2006年02月22日

お前ら見たか!

お前ら見たか!
澤田の無様な姿を・・・。本当はもうこのブログも終了させようと思っていたんだけど、しぶといことに澤田以下を完全に沈めることはできなかった。
ポーゴ、小笠原、そして見てのとおりサスケまでもが俺の考えに共鳴してくれている。
次回3月は試合をするかどうかわからないが、俺のユニオンプロレス、本当のユニオンプロレスはもっと過激な試合を考えている。そして、メンバーも更にグレードアップすることだろう。
次回のヒントはエジプトだ。楽しみにしていてくれ。

takei1961 at 17:56|PermalinkComments(3)TrackBack(0)スポーツ | 格闘技

2006年02月06日

ドラゴンドアパーティにて

昨日、私の知り合いがドラゴンドアのパーティに行きたいと言うので行ってきました。
大盛況のパーティでした。
闘龍門時代より親交のあるミラノとも久しぶりに会うことができました。
一回り体も大きくなり日に焼け、貫禄もついてきました。
きっと、2月7日はイブシーノ(飯伏幸太)と組んですばらしい試合をしてくれることでしょう。
私的になんといっても一番うけたのが、みなさん御存知の緑川さんと飯伏との2ショット写真を求めるファンがいっぱいいたことにびっくりしました。
そしてもう一つ、ミラノも近藤も、ブラザーもみんなサムライテレビのユニオンの会見を見てくれていたことです。近藤とは記者会見でさそりに刺された時の話題で盛り上がり、ブラザーには何で爆破実験で爆破しなかったのか突っ込まれてしまいました。
あと5日しかありません。中国特製爆竹はまだ手元には届いておりません。
あ〜どうしよう。


takei1961 at 17:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0)スポーツ | 格闘技

2006年01月30日

ジュリーとDDT

昨日、DDTの試合を見ました。
何と言っても気になったのがポイズン澤田ジュリーの存在です。
何年ぶりかで見ましたが、昔のまんまでした。
ユニオンプロレスに参戦しているポイズンとは同一人物なのでしょうか。
また、ユニオンプロレスにも登場するのでしょうか。
出場してくれれば、心強いし、こころおきなく澤田ブラザーズに後のことは任せて2月10日をもってリングを降りることが出来ます。

そしてもう一つ、7年ぶりで蛇影に会いました。
昔のままの体つきで大変保存状態も良かったです。
蛇影との思い出を一つ。
某団体の興行で、その昔、岡山で試合をしました。DDTからも高木三四郎以下数名の選手が出場し、その中に蛇影がいました。試合も終わり、同じ巡業バスで体育館を出発するときのことです。
ファンがバスを取り囲み、窓際越しに蛇影に対し手を振っていました。(女性数名が)そのとき某団体のM選手が一瞬蛇影の前のカーテンを閉め、蛇影のかぶっているマスクを奪い取り、なんと次の瞬間カーテンを開け蛇影になりすまし、窓際にズボンを脱ぎおしりを出したのです。もちろん今まで手を振っていたファンは一瞬にしていなくなってしまいました。きっとそのときの女の子たちは、蛇影の不思議な一面をみた思いだったのではないでしょうか。いたずら好きのM選手はまた今でも同じようなことをしているのでしょう。




takei1961 at 17:04|PermalinkComments(1)TrackBack(0)スポーツ | 格闘技

2006年01月28日

我が盟友鶴見五郎 PART1

私と鶴見五郎との出会いは、25年以上も前のことです。
当時国際プロレスでメキシコより凱旋帰国し、2ショルダーのコスチュームで胸には日の丸(今はどくろのマーク)腕にはイニシャルの入ったリストバンドをして、毎回コスチュームの色を変えてました。

当時、国際プロレスはマッハ隼人のルートでメキシカンがよく来日していました。
そのメキシカン迎撃部隊の最先鋒として戦っていました。

それから数年の付き合いのうちにある日私は新宿に呼び出されました。
ある飲み屋で、飲んでいると突然鶴見さんはポケットから1万円札の束を無造作に取り出し、「武井ちゃん、実はさ〜、俺結婚するんだよ。これで買える範囲で見栄えのいい婚約指輪を買ってきてくれない。」と頼まれました。
今でも覚えてますが、かなりの現金でした。
当時、大位山勝三とのコンビで独立愚連隊として活躍していたこともあったのと、メキシコ時代にかなり稼いだ貯えがあったのではないでしょうか。なにをかくそう、天下のNWAのライトヘビー級のベルトを腰に巻いたのは鶴見さんが日本人では初めてです。
今のスタイルとは想像もつかないほど、今で言うT2Pのジャーベを完璧にマスターしているようにも見えました。

