探偵古戸ヱリカのガチ推理

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※イラスト 城雅さん

・忘却の深遠のヱリカ
ふぅ、ここが忘却の深遠ですか。退屈な場所ではありますが、戦人さんがくれたプレゼントを楽しむには、むしろうってつけと言えなくもないですね。ミステリーは常に情報によって推理も変化します。私がベアトと戦った時の推理。あれは破棄しましょう。あの推理はある前提を欠いていました。私はベアトのゲームが、何だかんだでミステリーの常識的枠内に収まってると思っていましたが、どうも戦人さんのプレゼントを考慮すると、想定外のトリックがどうやら使われていた可能性があります。その検証をしてみますか。どうせやる事もありませんし。

・赤字システムへの違和感
ベアトと戦人が宣言した最後の在島人数の赤字。2種類の異なる人数が宣言されました。という事は、私はそもそも『赤字システム』というものを誤解していたようです。赤は真実のみを語る。それはその通りでしょう。しかし、そもそも真実とは一つとは限らないのですから、ロジックエラー密室のロジック差し替えのように、真実自体も複数存在する場合、赤字はどっちも宣言可能、という事になります。分かりやすく考えれば、『戦人は有能である』『戦人は無能である』この相反する真実が同時に宣言可能、これが本来の赤字システムの本質であり、私が勘違いしていた根幹部分という事になるのでしょう。

・在島人数
さて。17人と18人。異なる人数が同時に宣言されたという事は、想定するべきは『違う概念で異なる真実を同時宣言している』という事です。17人も18人もどっちも真実であり、カウント方法の違いがその原因なのだと推測可能です。私はゲーム盤では言わば、18人の方のカウント方法で考えていました。私が観測した人間を純粋にカウントすれば私を含めて18人の人間がいる事は真実な訳です。では1人減った17人は、私が観測したものではない何かをカウントしてるという事になります。さて、問題は嘉音さんです。彼を一人とカウントする。私は彼を普通に盤上に存在する1人間だと思って観測していましたが、何故かその嘉音さんは客室に存在しなかった。あの客室の私の捜索手順を考慮した場合、私は1カ所物理的に捜索しなかった場所があります。それは、バスルームから戻ってきた2回目のベッドルームの下です。嘉音さんがいないと赤字で宣言された訳ですから、私は捜索しなかった訳ですが、あそこに嘉音さん以外がいたのなら話は変わってきます。あの論戦は一貫して嘉音さんを論点にしているのであって、それ以外の人間が客室にいたのかどうかは論点ではないわけです。17人という赤字カウントが仮に私が観測してる人物を、本来は私が2人としてカウントしている人物を、1人としてカウントしていたのなら、あそこに誰かがいた訳です。

・同一人物トリック
つまり同一人物トリック。ぶっちゃけた話が紗音さんと嘉音さんでしょう。仮説構築。…………うん、なるほど2パターン想定できますね。おそらくどっちかが正解でしょう。同一人物トリックと一言で言いますが、実際はその内容は細分化可能です。つまり、どういう種類の同一人物トリックなのか、です。一つは変装による名称トリック。一人の人間が変装によって別人を演じ、名前を使い分けるタイプの同一人物トリックです。2つ目は、人格トリック。変装によって別人を演じてるという考え方ではなく、一人の人間を異なる人格によって共有している、言わば人格を主体として考える同一人物トリックです。この細分化された2パターンは考え方の根幹が全く違います。名称トリックは主体を肉体に想定します。紗音さんも嘉音さんも、その肉体にとって全部本人であり、名前を使い分けるという以上の意味合いは存在しません。逆に人格トリックの場合、主体を人格に想定します。つまり嘉音さんにとって紗音さんは別人という定義になる訳です。主体を人格に置く考え方ですから、肉体を共有はしてても紗音さんと嘉音さんはそれぞれが別人であり、紗音さんにとって本人の定義は紗音さんであり、嘉音さんには想定されません。

