俺の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ(完結)

目覚めたのは学院の寮。もう六年間を過ごす慣れ親しんだ部屋だ。昨夜、使者が式典の報せを寮まで伝えに来た。今日、ロブと俺が勲章を受けるらしい。そこにクロウとトロークの名は無かった。正午過ぎに迎えが来ると聞いた。まだ時間がある。それにたかが召喚学院の生徒に迎えとは大仰なものだ。俺自身、そんな扱いは体がムズムズする。勘弁してもらいたい。考えてみれば学院一の悪戯小僧と言われたロブと無二の親友だった俺だ、こんな扱いは御免である。そしてそれは、当然ロブも同じだ。一応は正装を纏って、部屋を出て、風花を呼んだ。
「さすがに王城への招集は無視できないもんなあ、俺も軍服着ておいて良かった」
ロブがだらだらと歩きながら姿を表した。
「久しぶりだな、抜け出すのも。それに今はもう学院の馬じゃなく俺の召喚獣だ。どこまででも行けるぜ」
「よし!じゃあ今まで行きたくても絶対行けなかった所があったんだ。下手すると処刑もんだからなあ、そこ、行こうか?」
「よし、決まりだ。方角はどっちだ!?」
ロブの指し示す方向へ風花を走らせた。民家の屋根を越え、まさに風のように、俺とロブは駆け抜けた。
「なあ、ロブ。どうやら俺は人間じゃなくなったらしい。なんでもな、召喚獣と半分融合してるんだってよ。クロウさんは1200歳くらいらしい。俺もなかなか長生きするんじゃないかって」
「そうかー、しかしよ、結局は長生きでなんか召喚獣の力がすごい事になったってだけで、ベースは馬男のままでそこは変わらないんだろう?」
「まあ、そうみたいだけど。でもほら、余程の事がなければロブやカレンより間違いなく長生きするって事でな、いずれは俺を知る人がいなくなるって事だろ。なんかすっきりしなくてよ。まあそれはそれなんだけどな。それよりも、ほら、俺さ、今更言うけど、カレンの事が好きだろ?でも結婚とかできたとしてもさ、クロウさん見る限り歳もとらないみたいだし。どうしたらいいのかって」
「なあ……馬男、限度は知らないがお前不老不死になったようなもんなんだよな?それなのに、お前今……恋愛相談をしたか?色恋沙汰の方を優先したか?それも、下見てみろよ、この状況で、好きな人がいるんですって、そう言ったのか?」
「いや、まあ確かにその通りだけど……この状況はロブのせいだろ。お前がこんなとこに登りたいって言ったから……まあ、それにのった俺も俺だけど……」
「あ、うん、それは……俺が悪いけど。ほら、馬男さん。一応馬男さんの方が年上なんですし、ね?」
「おい、ロブ。お前、俺になすりつけようとしてるのか?学院の生徒と、王国軍の分隊長とどっちの立場が責任あると思うんだ?え?」
突風が吹いた。容赦のない風。自然の物ではない。落ちたらどうするんだ。
「先輩方!なにを考えてるんですか!?ていうか、それ、本当に、死ぬんですか二人とも!?こ、こ、ここ、ここ王城ですよ!?それも、そこ、王城の一番高い屋根の上ですよ!じょ、冗談抜きに、死にますよ!?」
カレンが飛んでいた。俺とロブが目を丸くする。
「なんで……浮いてるんだカレン」
ロブが聞く。
「変態先輩を受け止めた時の応用です。やってみたら飛べました。移動は遅いのでまだまだ練習が必要ですが。それより、もう見付かってますからね。下の騒ぎ、見えてるでしょう?それでなぜか私が説得役に立てられたんです。早くおりて下さい。まったく、せっかく勲章貰えるって日に、取り消しになっても知りませんからね!」
カレンが捲し立てて、頬を膨らましながらすぐに降りて行った。
「まだ長時間飛べないんです!ロリコン先輩も!変態先輩も!すぐ降りてくださいよ!」
怒鳴りながら離れて行く。可笑しな光景だった。
「忙しい奴だよな、あいつは。なあ、馬男はカレンのどこがいいんだ?」
「最初は一目惚れ、それでなんか面白い奴だからからかって遊んで、そのうちあいつの内側が見えて来て、もう一度好きになった。お前もロリコンって呼ぶか?俺の事」
「いいや、見た目は大人びてるからな、あいつ。それに、つっけんどんな性格だけど、妙に優しい奴だってのも知ってる。いい女だと思うよ。俺は御免だがな。邪魔するとお前の馬に蹴られちまいそうだ」
「理解があって助かる。しかし、これで勲章無しかもなあ、まあその方が俺はいいんだけど。ただでさえ馬で顔知られてるのに、注目されるのは苦手だ」
「お、馬男もか。俺も出来れば勲章はいらん。まあ、少しばかり出世はしたいが、少しでいい。実を言うと授与取り消しにならないかと期待してここに登った」
「俺を巻き込むあたり、変わらずお前は悪友だ」
二人で大きく笑った。
しばらく笑っていると、不死鳥が飛んで来て俺たちを軽々と掴んで飛び、地面に降りた。一通り理事長から説教を受け、しかし勲章の授与は予定通り行われた。
ロブはしかし昇進を断り、俺もまだ学院のカリキュラムが残っていると入隊を断った。王城の屋根から眺めた城下の景色は、澄み切った水のように心を癒した。
俺の果てはどこだろう。俺は、愛を刻めるだろうか。
式典が終わり、晩餐会が開かれたが、俺もロブもバルコニーに出て喧騒を避けた。
「しかたねえよ。死ねないなら、死ぬまでやるしかねえ。なあ、トロークさんも、そうなんだろう?きっついだろうな……きっと、俺は馬男より先に死ぬ。だけど、だからと言って今のこの瞬間が俺の死と共に消えるわけじゃあない。なにを言っても意味なんてないが、それでもお前は今を生きるしかない。思うままに、素直にな」
「ああ、そうする。昨晩はあれこれ悩んだんだ。だけど、城のてっぺんに登ったら、結構どうでもよくなった。開き直りだけどな。しかたない、今は、代償があろうとなんだろうとカレンを救えたって結果だけが、俺のすべてだ。国の与える形あるもの以上の、俺の勲章だ」

