東京図書館制覇!Blog版

東京23区の公立図書館を全て訪れたサイト「東京図書館制覇!」の管理人TakeniのBlogです。
こちらでは、読んだ本や東京散歩など、図書館以外のことも書いてます。

カテゴリ: 作家別:コニー・ウィリス

リメイク』読了。コニー・ウィリスのSFですが、とにもかくにもまず言いたいのは、大森さん、お疲れ様です!というのも、この作品、近未来の技術で映画をかなり自由に加工できるという設定で、登場する映画の量が半端ない。それらに訳者の大森望さんがきっちり註をつけ、小説内でのセリフの引用も日本で公開されているビデオを確認して字幕を参照したというのだから、その仕事量たるや…頭が下がります。

でも、このSFの設定はあまりに創造性がなくて悲しくもあります。いや、コニー・ウィリスに創造性がないのではなくて、映画のデジタル技術が発達して、俳優の全身をスキャンできれば、既存の映像の人物をそっくり入れ替えることが可能、例えば、『風と共に去りぬ』のビビアン・リーをアンジェリーナ・ジョリーにすっかり入れ替えることもできるというSF設定なんですね。で、その技術をハリウッドがどう使うかというと、当たるか当たらぬかわからない新人に使うより安全だとして、既存の映画に既存の俳優を入れ替えることが横行するんです。新人を出す気がなくて、作られる映画が配役を入れ替えただけのリメイクばかりの近未来…こんな世界になったら映画が嫌いになっちゃう!

小説のストーリーはというと、そんな世界で技術者として暮らすうちに、映画への加工を無抵抗でこなすようになってしまった主人公の前に、魅力的なダンサー志望の女性が現れます。彼女はデジタル加工での映画出演ではなく、カメラの前でダンスして映画に出演したいと願っているけど、そもそも新作が作られないんだから、その夢が叶うわけがない。それでも、何か方法はないかと模索する彼女に、主人公は、このままではその夢を餌に、彼女が映画会社の役員たちにいいように弄ばれるのではと心配している。ある日、主人公は自分が加工している旧作の中で彼女を発見する。彼女は身体と引き換えにデジタル加工での出演を果たす人間に堕ちてしまったのか、またはあと一歩というところだったタイムマシン技術が完成して、過去へ行って夢を果たしたのか…という物語です。

現実の世界でも、飽きるほど続編が作られたり、CMで既に亡くなった俳優の映像を再利用したりすることは多々ありますよね。それが創造性あるオマージュになるか、くだらない再加工に陥るかは、作り手の腕の見せどころなのでしょう。技術が向上するにつれ、くだらない再加工はよりやりやすくなるなかで、いかに力を発揮するか…技術が向上した世界こそ、作り手の本当の力が試されるのかもしれません。

記憶に新しいところでは、高視聴率を記録した『家政婦のミタ』だって、タイトルは明らかに市原悦子のあれを模しているわけですが、脚本は全くのオリジナル。小説や漫画が原作のドラマが多いなか、そうでないものが高視聴率を取ったというのは、やっぱり皆、面白い初見のドラマが見たいということなんじゃないかな。

…といいつつ、私自身は『家政婦のミタ』見てません(笑)。この間、CSで一挙放送しているときに録画だけはしたのですが。ブログで話題にしたついでに、今更ながら見てみるとしようかな。

▼『リメイク』のレビュー
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リンカーンの夢』読了。日本人で歴史に弱い私には、深い霧の中を読み進むような気分でした(笑)。アメリカ南北戦争が深く関わるストーリーなのですが、<奴隷制反対の北部と奴隷制支持の南部が戦った戦争>くらいの知識しかないもので…。