・ロジックエラー密室再検証開始
さて、準備は整いました。ベアトの赤字を再検証してみますか。論点になるのはこの赤字でしょう。『戦人救出時、客室に入ったのは嘉音のみである』客室に入ったのは嘉音さんだけだと限定しています。さらに赤字で『全ての名は本人以外に名乗れない』と宣言されています。さて、名称トリックの場合紗音さんと嘉音さんはどっちも本人の訳だから、この赤字で嘉音さんだけが入ったという部分に矛盾が発生します。紗音さんも本人であり、客室に入ったと定義される訳ですから、嘉音だけが入ったというロジックと整合性が取れません。だからこれは違う。人格トリックを想定する場合、嘉音さんが客室に入った時、肉体を嘉音人格が使っているために、嘉音さんにとって本人とは嘉音さんだけを指すという意味になり、紗音さんの名前を名乗る事が不可能な状態、と定義されます。つまり、矛盾が発生しない。消去法から人格トリックで確定します。なるほど、人格トリックか……人格?何か違和感が……

・真相への手掛かりを掴むヱリカ
17人という赤字宣言が肉体を指していたのならば、18人というカウントは人格を数えて18人だと想定した事になります。………あっ!!まさか、まさか……!!過去の在島人数の赤字を全部調べてみましょう。これは変だ、おかしい!!やっぱり、全部の赤字に『人間』という制限が入っています……本来肉体を指して人間という場合、これは何の問題もありませんが、人格を指して人間だと限定されると、そこに魔女が、魔女人格が入り込む隙が発生するのでは……まさか、ベアトのゲーム盤の犯人は……紗音ではない!?これは面白くなってきました。戦人さん、とってもいいプレゼントをくださったようで。どうやら全ての真相に到達可能な気がしてきましたよ?私の推理が当たってるのかどうか、今度会ったら是非確認させてもらいましょう!ただ異なる真実を提示されただけで、古戸ヱリカにはこの程度の推理が可能です。ふふふ、楽しくなってきましたよ……

・ベアトリーチェのゲーム盤の特殊性
ベアトリーチェさんのゲーム盤は元々妙な点がありました。それは多くのトリックが口裏合わせによって成立している、という点です。口裏合わせによって、密室だと思っていたものが実は密室ではありませんでした、というのはトリックとしてあまりに陳腐です。思考するに値しない。しかし、仮に人格トリックを想定した場合の犯人の正体を考えると、一見陳腐に見えるトリックも深読みが可能、いや、むしろ深読みをしなければならないのではないかと思えてきました。口裏合わせとは、端的に言って嘘の事です。ベアトリーチェさんのゲームは嘘がトリックになってる訳です。そして、今までのゲーム盤を見る限りでは、その出題の対象者が戦人さんに限定されているように見えます。ベアトリーチェさんは戦人さんに向けて嘘というトリックを使っている。ミステリーで暴くべきは3つあります。フーダニット。誰が犯人か。ハウダニット。どのような手段で実行したのか。そして最後にホワイダニット。何故事件を起こしたのか。フーダニットについては再考の必要性が出てきました。ハウダニットについては嘘のトリックで確定と言っていいでしょう。最後に残ったホワイダニットこれは私がそもそも考えすらしなかった部分ですが、ベアトリーチェさんのゲームでは、むしろここを考えるべき、という事ですか。

・ベアトリーチェとホワイダニット
ホワイダニットとは結局は心の事であり、ミステリーという論理パズルの世界においては、思考によって導き出される類のものではありません。しかし、それはあくまでも一般論であって、推理可能に出来ているミステリーも存在します。つまりは、ベアトリーチェさんは……戦人さんに心を理解してほしい、という事でしょうか?あーはははははははは!!心!!あの魔女が心!!