最近はあまりお会いしていませんが、鶴見さんに食事に誘われる時は食べ放題の店が多いのですが、次回はそのときに起きた数々のエピソードを書きたいと思います。
爆破マッチまであと2週間。みなさん楽しみにしてて下さい。




takei1961 at 17:17|PermalinkComments(2)TrackBack(0)スポーツ | 格闘技

2006年01月24日

棺桶爆破デスマッチ

今回はユニオン2月10日大会も近いということで、急遽2月10日大会について書きます。
当日用意する棺桶について会場代表から連絡が入り、私に作ってくれというのです。
「武井さん、実はユニオンには棺桶を買う予算がないので言いだしっぺの武井さんが作ってくれませんか。」との事。
実際言い出したのは、ポーゴと小笠原であって私ではない。
とはいったものの自分にも責任があるし、仕方なく澤田、石川以下数名のユニオンメンバーを集めて都内某所で棺桶を作ることになりました。
近日中に発表できると思いますが、横幅のポーゴと長身の石川、誰が入ることになるかわからないのですべてのことを想定して作りました。
なんとも複雑だったのが、澤田と石川が自分が入るかもしれない棺桶を作っている姿を見ているとなんとも複雑な気分になってきました。
爆破実験のほうは今週マスコミを集めて行われるものと思います。
話は変わりますが、ユニオンに新しく二人のレスラーが移籍しました。
詳しくはユニオンホームページで御覧になってください。
このブログに対するご意見、ご希望、質問などをお待ちしています。


takei1961 at 17:12|PermalinkComments(1)TrackBack(0)スポーツ | 格闘技

2006年01月19日

なぜマミーは運転したか?

島根県浜田市においてユニオンプロレスが興行を開催したときのことです。
いつものように3時くらいになると会場設営も一通り終わり、一服できる時間です。
チケット売り場の準備が終わった私の目の前を1台のワゴン車が通り過ぎました。(会場駐車場内)車が過ぎた後、何か不思議な感じがして仕方がなかったのです。
「なんか変だな〜?何が変なんだろう」
そう思っているとそのワゴン車がまた私の前を通り過ぎ体育館の後ろに行きました。
私はすぐ追いかけて遠くから見ていると、次の瞬間、私は驚いた光景を目にしました。
なんと、あのマミーが肉まん(あんまんかもしれない)と、コーラのペットボトルを持って車から降りてきたのです。目もあわすこともなく体育館の中へ消えていきました。この島根大会の当日は、このことで頭がいっぱいでした。
というより、おかしくて仕方ありませんでした。なぜでしょう。
もし、あなたが町を歩いてて、目の前に車が止まり中からミイラ男が降りてきて白昼堂々と買い物をしてる光景に出会わせたらどう思いますか?
マミーが運転している光景を想像してみてください。(免許はどこで取ったんだろうか?)

それでは旧国際プロレス大位山勝三選手について少し書いてみます。
大位山さんとの出会いは私がまだ15歳の頃、国際プロレスの熱海後楽園大会に行ったときのことです。まだ中学3年生だった私は学校が終わると同時に品川のホテル高輪(当時国際プロレスの宿泊所)に行って、外人レスラーの移動バスに乗り込み会場まで行ってしまったのです。その日のメインイベントはマイティ井上−レンシェリーの金網デスマッチでした。会場に着くやいなや当時営業部長であった鈴木利夫さんに「こんなとこまで一人で来たのか」と半ば怒られてしまいました。
試合が終わり、鈴木部長に呼ばれるとそこにはアニマル浜口さんと大位山さんがいて、鈴木部長が二人に東京駅まで武井君を送ってってやれと頼んでいました。
そんなこんなで浜口さん大位山さんと3人で新幹線で東京駅まで帰ってきたのです。
車中、いろんな話をしました。それがきっかけで浜口さん大位山さんとは今でも懇意にさせていただいてます。
次回は続編としてユニオンプロレスのヒット興行であった後楽園ホールで行われた「国際プロレスアゲイン」のときのことを書かせていただきます。
大位山さんをはじめ諸先輩方に出場してもらうに至った経緯を書きたいと思います。

