デパートクレーム物語

そりゃ色々ありました。

ジャビットの憂鬱の日々の中、いよいよジャイアンツの優勝が決まる。
冠を「カープ応援ありがとうセール」に代えた催事のスタードだ。
となれば、やはり売上は欲しくなる。

幸い、メディアではM社が「ジャイアンツ優勝セール」をやること。
ただし、広島と名古屋は冠を代えてやること。
なので、商品的には「優勝セール」と同じお買得品が両店でも出されることなどを流してくれる。
期待大だ。

そして、いよいよセール初日。
「色々ありましたが、いよいよ本日からスタートです。ジャイアンツ優勝セールで手配した商品で売上を上げさせてもらうことになりますが、だからと言って我々は広島魂を売ることのないように!」
の朝礼で、すったもんだしたセールのスタートを切ったのである。


この時の決定が前例となり、その後はジャイアンツが優勝した場合は「カープ応援ありがとうセール」がしばらくの間定着し、ジャイアンツの優勝にヒヤヒヤすることはなくなった。
ただ、その後私は池袋店に転勤になる。
となると、ジャイアンツが優勝すればもう逃げることはできない。

池袋の連中は私がジャビットのオレンジ法被を着て店頭に立つのを楽しみにし。
また、意地悪くもその写真を広島店の連中に送ることまで計画していたようだが。

私が赴任していた2年の間に読売が優勝したか否かはここでは内緒にしておくことにいたしましょう。

完。

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ジャイアンツ優勝セールを広島と名古屋で開催するか否か?
長らくその回答は来なかったが、朝晩が涼しくなりジャイアンツ優勝まであと1カ月の猶予もないころ両店の要望を了とする通知が届いた。

商売人としては売上拡大のチャンスを逃す決定かもしれないが、果たして広島で開催したところで売上に貢献したかどうか?
むろん、野球に無関心で安く買えるならそのタイトルがどうだろうと関係なく買われる方もいらっしゃるだろうが、だからと言って広島に店を構えてながらジャイアンツの優勝を祝う店が存立できようか。
一時的に潤うことがあったとしても私は「存立などできない」と今でも思っている。

また、そのことより何より、ジャイアンツの歌が一日中流れる店内にオレンジのセール看板が林立し、オレンジの法被を着て店頭に立つなど想像するだけで悪寒が走るわけで、この決定通知に心底ホッとしたのである。

さて、目出度く優勝セールは回避し、そのタイトルは「カープ応援ありがとうセール」となりジャイアンツ優勝翌日から開催決定となる。
かつてそんなタイトルのセールはしたことなどなく、お客さんからすれば唐突感満載で売上への期待はあまりしていなかった。
が、優勝マジックが一桁を迎えようとした時期から本社手配の商品が次から次へと広島にも納品になる。
待て待て、そんなに入ってきてどうする?である。

しかも、その商品が入ったダンボールの一個一個には優勝セール用商品とわかるようジャビットのイラストの張り紙がバンバン張られている。
想像して欲しい、ジャビットだらけの職場風景を。
それが、どの階の裏通路に行ってもジャビットの山。
しばらくの間、お店の裏通路はジャビットに占領されることになったのである。

つづく。

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ジャイアンツ優勝セールの辞退を名古屋店とともに本社へ要望しようと名古屋の決定を待つ間にも本社から通達はやってくる。
本社でもセール用の商品を一括で手配をスタートするので「各店でもそれぞれ独自に手配をすすめるように」との通達である。

開催タイトルはペンディングだが、ジャイアンツ優勝セールの名目で取引先にお願いしたほうがさらに良い品が揃う可能性が高いのでその「優勝セール用」の名目で各取引先に商品をお願いする。

すると、どの取引先の担当からも「え?ほんまに広島でもやるんですか?」との返答がイの一番。
私の担当してた紳士服関係は関西の取引先が中心であったので、広島県民のカープに対する思いはよくご存知。
なので、どこへ頼んでも「ほんまでっか?」とか「それ、売れますかいな?」てな具合である。

