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黒田選手のカープ復帰には感動した。
うまくいけば「優勝もあるかも?」と思った。

しかし、私の思いを通り越して広島全体の空気は「あるかも?」じゃなくて「間違いなし!」の空気が覆った。

そんな空気に私の熱い思いは徐々に冷めていった。

長いペナントレース、黒田選手が加入したぐらいで優勝できるほど甘くない。
なによりカープには「優勝したら金がかかってかなわん」と公言するオーナーが君臨する。

緒方監督はそんなオーナーの「忠犬ポチ公」の如き采配。
なんのことはない、野村前監督に続く「忠犬ポチ公」第二号である。

つまり、あの守銭奴オーナーがいなくならない限りは優勝など絶対ありえないってこと。
純粋無垢なファンはそんなオーナーに相変わらず踊らされてるってこと。

そのとこを改めて確信できたこの度の「鯉のから騒ぎ」だったのである。

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「はだしのゲン」閲覧を制限 松江市教委「描写が過激」

 広島での被爆体験を描いた、漫画家の故中沢啓治さんの代表作「はだしのゲン」(全10巻)が、昨年12月から松江市内の市立小中学校の図書館で子どもたちが自由に見ることができない閉架の状態になっていることが分かった。市教育委員会が作品中の暴力描写が過激だとして、各校に閲覧の制限を求めた。

 市教委によると、描写が残虐と判断したのは、旧日本軍がアジアの人々の首を切り落としたり、銃剣術の的にしたりする場面。子どもたちが自由に見られる状態で図書館に置くのは不適切として、昨年12月の校長会で全巻を書庫などに納める閉架図書にするよう指示したという。

 現在は作品の貸し出しはしておらず、教員が校内で教材として使うことはできる。市の調査では市立小学校35校、中学校17校のうち、約8割の図書館がはだしのゲンを置いている。
2013.8.16 asahi DIGITAL

 広島に生まれ、広島で平和教育を受けた者として。

大人になるまでは、「日本が悪い事をしたので原爆を落とされた」と思っていた。さらに、「原爆投下がなかったら、もっとたくさんの人が犠牲になっていた」とも。

具体的にどのような教育を受けたのかまでは逐一覚えていないが、平和教育なるものによって、そのように思わされていた事は事実である。
その中の教材のひとつとして「はだしのゲン」もあった。...

この漫画で一番印象に残ったのが、日本軍の残虐非道性である。
それ故、「原爆を落とされてもしょうがなかった」と納得もしていた。

しかし、近年になって、日本軍の残虐非道性を示すもののほとんどが捏造であることが判明さしつつある。つまり、真偽の程についてはさらに精査すべきと言うことだ。

斯様な、状況下で「はだしのゲン」が平和教育の教材としてふさわしいかどうか?今回の閲覧制限措置の根っこはそこにある。
しかしながら、マスコミの多くは表現の自由云々。
戦争から目をそらしてはいけない云々。

そんな事は百も承知。

しかし、純粋無垢な子供たちへの教材として使うのであれば、そこにウソがあってはならない。
問題はこの一点であり、怪しい部分があるとするならば、閲覧を制限するのは当然の処置である。

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全国戦没者追悼式。
読んで字の如く、ただただ、わが国の戦没者の方達に向けての式典である。
その事について、他国からとやかく言われるものではない。

にもかかわらず、左派マスコミは「中韓の反発必至」と煽る。
まったくもって意味不明理解不能なふるまいである。

所詮、謝罪を入れようが入れまいが、言いがかりは止むことなし。
つまり、チンピラ紛いの言いがかりをつけてきて「金よこせ、土地よこせ」は止むことがないのだ。

日本人は、相手が頭を下げればこちらも頭を下げる。
だか、彼の国の連中は、相手が頭を下げれば、もっと下げろと足で踏みつけてくる。
この民族性の違いを知っておかねば、ケツの毛まで毟り取られることになるのである。

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