2010年01月07日
試練の日々
忙しさに加えて、複雑すぎる諸条件や関係性の中で、以下にバランス感覚を失わず、自らの意見を認めてもらえるか、本当に正念場な日々を迎えているような気がします。
(詳しく書けないのが残念ですが・・・)
大切なのは、他の人に対する誠意と、自らの信念と、冷静な頭。
分かっていても、なかなか実践は難しいし、そもそも大切なもの同士が相反する動きをするということもある。
一方で、考えすぎ、気を回しすぎると体が持たない。
人生とは本当に難しいものである。
まあ、こうやってブログを書く力が残っているうちは、大丈夫なんでしょうけど。
(詳しく書けないのが残念ですが・・・)
大切なのは、他の人に対する誠意と、自らの信念と、冷静な頭。
分かっていても、なかなか実践は難しいし、そもそも大切なもの同士が相反する動きをするということもある。
一方で、考えすぎ、気を回しすぎると体が持たない。
人生とは本当に難しいものである。
まあ、こうやってブログを書く力が残っているうちは、大丈夫なんでしょうけど。
2010年01月03日
正月早々韓国出張
明日から、出張で6日までソウルに行ってきます。
やっぱり、もう少し休みたかったなぁ〜・・・
やっぱり、もう少し休みたかったなぁ〜・・・
2010年01月01日
恒例正月社説比較
あけましておめでとうございます。
今年も、何とか大晦日に年賀状を仕上げて、恒例のがきの使いの笑ってはいけないシリーズを見て、年を越しました。あの手の徹底的にくだらない番組を見て笑いまくると、脳みそのしわが伸びる感じがして、よいですね。
しかし、年賀状は大変です。今年も240枚くらい出しましたが、コメントを書く余裕はありませんでした。到着が遅いことも含め、お出しした皆様、ごめんなさい。
さて、今年も恒例の正月社説の読み比べから新年をはじめてみようと思います。タイトルは以下の通りです。
「繁栄と平和と地球環境を子や孫にも」(日経)
「激動世界の中で―より大きな日米の物語を」(朝日)
「「ニッポン漂流」を回避しよう 今ある危機を乗り越えて」(読売)
「再建の年 発信力で未来に希望を」(毎日)
「「国思う心」が難局を動かす」(産経)
「年のはじめに考える 支え合い社会の責任」(東京)
例年通り、産経は社説でなく、論説委員長氏の寄稿文を社説とみなしています。あと、今年から東京新聞を追加してみました。毎年同じところばかりというのも、面白くないので。
一読して明らかな点は、保守系の読売・産経が「漂流」、「難局」という言葉を前面に打ち出している点でしょうか。両紙が危機を訴えている最大の要因が、日米関係のこじれにあるのは、言うまでもないことですが。
これに対して朝日は、正月社説を唯一日米問題というひとつのテーマに割き、日米同盟の必要性を認めた上で、今回の問題を日米関係を見つめなおす好機と捉え、そのコストについて国民を巻き込んだ形で議論をすることと、日米同盟をアジアに活かす外交力が必要であることを提唱しています。
日米関係という点で、両者の対抗軸は明らかなようです。昨年の正月社説では、金融危機勃発の直後であったこともあり、経済政策が前面に出ていましたが、今年は鳩山政権の動向の影響にあって、安全保障政策が大きな論点として浮上してきたということでしょうか。
では、今度はその経済政策の方ですが、こちらはこちらでまた違った対立軸が見えてくるようです。
日経と産経は借金に依存した財政政策に批判的であるのに対して、読売と東京は政府による需要創造はやむなしという立場を取っています。
産経はいつものロマン主義的な言説で、政策よりも精神論に落ちているので、具体策への言及がありませんが、日経では単純に需給ギャップを埋める議論をするのではなく、供給の質の改善、特に公共事業依存で民需に対応できていない建設業などの転換と、規制緩和を通じた新たな産業の育成が提唱されています。
一方で読売も東京も、政府支出に裏付けを必要としている点では共通しています。読売は消費税増税と無利子国債、東京は消費税だけでなく、所得税の累進強化に言及しています。また、特に東京の、グローバルな競争にさらされる企業と家庭からセーフティーネットを支える役割を、政府に移し変えるという提案は、情緒的な弱者救済論とは一線を画す、非常に明確な提言と言えるのではないでしょうか。
