作家別:高村薫

2010年10月02日

文庫版『神の火』高村薫

文庫版『神の火』読了。原子力発電の技術をソ連に流すスパイから足を洗った島田の生活に、昔の活動の関係者が現れ、新たな動きに巻き込まれた島田が、個人的衝動を爆発させるテロに向かっていく…というストーリーです。

こうやって短くまとめると、そもそもスパイになった島田が悪いし、そこから抜けられると思ったのも甘いという気もしますが(笑)、何故か最後の破壊活動に向かうところに感情移入してしまうんですよね。

この小説を読んでいて、一番ひっかかるのが、そもそも島田がスパイになったことに動機がなくて、江口による幼少期からの誘導でいつの間にかスパイになってしまっている部分です。でも、これが著者の描写不足やストーリーのためのご都合主義かというと、そうとも言い切れない気もする。

例えば、産地偽造とかその他様々な企業の犯罪って、ある日突然組織の中の誰かが急に犯罪を犯すというよりは、犯罪とそうでないことの境界線に徐々に徐々に近づいていって、そして自分ひとりではなく集団でそうなっているがゆえに段々感覚が麻痺して、気付いたときには境界線を越えていた…というケースもあるでしょう。そこまで行かなくても、客としての視点では品質面にうるさいのに、サービス提供側にたったとたんに、そうしたことより効率や利益を重視してしまうというようなレベルなら、そこら辺に転がっていますよね。

原子力発電の技術者であり、その情報をソ連に流していた島田が、原子力発電所を襲うテロリストとなる。それは、襲えてしまう施設への警告の意味もあれば、単なる清算的な衝動でもあるし、島田本人にも一言では説明できない行動。

読んでいて、それを馬鹿げたストーリーだと一蹴できないのは、現代に生きている以上、読者もどこかでそういう気持ちを感じているのでは。それが「常識」となっている世界に入っているうちに、いつの間にか自分もそれに染まってしまい、でも何かのきっかけで「これっておかしくない?」と気付いてしまう。いっそ、気付かないほど頭が悪い方が幸せなのかもしれないけど、気付いちゃう。

まあ、普通はそうしたときに、その世界をどうにかする努力をするとか、その世界を辞めたりするもので、その世界を破壊するという方向へはなかなかいかないし、そう思ってもなかなかできるものではないけど。その、やらない&やれないことをやってしまうのが、この小説の魅力なのかも。

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2010年09月14日

文庫版『黄金を抱いて翔べ』高村薫

文庫版『黄金を抱いて翔べ』読了。高村薫作品の文庫版を立て続けに3冊読んだ結論として、どうも私の好みには文庫版ではなく単行本の方が合う気がします。それに、ちょっと立て続け過ぎたので、これでひとまず私的高村薫祭りはちょっとお休みということで(笑)。

単行本版と文庫版の違いをしっかり比較したわけではないので、何となくの印象なのですが、文庫版の方が改稿してあるだけあって、整理されてわかりやすくなっている。その分、情動的な迫力にやや欠ける気がするんです。衝動について説明されすぎて、衝動の勢いが削がれてしまう。

私が高村薫を好むのは、体制とかシステムに対する嫌悪感とか、そうしたものからの開放を求める心情が共感できるからなんです。自分では、似たような感覚を持っていても、今の日本社会の仕組みの恩恵に与らないと生きていけないし、それにもし無人島で自給自足して生きていく能力があったとしても、そういう生活をするかといわれたらもうちょっと仕組みの下にいて、便利さや旨みを享受したいという思いがある。だから、まあせいぜい、正社員とか従業員という身分をなるべく避けるとかくらいの外れ方しかしないのですが、高村作品の登場人物はもっと踏み込んで、システムを破壊したり、システム側にいながら不正利用したりするんです。それも、頭良くやっているというよりは、半分計算だけど、もう半分は已むに已まれずといったような、衝動的な感じで。

で、文庫版を3冊読んだ印象だと、単行本と比べてそうした勢いがちょっと弱くなっているのと同時に、そうした衝動を持っているもの同士の結びつきが強くなっている気がします。だから、同性愛的要素も文庫版の方が増えている。まあ、愛情の対象が同性か異性かというのは、私はこだわりないのでどちらでもいいのですが、体制や集団に対して嫌悪感を抱いていたり、破壊願望を持っている人たち同士にあっさりと結びついてしまわれると、個(孤)を求めているんじゃなかったの?とがっかりしてしまうんですよね。

これは、どちらがよいというよりは、好みの問題だと思うので、高村作品を読むに当たっては、登場人物個々の葛藤や屈託を読みたい人は単行本版、そうした屈託を持っている者同士の結びつきが読みたい人は文庫本版を読むといいのかもしれません。

そんなわけで、文庫版を中心に合田雄一郎シリーズを読み直して、『太陽を曳く馬』へと読み進む予定も変更ということに。文庫版は避けて、いや、高村薫自体食べ過ぎた感があるのでちょっとお休みして、忘れた頃に復習もなく、『太陽を曳く馬』を読んでしまおうと思います。好きなものを食べ過ぎて嫌いにならないようにするというコントロールは必要ですね(笑)。

