東京図書館制覇!Blog版

東京23区の公立図書館を全て訪れたサイト「東京図書館制覇!」の管理人TakeniのBlogです。
こちらでは、読んだ本や東京散歩など、図書館以外のことも書いてます。

カテゴリ: 作家別:川本三郎

マイ・バック・ページ―ある60年代の物語』読了。私は川本さんを知ったのが7年前くらいなので、映画や町歩きエッセイの方というイメージしかなく、コメントでヘビーユーザーさんにこの本を教えていただくまで、朝日新聞社の記者(新聞ではなく雑誌を担当)で逮捕歴があるということは知りませんでした。

この本は、川本さんが「週刊朝日」「朝日ジャーナル」の記者だった頃を振り返った手記で、東大闘争などが起こるような時代にジャーナリストとなったことについてのいろいろな思い、そして新左翼活動家と接してインタビューをとり、朝霞自衛官殺害事件を起こした犯人から証拠品を受け取って、その後その証拠品を何も知らない友人に処分を頼んだことで、証憑隠滅罪に問われて有罪になった経緯を自ら書いています。

ジャーナリストという安全地帯にいる人間になったことの複雑な思いなどは、青いというよりは、むしろ、全てのマスコミの人たちに抱いておいて欲しいくらいに思ってしまいます。この本に書かれた時代でいうと全共闘運動が盛んで、川本さん自身も東大安田講堂事件の際に報道腕章をつけて建物の中に入っている。事件が起こっているど真ん中に入り込んでいるんだけど、何かあったときにはジャーナリストだからということで危険から逃れることができる、その立場のずるさのようなもの。または、目の前で人の命が危険にさらされているときに、助けようともせず報道に徹する方が正しいのかとか。

こういうことって、決まった正解があるのではなく、そのときそのときで考えて判断して最善と思うことをしていくしかないように思うんです。裏を返せば、最悪なのは「これが絶対に正しい」と思い込んで思考停止になること。今はマスコミが当時よりもずっと、肥大化商業化していて、うんざりしてしまいますが。でも、たまにいい報道などを見ると、総体としては商業化してくだらなくなってしまっていても、きちんと考えている人もゼロではないんだなと思ったりします。

川本さんが雑誌記者だった時代は、全共闘という「大学の中での運動」から、より広い社会の中で活動を起こすようになってきたり、活動内容が過激になってきた時期。それと同時に、朝日新聞社内では、新左翼運動に共感を持って報道していた朝日ジャーナルが、人事異動で事実上解体させられて、それまでの中心的な記者が他の部署に異動し、新左翼運動への経験の浅い弱体化したメンバーになっていた。川本さんはその弱体化した編集部員の一人で、川本さんなりに報道活動をしていった結果、朝霞自衛官殺害事件での逮捕へと至ってしまいます。

朝霞自衛官殺害事件に関しても、自分でもいろいろ迷いながら取った行動や、最初は否認するつもりだったのを最後には白状してしまった経緯やそのときの思いを細かく書いています。権力に屈してしまった辛い記憶を呼び戻して記録しているのは、体力や忍耐力がいることだったと思います。が、根本的なところで事実を見つめていないような気もするんですよね。

というのも、川本さんは逮捕から自白への苦しみを、ジャーナリストを信用して信条を明かした思想犯に対して、ニュースソースの秘匿というモラルを貫くかどうかの問題として捉えているわけですが、そもそもこの事件の犯人が思想犯とは思えないんですよね。それまでも、自分は○○のメンバーだと名乗っていながら実は事実ではなかったり、事件そのものもただ自衛官を殺したというだけで、何のためにそれをしたのか、何を目指しての活動なのかが全く見えない。読んでいて、世間を騒がすことをしたいだけの人としか思えないんです。こういう言い方も乱暴ですが、この犯人が生まれたのが現代だったら、2ちゃんねるで犯罪予告してから何か犯罪を起こすような人なんじゃないだろうか。そして、その犯罪には何か思想があるわけではなく、ただ騒ぎを起こしたいだけみたいだけの人間、そう思えてなりません。