以上のように整理すると、政権交代による新政権成立と、その政策転換は、経済政策と安全保障政策の面で、議論の前提となる対立軸は生み出し始めているという見方も出来ます。
ただどうでしょう。ここからは私個人の意見に入ろうと思いますが、対立しているようでいて、実は大して違いがないのではないかという気がするのです。
日米関係にしても、朝日も同盟を否定しているわけではなく、その枠組みの中で、アメリカとどのような条件闘争をするか、それをどのように上手に進めるか、という程度の話と見ることもできます。
また、経済政策の面でも、日経が言うような経済構造の転換が必要であるのと同時に、すでに作ってしまった借金の返済を考えると、増税の議論も必要であるし、家庭や企業からセーフティーネットを別のところに移し変えることも必要であると言えます。
結局のところ、上記の話はあまり相互にトレードオフせず、両立したパッケージに編集することは十分可能なのではないかという気がするのです。
敢えて、唯一トレードオフするものがあるとすると、現状を心地よいと感じている人達の立場、ということになるのではないでしょうか。各紙とも、何らかの変革が必要である点では、合意しているのですから。
そして、このように考えると、政策そのものよりも、そういう現状維持志向の人の声が、政策の強く反映しているという点が、最大の問題ということになるのではないかと思うわけです。
この点では、日経の言及を評価したいと思います。上記のパッケージの実施が先送りされることで不利益をこうむる若い世代を積極的に登用すること、この重要性に言及している唯一の紙だからです。
結局のところ、やるべきことは何年も前から明らかで、このやるべきことをやらなければ困ってしまう人達をどれだけ登用でき、どれだけ必死に取り組ませるか。やるべきことをやれば、一時的にはそれで困る人も出るわけですから、この声を乗り越えるには、別の困る人をぶつけるしかない、これは自明ですしね。
ここが見えてこないから、何年も前に進まない。困る人に対して、痛みを訴える人が世襲で金持ちのボンボンじゃ、説得力がない。この繰り返しが閉塞感というか、社説を通じてみる言論に、むなしさを生み出してしまっているような気がします。
(何度訴えても現実が呼応しない言論ほど、むなしいものはないと思うので)
本来は政権交代を通じて表明された民意には、良くも悪くも骨の髄まで現状維持志向でコンセンサス重視の自民党という政党の体質を見抜き、そういうのを打開したい側面があったような気がするのですが。
毎年独自路線で、評価しにくい毎日の社説。今年も文化の発信力という異次元で言説を展開していて、上記のフレームの中では引用していませんでした。
ただ、改めて人間に着目し、必要な変革をしっかりと世の中に発信し、批判を超えて実行できる人材をうまく登用して、せっかくの政権交代を上手に活かすことができる年にしたい、すべきという意味では、重要な視点かなとも思います。
今年もよい年にしましょう。
よろしくお願いします。
今年も、何とか大晦日に年賀状を仕上げて、恒例のがきの使いの笑ってはいけないシリーズを見て、年を越しました。あの手の徹底的にくだらない番組を見て笑いまくると、脳みそのしわが伸びる感じがして、よいですね。
しかし、年賀状は大変です。今年も240枚くらい出しましたが、コメントを書く余裕はありませんでした。到着が遅いことも含め、お出しした皆様、ごめんなさい。
さて、今年も恒例の正月社説の読み比べから新年をはじめてみようと思います。タイトルは以下の通りです。
「繁栄と平和と地球環境を子や孫にも」(日経)
「激動世界の中で―より大きな日米の物語を」(朝日)
「「ニッポン漂流」を回避しよう 今ある危機を乗り越えて」(読売)
「再建の年 発信力で未来に希望を」(毎日)
「「国思う心」が難局を動かす」(産経)
「年のはじめに考える 支え合い社会の責任」(東京)
例年通り、産経は社説でなく、論説委員長氏の寄稿文を社説とみなしています。あと、今年から東京新聞を追加してみました。毎年同じところばかりというのも、面白くないので。
一読して明らかな点は、保守系の読売・産経が「漂流」、「難局」という言葉を前面に打ち出している点でしょうか。両紙が危機を訴えている最大の要因が、日米関係のこじれにあるのは、言うまでもないことですが。