「仲良ししてるとこお邪魔します。改めて、お礼が言いたかったんです。ロリコン先輩、本当にありがとうございました。私、何度も助けてもらいました。召喚暴走の時なんて、先輩ボロボロになったし」
「あれは俺じゃないよ。たぶん風花だ。風花が暴走した魔力を食ったんだ。その魔力が、相互リンクした俺にも流れ込んでああなっただけだ。俺がやったわけじゃない」
「それでも、ロリコン先輩がいたから無事で済んだんです。本当にありがとうございました」
深くカレンが頭を下げた。
「いいんだ、俺が、そうしたかっただけだから」
「それでも、助けてもらったからには礼を言うべきです。そして、父を逃がしたからには、私の怒りも受けるべきです」
なにか可笑しな声が聞こえた。あんな人、止めようとしても止められるわけがないじゃないか。
「ロブ、お先に」
片膝を付いて、拳を地面に当てる。
「待て馬男。俺も行くぞ、肩肘張った飯は食った気がしない。どこかで飲み直そう。付き合え」
風花が現れると同時に俺とロブがその背に跨った。
「カレン!クロウさんを逃がしたのは悪かったと思ってる!だけどまあ、見逃してくれ。俺たちは先に帰るよ、後はよろしく!」
止めようとカレンも召喚獣を呼ぶ、がしかし無駄だ。なんといっても、風花はもうただの馬じゃない。神馬なのだから、追いつけるものか。
夜の闇をかけた。バルコニーから飛び降り、屋根を越えた。いっそ門を越えて少し走ろうか。それも風花なら可能だろう。だが、今はそれより先に腹ごしらえだ。
友と語りながら、盃を組み交わそう。そして、気持ちが良くなってきてから、愛しい人の目を見よう。俺の心を掴んで離さない、無垢な笑顔を見に行こう。平和の元に。


おしまい

神は生命の始祖を創り出した。
十二の始祖は十二の使命を帯びてその一生を終え、十二の神となる。
一の使命が遂げられ大地の神となり、十一の使命までが遂げられ世界は神に守られた。
十二の使命だけが遂げられず、人は神の加護より外れ、祈りを捧げる必要を帯びた。