川本さんが、警察の事情聴取に対して、ニュースソースの秘匿を優先させて黙っていた時期(逮捕前)に、川本さんのお兄さんが川本さんのもとにやってきて、「職業上のモラルが重要なことはわかるが、こんどの事件の場合、その政治グループは、君がジャーナリストのモラルを持ち出してまで守らなければならないことをしているのか、自分にはただの殺人事件にしか見えないが」というシーンがあるのですが、このお兄さんの言葉こそが最もこの事件の本質を捉えているように思います。

一方、川本さんは、あとがき(この本は1988年に発行れた本を2010年に新装版で発行した本なので、あとがきも1988年のものと2010年のものと2つある)でも、川本さんが接触したKが思想犯であるという点について、既定のものというかたちで書いています。警察の事情聴取に屈したという辛い経験を見つめなおして手記に起こしたというのは、とても立派なことだと思いますが、ジャーナリストのモラルうんぬんの話ではなく、本当に彼が思想犯なのかという、事実認識の時点で間違っていた可能性があることを見つめる必要があるような。1988年の方のあとがきで、本書を書き終えたいまでもあの出来事を正確に書いていないような心残りがある、またあの出来事を書かなければいけないような気がする、と書いているのですが、それはまさにこの部分なのではないかと思います。

▼『マイ・バック・ページ―ある60年代の物語』のレビュー
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我もまた渚を枕 東京近郊ひとり旅』読了。川本さんが雑誌『東京人』に連載した東京近郊ひとり旅の単行本化です。訪ねた町は、船橋、鶴見、大宮、本牧、我孫子、市川など千葉・埼玉・神奈川にある16の町。大宮以外は、川や海など水の景色が見られる町ばかりなのは、川本さんの好みでしょうか。

川本さんの文章って、古きものを賞賛しすぎないかたちで、町が変化する中でも変わらぬものに目を留めたり、その日のその場での出会いや見たものを心に留めていく様子がいいんですよね。川本さんが同じ場所に違う日に行ったらまた違う紀行文になるんだろうし、自分が行っても同じ景色もあれば違う景色もあるんだろうなと想像してぶらりと行ってみたくなる。

今の都内の路線ってやたらと乗り入れしていて、終点がすごく遠い場所じゃないですか。乗っていると「この電車ってこのまま乗っていたら、あんなところまで行くんだ」って想像してしまいます。あえて特急には乗らないで、車窓の景色が段々変わるのを見ながらのんびり東京近郊旅してみたい。それに、通過したことはあるけど一度も降りたことがない駅(私にとっては厚木や秦野など)も気になります。

ちなみにこの本は文庫にもなっているのですが、文庫版の表紙がこれまたいいんですよね(左)。私は、最初図書館で文庫版の方を借りたんですけど返却期限までに読みきれず、あらためて地元図書館で予約したときに単行本の方を予約しちゃって、まあいいかと思ってそちらで読み終えました。

単行本の写真の方は、連載時から掲載されていた鈴木知之さんの写真なんですけど、川本さんと鈴木さんは互いにひとり旅が好きなので、別々に行っているのだそうです。別々に行ってそれぞれその町のどこを見てくるのか、掲載されなかった写真も見てみたいなあ。

川本さんの紀行文は、私にとっては家で読む本ではなく、電車に乗っているときなど移動中に読む本なんです。川本さんの文章を読んでから町を歩くと、よく知っている町でもいつもと違うところに目が行ったりして、川本さん的視点が自分に移ってくるのがいいんです。ここのところ西葛西図書館での3月18日の講演会の準備のために東西線に乗ることが多いのですが、地下鉄なのに地上に上がって川を渡るあたりとか、あらためて眺めるといいですよね。

▼『我もまた渚を枕 東京近郊ひとり旅』のレビュー
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東京の空の下、今日も町歩き』読了。ヘビーユーザーさんに天沼陸橋を描いた絵として、この本の表紙を教えていただいて、これは読んでみたいと思って読みました。そんな経緯なのでどんな本かわかっていなかったのですが、雑誌『東京人』の「東京泊まり歩き」という連載をまとめたものとのこと。

もうね、こういう本は身体がうずうずしちゃいます。本を読むより、外に出て同じ道をたどってみたいって。それにこの、浜田山に住んでいる川本さんが、あえて東京に宿を取って、一泊二日の町歩きをするという企画が素晴らしい。私、この本を読みながらたぶん10回ほど「あ〜、真似したい!!」って独り言言ってました(笑)。