これに対して朝日は、正月社説を唯一日米問題というひとつのテーマに割き、日米同盟の必要性を認めた上で、今回の問題を日米関係を見つめなおす好機と捉え、そのコストについて国民を巻き込んだ形で議論をすることと、日米同盟をアジアに活かす外交力が必要であることを提唱しています。
日米関係という点で、両者の対抗軸は明らかなようです。昨年の正月社説では、金融危機勃発の直後であったこともあり、経済政策が前面に出ていましたが、今年は鳩山政権の動向の影響にあって、安全保障政策が大きな論点として浮上してきたということでしょうか。
では、今度はその経済政策の方ですが、こちらはこちらでまた違った対立軸が見えてくるようです。
日経と産経は借金に依存した財政政策に批判的であるのに対して、読売と東京は政府による需要創造はやむなしという立場を取っています。
産経はいつものロマン主義的な言説で、政策よりも精神論に落ちているので、具体策への言及がありませんが、日経では単純に需給ギャップを埋める議論をするのではなく、供給の質の改善、特に公共事業依存で民需に対応できていない建設業などの転換と、規制緩和を通じた新たな産業の育成が提唱されています。
一方で読売も東京も、政府支出に裏付けを必要としている点では共通しています。読売は消費税増税と無利子国債、東京は消費税だけでなく、所得税の累進強化に言及しています。また、特に東京の、グローバルな競争にさらされる企業と家庭からセーフティーネットを支える役割を、政府に移し変えるという提案は、情緒的な弱者救済論とは一線を画す、非常に明確な提言と言えるのではないでしょうか。
以上のように整理すると、政権交代による新政権成立と、その政策転換は、経済政策と安全保障政策の面で、議論の前提となる対立軸は生み出し始めているという見方も出来ます。
ただどうでしょう。ここからは私個人の意見に入ろうと思いますが、対立しているようでいて、実は大して違いがないのではないかという気がするのです。
日米関係にしても、朝日も同盟を否定しているわけではなく、その枠組みの中で、アメリカとどのような条件闘争をするか、それをどのように上手に進めるか、という程度の話と見ることもできます。
また、経済政策の面でも、日経が言うような経済構造の転換が必要であるのと同時に、すでに作ってしまった借金の返済を考えると、増税の議論も必要であるし、家庭や企業からセーフティーネットを別のところに移し変えることも必要であると言えます。
結局のところ、上記の話はあまり相互にトレードオフせず、両立したパッケージに編集することは十分可能なのではないかという気がするのです。
敢えて、唯一トレードオフするものがあるとすると、現状を心地よいと感じている人達の立場、ということになるのではないでしょうか。各紙とも、何らかの変革が必要である点では、合意しているのですから。
そして、このように考えると、政策そのものよりも、そういう現状維持志向の人の声が、政策の強く反映しているという点が、最大の問題ということになるのではないかと思うわけです。
この点では、日経の言及を評価したいと思います。上記のパッケージの実施が先送りされることで不利益をこうむる若い世代を積極的に登用すること、この重要性に言及している唯一の紙だからです。
結局のところ、やるべきことは何年も前から明らかで、このやるべきことをやらなければ困ってしまう人達をどれだけ登用でき、どれだけ必死に取り組ませるか。やるべきことをやれば、一時的にはそれで困る人も出るわけですから、この声を乗り越えるには、別の困る人をぶつけるしかない、これは自明ですしね。
ここが見えてこないから、何年も前に進まない。困る人に対して、痛みを訴える人が世襲で金持ちのボンボンじゃ、説得力がない。この繰り返しが閉塞感というか、社説を通じてみる言論に、むなしさを生み出してしまっているような気がします。
(何度訴えても現実が呼応しない言論ほど、むなしいものはないと思うので)
本来は政権交代を通じて表明された民意には、良くも悪くも骨の髄まで現状維持志向でコンセンサス重視の自民党という政党の体質を見抜き、そういうのを打開したい側面があったような気がするのですが。
毎年独自路線で、評価しにくい毎日の社説。今年も文化の発信力という異次元で言説を展開していて、上記のフレームの中では引用していませんでした。
