俺の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ(完結)

カテゴリ: 一話目から読む

馬だった。
一昔前までの流行りと言えば魔法剣士で、世の男はこぞってそれに就いた。親父もその口で、それもどちらかと言うと早い段階でその流れを察知して、当時は大挙する新人魔法剣士の面倒をよく見たという。だがいかんせん元々の才能の無さか、すぐに実力は抜かされ、今となってはキャリアの長さだけが取り柄のダメ剣士だ。
魔法剣士の流行りが収まりつつあるところで注目されたのは召喚士だった。それまでの召喚士と言えば、魔法剣士とはまったく逆で、自ら前線にはたたない臆病者、その上召喚には精密な魔力コントロールが求められそれに就くのは困難、正式な召喚士になるためには高額な授業料を払って国の認可した専門の学校に平均六年も通わなければならず、さらに召喚士学校の卒業率はわずかに三割程度、さらにさらに晴れて召喚士になったところで給金が良いわけでもなく、国の召喚委員にしか勤め口はなくそこも狭き門、そこまでして評価は臆病者だ。はっきり言って世界で一番人気のない職業だった。しかし断言しよう。それも今は昔、世間は変わった。
きっかけはとある流浪の魔法剣士のドキュメンタリー番組。もちろん主役は魔法剣士であったが、そこかしこにちらちらと写り込むパートナーの召喚士が密かに注目を集め始めた。
それにいち早く目をつけた親父は人生最後の大一番、細々と貯めてきた貯金を召喚士学院に大口投資、世間の流れはあれよあれよと変わり世の流行は召喚士一本、本人が傷付く危険は少なく安心、狭き門をくぐったエリート達と囃し立てられ、親父はまんまと大成功を収めた。
そんな親父の立場と意向とささやかな下心を持って召喚士学院に入学した俺であった。そしてなんとかギリギリ平均より少し下くらいの成績で六つあるカリキュラムの三つ目を終えた。この時点で四年半の歳月を費やしはしたが。そしてついに実際に召喚獣を召喚しての実践的な授業が始まる。同時期に入学した連中はもうほとんどが五つ目のカリキュラムに進んでいるし早い奴ではもう既に召喚士としてのキャリアを積み始めている。同期でトップだったあいつはなんだかよくわからない綺麗なドラゴンを召喚していた。この間テレビで世界に三人しかいない神話級のドラゴンを召喚する若手のホープと言われていた。
お調子者のあいつはどでかい蝿を召喚していた。鼻で笑ってやると、悪魔王がどうのと教えてくれた。泣きながら学院の馬小屋にこもったのを覚えている。同期はみな立派な聖獣や妖精や悪魔を召喚している。
ようやくだ。ようやく俺も召喚し、大きく大きく一歩召喚士に近づくこの日が来た。期待に胸を膨らませ、集中し、初めての召喚を迎えた俺の目の前に現れたのは馬だった。
空飛ぶ天馬でもなく、巨大な魔獣馬でもなく、妖精の馬でも悪魔の馬でもなく、ただただ平凡な、どこにでもいる、ただの馬だった。

「け、毛並みは良いから……」
誰に言うでもない独り言だ。いくらかの見物人と担当教諭が息を飲んでいる。彼らはまだ気付いていないのだ。目の前にいるこれがただの馬だという事に。
召喚で動物が現れる事は全く珍しい事ではない。むしろドラゴンのような一目で普通の動物ではないとわかるような召喚獣が出る事のほうが稀だ。ただのイタチのように見えてその身を炎に変えたり、ただの虎に見えて雷を呼んだり、召喚獣のほとんどはそういうものだし、彼らは人語も操る。なにより召喚した瞬間に召喚士は召喚獣を理解するという。みな一様に説明は出来ないがその瞬間目の前の召喚獣がどんなものだか理解すると言う。
その不思議な感覚を楽しみにしていた俺だがその感覚こそが今俺には絶望を与えている。
わかるのだ。理解してしまったのだ。間違いないのだ。

目の前の馬は、馬だ。

冷や汗が出る。周りの目が、どんな力を持っているのか見せてみろ、と訴えてくる。無い、そんなものは無い。馬にそんな力はない。ただの馬だもの。そして、沈黙の中、俺の召喚獣が軽く頭を揺すって、鳴いた。
召喚獣は威嚇の咆哮以外で鳴きはしない。目の前の馬は実にリラックスしている。四年半事在るごとに馬小屋でいじけてきた俺の目に狂いはない。こいつは半分寝てるくらいにリラックスしている状態で鳴いた。
「……馬?」
担当教諭が呟く。
瞬く間に見物人達がざわめく。
そしてもう一度、俺の召喚獣が鳴いた。
俺も泣いた。

これまでの俺の評価と言えば、召喚士学院への大口出資者の息子でありながらの落ちこぼれ、というものだったがそんな些細な人物評価はあっという間に薄れていった。
俺を名前で呼ぶ者はいない。誰しもが俺を馬と呼ぶ。学院内を歩けば奇異の目が向けられる。ただの学院生の噂があちこちに広まる。元凶は間違いない、あいつがどこかしこでからかうからだ。
一年以上前に蝿の親玉を召喚せしめた悪友がどこかしこで俺を馬と呼ぶからだ。

