世間はクリスマスムード一色でございますな。
皆様方には、御予定なんぞおありになるのでしょうか。
愛しい彼氏、恋しい彼女と二人きり、降る雪を見上げながら、そっと肩に手を回し、などという素敵な時間を過ごされるんでしょうか。
「クリスマス? そんな異教徒の祭、関係ないわっ」なんてぇ人もおられるでしょうな。
わざと日本酒飲んでべろべろに酔っぱらったりね。
なんともはや、悲しい酒ですな。
しばらくの間、おつきあいねがいたいと存じます。
夫婦双六というお話でございます。
さてここに、一組の夫婦がおります。
旦那の方は金次と言いまして、腕の良い飾り職人でございます。
飾り職人というのは、二通りございまして、かんざしを作る者と、神社や御輿などの飾りを作る者とに分かれます。
金次は江戸かんざしを作らせたら、右に出る者がいないという腕の良さ。
奥さんの小春は、最初そのかんざしに惚れて惚れぬいて嫁いだと言います。
嫁いでからは、その実直な職人気質に惚れ直したそうな。
夫婦になって二年目に男の子を授かりました。
定吉と名付けて、それはもう可愛がったそうでございます。
ところが、好事魔多しと申しまして、金次に悪い癖が付いてしまいました。
若い頃から酒好きだったのですが、少々暮らしに余裕ができたのが災いし、毎晩毎晩、酒を飲むようになってしまったのでございます。
世間では、よく「酒さえ飲まなきゃ良い人なんです」とか申しますが、そう言われる人は、大抵が四六時中酒びたりでございましてな。
そのうち、酒を飲んでいるのか、酒に飲まれているのか区別がつかなくなってきます。
こうなるともういけません。
仕事に差し支えてきますな。
特に、飾り職人なんてぇものは、細かい仕事ですからな、手先がぶるぶる震えちまってたら、どうしようもない。
そうこうしてるうちに、大事なお得意さまの仕事をしくじってしまう。
あいつはもうだめだな、なんて噂が立っちまうと職人の世界では生きていけません。
とうとう、毎日のおまんまにも困るような暮らしになっちまいました。
それでも小春は、内職をして切り詰めて、頑張っていたのですがね、その僅かな稼ぎも金次が飲んじまう。
とうとう愛想尽かして、定吉を連れて家を出たのが、かれこれ一年前になります。
女一人の稼ぎですから、たいした額にはなりません。
それでもなんとか、一人息子を立派に育てようと必死でございます。
定吉の方も、母親の気持ちがよくわかります。
欲しいおもちゃも食べたいお菓子も我慢して、暇さえあれば母親を手伝っておりました。
そんな定吉でございますが、やはり父親の血を受け継いだんでしょうな、大変に手先が器用でございます。
ある時、ふと思い立って自分で双六をこさえてしまいました。
東海道五十三次の宿場巡りになっているという凝ったものでございます。
なんと、木を削ってサイコロまで作りあげるという腕の良さ。
小春は、我が子の器用さに目を見張りながらも、双六一つ買ってあげられない我が身の情けなさに目を潤ませたと申します。
その双六を持って、定吉が野原で遊んでいると、いじめっ子たちがやってきました。
「なんだそれ。おれらにやらせろよ」
「だめだよ、これぼくが作った大事なものだもん」
「なんだおまえ、貧乏人のくせに生意気だぞ」
無理矢理に双六を奪い取ろうとします。
定吉は必死に守ろうとするのですが、多勢に無勢でございます。
そこへ通りかかったのが、金次でございました。
我が子の一大事ではありますが、そのまま顔をさらしていくわけにはまいりません。
持っていた紙袋に穴をあけて、即席の覆面をこさえました。
急いでそれをかぶり、飛び出します。
「おいこら、きさまら何してやがる」
突然、妙な大人、下手したら変態ですな、そんなのが入ってきたものですから、いじめっ子たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げていきました。
これでよし、と立ち去ろうとした金次の前に定吉が立ちふさがります。
「父ちゃん。父ちゃんだろ」
「違う。通りすがりの紙袋男だ」
「ふうん。だったらそれでもいいや。紙袋男さん、ぼくの父ちゃんはお酒やめたかどうか知らない?」
「……とっくの昔に酒は止めて、また飾り職人を始めたそうだ。今では、あの頃より腕をあげて、店を持つまでになったそうだよ」
「すごい! だったら、ぼくの父ちゃんに伝えてよ。母ちゃん、すごく苦労してんだ。また戻ってきて、やり直してあげてよって」
「そんなに苦労してるのか」
「うん。毎晩遅くまで夜なべ仕事して、朝早くから仲居さんの仕事に行って。とんでもなく頑張ってくれてるんだよ」
