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怪談 に参加中!
昔から不思議な話を集めるのが好きでした。
長じていろいろな体験談を四方八方手当たり次第に聴き集めてきました。話を聞いていると、心は行き止まりのどん詰まりに入ってしまったように、不安になっていきます。

今日も導かれた先は袋小路。今週も袋小路へようこそ――。

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縁切れ



神崎さんのお母さんが亡くなった直後から、父親は愛人の家に入り浸りになった。
それと時を同じくして、家の周囲を足音が巡るようになった。
何日か続く日もあれば、一週間ほど間が開く時もあったが、
いつも同じ人の足音だということは分かる。
足音は母のものだった。悪かった膝をかばって歩くその足音を間違えるはずはなかった。
父を恨んでるのだろう。足音を聞く度に、恐ろしいというよりは哀れな気持ちになった。
そして足音は毎度植木鉢を割っていく。お母さんは草花を育てるのが趣味だった。
だから庭には植木鉢が無数にあるのだ。
ただ彼女が病に倒れてからは、世話をする人もいなくなり、全て枯れてしまった。
空っぽの植木鉢は庭の隅に重ねられている。
その夜も、足跡が家の周りをぐるぐる回った後で、
素焼きの植木鉢がカシャンと割れる音がした。
朝、神崎さんが庭に出ると、やはり飛び石の上に落とされた植木鉢が、二つに割れて転がっていた。

半年ほど経って、不意に家に父親が戻ってきた。
普段から不機嫌な男だったが、見るからに神経が昂ぶっているのがわかる。
日に何度も愛人の悪口を怒鳴り声で繰り返す。
しかし会ったことのない女のことを言われても困るので、神崎さんはその言葉を全て無視していた。

「俺を殺そうとしやがってよ!」

だがその言葉だけは印象的だった。
いっそ殺してくれれば良かったのに、と思った。


家に父親が戻ってきて数日経った早朝のこと、神崎さんは父親に蹴り起こされた。

「てめえ、ふざけたことしやぁがって!」

まるで分からない。
蹴られた肋骨が激しく痛み、庇うように身体を丸めていると、二度三度と蹴られた。

「何よ! 何があったのよ! 説明してよ!」

「針だ針! おまえ以外の誰が入れるって言うんだ! 
 お前が、この間からの俺の話を聞いてて針を入れたんだろ!」

 全く心当たりがない。立ち上がって、

「何のことよ! 全然わかんないわよ!」

ヒステリックな声で言い返したが、それが悪かったのだろうか。
父親は神崎さんの髪の毛を掴むと、そのまま神崎さんの顔を窓ガラスに叩きつけた。

「親の味噌汁にこんなもん入れるたぁ、どういう了見だ!」

父親は、神崎さんに錆びた針を見せつけると、畳に投げつけた。
ボロボロに錆びたその針には、まるで覚えがなかった。
神崎さんがそう言い返そうとすると、父親は、

「お前じゃなけりゃ誰だってんだ! 幽霊か! あいつがやったってのか!」

と唇を震わせて怒鳴った。父の口から〈幽霊〉という単語が出たことが意外だった。
母の足音が庭を巡ることは父には言っていない。
だがそういえば、父が戻ってから一度も母の足音を聞いていないことに気付いた。
神崎さんは起き上がると、服を掴んで玄関まで走った。
そのまま車に乗って逃げた。父親が落ち着くまで帰らないつもりだった。
だが財布と仕事道具を置いて出てしまったので、夜になってから家に戻った。
様子を伺うようにして玄関を入ると、ドアが開けっ放しのままだった。部屋も暗い。
声を掛けても父親は家にはいなかった。
朝に庭に回ると、全ての植木鉢が真っ二つになって転がっていた。
それから十年以上経つが父親から連絡は無い。
警察からも何の連絡も無い。
だからどこかで生きているのだろう。
だが、それ以来母の足音も途絶えたままだという。



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――如何でしたでしょうか。
また次回も不思議な話をお聞かせしたいと思います。
それまでお互い息災でありますように。


神沼 三平太 【怪談 袋小路】 をもっと読みたい方は→ こちら
bozu
神沼三平太
神奈川県出身。
代表作は共著に『恐怖箱 蝦蟇』(竹書房恐怖文庫)、『恐怖箱 百聞』、『恐怖箱 百舌』(竹書房ホラー文庫)等、
単著に『恐怖箱 臨怪』(竹書房恐怖文庫)。
大学の非常勤教師の顔を持つ。



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