歴史小説家ブルーンの助手をしているジェフは、アニーという女性に出会って一目ぼれをしてしまう。アニーは悪夢に悩まされているのだが、それはどうも南北戦争の夢らしい。一方、ブルーンはエイブラハム・リンカーンが見た夢に興味を持ち、ジェフにも調査を指示する。アニーを悪夢から救いたいと、ジェフはアニーをそばに置いて仕事をするが、ジェフの調査をそばで見ていることでアニーはますます夢にとらわれていく。アニーの夢はどんなメッセージを秘めているのか、というストーリーです。

結末は、私がこれまで読んだコニー・ウィリスの中で一番淋しい気分になりました。『ドゥームズデイ・ブック』も無力感を感じさせる小説でしたが、それは「歴史の大きな流れを一人の人間が変えることができない無力感」。でも、『リンカーンの夢』の無力感は「人間関係や他人の強い意志に対して何もできない無力感」で、身近なものであるだけに淋しさも倍増してしまう。

現実世界でも、各人の意思は何らかの影響を周囲にもたらせるけど、それで全てを変えられるわけではない。意志の強さというのは、単純なる思い込みや信念ではなく、そういう限界をわかっていても尚その意志を持ち続けられるかどうかなのかな、なんてことを思いました。

▼『リンカーンの夢』のレビュー
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ドゥームズデイ・ブック』読了。予備知識なしに読んだのですが、どうも『犬は勘定に入れません』の前編にあたる小説だったようです。「ネット」と呼ばれるタイムマシンを使って過去に戻る点も然り、『ドゥームズデイ・ブック』に出てくるダンワーシイ先生は、『犬は〜』の方でも登場していた気がするし。これを読み終わった今、あらためて『犬は〜』を読み直せば、前にはわからなかった仕掛けを見つけられるかもしれません。

舞台は2054年のオックスフォード。ダンワーシイ先生の準備不足だから辞めた方がいいとの抗議も虚しく、史学部の女子学生・キヴリンは中世へとタイムトリップしてしまう。とりあえずは、無事向こうに降下できたどうか、技師のバードリが確認するのを待つしかないと思っていたら、バードリは意味不明な言葉を発しながら倒れてしまう。

何らかの感染症であることがわかって、オックスフォードは感染防止とウィルスの特定に大わらわ。中世の病気に備えて予防接種を受けまくったキヴリンも、この感染症にかかっているのか。無事降下したかどうかさえ分からないまま、感染症騒ぎも混迷を増すばかりで、さあどうなる…というお話です。

『犬は〜』がドタバタ・コメディなのに対して、『ドゥームズデイ〜』は重いストーリー。ネタばれさせずに感想を書くのは難しいので、以下ネタばれありで感想書きます。結末を読んでもいい方だけどうぞ。




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犬は勘定に入れません…あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎』読了。あ~、面白かった!コニー・ウィリスのドダバタSFの真骨頂!

SFの設定としては、タイムトラベルで過去に行けるという設定で、その技術を利用して、第二次大戦で焼失したコヴェントリー大聖堂の再建する計画が進行中。完成披露日に向けて細部に至るまで復元をすべく、使える人間を全員こき使う剛腕責任者のせいで、主人公のネッドはタイムトラベルを繰り返し、過労により医者から絶対安静を言い渡されるほど。それでも尚ネッドをこき使おうとする剛腕責任者から逃げるために、ちょっとした任務を兼ねた休養タイムトラベルに出かけたネッドは、更なる混乱に巻き込まれることに…といったストーリー。

タイムトラベルものって、「過去に行って何かすることが歴史の流れを変える可能性」というのが一つのキーポイントで、ネッドをはじめとした登場人物全員がそれに振り回されるのが、この作品の面白さの一つです。で、この作品の設定では、「史実と異なることをしたとしても、歴史全体の流れは変わらないよう、自己修復機能が働く(例えば、歴史上の重要人物の暗殺を防いでも、違う暗殺者がやはり暗殺する、とか)。自己修復ができないような影響を及ぼす場所に無理矢理行こうとしても、安全装置が働いてタイムトラベルできない」という設定なんです。