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2010年09月12日

文庫版『リヴィエラを撃て』高村薫

文庫版『リヴィエラを撃て』読了。単行本版を読んだときの記憶がほとんどないのですが、最後の1/5くらいは初めて読んだような印象で、文庫化の際にかなり加筆しているのではないかという気がします。

単行本版は、「IRAやイギリス情報部が何やかんややっているけど、何が何だかよくわからない話」という記憶しかないのですが、今回文庫版を読んだ印象では、事件の構造は比較的わかりやすい。で、複雑なのはむしろそれに対する関係者の心の動きなんです。

この文庫版で特に感じたのですが、個人 vs 組織の思惑 という構図がいろんな形で描かれている。不本意ながら諜報の世界に入った人もいれば、ある程度自分に選択権があった中で諜報の世界に入り込んだ人もいるのですが、人それぞれ「これはやらされても許容できるけど、これ以上は許容できない」という境界線があるんです。その許容できない理由は、騙しあいの世界にいつつも(または、いてこそ)残っている正義感だとか、個人の尊厳だとか、大事な人を守りたいとか、人によって様々なのですが。

簡単に言うと、そうした境界線を越えさせられた人の復讐劇なのですが、他人に境界線を越えさせる側にいながら後悔して復讐劇に加担する人もいるし、境界線も人によって様々なので、その辺の心情がわかりにくい。私から見ると、「これを許容できる人が、それについては何故憤っているのかわからない」ということも多くて。

高村さんは、「これまで抑えることで折り合いをつけてきた感情が、ついに爆発してしまう」という話が多くて、私はそこが好きだし、その部分こそが読んでいて浸れる部分でもあるのですが、『リヴィエラを撃て』に関しては、どうして登場人物達が抑えてきた感情を開放して復讐の道に進むのかが、イマイチ理解できない。これは何なんでしょう。他作品では感情に身を任すところを、この作品は舞台がイギリス(西欧)なだけに、登場人物が感情に論理的理由づけをしようする傾向があって、それが私には邪魔なのか…。いっそのこと、100%やおい的観点で読んで、全てを愛情をカモフラージュする言い訳と解釈した方がわかりやすいんじゃないかというくらいです(笑)。

でも、この小説、ちょっと面白い部分があって、上に書いたような感じで、面倒臭い人達がどんどん事態を面倒にしていく中、庶民出身のイギリス首相が至って一般的で常識的な思考で話をする場面があるんです。このシーン、単行本にはなかった気がするのですが、私が忘れているだけかな。特殊な世界の中での特殊な復讐劇が、実にくだらなく思えてしまうこの爽やかさと言ったら。

喩えていえば、国家の上層部で戦争したい勢力とそれを食い止めたい勢力が争っていて、争いの結果後者が敗れて、戦争をすることになってしまった。でも、実際に戦争を起こそうとしたら、兵隊が全員「いや、俺ら、戦争行って死にたくなんかしたくないし〜」と言って動かず、戦争を防ぐことができた、みたいな感じ。裏の世界の暗躍より、表の世界の単純な思考が勝つような爽やかさ。『リヴィエラを撃て』のイギリス首相がそんな感じで、何ともよかったです。

さて、こうして『リヴィエラを撃て』を読み終わって、まだ引き続き私的高村薫祭りということで、次は『黄金を抱いて翔べ』を読もうと思います。今のペースで読み続けたら、今年はこの先高村作品しか読まなくなってしまう可能性もありますが(笑)。

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2010年08月26日

文庫版『照柿』高村薫

文庫版『照柿』読了。灼熱の夏の下、合田雄一郎、その幼馴染・野田達夫、二人の心を捉える佐野美保子の三人の生活が狂っていく様を描いたこの作品。猛暑の中読むと、ますます小説の世界に浸れます。

私は、合田雄一郎ものではこの小説が一番好きで、あの合田雄一郎がついに崩壊する様に惹かれてしまうのですが、今回読んで思うに、合田雄一郎は美保子と出会ったことで狂わされたというよりは、美保子じゃなくてもよくて、合田雄一郎自身が崩壊する段階にきてしまったんだなあと。

いや、合田雄一郎だけでなく、野田達夫も佐野美保子も、相手が誰でもよくて、ちょっとしたきっかけでこれまで進んでいた道から逸脱してしまう状態にあった。お互い、影響しあって崩壊したように見えて、実は各々勝手に自己崩壊しているような…。

手元に単行本版がないので、これが私の側の読み解き方の変化なのか、文庫化の際の改稿によるものなのかはわからないのですが、単行本版を読んだときより、三人が他人の介在できないところで自己崩壊している印象を強く受けました。

それにしても、暑い季節に暑い夏の小説を読むのはいいですね。まあ、この暑さは、もうそろそろ終息に向かって欲しいですが(笑)。

この本は、図書館で借りたのではなく、久しぶりに書店で買いました。このままの流れで、『レディ・ジョーカー』→『晴子情歌』→『新リア王』と読み直し、まだ読んでいない『太陽を曳く馬』と進むつもりだったのですが、『マークスの山』も読みたくなっちゃったし、どうしよう(笑)。

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