October 31, 2006

理系

モヒカン族なんだそーで。
シム宇宙の内側にて ちょっとここモヒカン族が通りますよ
経由で知って
J-CAST ニュース : 場の空気が読めない 「モヒカン族」
を読んでなんじゃこりゃと思ったが
void GraphicWizardsLair( void ); // J-CASTニュースで「モヒカン族」が取り上げられたがオレの肩書き違うな
命名者本人によれば色々違うらしい。
ワタクシ的解釈によれば「○○ではなくて××ですね」とか書いちゃうのがモヒカン族で「○○とか書いてるよw ちゃんと調べて書け馬鹿」てのが似非モヒカンてことですかね。
J-CASTの方で「誤字脱字の指摘は人格否定とは思わない」「ネット上の場の空気が読めない」「殺伐とした議論を求む」「理系の淡々としたノリ」「詭弁と例え話と断言を使いこなす」と並べてるけど恐らく筆者がモヒカン族を嫌いなのでしょうな。モヒカン族側から云えば「空気が読めない」のではなくて「空気を読む必要性を感じない」であって「殺伐とした」ではなく「本質的な」であり「理系の」ではなく「理路整然とした」でありましょう。

で例によってモヒカン族とはあまし関係無い話にそれて行きますがなんとなく「理系」という言葉が使われる時の「えっ何故そこで理系かどうかが問題に?」という物凄い違和感てのは一体何なんだろうなと。
人数比率で行けば理系は少数派だがこの場合の文系の集合は「文系の学問が得意である」ではなく「理系の学問が苦手である」という集合になっているので少数派なのは当然なのであります。どちらも苦手なひとが何故文系の集合に含まれるのかは謎だが。殆どのひとはどちらも苦手なひとであって苦手とまではいかなくても得意でないひとで本来この区分けは「文系ー理系」ではなく「勉強が好きだったひと―嫌いだったひと」なのではないかと思うのだった。それが何故文系理系の話になってるのかというと自称文系のひとたちが理系の話が理解出来ないことに妙な劣等感を持っているからではなかろーか。文系の話の方は「なんとなくわかったような気になる」ことが出来るからあんまし気にならないのではないかと。で自称文系のひとたちは自分たちが理系の話がわからないように理系のひとたちも文系の話がわからないのだと誤解していてそもそもそれは「文系の」話ではなかったりするのだが自分の想定外の反応やら思考を「理系」と括ってしまうからこその違和感ではないかと思うのだ。何かレッテルを貼りたいという気持ちはわかるがそれは「理系」と呼ぶべきものではないので読んでいる方は驚くのであります。
だいたいにおいて理系文系などという括りが出てくる話は胡散臭い。

takepong at 03:52│Comments(4)TrackBack(0)日記みたいな 

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この記事へのコメント

1. Posted by otsune   October 31, 2006 04:26
「理系・文系」という分類がうさんくさいことには多いに同意します。(そもそもそんな分類って大雑把すぎてデメリットが多い気も)
ただ文脈として「いわゆる理系」と「理系」は明確に違う用法なのに、それを混同してしまっているかなぁと思いました。
2. Posted by たけぽん   November 01, 2006 03:29
コメントありがとうございます〜。

私が「理系」と「いわゆる理系」をそもそもあまりちゃんと区別していないからこその「物凄い違和感」なのかもしれません。私にはその区別がよくわからないのですよ。
3. Posted by otsune   November 02, 2006 20:15
そんなにややこしい話ではなくて「いわゆる理系」と「理系」の違いは、前者がステロタイプなイメージによる人物像のレッテルであるのに対して、後者は大学や職業などの客観的な種類を表すものですよね。
単なる「理系」の人にまで、「いわゆる理系」のイメージを当てはめて分類して断じることが大雑把で不正確であるのは自明な事だと思います。

だから「以下「いわゆる理系」の意味で「理系」を使用する」などの文脈による前提や、いちいち「いわゆる理系」などと表記する区別が無ければ、理系と文系を分けて考えるという思考法に違和感が有るのは当然ではないかなぁと思いました。
4. Posted by たけぽん   November 03, 2006 11:59
なるほど。
なんとなくこの違和感は「いわゆる理系」の「ステロタイプなイメージ」がそもそも実態と乖離しているせいなのかなと思いました。
ま、実態といっても自分の知っているごく狭い範囲のひとたちのイメージなので実は少数派であったりするのかもしれませんが。

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