クロウが話したそれは、誰もが知る聖典の序文。
「十二番目の始祖とは人の始祖。帯びた使命は生命の保存。最初から、遂げる事の出来ない永遠の枷だ。最初はただの人だった。やがて使命に従い、あらゆる生命の血をその身に宿した。そして奴は人ではなくなり、何者でもなくなった。それが俺様の知るアボジだ」
それはただの神話だ。信じられるものでは無い。だが、信じさせるだけの力がトロークにはある。
「信じなくても構わん。御伽噺のような物だ。だが、次の話は信じろ。信じなくとも、お前の身に起きる事だ。貴様はもう、人の域では生きられん。俺様は、もう人の域では生きていない。遥か古の大戦の始まり。1200年前のその時より、俺様はただ世界を漂う流浪となった。大戦の中死の淵に立ち、俺様は召喚獣と心を通わせた。言葉なく、強い信頼と覚悟があって初めて至る召喚の極意、魔力と五感の共有、二度と切れない召喚獣との半融合。力は強大になり、代償は計り知れん。召喚獣の……八咫烏や不死鳥の寿命がどれ程だと思う。半融合とはそう言う事だ。それが、召喚士の果てだ。そして、そんな俺様やアボジの力を渇望し、しかし至らぬが故に禁忌を犯したのが、あの鎧の男だ。かつて魔王と呼ばれた、最初の多重召喚士。奴は己の召喚獣の一つを、土の精霊を喰らい、強制的な融合の果てに力を得た。しかし、信頼なき融合の末に、己の身を蝕んとするノームの力を抑えるために、奴は鎧を着ざるを得なくなった。これが、召喚士の宿命と禁忌だ。人とは違う時間を生きるしかない、貴様の話だ」
「俺と……風花がその半融合の状態だと?」
「最初に見た時は、ただの馬だった。召喚学院の理事長に話を聞いてな、一度見た。次に見た時は、神馬に似た馬だと思った。そして、北の祠で見た時、貴様の馬は神馬となっていた。神馬は神だ、貴様の背負う宿命もまた、大きくなるだろう。だが、貴様は力を得た。それは壊れる事を許さない、強さが辛さになる。愛が、悲しみになる。俺様は、それを背負った。だが今は、友のいる今は、その限りある生を感じられる今だけは、逃げるな。心に刻め」
クロウは八咫烏の頭を撫でた。そしてその背に乗る。
「カレンを待たないんですか?」
「俺様は流浪、国も持たず、愛だけを刻む。貴様は我が友だ。いずれまた、会う日もあるだろう。その日まで、愛しい娘を、失った俺様の国を、頼んだ」
八咫烏が飛び立った。止める事はできなかった。理事長とカレンが来るまで、俺はそこにただ立ち尽くしていた。

「戦争は止まりました。貴方の力あっての事です。王国は貴方に勲章を贈るでしょう。貴方に王国のために働く事を求めるでしょう。それをどうするかは、貴方次第です。今は、休みなさい」
理事長の言葉は、頭に入ってこなかった。一人で立ち尽くし、クロウの話した事を考える中で、多くの事を思い、混乱だけが頭を巡った。