しかし、そんな曖昧な気持ちのままだと取引先も真面目に商品を手当てしてくれない恐れもあるので「いやいや、間違いなく社をあげて大々的にやりますので」と言いたいところだが、私自身が乗り気でないので、気持ちの入らないままの発注となってしまったことは否めない。

そんななんとも気持ちがスッキリしないまま時間は過ぎ、やっと名古屋店も「ジャイアンツ優勝セール」の冠をつけたセールは辞退希望が決定。
福岡店も検討したようだが、福岡はソフトバンクは「リーグが違うので問題ないだろう」となったため、広島と名古屋の二店舗がジャイアンツの冠セール辞退の要望を本社に出したのであった。

あとは、本社としてそれを受け入れるか否か。
受け入れたとして、あとは読売側がそれでよしとするか否か。
固唾を飲んでその決定を待つことになったのである。

つづく。


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優勝セールの開催契約を読売と行ったM社。
その年は「ジャイアンツの優勝などあるもんか」と思っていたが、ペナントレースが進むにつれ雲行きが怪しくなる。
そう、夏頃には早くも優勝の可能性が見えてきたのだ。

となると、本社でも優勝セールに向けた準備も始まり、販売時に店員が羽織るジャビットのイラストがデカデカと描かれたオレンジ色の法被やセール看板の仕様などが次々と本社から発表される。
特に、広島店の社員に与えるジャビットのオレンジ法被の衝撃は大きかった。

ちなみに、東京に本拠地を置くM社ではあるが、広島の社員は広島出身者が多数を占める。
当然カープファンがほとんどである。
その法被のデザインを見て、また、それを自らが着る可能性を思い、多くの社員が唖然としたのは言うまでもない。

と言うより、そもそも広島で「ジャイアンツ優勝セール」をしていいのかどうか?
ジャイアンツ優勝の可能性が出てきてやっとその根本的なことが議論されることになった。

もちろん、社員大方の意見は「広島ではありえない」であり、「広島中を敵に回すことになる」や「店が壊される」との意見も出てきて、最終的に「ジャイアンツ優勝セール」は辞退し、他のタイトルでの開催を行いたいとの要望を本社に出すという結論になった。

その場合、中日の本拠地に店を構える名古屋店とも共同して要望を提出しようとしたようだが、名古屋店はいまだ「決めかねてる」と言う状況のようであり、その結論がでるまでしばらく要望提出を待つことになったのである。

つづく。

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私の勤務していたM社は、本社本店も東京なので昔からM社がジャイアンツが優勝した時「ジャイアンツ優勝セール」をやっていたと思われがちだが、実はそうではない。

それは2000年からで、それまでは有楽町の読売会館に「S東京店」が入居していた縁で「ジャイアンツ優勝セール」はS社がやっていた。
が、S社が経営破綻した時に読売からM社へその話が来て後釜に座ったというわけだ。

とは言え、デパートは様々なお客さんをお迎えしたい立場。
本拠地が東京にあるデパートとはいえ、東京には地方出身者の方も大勢いる。
皆が皆ジャイアンツファンなわけいし、お客さんに敵は作りたくない。
本社でも、ジャイアンツに肩入れした優勝セール開催の是非は議論されたようだが、最終的にはジャイアンツの商標を使用する事や、期間中グッズを販売できる契約をとりつけたのだ。

そして、その契約には「優勝セールは全国のM店舗をあげて大々的に開催」となっているとの情報が広島にも入ってくる。
その情報を知った私は「この広島でもジャイアンツ優勝セールせんといけんってこと?」と唖然。
ただ、そのころのジャイアンツはしばらく優勝から遠ざかっており、その年も「ジャイアンツが優勝などするもんか」とたかをくくっていた。

が、しかし、その年のペナントレースは…。

つづく。

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沸点の高い人は少々の事では怒らない。
沸点の低い人はちょっとしたことで怒る。

クレーム対応が
上手なのはどちらか?