・偽りの魔女
仮説構築。ベアトリーチェさんのゲーム盤の犯人は私は紗音さんだと思っていました。しかし、戦人さんのプレゼントを考慮した結果、魔女がゲーム盤に紛れ込んでいる可能性が出てきました。そう、偽りの魔女が。ロジックエラーの密室から逆算して分かる一つの仮説は、人格表現を根本にした同一人物トリックです。これをベアトリーチェさんは嘘というトリックを核にして戦人さんを対象に出題しています。ハッキリ言いましょう。これは異常です。特殊と言ってもいいかもしれません。万人に向けたミステリーはもちろん万人が解ける可能性があります。本来ミステリーとはパズルなのですから、数式のように、計算式のようにパズル的に導かれるものであり、それが本来のミステリーの楽しさな訳です。しかし、ベアトリーチェさんのゲーム盤の謎は戦人さんにしか解けない可能性があります。対象者が戦人さんだからです。極めて特殊なトリックをベアトリーチェさんが使う理由、それを考えなければならない気がします。

・特定の人物に向けた特殊なミステリー
戦人さんにしか解けないミステリー?……面白いじゃないですか。在島人数に関する赤字を出したのが運の尽き。すでに私は複数の仮説を構築しています。特定の人間に出される極めて特殊なミステリー。それでもミステリーの大原則をどんな出題者も逃れる事はできません。そう。ノックス第8条。そしてヴァンダイン第1則。どんなミステリーを出題者が出そうが自由です。どんなに難解で特殊なトリックを使ったミステリーも、手掛かりを配置する場合に限って全て許されます。逆に言うならば、手掛かりを配置しない物語はもはやミステリーではありません。それはファンタジーと呼ぶ物語だからです。

・ファンタジーを切り裂く最強の武器、連鎖考察法
この古戸ヱリカにミステリーを出題して真相を特定不能と思うその傲慢。粉々にしてあげますよ。封印していた特殊な思考法をいまこそ解きましょう。手掛かりを配置したミステリーは、その手掛かりの配置に出題者が意図を込めるものです。それは具体的トリックがどうこう、犯人がどうこうといった、ミステリーで解くべき基本的な部分に限りません。実は多くの出題者は何気ない、一見ミステリーで解くべき3つの基本的な部分以外のシーンに、物語の読解として得られる部分に重要な意図を込めるものなのです。何気ないシーンが実は重要な手掛かり、もしくは真相そのものだったりするのです。それこそが出題者が配置する手掛かり。連鎖考察思考法。どんなミステリーもこの思考法から真相を逃がすことはできません。あらゆる部分と連鎖的な繋がりを構築するこの思考法は手掛かりを配置するミステリーを完全に殺す最悪の相性の武器と言っていいでしょう。

ひとつ例を出しましょう。ロジックエラーの密室。あの密室トリックは実は第6のゲームに限って考える場合、説明付けをしなければいけない部分が4つ存在します。ベアトリーチェさんは赤字をかなり語ってくれましたが、実はミステリーに挑むにあたって、「赤字に抵触しなければ何でもあり」は全然違います。その思考法を取るとむしろ解法分散状態に陥ります。つまり特定不能、という状態です。

1. ロジックエラー密室は第一に赤字に抵触せずに構築可能な解法である事。これは最低限満たすべき部分であり、これを満たせば解法として成立可能な訳ではありません。重要なのは他の3つなのです。私が全部で4つ思いついただけで、もしかすると5つ目も存在するのかもしれません。

2. 第2にシーン読解から得られる出題者の配置した手掛かりです。ロジックエラー密室はベアトリーチェさんが、恋の試練を経て得た何らかの真相に基づいて出された密室トリックです。であるのならば、当然あの恋の試練が密室トリックの解法と関連していなければなりません。こういった部分は「物語的な整合性もキッチリ追求する」という意図で整合性を取るべき部分です。トリック的には赤字に抵触していなくても、恋の試練と何の関係もない解法は出題者の意図から外れる可能性が極めて高い。それはつまり、不正解の可能性が跳ね上がる、という事です。連鎖考察思考法は完璧ではありませんが、ミステリーに挑む際に出題者の意図に近付くための連鎖性要素の追求なんです。正解を当てる可能性をあげるための思考法です。