町歩きの場所は砂町、業平橋、羽田などの23区内もあれば、青梅、羽村、あきる野など奥多摩の方もある。私は実家が多摩センターなので、もっと都下のあちこちを知っていてもおかしくないのですが、実家に住んでいた頃は「出掛けるなら都心方面でしょう」という頭しかなかったので、ほとんど知らないんですよね。なんてもったいない。これからはもっと西の方にも足を伸ばそう。

行き先が全て生活が感じられる場所なのがいいです。いや、行き先がそういう場所というより、川本さんがその場所のそういう側面を捉えるのでしょう。この本の中では行ってないけど、例えば銀座のような華やかなりし場所を歩いたとしても、長くご商売をされているお店やそこで働く方に目を向けるだろうから。そういう目を持てるようになりたいものです。

よ〜し、仕事を効率よくこなして、時間作って、町をうろつくぞ!!

▼『東京の空の下、今日も町歩き』のレビュー
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名作写真と歩く、昭和の東京』読了。この本は2003年から2005年に雑誌『読売ウィークリー』で連載された「東京時空散歩」の写真の中から東京のよき記録になっている作品をまとめたものだそうです。掲載されている写真は、一番古いものは1932年に撮られたもの。一番新しいものが1988年。写真家も木村伊兵衛、土門拳からロバート・キャパまでいろいろ。

どの写真もそのときその場所の空気が垣間見れて本当に面白いです。皆が浮かれていく様子、町が寂れていく様子、キナ臭くなっていく様子等々。写真家がこれぞというアングルで撮ったものなので、同じ瓦礫でも1945年の銀座と1969年の東大とでは全然雰囲気が違うし。浮き沈みがあってこその東京なのかもしれません。

最後に個人的に気に入った写真を数点。
P.47 1938年の東京駅…昔の赤レンガ3階建ての東京駅。このやや見下ろす角度からの写真はなかなか見ないように思う。いいなあ。
P.53 1954年の丸の内…丸の内が一丁ロンドンだった頃。
P.60 1964年の皇居…和田倉橋の上で等間隔にカップルが抱き合ってます。ロマンチックな場所が他に少なかったということなんでしょうが、かなりびっくり。
P.84 1969年の東京大学…川本さんの言う「かぎりなく「自己肯定」してゆく」現代人に疑問を持つことも必要な気がします。
P.128 1948年の渋谷…この写真は、今の渋谷を歩いている人に配りたい(笑)。この次のページの池袋は説明がなくても池袋と気付くけど、渋谷はあまりに変わっています。

これ以外にも全ての写真が町を、時代を写しています。「名作写真と歩く」の名にふさわしい写真ばかり。

▼『名作写真と歩く、昭和の東京』のレビュー
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銀幕の東京―映画でよみがえる昭和』読了。最近、この手の本をいろいろ読むようになったので、自分の頭の中に「往時の東京」が勝手にできあがっちゃって、実際に見たことがないのに見たことある気になっちゃってます(笑)。

読んでいると「あぁ、あれね。懐かしい。」と思っちゃうけど、よくよく考えたら、自分で勝手に作り上げた想像の映像だったりとか。戦後復興期の銀座や浅草なんて、見たことあるわけがないのに(笑)。

そんな風に映像を勝手に作り上げても、当時のムードはその場にいなかったものにはわからないもので、私は今まで千住のおばけ煙突に対する概念がどうもピンと来なかったのですが、この本を読んでその辺が少しわかりました。私のような若い(笑)人間にとっては、「煙突」って「公害」などを連想するもので、どちらかというとよくないイメージがあるんですよ。だから、おばけ煙突に対する郷愁とかってどうもよくわからなかったんです。

でも、この本によると、当時のおばけ煙突は復興の象徴だったんですね。黒い煙がもうもうと立つ様子も、たくましげに感じるという。どんなものも、背景が変われば受け取られ方も変わるものですが、何だかやっと腑に落ちた気がします。

あと、銀座に夜店が出ていたという話も面白かったですね。香港みたいな夜店が出ていたのかなあ…って、私も香港の夜店なんて映画の中でしか見たことがないけど、今の銀座に夜店なんて想像できない!