ちょっとしたたことで怒る沸点の低い人だ。

沸点の高い人は「なんでこんなことで怒ってるんだろ?」と思いながら対応してしまう。
なので、怒ってるお客さんにまったく共感できない。
火に油を注ぐ恐れ十分あり。

沸点の低い人は「あぁ、それわかります~」と思いながら対応し共感する。
この共感こそが大切だからだ。

むろん、それだけではなく他にも技術的なことはあるが、共感のベースに立つことがとても重要。

よって、穏やかな性格の人には決してクレーム対応させてはいけないのである。


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これは先輩に聞いたお話。

食品売り場で尾道の某有名蒲鉾店の商品を扱っていたころのお話。

アルバイトの店員が誤って「ろう細工」の見本品をお客さんに渡してしまった。
その後、持って帰ったお客さんから当然苦情の電話が入る。

社員が急ぎお客さんのところへお詫びに駆け付け、見せられたろう細工。
そこにはくっきりと歯形がついていたそうな。

口にするまでわからない「ろう細工」の出来、おそるべし w(゚o゚)w 


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これは先輩がしでかしたお話。

紳士服オーダー売場のカウンターに立っておられたお客さんの後ろ姿をみて、
高校の同級生と思った先輩社員。
後ろからそっと近づき、親しみ込めて「ひざかっくん」を入れた。

入れられたお客さん。
デパート売場でのまさかの「ひざかっくん」に驚いて「えっ?」と振り向く。
振り向いたお客さんの顔を見た先輩は声に出して「あっ!」と驚く。

その先輩、直後たいそうしぼられたそうな (´゚艸゚)


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池袋店2年目は紳士既製服、プレタポルテ、オーダー服の担当。
そんな2年目のある日、休み明けに出社するとたいそう細かなクレームが私を待ち構えていた。
バーゲンのスーツを買った顧客が、スラックスお直し後の寸法が短いとのクレームである。

スラックスの長さには、私もこだわる。
スーツの着こなしには重要なポイントでもある。
なので、その長さについてのクレームならばわからないではない、と思いながら担当にその内容を聞いてみる。
すると、その内容は「2ミリ短いとおっしゃるのです」と。

ん?2ミリ?
聞き間違いと思い、微笑みながら「2ミリって言った?」と改めて聞くと、「はい、2ミリです」と答える。
センチ単位の長短のクレームは経験あるが、2ミリはさすがにない。
と言うか、正直「ミリ単位でクレーム言ってくる顧客って、どうよ?」である。

「で、どうしたの?」と聞くと。
「預って修理する」と言わざるを得なかった、と。
でも、「直し場に持って行くと、2ミリの修理なんて不可能」と言われたのでどうしたものかと。
そりゃそうだ、2ミリなんて直しようがない。
そもそも、2ミリ程度の誤差は気温や湿度によって十分生じるし、折りジワによっても生じる。
また、測り方によってもそれぐらいの誤差は生じてしまう。
なので、「ちゃんと(その事)説明したの?」と聞くと、「はい、でも納得してくれないんです」と言う。

「う~ん、こりゃ厄介な顧客だなぁ」と思いながら、「まぁ、自分で実際測ってみるか」という事で、スラックスを丁寧に伸ばしメジャーをあててみる。
そして目を凝らしメジャーの目盛りを見る。
まるほど、よくよく見れば確かに指定の股下寸法76センチには微妙に足らない。よくよく見れば、だ。
2ミリまではいかない、でも1ミリとちょっと短いかな?くらい。
いやいや、メジャーの折りジワも軽くある。
メジャーを思い切り伸ばしてみる。
スラックスも今度はギュッと伸ばしてみる。
ん~、今度は1ミリ弱くらいかな?
目を皿の様にして見ないとわからないぐらいの誤差だ。

「まぁ、これぐらいだったら何とかなるだろっ」と思い、このまま夕方来られる事になっている顧客に対応することにした。
しかし、夕方現れた顧客はそんな甘い考えが通用する顧客ではなかったのである。