これって運命論的発想で、この論理を現在を基点にして考えると、これから自分が何をしようが、将来どうなるかは決まっているということになりますよね。そうした発想を持っていても、「だから努力しなくていい」と考えるか、「だから、大きな流れは超越者に任せて、自分自身は最善と信じることに突き進もう」と考えるかは、人によってそれぞれなんだろうけど。そんな感じで、「運命という概念」というか、「運命という概念を作り上げたがる人間というもの」について考えさせられた作品でした。

といっても、単純にドタバタ劇としても、楽しいです。ネッドと一緒に19世紀で任務を果たすヴェリティが、コヴェントリー大聖堂再建計画に借り出される前は1930年代の専門家で、アガサ・クリスティをリアルタイムで読んでて、ポアロ風に今自分達の周りで起こっていることを解明しようとしたりとか。古典の引用などもてんこ盛りで、訳者の大森望が注をたくさんつけてくれていますが、注が無くてもわかるくらいの知識が自分にあればもっとこの作品を楽しめたと思います。

コニー・ウィリスの作品って、未来のワーカホリックが主人公で、「技術進化によって豊かになっているかと思いきや、忙しくなっているじゃん!」と突っ込みたくなるのですが(笑)、よくよく歴史を振り返ると、実際に世界は技術進化によってせわしなくなっていますよね。よく考えると主人公のワーカホリックぶりが笑えないというか、100年前の一般人が現在の一般人を見たら、「モノはたくさんあるけど、疲れる生活」に見えるのかも。ウィリスも、ドタバタ劇としての面白さだけでなく、そういう文明批評を込めて、忙しい未来を描いている気がします。

あと、コニー・ウィリスの単行本は、松尾たいこさんの表紙イラストも楽しみの一つ。ドタバタストーリーと、のほほんとしたイラストのギャップが面白いんです。松尾たいこさんのHPを見て気付いたけど、松尾さんって朱川湊人さんの単行本表紙イラストもよくやっていますよね。SFやファンタジーなどの空想の世界と合うイラストということでしょうか。

私は、コニー・ウィリスを、というか、SFを元々読む方ではなかったのですが、東葛西図書館の図書館だより・東葛西PRESS 2009年1月号の「少しだけ、触れてみる 初心者のためのSF案内」を読んで、読むようになったんです。指定管理への移行にともなって終わってしまった東葛西PRESSも、年末に東葛西図書館に訪問したときに「東葛西PRESS NEO」として再発行すると聞いたので、楽しみにしています。

▼『犬は勘定に入れません』のレビュー
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航路』読了。いやぁ、長かったけど(笑)、面白かった〜。

認知心理学者ジョアンナと神経内科医リチャードが臨死体験に関する共同研究をする物語なのですが、まず私、リチャードの仮説が気に入りました。リチャードの仮説は、「臨死体験というのは身体のサバイバル・メカニズムの副産物で、臨死体験を引き起こす神経科学的現象を突き止めれば、心停止した患者の蘇生に応用できるのではないか」というものなんです。

私はオカルト的なもの(と臨死体験を一緒にするのは、正しくないのかもしれないけど)にあまり興味がないので、この小説の登場人物達が、単に臨死体験とは何かを研究するんだったら、「そんなの何でもいいんじゃない?」と冷めたかもしれない。でも、この仮説のもとでの研究となると、必死に突き止めようとするさまにも説得力が出てきて、興味も沸いてくるんです。

そうはいっても、本当に死に瀕している人に蘇生処置をしながら、研究のために神経科学的状態をスキャンするのは、至難の業。でも、リチャードが過去の研究で脳のスキャン中に被験者が心停止・蘇生したときのデータと、ある薬品を投与したときの脳スキャンのデータが似ていることに気付いた。その薬品は幻覚を見てしまう作用があるのですが、それは臨死体験とほぼ同一の体験とみなせるかも。ならば、安全に薬品を投与しつつ、その際の状態をスキャンすることで、この研究ができるはず。