そんな風に、映画には今では失われた当時の東京が映されているわけですが、失われる風景を映すために映画を作るというパターンもあるんですよね。映画「如何なる星の下に」は、埋立てられる前の築地川を撮るために、原作では浅草である舞台を映画では築地川付近に変更したのだそうです。

東京マラソンなんかも、この先何年も続けていれば、初回の風景なんて超懐かし映像になっちゃうのかもしれませんね。好きな風景は、記憶に焼き付けておかないと、実物はすぐに変わってしまうかも。

▼『銀幕の東京』のレビュー
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ミステリと東京』読了。いやあ、もう、こういう本は嬉しい悲鳴があがってしまいます。東京を舞台にしたミステリ、いや、作品によってはミステリという道具を使って東京を描いたとさえいえる小説について、川本三郎が論じている本なのですが、読みたい本リストが一気にプラス22冊になりました(これでも押さえに押さえてます)。雑誌「東京人」での連載をまとめたものなので、連載中のものを読んだ方も多いのでは。

一番最初に取り上げられた島田荘司は、私にとっては島田雅彦と混同してしまう作家で、ともに未読の作家なのですが、島田荘司は「本当になりたいものは都市評論家だ」というくらい、都市の姿をミステリに織り込んでいる作家なんですね。これは読んでみないと。この本で紹介されていた「ギリシャの犬」に出てくるギリシャ文字のような図形、全体が何を指しているかはすぐわかったのに、どの図形がどの橋だかちゃんとわからないのが悔しいわ。

宮部みゆきの章では「『理由』の犯罪の舞台となった北千住のマンションは、国松元警察庁長官が狙撃されたマンションがモデルでは」との川本氏の指摘。『理由』を読んだときにも思ったのですが、私は『理由』の事件の舞台となっているのが北千住ってどうもピンと来ないんですよね。むしろ有明・豊洲といった、元から共同体もへったくれもないような土地の方が似合う事件。でも、事件って「まさかこんなところで」というところでこそ起こるものなのかもしれません。

図書館ネタでは、図書館に寄託した本が盗まれるという紀田順一郎の『古本屋探偵の事件簿』というミステリが紹介されています。川本氏の説明から察するに、文京区水道端図書館が舞台のフィクションっぽいですね。

ちなみに「寄託」というのは、所有権は所有者にあるままで保管してもらうことだそうですが、今の区立図書館でこういうことしてくれるのでしょうか。蔵書もリサイクルして利用者に放出している今の区立図書館に、他者の本を保管するスペースがあるとは思えないのですが…。

あと、古い作品なんかだと、出てくる町の名前が架空の名前なのか昔実在した町名なのか私の知識ではわからないんですね。この本で取り上げられているものは、川本氏がどちらなのか解説してくれるのでわかるのですが、そうじゃなかったら全部架空の町名だと思ってしまうかも。ミステリを楽しむにもお勉強が必要ですね。

そんなわけで、年明け辺りからミステリ三昧となりそうです。そしてその後、またこの本を読んで楽しみたいですね。

▼『ミステリと東京』のレビュー
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東京つれづれ草』読了。

川本三郎氏の本は愛読ブログでよく紹介されていたので前から気にはなっていたのですが、実際に読んだのは今回が初めて。地元砂町図書館の特集コーナーで見つけて読んだのですが、一冊でファンになりました。

この方の東京の町や東京の小さな緑に対する愛着心が読んでいて心地いい。いや、このエッセイ集、東京に関する文章に限らず映画や外国訪問の話なども出てくるのですが、そうした全てが心地いい。

読んでいると歳を取るのが楽しみになってくる、と言ったら変かもしれませんが、いろいろな経験と様々な知識を身につければ、川本氏の視線に少しでも近づけるのかな、なんて思っちゃう。かなりおこがましいですが(笑)。

でも、ちょっとした散歩でも、いろんな場所を知っていたり、時の流れによる変化を(伝聞や本で読んだりするのではなく実体験として)知っていたりすると、多くのことに気付いたり深い見方ができたりすると思うんですね。

あぁ、これからもっともっと町をうろうろしようっと(笑)!

▼『東京つれづれ草』のレビュー
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