午後6時過ぎだっただろうか、いよいよその顧客登場である。
2ミリ云々を気にされる方なので「神経質そうな感じなんだろうな」と思っていたが、あにはからんや、普通である。
年齢の頃は、35、6といったところの、スーツの着こなしもまぁまぁの普通のサラリーマン。
その様子を見て、「こりゃ、なんとかなるな」と思いながら、まずは、売場の責任者であることを告げお詫び申し上げ、修理した事にした(2ミリの調整修理などムリなので、本当は修理してない)、件のスラックスの採寸をする。
顧客指定は股下寸法76センチ。
スラックスを丁寧に伸ばし、メジャーを引張り気味にあてスラックスにあてる。

あれっ?
2ミリほど足らない。
さきほどやった時には、1ミリ弱だったのに、あれっ?
で、顧客の様子は?と見ると、しっかり覗き込んで確認している。
が、その表情はスルーして何事もなかったかのように再度メジャーを目一杯伸ばして(気付かれないようにさりげなく)チャレンジ。
ん?
少し改善されたが、やはり足らない。
顧客はより露骨に覗き込んで見ており、その表情は明らかに不満そうだ。
が、それにめげず、「どうでしょうか?」と聞いてみる。

すると、顧客。
「あのねぇ、これは契約なんだよ、おたくの店と私の」
「私が76センチでお願いして、それを受けたんでしょ?」
「できなきゃ契約不履行じゃありませんか」と迫ってくる。

1ミリ2ミリで契約不履行とはまた仰々しいと思ったが、修理票にミリ単位の免責事項云々書いてあるはずもなく。
さらに、ここでまた「繊維製品は温度湿度によって・・・」などと言ってもややこしくなるだけと思い。
「もう一日お時間をいただけませんか?」とお願いをしてみる。
すると、「それじゃ、また明日来るから・・・今度はきちんとやってくださいよ、きちんと!」
と声高に言い残し、売場を去っていかれたのである。

その背中を見送ったあと、傍らに控えていた担当者と顔を合わせ「こりゃ、まいったね」である。
という言うより、最初計った時は1ミリを切ったのに、顧客の前でやると1ミリを超えたのが悔しい。
「もっと、練習しておけば良かった」と思ったが後のまつり。
ともかく、考えねばいけないのは明日までの対応である。
再修理はもちろんしない。
原状のままでいかに76センチにもっていくか。
その後は、その課題達成に向けてあれやこれやの時間を過ごすことになったのである。

1ミリちょい足らなくても満足しない顧客。
1ミリ短くてもシルエットは変らないし、折りジワでそれくらいは短くなるし、気温湿度によっても長短変化する。
正直、真面目に付き合ってられない。
が、こんな顧客の対応も勉強と思うことにして、というか、こっちも意地になり対応策の練り直しである。

まずは、大先輩であるオーダーサロンの上村さんと、イージーオーダーのベテラン派遣販売員の山川さんに相談をする。
事情を聞いた超楽天家の上村さんは他人事と思ってか楽しそうなニコニコ顔、真面目な山川さんは困った表情になる。
で、上村さん。
「メジャーあてる時、顧客にわかんないように2ミリほどメジャーをシュと下にずらせばいいじゃない」と嬉しそうにおっしゃる。
楽天家だけに、やはり、軽い。
「ダメですよ、この人はメジャーの先から先まで目を凝らして見てるんですから」と私が言うと、「そこをうまくやるんだよ」と嬉しそうに返してくる。
軽すぎる。

一方の山川さんは、終始困った表情である。
そんな山川さんに「こんな顧客いままでいました?」と聞くと、「いや~、いないです」と。
そりゃそうだ、それだけに真剣に困っているのだろう。
で、皆でもう一度それぞれ採寸してみて誤差を測ってみる。
スラックスを思いきり伸ばし、メジャーも思い切り伸ばし。
でも、3人がミリ単位でピッタリ同じにはならない。
しかも、皆76センチにはミリ単位では届かない。
つまり、このままでは明日も同じ結果になるということだ。

しょうがない、お直し場に頼んでちょっと長めに出してメジャー操作で誤魔化すか・・・と思っていたら、上村さんが「スチームをガンガンあててアイロンかけてみてもらったら?」と。