3. そういう意味で第3にフェザリーヌが語った「ベアトリーチェの心臓を使えばなんとかなる」発言との整合性です。フェザリーヌはベアトリーチェの心臓が密室トリックを解くための重要な手掛かりのような発言をしていました。そもそもベアトリーチェの心臓とは何なのか、という前提がこの場合極めて大事です。第4のゲームを緻密に見ていくと、ベアトリーチェの心臓が出題されるシーンで、ベアトリーチェさんは妙な行動をとっている事が分かります。今から心臓を晒すから、と言ってベアトリーチェさんは両手を上に掲げる。すると両手に光が集まって来るわけですが、何故か光が右手から消え、右手を下ろし、左手だけが光った状態で「私はだぁれ?」という出題がされます。この光を失って下ろされた右手は一体なんなのかが論点になる訳ですが、ラムダデルタ卿が我が主に言っていましたね。「右手を下ろしたの気付いた?まだあの子はどぎつい奥の手を隠しているわよ」と。光を失わずに出題された左手はおそらく爆弾でしょう。では下ろされたどぎつい奥の手である右手が指し示すもの、それがフェザリーヌの意図するベアトリーチェの心臓の意味なのでしょう。なので、第3の整合性を取るべき部分として、爆弾以外の物語の根幹になっているどぎついトリックである、という部分の説明がつかなければなりません。

4. 最後に、あからさまに提示された物語の地の文「この物語最大の謎はもうすぐ明かされる」という表記。ロジックエラー密室の解法は、この物語最大の謎でなければなりません。

さて、私が見つけた手掛かりは以上の4つな訳ですが、この4つを満たす解というのは一体どれだけ存在するのでしょう。これこそがミステリーにとって最悪の相性である思考法、そして挑み方なのです。ベアトリーチェさんのゲーム盤もこれから逃れることはできません。たとえ戦人さんに対して出題したものであっても、私にも絶対に解けるはず。いや、解けなければならない。それがミステリーだからです。ミステリーの歴史に誓って、私に解けないはずがない。私が解けないのならミステリーですらない!!
 
ヱリカ封印
※イラスト 城雅さん

・古戸ヱリカの選択
解けない可能性すら考えない探偵というのは、出題者にとってどういう存在なのでしょうね。さながら悪魔のような存在でしょうか。ふふふ…何だか久しく忘れていた気がします。ミステリーの本当の楽しさを。私の取る思考法は出題者を心から信頼しないと取れない手段です。だからずっと封印していた。本当にベアトリーチェさんの出題を解きたいのであれば、手掛かりを配置してくれていると信じなければならない。ベアトリーチェさんを信じなければ、連鎖考察思考法は取れません。これは手掛かりの配置を大前提にしている王道ミステリーに挑む場合の方法論だからです。どうせミステリーの皮を被ったファンタジー。今までの私にはそんな甘えがなかったと言いきれない。ハラワタ引き裂いて魔女の正体を暴いてやろうくらいの軽い気持ちだったのかもしれない。でも、本当に解こうと思うのならば、私はここで選択しないといけない。ベアトリーチェさんのゲーム盤がミステリーなのか、ファンタジーなのかを。私はミステリーを貫けば、どんな物語も解ける自信があります。しかし、そもそもミステリーですらないのなら……

一つ。興味がある部分があります。それはベアトリーチェさんのゲーム盤がかなり特殊な作りである事。推理する者にホワイダニットを解かせようとしている可能性があります。つまり心です。本来心は論理的にパズル的に導き出されるようなものではありません。しかし、もしかすると、今までに味わった事のないミステリーが味わえるかもしれません。今までのミステリーに無かった新しい楽しさがもしかするとあるかもしれない。それは、私が出題者を信頼し、ミステリーとして挑むに十分な理由になるんじゃないでしょうか。いいでしょう。今回はベアトリーチェさんを心から愛してあげます。その代わり覚悟してくださいね?私の愛は重いですよ?