2010年08月31日

1988年新日本プロレス学校開校。
校長山本小鉄。

僕は新日本プロレス学校からの入門第一期生だった。

三澤威、18歳、大学一年生。
当時のプロレス学校には、レスリング、柔道、シューティング、様々な経験者がいた。
僕は格闘技経験はなくサッカー出身だった。
当時、プロコースの練習が終わると、リングで輪になった僕らに小鉄さんがいろんな話しを聞かせてくれた。
人生訓、あいさつ、昔話、…

ふとした時にスパーリング(グランドの関節のきめっこ)の話しになった。
その時、小鉄さんが「本気になったら三澤が強いよ。」と言ったのだ。
本気になればというのは、真剣にそれに取り組めばということだ。
それは僕の自信になった。
3ヶ月もする頃には、僕はスパーリングで誰にも負けなくなった。

入門テストも近づく頃、大学かテストか悩む僕は小鉄さんに「三澤、受けろよ。」と声をかけられた。
テストは合格。
「大学の籍は残しておけよ、大学生レスラーとしてデビューさせるから。」と小鉄さんに言われた。
そうして僕は新日本プロレスに入門した。

2010年秋、「プロレス道場」始動予定。
名誉師範山本小鉄。

プロレス学校閉鎖から時を経ること20年。
プロレス学校リバイバル。
昨年スタートのはずが延び延びになっていた企画である。

師範紹介の欄に小鉄さんを載せた矢先の訃報。
小鉄さんに承諾をいただいてから一年以上が経っていた。
いろいろなアドバイスも受けていた。
顔を合わせると、準備はどうだ?と言われ、早くちゃんとしろと叱られた。

時遅し。

昨年の引退試合興行でプロレス学校同窓会試合を企画した。
サスケ、池田、金原らにオファー。
特別レフリー山本小鉄。

諸事情で興行が流れた。
引退試合を見てもらうのも、同窓会試合も、
また次の機会にと思っていた。

時すでに遅し。

または永遠にやって来ない。
時は流れる。
昨日思っていた明日は来ない。
時は流れる。

後悔
後悔
無念
無念

いつかと思っているうちにいつかはなくなってしまう。

山本小鉄。
僕のプロレス人生スタートの原点。
当時の僕ら生徒は本当に山本小鉄さんを尊敬していた。

今、あの頃の気持ちを思い出す。

山本小鉄さん、ありがとうございました。

合掌。

異国の地にて
三澤威











(23:59)

この記事へのコメント

1. Posted by KJ   2010年09月01日 06:20
急な訃報に驚いています。
昭和の灯がまたひとつ消えてしまいました。ただただ残念でなりません。
巨星墜つ。小鉄イズムよ永遠に。
心よりご冥福をお祈りいたします。
2. Posted by ともひろ   2010年09月01日 19:47
「三澤が強いよ」
3. Posted by TOK   2010年09月02日 11:08
小鉄さんのためにも、プロレス学校再建の実現をお願いします。
4. Posted by 坊主5    2010年09月02日 23:04
ブログ読んで感動しました。三澤さんの小鉄さんへの思いが伝わりました。

やっぱり、今は今でもう後には戻れないんですね。
5. Posted by ツンタ5    2010年09月03日 09:58
きっと、道場にいますよ!今まで以上に…そして明日のプロレスを見守り続けます!
6. Posted by だいだい   2010年09月08日 00:13
訃報から1週間以上経っても未だに信じられないですね。
三澤さんの無念さが伝わってくるブログです。ですが…僕も同じような後悔を重ねて、その度に「今日を後悔のないように」と決心して、また後悔…けれど、生きている内は諦めずに前に進みます。
プロレス道場、絶対諦めずに始めてください。
7. Posted by 今井有子 ハッピーユウコ5    2010年09月08日 02:48
http://ameblo.jp/mba-happy-yu/

三澤さん 心から応援したい人
だって生き方がステキ!
ビジョンがすばらしい!

ペットボトルで私も鍛えてますよ!

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