愛しすぎた男』読了。う〜ん、直近で読んだパトリシア・ハイスミス作品の『見知らぬ乗客』ほどの彼女らしさはなかったような。『見知らぬ乗客』は普通の人のちょっとした不満が犯罪へと流されていく様子が空恐ろしくていい感じだったのですが、『愛しすぎた男』は最初からちょっと普通ではないので、後半との落差をさほど感じられないんですよね。

主人公は普通じゃないといえば普通じゃないけど、可哀想といえば可哀想でもあるんです。既に結婚した女性アナベルに一方的に思いを寄せているデイヴィッドが主人公で、週末用に借りている家でアナベルとの結婚生活を想像して楽しみ、それにとどまらずアナベルへもいつまでも待っているからと手紙を送り続けている…というとただのストーカーっぽいけど、結婚前にアナベルもデイヴィッドにそれなりに気をもたせることを言っておいて、デイヴィッドが仕事で離れた場所にいる間に他の人と結婚したとなると、アナベルもそれなりに悪い女性なんですよね。

それに、デイヴィッドのように仕事で忙しい中、結婚の準備をしておいて、いざプロポーズをしようとしたら振られたような人って、実際にもかなりいると思うんです。テレビなんかでよくみる投稿ビデオで、サプライズのプロポーズってありますよね。あれってうまくいけば幸せなビデオになるけど、サプライズのつもりが相手はそんな気全くなしというパターンも絶対に存在するよなあと思ってしまう。だからといって、さすがに相手が他の人と結婚すれば普通はあきらめるわけで、デイヴィッドのようにいつまでも、君の結婚は間違いだ、僕は待っていると手紙を送り続けるのは確かに迷惑なのですが。

個人的には、小説の書き出しがアナベルの結婚前から始まってくれたら、普通の人がストーカー犯罪者へと崩壊していく過程がパトリシア・ハイスミスの筆で描かれるのが楽しめたと思うのですが、結婚して2年も経ったあたりから始まるのでちょっと残念です。楽しめるというか、パトリシア・ハイスミスを読んでいると、犯罪者とそうでない人の差なんて紙一重なんだなと思えて、下手なホラーものなんかよりよほどヒヤッとするんです。

そうはいっても、ちょっと精神が不安定な人から、かなり精神が不安定な人へと崩壊していく様子は、やはりハイスミスらしさ満載。心の隅では、アナベルとの結婚を想像するのは傷ついた心を癒すためとわかっているのに、そのまた一方で、本当の本当は夢が叶うと信じることをやめられなくて、何度も揺らぎながらも後者の思いが異常に膨らんでいく。

よく、忘却は能力の一つというか、人は嫌なことや不要なことを忘れられるからこそ前向きに生きていけたりするなどと言いますが、あきらめられることも能力の一つですよね。あきらめないというのは比較的いいこととして扱われることが多いですが、現実的にはあきらめも必要。特に恋愛みたいに相手があることは。個人的には、近年割りきりがよすぎてよくない気もしますが(笑)。ちょうどいい感じになるのはなかなか難しいですね(笑)。

▼『愛しすぎた男』のレビュー
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