ただ、改めて人間に着目し、必要な変革をしっかりと世の中に発信し、批判を超えて実行できる人材をうまく登用して、せっかくの政権交代を上手に活かすことができる年にしたい、すべきという意味では、重要な視点かなとも思います。
今年もよい年にしましょう。
よろしくお願いします。
2009年12月31日
大学時代の仲間
大学時代の後輩3人が来訪し、遅くまで飲み会。
卒業してもう8年も経ちますが、年を経るごとに、あの頃に出会った人達に助けられて、今の自分がいると痛感します。
決して、楽しいことばかりの大学時代でもなく、華やかさとも無縁でしたが・・・
結果として、今出会おうと思っても、そう出会えない人達と、強い連帯感を持てる経験をし、問題意識を共有できていた訳です。
経済社会情勢は厳しさを増すばかりですが、ひとりっきりで戦うわけではないことだけには、感謝しなければならないと思います。
今年も、終わりますね。
よいお年を。
卒業してもう8年も経ちますが、年を経るごとに、あの頃に出会った人達に助けられて、今の自分がいると痛感します。
決して、楽しいことばかりの大学時代でもなく、華やかさとも無縁でしたが・・・
結果として、今出会おうと思っても、そう出会えない人達と、強い連帯感を持てる経験をし、問題意識を共有できていた訳です。
経済社会情勢は厳しさを増すばかりですが、ひとりっきりで戦うわけではないことだけには、感謝しなければならないと思います。
今年も、終わりますね。
よいお年を。
2009年12月23日
いつもの休日
最近の休日の過ごし方。
本当は仕上げないといけない資料があるのに、昼間は先延ばしにしてダラダラして、結局夜から手をつけて、夜中までかかって仕上げる。
こんな生活、いつまでも続けるわけにはいかないぁ〜
続くんだろうけど。
本当は仕上げないといけない資料があるのに、昼間は先延ばしにしてダラダラして、結局夜から手をつけて、夜中までかかって仕上げる。
こんな生活、いつまでも続けるわけにはいかないぁ〜
続くんだろうけど。
2009年12月19日
千葉市の財政危機とマリンの芝
夕刊フジの記事です。張替えの時期を迎えている千葉マリンの人工芝ですが、財政危機の千葉市にその金がなく、困っているという話です。
政令指定都市でも最悪の財政状況で、このまま行くと早期健全化団体に突入するかもしれない千葉市では、そうなるのもやむをえないかなと思いますが・・・
昨日、資金管理委員会の外部委員を務める某県の会議に出てきましたが、そこで受けた来年度以降の財政見通しの話も、衝撃的でした。そもそも、今年度の法人関連税収が、昨年度の半分以下になっているのですが、来年度も減少が見込まれます。
地方交付税は、前年度の収入を元に算定されるので、来年度は減収分を見込んだものになるでしょうが、今年度分をカバーできるわけでもなく、借金がかさみます。
また、来年度の地方交付税も、結局国の予算編成しだいですから、予断を許さないところにあるわけです。国もお金がないのは、一緒ですから。
昨今の状況を見ていると、いよいよ財政危機が本格的に、あちらこちらで顔をあらわしはじめている気がします。以前とは、お役人たちの危機感が、だいぶ違います。
といいつつも、ロッテの選手たちに罪はないわけで、どうにかしてあげたいものです。そこで、どうでしょう?来場者に芝生特別負担金を払ってもらうというのは?
仮に年間の来場者数が100万人だとして、2億円の投資は一人当たり200円になります。このくらいなら、入場料に乗せられても、お客さんは払ってくれるのでは?
仮に5年かけて回収し、資金調達コストを乗せるとしても、もっと安くなるでしょう。
結局、税金で何かやってもらえるのを待っていると、いつになるか分からない時代が訪れたということです。本当に必要なら、その受益を受ける人が直接負担し、直していく覚悟が必要になります。
いい時代だとは思いませんが、本当にやむをえないのではないでしょうか。
ただ、見方をかえると、お金を払う側からすれば、誰がどう決めて、何に使われるのか不透明な税金として吸い上げられるよりも、ロッテをはじめ、ひいきの選手が怪我をしないための芝の張替えに使われると、明確に見えるものに使われるお金として払う方が、納得感が高いのではないでしょうか?