おっ、さっきまではお遊びで、やっと真剣に考えてくれたようだ。「なるほど」である。
早速、お直し場に持っていきスチームアイロンをかけてもらい売場に持ち帰る。
上村さんも山川さんもお待ちかねだ。
で、まずは私がメジャーをあててみる。
やった!76センチになった!
いや、厳密に言えば、コンマ数ミリオーバーだ。

長いのもダメ?
いや、あの顧客はたぶん短いことが許せないだけで、長いのは大丈夫だろう。
それに、そこらへんのメジャー操作は短いのを長く見せるほど難しくない操作なので何とかなる。
気づかれないように引っ張ってるメジャーを少し緩めればいい。
そうしよう。

問題は、今の状態が明日の夕方までもつか?にある。
乾ききってしまうともとに戻りそうだ。
なので、来店される少し前にアイロンをかけてもらわねばならない。
皆でそうしよう、そうしようと言うことになった。

そして、いよいよ最終攻防の時がやってきた。
まずは午前中に採寸をしてみる。
やはり、一晩経ったので76センチ足らずになっている。
でも、マイナス0.5ミリぐらいに改善されている。

今度は午後いちに採寸をしてみる。
午前中と変らない。
まだまだ早いが予行演習でアイロンをかけてもらう。
約1ミリ程度伸びた。
つまり、76.05センチくらいだ。
で、少しメジャーを緩めてみる。
おおっ、ピッタリ76センチ。
よし、いける!

顧客が来られるのは6時頃なので、5時半頃に再度アイロンをかけてもらえば良い頃合いだろう。
そんな段取りで来店を待つことにした。

そして5時半になり、アイロンがけ。
採寸をすると午後いちにやったのと変らない。
ちょっとゆるめにメジャーをあて、76センチピッタリにする練習を繰り返す。
いける、いける、大丈夫だ。
自信を持って、顧客を待つ。

6時になる。
で、10分過ぎ、20分を過ぎる。
アイロンをかけて50分を過ぎた事になる。
あれっ?
こんなに時間経過して、もしかして縮まない?
そんな不安にかられ、もう一回アイロンやっとく?
と思っていた時に顧客のご来店である。

自信を持ってお待ちしていたのだが、アイロンかけたあとの時間の経過が気にかかる。
かと言って、今からアイロンがけにも行けない。
もうこうなりゃ、いちかばちかである。
「お願い!」と念じながらメジャーをあてる、ただし縮んでいる不安があったので少し伸ばしぎみに。
おおぉ~、なんと76センチぴったりではないか。
もうこの手は絶対に動かさないぞ、と思いながら顧客の様子を伺う。
そして、目を凝らして寸法を確認している顧客に「如何でしょう?」と尋ねる。
すると、「いいでしょう」あっさりOKを出してくれたのである。

この何とも言えない達成感。
誇らしい気持ちにもなったのであるが、そんな表情など出せるわけもなく。
何度もお運びいただいた事に対してお詫びを申し上げ、顧客をお見送りしたのであった。

ただ、心配だったのは、自宅に帰られて再度寸法を測られた時には縮んでる?
しかし、その後その顧客からは再度クレームが来ることもなく、この騒動は一件落着となったのである。

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お江戸のお店へ着任1年目の私は、何とも摩訶不思議なクレームと遭遇することになるのである。

1年目の担当はメンズファニシング。
ワイシャツ、ネクタイ、肌着、靴下、ナイトウェア、紳士靴の担当。
ワイシャツ、紳士靴はサイズが細かく刻んであるので在庫抱えないといけないし、男モノの肌着なんて楽しくないし、ま、楽しいのはネクタイぐらいのものかな?と、思ってた。
つまり、あまり得意ではない商品群であった。
なので、「まいったなぁ」と思いながら着任。
そして、2ヶ月経った5月頃だったか、顧客から摩訶不思議な電話が売場担当者宛にかかってくるのである。

「お宅で新しく買った靴を下駄箱にしまっておいた」
「今日、それを初めて下駄箱から出して履こうと思ったら、先の部分がポッコリへこんでいた。どうしてくれるんだ」と言った内容である。、
担当者からその報告を聞いた私は、顧客が買われた靴と同じものを確認する。