ユニオンのことになりますが、いよいよ明日2月10日の試合用の棺桶が完成します。近日中に爆破事件も行われる予定です。それでは皆さんお楽しみに。

takei1961 at 17:37|PermalinkComments(0)TrackBack(1)スポーツ | 格闘技

2006年01月16日

ユニオンプロレス〜ゴーウエスト

前回も書きましたが、確か翌年2月の後楽園ホールだったと思います。
エジプトより謎のミーラ男ザ・マミーが参戦するユニオンプロレスグレーティスト8という大会を開催しました。
前回の旗揚げで気を良くして行ったのですが、なんと当時の後楽園ホール最低観客動員を記録してしまいました(250人)。それにもめげることなく、ユニオンプロレスは次のシリーズで四日市、島根、広島、川崎など地方遠征へ出ました。
後楽園の心の傷の癒えぬまま暗いムードで大男数人が小さなワゴン車に分乗し、旅に向かったのです。
しかし当時は、我々のようなインディー団体は、前売り券などに頼れるような状況ではありません。(どの地方でも前売り20枚出ていればいい方)
そんな巡業のさなか、広島の尾道公会堂大会の当日です。
当時2代エースであったうちの一人、松崎和彦が大変会社に対し貢献度の高いことをしてくれました。
なんと、尾道市の某スーパー駐車場で白昼、大勢の買い物客の前で大乱闘を繰り広げたのです。(マミーも一体なぜ昼間歩いていたのでしょう?)
私は、会場で戻ってきた松崎から報告を受けるや頭の中によぎったのが警察に対する始末書です。それどころか、今日試合は出来るのか?そんなことばかり考えていました。5時半の会場時、いつものように会場前にはお客さんはまばらです。
6時を回り薄暗くなった頃、近所のおばさんおじさんたちがチケット売り場の私のところに集まり始めました。
「全身怪我して包帯だらけの人は今日はこちらにいるんですか?」
またある人は、
「ミーラショーってここでやるんですか?」そんな会話をしてるうち行列が出来始め当日券の売り上げはかなりのものでした。
あのときほどマミーに感謝したことはありません。
喧嘩番長松崎がまたどこかでザ・マミーとストリートファイトをするかもしれません。
みなさん、見てみたいですか?

それではお約束した国際プロレス先輩のネタを小出ししていきます。
第1弾は、和製マットの魔術師寺西勇さんです。
寺西さんの本名は等ですが、リングネームの勇は自分の名前だそうです。
この寺西さんですが、ケンタッキーフライドチキンの知識に関しては右に出るものはいないでしょう。後にユニオンプロレスに入団していただき地方巡業に一緒に回ったときのことです。あれは愛媛だったと思います。駅前の廃れたビジネスホテルに試合を終わって帰って部屋に戻ると寺西さんがすぐに現れました。
「たけいちゃん悪い、若いもんにケンタッキー買いに行かせてもらえない?」
と言うのです。もう十何年も前の地方です。ケンタッキーがあるほうが珍しい時代です。すると寺西さんは頭の中で地図を描いているかのように複雑な道を説明しだしました。寺西さんは昔、住んでたことがあるのではないかと思ったほどです。しかし、このケンタッキー事件はユニオンの地方興行の各都市で何度も起こりました。
聞くところによると、当時寺西さんはほとんどの都市のケンタッキーの所在を頭の中に入れていたそうです。心よりケンタッキーを愛していたのでしょう。
寺西勇恐るべし!
そんな寺西さんが今でも私は大好きです。