消費税の増税議論など、政府自身の信頼感が失われたこの国で、何十年議論しても実現するとは思えません。公共サービスを安定的に実施するために、根本的な考え方の転換を図る必要があるのではないか。そんなことも訴えたかったりします。
<夕刊フジ/a>
政令指定都市でも最悪の財政状況で、このまま行くと早期健全化団体に突入するかもしれない千葉市では、そうなるのもやむをえないかなと思いますが・・・
昨日、資金管理委員会の外部委員を務める某県の会議に出てきましたが、そこで受けた来年度以降の財政見通しの話も、衝撃的でした。そもそも、今年度の法人関連税収が、昨年度の半分以下になっているのですが、来年度も減少が見込まれます。
地方交付税は、前年度の収入を元に算定されるので、来年度は減収分を見込んだものになるでしょうが、今年度分をカバーできるわけでもなく、借金がかさみます。
また、来年度の地方交付税も、結局国の予算編成しだいですから、予断を許さないところにあるわけです。国もお金がないのは、一緒ですから。
昨今の状況を見ていると、いよいよ財政危機が本格的に、あちらこちらで顔をあらわしはじめている気がします。以前とは、お役人たちの危機感が、だいぶ違います。
といいつつも、ロッテの選手たちに罪はないわけで、どうにかしてあげたいものです。そこで、どうでしょう?来場者に芝生特別負担金を払ってもらうというのは?
仮に年間の来場者数が100万人だとして、2億円の投資は一人当たり200円になります。このくらいなら、入場料に乗せられても、お客さんは払ってくれるのでは?
仮に5年かけて回収し、資金調達コストを乗せるとしても、もっと安くなるでしょう。
結局、税金で何かやってもらえるのを待っていると、いつになるか分からない時代が訪れたということです。本当に必要なら、その受益を受ける人が直接負担し、直していく覚悟が必要になります。
いい時代だとは思いませんが、本当にやむをえないのではないでしょうか。
ただ、見方をかえると、お金を払う側からすれば、誰がどう決めて、何に使われるのか不透明な税金として吸い上げられるよりも、ロッテをはじめ、ひいきの選手が怪我をしないための芝の張替えに使われると、明確に見えるものに使われるお金として払う方が、納得感が高いのではないでしょうか?
消費税の増税議論など、政府自身の信頼感が失われたこの国で、何十年議論しても実現するとは思えません。公共サービスを安定的に実施するために、根本的な考え方の転換を図る必要があるのではないか。そんなことも訴えたかったりします。
<夕刊フジ/a>
2009年11月29日
また海外出張・・・
今年、6回目の海外出張。2回目のオーストラリア出張です。あと、シンガポールにもよります。
さすがに、ちょっと疲れてきます。
時差のない国に行くと、温度差が大きいという問題に直面します。シドニーは20度、シンガポールは30度だそうです。
さて、がんばるぞ。。。
さすがに、ちょっと疲れてきます。
時差のない国に行くと、温度差が大きいという問題に直面します。シドニーは20度、シンガポールは30度だそうです。
さて、がんばるぞ。。。
2009年11月19日
交際費の効用
昨日、知り合いの某雑誌の記者さんが来社して、お茶を飲みながら、彼の追いかけているテーマについて、インフォーマルな意見交換をしていました。
その方は、元々新聞記者だったのですが、雑誌に転職されたという経歴の方で、何の拍子か、話は最近の新聞記者の交際費事情になりました。経営の厳しい新聞社も多いので、昔は毎月何十万という交際費が使えたところが、大幅に圧縮されているところも増えているそうです。
ちなみに、私が使える交際費は、ゼロです(笑) 正確に言うと、使うたびに部長に許可を求めて、得られれば使えます。が、面倒なので年に何回か申請するかどうか、という感じです。
まあ、20代・30代の若造が、何十万の交際費を使うというのも、世間の感覚からするとずれた話だとは思います。でも、特に記者さんは、相手の懐に入って、情報を引き出すためには、時には相手におごられることも必要だという意見もあるそうです。
一方で、相手の言うなりにならないためには、相手におごられた分、こちらからもおごり返してイーブンにする、というバランスも必要。結果として、大物と渡り合えば合うほど、交際費はかさむという訳です。