そうやって研究を始めるのですが、実験はトラブル続きで、ついにジョアンナ自身が被験者になることに…。

研究自体も、ジョアンナが実験で見るものも、舞台となっている病院も、迷路のように入り組んでいて、最初は読んでいる方も振り回されてしまう。それが楽しくもあるのですが、段々全体が見えてきて、自分が進むべきルートも見えてくる。

これって、人が新しいことに対面して理解するまでの様子に似ていますよね。この小説内のできごとや、いろいろなモチーフが、人間の認知行動のメタファーという気がします。脳が物事を理解するまでの様子を、わかりやすく小説で描いてみた、という感じ。

訳者の大森望は「泣ける感動作」とあとがきで書いていたのですが、私は「泣ける」というより、もっぱら面白いという印象です。

▼『航路』のレビュー
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マーブル・アーチの風』読了。ポップなSF、コリー・ウィリスの短編集。現時点で一番最近出版されたコリー・ウィリス本(日本国内で)でもあるようですね。少し前に読んだ『最後のウィネベーゴ』と同様、大森望による編訳です。

「白亜紀後期にて」は私にはちょっと難しかった(最後のオチがすぐにわかるほど、恐竜の進化に詳しくなかった)のですが、「ニュースレター」「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」「インサイダー疑惑」なんかのラブコメSFは読んでいて自然と笑みがこぼれちゃうんですよね(笑)。SF面での疑心暗鬼と、恋愛相手の気持ちに対する疑心暗鬼がごっちゃになるのがお決まりパターンっぽくなっていても、読んでいて楽しい。

でもホント、恋愛での「もう、この人しかない」なんて気持ちは、メンケンの言うとおり、幻想なんですよね(笑)。子どものうちは、幻想だとわかってなくて酔っていますが、大人になると幻想だとわかった上で酔っちゃうわけです。この点ではSF小説(というか小説自体が、かも)も同じものなのかもしれないし、SFと恋愛をからめる手法って、恋愛の虚構性を描くいい表現方法なのかも(笑)。

対して、表題の「マーブル・アーチの風」は、恋愛というか人生のシビアな面とSFを絡めた作品。シビアだけど、シビアな現実にともに立ち向かえる人がいる終わり方がいいです。現実のシビアさに先に一人で気付いてしまったキャスの辛かった気持ちもよくわかるし。年下の彼氏と付き合うと、いろんな面でこういう感覚なんですよね。キャスは旦那が気付くまで待ったけど、私は待てなかったもの(笑)。

と、楽しいストーリーから、シビアな話までつまった短編集。表紙の絵も可愛いなと思ったら、これも『最後のウィネベーゴ』と同じ、松尾たいこさんという方が描いたんですね。持ち歩いていて楽しく、書店で買ったとしてもカバーをせずに表紙を見せびらかしたくなるようなイラストで。コニー・ウィリス+大森望編訳+松尾たいこ装画 って、かなりいいです。

▼『マーブル・アーチの風』のレビュー
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最後のウィネベーゴ』読了。4つの作品からなる作品集なのですが、コニー・ウィルス、面白いなあ。物語の起きている世界はサイエンス・フィクションなのに、登場人物たちがとても人間的で、共感したり、笑ったり、一緒にしんみりしちゃったり。1冊の中に、シリアスなものとコメディが収録されているので、私にとって初のコニー・ウィルス本でありながら、彼女のいろんな面が読めた感じ。

それにこの本、表紙も好きです。特別可愛いとか、特別格好いいってわけでもないんだけど、この本を持ち歩いているのが何だか楽しかったんですよね。Amazonの写真だと表側の表紙しか見られませんが、裏にチワワがいるんです。

最後の解説によれば、収録作の1つ「女王様でも」は、iTunesで著者朗読のものが購入できるのだとか。iTunesってそうした文学作品も聴けるのか(←今更ですね 笑)。著者朗読も興味ありますね。

▼『最後のウィネベーゴ』のレビュー
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