ということで、次回は大位山勝三選手との思い出をつづりたいと思います。
そして、マミー、ワゴン車運転事件の真相をお話します。


takei1961 at 18:03|PermalinkComments(1)TrackBack(0)スポーツ | 格闘技

2006年01月14日

ユニオンプロレスの思い出

今日はユニオンプロレスの旗揚げに至った経緯をお話します。
もともとユニオンプロレスは、レスリングユニオンという連合体から独立した団体です。では、レスリングユニオンについて少しお話します。
レスリングユニオンは当時乱立し始めたインディ団体の加盟組織という名目の元、鶴見五郎(当時会長)・高野俊二・高杉正彦・荒谷信孝・そして私(当時事務局長)が中心となって、WING・SPWF・PWC他フリー選手に声をかけ、発足した組織です。旗揚げ戦は11年ほど前、千葉県流山市総合運動公園体育館にてレスリングユニオンの旗揚げ戦を敢行しました。
そのときの出場選手は、宮本猛(中京格闘技連盟)・SPWFより丸山昭一(現神風)、三浦博・キャノンボールカズ〈フリー〉・ホーデスミン(ポイズン澤田)・松崎和彦・WINGより茂木正淑、ジウィンガー、非道、中牧昭二・アポロ菅原(フリー)荒谷信孝、鶴見五郎、高野俊二、金村ゆきひろ(ファイヤーマッチで負傷の為試合には出ませんでした)・宇宙魔神・宇宙魔神シルバーX。
そして入場式のテーマ曲は私の好きなベンチャーズメドレーでした。
メインは高野俊二・荒谷信孝組VS宇宙魔神・宇宙魔神シルバーX組のノーロープ有刺鉄線エイリアンボードデスマッチでした。今でこそ有刺鉄線ボードはいろいろな団体で使われてますが、何をかくそうこの有刺鉄線ボードを最初にリングで用いたのはユニオンプロレスでした。
その後、後楽園ホールでレスリングユニオン第2弾を行いましたが、初回の超満員とは比べものにならないくらいの客の入りで、私はホーデスミン、松崎和彦以下選手数名を率いてユニオンプロレスを旗揚げしました。今思えば、後に登場したザ・マミーブラザースと宇宙魔神軍団との試合も見てみたかったです。
ユニオンプロレスはその後NOW(大日本プロレス系)旧国際プロレスのフリー選手と業務提携し、興行展開を繰り広げました。そして数々のデスマッチを全国で展開しました。私は旧国際プロレスからの人間なので、旧国際プロレス系の先輩方には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
実は、昨日高木三四郎と話す機会があった為昔の話をしていたら、なんと高木三四郎もレスラーになる前、ユニオンプロレスフリークだったらしいのでびっくりしました。次回はユニオンプロレスに登場してくれた愉快な先輩方との思い出と、ユニオンプロレスの面白い巡業日記を書いて見たいと思います。


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2006年01月07日

新年あけましておめでとうございます

久しぶりのブログになります。
武井プロデュースの猛毒サソリデスマッチ楽しんでいただけましたでしょうか。澤田も無事に生還しほっとしています。
澤田、松崎この二人の旧ユニオン分子が大変すばらしい試合をしてくれ、リングに上がっていた私も感情を抑えるのが必死でした。
ただひとつ気になったことが、澤田と握手をした松崎の表情に影を感じたことです。
そしてもう一つ、あのミスターポーゴが小笠原と手を組んだことに対して会場代表、澤田に不審な目で見られたことです。試合後の記者会見でも話しましたが、その不信感を一掃するため会場代表に頼みこみ、しつこいようですが私のプロデュースでもう一度2月10日の試合を仕切ることになりました。(棺桶爆破マッチ)
小笠原、ポーゴをあの世に送ってやります。みなさん期待しててください。
なお、ご意見、ご希望をお待ちしております。


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2005年12月14日

2006年1月4日(水) 新木場大会

次回ユニオンプロレスの大会が決定いたしました
ユニオンプロ『新春パイオニアシリーズ開幕戦』
【日時】2006年1月4日(水)開場12:00 開始13:00
【会場】東京・新木場1stRing
【席種】スーパーシート 4000円
    自由席     3500円
【出場選手】ポイズン澤田、小笠原和彦、松崎和彦、メカマミー、
        石川修司、チェリー ほか

 チケットぴあにて発売中!


対戦カード 一部決定

○猛毒サソリデスマッチ
 ポイズン澤田 vs 松崎和彦
 ※武井ユニオン前代表は、完全決着ルールとして
  猛毒サソリデスマッチを指定いたしました。

○石川修司 vs 小笠原和彦

○1対2ハンディキャップマッチ(反則無し完全決着ルール)
  メカマミー vs 佐野直、ピンク・タイガー
 ※12月2日DDT新木場大会において、メカマミー選手から額を割られた
  ピンク・タイガー選手の直訴により、このカードを決定しました。


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