確かに、この話にも一定の真理はあるのかなと思います。そもそも、相手も自腹を切りたくないから、交際費で落とすということもあります。それなりの立場にある人と付き合うようになればなるほど、そういうシーンに直面することは、確かに増えます。
その都度割り勘にするのも気が引けるし(そもそも、高い店はつらいし。。。)、相手に甘えすぎるのも、変な貸しを作ってしまうようでよくない。かといって、そんなことを気にして相手に会わなければ、関係も作れないし、必要な情報が取れない。
そんなに巨額でなくてもいいのですが、やっぱり一定の交際費が使えるのは、ビジネスマンとしての社交には必要だなぁ〜と思ったりするのですが。
まあ、こんなことを書いても、もらえる訳じゃないのですけどね。せいぜいできるのは、副業で謝金とかを集めて、独自の交際費を作るくらいでしょうか。。。
なんか、しょうもない話ですが(苦笑)
その方は、元々新聞記者だったのですが、雑誌に転職されたという経歴の方で、何の拍子か、話は最近の新聞記者の交際費事情になりました。経営の厳しい新聞社も多いので、昔は毎月何十万という交際費が使えたところが、大幅に圧縮されているところも増えているそうです。
ちなみに、私が使える交際費は、ゼロです(笑) 正確に言うと、使うたびに部長に許可を求めて、得られれば使えます。が、面倒なので年に何回か申請するかどうか、という感じです。
まあ、20代・30代の若造が、何十万の交際費を使うというのも、世間の感覚からするとずれた話だとは思います。でも、特に記者さんは、相手の懐に入って、情報を引き出すためには、時には相手におごられることも必要だという意見もあるそうです。
一方で、相手の言うなりにならないためには、相手におごられた分、こちらからもおごり返してイーブンにする、というバランスも必要。結果として、大物と渡り合えば合うほど、交際費はかさむという訳です。
確かに、この話にも一定の真理はあるのかなと思います。そもそも、相手も自腹を切りたくないから、交際費で落とすということもあります。それなりの立場にある人と付き合うようになればなるほど、そういうシーンに直面することは、確かに増えます。
その都度割り勘にするのも気が引けるし(そもそも、高い店はつらいし。。。)、相手に甘えすぎるのも、変な貸しを作ってしまうようでよくない。かといって、そんなことを気にして相手に会わなければ、関係も作れないし、必要な情報が取れない。
そんなに巨額でなくてもいいのですが、やっぱり一定の交際費が使えるのは、ビジネスマンとしての社交には必要だなぁ〜と思ったりするのですが。
まあ、こんなことを書いても、もらえる訳じゃないのですけどね。せいぜいできるのは、副業で謝金とかを集めて、独自の交際費を作るくらいでしょうか。。。
なんか、しょうもない話ですが(苦笑)
2009年11月15日
やばい、忙しすぎる・・・
ここ数週間、ちょっと近年過去にないくらい忙しかったかもしれません。海外出張が多かったこともありますが、それ以外にもだいぶ。。。
仕事にしても、NPOにしても、ある部分では自営業に近いところがあり、どんな仕事にどの程度コミットメントするかは、自分で調整しなければなりません。
一方で、仕事というのは相手の都合もあるわけで、自分が適切だと思うようなタイミングだけで物事が動くわけでなく、仕掛けていたことが、まったく動かないこともあれば、想定外に全て動いてしまってキャパを越えることもありますね。
今の状況は、まさに後者といえます。
もちろん、必要だと思うことの必要性が認められ、自分の提案で相手を動かすことは、とてもしびれることではあるのですが・・・
しかし、手を抜けない内容ばかりで、本当にしんどいところです。特に、今週は極めて重要な局面を迎えます。
がんばらなくては!
仕事にしても、NPOにしても、ある部分では自営業に近いところがあり、どんな仕事にどの程度コミットメントするかは、自分で調整しなければなりません。
一方で、仕事というのは相手の都合もあるわけで、自分が適切だと思うようなタイミングだけで物事が動くわけでなく、仕掛けていたことが、まったく動かないこともあれば、想定外に全て動いてしまってキャパを越えることもありますね。
今の状況は、まさに後者といえます。
もちろん、必要だと思うことの必要性が認められ、自分の提案で相手を動かすことは、とてもしびれることではあるのですが・・・
しかし、手を抜けない内容ばかりで、本当にしんどいところです。特に、今週は極めて重要な局面を迎えます。
がんばらなくては!