それは、ごく普通のプレーントゥタイプのものである。
なので、トゥの部分は硬い。
指で少々押したところでは簡単にへこまない。
さらに押してへこませたところで、すぐに復元する。

「これって、何もしないのにへこまんでしょ?」と笑いながらベテラン担当者に聞くと。
担当者も笑いながら「へこみませんよ~」と。
皮自体の伸縮は多少あるだろうが、その力によって硬く処理されたトゥの部分がへこむとは考えにくい。

「こりゃ、超常現象でも起きたかな」と半ば感心しながらも、とにかく顧客宅に出向いて商品を確認する事が先決。
急ぎ、近辺の地図を用意してもらうことにした。

東京へ住んで2ヵ月ちょい。
当然、まだまだ東京は不案内な土地である。
急ぐ中でも、行き先の確認をしっかりしておかねばならない。
方向音痴を自認する私は、初めて行く場所の場合は特に注意が必要。
ましてや、今回の場合はクレーム訪問である。
約束時間には、絶対に遅れるわけにはいかない。
なので、用意してもらった地図を丹念に見て、到着駅からの顧客宅までの道順をしっかりと予習する。

その地図を見る限り、区画もきれいに整理されておりわかりやすい。
地図の中央には線路が走っており、到着駅も地図上にある。
駅からこれだと歩いて15分あれば十分だな、と確認する。
ただ、地図で見ればお宅は駅の左側だが、乗った電車の進行方向によっては逆になる。
そこが一番心配だったので、メンバーの一人に確認をする。

「この地図でいくと、池袋からの電車の進行方向の左側で間違いない?」と聞くと、しばらく、考えて「え~と、そうですね。左で間違いないです」との回答。
よし、これで予習は終了。
顧客宅には時間的にも精神的にも余裕を持って到着したいので、駅には約束時間の40分程前に到着するように店を出たのであった。

電車に乗って30分あまり、目的の駅に到着。
間違いのないよう、進行方向の左側の駅の出口を出て向かうことにする。
地図を確認しながら道を進んでいくのだが、戸別地図を用意したにもかかわらず、途中のお店とか個人宅の名前を確認しながら進むことはしなかった。

何しろ、目指すはお宅は「電車の進行方向左側」との言葉を信じていたのだから。
で、15分ぐらいが経過、もう近いはずだ。
しかし、どうも様子がおかしい。
ん?
と思い、地図を確認する。

現在地と思われるところの地図を見る。
しかし、地図に表記している個人宅もお店も、今私の居る場所の辺りに見当たらない。
あれっ?
道をどこかで間違えたかな?
と思い、道順をもう一度地図上で辿る。
いや、間違っていない。
と、言うことは?

もしや?
と思い、お店に電話をいれ、「電車の進行方向左側」と言った担当者を呼び出す。
「今、電車の進行方向左側へ来てるんだけど、左で間違いないよね?」と聞くと、彼は「えっ?ちょっと待ってください」と言ってしばし私を待たせる。

イヤな予感である。
しかし、そのイヤな予感は当たってしまうことになる。

「あっ、すいません、右でした!」
その言葉を聴いた私は、しばし絶句。
文句のひとつも言いたいところだが、とにかく時間がない。
約束時間の40分前に駅に着いて15分歩いたから、
40分-15分=25分
いや、お店に電話したりしているうちに5分程度経過したから、
40分-15分ー5分=20分
あと20分で顧客宅に到着せねばならない。

いや、5分前には到着したいので15分で到着せねばならない。
ただ、今は顧客宅の逆方向に徒歩15分の距離を来てしまっている。
と言うとこは、つまり、ここまで来た速度の倍の速度でとって返さなければならない。
ここまで来た速度が凡そ時速6キロ程度。(ジムで歩いたり走ったりしてるのでこのへんはわかる)
と言うことは、時速12キロでとってかえさなくてはならない算段だ。