今も廊下の向こうに奴の姿が見える。俺を見付けて楽しそうに口元緩めて手を降る姿が見える。
「よお、馬。調子はどうだ、元々の馬術訓練に加えて召喚獣の訓練でまで馬術訓練となると大変じゃないか?」
嫌味ったらしく、声をかけてくる。
「知ってるだろ、俺は他はからっきしでも馬術だけはトップクラスの成績だったんだ。大変なものか」
「わかってるよ、加えてお前は馬に好かれるもんな。馬系の召喚獣が出るだろうとは思ってたけど、まさかただの馬だとは思ってなかったからよ。けど自分の性質にまったく合わない召喚獣が出てそこで成長が止まっちまう奴も少なくはない。それに比べればお前は自分にぴったりの召喚獣なんだからマシな方なんじゃないかと俺は思ってるぜ、まあがんばれよ。俺はこれから卒業試験だ」
お調子者ではあるが、根はそれほど悪い奴ではない。このシビアな召喚士の世界で落ちこぼれ、周りが俺を見限る中、決して変わらない関係でいてくれた大切な友人でもあるのだ。
「そうか、ロブも卒業するのか……まさかこんな早く卒業するとは入学した時は思ってなかったけどなあ……」
「まだ卒業試験に受かると決まったわけじゃないよ、まあ落ちる気はさらさらないけどな」
「いや、大丈夫さ。ロブなら間違いない、頑張って」
返事はなく、ロブは軽く笑って、そこを去った。
元々才能はあったが、元来悪戯好きで悪知恵ばかり働かせていた事が大きくブレーキになっていたが、蝿の親玉とはそこが見事にマッチした。ロブは間違いなく合格するだろう。

友人の成功を祈り、少しばかり妬み、俺は俺の進める道を確かに歩もうと、彼の背中を眺めながら思った。

初めて召喚獣を召喚してから二年がたった。この二年、学院の中はおろか、街でも指を差された。いつの間にか呼び名は馬から馬男に変わっていた。それでも諦めず必死に訓練に励んだ。良き悪友だったお調子者は、今日初めて分隊長として遠征に出るらしい。わざわざ兵舎を抜け出して自慢に来た。

召喚獣がただの馬というのはやはりというか当然というか、ただでさえ才能のない俺にはあまりにも大きすぎる足枷で、学院ではカリキュラム一つで一年を目処に組まれているはずが、四つ目のカリキュラムを、ようやく先日終える事ができた。しかしもって、俺も、そして俺の召喚獣も成長する事ができた。それは間違いのない事だ。間違いなく、成長はしたのだが……。
「馬男、馬男、ちょっと兵舎に届け物してほしいんだけど」
友人が声をかけてくる。最近はほとんど毎日のようにこういった頼み事をされる。
「はいはい、どなた宛?」
俺の方も慣れたものだ。大概は礼も貰える。そして召喚獣を呼ぶ。そう、早いのだ。ただの馬だが、成長して、足が早いのだ。さらに言えば人の倍以上馬術の訓練をした俺の腕をもってすれば、なにより早いのだ。今では国一の早馬の呼び声も高い。ただし、召喚士としての評価は低い。涙を堪えながら、俺は兵舎へ馬を走らせた。

兵舎についたのは丁度悪友が遠征に向け準備を終えた時だった。間違いなく嫌味を言いやがる、という予感、というか確信。早くもこちらに気が付いて意地の悪い笑みを浮かべている。
「お、お、馬男、なんだわざわざ見送りに来てくれたのか、嬉しいな」
「いつもの配達さ、隊長様に用などございません」
聞いてロブはけらけらと笑う。初めて隊を率いるというのに、緊張は見て取れない。はっきり言ってお調子者のロブが隊長と聞いて、俺はかなり心配だったが、この様子を見て少しばかり安心した。嫌味ばかり言い、いつもからかってくるロブが相手でも、それ以上に彼は大切な友人だ。
「なんだつまらん、まあサクッと帰ってくるよ。お前も早く卒業しろよ、俺の隊に引っ張ってやるからよ」
言ってニヤリと笑う。こいつの隊にだけは入ってたまるか。卒業もまだまだ見えない今時分では、思うのも贅沢な事だが。
「平和な時勢ではあるけども、気を付けて行って来い。ここで躓けばせっかく立派な召喚獣があっても出世はないぞ」
少しばかり言い返してやるも、ロブはあっけらかんと笑うばかりだ。
「お前にだけは出世の心配されたくないな。大丈夫さ、なんて事ない。それにうちの隊には、ほら、あいつがいる。カレンが一緒なら、お前の為にも成功させないとな」
その名前が出て、ギクリとする。カレンは俺やロブの三期後輩にあたる。が、三ヶ月前に卒業試験を受けて合格したと聞いた。まさかロブの隊に配属されたとは思ってもいなかったが……。

「懐かしいな、一目惚れしてテンパって暴走して俺をあなたの召喚獣にして下さいって土下座して、あれほど笑える光景はもう二度と見れんだろうな」
頼むから忘れて欲しい光景だ。三年ほど前、俺はカレンに恋してしまったのだ。よりにもよって、学院に入る前から天才少女と呼ばれていたカレンに。そして俺は知らなかったのだ。彼女ほど冷血の言葉が似合う者がいない事を。一目で心を奪われて、一瞬で心をへし折られたあの日を、俺は今でもはっきり覚えている。

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