昔から不思議な話を集めるのが好きでした。
長じていろいろな体験談を四方八方手当たり次第に聴き集めてきました。話を聞いていると、心は行き止まりのどん詰まりに入ってしまったように、不安になっていきます。

今日も導かれた先は袋小路。袋小路のさらにどん詰まりへ、ようこそ――。


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笑い顔三つ

 怪談マニアの中野さんの友人に、由美子さんという九州の人がいる。
「怖い話とか集めてたよね」
 由美子さんはそう言ってインターネットの通話越しに話し始めた。

 彼女が新しい部屋に引っ越して何日かした時の話である。朝、洗面台の前に立った時に、鏡に映る自分の周囲に三つの白っぽい球があることに気づいた。
 それはふわふわとした煙のようなものだ。左右の肩と右ひじの位置で大きさはソフトボール大である。ただどの球にも髪のない男性の顔が浮き出ていた。輪郭ははっきりしないが表情も読める。笑っていた。
 彼女は鏡を通して見た方が、おかしなものを確認しやすい体質だ。普段から手鏡を取り出して、それを覗き込むようにすると、薄らぼんやりと見えていただけのものが、はっきりと見える。だから、何か変だなと思った時には手鏡越しに見ることが癖になっている。
 由美子さんはその三つの顔に気づいて以来、毎日その顔を観察している。手鏡を持って角度を変えながら映していくと、顔は自分の周囲に必ず入り込む。ずっと自分の回りに張り付いている。
 顔は彼女のすぐ横にいない時には、家の中を気ままに飛び回っている。
 お札を貼っても全く効果は無い。しかし繁華街に行って帰って来ると、いなくなっている時がある。ただ何日かすると必ず戻って来る――。

 その頃から中野さんとの会話にノイズが入るようになった。
 ジジッ ジジッという音が入る。音声も途切れる。
「ねえ、ノイズ乗ってんだけどさ、その顔、今由美子の所に寄って来てんじゃないの?」
「あ、ちょっと待って。回り見てみるから」
 ごそごそと手鏡を取り出す音が聞こえた。
「うん。いるよ。でもね、今すごい笑っている。いつもより笑ってる」
「やばいんじゃないの?」
「わかんない」
 ノイズが乗る。音声が途切れる。
 由美子さんの急に具合が悪くなったようで、途切れがちな会話の途中でトイレに行くと言ったままなかなか戻って来なかった。
 やっと帰って来た彼女は、
「今晩は猫がやけに騒ぐんだよね。ごめん。体調悪くなっちゃったから、もう寝るね」
 その言葉を最後に会話を終了した。
 それ以来、中野さんは彼女と連絡が取れなくなっている。

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――如何でしたでしょうか。
また次回も不思議な話をお聞かせしたいと思います。
それまでお互い息災でありますように。



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bozu
文・アイコン作画 神沼三平太

神奈川県出身。
代表作は共著に『恐怖箱 蝦蟇』(竹書房恐怖文庫)、『恐怖箱 百聞』、『恐怖箱 百舌』(竹書房ホラー文庫)等、
単著に『恐怖箱 臨怪(竹書房恐怖文庫)、『恐怖箱 崩怪』(竹書房文庫)。
大学の非常勤講師の顔を持つ。


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