2009年11月06日
ニューヨークでの出来事
今週月曜日からの米国出張を終えて、今からホテルをチェックアウトするところです。
今回は、ニューヨークだけでなく、4日間の間にフィラデルフィアやボストンにも行ったので、かなり疲れました。ただ、面白いことも多くありました。
まず何よりも、松井が活躍し、ヤンキースがワールドシリーズに優勝する日にニューヨークにいれたことでしょう。お客様とスポーツバーで飲みながら観戦していましたが、優勝が決まった瞬間、当たり前ですが、大騒ぎでした(笑)
ただ、その日の試合は20時から始まっていて、結果が出たのは0時近くだったので、かなり眠かったですが・・・
(西海岸の視聴者も配慮した時間設定だったようです)
終わってホテルに帰った時に、ロビーに立っていたら、白人の年輩のおばちゃんに話しかけられ、日本人かと聞かれた上で、「松井最高!」と言われました。
やっぱり、日本人の大リーガーが活躍することは誇らしいことですし、日本人のイメージの改善につながるのかもしれません。そんなことを実感しました。
でも、偶然なことに、月曜日はフィリーズの本拠地のフィラデルフィアに行った訳ですが、行った先の会社の社員がフィリーズのシャツを着て仕事をしていました。ヤンキースファンには評価されるのでしょうけど、あのフィリーズファンには日本人は少しうらまれるのかな・・・
こんなことを書くと仕事をしていないようにも見えますが、仕事は仕事で有意義な情報が得られたと思います。
これはロンドンでも東京でも同じだと思いますが、多くの金融関係者の目線は、資産を持って、これからちょっとづつ取り崩していく50代〜60代くらいの人達にどういう金融商品を提供するか。資本市場の不安定さを目の当たりにして保守的になっているこの人達に、いかに安定した商品を提供するか、という点に集中しています。
一方で、国債ばっかりじゃ、金利が足らないというわがままな人達でもあるわけですが。。。
引き続き、この世代の動きが、世界を作っていくのだなと実感する一方で、この人達のわがままにあわせて無理な商品組成をやって、この人達が死んだ後に、草木一本生えないような状況にせず、この人達のお金をうまく後世のためになる形で誘導していくには、どういう仕組みがひつようなのかを考えなければならないなと思います。
今回は、ニューヨークだけでなく、4日間の間にフィラデルフィアやボストンにも行ったので、かなり疲れました。ただ、面白いことも多くありました。
まず何よりも、松井が活躍し、ヤンキースがワールドシリーズに優勝する日にニューヨークにいれたことでしょう。お客様とスポーツバーで飲みながら観戦していましたが、優勝が決まった瞬間、当たり前ですが、大騒ぎでした(笑)
ただ、その日の試合は20時から始まっていて、結果が出たのは0時近くだったので、かなり眠かったですが・・・
(西海岸の視聴者も配慮した時間設定だったようです)
終わってホテルに帰った時に、ロビーに立っていたら、白人の年輩のおばちゃんに話しかけられ、日本人かと聞かれた上で、「松井最高!」と言われました。
やっぱり、日本人の大リーガーが活躍することは誇らしいことですし、日本人のイメージの改善につながるのかもしれません。そんなことを実感しました。
でも、偶然なことに、月曜日はフィリーズの本拠地のフィラデルフィアに行った訳ですが、行った先の会社の社員がフィリーズのシャツを着て仕事をしていました。ヤンキースファンには評価されるのでしょうけど、あのフィリーズファンには日本人は少しうらまれるのかな・・・
こんなことを書くと仕事をしていないようにも見えますが、仕事は仕事で有意義な情報が得られたと思います。
これはロンドンでも東京でも同じだと思いますが、多くの金融関係者の目線は、資産を持って、これからちょっとづつ取り崩していく50代〜60代くらいの人達にどういう金融商品を提供するか。資本市場の不安定さを目の当たりにして保守的になっているこの人達に、いかに安定した商品を提供するか、という点に集中しています。
一方で、国債ばっかりじゃ、金利が足らないというわがままな人達でもあるわけですが。。。
引き続き、この世代の動きが、世界を作っていくのだなと実感する一方で、この人達のわがままにあわせて無理な商品組成をやって、この人達が死んだ後に、草木一本生えないような状況にせず、この人達のお金をうまく後世のためになる形で誘導していくには、どういう仕組みがひつようなのかを考えなければならないなと思います。