あのか細い小春が、そう思うと金次は思わず涙をこぼしました。
「いいかい、紙袋男さん。絶対に伝えてよ。次の日曜日、家で待ってるから。家族三人で双六して遊ぼう」
「いや、それはその」
「紙袋男さんには頼んでないよ。伝えてくれるだけでいいんだ。そうだ、どうしてもイヤだってごねたら、こう言ってあげて。逃げるのか、いくじなし」
「なにおうっ!」
「なんで紙袋男さんが怒ってんのさ。じゃあ頼んだよ」
本当は帰りたいのでございます。
自分が悪いことは重々承知しておりますから、心を入れ替えて頑張ってきたのでございます。
おかげで店を持つことができた。
よし、とにかく頭だけでも下げてこよう。
金次はそう心に決め、その日を待ちました。
さて日曜日でございます。
定吉は、今か今かと家の前でそわそわしております。
「定、なにをしてんだい。そんなにそわそわして」
「あ、母ちゃん。なんでもないよ。歳をとると便所が近くなるんだよ」
「ばかだね、この子は。さ、ごはんにするよ」
「あい。ちぇっ、遅いなぁ。紙袋男さんはちゃんと伝えてくれたのかな」
そのとき、ようやっと金次がやってきました。
「来た! こっちこっち、早く早く」
突然帰ってきた金次に、小春は驚きます。
「どこのどなたか存じませんが、何かご用でございますか」
「なに言ってんだよ母ちゃん、父ちゃんだよ父ちゃん。今はもうお酒止めて、自分の店まで出せるようになったんだって」
愛想は尽かしたものの、根っこではまだ好きなんですな。
けど、どっちもが言いだしかねている。
さっさと折れればいいんですが、妙な意地を張ってしまう。
すると定吉、何を思ったか双六を持ってきました。
「分かった。もうこれ以上、無理は言わないからさ、父ちゃんも母ちゃんもぼくと一緒に双六して遊んでおくれよ」
それぐらいなら、と金次がサイコロを持ちました。
「うん? おい定、こりゃなんだ」
「これはね、ぼくが作った『父ちゃんと母ちゃんの夫婦双六』ってんだよ。止まったところに書いてある通りにしてね」
まずは金次の番でございます。
サイコロの目は一と一、足して二のところへ進みますと、そこにはこう書いてありました。
『二人が初めて出会った場所を思い出すこと』
「な、なんだこりゃ。こんなこっ恥ずかしいことできるか」
「子供との約束を守れないのかい、父ちゃん」
定吉、まるで柴犬のような目で見上げます。
「わかったわかった。やるよ、やりゃいいんだろ」
黙り込んで目を閉じた金次をくすりと笑いながら、小春の番でございます。
「あら、また一と一。ってことは、あたしも想い出さなきゃなんないのかい」
「そうだよ、ほら早く」
しばらく時が経ちまして、また金次がサイコロを振ります。
今度も一と一がでました。
「次は、と。夫婦になるって決めた時、どんな気持ちだったか思い出すこと」
こうやって、金次と小春はそれぞれの過ごした時を思い出していきました。
「しかしおかしいな、なんだっていつも一と一なんだ」
サイコロをじっくりと見ていた金次、大きな口をあけて笑い出しました。
「定、このサイコロはてめぇの仕事か」
「そ、そうだよ」
「全部、一の目じゃねぇか。ていねいな仕事しやがって」
金次は、座り直して小春に深々と頭を下げました。
「小春、すまなかった。とんだ苦労かけちまった。これこの通り、謝る。今更こんなこと言えた義理じゃないが、もう一度おいらとやり直してくんねぇか」
下げた頭を優しく撫でたのが、小春さんの返事でございます。
「やった! 父ちゃんと母ちゃんが仲直りしたぞ!」
定吉の喜ぶことったらありません。
これもひとえに、手作りの双六のおかげでございます。
その双六、最後のマスにこう書いてありました。
『振り出しにもどる。』
おかげで、金次と小春も振り出しに戻ったのでございます。
お後がよろしいようで。
さて、皆さんのお宅には、どんな双六がありますかね。
どんなに苦労しても、浮き沈みがあっても、あるいは幸せ一杯でも、どなたの人生にも『あがり』が訪れます。
それまでは精一杯、サイコロを振り続けるのがよろしいかと存じます。
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つくね乱蔵
福井県出身。
表の顔は極めて普通の会社員。
実話怪談だけに留まらず、あらゆるジャンルの創作作品を執筆。
代表作は共著に、恐怖箱 油照 (竹書房 恐怖文庫) [文庫]、
恐怖箱 白夜 (竹書房文庫) [文庫]、
恐怖箱 蛇苺 (竹書房文庫 HO 51) [文庫]、
怪異伝説ダレカラキイタ?シリーズ
単著に、
恐怖箱 厭怪 (恐怖文庫) [文庫]、ぼくの手を借りたい。 (タソガレ文庫) [文庫]
などがある。