんですが、バンドというヤツは生物なので、毎回同じような聞こえ方をするとは限りません。演奏する曲も変わってきますし、たとえ同じ曲であってもメンバー全員、色々試行錯誤しますんで。なので、時折自分の音がマスキングされて、聞こえづらくなる場面があるわけです。

 特に聞こえなくなりやすいのがバスドラ。……うーん。。。頭では分かってるんですけどねぇ。実際、バスドラの音がマスキングされると、意識が「バスドラが聞こえてない」と気付くより先に、脚の筋力でどうにかしようとしちゃう悪い癖が付いちゃってて。気付いたときには脛の筋肉がパンパン、みたいな……。

 自分の音が聞こえづらいと、もっとデカい音出さなきゃと無意識に気張る。普段やらないことをやるもんだから、思い通りの演奏ができなくなって調子を崩す。今回のスランプは、結局そういうことだったみたいです。……どうも僕はときどき、この悪循環にハマってしまうみたいで。

 調子よく演奏してようやく人並みなんだから、自分の調子は崩したくないもんですが、無意識が関わることなのでなかなか……難しいですね。ともあれ、どんな環境でも、せめて“自分の演奏”ができるぐらいにはなりたいものです。