いつも私がジムで走っている速度が10キロ。
つまり、そのジムでの走りのプラス2キロで、しかも、スーツ姿で走らなければらないのだ。

「え~っ、勘弁せえよぉ~」であったが、グダグダ思ってる暇もない。
すぐさま踵を返し、スタートを切ったのである。

さぁ、顧客宅まで15分が目標。
上着を手に抱え、ジョギングのスタートである。
時節は初夏、5分も走るとジワッと汗ばんでくる。
が、そんな事にかまっている場合じゃない。
一目散に顧客宅を目指し、時速12キロ以上を意識しながら走る走る走る。
で、目標の15分少々前にはお宅を見つけることができた。

そのお宅は、都会には似合わない田舎でよく見られる純日本風のお宅。
息を整え、呼び出しベルを鳴らすと、玄関の引き戸を開けて小学3~4年生ぐらいの男の子出てきた。
「こんにちわ、◯◯の橋本です。おうちの方いらっしゃいますか?」と問うと、何も言わず踵を返し、廊下をドンドンドンと音をたてて奥の部屋へ走っていく。
そして、奥の部屋に向かって「おじいちゃん、誰か来た!」と報告している。
奥の部屋から「誰だい?」と問いかける声が聞こえ、その後「知らな~い!」という声が響く。

え?
ちゃんと名乗ったじゃないか、と思ったが、ま、相手は少年、しょうがない。
と、ここで、ようやく玄関の土間にゆっくりと目を落とす。

ふわぁ~、こりゃまた。
このお宅はいったい何人家族なんだ?と思われるほど靴が並んでいる。
いや、並んでいない、散乱している。
中でも、子どもの靴は3足分ぐらいがあっちこっちに横向いたりひっくり返ったり。
たいそう元気よく散らばっているのである。
その元気な散乱ぶりを見た私は、咄嗟に「靴をへこませた犯人見つけたり!」である。

と、得心したこところに、奥から先の少年のおじいちゃんであるクレームの主がゆっくりと現われる。
表情は特に怒っている風ではない。
訪問の挨拶をすませ(靴がへこんだ原因は未だ不明であるから、この時点ではお詫びはしない)、取り急ぎ、件の靴を拝見することに。
「ここにずっと入れておいたんだよ」と言いながら、下駄箱の扉を開けて下駄箱から靴を出される。

まるほど、黒のプレーントゥの靴の片方のつま先部分が、500円玉ぐらいの直径ほど丸くへこんでいる。
「買って帰られてすぐこの下駄箱に入れられたんですよね?」と改めて問うと、「そうそう」とおっしゃる。
「で、履こうと思ってこの靴を出してみたら、この様にへこんでいた・・・と言う事ですか?」
と、さらに問うと、「そうなんだよ、何でこうなるの?」と問い返される。

おじいちゃんの傍らに佇む少年と目が合ったので、「こらっ!この靴を踏んづけたんだろ!?」と優しい眼差しで詰問したが、伝わるはずもなく。
なので、「何でこうなるの?」の問いには、首を傾げながら「申し訳ないのですが、今こうして拝見しただけではわかりかねます」と言わざるを得なかった。

当然、この訪問で決着をつけるつもりではないので、しばらくお預かりして原因を調査してお返事差し上げたい旨を伝えると、「別に急がないから」とのありがたいお返事。
担当者から、「どうしてくれる!と怒ってました」と、つい先ほど報告を受けたのが嘘の様に、叱責を受ける事もなく穏やかに訪問を終える事ができたのである。

さて、それから問題の靴を持って帰店。
私が外出の間、担当者に商品本部、お取引先に問い合わせるよう頼んでいたのが、いずれも「自然にへこむなんて実例は過去一度もない」との回答。
そりゃそうだ、「そんなの超常現象じゃあるまいし」と私も思っていた。
とは言いながら、一応念の為品質管理部に出して調査はしてもらう事に。
そして、後日返ってきた検査結果は、「急激な力で押しこまれたと思われる」との結果報告。
さもありなん、である。

で、顧客にはどのように回答するか?であるが、調査結果をそのまま伝えたところで押し問答になるのは目に見えている。
なので、「原因不明」として報告し、修理させていただく事でご了解を得、修理して元に戻った靴を無事納めることができたのである。

ただ、その後しばらくは、あの少年がまたあの靴を「踏んづけないことを願っていた」のは言うまでもない。

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