多くの兵士が倒れ、多くの兵士が逃げ出した。未だトロークに立ち向かう者はほとんどいない。だが構える者もわずかにいる。トロークはそれに向かい唸りをあげ、羽虫を払うが如く薙ぎ倒す。何度も何度もトロークは攻撃を受けていた。どこからか飛んできた火球を彼は避けようともせず、己の身を守ろうともせず、ただその身に受けていた。何度も火球に焼かれ、魔法剣士の斬撃に身を裂かれ、それでも彼はそれを気にもしなかった。血塗れになっても彼の動きが鈍る事はなく、その猛進は決して止まらなかった。数万といたであろう連邦の兵士は、すでに百を切っていた。しかしその残った兵士も動きは見せなかった。その理由は、はっきりしていた。当然だ。数万の兵士を薙ぎ倒した男に、どう立ち向かえと言うのか。今、こんな状況で立てる兵士は決して豪傑ではない。臆病者か、ただ運がよかっただけの者だ。いや、むしろ運が悪いか……。
「これ以上磨り減る必要はない。この戦は止まる。しかし、衰えがないなアボジ。もう少し残っていると思ったが」
クロウが戻ってきた。言った通りに、それ程の時間はかかっていない。八咫烏の三本の足はロープで簀巻きにされた何かをつかんでいる。八咫烏はそれをトロークの前に置いた。
「連邦めが、どうにも見つからんから面倒になってな、連邦の仮設会議所に行ったらそこにいた。俺様の手を煩わせた八つ当たりに連邦のトップを攫おうかと思ったんだがな。ふん、小国の軍国化が進んだ所に目を付けた金の亡者の仕業のようだ、この度の騒ぎはな。アボジよ、貴様の無双は比肩無きものだが、その思慮の浅さもまた、だな。裏にはまだなにかいるだろうが、今回はこいつに一つ二つ言えば済むだろう。連邦軍の頭など挿げ替えの効く人形だ。さあ、アボジ、お前の嫌いな戦争屋だ、叱ってやれ」
クロウはそれだけ言って飛び立った。そして俺達の元に来た。
「さあ、もう全ては済んだ。もうこれ以上あれを見てやるな。本来小僧の出番は無かったのだ。お前達はあれを知るには幼過ぎる」
「お、お言葉ですが、私は王国軍の分隊長であり、もう22です。幼すぎると言うのは……」
「俺だって、まだ召喚学院の生徒で、未熟なのは承知ですが、24です。それに、宿命を見ておけと言ったのはクロウさんでは……」
「ふん、俺様の十分の一も生きていないお前らを、幼いと言ってなにが不思議か。俺様がいくつに見える?30そこそこだろう。これが宿命だ。召喚士の果てだ。お前らに話すのはこれだけだ。さあ、王国へ帰るぞ。ベルゼブブの青年とカレンは八咫烏に乗れ、ジンバはついてこれるだろう。魔力はもう問題ないはずだ」
言われて自分の身体に魔力が巡っているのに気が付いた。しかし、それはいつもの物とは違い、風花の魔力が自分のものと混ざり合っているのがわかった。だが、それでもそれが自分のものだと思った。クロウの八咫烏が飛び立つ。それについて風花が走り出す。申し分ない速さ。まるで万全の動き。いや、それ以上の速さだ。今までにない速さ。森でクロウから逃げた時より、ずっと速い。それなのに全力はまだ先にある。どこまで速く、走れるのだろう。ふと横を見ると上空を飛んでいたクロウがすぐ側にいた。
「試したいか?それもいいだろう。己の力を知るのは必要な事だ。ジンバと言えど地を駆ける馬、空を翔ぶ俺様の八咫烏が遅れを取ることなど無い。さあ、行け、見せてみろ」
集中して、前を見る。
「風花、行こう!」
景色が変わった。初めて見る、超高速の景色。変わらないのは隣を翔ぶ八咫烏とクロウ。ロブとカレンはそんなクロウに抱えられている。そうでもしなければヤタガラスの背に居続ける事もできないのだろう。
「もしかして、今谷を越えたか?」
変わらない歩調で、風花は谷を越えた。森より向こうの連邦の近くから走り出して、ほんの数分で、谷を越えた。王国を出て、森まで行くのに、あの時は半日かかった。なのに、王国は、もうすぐ目の前だ。どれだけの速度だったんだろう。どれだけの力なんだろう。それは、人の域……なんだろうか。

「カレン、召喚学院に行け。理事長に、アボジが事を納めたと伝えて来い。ベルゼブブの青年、王城に報告を上げろ。ジンバの友よ、貴様には、俺様が話そう」
「お父さん……もっと話を……それに母さんに」
「俺様はここにいる。さあ、行って来い」
「はい!」
カレンが走り出した。ロブもそこに留まったりはしない。
「俺様の話をしよう。召喚士の果てと、禁忌の話だ。そして最も残酷な、神より命を受けたアボジの話。これは、俺様の話であり、変態鎧男の話であり、そして貴様の話だ。神馬に跨る、貴様の話だ」

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